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ゆきおがあたいにチューしてくれない

作者:おかぴ1129
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涼風→ゆきお

「榛名ー! その本、ワタシにも読ませるのデス!!」
「いいですよ? じゃあ回し読み用のものを居間に出しときますね!」
「やめて下さいお姉様!! この比叡……そ、そんなはしたない物語は……ッ!!」
「霧島も、比叡お姉様と異世界から来た年下の少年とのラブロマンス……興味ありますね……!!」

 朝。今日も鎮守府はぽかぽか陽気でいい天気。私とゆきおと摩耶姉ちゃんは、今日も三人で朝ごはんの中国粥に舌鼓を打ちながら談笑しているのだが……今朝は、榛名姉ちゃんたち金剛型のテーブルがなんだかいつもよりも騒がしい……。

「榛名さんたち、なんで大騒ぎしてるのかな?」
「わかんねーなぁ……」

 すでに食べ終わったゆきおがぼんやりと、にぎやかな金剛型のテーブルを眺めている。金剛型のみんなの賑やかさは、朝の食堂の賑やかさの中でもとびきり郡を抜いており、周辺に金剛型のみんなの楽しそうな声が、キャワキャワと轟いている。

「なー摩耶姉ちゃん、なんか知ってっか?」
「そういや昨日、榛名が妙な本を見つけたって言ってたな」
「妙な本?」
「ああ。小説でな。比叡がヒロインだってさ」
「へー……」

 れんげでお粥をすくい、その中の干し貝柱を口に入れ、『んー……』ともちもちほっぺになっている摩耶姉ちゃん。あまり興味がなさそうな……

 そもそも艦娘の私達が主人公になってる物語の本って何だ?

「なぁゆきお」
「ん?」
「あたいらが主人公の話ってなんだ?」

 ここは、以前は鎮守府の外側で生活していたゆきおに聞いてみるべきだ。なんせゆきおは、本をよく読む。ならば、そういう私がよく分からない本事情も知っているのかも知れない。

「えっとね……ぼくは読んだことないけれど、艦娘のファンの人たちが作った、創作物のことじゃないかな?」
「創作物?」
「うん。艦娘の事が大好きで、艦娘に憧れるあまり、艦娘の人たちを題材にした物語を書いて、それを本にしたり、インターネット上で公開したりする人たちがいるんだよ」
「へー……あたいらがねえ……」
「金剛型っていえば、いわば艦娘の花形ポジションだからね。ファンも多いし、そういうものがあってもおかしくないんじゃないかな?」
「ふーん……」

 和やかに分かりやすく説明してくれる笑顔のゆきおの向こう側では、榛名姉ちゃんを含む金剛型の4人が、やっぱり今もやいのやいのと騒がしい。特に騒がしいのが比叡さんだ。

「そこで勘違いをした比叡お姉様が……」
「ひえっ……ちょ……榛名……ほんとやめて自分じゃないのに恥ずかしいっ!」
「比叡もいい加減ワタシにくっついてないで、その話の比叡みたいに年下の恋人でも探すといいデス!」
「やめて下さいお姉様!! 私は金剛お姉様一筋ですってば!!!」

 こんな具合で、ほかのみんなにからかわれる度、比叡さんは『ひぇええ』と悲鳴を上げながら、姉妹たちに熱い抗議をしている。

 艦娘の私達が主役の物語……そしてそれは、主役の比叡さんがそんなに戸惑って恥ずかしがるほどの物語……なんだか色々と気になる。

「なーゆきおー」
「んー?」

 私は、今私の隣で、私が淹れた苦いお茶を、顔をしかめながら飲んでいるゆきおに、ちょっとしたお願いをしてみることにした。どうせ本を読むのなら、せっかくだから……

「あたいも読んでみたい」
「いいね。んじゃ榛名さんに……」
「だからゆきおが書いて」
「借り……て、ぇえ!?」

 あれだけたくさん本を読んでるゆきおだから、きっと書こうと思えばゆきおも書けるはずだ……と思ったんだけど、どうもそういうものでもないらしい。途端に、周囲に絹を割いたような悲鳴が響く。ゆきおの悲鳴って、なんで女の子みたいなんだろう? やっぱこいつ、女の子か?

