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世界に痛みを(嘘) ー修正中ー

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Epilogue ーナミの決意ー

 一隻の小舟が大海を進む。
 ウソップとジョニーが必死にオールを漕ぎ、アーロンパークへと向かう。
 
 彼らは現在ルフィ達より一足早くココヤシ村に向かっていた。
 ゾロは鷹の目に受けた傷の影響で満身創痍の状態であったが

「じゃあ、ナミはそのアーロンと何かしらの関係を持っているってことか?」

 ウソップがジョニーに疑問の声を上げる。

「ええ、恐らく……。今思えばナミの姉貴はアーロンの手配書を特に気にしているように見えました。そして、今回のメリー号を持ち逃げした件がアーロンの件と何の関係もないとは思えません」

 ジョニーは重苦しそうにナミのことを語る。
 自分とヨサクがもっとしっかりしていればメリー号が奪われることはなかったのだ。
 後悔しているのだろう。

「あの女やっぱり猫をかぶっていやがったか」

 ゾロが気に食わないとばかりに呟く。

 そんな彼らの前についにアーロンパークが現れる。
 この島の支配の象徴のように天高くそびえ立っていた。

「あ、あれがアーロンパーク……」

 ウソップは既にアーロンパークの迫力に圧倒され、冷や汗を流している。
 ジョニーもウソップと同じく冷や汗を流し、足が震えている。

「あそこに本当にナミの姉貴がいるんすか?」
 
 弱腰ながらもジョニー―はナミのことを探すべく、周囲を見渡す。
 今にも魚人が現れるのではないかとビクビクしていたが

「おい、ちょっと待て……。そのアーロンパークだが、既にボロボロじゃねえか?」

 今気づいたとばかりにウソップがゾロとジョニーに語り掛ける。
 彼の言う通りアーロンパークは今にも崩れ落ちそうなほどボロボロの状態であった。

 アーロンパークは所々穴が空き、地面は抉れ、周囲には多くの魚人が倒れており、ただならぬ様子だ。

「おい、宙に誰か浮いてるぞ」
「やだなー、ゾロ君。人が宙に浮くわけ……」

 冗談キツイゼ、とばかりにウソップがゾロの背中を叩き、宙を見上げた。
 余りの重傷に幻覚を見たゾロの戯言だと一蹴したウソップの目が点になる。

「あ、あれも魚人すかね?」
「トビウオの魚人だったり……?」
「冗談言ってる場合じゃねェだろ。あと、ウソップ、後でお前は殺す」
 
 興奮の余り背中を力の限り叩かれたゾロは咳き込みながらウソップを睨み付ける。

「やだなぁー、ゾロ君。ちょっとしたジョークだよ、ジョーク……!?」
「「……!?」」

 次の瞬間、アーロンパークは轟音と共に吹き飛び、途方も無い衝撃波が周囲に波及した。
 ゾロ達の小舟も当然ひっくり返り、ウソップは後方に大きく吹き飛ばされる。

 アーロンパークの大地が抉られ、剝き出しの大地が現れていく。
 暗雲が消え、輝かしい太陽の光がコノミ諸島を照らし出した。

 それはアーロンの支配が終えた瞬間であった。







▽▲▽▲
 






 島の沿岸でナミ達は憎き海軍を取り囲む。
 ネズミ大佐とその部下達は一人の例外もなく、意識を失っていた。

「こいつらをどうする、ナミ?」
「そうね、こいつらに言いたいことは山ほどあるわ。でも、先ずは……」

 ナミは意識のないネズミ大佐に近付き、手元の棒で思い切り頬を叩き付け、海へ吹き飛ばす。
 ネズミ大佐は水切りのように何度もバウンドして海に吹き飛んでいった。

「ぶはァ……!?ここは、私は一体……!?」

 ネズミ大佐がナミの重い一発で目を覚まし、困惑・驚愕の表情を浮かべながら周囲を見渡す。
 ネズミ大佐はナミ達を見て自分の身に何が起きたのかを理解し、憤怒の表情を浮かべた。

