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ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで

作者:迷い猫
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憂いの雨と陽への祈り
  地に伏す桜色

 奇跡は起きない。
 戦闘の結果は大抵の場合、始まる前に決まっている。

 アマリの爆裂。
 ユーリの抜刀術。

 対極に位置すると言ってもいいスキルを有する2人を前に蟻たちが生き残る術などあるはずもない。 蹂躙、あるいは虐殺とも呼べる戦闘にすらならない行為はほんの僅かな時間で終結した。
 ユーリが戦場を駆け、敵を斬り裂く。
 アマリが戦場で笑い、敵を踏み砕く。
 本当にそれだけだった。

 「まあ、無理もないよな。 それでも適正レベルだったらもう少し楽しめたんだろうけどよ」
 「楽しめた、ですか。 やはりバトルジャンキーなのですね」
 「うっせ。 お前だってつまらなそうだったじゃねえか」
 「私は戦闘行動そのものが得意ではありませんので」
 「堂々と嘘を吐きすぎじゃないですかねぇ⁉」
 「私のようなか弱い乙女を捕まえて酷いことを言いますね」
 「お前みたいなか弱い乙女がいてたまるかぁ!」
 「あ、それは少し傷ついてしまいそうです」
 「しまいそうってことは傷ついてねえってことだよな」
 「ええ、まあ」
 「否定しろよ……」

 げんなりとした調子で肩を落とすユーリだが、アマリに反省の色があるはずもなく、楽しげに(愉しげに?)笑って隣を歩いていた。
 ボスを撃破したからだろう。 道中のMobは全て消えていて、既に敵影はない。 面倒な戦闘がこれで終わったのかと思えば楽な気分だが、しかし、ユーリとしては戦闘と言う逃げ道がなくなってしまってアマリの餌食となっている。

 「とりあえずこれで先に進めるんだよな? 本格的に面倒になってきたぞ」
 「では、結晶で脱出してしまいますか?」
 「あーいや、それはやめとこうぜ。 このわけのわかんねえクエストは多分向こうと繋がってるだろうからな。 なんであの2人がクエストを受けてるのかはわからないけど、それが原因で向こうのクエストがおじゃんになったら何をされるかわかったもんじゃない」
 「フォラスはその程度のことで怒ったりはしないと思いますよ」
 「そっちじゃねえ。 問題はあの馬鹿だ」

 はあ、と多大なため息を吐いた。 この短い間に一体何度ため息を吐いているのか数える気も失せている。
 それを言うのなら、彼の場合、この世界に来てから……否、リアルにいた頃からため息は癖のようになっている。 主に行動力のありすぎる幼馴染のおかげで。

 「まあいい。 今は先に進むことを考えようぜ。 よっぽどのことがなけりゃ危険ってこともないだろうしな」
 「その割にはヤマアラシの毒で私が動けなくなった時は随分と取り乱していた記憶が」
 「咄嗟だよ、咄嗟。 頭に血が上った。 ムカついた。 後先考えなかった。 言いたいように言えよ」
 「嬉しかったですよ」
 「言ってろ」

 げんなりとした調子で片手を振ったユーリの耳に届いたのは、既にお決まりとなりつつある軽口ではなかった。

 「本当に、嬉しかったのです」

 その声が帯びる真剣な色調に、ユーリは思わず振り返ると、そこにあったのは穏やかな笑みでも、酷薄な微笑でもない、どこか寂しげで切なげな、消え入るような笑顔だった。

 ——フォラスはあまり、私を守ろうとはしてくれないので。

 それは聞かせるつもりのない呟きだったのだろう。 独り言の調子で紡がれた言葉は、しかし、しっかりとユーリの耳に届く。
 人狼スキルによってブーストされている五感は、本人の望むと望まざるとに関わらず所有者に微細な音を届けてしまう。 戦闘面や情報収集面では役に立つことも多いが、このような状況では気まずい思いをするだけでしかない。

 「ん? ああ、申し訳ありません。 聞こえてしまうのでしたね」
 「わりい……」
 「いえ、ユーリさんの所為ではありません。 自身の不注意を恥じ入るところでしょう。 聞かなかったことにして頂けると非常にありがたいのですけれど」
 「あいよ」

 短く答えて頭を掻くユーリ。
 確かにアマリの言うように聞いてしまったことはユーリの責任ではないが、とは言え聞こえたことをアマリに悟られたのは表情に出してしまったユーリだった。 少なくとも彼自身はそう思っている。
 この辺りが彼の性根の誠実さを如実に表していると言えよう。 普段はぶっきらぼうな口調だが、やはりユーリは善良だった。 善良にすぎると言っても過言ではないのかもしれない。

