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ヴァンパイアの遊戯(アソビ)

作者:小月
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二話

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・いやだ・・・いやだいやだいやだ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。殺さないでー。」
少年は必死に走った。何度も転び膝を擦りむく。それでも、ボロボロになりながらも死にたくないという一心で山道を転げながらひたすら街に向かって走った。どのくらい走ったのか。街についた時、安堵と共にそのまま倒れた。

太一はヴァンパイアが怖い。それは幼い頃に友達とやった肝試しが原因だった。
「あそこ幽霊が出るんだって。」
誰かが言った。
「あの山の洋館だろ?」
「夜になると火の玉が飛ぶとか。」
「ははは・・・。そんなのある訳ないじゃん。」
「本当だって太一。」
「信じないなら今度肝試しやろうぜ。」
他愛もない子供達の会話。太一もその中の1人だった。
そして、肝試しが決行される。子供だけだと危ないという事で数人の大人も付いてきた。
夜の洋館は静まり返り不気味な佇まいをしていた。
「キャー。」
先に行った女子の悲鳴が上がる。それに続くように先に中へ入った人間の叫び声。
「逃げろー。」
誰かが外に向かって叫んだ。
「街まで逃げろ!」
太一は1歩、2歩と洋館から後ずさりする。
「な、何が起きて・・・。」
突然目の前に1人の男が現れる。着ていた服のあちこちに血が飛び散っているその男の口からは鋭い牙が生えていた。
「い、いやだ。いやだいやだ。死にたくない。」
太一は必死に山を駆け下りた。

「洋館ねえ。」
太一の話を聞いていた万里がうーんと唸る。
「ヴァンパイアが住む洋館か。聞いた事がないな。」
左京も眉間に皺を寄せる。
「よし。なら行ってみっか。」
「はあ?」
万里の提案に何を言っている?ときつい表情で左京が言う。
「公演も無事終わったし、肝試しって事で。」
「で、でも万ちゃん。もしまたあの時みたいにヴァンパイアが出てきたら・・・。」
「そん時は俺が何とかしてやる。俺も一応ヴァンパイアだからな。」
秋組公演が終わった時、万里は自分がヴァンパイアである事を劇団員に明かした。そして、ハンターの左京と見習いではあるが同じくハンターの臣とはこの時人間に手を出さないと約束を交わす。と言っても、嫁である十座は別だが。
「人間を襲うヴァンパイアなら俺も放ってはおけない。七尾、案内しろ。」
左京に言われて太一はまたあの時の恐怖を思い出して俯く。
「大丈夫だ、太一。お前はちゃんと俺が守ってやるから。」
「臣くん。」
「よし、決まりだな。兵頭も勿論参加な。」
ずっと黙って聞いていた十座が視線を上げて「ああ。」と小さく頷く。太一の話を聞いていて、万里とはじめてあった子供の頃を思い出す。万里は人間の姿をしているがヴァンパイアの時と身長は変わらない。今は自分の方が身長は高いものの、当時はまだ幼く万里が大きく見えた。そして、あの獲物を見つめるような赤く光る目・・・。十座はちらりと万里の瞳を見る。
(やっぱり普段は赤くねえんだな。)
十座がそんな事を思っていると万里と視線があった。
ズキッ。
よく解らない痛みを首筋に感じて眉間に皺を寄せあの印に触れる。
(何だ?今の。)

