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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第九十六話 新生・自由惑星同盟、帝国侵攻呼び水に向けて準備します。

帝国暦487年11月20日――。

最高評議会議長の私生活の場所となる公邸は首都星ハイネセンの中枢からやや離れたところにある。シャロンは最高評議会議長に就任して以来、官邸からほど近い場所にある旧高官の私邸を自費で買い取り、自費で改築してそこを使用していた。わざわざ離れた場所から地上車で通勤するのは時間と経費の浪費というわけだ。さらには護衛の数も最低限に減らし、使用人なども公務としての必要上最低限にし、身の回りのことはほぼすべて自分でやった。
「首都星ハイネセン及びバーラト、リオヴェルデ、ヴァーミリオン、リューカス、タッシリ、ヘリオス、シヴァ、シャンプール、エルゴン、イフリート各星系は既に閣下の魔力によってほぼ支配下に収まりましたわね。」
新国防委員長のカトレーナがシャロンの公邸を訪問して報告している。
「第十六艦隊の再編成も終了しました。あいにくとティファニーは軍務で抜けられないとのことでしたわ。」
「構わないわ。あの子からは報告を定期的にもらっている。それだけで充分よ。それに――。」
「それに、なんですの?」
「あの子には既に新たな任務を与えてあるわ。その任務の性質上あまり私たちとは接触しない方がいい事になる。もっとも、あの子自身の心境もあまり明鏡止水とは言えない状態だけれど。」
そう言いながらシャロンは微笑を浮かべている。だが、聞く人間にとってはあまり芳しくない事態だ。
「ティファニーを監視致しますか?」
「その必要はないわ。必要があれば私が迅速に対処するだけの事。それよりも最終的な目標とそこに至るプロセスを再確認しましょうか。」
シャロンは指先を形よく組んだ。
「自由惑星同盟の全有人惑星を私の支配下に置き、自由惑星同盟全土を焦土としてイルーナたちを迎え撃つ。これは既定路線だと思ってくれていいわ、カトレーナ。この後東方星域もほどなくして私の支配下に落ちる。もっとも、今のプロパガンダを進めていけば遅かれ早かれそうなるでしょうけれど、私は万全を期したいの。そうなれば自由惑星同盟130億人が私のための『死兵』と化すわ。」
ククク、とかすかな笑いがシャロンの口から洩れたが、ふと、考える顔つきになった。
「いかがされましたか?」
「いえ、少し余興を思いついたのだけれど、まぁ、いいわ。」
シャロンは軽くカトレーナの問いかけをいなすと、もう一人の訪問者に向き直った。
「アンジェ、対フェザーンの一環として投じた布石はどうなったかしら?」
こちらは新情報委員長に就任したアンジェ・ランシールがカトレーナの隣で端末を開きながら答える。もっともアンジェは情報委員長でありながら影の公安を取り仕切っており、憂国騎士団に変わるシャロンに忠誠を誓う人間を集めた組織を作り上げていた。
「順調です閣下。既に同盟の対フェザーンへの不信感は日に日に募り、フェザーン系列の株は軒並み下落をたどっています。」
「私がフェザーンの資本を凍結したからかしら。情報操作と統制ではこちらが上手だということを向こうも思い知ったでしょう。フェザーンの高等弁務官も私の支配下に落としたことだし、存分にいたぶってもいいのだけれど。」
シャロンは紅茶のカップに口を付けた。ついでながらカトレーナもアンジェもシャロンが紅茶以外の飲み物、例えばコーヒーなどを飲むところを一度も見たことはない。その意味でシャロンはヤンと同類と言ってもよかった。コーヒー嫌いはヤン以上かもしれない。ブラッドレー元統合作戦本部長の室に入っても一度もコーヒーをのまなかったと言っていたのだから。
「せっかくだからフェザーンを道具にしてもいいかもしれないわね。帝国の侵攻を誘う呼び水となってもらおうかしら。」
「と、言いますと?」
「フェザーンを消滅させることよ。」
二人は顔を見合わせたが、これが初めてではない。以前からシャロンは必要があればフェザーンを跡形もなく吹き飛ばすと明言していたからだ。
「フェザーンが消滅すれば、帝国にしてもこちらを無視することはできなくなる。その上、侵攻口をこちらから作ってやるのだから、花の香りに誘われた蜂のように喜々としてやってくるでしょう。それに、20億の人口とその資本を宇宙に打ち上げる花火・・・さぞかし眺めがよいでしょうね。もっともその資本も遠からずいずれはガラクタ同然になるけれど。」
「その帝国ですが、以前閣下が仕込まれた種、いよいよ芽を出しそうかと。」
アンジェが述べた。
「ほう?あの事・・・。」
シャロンが目を細める。
「私自身も忘れかけていたわ。手駒は多い方がいいに越したことはないけれど、あまり火遊びを盛んにしてもらっても困るわね。私としても疲弊しきった敵を潰すよりもじっくり組みあがった建造物を壊す方が好きなのだから。」
その方がこちらとしてもやりがいがあるわ、とシャロンは微笑んだ。
「万が一に備え、その方面の手も打ってあります。」
「よろしいわ。引き続き帝国の監視をし、動向を調査してちょうだい。どうせイルーナたちの事だから、残るブラウンシュヴァイク、リヒテンラーデを潰し、帝国を統一してこちらに向かってくるでしょうから。」
そうでなくてはこちらも面白くはない、とシャロンは思う。そのためにこそ今同盟を掌握したのだから。
「閣下、対フェザーンの措置としてフェザーン商人が我が国に流入して来ること、これをどうなさいますか?」
「流入は避けられない事態よ。」
シャロンはカップを弄びながら答えた。フェザーンのよりどころとなる星間運輸、情報、通信、そして金融の各事業が自由惑星同盟の優位性によって崩壊しつつある今、これ以上フェザーンにとどまっていても利益がないという商人たちは早くも鞍替えを示している。
「それに、どうせ何らかの意図をもってこちらにやってきたとしてもすぐに『支配』してやるだけの事。わざわざ私の支配下に入ってくるのですから、それを拒む理由はないはずよ。」
「おっしゃる通りですわね。」
カトレーナが微笑んだ。
「それでもなおフェザーンにとどまってフェザーンに忠誠を誓う人間は跡形もなく消し去るだけの事。あるいは地球教に対しての忠誠かもしれないけれど、私にとってはどちらでも変わりはないわ。」
シャロンの戦略は既に決定している。帝国に対してはこちらから侵攻をかけるのはただ一つ、フェザーンを消滅させることそれだけだ。その上で帝国の怒涛の侵攻を誘い、縦深陣形をもってこれを奥深くに誘い込んで徹底的に殲滅する。シャロンの眼中には同盟市民の犠牲の要素は一分子もない。いくら同盟市民が犠牲になろうと知ったことではなかった。シャロンの目的は同盟の存続などでもラインハルトなどでもなくイルーナらかつての転生者なのだから。
 そう、だから人間特攻であろうともシャロンは躊躇いなく使用することを決めていたし、実際秘密裏にそれを研究させていたのである。
(なんなら自由惑星同盟、いえ、この銀河全域の崩壊と引き換えにしてでも、私はイルーナたちを殺す。殺しつくしてやるわ。)
ククク、とシャロンの唇から笑みがこぼれた。


