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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第2章 『ネコは三月を』
  第38話 『絨毯の上で』






「反応……消息不明(ロスト)……」
「異常反応も、消滅……」


 通信室に喪失感からくる緊張が訪れるが、すぐに切り替えられるように努めた。
 はやては唇を軽く噛み、


「逃がしたか……」


 と、悔しがるも周りへの指示は忘れず、各個への状況を確認を始める。


「……ん、なるほど。レリックはキャロがな……うん……うん……ヘリの女の子は無事なんやね」


 近くにいるなのは、フェイトも彼女のところに集まり状況を共有する。
 ある程度はやての受け取る報告を聞く限りどの箇所も大事までは至ってないようである。


「大丈夫そうだね」
「うん」


 なのはとフェイトは少し緊張を解き、息をついた。


「でも、レリックをキャロに預けたのはびっくりだね」
「うん。とっさによく思いついたなって思う」


 ふたりは顔を見合わせてふふっと笑みがこぼれた。


「あの女の子も命に別状はないみたい」


 なのははあの女の子が一番気になっていた様子で、安否が再度確認できたことに胸を撫で下ろした。フェイトはなのはの人命救助における意識が自分やはやて以上に高いのを良くわかっていたので、


「後で、病院に様子見に行ってきなよ」


 と彼女の背中を押した。なのはは少し眉を寄せて考えようとしたが、フェイトは部隊のほうは自分が処理しておくと彼女のためになれるよう努めた。


「ありがとう、フェイトちゃん」


 なのはは頷き、感謝を述べてふと横目で病院のある方向に目をやったとき、


「……」
「どうしたの、なのは?」
「ねぇフェイトちゃん」
「ん?」


 今度は目だけでなく、身体ごと方向を変えた。


「なのはちゃん、どないしたん?」


 いくつかの報告が終わり、はやてはなのはが背中を向けたことに気づいて会話に参加する。びゅうと少し強めの風が吹いた後、なのはは口を開いた。


「コタロウさんは、今ヘリ乗ってないんだよね?」
『――!!』


 その一言に、すぐにはやてはオペレータルームに連絡をつないだ。


「シャーリー」
「はい、八神部隊長」
「コタロウさんからの報告ってあった?」
「いえ、ちょうど今から連絡をとるところです。一応ヴァイス陸曹からコタロウさんは無事と連絡は受けていたそうで」
「なるほど」


 レリックと女の子の安否が第一であり、さきほど間接的に連絡があったことと、砲撃直後に「ランバー(がらくた)からロングアーチへ。JF-704――ヘリ――の圏外回避を確認。負傷者ゼロ」と報告を確認できていたことから優先度は自動的に下のほうへ回していた。


「今つなぎますね」


 そういってシャリオは彼に連絡をとろうとしたときに一本の通信が通信室に届いた。ちなみにランバーが(アンブレラ)をアナグラムさせたというのは余談である。


「砲撃者たちの行方が消失したことにより、コードネーム・ランバーより戻します。カギネ三等陸士です」
「あ、コタロウさん、今ちょうど連絡をとろうとしたところなんですよ」
「報告が遅くなり申し訳ありません」
「大丈夫です」
「ネコ、おまえ無事か?」
「現在、死傷者ゼロです」
「――ったく。なんでそういう言い方しかできねんだよ」


 通信のつながっていたヴィータも割り込んできた。


「それでは報告いたします」


 コタロウはバリアジャケットのまま報告を始めた。


「相手兵器は距離、砲撃までの出力時間、到達速度、威力は――」


 彼は資料の送信を行った後、自分自身が体験したもの映像から読み取れるものの話を始める。口頭で述べられているものは省かれているところがあるが、送られてきた詳細、調査報告は細部まで綿密に書かれており、これ以上の要求がないところまでなされていた。そしてなによりそれがリアルタイムで目の前で追記されていることに目を見張った。とくにアルトは彼と行動をともにすることがほとんどなく、あっても出来上がったものを見るだけであったのでコタロウのキーボードタッチの早さに開いた口がふさがらなかった。また、機械士として知っているシャリオは速さで驚くことはなかったものの、速さに対する正確さにはアルトと同じ態度であった。


