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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第九十九話 ブラウンシュヴァイク公爵討伐に向かいます。

帝国歴487年12月23日――。

 新婚生活を終える間もなく、フィオーナは出征の途に立った。
彼女を総司令官とする遠征軍がブラウンシュヴァイク星域に出発したのである。

 フィオーナ艦隊10万余隻は麾下にティアナ・フォン・ローメルド大将、ジークフリード・キルヒアイス大将、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大将、そしてバイエルン候エーバルト中将を擁し、前衛に転生者のロワール・ルークレティア少将、同じくアレット・ディーティリア少将を配置してブラウンシュヴァイク星系の要所を制圧しながら本星を目指していた。

 道中散発的な抵抗はあったものの、本格的な戦闘には至っていない。フィオーナはぬかりなく情報を収集しながら戦列をブラウンシュヴァイク本星付近にまで進めてきたのであった。
「どうも生ぬるいな。敵は何をしているのだ?いい加減姿を現して一戦挑みかかって来ればこれを完膚なきまでに粉砕してやるものを。」
ビッテンフェルトが忌々しそうに会議席上で言う。
「敵の戦力は多く見積もっても8万隻ですから、数において劣る以上戦力を小出しにせず、敵中深く誘い、縦深陣形になったところを叩く――。」
皆の眼が総司令官に集中する。
「・・・・と思いますけれど・・・・。」
最後をフィオーナは保留付きで締めくくった。彼女としても敵の狙いが正確に読めないというところがある。情報収集に務めているが、敵の主力の位置を特定できていないのだ。当然ブラウンシュヴァイク星系には防衛艦隊がおり、哨戒網に引っ掛かって満足な情報収集ができないのだが、それ以外の宙域では敵影一つ見ない。また、捕虜に問いただしても満足な答えが出てこない。
「先日の三馬鹿・・・・違う、フォーゲル、エルラッハ、シュターデン、そしてブリュッヘル、さらにゼークトも忽然と姿を消しているところに今度はブラウンシュヴァイクまで?やれやれ、ベルンシュタインといい、隠れんぼが大好きな面々なのかしらね。」
「フロイレイン・ティアナ。」
キルヒアイスが穏やかな顔で諭したので、ティアナは赤くなって「あ、ごめん。」と謝った。
「以前ベルンシュタインの奴が漏らしていた。ローエングラム主席元帥を追い落とすためならば、ありとあらゆる手段を実行してもよいと。」
聞きなれない声がした。皆が声の主を見る。バイエルン候エーバルトだった。彼は目の前の卓上の白磁のコーヒーカップを見つめていた。
「あなたはブラウンシュヴァイク陣営としてベルンシュタインのそばにもいたことがあったのですね。」
バイエルン候エーバルトはうなずいた。
「奴とは言葉を交わすことわずか数度だが、寡黙な裏に危険な色を感じた。反骨という物ではなく、もっと危険な色・・・目的のためならば手段を選ばないという物だ。」
フィオーナもティアナも、それを聞いて期せずして同時にある人物の顔を眺めた。軍務尚書のイルーナの下についている人物だったが、対ベルンシュタインという事で臨時に参謀として配属された人物。
「私も同類と言わんばかりの表情ですな。」
肯定も否定もせずに、彼は静かにそう言った。
「違が・・・ッ!!違うからね!!そういう風に思ったんじゃないんだからね!!」
ティアナが慌てふためいて両手を振って否定し、フィオーナも顔を赤らめたが、誰もが心の中で「そう思っていたのか。」と思った。
「オ・・・オーベルシュタイン少将はどう予測しますか?敵の動向・・・・正確に言えばベルンシュタイン中将の考えを。」
フィオーナがまだ赤い顔をしながら彼に尋ねた。目には目を、歯には歯を、というわけではないが、フィオーナやティアナ、キルヒアイスらでは心もとないと思ったイルーナがオーベルシュタインを差し向けたのである。
「かの者の動向に関しては小官もいささか調べておりました。方々の予想通り手段を選ばぬ者と見受けられますな。恐らく、ブラウンシュヴァイク星系そのものを焦土とし、徹底抗戦を辞さぬ構えを算段いたしていることでしょう。が・・・・。」
『が?』
フィオーナもティアナもオーベルシュタインの語尾を捕えて復唱した。
「恐らくブラウンシュヴァイク公が許しますまい。かの一門も自らの領地そのものを元手に博打を打とうなどという覚悟を持つような者が果たしておりますやら。」
なるほどとフィオーナもティアナも思った。ブラウンシュヴァイク公としては自らの領地を焦土と化して決戦を挑もうなどという気概はないだろう。長年民衆から搾取してきた大貴族の長ならば、当然のこと、自分の領地に愛着があるからだ。
「ベルンシュタイン個人にはそれほどの声望はありません。ブラウンシュヴァイク公を裏から動かさなくてはならない以上、彼らに反する策を取ることはさすがの彼でもできないと思います。」
と、ローエングラム総司令部参謀副長であるレイン・フェリル中将が意見した。
「であれば正攻法で押し進めばよいか。」
「うむ。ブラウンシュヴァイク陣営には先年のリッテンハイムとは違い、それほどまとまった戦力があるわけでもない。我々だけで推し進めることもできるだろう。」
「そうだな。」
諸提督たちがざわめく中、オーベルシュタインのさほど大きくない平板な声が万座を沈黙させた。
「ですがここに不確定要素がありますな。」
オーベルシュタインは万座を見まわした。
「フォーゲル、エルラッハ、シュターデン、ブリュッヘル、そしてゼークト。これらの艦隊の総数は敗残の数を考慮しても2万を超えるでしょう。それだけの戦力の所在が分からぬ以上、敵が隠しゴマとしてどこからか走らせてくる可能性は否定できますまい。」
「では、彼らがベルンシュタインと繋がっていると、そうお考えですか?」
フィオーナの問いかけにオーベルシュタインはかすかに点頭しただけだった。
「彼らの動向はまだつかめないの?」
ティアナの問いかけにレイン・フェリルはかぶりを振った。
「残念ながら、掴めません。各星系の基地、各要塞、各警備艦隊に警戒を呼び掛けていますが、何一つ彼らの痕跡は発見できません。」
「発見できないのではなく『通報しなかった』のだとしたらどうだ?」
バイエルン候エーバルトの発言が皆の驚きを引き出した。
「考えてもみろ、二万隻の大艦隊が発見できないなど、妙だとは思わんか?仮に警備艦隊が接触して殲滅されたとしても一報はあってしかるべきだろう。」
「でも――。」
「ローエングラム陣営は帝国全土を掌握しているのではない、という事だ。辺境、とくにブラウンシュヴァイク星系周辺にはまだブラウンシュヴァイク公とよしみを通じる者が多い。各星系の基地はともかく、警備艦隊は辺境貴族で構成されるのが常だ。協力こそせぬが、あえて黙認をしている者も多いという事だろう。」
「・・・・・・・・。」
万座はバイエルン候エーバルトの発言を聞き入っていたが、彼の言葉が終わるや否やすぐに一斉に騒ぎ出した。
「各星系の貴族名簿を洗い出せ!」
「ブラウンシュヴァイク公とよしみを通じている者はそこにおらぬか?!」
「警備艦隊のリストも洗い出せよ!!」
「最後に消息を絶った地点とそれらとを結べ!!」
慌ただしい喧騒のさ中――ただ一人オーベルシュタインは冷静だったが――ここに艦隊が潜伏しているのではないかと思われる場所が洗い出され、即攻撃に向かうように話がまとまったが、フィオーナは帝都に報告し指示を仰ぐという理由で、これを厳重に伏せた。何しろまだ身辺にスパイがいるかもしれないからだ。・・・というのは表向きで、彼女はブラウンシュヴァイク陣営側にこの情報が洩れることを期待していたのである。だからこそ、この会議が始まるさらに前にオーベルシュタインとバイエルン候エーバルト、そしてティアナ、キルヒアイスらを交えて極秘裏に会議を行っていたのだった。