「貴様らァ……!海軍支部の大佐である私にこのような狼藉を働いてただですむと思っているのかァ!!」
 
 権力による脅迫
 ナミは奴の小物さに呆れ果てながら、歩を進める。

「今のはノジコを撃とうとした分、次はベルメールさんの畑を荒らしてくれた分……」

 一切の手加減なく二発目が叩き込まれる。
 頬が凹み、血を撒き散らしながら、ネズミ大佐は再び吹き飛んでいく。

「ぶぱァ……!?きざまら本当におでに手ェ出してただでずむとおぼうなよぉ?」

 ネズミ大佐は顔がパンパンに腫れ上がり、満身創痍の状態で岸へと命辛々手を伸ばす。
 だが、先程までのまくし立てるような迫力は全く感じられなかった。

「最後に……」



「くたばれ、下衆野郎!!!」

 ナミは怒声を上げ、ネズミ大佐を力の限り吹き飛ばす。
 頬の骨に罅が入ったネズミ大佐は部下に何とか岸へと引き上げられた。

「良いぞ、ナミちゃん!」
「もう何十発お見舞いしてやれ!」

 背後の村人達はもっとやれだの、今度は自分がやるのだと言っており容赦の欠片もない。
 無論、この場にナミを止める者など存在しない。







「憶えてろ、貴様らァ!この俺を敵に回したことを後悔させてやる!!」
「特にあの小僧だけは絶対に許さんからな!」
「無論、貴様らも同罪だ!」

 ネズミ大佐は憎悪と怒りの余りアキトだけでなく、ココヤシ村への復讐を声高に叫ぶ。
 海を部下の手助けを借りながら、海軍船へと泳いでいく。

「今に見ていろ!俺にたてついたことを後悔させてやる!」

「は───っはっはっは!!」

 ネズミ大佐のしぶとさと狡猾さ、下衆さに再び怒りを覚え、村人達は武器を構え始める。
 今すぐにでもネズミ大佐に止めをさそうとする者まで現れた。

 だが、愉快に高笑いを続けるネズミ大佐の眼前にアキトが降り立った。
 海面の上に立ち、ネズミ大佐をその紅き瞳で見据え、冷めた表情で見下ろす。

「は……」
「……」

 ネズミ大佐は恐怖の化身が現れたことで言葉を失い、得意げな顔を一変させ、全身に冷や汗を垂れ流す。
 トラウマを植え込まれた相手の登場に身体が弛緩し、ネズミ大佐はアキトを見上げることしか出来なかった。







さっきまでの高笑いはどうした?
笑えよ

 交錯する視線
 一方は冷徹な瞳で、もう一方の哀れなネズミは絶望にまみれた瞳で

 アキトは呆然とするネズミ大佐の顔面を蹴り飛ばし、宙へと吹き飛ばす。
 為す術なく空中へと蹴り飛ばされたネズミ大佐が海軍船の上空へと差し掛かった瞬間、アキトも同じく宙へと跳んだ。

 アキトは無防備なネズミ大佐の背後へと高速移動し、右肘を振り上げ、奴の背中へと力の限り肘を叩き込む。
 許容量を超えたダメージを受けたネズミ大佐は吐血し、眼下の海軍船へと身を投げ出す形で落下していった。

 ネズミ大佐は海軍船の甲板に受け身も取ることが出来ずに落下し、無様な姿で沈み込む。
 甲板にひび割れが広がり、海軍船が大きく揺れる。
 木片を周囲に撒き散らし、ネズミ大佐は今度こそ再起不能の重傷を負った。