「――以上です」


 初めてその光景を目にした者も含めその場にいる全員が凍りついたように静かになった。あえて態度を崩さなかったの者をいうのであれば、新人たちの訓練時に一番近くで報告をうけとっていたなのはくらいである。シャリオももちろん近くにはいたが出来上がった資料を渡されることのほうが多かったために実際の彼の情報処理能力をはっきりと目の当たりにしたのは今日がはじめてだったのかもしれない。彼の処理能力に嫉妬はしていたもののどこかで負けてはいないと思っていたが、今回の件を経てそれらがすべて打ち砕かれたようだった。
 ただ、今は仕事に徹しなければならないのでその感情を押し込んで、


「ありがとうございました」


 報告に対する返答をした。


(でも、どうしてこんなときだけで、普段脅威に感じないんだろう?)


 息を吐きながら感情とは別に考える。見た目はひどく頼りない、いやおっとりしているように見えるからだろうか。と。


「なぁ、ネコ」
「はい」


 そう考えるなか、ヴィータが何かに気づき話しかけた。


「なんでお前、傾いてるんだ?」


 そういわれ周りの人たちもコタロウを見ると首を傾げているわけではないのに画面に対して傾いて彼が映っていた。


「魔力がそろそろ切れるからです」
「……は?」
「では、報告は以上になります」
「おい! おま――」


 通信の切れる直前には背景が上に移動し始めていた。コタロウの足場の魔方陣が消え本格的に落ち始めたようである。おそらくこれが脅威に感じない原因なのだろう。







魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第38話 『絨毯の上で』







「もう! なんでなん!」


 通信が切れたと同時にそこから一番近いなのは、フェイト、はやてたち三人は魔法で前方にカウルを作らなければ目も開けられない速度でコタロウの救助に向かった。ただ、愚痴をこぼしている時間はない。シャリオの応答に返事はできなかったが、5秒で着いては間に合わないらしい。
 フェイトとなのははコタロウに念話で呼びかけるが、応答がない。通信できる魔力もすでにないようだ。






△▽△▽△▽△▽△▽






(とりあえず、工具は全部手放して――)


 着地時の衝撃を少なくするために工具を先に落としておいたコタロウは身体をまっすぐに頭を真下に手を顎に当てて考え始めた。


(高度は150メートル、落下速度を考えると5.53秒か。残り4秒弱……バリアジャケットの耐久性から着地失敗しても重症になることはなさそうだけど)


 顎から離すと手をうまく使い頭が上に来るように空気の抵抗バランスを変えていく。


(上官の状況報告時に着地していればよかった)


 周りのヴィータたちからの報告をはやてが受けている間に残りの魔力で着地していればよかったと少し反省する。空中で作業するときには魔力を使っていたが、魔力をある程度使用した後に作業をするパターンは今までなかったので次回への課題として頭に残した。


(どうも、人命救助では魔力配分がうまくいかない)


 フェイトとの模擬戦では終盤の救助以外に過度な魔力の消費はなかったので、これもまた今回得た課題であることも忘れてはならないことだと自覚する。


(……ん?)


 着地の準備をしようと体勢を整えようとしたとき、何か気配を感じた。先ほど状況報告が終わって通信を切ってすぐにまた通信が入り救助に向かうとだけ伝えられたが間に合うはずもないと考えていた。距離から換算するに音速を超える速度で向かわないと不可能だからである。


「まさ――」
「コタロウさん!」
「――っぐゥ!」


 地面に足がつきそうになったそのとき、腹部に衝撃が走った。進行方向が強制的に変わり身体がくの字に折れコタロウは息を漏らす。
 衝撃部分に目をやると、栗毛色と金色の髪がなびいているのが見えた。
 地面近くの視界からまた遠のき一定の高度をとった。


「八神二等陸佐、テスタロッサ・ハラオウン執務、官?」


 そして、腹部から正面へと向きを変えると、


「高町一等空尉」


 がこちらを見ていた。






△▽△▽△▽△▽△▽






 地上に降ろされた後、コタロウは二人から離れ敬礼をした。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 なのはは眉を寄せた顔を見せたが、フェイトとはやてはコタロウから離れたときに髪を乱して前にかかっていたため表情は読み取れなかった。