「そんなにびっくりすることか?」
「そらびっくりするよ! ぼくが物語なんて書けるわけないじゃないか!!」
「だってゆきお、一杯本読んでるしー」
「読むのと書くのは全然違うよ!」
「でもあたい、比叡さんの話読んでみたいしさー」
「大体ぼくは話を書くほど比叡さんのこと知らないし! ファンてわけでもないんだよ?」
「んじゃ誰の話なら書けんだよー」
「誰って……そのー……えっと……」

 そこまで言うと、ゆきおは顔を途端に真っ赤っかにしてうつむき、もごもごと何かを口ずさむ。その様子がなんだか少々気持ち悪い。あたいと二人で一人なら、もっとハッキリ言えってんだっ。

 摩耶姉ちゃんを見ると……

「ニッシッシ」

 気色悪い笑みを浮かべ、私とゆきおを交互に見比べていた。なんだその『あたしは何もかもお見通しだぜーホホホ、愉快愉快(公家調)』とでも言いたげな顔は。ハラタツなぁ。

「と、とにかくッ!!」

 私の隣でおたおたわちゃわちゃしていたゆきおが、急に声を張り上げる。いつもに比べて、ちょっとか細い声だけど。相変わらず顔は真っ赤っかだけど。

「そ、その本は、榛名さんに借りるのが一番いいッ!!」
「えー……あたいはゆきおが書いたのが読みたいのに」
「無理ッ!! んじゃぼくは自分の部屋に戻るからねッ!!」
「えー……ゆきおのアホー」

 言いたいことを全部ぶちまけたらしいゆきおは、頭のてっぺんから湯気をもくもくと出しながら、私に背中を向けて食堂から出て行った。ちくしょう。もっとゆきおと話をしたかったのに……ゆきおのアホ。

 一方で、摩耶姉ちゃんは相変わらずニタニタと気色悪い笑みを浮かべながら、私のことをじっと眺めていた。

「なー摩耶姉ちゃん」
「あン? ニタニタ……」
「摩耶姉ちゃんはさ。自分が出てる本、読んだことあるか?」
「ぁあ、そういやあるな」

 意外だ……摩耶姉ちゃんが本を読むとは……自分から聞いておいて失礼だけど。

「どんな話だったんだ?」
「なんかしんねーけど……あたしらの世界が実はゲームの世界で……あたしは、その鎮守府のジジイ提督の嫁だったな」
「へー……おじいちゃん提督ってのもなんだか楽しそうだなぁ」

 聞くところによると、摩耶姉ちゃんはその話のヒロインではなく? 主人公のおばあちゃんの生まれ変わりだかなんだか? 的な存在らしい。私には難しくてよくわからなかったが、読んだ本人の摩耶姉ちゃんも、実はよく分からなかったと言っていた。それ、読んだ意味あるのか?



 朝食を済ませて今日の出撃を終わらせた後、私は榛名姉ちゃんの部屋に行き、件の比叡さんの本を貸してもらうことにした。金剛さんと霧島さんはすでに読んだ後らしく……

「ヘーイ涼風ー! うちの比叡のラブロマンス、堪能するといいデース!!」
「デュフ……比叡お姉様が……まさか年下フェチだとは……オフッ」

 と、慟哭しつづける比叡さんを背景に、いやらしい笑みを浮かべながら貸してくれた。その様子を眺めてると、なんだか気の毒な気もするけれど……

「ぁぁああああああ……私は金剛お姉様一筋なのにぃぃいいいいいい」
「なぁ榛名姉ちゃん」
「はい?」
「比叡さん、血の涙を流してっけど……いいのかな……?」
「はい! 榛名は大丈夫です!!」

 ……いや、榛名姉ちゃんじゃなくてさ……

 眩しい笑みをこちらに向ける榛名姉ちゃんの背後では、今も現在進行形で、比叡さんが金剛さんと霧島さんにからかわれているようで……

「ぷぷぷ……比叡、どこかで弟が待ってるデスヨ?」
「この霧島にも、ぜひ弟を紹介して下さい! ぷぷぷ……」
「うがー!!!」

 と金剛型の三人がくんずほぐれつでもみくちゃになっていた。榛名姉ちゃんはそんなみんなの様子を眺めつつケラケラと笑っていたが、その目はなぜか笑ってなかった。



 さて……私はそのまま自分の部屋に戻り、榛名姉ちゃんから借りてきたその本を読むことにする。本のお供は苦いお茶と豆大福。私は絶品豆大福を頬張り苦いお茶をすすりつつ、その本『姉ちゃんは艦娘』とやらを読みふける。

「おお……比叡さん……」

 内容はさておき……私は、あるシーンに目を奪われた。



――ちゅっ
「……」
「……」
「……ぷはっ」
「ふぅ……」
「……プッ」
「……クスッ」
「ぷふっ……ねえちゃん」
「クスクスッ……なーに?」
「案外……ふふっ……簡単だね」



 比叡さんは、番外編の話で、自分の弟であり恋人でありダンナ様になった主人公の男の子と……そのー……チューしてた。

「こ、これは……!」

 私は比叡さんを直接知っている。だからどうしてもこのシーンを、あの比叡さんで想像してしまう。

「う、うう……」

 だから、このシーンが妙に生々しい。でも……



「うん。次も簡単だね」



 その、私のイメージの中の比叡さんは、主人公に突然チューされて、とても幸せそうだった。

 ……ここで、もし私とゆきおだったらと、妙な想像をしてしまう……。

……

…………

………………

――す、すずかぜっ!