 危険な賭けだったが、フィオーナは自らを囮とし、ブラウンシュヴァイク派閥の出撃を誘い、一気に雌雄を決する計画を立てていたのである。それは他ならぬブラウンシュヴァイク公爵の所領の民を巻き添えにしないよう、気遣っての事だった。

「民を助ける?」
ティアナやキルヒアイス以外の皆の反応は推して然るべきものだった。
「ブラウンシュヴァイク公爵の所領にいたというただそれだけで、殺戮の対象になる民は哀れではありませんか。」
フィオーナはそう言ったのだった。哀れという表現をすることそれ自体が冒涜だと彼女は思っているが、この際はこの言葉を使わないと先に進めなかった。それに、一つ間違えれば腹いせに核融合ミサイルで吹っ飛ばされることになるかもしれない。そうなってからでは遅いのであるし、敵側にもラインハルトにも消し難い怨恨の傷を残すことになる。
「この戦いはブラウンシュヴァイクを討伐することそれのみが目的です。民の命などかまけている余裕はありません。」
このオーベルシュタイン少将の発言に対して、フィオーナは即座に反論した。
「オーベルシュタイン少将の考えは一理あります。ですが、ローエングラム陣営にとって民を見捨てることはマイナスにしかなりません。」
これに対してオーベルシュタイン少将は反論しなかった。ただ、フィオーナにとって警告ともいえる発言を残したのみだった。
「優しすぎるのも結構ですが、そのためにあたら貴重な将兵の命を犠牲にしないよう、説に祈りたいものですな。」
オーベルシュタイン少将はそう言うと、瞑目してあとは何も話さなくなったのだった。