秋組の5人と迫田は太一が話していた洋館の前に立っていた。昼間なのに不気味な佇まいのそれは太一に恐怖を思い起こさせる。
「臣、兵頭と太一を頼む。」
万里はそう言うと軽く大地を蹴って空に飛び上がる。
「ば、万ちゃんが飛んでるっす!?」
太一はパニックをおこしかけ、臣は宥めるようによしよしと頭を撫でる。
「行くぞ、迫田。」
「へい、アニキ。」
武器を片手に左京と迫田は門から入って行く。
「み、皆だ、大丈夫っすかね。」
震えながら洋館を見つめる太一の隣で十座は胸騒ぎを覚えながら黙って様子を見ていた。
ズキッ。
また首筋にあの痛みが走る。万里は劇団に入ってすぐ血を吸って来たが、あの日以来十座の血を吸ってはいなかった。そして、痛みは日に日に強くなっている。
無意識に十座は中に走りこんで行った。
後ろで太一と臣が十座を呼び止めようとするが、何かに導かれるように洋館に飛び込んだ十座はそのまま上の階へと続く階段を駆け上がる。
「摂津。」
万里の名前を呼びながら広い廊下を歩く。窓から太一と臣の姿が見えた。下の階では左京と迫田の話し声が微かにしている。
「アイツ何処に行った?」
「君、誰?」
突然背後から知らない声がして振り向くと首筋に薄紅色のバラの刺青をつけた20歳前後の青年が立っていた。
「テメエこそ誰だ。」
「僕?僕はここに住んでいるんだ。君は勝手に人の家に上がり込んでいるんだよ。」
青年が右手を差し出すと、突然突風が巻き起こる。
「兵頭危ねえ。」
遠くから万里の声を聞いたと思ったその時、十座は吹き飛ばされて空中に浮いていた。落ちると思ったその時、誰かの腕に抱き抱えられる。
「摂津。」
「お前何で来た。」
「悪い・・・。」
十座が申し訳ないと俯くと、突然万里がぐらりと体制を崩して二人はそのまま地面に落ちた。幸い十座は万里を下敷きにしたため怪我は無かった。
「何だ・・・これ。力が入らね。喉が・・・。」
本来万里は一年に一度血を飲めば普通に生活が出来るし力も使えた。が、突然喉の乾きと空腹感が身体を縛る。今すぐ飲みたいという衝動に駆られて万里は十座の首に噛み付いていた。
ゴクリゴクリと喉を鳴らして血を啜る。
途端に十座はめまいを覚えてその場で意識を失う。
「随分嫁に対して酷い事をするんだね。」
頭上から声がし、万里が見上げると1人のヴァンパイアが空中に浮いていた。そこに左京と迫田が合流する。
「摂津、お前。」
万里の腕の中で力無く倒れている十座を見て左京が眉間に皺を寄せるが、今はこの空中にいるヴァンパイアを片付けるべきだと考え、ヴァンパイアを見上げる。
「まさかハンターを雇うなんて、君も堕ちたものだね。」
「あ?雇ってねえし。」
万里は睨みを効かせながら言うと十座を抱き上げる。
タンッと地面を蹴って正面入り口を背中から外に出ると、外で待っている臣に十座を預けてすぐに屋敷の中へと引き返す。万里が戻った時、左京とヴァンパイアが戦っていた。
過去に万里を瀕死の状態まで追い詰めた左京の腕は万里が一番よく知っている。じりじりとヴァンパイアは追い詰められていった。
「主様。」
左京が相手の動きを止めようと強い一撃を放った時、1人の青年が姿を現しヴァンパイアを守るように立ち塞がる。左京の繰り出した鋭い剣はその青年の胸を見事に貫いた。左京が驚き慌てて剣を抜くと、青年の傷は瞬く間に治る。
「ヴァンパイアの嫁・・・!?」
万里が呟くと「ちっ。」と左京は舌打ちする。首筋の印がバラの花になっているのを見れば、その元人間はヴァンパイアが死なない限り死ぬ事が無いのを確信する。
「摂津。コイツは俺がどうにかする。お前はあのヴァンパイアをやれ。」
「あざっす。」
万里は姿を消したヴァンパイアを追って洋館の奥に消える。

「しつこいね、君も。」
ヴァンパイアが右手を差し出せば突風が巻き起こる。万里は華麗にそれを交わして相手に近づくと蹴りを食らわす。相手もそれを上手く避けるも執拗に万里は相手を追い詰めていく。
「なぜ力を使わない。」
「使えばお前は死ぬからに決まってんだろうがよ。」
相手を殴り飛ばしながら万里は言う。
「もう・・・やめてくれ。」
「止めねえよ。」
「あぐッ。」
腹に一撃を食らってヴァンパイアは吹き飛び天井に叩きつけられる。意識を失ったヴァンパイアは後から駆けつけた左京と迫田によって捕縛された。
「さて、帰るか。」
「帰るか。じゃねえ!!」
左京は万里の腕に銃をぶっぱなす。
「あっぶね。」
慌ててそれを交わして左京を見ると怒りに肩を震わせている。
「えっと・・・。」
「約束したよな、摂津。」
「ひ、兵頭の事なら・・・お、俺が悪かった。周期が変わってるのに気づかなくて・・・。」
「摂津!!」
再び銃が火を噴く。万里は悪かったと言って慌てて外に飛び出しまだ意識の無い十座を抱き上げると、額に手を置く。万里の手から放たれた光が優しく十座を包むと、十座は意識を取り戻す。
「摂津・・・?」
ぼうっとした目で自分を抱き上げている相手を見てから自分が飛んでる事に気づいて驚いた表情を浮かべる。万里は臣の隣に十座を下ろすと、左京がヴァンパイアとその嫁を連れて洋館から出てくる。
「終わった・・・のか?」
いまいち状況が飲み込めていない臣が尋ねると「終わりだ。」と左京が言う。太一も安堵した様子でここに来てはじめて笑顔を見せた。