――へ? ゆき……んっ……

………………

…………

……

「ふっく……!! ほっ……ッく!!」

 途端に胸の奥底がむず痒くなり、身体がそのままの姿勢を維持できなくなった。この前テレビで見たタコ踊りみたいな動きを身体が無意識に繰り広げ始め、私はしばらくの間奇妙な踊りを室内で踊るハメになった。一人で。

 ひとしきり気色悪いダンスを踊った後、私はベッドにばひゅーんと飛び込み、うつ伏せになって枕に顔を押し付け、足をバタバタと泳がせた。

「うあああああああ……あたいとゆきおがぁああああああ」

 でも、我ながらおかしいのが、そんな風に羞恥心に耐えながらも、気を抜くと、顔がニヨニヨとほころんでくることだ。

「ゆきおと……あたいがぁああああああああ……デュフフフ……」

 鏡を見なくても分かる……私は今、相当気色悪い笑顔を浮かべている。

 これはマズイ……本当はこの後、ゆきおの部屋に行く予定だったんだけど……

――す、すずかぜっ!

 私にチューを迫ってくるゆきおのイメージが頭から離れず、さっきからニヤニヤしっぱなしの私の顔を、もし本人のゆきおに見られたら……一体ゆきおに何を言われるか、わかったものじゃない……今日は、行くのをやめておこうか……。

 でもそう考えると不思議なもので、途端に私の意識が意気消沈する。突然気持ちがズーンと沈み込み、顔が青ざめ、気持ちがげんなりしょんぼりしてくる。

「うう……やっぱりゆきおに会いたい……」

 でも、やっぱり会いに行こうと思い直した次の瞬間には、もう顔がニヤニヤしっぱなしだ。

 これはマズイ……こんな情けない姿を、二人で一人のゆきおに見せるわけには……大好きなゆきおに見られるわけには行かない……仕方なく、私は今日のゆきお訪問を断念することにした。ちくしょう。



 そうしてしばらく自室で悶々とした気持ちを持て余した後、私は夕食を取りに食堂へと向かい……夕食のエビチリに舌鼓をうって……入渠施設で入渠して……その帰り道。

「ぁあ涼風。今お風呂上りなの?」
「ほえッ!? ゆきお!?」

 お風呂上りで完全に緩みきり、油断している私の目の前に、同じくお風呂上りのゆきおが現れた。朝はあんなにキツい言い合いをしたのに、今はもう上機嫌で話をしてくれる……さすが私と二人で一人のゆきお。

 ……でも。

「奇遇だね〜。ぼくもさっきあがったんだ~」
「そ、そうなのか!?」
「?」

 朗らか笑顔でそうこたえるゆきおは、しっとりと汗ばんでいて……

「だけど、やっばりお風呂上りだから熱いね……」
「!?」

 いつもの室内着の胸元が、いつもよりちょっと開いて、見ている私はなんだかドキドキしてしまう……それに、

「な、なぁゆきお?」
「ん?」
「なんで今日、カチューシャしてるんだ?」
「ぁあ、これ?」

 ゆきおは、なぜか榛名姉ちゃんとお揃いの、金剛型の電探カチューシャをつけていて、おでこが全開になっていた。

「ほら、ぼく髪が長いでしょ?」
「……」
「で、顔洗う時とかお風呂入るときとかに、髪が濡れたおでこにくっついて、気持ち悪かったんだよ」
「……」
「それで、この前榛名さんにその話したら、『じゃあ榛名の電探カチューシャつけてみますか?』って言われて……」
「……」
「つけてみたら意外と便利で、お風呂上りに……って、涼風?」
「……」
「……どうしたの?」

 正直、言いたいことは色々とある。『なんであたいに相談しないのか?』とか、『そもそも髪切ったりしないのか?』とか、『榛名姉ちゃんのカチューシャをあたいの前でほくほく顔で装着するか?』とか、そらぁ色々と言いたいことがある。

 でも、それよりも何よりも、なんで榛名姉ちゃんの電探カチューシャが、ゆきおにそんなに似合ってるんだ? ゆきお、男だろ? なのになんで、そんなに金剛型の電探カチューシャが似合ってて、しかもかわいいんだ?

