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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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遺愛

「お兄~!」

 玄関が開く音とともに、中学生ほどの少女の活発そうな声が家中に響き渡っていく。ここまで走って来たのか息はすっかり乱れていたが、構わず少女は適当に靴を脱ぎ散らかして家の中に上がり込むと、迷わずに廊下に面した『お兄ちゃんの部屋』と表札が提げられた部屋の扉を開ける。すると中で座っていた青年は迷惑そうな表情を隠さずにしながらも、机の上に用意していたような麦茶をコップに注いでいく。

「愛。お前さぁ……ただいまぐらい言えとか、勝手に部屋を開けるなとか、言いたいことは色々あるけど、そんなんじゃ嫁の貰い手がないぞ? ……ほら、麦茶」

「ふーんだ。お兄に貰ってもらうつもりだから問題ないもんだ……ぷはーっ! 生き返るー!」

「ったく……それよりほら、お前の興味はこっちだろ」

 愛と呼ばれた少女が麦茶を景気よく一気飲みする姿を、やれやれ、といった様子で『兄』は見つめていて。それでも愛が何を求めているのかは分かっているのか、麦茶の入ったボトルをどかして床に置くと、机の上には満載されたハガキとパソコンが平積みにされていた。

「え? お兄秘蔵のエロ画像フォルダ?」

「ちっげーよ! 《SAO》だよ、《SAO》!」

「そっちも気になるのに……」

 ブツブツと文句を言いながらも、愛は麦茶を飲んでいたコップをそこら辺に無造作に置くと、平積みにされているハガキを一枚取る。それは近日発売予定の《SAO》が手に入る、という懸賞用のハガキだったものの、その結果は倍率からして当然の不当選。とはいえ二人も一発で当たるなどと思ってはおらず、その平積みされたハガキは全て懸賞のものだ。さらに結果発表は発送に代えさせていただくという懸賞や、パソコンで応募したものもあったため、このハガキも氷山の一角にすぎない。

「……あとそれ、お兄っての外ではやめろよな!」

「はいはーい。よーし、《SAO》当てよー、おー!」

「おー!」

 もう当選か落選かは決まっているのだが、そんなことには触れないでいて。ひとまず気合いを込めて兄妹はハガキの山に向かっていくと、兄が用意していたダンボールに落選したハガキを放り投げていく。

「頼むぞー……これでダメなら叔父さんたちに顔向けできん……」

「ふん。ただお金をくれるだけじゃーん」

「そのお金がないと、《SAO》どころかウチらは生活すらできないだろ?」

「そーなんだけどさー……」

 大学生と中学生の兄妹がマンションで暮らしていられるのも、死んだ両親の遠い親戚とやらが欠かさず仕送りをしてくれるからであり、二人の学費は両親の遺産でなんとかなっているが、その仕送りがなければ二人は生きていられない。ただし金は出すが関わる気はないらしく、生活費を送ってくるだけで会ったことは数えるほどしかないため、あまり兄妹に関わりたくはないらしい。とはいえ生活はさせてくれているので、兄からすれば頭の上がらない存在だったが、妹の愛は彼らがあまり好きではないらしく。

「分かった分かった。叔父さんたちもだけど、ウチらの倹約生活にな」

「日に日に減っていくおかずくんに報いるために!」

 苦笑いする兄の提案に愛のハガキ仕分け速度が上がる。その親戚から送られてきた生活費を切り詰められるだけ切り詰めて、ようやくこれだけの《SAO》への懸賞を用意できたのだ。しかして現実は厳しく、まるで当選していた懸賞はない。親戚たちもまさかゲームを買わせるために仕送りをしているわけではなく、こちらに興味はないにしろ、兄からすれば申し訳ない気持ちはあった。

「パソコンの方も……ダメか」

「ハズレ……ハズレ……ハズレ……ハズレ……あれ? 当たりが足りない……」

「どこのホラーだよ……ん?」

 それでも兄妹は、こんな生活は嫌いではなかった。愛が小さいときに両親が事故で亡くなったために、妹を育てるのに自分が好きなゲームでともに遊んでいたためか、愛はこんな風に育ってしまったが。その件については頭を痛めていた兄が、ふと手に取ったハガキには、ゲーム好きな兄妹が揃って手に入れたかった懸賞がそこにはあった。

