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禁じられているからこそ

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第一章

                 禁じられているからこそ
 アントン=アデラウヤーはこの法案の議会への提出が検討されていると聞いてすぐに不快感を示してこう言った。
「禁煙法か」
「ええ、もうね」
 妻のフレデリカは四角い顎と面長の顔の夫の目を見て言った、灰色がかった茶色の髪は短くしていて目の色はグレーだ、長いブロンドで青い瞳の自分とはまた違った魅力を持っている夫のその顔をである。
「そうなるみたいよ」
「煙草を吸うな、か」
「だって煙草は身体に悪いでしょ」
 それでとだ、妻は夫にあっさりとした口調で言った。
「それは事実でしょ」
「それはな」
 アントンは妻に憮然とした顔で答えた。
「事実だな」
「そうでしょ、だからね」
「もう煙草はか」
「禁止になるのよ」
「ドイツではか」
「あなたは煙草が好きだけれど」
 夫が愛煙家であることは知っている、何しろビールとこれだけが人生の楽しみであると言って一日何十本も吸っている位だ。
「それでもよ」
「こう世の中の流れはか」
「禁煙なのよ」
 それに向かっているというのだ。
「百害あって一利なしでね」
「じゃあ俺みたいな人間はどうなるんだ」
 喫煙家、それも愛煙家と言っていい人間はというのだ。
「我慢しないと駄目か」
「もう煙草吸う人殆どいないでしょ」
 フレデリカは吸わない人間としてだ、夫に答えた。夫婦のやり取り自体は悪い感じではない。
「むしろ煙草全廃が今の流れでしょ」
「ドイツじゃな」
「もう世界的によ」
 妻はこう訂正させた、夫のその言葉を。
「だからよ」
「もう煙草は吸うな、か」
「健康の為にね」
「やれやれだな、この法案は通るか」
「吸わない人がもう圧倒的だから」
 ドイツ、ひいては世界中でというのだ。
「そうなるわ」
「俺はビールと煙草で生きてるんだが」
 人生の楽しみだとだ、アントンは自分でも言った。
「そのうちの一つがなくなるか」
「じゃあもう一つの楽しみを見付けたら?」
「具体的には何だ?」
「コーヒーなんかどう?」 
 自分の好みからだ、フレデリカはそれを勧めた。
「ケーキとね」
「そちらか」
「そう、どうかしら」
「考えておくな、しかしな」
「煙草が駄目っていうのはね」
「世知辛い世の中になったな」
 愛煙家としてだ、アントンは憮然として言った。
「こんな話が出ただけで嫌だ」
「しかも議会で通るのは間違いないから」
「煙草が駄目か」
「何度も言うから身体に悪いからよ」
「そこまで邪険にされるものか」
 やれやれと言った顔で言うばかりのアントンだった、そして実際にドイツ連邦議会で禁煙法が通った、健康上の理由にこれは世の常だが宗教的な見解だのそういうものも出て来てそうしてこの法案は通った。神が煙草を認めているのかとドイツの主流のプロテスタントも非主流のカトリックも教会単位で議論をしてだ。
 そのうえでドイツ連邦議会でこの法案は通過しこの国では煙草を吸えなくなった、それで法案の発効までだ。
 アントンは家で憮然として煙草を吸っていた、そのうえで妻に言った。
「子供達はもう煙草を知らない世代になるか」
「ええ、大人になる頃はね」
 フレデリカは自分達が座っているテーブルで煙草を吸う夫に答えた、その煙草の煙を自分の手で払いながら。
「完全にね」
「このドイツでか」
「そうなるわ」
「やれやれだな」
 煙草を吸いつつだ、アントンは溜息混じりに言った。 
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