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昔ならばいいのか

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第二章

「随分続いてるみたいだね」
「そこの磨き方がとんでもないんですよ」
「どうした磨き方なのかな」
「是非御覧になって下さい」
 稲葉は強張った顔で矢作に告げる。
「びっくりしますよ」
「この雑誌は無茶苦茶だからね」
 矢作はこう言いながら雑誌を手に取った。
「というかこの雑誌の発刊者だけれどね」
「問題のある人ですよね」
「文明とか科学が嫌いなんだよ」
「昔のあれですか?」
「そう。あの団体だったね」
 矢作は自分がまだ子供の頃の記憶を辿りながら述べた。
「もう随分前。僕が本当に子供の頃で」
「ベトナム戦争に反対していた人達ですよね」
「今の市民団体のはしりだよ。けれどこの団体の主催者がね」
「この雑誌の発刊者と親しかったんですよね」
「そうなんだ。で、その主催者が科学とか文明とかそういうのが嫌いな」
「所謂原始共産主義ですか?」
「ルソーかな」
 矢作はフランスの思想家の名前を出した。
「自然に帰れっていう」
「それそのままだったんですか」
「まあ。文明が環境破壊を及ぼすとかいうことはよく言われているけれどね」
「そうですね。漫画とかでも」
「そうした思想の産物なんだよ。文明とか科学を嫌うのは」
「そういうことなんですか」
「その残照がこの雑誌なんだよ」
 稲葉はやれやれといった顔で雑誌を開きかけている。
「全く。困ったものだよ」
「書いている人達も読んでいる人達もわかっていないんですか」
「狭い世界にいるとね。わからないよ」
 矢作は言うのだった。
「そういうこともね。とにかくね」
「はい、読んでみて下さい」
 稲葉の勧めに従ってだ。矢作はその記事を読んでみた。そこに書いてあったのは。
 とにかく歯磨き粉を使わないで磨くということだった。しかもだ。
 磨き方が出鱈目だった。昔の歯ブラシ、江戸時代のそれを自分で作って磨くといいだのそんなことばかり書いてあった。その記事を読んでだ。
 矢作は首を捻ってだ。自分の向かい側にいる稲葉に尋ねた。
「これを書いている人は」
「はい、記事と一緒にプロフィールが書いていますけれど」
「ええと。ジャーナリストだね」
「医療関係だそうです」
「本当にそうなのかな」
 本気でだ。矢作は首を捻って述べた。
「いや、歯磨き粉が使われる理由はね」
「消毒でもありますよね」
「研磨剤でもあるから確かにつけ過ぎはよくないよ」
「けれど程度の問題ですよね」
「そうだよ。それに歯ブラシも」
「科学的に検証されて今の形に至りますから」
「昔の歯ブラシでは限界があるよ」
 矢作は歯科医として言う。
「しかも磨くにあたって塩も使わないんだね」
「塩分に気をつけてとか」
「いや、絶対に駄目だよ」
「その通りですよね」
「そんな古い歯ブラシで何もつけないで磨いても大した効果はないよ」
 矢作は首をしきりに捻りながら述べる。
「こんなことをしては絶対に駄目だよ」
「ですがこの雑誌の読者欄ですけれど」
「ううん、これはね」
「どう思われますか?」
「この読者さんはおかしいね」
 矢作は首を捻りながら述べた。
「どういう人なのかな」
「歯磨きを使わないで磨くといい、ですね」
「それも三十分もかけて磨く、ね」
「塩も使わないんだね」
「それもあれですよね」
「そんな磨き方をしては駄目だよ」
 まただった。矢作は駄目出しをした。
「よくこんなことを信じるよ」
「ですよね。歯ブラシだって手作りで」
「何でも手作りでいいってものじゃないよ」
 稲葉にだ。矢作はまた言った。 
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