 ――日記のページを捲る。

「届いたぞー!」

「わーい!」

 いつでも受け取れるように大学をサボっていた兄と、高速で義務教育を終わらせてきた妹の歓喜の雄叫びが家中に響き渡った。配達人から引ったくる気持ちで荷物を受けとると、つい今しがた発売されたばかりの新作ゲーム《ソード・アート・オンライン》が顔を見せた……ただし、一つだけ。 

「増殖してたりしてないよなぁ。じゃあ……」

「お兄。はい、どーぞ」

 ……もちろん、懸賞で兄妹二人の《SAO》が両方とも当たる、などということはなく。なんとか《ナーヴギア》は二つとも用意出来たものの、やはり《SAO》に関してはそう上手くはいかなかった。そんな分かりきったことに兄は苦笑しながら、ひとまずは妹にプレイさせようとしたところ、他ならぬ妹からソフトとナーヴギアを手渡されて。

「お兄ってば、いつも自分のことは後回しだし。たまにはいいんだよ?」

「え? いや……でもな……」

「それに、お兄はそろそろ就職じゃん? ゲームなんてやってる暇あるのぉ?」

「ぐっ……」

 大学生としては痛いところを突かれる兄を、愛はからかい半分と愛しさが半分が籠った視線で見つめていて。それでもまだ逡巡する兄に、半ば以上に無理やりナーヴギアを押しつけると、妹は逆に自らのピンク色に塗装したナーヴギアを大事そうに抱え込んだ。

「お兄が就職活動中に存分にやるもんねー」

「お前だって受験だろうが!」

「合唱部で推薦もらってるもーん」

 兄の渾身の反撃は、あえなくカウンターをくらってすぐに沈む。確かに《SAO》のソフトは一つしかないが、ナーヴギアは二つあるので兄妹別々には問題なく、兄は観念してナーヴギアとソフトを受け取って。

「……なら、今日の晩ご飯は任せたからな。すぐ代わるから」

「任せて! 愛情を込めて作るからさ!」

「愛情より調味料をきちんと頼む」

「ちゃんと性的な意味での愛情だから大丈夫だよ?」

「やっぱり黙ってくれるように頼むわ!」

 ――日記のページを捲る。

「ふっふふっふっふっふー、ふっふふっふっふっふー、ふー」

 特に意味もなく流れているテレビを見ることが出来るキッチン。そこで即興かつ適当な鼻歌とともに、愛は特売で買った野菜を切り刻んでいく。もう《SAO》の懸賞は終わったために、必要以上の節約をする必要はなかったものの、特売品を買いに行くのは兄の実益を含んだ趣味だ。振り込まれるお金は計ったように生活費ギリギリなので、こういったところで節約せねば娯楽品が買えないのも事実だが。

「お兄はどうしてるかなーっと」

 その適当に切った野菜を熱したフライパンに移して、鼻歌のリズムに乗せてかき混ぜていきながら、先に《SAO》にログインしている兄のことを考える。部屋から出てこないところを見るに、どうやらガッカリゲーでもないし瞬殺されたようなこともないようで、あれだけの手間をかけた甲斐はあるゲームのようだ。

「焦らしプレイってのも意外とありかも~」

 兄が《SAO》で何をしているのかを考えながら、自分ならばどうするかと待つのも、嫌いではない時間だと愛は発見しながら。そうして最後に昨日食べた肉の端材を放り込んで、あとは時間を置いておくだけで野菜炒めの完成だ。わざわざ兄に調味料はちゃんとするように、と言われたので、今日はフィーリングやテンションではなく測ってまで塩に胡椒を投入すると。

「んー?」

 ただのBGM代わりに流していたテレビの音が、突如として気が狂ったように転調する。違う番組になったとかCMになったとかではなく、明らかに全く別のものとなっていた。とはいえ地震速報か緊急のニュースか何かだろうと、愛は気楽に考えながらテレビの方を向いてみれば。

「……は?」

 そんな言葉が勝手に愛の口から漏れだした。確かに愛が思っていた通り、緊急事態を知らすニュース速報ではあった……だが、まさか、自分たち兄妹に関係することだとは思わなかった。

 《SAO》。ログアウト不能。デスゲーム。ナーヴギアによる殺人機能。様々な情報が発信側でも錯綜しているのか、とにかく要領を得なかったものの、それがかえって非常事態だということを知らしめていた。最終的には、決してプレイヤーのナーヴギアを取り外さないように、という勧告だけが、テレビから壊れたように繰り返されている。