 残党の海軍兵を睨み、アキトはナミ達の下へと向かう。
 残る海軍兵達は恐怖の余りネズミ大佐と共に支部へと帰還していった。

「ありがとね、とてもスカッとする一撃だったよ」
「すまないな、アキト君。奴らの掃除まで任せてしまって」

 島の大地へと降り立ったアキトはノジコとゲンさんの感謝の言葉を受けとる。
 アキトは首を横に振る形で彼らの感謝の言葉を受け取った。

「ゲンゾウさんはこの村の代表として、今回の件を海軍本部に連絡していただけますか?俺の名前を引き合いに出せば邪険に扱われることはないと思いますから」

 ネズミ大佐には厳正な処分を受けてもらう。
 既に全治何ヶ月の重傷をアキトの手によって負わされているが、容赦などしない。
 奴が意識を取り戻した時には既に牢獄の中であろう。

「ああ、分かった。そうしよう」

 ゲンさんにアキトの提案を断る理由がなく、軽い足取りで村へと戻っていた。
 
 後日、ネズミ大佐は階級が剥奪され、これまで犯してきた罪の数々が白日の下に晒され、海軍本部へと連行されることになった。
 ネズミ大佐に加担していた海兵達も連行され、投獄された。
 奴らが日の目を見ることはないだろう。

 しかし、最早そんなことは些細なことだ。
 アーロンの支配は終わりを告げた。

 コノミ諸島全土では今や宴への準備が行われている。
 人々の魂の叫びだ。

 今ここにココヤシ村の8年に渡る支配が終わり、止まっていた時間が進み始めた。







▽▲▽▲







 全てが終結した後、ゾロ達がコノミ諸島の沿岸へと停泊した。
 それに少し遅れ、新たに一味に加わったサンジと共にルフィ達もココヤシ村に無事到着することになる。

 彼らがココヤシ村に到着した頃にはアキトの手によってナミが抱える問題は解決されており、皆一様に乾いた笑みを浮かべることになったのは余談である。
 また、ゾロとナミの間にちょっとしたいざこざがあったが、アキトの仲介もありルフィ達との間の確執は無事取り除かれた。