「ゆきお……」
「ん?」
「……カチューシャ……似合ってんな」

 言ってしまった……ポロッと。

「う……」
「……」
「あ、ありが……と……」

 私の本心からポロッとこぼれ出た『似合ってる』を受けて、ゆきおは恥ずかしそうにうつむき、顔が真っ赤っかになってる。両手の人差し指をもじもじと突き合わせて……

「す、涼風も……」
「う、うん……」
「お風呂上り、す、すごく……」
「……」
「……な、なんでもないっ」

 そう言って、恥ずかしそうに私から顔をぷいっと背けるその姿は、どこからどう見ても女の子にしか見えない……摩耶姉ちゃんよりよっぽど女の子してる……。

 ……ゆきおの唇が目に入る。

「……」
「……」
「……?」
「……」

 なんか……キレイな薄桃色で、ぷるってしてて……どうしよう。なんかすごく……

「さわりたい……」
「さわりたい?」
「い、いや、なんでもねぇやぃ……」
「?? ???」

 慌てて視線をゆきおの唇から外したら……今度はゆきおの、綺麗なおでこが目に入った。

 今ゆきおは真っ赤っかだけど……ゆきおのおでこは、なんだかとてもすべすべで綺麗で……どうしよう。触ってみたい。唇はダメだけど……お、おでこなら……

「……」
「あ、あの……すずかぜ?」

 私は、そのとっても綺麗なゆきおのおでこに、ふらふらと手を伸ばし……すべすべであたたかいおでこに触れて……

「う……うう……」
「……あったけー」
「涼風の手も……うう……あったか、い……」

 気がつくと、私はゆきおのおでこに、自分の手を当てていた。ゆきおのおでこは、すべすべてとても触り心地がよくって……なんか……すごく……こ、ここなら……

――案外……ふふっ……簡単だね

「……ゆきお」
「な、なに!?」

 私はフラフラと、ゆきおのおでこに顔を近づけていく。魔法でもかけられたんじゃないかと思うほど、私の顔は、自分の意志を離れて、フラフラと、ゆきおの顔に顔を近づけていく。

 少しだけ、背伸びして……そして。

――ちゅっ

「「……!?」」

 気がついた時、私は、ゆきおのおでこにチューしてた。

「……ッ!?」
「あ、あの……」
「〜〜ッ!?」
「ゆき……」

 ……言いたいことは、山ほどある。無意識でフラフラとではあるが、いきなりチューしてしまったことは、私も悪いと思う。だけど。

「〜〜ッ!? 〜〜ッ!?」

 ……ゆきお。ゆきおはホントに男の子なのか? 今、ゆきおは両手で口を押さえて、顔真っ赤にして、涙目でこっち見ながら混乱してるけど……その様子、どう見ても摩耶姉ちゃんより女の子だぞ?

「えっと……ゆきお」
「〜〜ッ!? 〜〜ッ!?」
「そ、その……ごめん……」

 そんなゆきおの様子を見てるからなのか、それとも艦娘で度胸が座っているからか、私の意識は妙に冷静だ。今しがた、綺麗なおでこについチューしてしまったとは思えないほどクリアだ。そんな私の方が男みたいで……なんだか、とても悲しい。私、女なのに。

「ゆきお……あの……」
「……ふぇぇ」

 ゆきおの目に溜まっていた涙が、ぽろりとほっぺたを伝った。そして次の瞬間……

「ふぁぁぁあああああああん!!?」
「ゆきお!?」
「涼風が……涼風がぁあああああああん!!?」

 ゆきおは絹を割いたような悲鳴を上げながら、私の元から走り去っていった……。

 内股で女の子のように走り去っていくゆきおを、呆然と見守る私。そんな私の頭の中では、ある言葉が響き渡っていた。

――そうだね。簡単だね。ふふっ……

 ……比叡さんのアホ。何が簡単だ。その言葉を信じたあたいは、ついゆきおにチューしちゃったじゃんか。

 そしてあたいにチューされたゆきおは、女の子みたいな悲鳴を上げて、あたいの前から走り去っていったじゃねーか。

 どうすんだこれ……明日、すごく顔を合わせづらい……

「……あ」

 ……でもそれとは別に、私の心の中で、それとは完全に方向が異なる意識も、芽生え始めていた。

「……どうせ逃げられるなら、口にすればよかった」

 この言葉を冷静に口走ったとき、私の頭の中で、摩耶姉ちゃんがお腹を抱えてのたうち回りながら『どっちが女かわかんねーよ!!? アヒャヒャヒャヒャ!!?』と大笑いしていた。ちくしょう。あとで張り倒してやる。 
 
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