「着地してからご報告をすれば――っ!」
「どうせ、報告優先にして自分のこと後回しにしたんやろ」
「……」


 コタロウははやてからは額に手刀を、フェイトからは無言のままジロリと睨まれた。
 今回の救助は確かにコタロウの不手際であり未然に防げるものであるが、自分の危機的状況ににも関わらず無表情であったことに彼女たちの怒りに触れたらしい。
 数秒間はやての手刀とフェイトの睨みが続くと、二人とも大きくため息をついて仕方ないとあきらめた。


「とりあえず、なのはちゃん」
「うん?」
「病院にいってきてええよ。こっちは私がなんとかしておくよ」
「あ、はやて、私も」


 二人とも頷いてなのはの背中を押すと「じゃあ」とまだ飛行許可が下りているのを利用して飛び立っていった。
 それを見送った後、コタロウは地面に落ちた工具を拾いに行き移動できる準備が整うとはやては「さてどうしようか」とフェイトを見た。


「歩く?」
「ヘリがくるまで待ってるというのもあるけど」
『うーん』


 彼を抱えて移動するというのもあるが、多くの工具をしまいこんだ彼の体重は明らかに重くなっており、抱えるのは不可能である。
 ふとはやては一定の距離をおき待機体勢でいるコタロウをみると腰のものが目に入った。


「そういえば、まえシャリオから聞いてたけどその傘――(にわたずみ)――に魔法の絨毯(マジックカーペット)という機能が……あかんか、魔力使えないから考えとるんやし」


 この前彼のデバイスにおける説明を受け、その中に魔法の絨毯という項目があったのを思い出した。しかし、使用者の魔力がないのに発動することはできないことにも気づきまた考え直そうと目を閉じたが、そのはやての言葉にフェイトもひとつ思い出したことがあった。


「シャリオに渡したみたいに権限付与すれば私たちでも使えるんじゃないかな」


 訓練の休憩中に何度かスバルやキャロに権限を付与して傘で建物から降りるところを見たことがあったとはやてに話した。


「魔法の絨毯で移動しますか?」


 コタロウ自身は徒歩でも問題なかったが、上官の言葉に従うことを優先し提案に対して同意を示す。


「あ、ほんなら」
「お願いします」


 二人の相談の上、権限付与ははやてに行うことになった。
 それでは、とコタロウははやてに権限付与を与え、傘を握らせる。機能説明を受けた彼女は傘に魔力を通し始めた。


「えーと、『傘、魔法の絨毯』」


 すると傘ははやての手から離れ、布部分と骨組みに分かれた。布は1メートル四方の大きさになりふよりとひざ下ぐらいに浮き、金属部分は柄の部分しか残らない大きさになった。


(柄は操縦桿(そうじゅうかん)、生地とは同期がとれてるから魔力制御によって……こんなかんじ?)


 大きさ、厚さを考え魔力を練る。


「――わぁ!!」
「ちょっと、はやて!」
「……ちゃうんよ、この傘変換効率がものすごいねんて!」


 込めた途端に15メートル四方まで広がり、厚さも絨毯とは呼べないものになった。


「ただ込めるのでなく、絨毯を鮮明にイメージしてください」
「わかりました。イメージ、イメージ……」


 再び魔力を制御するとしゅるしゅると小さく薄くなっていく。絨毯の色は使用者によるのか白銀色になった。
 こんなもんやろかとちょうど三人乗れる大きさになった。


「ほら、できた!」
「はやてったら」
「ええからええから、乗ってのってー」
「う、うん」
「わかりました」


 フェイトたちは頷くとはやてを先頭に絨毯に乗る。三人は立った状態で、はやては進行方向を向き、後ろに二人は横に並んでいる。ちなみに靴は履いたままである。


「すごいふかふか」


 はやてはしゃがみ絨毯をなでている。


「イメージがうまくいっているのだと思います。人の想像をより鮮明に具現化できる機構が組み込まれていますので」
「私が考える絨毯ができたということやんね」
「はい」
「フェイトちゃんが絨毯を作るとまた違う絨毯が具現化されるということなん?」
「そうなります」


