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日本を今一度

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知らない歴史

「出てこいコノヤロー!」
「逃げんなオラァ!!」
次に画面に映ったのは、"求む、退陣!"や"私たちの生活を返せ!"などの旗を掲げ一心に何かを叫んでいる人たちだった。所謂、デモ。
「全く、よくやるぜ。10年も前の話だろうに」
社長さんが呆れたように呟く。でも…
(なんだろう、ちょっと違う)
何が違うのか、だから何なのかは分からなかったけれど、社長さんの声から違和感を感じた。
「一度始めたことやからねぇ。今はまだ、引き下がれへんのやろ」
「ま、あれでも昔よりは大分丸くなってるけどな」
社長さんの言葉に、みんな頷く。…あれで、丸くなった?
「丸いんですか?」
「あれ、梦見ちゃんは攘夷戦争とか、知らないのかい?」
「は、はい。何しろ外に出ないもので。テレビとかも見ませんし」
弥救さんの驚いた声に、決まりの悪さで小さくなって答える。
…あれ?私、いつから今みたいな生活をしているんだっけ。靄がかかったように、思い出せない。学校に行っていた記憶は無いし、かといってそんなに昔から紫翔さんと暮らしていた訳では無い、と思う。そもそも、私、どうして紫翔さんと暮らして…。
すると、社長さんがぽん、と私の肩に手を置き、
「よし、俺が解説しよう」
と雪那さんに目配せをした。
どこからともなくホワイトボードを引っ張ってきた雪那さんは、それを社長さんの横に置く。…超優秀な秘書だ。
「攘夷戦争…というか、灯結成までの経緯か」
それを聞いて、私は耳を疑った。謎に包まれた組織の結成秘話を、もう?
「勧誘するにも、まずここのことを知ってもらいたくてな。なぁに、そんなに身構えなくても大丈夫だ」
「……まぁ、知っておいて損は、無いやろうけど」
対照的に、紫翔さんはあまり乗り気では無さそうだ。だが、社長さんは構わず話を進める。
「時は18年前…」

日本は、戦争をしていた。今度はアメリカと同盟を結び、世界各国を荒らし回ったのだ。
―第三次世界大戦。
当然、世界の国々はアメリカと日本に対して抵抗する。だが、アメリカの豊富な資源に日本の技術力が相まって、たった二国で次々と勝利を挙げた。
そうして、世界の1/3を占領した頃、本国での戦闘に持ち込まれる。そこでとうとう悪運尽き果て大敗を期した。それがきっかけで日本とアメリカは無条件降伏、終戦となった。
そこからは、二次と同じ。アメリカではなく、イギリスが日本を占領し、政治の中心を握る。勿論、元の政府は解散。これが14年前。
イギリス政府によって新しい政治の体制が作られ、復興に向かうように思われた。少なくとも表面上は。
だが実際は、イギリスに有利な政策しか行われず、国民の不満は募っていく一方だった。
そして11年前、ついにその不満は爆発する。
イギリスと今の政府を倒すべく、多くの国民が立ち上がったのだ。これが、幕末の外人排斥思想に則り、攘夷戦争と呼ばれるようになった。
攘夷戦争は苛烈を極めた。あちこちで血煙が立ち、死体を見ない日は無かった。それが日常。
一年間に渡る激闘の末、勝利を掴んだのはなんと攘夷派だった。イギリス人たちは強制送還、旧政府は解体となり、攘夷戦争は終わりを告げた。
だが、これで泣きを見たのは旧政府関係者たち。
新政府に対して武力をもって対抗し始めたのだ。

「…で、俺はこのままじゃいけないと思ったんだ。だから10年前、この灯を作った。俺たち能力者のこの力があれば、普通の人間に出来ないことが出来る。中立を貫いて、やがては対話に持っていって、無血合意…なんてのが俺の理想だ。だから今はどっちの依頼も受けてる状態だな。このことは、両組織の幹部クラスしか知らないらしいけどな」
…凄い、そんな経緯があったんだ。
でも、どうして16歳の私が攘夷戦争のほとんどを知らなかったんだろう。戦争なんて一生のトラウマになるようなものなのに。
私は、モニターに映る人々に目を移す。
「やっぱり、無血で解決できたら良いですよね。戦争は、いけないです」
無意識に、そう言っていた。
つまりそれは、灯に加入するという意味の言葉で。
「梦見…ありがとう」
社長さんが、本当に嬉しそうに、無邪気に笑う。この人が、全国民を救おうとしているなんて、誰も思わないだろう。
「あ、あの、それで…」
「おい!お前ら!!」
私の声は、モニター越しに聞こえてきた大音量にかき消された。この声は、鳳凰さん。
「な、なんだ!」
「まさかまた…」
ざわつき出す人々。と、次の瞬間。
赤い炎が、先頭に立っている人の間を縫うようにすり抜けた。すると、その人たちは一人、また一人と倒れていく。
「きゃあああっ!」
「くそっ、またかよ!きたねぇぞ政府!」
現場は一瞬にして大混乱に陥った。やはり、先頭の彼らが指導者だったのだろう。
そうこうしている間にも、火はそこらじゅうを飛び回り…ついに、立っている者は一人も居なくなった。
「な…なにが起きたんですか…?」
あまりのことに震えながら誰にともなく尋ねると、紫翔さんがそっと抱き締めてくれた。
「大丈夫や、気絶してはるだけやから」
それは、大丈夫の部類に入るのだろうか。確かに、誰も怪我をしている様子はない。
すると、誰かがひょこっとモニターに顔を出した。
…鳳凰さんだ。
「お疲れ様だよ、鳳凰」
「おう!人間は無傷でって言われてるからな、大変だぜ」
「…悪妖の方が、暴れて大変ではないか」
続いて、黒羽さんが。成る程、つまり今のはこの二人の能力なんだ。
「す、鳳凰さん。鳳凰さんは、火なんですか?」
「んー、正確には"鬼火"だな。こう見えて陰なんだぜ」
確かに、性格はどう考えても陽だ。
「どうやって気絶を…?」
「あぁ、能力者なら全員、普通の人間を無力化…つまり気絶させる能力を最初から持っているんだ。保身のためと考えられてるんだが、何故なのかは分からない」
と社長さん。
「じゃあ、私にも?」
「あ、そうだったな。梦見の能力をまだ教えていなかった。知る覚悟は、あるかい?」
優しい目で尋ねてくる社長さんに、私はこく、と頷いた。
 
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