「あ……野菜炒め、焦げちゃった。またお兄に怒られるなぁ……」

 そんな情報の波を受け取った愛はというと、ひとまずはキッチンの火を止めた。とはいえフライパンの上の野菜炒めはすっかりと焦げてしまっていて、あまり好んで食べたくはない代物となっていたが。しかしてこれを見た兄も最初は怒るだろうが、最終的には黙々と食べてくれるのだけど……などと、愛には手に取るように分かっていた。

「お兄……お兄……」

 緩慢な動作で焦げた野菜炒めを皿に移すと、何かを求めるように愛は歩きだした。野菜炒めの皿を手に持ちながら、愛はリビングから廊下に出ていって……行き先は、もちろん決まっていて。ゲームを楽しんでいるはずの兄の部屋へ、いつも通りにノックもせず扉を開けたけれど。

「お兄……お兄……ちゃん……」

 ――日記のページを捲る。

「てってれー。キレイになりましたー」

 3月。SAO事件が始まってからはや4ヶ月となるある日。政府の迅速な対応によって、SAOに囚われた全ての人々は近隣の病院へと収容された。それは愛の兄とて例外ではなく、今日も今日もで愛は寝たきりとなった兄の身体を拭いていた。国からの依頼ということで病院の方で看護師がやってはくれるが、愛はこうして自分で兄の世話をすることも嫌いではなかった。

「ナース好きなお兄には、看護師さんにやって貰った方がいいかな? でも残念! もうね、看護師さんはお兄の身体は拭いてくれないんだって!」

 職務怠慢だよねー、などと愛は同意を求めるものの、もちろん兄からの返答はない。さらには生命維持やバイタルの確認のために、身体中に繋がっているための点滴やコードはなく、まるでただベッドに横たわっているだけのようだった。

「もう。すぐ代わるって言ってくれたのに、お兄の嘘つき。お兄がゲーム代わってくれないから、叔父さんの相手までさせられたんだよ?」

 そんな本来ならばありえない兄の状態にも構わずに、愛はナーヴギアを被ったままの兄へ近況を話していく。汗を拭き終わって氷のように冷たい兄の身体に病院服を着させながら、最近はどんなゲームをしただの、管理人さんに何を貰っただの、面白いゲームがどうなのと、何でもないようなことを楽しげに。しかしてその楽しげな表情は、ある話題を境に不満げな表情を隠さずにいた。

「さっき、久々に叔父さんが来てさ……言ってくるの。お前の兄貴は死んだんだって、最期に話すだけ話せってさ」

 ナーヴギアを被ったまま熱もなくピクリとも動かない、何の処置もされずにただベッドで横たわっているだけの、兄の亡骸に向かって愛は語り続ける。プレイヤーをゲーム内に閉じ込めるナーヴギアはすでに機能を停止しており、兄の表情はこの世のものとは思えぬ苦悶の表情に固定されていて、バイザーの中で瞳はただただ虚空を見つめて動かずに兄は応えない。

「お兄が死ぬわけないじゃん。どんなゲームでも上手かったし……まだウチ、完璧にお兄に勝ったことないんだからね!」

 兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は応えない。兄は――

「だからお兄、ちょっと待っててね。すぐに助けにいっちゃうから!」

 ――日記のページを捲る。

 ……兄が《SAO》に囚われてから、愛はずっと自らもあのアインクラッドに行くことを考えていた。最初はデスゲームに参加することになった兄を救いに行く、その一心だったはずだが、当然ながらただの中学生の愛に未プレイの《SAO》が入手できるはずもなく。それでも諦めまいと回収されていた関連商品やインタビューを集めて、VR空間についての知識を頭の中につぎ込んでいた。

 それだけを繰り返し狂気的にアインクラッドを求める生活は、《SAO》がクリアされたという知らせを受けても変わることはなかった。もはや《SAO》はクリアされ、目的としていたアインクラッドも既に崩壊している。それを知ってもなお、兄を求めていた愛が兄の死を受け止めたのは、それから《ALO》で起きていた事件が終わりを告げてからだった。

「意識不明だったSAO生還者……目を覚ます……」

 以前とは見違えた《SAO》に関しての資料だらけの部屋で、愛は更新されたニュースサイトの記事をパソコンで見ていた。デスゲームはクリアされたにもかかわらず、未だに目覚めていなかったSAO生還者たちが意識を取り戻した、という記事だ。その記事を見て、愛はある疑問に囚われていた。