 具体的な原理の説明をはやては断り、いよいよ飛行に移行する。


「はやて、気をつけてね」
「わかっとるわかっとる」


 依然としてまだ任務中であるが機能のそのものと魔力制御の難しさが心地よく、こみ上げてくるものがあった。


「いくで」


 そう言うと魔力を練り上げる。すると、


「テスタロッサ・ハラオウン執務官、失礼します」
「へっ?――ひゃうっ!」


 いち早く何かに気づいたコタロウはフェイトのほうを向き右手で彼女の腰に手を回し引き寄せ、そしてそのまま強制的に伏せさせた。


「傘、飛べ!――うにゃ!?」


 そういった瞬間に警戒していなければ立っていられない速度で垂直に急上昇する。


「テスタロッサ・ハラオウン執務官」
「ぅぅ……」
「……?」


 フェイトはもちろん上昇加速度に驚いたが、それ以上に突然引き寄せられたことと、今現在目と鼻の先にいる彼と目が合ったことに動揺を隠せなかった。だが、一方のコタロウは自分の言葉に彼女が反応しないことを不思議に思うも、早急にはやてに助言をしなければならないため、


「テスタロッサ・ハラオウン執務官」
「ひぅっ……」


 今度は耳元で低い声で呼ぶことにした。耳の構造上音程が高いものより、低いほうが届きやすいためだ。フェイトが耳を赤くするほど顔を赤らめるなかさらに彼は続ける。


「しっかりと、掴まってください」
「は、ゃい」


 それを聞いたフェイトも彼の腰に手をまわそうとすると、彼に手をとられ絨毯を掴むように移動させられた。


「……え?」


 掴んだことをコタロウが確認すると、未だに制御をとれずにいるはやてのところに行くために素足になり絨毯を足の裏で掴み立ち上がる。術者はある程度風や衝撃を無意識下でも防護さるため、はやては急加速のみに驚いているようだ。


「八神二等陸佐」
「は、はい」
「失礼します」


 そういうと彼女の握っている柄を上から掴む。


「落ち着いてください」
「あ、うん」


 握られて子どものようにはやては頷く。


「先ほども言いましたが、大切なのはイメージです。遮蔽物は周りにないため目を閉じても構いません。しっかりとイメージしてください。どのように飛びたいのか、何人で乗っているか、具体的な体感速度が分からなくても問題ありません。まわりの風景はどのように移動しているかで十分です。より細かに鮮明にイメージしてください」
「う、うん。わかった。イメージやな」


 そういわれ、高揚からの短絡的なものから細かにイメージを再構築しなおす。人数を意識するとフェイトやコタロウに襲う負荷がなくなり、周りを意識すると速度もはやてのイメージ通りの速度になる。


「こ、こうか?」
「はい。テスタロッサ・ハラオウン執務官も起き上がれると思います」
「え?……あ、フェイトちゃん、ごめん……」
「う、うん。大丈夫」と、ゆっくりと立ち上がる。
「フェイトちゃん、具合悪い? 顔が少し赤いような……」
「だ、大丈夫だよ? はやての方こそ大丈夫?」


 その後、フェイトが「……あ」と声を漏らすので、彼女の視線の先に目線を送ると。


「……」


 きゅっと柄を持っているはやての手にはコタロウの手が添えられていた。はやては視線をコタロウに向けると、彼は彼女よりワンテンポ遅く視線を上げ彼女と目を合わせる。


「……」


 どうかしましたか? というように彼は小首を傾げる。


「――わぁ!」


 頬の上気した彼女は一時の間のあと素早く万歳をしてコタロウの手を振りほどいた。その反動で絨毯が大きく反転する。しかし、彼女の三人を乗せているという意識は途切れていないため、一回転しても誰も振り落とされることはなかった。振りほどかれたコタロウは敬礼をして断りを入れた後、回れ右していつ作業着にくくりつけたかも分からない靴を履き始めた。
 それを目で追ったはやては、自分の顔の熱がまだ治まらないままフェイトに念話を入れた。


[正直なところ聞くんやけど、コタロウさんに何かされた?]
[ど、どうし……]


 なぜだろうか、そこまで言って自分は彼とはやてのやりとりを見ていたからか後ろめたさを感じ、はやてが絨毯で急上昇した時のことを話した。


[……なるほどな。それで赤く]
[うん。男の人とあそこまで近くまで来られたことないし……]
[それは私もおんなじや]