「それより手前ェ!ナミさんとはどういう関係だ!?」

 和気あいあいとした雰囲気の中、サンジが我慢ならないとばかりに終始ナミの隣に立っているアキトへと突っかかる。
 今にも飛びかかりそうな勢いだ。

「俺の名前はアキトといいます、初めまして」

 アキトはそんなサンジに動じることなく名乗りを上げる。

「こ、これはご丁寧にどうも、俺の名前はサンジだ」

 アキトの丁寧な挨拶に反射的にサンジも名乗り返してしまう。
 完全に毒気を抜かれ、サンジはどこか申し訳なさで一杯の様子だ。

「その麦わら帽子、もしかして貴方がモンキー・D・ルフィですか?」

 アキトは続けてサンジの横に立っているルフィへと声を掛ける。
 シャンクスからルフィの帽子のことは聞いている。
 再会するときのために自分の帽子を預けていることを

「俺のことを知ってんのか?」

 ルフィは心底不思議だと言うばかりにアキトに疑問を投げかける。

「シャンクスから貴方のことは何度も伺っていますからね。一度会ってみようと考え、東の海(イーストブルー)に来たんです」

 ルフィのことは耳にタコができるレベルでシャンクスに自慢された。
 東の海(イーストブルー)に赴いた理由もルフィを一目見るためだ。

「へー!アキトってシャンクスのこと知ってんのか!?」

 ルフィはアキトがシャンクスのことを知っていることが分かるやいなや喜色満面の表情を浮かべる。

「なあ、アキト!アキトはシャンクスとはどういう関係なんだ!」
「シャンクスは俺の師匠です」

 アキトはどこか誇らしげにシャンクスの名を口にする。

「そうなのか~!」
「あのシャンクスの弟子──!?」
「あの四皇の……!?」

 ウソップとナミは驚愕の事実に驚くしかなかった。
 ウソップにいたっては顎が外れそうなほど口を大きく開けている。

「なあ、アキト!俺の仲間にならねェか?」

 ルフィが唐突にアキトに誘いをかける。

「?」

 突然のルフィからの誘いに戸惑うアキト

「一緒に海賊になって冒険しよう!!」
「……」
 
 興奮気味に此方に詰め寄るルフィにアキトは過去を回顧する。


 シャンクスの下で修行に励むこと数年
 これまでただ純粋に己を鍛え、この過酷な海賊時代で生き延びることを目標に強くなってきた。

 大恩あるシャンクスの仲間になることも一考したが、今の自分のレベルでは足手まといになることは事実
 それにシャンクスに教えを乞うた本来の目的は、誰にも縛られることなく自由気ままに生きることだ。
 シャンクスの仲間になることが、恩を返すことではないと考え、彼らには付いていかなかった。

 正直な話、世間一般で悪とされる海賊になることには余り抵抗感はない。
 立場が変われば正義は悪となり、悪は正義にもなる。
 世間に悪行を成す海賊もいれば、自由気ままな冒険を目的とする海賊もいる。

 それに今の問答で理解した。
 ルフィは後者の海賊だ。

 ならばこの魅力的な提案を断る理由があるのだろうか。
 折角、力を付け、一人立ちすることが出来たのだ。
 ルフィの提案に乗り、海賊になるのも悪くない選択肢なのかもしれない。

 規律に縛られ、自由を謳歌出来ない海軍に所属することは論外
 己の人生に刺激を、生きがいを求めている自分にとってシャンクスから聞き及んでいたルフィからの仲間への誘いは正に天啓だ。

 それに実に勝手な思いだが、ナミをこれから少しでも支えたいと思っている自分がいることも事実

「……?」

 当人であるナミはアキトの視線の意図を理解し得ず、首を傾げる。
 アキトはそんなナミから目を離し、ルフィと向き直る。
 
 ルフィと出会うべく東の海(イーストブルー)に赴き、まさか本人から仲間になるように誘われることになるとは実に予想外だ。

 だが、それ以上に心の底で喜んでいる自分もいる。
 海賊となり、ルフィ達と一緒に世界を見て回る、とても魅力的な提案だ。

 この瞬間、アキトの意志は決まった。
 
「ああ、分かった。これからよろしくルフィ」
「おう!よろしく、アキト!」

 もう他人ではなく、これから仲間となるルフィへの言葉遣いを改める。
 アキトはルフィと向き合い、満面の笑みを浮かべるルフィと握手を行った。

 こうしてアキトはルフィの一味へと加わることになった。







▽▲▽▲







 ココヤシ村にて盛大な宴が行われる。

 人々は笑い、歌い、踊り、飲み、食べて自由を嚙みしめる。
 ココヤシ村には活気が戻り、笑顔が溢れている。

 8年をかけて掴み取った自由を人々は今、心の底から謳歌していた。
 そんな彼らに混ざってルフィたちも宴に参加している。

 そんな中、アキトとノジコの2人はある一軒家のベランダに座り、言葉を交わしていた。

「まったく本当にあんたがアーロンを倒すとはね。未だに信じられないわよ」

 ノジコは未だにアーロンがアキトによって倒されたことに実感が湧いていなかった。
 そんな彼女の横ではアキトがジョッキを片手に彼女の話を聞いている。

「だてに偉大なる航路(グランドライン)から来たわけではないってことですよ」

 事実、そうだった。
 アーロンは所詮強くても東の海(イーストブルー)レベル
 偉大なる航路(グランドライン)で己を研鑚してきたアキトの足元にも及ばなかった。

「それでもよ。この8年間、私達はただナミの頑張りを見守ることしか出来なかったから……。どんな経緯であれあの子を救ってくれてありがとう」

 そう言ってノジコはアキトに頭を下げる。
 真摯な女性だ。

 彼女からはアキトに対する感謝の念を強く感じた。

「気にしないでください。俺は当然のことをしただけです。それに、俺はただ力によるごり押しでこの問題を解決したにすぎません。お礼ならナミに言ってあげてください」

 そう、結局自分は力による解決をしたに過ぎない。

 それは皮肉にもアーロンがナミとこの村人達に強いていた支配と何ら変わらない。
 アキト自身そのことは理解していたが、力を振るったことには何ら後悔はしていなかった。
 ナミが救われないのは間違っているし、何より自分が納得出来なかった。