* * * * *
「カロリーネ・エクレール中尉。」
執務室に呼ばれたカロリーネ皇女殿下はドキドキものだった。何しろ一介の中尉の処分にヤン・ウェンリー自らが執務室に呼んで処分を言い渡すのである。本来であれば尉官に関しては准将が処分を言い渡すのであるが、今回は特別だった。表向きはカロリーネ皇女殿下の上の上司であるシンクレア准将が言い渡すのだが、そのカレン・シンクレア准将の部屋に来てみると、司令官閣下自らがいたというわけだ。傍らにフレデリカ・グリーンヒル大尉、カレン・シンクレア准将、そして前任のウィトゲンシュティン予備役中将が立っている。
「一介の中尉にどうして司令官が同席しているか、そう言いたそうにしているね。」
ヤン・ウェンリー中将が心持表情を緩ませた。
「・・・はい。」
「その話は後にして、まずは処分を言い渡そうか。君も昨日からずっと眠れないようだったからね。」
カロリーネ皇女殿下の眼の下のクマを目ざとく見つけたヤンはおもむろにシンクレア准将に目を向けた。シンクレア准将は進み出てカロリーネ皇女殿下の前に立った。
「カロリーネ・エクレール中尉。」
「・・・はい。」
「貴官を少尉に降格し、三か月の減給処分とする。」
内心と息を吐いた。安堵と落胆の入り混じったものだった。安堵はもっと重い処分を覚悟していた事、落胆は自分が独りだけ引き離される事に対するものだった。
「謹んで、承りました。そして、この度は申し訳ありませんでした。」
カロリーネ皇女殿下は深々と頭を下げた。下げ続けた。前世のOL時代からこれほどまでに頭を下げ続けたことは初めてである。
「・・・顔を上げて。」
ヤンの声が聞こえた。
「ウェルクレネード准将は未だ顔に包帯をしていますよ。彼女の言い草は私も腹に据えかねるところがありますが、あなたもあなたです。軍人としてふさわしい心構え、態度を取ることを心掛けなさい。」
「・・・・はい。」
シンクレア准将の言葉にカロリーネ皇女殿下は素直に頭を下げた。曲がりなりにも自分は今は自由惑星同盟の軍人なのだ。前世の自分は自分、そして帝国皇女殿下の身分は過去の身分として割り切り、いつまでもそれにしがみついているわけにはいかない。
「シンクレア准将、それくらいにしてくれないか?でなければ頼みごとがしづらいから。」
(頼み事?)
カロリーネ皇女殿下の胸がドキリとなった。ヤンの言葉にシンクレア准将は一礼したが、その表情には少し複雑な色が混じっていた。ありていに言えば憐れみと不安が入り混じっている表情なのである。
「実は、君にはやってほしいことがある。いや、正確に言えばある人物の手助けをしてほしいと思っている。」
「私が、ですか?」
「そうよ。」
カロリーネ皇女殿下が声のする方を見た。