 二人とも助けられるより人を助けることのほうが多い。もちろん男性を救助したこともあるが、そういうときは性別を意識することはなく救助を行っていた。だが、今回二人はひとつ気づいたことがある。それは念話の内容のとおり、助けられる側のときは心音が高鳴ることもあり、男性であることをことのほか意識してしまうということであった。
 そして、その意識というのは突如として起こるものなのに、消えるときは比較にならない冷めにくさをもち困難を極めた。
 はやてとフェイトは自分たちに背を向けて靴を履く彼を見て、逆に元から警戒をしていればこのようなことは起こらないのだろうかとそれぞれ考えるも、


(『もしそうなら、それは自意識過剰ではないか?』)


 という考えに至った。
 そこではやては、


「コタロウさん」
「はい」
「私たちに助けられたとき、どう思いましたか?」


 今まで救出された人の気持ちを聞く機会も聞こうということも意識したことはなかったので結び終えて立ち上がった彼に聞いてみることにした。


「ご迷惑をおかけしたとともに、感謝です」


 しかし、それを聞いた瞬間に後悔する。
 感謝することをを強制的に聞き出しているとしか思えなかったのだ。彼からすればそのように考えることはなく質問に対する回答をしただけである。ただ、もし違う人間に聞いていたら強制しているように聞こえてもおかしくなかった。


「そか……」


 そしてはやてはそのままこの話を終わらせようとしたが、


「そして、飛行速度に失礼ながら驚いてしまいました」
「そうですか」


 と、彼は続けた。フェイトやはやてにとって彼が驚いたことには感心すべきものであるが、聞いてしまった後悔を打ち消すほどではなかった。


「それと」


 ただ、


「八神二等陸佐の栗毛色に天使の輪のある艶やかな髪と、テスタロッサ・ハラオウン執務官の金色(こんじき)に鮮やかな髪がとても綺麗だと思いました。申し訳ありません」
『……ぅぅ』


 コタロウの歯に衣着せぬこの言葉には流す態度は取れず、彼を見ながら頬を染め心臓がまた少し高鳴った。






△▽△▽△▽△▽△▽






 なのはを除くそれぞれが隊舎に戻り、フォワード部隊はシャマル医務官のもと治療を行った。もちろん、ヴィータやリインたち隊長陣も問診程度の診断を受ける。シャマルの診断によるとエリオはキャロのケガも大したものではないことがわかり、なのはにもそれを伝えた。


「……コタロウさんが来ません」


 そうシャマルが声を漏らしたのは夕食時にシグナムたちヴォルケンリッターにである。そしてそれははやてやスバルの耳にも入った。


「医務室にか?」
「そうなの」


 はじめは彼がシャマルを困らせるという意味で全員が『またか』と思うもすぐにそれはおかしいことに気づく、コタロウが指示を無視することはありえないためだ。


「ネコさん、どうしたんだろうね」


 別の席でスバルがみんなに話しかけるなか、むくむくと口いっぱいに放り込んだものを飲み込んだリインが口を開いた。


「コタロウさん、戻ってからいくつか書類を書き上げた後、自由待機(オフシフト)を申請しているです」


 医務室に向かわない理由は分からないが、彼の隊舎での行動の参考になるだろうとシャマル伝える。隊舎外へ出るものではないことも付け加えた。


「もしかしたら、食後に来るのではないですか? 他の隊員たちを気遣って」
「うーん」


 現在は彼の魔力はまだ戻っていないらしく念話は通じない。


「コタロウさんが来ないというのはないだろうけど。やっぱり食後かな」


 サラダをフォークでつつきながらため息をつくシャマルたちとは別のテーブルでは、


「でもネコさん戻った時、どこかで見た?」
「んー、メインオフィスで書類作成したところをみてからは見てないわね」


 スバルとティアナが彼の動向を確認していた。そこへ遅れてエリオとキャロもスバルたちと同じテーブルに腰を下ろす。


「コタロウさんがどうかしたんですか?」
「ん、なんか帰ってから診察受けてないんだって」


 キャロの質問にスバルが答えるとエリオは、


「……もしかしたら」
「エリオ、どうかした?」
「もしかして、コタロウさん……」


 と、フォークに目を落とす。


「筋肉痛で動けないんじゃ……」
『……あ』






△▽△▽△▽△▽△▽






「ネコさーん」
「いますかー?」
「私です、シャマルです」


 スバルがコタロウの部屋の前のブザーを押すが、向こうの反応は見られなかった。リインとシャマルが次に続いてもすぐに返答はなかった。


「強制的に開けちゃいますか?」


 ぎゅぎゅっとスバルは拳を握ってシャマルたちをみると『それはさすがに』と断られた。ティアナは呆れ、コタロウの夕食を持つエリオとキャロは苦笑いをしている。そんなやりとりをしていると、