「そう言ってもらうと助かるよ。だけど、私達が救われたのは事実だからありがとう」

 ノジコはアキトに改めてお礼を告げる。
 ここまで彼女に言われて彼女のお礼を受け取らないわけにはいかない。

「ええ、どういたしまして」

 アキトはどこか照れくさそうにノジコからのお礼を受け取った。
 恥ずかしいのかジョッキに口をつけている。

「こんなところにいたの、アキト」

 そんな中、ナミがジョッキを片手に近付いてきた。
 ナミの頬はほんのりと赤く染まっており、酔っていることが伺える。

「……ちょっといい、アキト?」

 ナミはどこか躊躇っている様子を見せながらも、アキトへと声を掛けた。







 ナミに手を引かれる形で、アキトが辿り着いた場所は島の最端である丘
 その場所からは海が一望でき、潮の音が時折肌を刺す微風と共に聞こえる。

「ここは……」

 アキトはこの島から見える眼前の光景を目に収める。

 宴会の騒音は消え、この場にはナミとアキトの2人しかいない。
 そんな2人の目の前には誰かの墓標が静かに佇んでいた。

 先程からナミの視線はその墓標へと注がれ、黙り込んでいる。
 アキトは彼女にどう話しかければいいのか分からなかった。

『……』

 お互いに無言の時間が流れる。
 ナミは変わらず視線を眼下の墓標に注ぎ、アキトはそんな彼女を黙って見詰めていた。

 その場に静寂が広がる。

「……このお墓は、私のお母さんのベルメールさんのものよ」

 ナミが絞り出すように力なく口を動かす。
 無意識にアキトの手を握る力を強める。

 ナミは顔を下に伏せ、表情を窺い知ることは出来ない。

 彼女の声音からこの場にはいない母への慈しみ、愛しみ、そして悔恨という強い感情だった。
 一層アキトの手を握る力を強めるナミ

「……」

 アキトはナミから視線を外し、目の前の墓標を何となしに見つめる。

 ベルメールという女性についてはノジコから聞いていた。
 アーロンがこの島に上陸した時にナミとノジコのことを守るために命をかけ


───殺されたことを


「ナミの母親ですか……」
「うん」

 ナミは弱々し気に首肯する。

「素敵な人だったんですね」
「うん」

 きっと、素敵な人だったのだろう。

「大好きだったんですね」
「……っ!うん!」

 アキトの問いに力なく一つ返事で答えるナミ
 今なお彼女は顔を伏せている。

「……」

 今、彼女の心中に渦巻くは母であるベルメールへのこの島が解放されたことへの喜びか、それとも母への止めどない愛情か、アキトには推し量ることしか出来ない。
 
 アキトはナミの手を優しく解き、ベルメールの墓標の前に膝をつき、手を合わせ黙祷を捧げた。
 愛する娘達を守るべく、命を張った一人の女性への安らかな眠りを祈る。



「……」

 ナミは黙祷を捧げるアキトをじっと見つめる。
 その瞳には真摯に祈りを捧げる一人の少年の大きな背中が映っていた。

 この島を偶然訪れた少年の手によって長年続いた支配は終わりを迎えた。
 自分はこの少年のことを何一つ知らない。
 何故、自分にここまで尽くしてくれたのかも知らない。

 途端、ナミの中に何とも言えない不明瞭な気持ちが湧き上がる。
 何かモヤモヤとしたような、納得がいかないような気持ちが広がる。
 推測の域を出ないが、恐らく自分はまだ気持ちの整理がついていないのかもしれない。
 