「なら、お兄はなんで帰って来ないのかな……あ、死んじゃったんだ」

 幸いにもその疑問の解答は素早くもたらされた。聞いた時は意味が分からなかったが、そういえば叔父たちから葬式の連絡が来ていた気がする、と愛は今更ながら思い返した。兄がデスゲームで亡骸となってから、そのデスゲームも終わりを告げていて、新たな事件の終結でようやく兄が死んだという現実にたどり着いたのだ。

「ならVR空間で死ねば、お兄に会えるんだね!」

 そしてその現実のおかげで、愛は光明を見いだすことが出来ていた。VR空間で死んだところに兄はいると、その出来事によって確信できたのだから。ただし問題は、VR空間で死に至るようなことは、それこそデスゲームであった《SAO》ぐらいでしか無い。事実、愛も全く方法などは見当もついておらず。

「それじゃ、色々と試さないとね~」

 ……しかして愛は、そんなことで諦めるわけもなく。様々なVR空間で、様々な実験を繰り返していった。あの《死銃事件》もその一環に過ぎなかったが、そこで愛はちょっとした掘り出し物を発見していた。さらに『デジタルドラッグ』の構想も浮かび、回収を逃れた自身のナーヴギアとともに、愛の目的に必要なファクターは全て揃っていた。

「もうすぐだから……待っててね。お兄。でもさ、せっかくだから遊んでから逝くね! ……あ」

 未だにVR空間にいるだろう兄へ宣言しながら、リーベはふと思うことがあった。あのデスゲームから生きて帰ってきた者たちを、SAO生還者などと呼んでいるらしいが、ならば自分はどう呼ばれるべきなのか、と。

「SAO……失敗者? 《SAO失敗者》とか、なんかイイかも!」

 生還するどころかたどり着いてすらいない、だけどまだチャンスはあるという祈りを込めて。今回は失敗してしまったけれど、次こそはあの浮遊城で思いっきり遊ぼうと……ただ、そんな祈りを。

 ――日記のページを捲る。ただし後のページは全て白紙であり、まるで途中で書くのを飽きてしまったかのようだ。ただし最後のページには、親愛なる掘り出し(ショウキくん)へ、という文字とともにナーヴギアの落書きが刻まれていて、それで本当にこの日記は最期を迎えていた。


「……ってことだ、そうだ」

 ――リズベット武具店。彼女の家で起きたことと日記の内容を、そこに集まっていたメンバーに語り終わる。リアルの方で忙しいレインにセブンの姉妹に先の戦いで倒れているシノンを除いて、どうやらリズの状況説明と時間が上手いこと噛み合ったらしく、当のリズは不在ながらも多くのメンバーが工房に集合していた。キリトにエギル、クラインは厳しい表情を隠さないでいたが、アスナやルクスにグウェンはいたたまれない表情で沈黙していた。

「ショウキが必要ってのはどういうこった?」

「……さあな」

 クラインからの問いに曖昧な答えを返す。どうやら文中の『GGOで見つけた掘り出し物』というのは自分のことだったらしく、愛――リーベの計画には俺の存在も含まれているらしい。俺、デジタルドラッグ、ナーヴギア、それらの要素が計画通りに合わさった時、彼女はVR空間で死ぬことが出来るのだという。依然として意味は分からないままだが、彼女の目的はハッキリしたもののまだしこりは残る。

「お兄さんが亡くなった場所で死にたい……ということだよね……」

「やりきれねぇが……同情は禁物だぜ。なにせ《死銃事件》で間接的だろうが人を殺してんだからよ」

「……そんなことはどうでもいいのよ。あたしは力を貸して欲しいって言われたから来たんだけど?」

「ああ。俺が呼んだんだ」

 ルクスの同情的な意見にエギルの厳しい現実の指摘の後に、この話はもう終わりだとばかりに眉間にシワを寄せながらグウェンが語ると、応じたのはデジタルドラッグの服用者たちの対抗策を考えていたキリトだった。対するグウェンも、まさかキリトに呼ばれたとは思っていなかったのか、手を挙げたキリトへと口笛を吹いてみせて。

