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とある3年4組の卑怯者

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20 赤子(ながさわたろう)

 
前書き
 不登校になってしまった城ヶ崎さんの視点で今回は物語は進みます。

 城ヶ崎さんは永沢とは仲が悪いとはいえ、永沢の弟までは嫌うことはありませんよね? 

 
 城ヶ崎は永沢と喧嘩した日、家に帰って母親にそれどころじゃないとピアノの稽古を休ませてもらっていた。そして、永沢に言われたことを言って学校もしばらく休みたいと言っていた。城ヶ崎の母は娘をかなり心配していた。その後、城ヶ崎はベッドで泣き寝入っていた。城ヶ崎の父も心配した。そして、娘の学校での事情を知り、永沢君男という男子に怒りを表したが、永沢家が火事にあったという過去からさすがにやや同情はした。しかし、娘が永沢に言われたことによるショックにはどう父親として慰めるべきか分からなかった。
 
 城ヶ崎はもはや廃人のようになった。そんな城ヶ崎には永沢に言われた言葉が頭の中で何度も聞こえてきた。永沢は火事にあったせいで苦労している。しかし、自分は何も不自由なく生きている。そんな自分は憎たらしく思われる存在だと、自分自身を責めていた。

 城ヶ崎はある時、部屋を出て、ピアノのある居間へと向かった。ピアノを弾く。すると永沢の声が幻聴した。
《君はピアノなんて弾くくらい楽に生きているんだね。まったく苦労を知らない嫌な奴だ》
 城ヶ崎はピアノを弾く手を止めた。ピアノをやるなどただの道楽にすぎない。そんなことをしているから人の苦労を知る事ができないのか。城ヶ崎はそんなことを考えてピアノに恐怖を感じてしまった。
(私、ピアノやめようかな・・・)
 城ヶ崎はピアノにもやる気を失せそうになった。と、その時・・・。
「姫子、永沢君のお母さんが来たわよ」
 城ヶ崎は母から呼ばれた。
(永沢のママが・・・?)
 城ヶ崎は何だろうと思った。城ヶ崎は玄関に出た。そして永沢の母がいた。ベビーカーに赤ん坊がいた。永沢の弟だった。
「こ、こんにちは」
 城ヶ崎は永沢の母に挨拶をした。
「こんにちは。あなたが城ヶ崎さんね。ウチの子が本当にひどい事言って申し訳ない・・・」
 永沢の母は泣きそうになった。
「お、おばさん、泣かないで下さい・・・」
 城ヶ崎は慌てた。
「でもあの子、火事にあってからだんだん暗くなって、さらに嫌味も言うようになるなんて悲しくなっちゃうんだよ・・・。家では正直に言うのに何で学校では意地悪になっちゃうんだろうね・・・」
「う、うわ、うわーん、うわーん!!」
 その時、永沢の弟も共に泣き出した。
「こら、太郎、あんたも泣くんじゃないよ・・・」
 城ヶ崎は永沢の母と弟の太郎を見て永沢家の大変さを改めて身に染みたように感じるのだった。
「まったく、さっきまでこの子はピアノの音聞いてて笑顔になってたのに・・・」
 ピアノの音。城ヶ崎ははっとした。さっきまで自分が弾いていたピアノの音色が永沢の弟が気に入っていたことに気付いた。
「おばさん、なら、私がまた弾きますよ」
「え、いいの?すまないねえ」
「ママ、いいよね」
「ええ、もちろんよ。永沢さん、是非上がってください」
「城ヶ崎さん、ありがとうございます」
 城ヶ崎の母は永沢の母と太郎をピアノのある部屋に連れて行った。
「それじゃあ、弾かせていただきます」
 そう言って城ヶ崎はピアノを弾き始めた。一瞬永沢の嫌味が気になった。しかし、それでも思い切ってピアノを弾き続けた。そして、太郎が泣き止み、笑顔になった。一曲弾き終えたところ、永沢の母から拍手を貰った。
「ありがとう、姫子ちゃん。太郎もすっかり喜んじゃって。すっかりピアノが好きになっちゃったのね」
「ありがとうございます。そうだ、太郎君、こっちへ来てピアノで遊ぼう」
「あー、あー」
 城ヶ崎は太郎を自分の膝元に乗せ、鍵盤に触らせた。城ヶ崎は太郎との一時を楽しむ中、心の中で兄弟の違いを感じていた。
(太郎君はまだ小さいってのもあるけど永沢よりも愛嬌があるな・・・)
「う、うう、うわあん・・・」
 やがて、太郎が泣き出した。
「太郎君!?」
「きっとお腹が空いたんだね」
 城ヶ崎は太郎を永沢の母に渡した。永沢の母は瓶入りの粉ミルクを取り出した。太郎は飲み干してゲップをすると、しばらくして寝てしまった。
「そういえば私たちもお昼ご飯の時間ね。永沢さん、ご一緒にお食べになってはどうですか?」
 城ヶ崎の母が提案した。
「いえ、そんな・・・」
「まあ、ご遠慮なさらずに」
「ありがとうございます、城ヶ崎さん」
 こうして永沢の母は城ヶ崎家で食事を共にした。
 食事中、城ヶ崎の母と永沢の母は楽しく話していた。城ヶ崎は永沢の母に聞きたいことがあった。
「あ、あの、おばさん・・・」
「どうしたの、姫子ちゃん?」
「私って贅沢ばかりしているのでしょうか?欲しい物があるとなんでも買ってもらったりとか、ピアノを弾いたりとか・・・」
「いいじゃないかい、そんなの。私もそんなことをうちの子にしてやりたいんだけどね、火事にあったせいで、簡単にできないんだ。もし欲しい物があったらお父さんやお母さんに言っていいんだよ。でも買えるものと買えないものもあることを忘れちゃだめだよ」
「おばさん・・・」
「それにピアノは悪いことじゃないよ。趣味でも楽しめばいいじゃないか。お兄ちゃんだって、藤木君とプラモデルを造りの競争をしているんだよ。それでどっちのできがいいか比べているんだから」
「はい・・・、でも私、永沢君やおばさんのような苦労をしたことがないから、文句を言われるんじゃないかと思うんです・・・」
「そんなことないと思うよ。誰にだって苦労することはあるよ。姫子ちゃんもピアノを上手く弾けるように努力してきたんじゃないの?うちの火事とは比べものにならないだろうけどそれでいくらか苦労したんでしよ?」
「は、はい・・・」
 城ヶ崎は永沢の母からこのようなことを言われたことで改めて己を見つめ直すことができた。
「おばさん、ありがとうございます。私、またピアノを頑張ります!また明日も太郎君に聴かせて、一緒に遊んで遊んでもいいですか?」
「ああ、いいよ、太郎もきっと喜ぶよ」

