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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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応接室の応酬・1

 サラトガを救出した提督一行は、沖合いに停泊していたブルネイ国軍の病院船に分乗。鎮守府に戻ってきました。その後は特に何か特別な事をするでもなく、提督は淡々と通常業務をこなしています。かれこれ1週間程経ちますが、サラトガさん達は客人待遇で鎮守府に留まってもらっていますし、大本営に連絡する気配もありません。本来であればアメリカから譲渡された貴重なマスターシップですから、報告を入れて引き取ってもらうのが筋だと思うのですが……一体、何を考えているのでしょうか?

                 ーーー大淀の日誌より




 その日も俺は昼過ぎに起きて、軽い昼食を摂った後で食後のコーヒーを楽しんでいた。さてボチボチ仕事を始めるとするかと立ち上がろうとした時、執務室にパタパタと大淀が駆け込んで来た。

「提督っ……ハァ、ら、来客……です」

「珍しいなぁ、どこからだ?」

「ブルネイの米大使館の職員、を名乗っています」

 それを聞いた俺は思わずニヤリと笑ってしまう。その不敵な顔を見て、大淀は怪訝な表情を浮かべた。

「どうなさったんです?提督」

「いやなに、もう少し早く来るかと思ったが……案外遅かったと思ってな」

 そうやって応えると、大淀はますます訳が解らないと言いたげな表情を浮かべている。まぁ意味が解るのは俺と、察しのいい一部の奴等だけだろうさ。

「とりあえず、茶でも出して待たせておいてくれ。俺は少しやる事があるんでな」

「りょ、了解しました」

 間宮にでも注文しに行くのだろう、大淀が執務室から慌ただしく出ていった……さて、俺も早いトコ仕掛けを済ませますかね。そんな事を考えつつ、俺は受話器を取った。

「おぅ、青葉か?……あぁ、予想よりも遅かったがな。やっぱりお出ましだよ。あぁ、あぁ、そんじゃ予定通りに頼む」

 そうして受話器を置くと、間髪入れずに受話器を取り、先程とは別の部署に電話をかける。

「ゴーヤ、お客のお出ましだ。余計なのがくっついて来てる可能性がある……あぁ、姿を見せないようにするにゃ両生類だろうな恐らく。港湾部を中心に隈無く捜してくれ。どっかに潜んでるハズだ」

 そう言って再び受話器を置く。今度こそ仕込みは終わりだ。さてさて、応接室はこれから戦場と化す。銃やナイフを振り回すのではなく、相手の腹を探り、誘い、騙し、ジリジリと神経を磨り潰すような心理戦だ。こればっかりは艦娘には任せておけねぇ、現場に出ない分こういう所で稼ぐとしよう。




「いやぁ申し訳ない、何分基地司令ともなると忙しい物で」

「いえいえ、此方こそ急に押し掛けた立場です。待たされるのは仕方の無い事ですよ……それに、待たされたお陰で美味しいお茶とお菓子を頂いてます」

 応接室で待ち構えていたのは2人の男。一人は壮年の優男といった見た目で、細身。温厚そうな顔に眼鏡を掛けている。もう一人の方は厳つい見た目だ。俺ほどではないが、身長もあるだろう。俺は向かいのソファにどっかりと腰掛けて、断りもなく煙草に火を点ける。こういう場では普通相手に尋ねてから点けるのがマナーってモンだが、相手を挑発する意味も込めて敢えて無視して点ける。現にガタイの良い兄ちゃんの方は、あからさまに顔が歪んだ。おうおう、苛立ってる苛立ってる。実直な軍人タイプだねぇ……むしろ隣で呑気に茶ァ啜ってる細身の眼鏡の方が厄介。こっちの挑発にピクリとも反応しない。こりゃタフな心理戦になるぜ。