 ナミは今なお黙祷を捧げるアキトへと呼び掛ける。

「……ねえアキト。1つ聞いてもいい?」

 アキトが此方に向き直ったのを確認したナミは気になっていたことを問いかけた。

「アキトはどうして赤の他人である私のためにここまで尽くしてくれたの?」

 我ながら酷いことを聞いていると思う。
 アキトに何故、村を助けてくれたのかを無神経にも尋ねているのだ。

 だが、それ以上にナミは自身の胸のしこりを残したくなかった。

 自分はアキトとは仲間でもなく、旧知の中でもなく、この島の住民といわけでも、ましてや自分と恋人というわけでもないのだ。
 そう、全くの赤の他人に過ぎない。

「……」

 アキトは逡巡した様子を見せ、黙り込む。

「ねえ、どうして?」

 ナミはそんなアキトに構わず畳み掛ける。





「許せなかったからです。ナミの8年もの頑張りを否定した、アーロンが」
「……」

 ナミは静かにアキトの言葉に耳を傾ける。

「初めは部外者である自分はこの村の事情に関わるべきではないと考えていたことは事実です。ですが、ナミの頑張りは無常にもアーロンよって踏みにじられ、この村の希望は潰えてしまいました」
「……」

「それではあんまりです。余りにもナミが救われない」
「……」

「……言ってしまえば今回の件に手を出したのは俺の勝手なエゴです」
「……」

 結局、それは一人の少年のエゴに過ぎない。
 ナミを助けたい、ナミの願いを叶えたい、一人の少女の頑張りを無駄にしたくない、アキトという少年の勝手なエゴだ。

「俺は自分の意志のもと行動したに過ぎません。ですから、ナミは今回のことに対して俺に恩義を感じる必要も、必要以上に考え込む必要はありません」
「……そっか」

 ナミはアキトの答えに微笑む。
 アキトの言葉が真実かどうかはまだ分からない。

 しかし、此方に気を遣い、言外に気にする必要はないと言っているのだとナミは理解した。

 ならばこれ以上の問いかけは無用だろう。
 ナミはアキトの優しさに救われたような気がした。

 ナミはアキトに微笑み……

「ねえ、アキト……」


──心からのお礼を──


「私の村を救ってくれて本当にありがとう」

 彼女本来の満面の笑みでアキトに述べた。

 対するアキトの答えは当然……


「ええ、どういたしまして」

 これ以上の答えは持ち得ていなかった。




「よし、今日は飲むわよ!付き合いなさい、アキト!」

 ナミが先程とは違い、憑き物が落ちたような笑顔でアキトに提案する。

「それにその堅苦しい言葉遣いはもう無しよ!もう赤の他人じゃないんだから!」

 こんな顔で誘われたら断ろうにも断れない。
 故にアキトの答えは既に決まっていた。

「わーったよ」

 アキトは呆れた表情で頷いた。

「そうこなくっちゃ!」

 ナミは上機嫌にアキトの手を引き、宴に引き返していく。

「よう、兄ちゃん!生ハムメロン、どうだい!」
「こっちは酒だ!」
「これも受け取ってくれ!」
「ナミちゃんも受け取ってくれ!」

 道行く人からアキトとナミは大量に食糧を受け取る。
 混雑した道を抜け、ナミは自分の家へとアキトを案内した。

 ナミは早速ジョッキを口に運び、笑顔を浮かべた。

「アキト、改めてココヤシ村を救ってくれて本当にありがとう」

 ナミは真摯に頭を下げ、アキトにアーロンを倒してくれたことに対するお礼を述べる。

「少し私の話に付き合ってくれる、アキト?」

 アキトはナミが宴から離れた場所に自分を連れてきた理由をここで理解した。
 彼女の独白はまだ終わっていなかったのだ。

「私ね、この8年間、ココヤシ村をアーロンの支配から解放するためにお金を集めてきたの。決して楽な道じゃなかったわ」

 アキトは静かにナミの独白に耳を傾ける。

「勿論、命を狙われたこともあった。でも結局その努力はアーロンに踏みにじられて無駄に終わっちゃったけど……」

 ナミは己の心情を吐露するようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「さっきまでココヤシ村が解放されたことに喜んでいたんだけど、冷静になったときにふと思ったの。私の8年間は何だったのかなって……」