* * * * *
 本会議の後は多少休息の時間が入った。帝都に意見を仰ぐことになっていたからである。
「提督、これ、良かったらお食べになってもらえますか?」
総旗艦ヘルヴォールを預かるヴェラ・ニール艦長がフィオーナに声をかけた。もう昨今では珍しくなくなった女性指揮官の一人であり、階級は大佐であるが、ルグニカ・ウェーゼル同様彼女もまた貧しい農民から女性士官学校に入った口である。
「なぁに?今度は何を作ったの?」
「はい!シュネーバルを作ってみました。私の故郷の惑星ローテンブルクでは有名なお菓子なんですよ!結婚式の定番なんです!」
ぜひ提督に召し上がっていただきたくて!と、淡いエメラルドグリーンの髪をポニーテールにした愛らしい顔の彼女は美しい緑色の瞳を和ませ、にっこりしてそれを差し出した。彼女は暇さえあればおいしいお菓子を作るという評判があり、女性士官学校時代にも有名だった。「できればパティシエになりたかったのですけれど。」というのが口癖である。「艦橋にいるよりもキッチンにいる方がしっくりくる。」というのが彼女の部下たちの言葉だった。それはたとえ敵の星系に侵攻していても変わらないらしい。フィオーナはちょっと笑った後、奥の執務室で作業をしていた二人に声をかけた。
「サビーネ、エステル、お茶にしましょうか。」

* * * * *
サビーネ・フォン・リッテンハイム(アルテンシュベルク)とエステル・フォン・グリンメルスハウゼンはアレーナ付きの侍従武官の任を解かれ、代わりにフィオーナの副官として一緒にいる。実を言うと、自称パティシエ艦長に頼んで差し入れをしてもらったのは、この二人の願いによるものだった。
 10万余隻の大艦隊を率いるという事は、それだけ総司令官に負担がかかるものである。連日のように大小の報告が総司令官あてに届く。総司令官が直に視閲するものもあれば、取るに足りないものもある。それをえり分けるのは総司令官付きのスタッフたちなのだが、中には判断つけがたいものもあって、そういう物に関しての最終的な判断はすべて彼女に行く。それを捌くだけでも大変なのに、今後の大小の戦略方針も決定しなくてはならない。連日タンクベッド睡眠でしのぎながら昼夜を問わず激務に追われていた。
 それでもまだましなのだ。あなたと、そしてキルヒアイス提督がいらっしゃらなかったらどうなっていたかわからないわ、とティアナに話していたことがあった。
 だからこそ、というわけでもないのだが、束の間の休息を押し付けてでも提供してあげたい、というのが二人の気持ちだったし、艦長もそれに応えたのである。

* * * * *
総司令官、副官2人、艦長といういささか風変わりな組み合わせではあったけれど、司令官の私室で四人は束の間のお茶を楽しんだ。
「これ、サックサクね!」
「えぇ!!自分でも会心の出来だって思うんです!」
「バターの香りがとてもよろしくて、何個でも食べられそうですわ!」
「紅茶にもとっても合いますね!」
などという会話が楽し気に飛び交ったのだった。
「お姉さんの具合はどうなの?」
「命に別状はないですけれど、だいぶ弱気になってます。命を懸けて自分の提督とローエングラム公をお守りしたのに何弱気になってるの、って私は言うんですけれどね。」
彼女の双子の姉であるジル・ニール艦長は総旗艦ヴァルキュリアの艦長を務めている。あのヴァルハラでの凄惨な戦いで、ヴァルキュリアは満身創痍になりながらも彼女の操艦で撃沈を免れた。のちにドッグ入りしたヴァルキュリアは幾重にも傷を負っており、撃沈されなかったのが不思議なレベルだと技術官たちから言われていた。戦場を離脱するまで自分の席を離れなかった艦長は離脱するや否や力尽きて倒れた。彼女は無数の傷を負ってベッドに運ばれていったのである。
「しょうがないので、私の御手製のお菓子を置いて帰りました。いいんですよ、お姉ちゃんはいつもそうなんです。」
「お姉さんの落ち込んだ気分、原因はそれじゃないの?あなたがあまりにもお菓子を持ち込むから――。」
いつになくフィオーナが冗談を言う。ヘルヴォールが建造されてからこの若い女性艦長と一緒にやってきたので、親近感があるのだろうとサビーネは思った。
「ひどい!!!」
その様子があまりにもおかしいとひとしきりみんなは笑いあった。
「ともかくお姉さんがお元気そうで何よりよ。帰ったらお見舞いをしてあげてね。後はホットラインを使って顔だけでも見せてあげるようにすればいいわ。それくらいの時間は取ってあげなくちゃね。」
と、結ぶと彼女は嬉しそうにうなずいた。ともあれ、フィオーナにとっては束の間の休息を楽しむことができ、ブラウンシュヴァイク星系侵攻の重圧をしばし忘れることができたのであった。

 
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