「いやぁ~こっちも一応海軍大将なんて立場にあるもんで。一応友好関係にあるアメリカの大使館の方とはいえ、アポ取ってから来てもらわにゃあ困るんですよ」

 まずは軽く先制ジャブ。『何アポも取らずにズケズケと上がり込んで来てんだ?あぁん?』という皮肉をたっぷり込めてつつく。

「いえ、私達もそうするのが筋というのは重々承知の上。しかし……表沙汰には出来ない事、というのは御座いましょう?お互いに」

「さてねぇ?俺に思い当たる節は無いんだが……そちらさんにはあるのかね?」

 勿論これは嘘。思い当たる節なんぞ1つしかない。それを此方から口にしてしまえば、言質を取られかねない。だからこそ、相手の口から喋らせるように誘導する。

「惚けるな!貴様がこの鎮守府に我が軍の艦娘『サラトガ』を不当に拉致している事は知れているのだ!」

 ドン!とテーブルを拳で叩いて怒鳴るガタイの良い兄ちゃん。こりゃ眼鏡のオッサンと違って単細胞か?小細工とか苦手そうだしなぁ……てか、テーブル叩いてくれちゃったお陰でティーカップが落ちて割れたんだが。確かコレって金剛が気に入って集めてた高級品じゃなかったか?あ~あ、これ請求書切れんのかね?

「サラトガぁ?……あぁ、深海の連中に捕まってた例の美人さんかね。ありゃアメリカの艦娘だったのか」

「その通りだ!貴様ごときが不当に拉致していい存在では無い!」

 この兄ちゃんアホなんじゃねぇの?一国の海軍の大将捕まえて、『貴様ごとき』と来やがった。政治的にも大問題じゃねぇ?この発言て。この兄ちゃんが『本当の所属している組織』でどれだけ偉いのかは知らんが、どう見ても三下臭い匂いがプンプンするんだが。その辺をつついてみるか?と思っていたら、意外な所から横槍が入った。





「止めんか。お前の発言は礼を失していると解らんのか」

 そう言ったのは眼鏡のオッサン。こりゃ無礼を諌めるというより、これ以上の失言を止めに来たって感じだねぇ。事実これ以上アホな発言を続けてくれれば、間違いなくこっちだけが特をする展開に持ち込めたしな。

「し、しかし……!」

「私は『黙れ』と言ったんだぞ?言葉も理解出来ないような獣を部屋に置いておく気はない。出て行きたまえ」

 その冷徹な一言で兄ちゃんは悔しげに黙り込み、ソファに再び腰掛けた。しかしその眼は憤懣やる方無いと言いたげで、殺気をこちらに飛ばしてくる。……いや、上司?に怒られたのはお前がアホな所為だろうに。こっちに責任転嫁するんじゃねぇ。

「部下が失礼を致しました。深くお詫び申し上げます」

「いや、構わねぇよ……アンタの方は言葉が通じるようで安心した」

 謝罪への返答ついでに兄ちゃんの方を更に煽る。お前は言葉も通じない馬鹿だ、と暗に言われたらそりゃ頭に来るよなぁ?だって聞こえる位の大きな歯軋りしてるもの。よっぽど悔しいよなぁ?バカめ。

「……で?改めて用件を窺いましょうか?」

「先程こちらの者が申しました通り、我がアメリカが日本に譲渡する予定であった艦娘『サラトガ』の引き渡しをお願いしたいのです」

「ほぅ?だがサラトガを含め数名の米海軍の将校さん方は深海の連中に捕まっていた……つまりは捕虜だ。捕虜の身柄を引き渡すのに、相手の素性がハッキリしないのではねぇ?」

「つまりは私共の身分を疑っておられる……そういう事ですかな?」

「ま、有り体に言えばな」

 そりゃそうだろう。いきなり鎮守府にアポ無しで乗り込んで来て、『アメリカ大使館の職員だから、捕虜を引き渡せ。ただしアンタも後ろ暗い所があるだろうから、こっそり引き渡せ』なんて言われたら疑わない方が無理ってもんだろ。

「生憎と俺達も国からの依頼を受けて、あの島に閉じ込められていた住人を救助した。その中に米海軍の捕虜も混じってた……そういう種類の話だろ?これは。そんな相手をどこの馬の骨とも判らない相手に渡す訳にはいかねぇよ。信用にも関わるしな」

「依頼?それは日本政府からの依頼という事で宜しいかな?」

「いんや?ブルネイ政府……いや、国王直々の依頼でね。大淀!」

 応接室の外に控えていたであろう大淀に、預けておいた書類を持ってこさせる。さぁて、長丁場の詰め将棋の始まりだぜ? 
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