「へぇ。《黒の剣士》様が直々にお呼びなんて、光栄だわ……それで?」

「グウェンには、相手プレイヤーの動きを《麻痺》で封じてほしい」

 ……キリトの申し出は、考えてみれば簡単な話だった。倒してしまえばこちらを行動不能にするデジタルドラッグの服用者たちに対して、麻痺毒で行動不能にした後に捕縛しようという話だった。もちろん敵も麻痺毒の対策は打っているだろうためが、対人戦に特化したグウェンならば生半可な対策など無意味となる。……逆を言ってしまえば、グウェンやもう一人ぐらいしか俺たちには麻痺毒を扱える者はいない訳だが。

「あたし一人で全員を麻痺させろっての?」

「いや、もう一人……レコンに来てもらってるところだ。二人を守りながら、俺たちは敵を足止めする」

「しょうがないわね。ま、迷惑チーター討伐のお礼を運営から期待するから。で、もう一人ってのは?」

「今、リーファにリズ、シリカがシルフ領まで迎えに行っているよ」

 グウェンの反応は上場で、どうやら手伝ってくれるらしい。そしてグウェン以外で毒系統のスキルを実戦レベルで鍛えあげているもう一人とは、あとはレコンのみしかいない。普段はシルフ領であるスイルベーンにいるレコンには、ひとまずメッセージで事情を軽く説明していて、リーファたちにレコンを迎えにアインクラッドから降りて貰っている。デジタルドラッグの服用者たちから道中で襲われないために、都合のついた三人での行動になっているが……明らかに、帰りが遅い。

「いや、リーファがいてやられるとは思えねぇがよ……」

 話の途中で帰ってくると聞いていたために、明らかに遅い到着にメンバーに不安感が募る。服用者たちにやられるにしても、例の《死銃事件》ではあるまいし、こちらからすればただ帰還ポイントに死に戻りするだけの筈だが、それでも何かしてくるのではないかと不安にはなって。

「ッ!?」

 その不安を破裂させるように、リズベット武具店の扉が破るように開け放たれた。すぐさま工房から店内に駆け出していくと、そこにいたのは予想していた人物ではなかった。いや、人物ですらない蒼い小竜が、息も絶え絶えに床へ倒れ伏していた。

「ピナ!」

「ピナ公だけがここにいる事態ってことはよ……」

 既にフィールドから町に入ったために、そのHPは全回復してケガすらも見てとれない。ただしその様子は尋常なものではなく、かなりの激戦から離脱してきて、全速力でここへたどり着いたことを示していた。そしてピナのみがここに来たということは、シリカの身に危険が迫っているということであり、クラインの呟きとともにルクスがピナを抱えて語りかける。

「ありがとう、ピナ。休ませられないところ悪いけど、シリカたちのところに頼む!」

「ショウキさん。行かないでください」

 ルクスの頼みにピナは力強く鳴いてみせる。シリカたちのところに案内してくれる気らしく、先程までとは違う戦闘体勢になったメンバーが、とにかくリズベット武具店を駆け出そうとしていった時に。誰かからそんな声がかけられて、辺りを見渡してみたものの、メンバーは誰もがシリカたたちを助けに行こうとしているところで。

「ショウキさん。行かないでください。ショウキさん。行かないでください」

「お前……」

 そう壊れたレコーダーのように繰り返していたのは、俺たちの中の誰かではなく、リズベット武具店のカウンターにいる店員NPCだった。こんな時にクエストが発生する訳もなく、突如として彼女はそのようになってしまっていて。今なお襲われているかもしれないリズたちのことが頭をよぎるなか、俺は店外に駆け出そうとしていた足を止めた。

「みんなは行ってくれ……リズたちを、頼む」

「ショウキくん……?」

「任せてくれ。アスナ、行こう」

 リズベット武具店の外へ――助けを求めるリズたちから背を向けると、壊れたレコーダーと化した彼女へと立ち向かった。疑問の声を向けてくるアスナを引っ張っていくキリトたちに、リズたちのことは任せておくしかないという判断のもとで。アイテムストレージから日本刀《銀ノ月》を取りだし、腰に帯びることで普段通りの戦闘準備を完了させる。

「ショウキさん。行かないでくださ――」

「……もう、いい」

「――あ、そう?」

 無表情で淡白ながらもたんたんと仕事をこなしてくれた店員NPCが、見たこともない醜悪な笑顔をニヤリと描きだす。どうしてリーベ側にこちらの事情は筒抜けだったのか、どうしてリーベはこちらの作戦や方針にことごとく先回り出来るのか、その答えはただ一つ。彼女が直接、その耳で俺たちの話をずっと聞いていたからだ。

