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底の抜けた柄杓

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第三章

 その船達を見てだ。網元は言うのだった。
「あの連中だよ」
「何でどの船にも灯りが点いてないんですか?」
 市川は網元にこのことを尋ねた。
「まだ暗いですし危ないじゃないですか」
「奴等にとってはもう危ないとかどうでもいいんだよ」
「どうでもいいって」
「来たか。とにかく絶対に海に落ちるなよ」
「ですから落ちませんよ」
「ならいいがな」
 網元は本当ににこりともしない。普段は結構大きく笑う方だが。
 その網元が言う間に灯りのない船団は彼等のところに来た。そこに乗っているのは。
 青白い、死人みたいな顔をした連中だった。目も暗く首も垂れた感じだ。その彼等を見てだ。市川は本能的に悟りこう網元に囁いた。
「こいつ等まさか」
「わかったな」
「ですよね。あの」
「びびったか」
「ええと」
 咄嗟にだ。彼は自分の股間を見た。とりあえずはだった。
「ちびってないです」
「上出来だ。それでだ」
「ええ、柄杓ですか」
「来るぞ。いいな」
 網元がこう言うとだった。彼等は。
 市川達に対してだ。無気味な、海の底から聞こえる様な声でこう言ってきた。
「柄杓をくれ」
「柄杓を」
「それをくれ」
「あ、ああ」
 市川が最初にだった。網元に言われた通りに。
 その手に持っている底の抜けた柄杓を渡した。するとだった。
 彼等はその柄杓を海の中に入れる。だが、だった。
 海の水は取れない。全くだ。柄杓は海をかぐだけだった。
 他の者もそうした柄杓やバケツを渡す。それでだった。
 彼等は海をかぐだけだった。それを続けて。
 やがてだ。こう言うのだった。
「水を注げない」
「底がない」
「なら底のない場所には連れて行けない」
「ならいい」
「また今度だ」
 感情の見られない声で言ってだ。そのうえでだった。
 彼等は諦めた様に何処かへと去った。そうしたのだった。
 その彼等を観てだ。市川は網元に尋ねた。その彼等のことを。
「あの」
「連中のことか」
「はい、何なんですかあれは」
「何だと思う」
 まずはこのことからだ。市川に問うのだった。
「あいつ等は」
「幽霊ですよね」
 直感的にだ。市川も察した。
 それでだ。こう網元に言うのだった。
「あれは」
「そうとしか思えないな」
「はい、どう見ても」
「その通りだ」
 このことをだ。網元も否定しなかった。
「あいつ等はこの世の連中じゃねえ」
「幽霊ですよね」
「船幽霊っていってな」
「船幽霊!?」
「ああ。ああしてこうした時間に出て来てな」
 この海にだ。そしてだというのだ。
「ああして柄杓をくれっていってな」
「その柄杓で、ですか」
「そうだよ。船に水を注ぎ込んでだよ」
「船を沈めるんですね」
「それが奴等だ」
 船幽霊だというのだ。 
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