 食事の後、永沢の母と太郎は帰ることになった。
「おばさん、ありがとうございました。太郎君、また遊ぼうね」
「たー、たー!」
 太郎が返事をした。
「太郎ったら、もう姫子ちゃんになついちゃって」
「いえ、永沢さん、お陰で姫子も少し元気になりました。こちらこそありがとうございます」
「では、さようなら」
「さようなら」
 永沢の母と太郎は帰っていった。

 その頃学校では藤木は永沢に城ヶ崎に謝罪するよう催促していた。
「永沢君、今日城ヶ崎さんの家行って謝ってきなよ」
「嫌だね。なんで僕があんな奴に頭下げなきゃならないんだい?お節介はよしてくれ!」
 永沢は拒否した。
「そんなあ・・・」

 藤木はリリィ、笹山、まる子、たまえ、とし子と共に6人で城ヶ崎の家に向かうことになった。
「はあ、どうしよう、永沢君も来るように言ったけど、断られたよ」
「そりゃ、アイツ頭下げそうにないだろうね」
 まる子が言った。
「何か僕まで責任感じちゃうよ・・・。二人の喧嘩を止められなかったことで・・・」
 藤木は自分を責めた。
「藤木君が気にすることないよ。永沢君に叱ってたし、今日も謝るように言ってたし、藤木君もいろいろとやってくれているわよ」
「笹山さん・・・」
 (永沢はそうは思っていないかもしれないが)藤木は永沢の友人として永沢と城ヶ崎の喧嘩は自分にも全く関係ないこととは思えなかった。あの場には自分もおり、しかも、永沢の発言があまりにも残酷すぎて忘れられないためである。
 
 一行は城ヶ崎の家に着いた。
「こんにちは」
「あら、皆どうしたの?」
 城ヶ崎の母が出迎えた。
「城ヶ崎さんが心配で来たんです」
 笹山が代表して言った。
「ああ、そうなの。ありがとう。姫子、笹山さんたちが来てくれたわよ」
 城ヶ崎が現れた。
「え、みんな・・・?」
「せっかくだから、上がってもらったら?」
「うん、そうね・・・」
 こうして一行は城ヶ崎家に入った。居間に皆集合した。
「みんな、私のために来てくれてありがとう・・・」
 城ヶ崎は礼を言った。その時、藤木が震えていた。
「じょ、城ヶ崎さん・・・」
「えっ?」
「・・・な、永沢君がヒドいことを言って本当に申し訳ない!!」
 藤木は急に土下座して謝った。
「君には本人じゃないから僕が謝っても気が済まないだろうけど、僕は永沢君の友達として自分にも責任を感じているよ。僕が代わりに謝るよ!本当にごめん!!」
「ふ、藤木っ!?そんなっ、やめてっ、顔上げてよっ、私は藤木には怒ってないから大丈夫よっ!!」
 城ヶ崎は慌てて藤木を宥めた。藤木は頭を上げた。
「え、う、うん・・・」
「城ヶ崎さん、いいよ、藤木は勝手に自分を責めてんだから・・・」
 まる子が城ヶ崎に言った。
「そうなんだ、でも今日永沢のママがウチに来たんだ」
「えっ、永沢のお母さんが!?」
「うん、永沢のママも謝ってたし、それに弟の太郎君が私のピアノを気に入ってくれたし、これから太郎君と一緒に遊べたらなと思うんだ」
「へえ~、太郎君が城ヶ崎さんに、兄弟とはいえ永沢とはえらい違いだねえ」
 まる子は太郎に感心していた。
「まだ学校に戻るまでは時間かかるけど、元に戻れるよう頑張るわ。だから皆、心配しないで・・・」
「うん・・・」
 一同は城ヶ崎の精神が少しでも回復しつつあることに安心した。こうして皆城ヶ崎の家を後にした。

 その晩、城ヶ崎家の夕食では、城ヶ崎は父親に今日のことを話していた。
「ほう、永沢君のお母さんが来たのかい」
「うん、それで永沢の弟の太郎君が私のピアノを好きになってくれて、太郎君のためにもピアノは続けていこうと思うんだ。パパ、昨日は新しい服なんて要らないとか言ったけど、やっぱりお願いしてもいいかな・・・?」
「ああ、もちろんいいとも」
「ありがとう・・・」
 城ヶ崎は太郎に会えて本当に良かったと感じ、そして自分を元気づけた永沢の母と太郎に感謝していたのであった。 
 

 
後書き
次回:「洋琴(ピアノ)
 太郎に自身のピアノ伴奏を聴かせ、そして彼と遊ぶ城ヶ崎。そんな彼女の元に宿敵・永沢が城ヶ崎家を訪問する・・・。

 一度消えた恋が蘇る時、物語は始まる・・・!! 
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