 両者の間に漂う、僅かに重い空気を解消したのはアマリだ。

 「ところでユーリさんは攻略組には復帰なさらないのですか?」
 「あー、それな……できれば戻りたくないってのが本音だ」
 「目立ちたくはない、と?」
 「まあな。 ただでさえ目立ってたのに今はこれだろ?」
 「可愛いと思いますよ。 私は好きです」
 「男に対して可愛いって褒め言葉じゃないからな」
 「ふふ、何食わぬ顔で私の告白を流しましたね」
 「冗談で言ってるって丸わかりなのに真剣に答えるわけねえだろうが。 ほら、馬鹿やってないで行こう、ぜ?」

 不満そうな声を適当に流して先を促そうとして、ユーリはそれに失敗した。

 「アマリ?」

 ぐらりと、アマリの身体が不自然に傾いだのだ。
 壁に手を突いて辛うじて倒れることを回避したアマリは不思議そうに首を捻り、やがて得心がいったように頷いた。

 「限界、ですか……もう少しいけると思っていたのですけれど、本当に我ながら情けない」
 「は? おい、どう言うことだ」
 「安心してください。 バステの類ではありません。 このまま、捨て置いて頂いて構いません、ので……」

 ズルズルと身体が落ちる。
 手と足だけで身体を支えるのが困難になったのか、その場にへたり込んだアマリはユーリを見上げて力のない苦笑を漏らした。

 「これ以上はご一緒できないよう、です。 とてもとても楽しかったのですけれど、やはり限界が、来てしまいまし、た」

 切れ切れの声から苦しさや辛さは感じ取れないが、その声は徐々に小さくなっていくと、そのまま前のめりに倒れた。
 何が何やらわからないながらも地面に倒れるのを庇おうとするユーリだが、その余りの重量に支えきれず巻き添えで倒れてしまう。 それでもギリギリで下敷きになるのを防げたのは僥倖だろう。

 「大丈、夫、です。 敵は、もう……出ない、でしょう。 プレイヤーも、私とユーリさんを除、けば、フォラスとシィ、さんだけ、ですから……」

 力のない動作で辛うじてウィンドウの操作を始めるアマリ。 直後、シュワッと言う、軽やかな音と共に最低限の金属防具が除装され、白と朱色のコートとロングスカートの上から巻いた丈の長い腰布だけが残る。 同時にアマリが最も気に入っていると豪語していた両手斧——本人はでぃーちゃんと言う極めて微妙なニックネームをつけていた——もストレージに格納された。

 「こうしないと、フォラスが、背負え、ません……非力な、もやしには困った、ものです……」

 驚くユーリにそう答え、大きく息を吐く。 最早声はか細く、ユーリでなければ拾えないほどだった。

 「では、機会、があったら、また会いましょ、う……」

 それが最後だった。
 電池が切れた人形のような唐突さでアマリの全身から力が抜け落ちる。 自分の最も好きなパーツと言っていた桜色の髪は無残にも散乱し、垂れ目がちの瞳は完全に閉ざされた。 細く華奢な指が何かを渇望するように一瞬だけ動き、けれどそれも機能を停止してしまう。

 沈黙。

 「おい、アマリ」

 答えはない。

 「アマリ?」

 答えはない。 ただの屍のようだ。

 「おい!」

 鋭い声は切迫している。 無造作に肩を掴み、揺すってみたが無反応で。
 ギリっと歯を食いしばり、直後、ユーリは叫んだ。

 「こんなところで寝てんじゃねえよ馬鹿かお前ぇえぇぇぇぇ‼」

 もっとも、その程度の大声で目を覚ますことはない。
 アマリは場所も状況も考慮に入れず、爆睡していた。






 「何が『機会があったらまた会いましょう』だ馬鹿。 俺がさっさと置いてどっかにいくと思ってたのかよ」

 蟻の巣擬きから出て最初のボス部屋へと戻ったユーリは不機嫌そうに吐き捨てていた。 彼の傍にはアマリの姿。 さすがに放置は忍びないと、ここまで背負って来たのだった。
 幸いなことに最低限の金属装備を除装していたのでAGI型のユーリでも問題なく担ぐことができた。 庇おうとした時に感じた重さはその()()()の金属装備の重量だったのだろう。 服だけになったアマリの身体はあれだけのパワーを生み出しているなんて信じられないほどに軽く、そして柔らかかった。
 背負ってではなく肩に担いでだったので、それを堪能するような状況でもなかったが。
 言ってしまえば荷物と同様の運搬方法だ。 色気も何もあったものではない。