「……シャマル、主任医務官?」


 遅れて返答があった。


「あ、コタロウさん」
「医務室に行かずに申し訳ありません、う、く、遅れる連絡もせ、ず」


 言葉一つ一つ搾り出している話し方だ。


「だ、大丈夫ですか!?」
「問題、ありません。疲労による筋肉痛です」


 案の定、筋肉痛で身体が動かなかったようである。


「食後すぐに、む、向かうご予定でした」
「い、いいですから! 今すぐ開けてください!」
「……はい」


 ドアがスライドする。


「すぐ診ますね」
『――っ!?』


 フェイトとの模擬戦のときにコタロウの身体を見ているシャマルは右手を支えに何とか立っている上半身裸の彼を見ても動揺することなく、すぐに彼を支えてベッドへ促すが、スバルとティアナは彼の姿を見て動揺を隠せなかった。リイン、エリオとキャロは一度見たことがあるので耐性はあったが、やはり左肩から先の無い姿を見て少し心を揺らした。


「て、手伝います!」
「ネコさん大丈夫ですか?」


 スバルとティアナはすぐに頭を振り両脇から彼の身体を支えようとする。ティアナは一瞬彼の左肩を間近に見たことで気後れしまったが心を据えて肩の下に手を入れて支持した。
 ぼすっとベッドにうつ伏せにさせるとシャマルは目を閉じて魔力を手に脚から後頭部までゆっくりかざし身体状況を確認した。スバルにタオルを用意させる。


「……外傷はないわ」
「なんだ~、コタロウさん大げさだなぁ」


 みんなに伝えると安堵の息を吐き、場が和んだ。以前と同じように筋肉疲労のみのようである。
 しかし、シャマルは一度は顔を緩めるも戻ってきたスバルの言葉に表情を戻した。


(そう、大げさだけど、全身は動けないほど疲労しているのは事実。多分、前回も同じ……)


 持ってきたタオルをかけながら、今度は触診にきりかえて思考をめぐらせる。


(コタロウさんの筋力は常人のそれではないほど鍛えられているのは明らかなのに、どうしてこんなに全身に出るのかしら?)


 それが不思議でならなかった。各箇所による疲労の差はあるものの、全身満遍なく疲労しきっている。


「どうかしたんです?」
「ううん、平気。コタロウさんすぐに疲労回復を――」
「いえ、問題ありま――」
「今日は言うこと聞いてもらいますよ。実際医務室これてないんですか、ら!」
「あ、う……」


 コタロウが拒否する前に、背中のハリのある部分にシャマルは親指を押し込んで二言を許さなかった。


[うわ……シャマル先生容赦ない]
[今日の緊急出撃を抜いてもネコさんの行動には驚かされるところがあるし」


 横目で合図するかのようにスバルとティアナは念話を交わすと、シャマルはコタロウに再度一撃を繰り出していた。


[まあ……]
[ねえ……]


 シャマルの気持ちは二人にはよくわかった。


「そうですよ? 上官命令です! ちゃんと治療を受けてください!」
「公私混同ではなく、今日また出動があった場合対応できないことがあるかもしれないじゃないですか。回復も任務のひとつです」
「……わかり、ました。では、お願いいたします」


 彼女のヒーリングを受ける間、エリオとキャロは煙樹(モンテコ)が芳香として焚かれているのに気がついた。煙は出ていてもすぐに消えていき、部屋に充満することはなさそうである。
 それほど時間はかからず治療が終わると、彼はすくりと立ち上がりシャツを着て大きく身体を伸ばした。