 アーロンによるココヤシ村の支配
 それはナミの手ではなく、偶然この島を訪れたアキトの手によっていとも簡単に終わりを迎えた。
 それはナミの頑張りではなく、アキトの力による解決だ。
 今、彼女はそう考え、故にこれまでの自分の8年間の意義を探し続けている。

「私の8年に意味はあったのかな?」

 ナミはどこかアキトに縋るような眼差しでアキトを見つめる。
 アキトは真摯に彼女の問いかけに耳を傾け、ナミに応える。

「……意味ならあったさ。ナミの必死に頑張る姿はこの村の人達にとって希望だったはずだ。最後は俺が解決してしまったが、村の人々はナミの頑張る姿を見て今日のこの日まで耐え忍ぶことが出来たのだと思う。それに、お金を集めるために海を渡っていなければルフィ達には出会いもしなかっただろ?」

 アキトはナミの不安を取り除くように優しく語りかける。


─そうだ。自分は自身の身を犠牲にし、この村を救おうとするナミの姿に己には持ち得ない輝きを見た。彼女の頑張る姿が自分の背中を押したのだと言っても過言ではない─


「それに……」
「……?」

「誰かの為に命を懸けるナミの姿はとても美しいものに見えた」

 幼少期から理不尽な目に遭わされ、愛する者を奪われたにも関わらず、身を削って村の人々を守ろうとしたナミの姿は本当に美しいもの見えた。
 アーロンを憎んでも誰も文句など言わない、言えるはずもない。
 憎しみに縛られても不思議ではなかった。
 
 事実、ナミはアーロンを憎くて、憎くて仕方なかったのだろう。
 だが、彼女はアーロンの憎しみに縛られることなく、村の解放を誰よりも求め続けた。
 
 憎しみよりも愛情を、憎悪よりも誰かを想う愛を
 ナミは最後まで憎しみに縛られることはなかった。
 その姿の何と美しいことか

「ナミのそんな姿が結果的にアーロンの支配の解放に繋がり、今に繋がっているはずだ」
「……」

 我ながらくさいセリフを吐いていると思う。
 しかし、ナミの姿が自分をココヤシ村の問題に関わることを決意させたのは事実なのだ。
 ここで自分の本心を告げなければ、ナミはずっと悩み続けてしまうかもしれない。

「うん。そうね、そうよね」

 見ればナミはアキトの言葉を嚙みしめるように微笑んでいる。
 決して納得したわけではないのかもしれない。
 これから納得のいく答えを探していくことになるのかもしれない。

 だが、自分とナミはこれから同じ船に乗って海に出るのだ。
 彼女が悩んでいるときは少しでも彼女の助けになろうとアキトは決意した。

「それに、ナミには仲間であるルフィ達がいるんだ」
「ルフィ達もきっとナミの助けを求める声に応えてくれたはずだ」

 ナミを大切に想う人は数多く存在する。
 ココヤシ村のゲンさん然り、ルフィ達然りだ。

「それでも、私の村を救ってくれたのはアキトよ」

 ルフィ達がアーロン一味を倒す可能性もあったかもしれない。
 しかし、結果的にアーロン一味を殲滅したのはアキトだ。

「誰も傷付くことなく、無傷でアーロンを倒すことが出来たわ」

 ゲンさん達の誰一人として死ぬことなく最高の結果を掴み取ることが出来た。

「ノジコも守ってくれたし、あのネズミ大佐()も潰してくれたじゃない」

 アキトは海軍からノジコを守り、ネズミ大佐を含む海軍の連中が可哀想に見えるレベルで殲滅していた。
 ざまぁ、としか思わないが
 それにベルメールさんの蜜柑畑を最低限の被害に抑えることが出来たことは感謝している。