 「ったく」

 やれやれとため息を吐き、アマリの傍に腰を落ち着けたユーリだったが、その表情は口調ほど苛立ってはいない。

 「別にこいつのためじゃねえけどな。 さすがに放置ってのが嫌だっただけだ。 ついでに人を薄情者扱いしやがったこの馬鹿に文句のひとつも言ってやるためであって、断じてこの馬鹿のためじゃない」

 もう一度嘆息してアマリの頭をポカリと叩く。

 「我ながら誰に向かって言い訳してるんだろうな……って、言い訳じゃないぞ! 本心だからな!」

 全く以って誰に言い訳をしているのやら。

 なんだかんだ言いながらお人好しなユーリは、アマリのことを既に保護対象として認識しているのかもしれない。 本人は真っ向から否定するだろうが(耳と尻尾を突き立てて、だ)、身内を相手にすると非情に徹しきれないのがユーリだ。 甘いと言い換えてもいい。

 「…………」

 一通り独り漫才を終えて落ち着いたのか、無言でアマリに視線を投げる。
 安らかな寝息を立てるアマリの表情は普段以上に緩く、電子レンジで温めすぎた餅のように蕩けていた。 安心しきって、と言うよりは警戒する必要性を感じていないのだろう。 端的に言えば、ユーリを男として認識していないのだ。

 「俺だって男なんですけどねぇ……」

 と言いつつ何もしようとしない誠実(ヘタレ)なユーリは釈然としない気持ちをため息に乗せて吐き出した。

 「差し当たっての問題は」

 手元に広げたマップに目を落とし、更に深いため息を追加。

 「こいつらだよな……」

 マップに映る光点がふたつ。
 十中八九、シィとフォラスだろう。 凄まじい速力でユーリのいるボス部屋に向かっていた。

 「このまま逃げ……たらもっと面倒になるか」

 ユーリを現在悩ませているのは、誤解されかねないこの状況をシィに、そして何よりフォラスにどう説明するのか、その一点のみだった。
 シィには誤解をされても実害はない(後でいくらでも説明の機会があると言う意味合いで、だ。 騒ぎにならないわけがないとユーリは判断している)が、フォラスに関して言えば実害しかないと言ってもいい。
 何しろアマリの旦那なのだ。 SAO攻略の最初期と言える頃から行動を共にし、その結婚生活は2年に近い。 当時攻略組でかなり話題になっていたので、その程度の知識はユーリも当然持ち合わせている。 フォラスの常軌を逸した身内贔屓も、もちろん知っている。

 「最悪、襲われる可能性もなくはない。 相手は《戦慄の葬者》だ。 手加減なんかできねえぞ」

 フォラスの持つ異名。 その内で最も有名だろうものを抜き出して呟いた。

 《戦慄の葬者》

 噂通りならレッド以外を進んで標的にはしないらしいが、この状況でそんな楽観的な思考に逃げることはできなかった。 何しろ寝ている妻の隣に別の男がいるのだ。 激昂されても文句は言えないだろう。 襲われた場合、大人しく斬られるつもりもないが、できることならそんなことになって欲しくない。

 アマリにはバトルジャンキーと指摘されていたし、自身も薄々はその自覚があるが、かと言って対人戦に嬉々として乗り出すほど歪んではいない。 相手はあくまで物言わぬプログラム。 感情を持ち、有限の命を持つ人間を相手に切り結ぶのはさすがに避けておきたいのだ。

 それでも、そう言う血生臭いのは勘弁と言うのを大前提にして、しかし血が滾るのも確かだった。 音に聞こえた戦慄の葬者と斬り合ってみたい。 もちろんルールなき殺し合いではなく、ルールを設けたデュエルで。
 そう願ってしまうくらいには、彼はバトルジャンキーだった。 
 

 
後書き
 NTRではありません(断言

 と言うわけで、どうも、迷い猫です。
 浮気中のユーリちゃんは爆ぜて!←おい

 さて、恒例の冗談を挟んだところでようやく双方合流の足がかりができました。 長かったなぁ。
 「あなたを、犯人です……(某洗脳探偵風)」とか言われること請け合いですが、そんな現実は見たくない。 聞こえない(現実逃避

 次は(ユーリちゃんの心臓が)ドキドキ(迷い猫的には)ワクワクの合流回。 さあ、死亡フラグは張れるだけ張った。 後は任せたぞユーリちゃん。

 ではでは、迷い猫でしたー 
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