「どうですか?」
「……問題ありません」


 ぱちくりと何度か瞬きをしてシャマルを見る。この前の模擬戦では気絶しているうちに治療を受けていたので気がつかなかったが、感心するほどであったらしい。彼の顔からそれを読み取るのは簡単ではなかったが。
 スバルたちはコタロウを見舞った後リインの指示により退室した。彼も回復したこともあって『あーん』をされることなく夕食を食べ終わると、


「もう動いても問題ありませんが、安静にしてくださいね」
「お見送りを」


 と、立ち上がったがシャマルに断られベッドへと促された。食事の間彼女から今夜は早く就寝することを注意に近い言葉遣いで言い渡されていたこともあり彼は何も言わずに従った。


「シャマル主任医務官、リインフォース・ツヴァイ空曹長。それでは、このような状態でたいへん申し訳ありませんが、お先に休ませていただこうと思います」
「はい」
「おやすみなさいです」


 その言葉とベッドに横になるのを確認してやっとシャマルは安心して立ち上がり、彼女の肩に乗っていたリインもすっと浮かび上がる。だいぶ過剰な休息をさせてしまったが、普段の彼の仕事への勤勉さをみるとそれでも足りないくらいであるとシャマルもリインも思っていた。
 部屋を出ようと回れ右するとすぐに寝息が聞こえたことに多少驚いて振り向くも、シャマルはゆったりと目を細めた。


「ふふ。いつもこんな風に素直ならいいのに」
「ネコさんはいつも素直ですよ?」
「あなた、わかってて言ってるでしょ~」
「はいです~」


 リインがコタロウに近づき頭上で一回転した後じっと見下ろして何かしているのが見え、


「リインちゃん、寝てる人の邪魔しないの」
「はーい」


 注意するとすぐに彼女の肩に戻ってきた。
 そうして部屋をでたシャマルは、


(きっとコタロウさんは私の注意に心配が含まれてるなんて気づかないでしょうね)


 治療という面でしかこうはならないことに(かす)かな悲しみを覚えながら再び医務室へ戻っていった。






△▽△▽△▽△▽△▽






 次の日。コタロウは新人たちの朝の訓練のサポートに入り、それを終えてみんなの後についていくように食堂へ向かっていた。
 そのとき、


『おはようございます! 八神部隊長、リイン曹長!』


 スバルたちはいち早くはやてとリインに気がつき、元気に挨拶をした。なのはは朝食後すぐに移動するらしく、すでに食堂で食事をしている。


「みんな、おはようさん」
「おはようです~」


 そして新人たちを見渡すように二人は挨拶をする。はやてはその後ろを歩く男が目に入ると一瞬口が不安げに緩むがすぐにきゅっと引き締めた。


「八神二等陸佐、おはようございます」
「お、おはようございます」


 彼女の機微に気づく人はいなかった。


「ネコさん、おはようございます! 身体はもう大丈夫ですか?」


 リインはするすると近づき、彼を気遣った。本当なら部下から挨拶をするものであるが、ほとんどの場合彼女から挨拶をされてしまうのが大抵である。


()()()()()、おはようございます。はい、問題ありません。お気遣いありがとうございます」
「……」


 コタロウはそう言って丁寧にお辞儀をした後再び歩き出したが、リインは目を丸くしてその場に立ち止まり首だけを動かして彼を追った。


「ちょ、ちょ、ちょっとネコさん!?」
「はい」


 その動揺ある言葉にはやてや新人たちが二人を目で追った。


「ちょっともう一度、リインのことを呼んでくれますか?」


 コタロウは眉根を寄せるも相手の命令に従い、


「リイン曹長」


 答えた。


「もう一度」
「リイン曹長」


 そして再び。


「もう一度!」
「リイン曹長」


 さらに続けさせた。


「もう二度!!」
「リイン曹長、リイン曹長」


 その後コタロウは首を傾げた。


「どうかなさいましたか、リイン曹長?」
「お、おーー!!!」


 リインの目がキラキラと輝いた。


「リイン、どうしたんや?」
「はやてちゃん、ネコさんが」
「コタロウさんが?」


 新人たちも『なんだろう?』と疑問を持った。


「リインのこと、リイン曹長と呼びます!!」
「……ん?……あ」


 いち早く気づいたのははやてだった。


「願い事が叶ったですぅ!!」


 リインは昨日コタロウにしたことにまさかと思いつつも、()()が叶ったことにくるくると回り大喜びした。





 
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