「アーロンパークも今となっては存在していない」

 アーロンパークはアキトの手によって文字通り跡形も無く消滅した。
 ナミにとって忌まわしき過去の象徴であるアーロンパークが存在しないことはとても嬉しいことであった。
 
「だからね、私、本当にアキトに感謝しているの」
「……」

 アキトは静かにナミを見据える。

「アキト、本当にありがとう」
「どういたしまして」
 
 今のナミの笑顔に曇りはない。
 本当に心から笑顔を浮かべ、今を生きている。

 アキトはナミの感謝の言葉を再び受け取り、もう一度乾杯し、夜を明かした。
 外ではゲンさんとノジコが静かに笑っていたことは終ぞナミが気付くことは無かった。

 その後、意外にもナミは酒豪であることが判明した。

ナミには勝てなかったよ……







▽▲▽▲







 出発の朝

 ナミはこれまで集めてきた1億べリーはココヤシ村に置いていくことを決意する。
 
 ココヤシ村の村人達はルフィ達とナミの見送りをすべく海岸に集っている。
 しかし、未だにナミの姿は見えない。




 そして、漸くナミが姿を現した。

「船を出して!」

 ナミは村の方から全力疾走で村人達の間をすり抜ける。
 村人達はナミの奇行に動揺し、何もすることが出来ない。

 やがてナミは助走の勢いを殺すことなく桟橋から思い切りメリー号に向けて飛んだ。

 メリー号に降り立った途端服の中から多くの財布を取り出すナミ
 それらはココヤシ村の全員分の財布であった。

 途端、沸き上がる村人たちの怒声
 だが彼らは笑っており、笑顔でナミを見送っていた。



「じゃあね みんな!行ってくる!」

 アキトが初めてナミを見たときの作りものの笑顔ではない。
 彼女本来の笑顔だ。

 彼女を縛るものはもう何もない。
 今、彼女は心の底から笑顔でいられるのだ。

「出航だー!!!」

 ルフィの掛け声と共にメリー号は進み始める。
 ナミの止まっていた時間が今、進み始めた。



To be continued... 
 

 
後書き
ネズミ大佐という海軍の面汚し
間違いなく赤犬に殺される人物

< アキトの存在による原作との差異 >

・ルフィ達のアーロンパークへの到着時刻
・プリンプリン准将の死亡(恐らく原作でも死亡している)
・ウソップを庇うために負ったナミの左手の掌の負傷
・ネズミ大佐によるノジコの負傷
・蜜柑畑の崩壊
・ネズミ大佐含む海軍の殲滅・粛清
・ナミのナイフによるタトゥーを突き刺す行為の阻止
・ウソップ達を襲った海岸で見張りをしていた2人の魚人の駆逐
・ルフィ一味とアーロン一味との戦闘
・アーロン一味の皆殺し(ハチとモームを除く)
・アーロンパークそのものの消滅


・ネズミ大佐が海軍本部に連行された件ですが原作で同じ処罰が下されたかは不明です。本編オリジナルです。
→ 今作では本部から要請を受けた他の支部がネズミ大佐とその部下を逮捕しています。海軍は今回の件でココヤシ村に海軍の不手際で8年もの間アーロンの支配を野放しにしてしまったことを悔い、その謝罪の一環として盗んだものとはいえナミの1億ベリーの件は見逃しているという設定です。そして、海軍の全面バックアップの下、復興に力を入れています。

アキトとナミが帰った後ゲンさんがベルメールのお墓に来た際に、原作でのルフィとの約束を交わしております。 
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