「さて、君が知っている事を洗いざらい吐いて貰おうか。」
MANKAIカンパニーの談話室、捕縛されたヴァンパイアを東、至、万里、左京が取り囲む。
「ひっ。」
ヴァンパイアは小さく悲鳴を上げる。
「僕は知らない。」
「本当かなあ?」
笑みを湛えて目を細める東の瞳は威嚇するように赤く光っていた。
「こ、殺さないでくれ。」
「沢山の人間を殺しておいてよくそんな事が言えるな。」
左京が睨みをきかせる。
「聞いたぜ。今から十年前だったっけか。洋館に来た人間を片っ端から殺したらしいじゃねえか。」
万里がヴァンパイアの両肩に手を置いて言う。やはりその目は赤く光っていた。
「わ、悪かった。」
「悪かったで済むと思う?」
至の目もやはり赤い。
「ゆ、許して。何でもする。」
「ほう。」と言ったのは左京で、東と至は笑みを浮かべて顔を見合わす。
「ならば血の契約を結べ。お前はこれから俺の部下だ。」
「は、はいいー。」
恐怖で震えながらヴァンパイアは声を上げる。
万里は自分の人差し指を噛んで血を滴らせるとヴァンパイアの額にその手を持っていき契約の為の術を唱える。万里の血が光ってヴァンパイアの顔に水滴となって落ちるとヴァンパイアはそれを口で受け止める。ゴクリと飲むと身体の奥から熱が上がる。
「はぁ・・・。」
熱いため息を漏らすとヴァンパイアは熱に浮かされた目で万里を見上げた。
「名前は?」
「坂田光一。」
「上層部との接点は?」
「眷属の方がたまに屋敷に来ます。直接会った事はありません。」
「ハンターとの接点は?」
「ありません。」
万里が質問をすれば淡々とそれに応える。光一と名乗るそのヴァンパイアはあの洋館に住み着き上層部からの使いに言われて街を襲っていた事が判明する。
彼が襲って殺した人間を上層部が他のヴァンパイアがやった事にしてハンターにヴァンパイア退治を依頼していた事が解った。
「ちっ。」
左京が忌々しげに舌打ちする。まんまとハンター達はヴァンパイアに踊らされていたのだ。明らかに憤りを隠せずにいる。
「悪かったな、摂津。」
以前命令とはいえ何も悪さをしていなかった万里を瀕死の状態にまで追い詰めた事を申し訳ないように左京が謝った。
「だがなあ、今日お前がやった事は許してねえからな。」
左京の言葉に何も知らない至と東が首を傾げる。
「万里何かやったの?」
「もしかして人殺しちゃった?」
東と至が万里を見る。その目はもう赤くは無く、何時もの目に戻っていた。
「兵頭の血を飲んでから周期が変わってるのに気づかなくて、また飲みすぎただけだ。ちゃんとその後介抱したし。」
「介抱すればいいってもんじゃ無いでしょ。」
呆れたように至が言う。
「そうだね。嫁の血を飲んだらどうしても周期が変わるから、気をつけないと折角の嫁が死んじゃうよ。」
「まあ、嫁が死んだら元の周期に戻るんだけどね。」
「・・・悪かったな。周期が変わるのは知ってたけど、こんな早いと思わなかったから油断しちまったんだよ。」
「それじゃあ、今度からはボクみたいに定期的に嫁から血を貰う事だね。これは万里と十座二人の間で話し合って決める事だよ。」
「解った。」
「左京くんもこれでいいかな?」
「ああ。ちゃんと兵頭に謝っておけよ。」
ようやく怒りを抑えて左京は言うと疲れたからと部屋に帰って行った。
「それじゃあ俺も新しいゲーム買ったばかりだから、部屋に戻るわ。後はよろ。」
至はそう言うとさっさと部屋に帰って行く。
「さて、光一はどうしようか?」
東が人差し指で光一を縛る縄を縦になぞるとなぞられた部分が燃えて縄が切れる。
「血の契約は結んだし?解放してもいんじゃね?」
万里はニヤリと笑って言う。
「あ、ありがとうございます。万里様。」
「それじゃあボクももう寝るね。明日も練習あるみたいだから。」
東はそう言って先に部屋に帰って行った。
「お前も帰っていいぞ。何かあれば呼ぶからよ。」
「はいいー。ありがとうございます。」
光一は逃げるように夜空に飛び出した。万里はそれを見送ると部屋に帰る。同室の十座はまだ身体が重いのかぐったりした様子で寝ていた。
「とりあえず月一で飲ませて貰うべきだな。」
十座の顔の傍まで飛んで優しく頭を撫でる。
「今日はマジで悪かったな。お前があそこにいたのは印が教えてくれたんだろ?俺の喉の乾きを。」
そっと首筋をなぞる。
「次からはこんな事ねえようにするから。」
万里はそう言うと「おやすみ」と囁いて自分のベッドに潜り込んだ。 
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