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茶番

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第一章

                 茶番
 将軍徳川吉宗の南蛮の学問を解禁する策により天下に南蛮即ち出島にいる和蘭の書が世にも出る様になった。それで所謂蘭学を学ぶ者達も出ていた。
 幕府の上層部にも蘭学を通じて日本の外のことに興味を抱く者が出て来ていた、それは老中首座田沼意次もだった。
 意次はよく南蛮のことを聞いていてそれを政に特に貿易に活かそうとしていた、その為南蛮の事情も聞いていたが。
 彼等の信仰、切支丹のことを聞いてだった。彼は眉を曇らせてまずはこんなことを言った。
「恐ろしいにも程がある」
「ご老中もそう思われますか」
「うむ、御主もであろう」
「はい」
 長谷川平蔵、後に火付盗賊改となり鬼平と恐れられる様になる彼が田沼のその言葉に応えた。
「どうにも」
「この話を聞くとじゃ」
「はい、切支丹共はですな」
「かつて神社仏閣を壊し僧侶や神主を追い出し民を売り飛ばし奴婢にしておったのは聞いておった」
「太閤殿の時ですな」
「あの時は太閤殿が急いで買い戻したがのう」
 豊臣秀吉がだ、彼は日の本の民達が切支丹の伴天連達によって外の国に売られ奴隷として働かされていることを知り仰天し即座に彼等を買い戻させて救ったのだ。秀吉の側にいた家康もこのことを知っておりこれが幕府の切支丹禁制の要因の一つにもなった。
「あれもとんでもない話じゃが」
「これもですな」
「信じられぬわ」
 意次は眉を曇らせて長谷川に言った。
「全く以てな」
「それがしもです」
 長谷川も意次に曇った顔で答えた。
「これは寺社奉行の方がされることですが」
「いや、これはな」
「寺社奉行でもですか」
「他の宗派だの魔女とかいうな」
「魔術、妖術や仙術の類ですな」
「陰陽道だのな」
「そうしたものですな」
 二人共魔女については日本にあるものから考えた、おおよそそうしたものであろうというのだ。
「別にそうしたものは」
「何でもないな」
「はい、全く以て」
「普通の妖術なり仙術はどうでもよい」
 陰陽道でも何でもというのだ、これが意次の考えだった。その面長の若き頃は端整だったことが伺える顔で述べた。
「人の役に立つならもうな」
「言うことはありませぬな」
「全くな、これが左道であればな」
「その時にですな」
「厳しく調べたうえでじゃ」
 そうして真偽を確かめてというのだ。
「処罰することを決めればよい」
「それが道理ですな」
「しかし疑われればか」
「はい、魔女だと」
「おなごでもか」
 魔女という言葉からだ、意次はこう考えた。
「何でもおのこでも魔女になるそうじゃが」
「つまり妖術や仙術を使えばですな」
「使うと言われればな」
「それで異端審問とかいう者達にしょっぴかれ」
 長谷川はこの国の言葉から述べた、鬼というよりは若くして清濁を知った人生の裏も表も知ってしまった顔でだ。
「後は海老責めだのまだ生ぬるい」
「老中であるわしも滅多に許さぬ厳しい責めじゃがな」
 これを奉行所で行う時は老中の許しが必要だった、罪人の咎にしても老中がその都度どうした処罰にするか決めていた。大抵は奉行所から話を聞いた評定所の断よりも一等か二等軽いものにして幕府の仁愛と寛容さを見せていた。
「しかしそれよりもじゃな」
「身体を上から下に引き落としたり焼けた棒を突き刺したり他にも口では言うのもはばかれる酷い責め苦の数々を」
「魔女と言われた者達にしてか」
「そして無理にでも吐かせます」
 自分が魔女であるとだ。 
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