「リーベ……!」

「いろいろ苦労したんだよ? 店員NPCのふりするの。だけどショウキくんのその熱い視線に免じて許してあげる! ううん……でも……」

 店員NPC――いや、店員NPCのアバターをしたリーベこそがその真相。ずっとログインしたままではいられないことから、恐らくは店員NPCを乗っ取ったり完全に成り代わったりという訳ではなく、店員NPCとは別個体のままそこに存在している。それから時期を見て入れ替わっていたのだろうが、それはどのような方法かを考えている暇など既になく。圏内だろうと構わず腰に帯びた日本刀《銀ノ月》の柄を握る俺に対して、リーベは頬を紅くして何やらメニューを操作していた。

「でもあんまり見ないでね。すっぴんだから恥ずかしいし」

 そうしてシステムメニューを操作するとともに、服装が地味なエプロンドレスから漆黒の中に紅色が混じった、ネグリジェのような扇情的なドレスへと書き換えられる。髪型も無造作に伸ばされていたままだった黒髪にトリートメントが入り、サラサラと川のように流れた髪を一本に纏めたポニーテールへ。そのまま舞踏会にでも行きそうな格好だったが、そのドレスはまるで返り血が固まった血錆のようで。

「ふぅ……改めて。はじめまして、ショウキくん?」

 《GGO》の時の小柄な踊り子の時とも、先程までの店員NPCのふりをしていた時とも、どちらとも全く違うパーティーに行く淑女。そうしてこちらに歩いてくる、ドレスから覗く足を見てみれば、履かれているのはキラキラキラキラと輝くガラスの靴。そのシンデレラ気取りのアバターを見れば、先に現れていた踊り子のようなアバターがサブのアカウントだと分かる。

「えへへ。久々にお兄に会いに行くんだから、気合いを入れないとねっ! って、あー……外ではお兄って呼ばないように、って怒られてたのに……でもショウキくんならいいよね! 交換日記する仲だもん!」

「交換日記?」

「うん。ショウキくんのことをもっとよく知りたいから! 恥ずかしいけどウチのことも書いたし、ショウキくんも後で書いてね?」

 ……どうやら、途中から白紙だったのは書くのを止めた訳ではなく、俺の分を書くためのものだったらしい。周囲に流れる緊張感とは裏腹に、間抜けな問答が交わされてしまったことをいいことに、一つ、気になったことをリーベに問いかけた。

「俺の書いた日記、お前は死んだらどうやって見るんだ?」

「え? ショウキくんも一緒にお兄のとこに逝くんだから。その時に書いてくれれば読めるじゃない?」

 プロポーズみたい、恥ずかしい――と、自分の発言の後に悶絶する彼女を見て、改めて分かりあえないのだと確信する。デスゲームで唯一の家族とも言える兄を亡くした彼女は、確かに無事に生還できた俺に比べて不幸なことは確実だろう。しかしてそれは、他の人間を巻き込んで自分勝手な自殺騒ぎを仕組んでよい理由になるはずもなく、彼女の兄のためにもリーベを止める他ないと覚悟する。

「もう! プロポーズは男のこの方からでしょー?」

「……そうだな」

 アインクラッドに初めて訪れた3月。それはアインクラッド解放軍が25層で壊滅的な被害を受けた月であり、交換日記によればリーベの兄が亡くなった月であり、俺がまだ恐怖心で1層にいた頃だ。彼女の兄がアインクラッド解放軍に所属していたかは分からないし、自分がいれば彼を助けられたなどと自惚れを言う気は毛頭ない。

 だがそれでも、《SAO失敗者》たる彼女を止めるのは、あのデスゲームを生きた者の責任だった。

「だから、受け取ってくれ」

 彼女が言うプロポーズの返礼として、俺が送りつけたのはデュエルの申請。それも完全決着モードでの申請であり、リーベが何を考えていようが、全てを終わらせてやるという意思を込めて。

「……ぁは」

 ――それを受け取った彼女の表情は、とてつもなく歪んだ笑顔だった。

 
 

 
後書き
唐突な過去回想と唐突な最終決戦に打ち切り漫画フィールを感じる。ちなみに同じく兄がSAOをプレイした妹という共通点があるリーファ戦、そんなリーファを守るため奮戦するレコン戦といった予定もあったのですが、あえなくカット。 
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