ウィトゲンシュティン予備役中将の視線とかちあった。

「実は今回私は同盟軍士官学校の校長になることになったの。予備役から現役復帰の辞令をもらうこととなったわ。でも秘書官に適当な人間がいなくてね、それであなたに手伝ってもらおうと思っていたの。」
いきなりの話にカロリーネ皇女殿下は面食らった。
「ですが・・・私は少尉ですし、秘書官にはせめて大尉でなければ――。」
「君の降格には条件があってね、ありていに言えば三か月の謹慎で何一つ事故がなければ元通りに中尉だ。そして、君は17歳だがこれまでの勤務態度はフロイスト少佐などよく聞いている。中尉でも十分勤まるはずさ。いや・・・・もう少し率直に言おうか。」
いいえ、私から言うわ、とウィトゲンシュティン予備役中将がヤンを制した。
「シャロン・イーリスの事はよく知っているでしょう?あの人は中将から退役し、あっという間に最高評議会議長となったわ。そして急速な勢いで勢力を伸ばしつつある。今彼女に反抗する勢力は評議会では一つも、誰一人いないの。皆熱に浮かされた様にシャロンの支持を唱え続けている。まるで、そう、教祖に対する熱狂ぶりのように・・・・。」
教祖・・・・と、カロリーネ皇女殿下はつぶやいた。
「これは異常事態だと思わない?あなたもうすうすは知っているでしょう?監禁中も何かと人が訪ねていたようだし。」
カロリーネ皇女殿下は顔を赤らめた。
「彼女の勢いはあのヨブ・トリューニヒトとは比較にすらならない。いや、自由惑星同盟建国史上最も勢いがある。下手をすればあのアーレ・ハイネセンを凌ぐかもしれない。」
「それは過大評価ではありませんか?」
と、誰かがいいそうだが誰も言わない。ここにいるのがごく少数の人間である以上異色の人間をヤンとウィトゲンシュティン予備役中将が同席させるはずもないのだ。
「このままではいずれシャロンがあらゆる機構を完全に掌握し、独裁体制を築くかもしれない。いや、すでにそうなりつつある。ルドルフの再来と言ってもいいかもしれない。」
ヤンの顔は非常に厳しかった。
「そこで――(あなたには表向きは私の業務の補佐役、裏では私と共に彼女の動向を探ってほしいの。)」
ウィトゲンシュティン中将が紙片を素早くカロリーネ皇女殿下に見せたのち、あっという間にそれを手近のライターで燃やしてしまった。十分に盗聴などに注意を払っている上に、結論を言わなかったのは万が一という事を考慮したのだろう。
「しかし、ですが、その・・・・。」
突然のことにカロリーネ皇女殿下の口からは接続詞だけが飛び出てくる始末だった。
「唐突すぎる提案で君には申し訳ないと思っている。だが・・・これはある意味で君にしかできないものだとも思っている。」
「どういうことですか?」
「便宜上シャロンの、つまりはあの人の事を盲目的に支持している人を『崇拝者』と称するけれど、その崇拝者が爆発的に増加していることは既に述べたわね。その動向を調査すると、奇妙な共通点があることがわかったの。」
「共通点?」
カロリーネ皇女殿下は思わず眉をひそめた。
「彼女と直接会話、あるいは彼女の言葉を直に聞いた人間が、崇拝者になっているという事よ。それは彼女との会話を聞いた直後とは限らないわ。現にずっと以前に彼女とあった人間が彼女が最高評議会議長に就任した直後から彼女を崇拝する言動を繰り返しているパターンもあるから。」
「そうなのですか。・・・・?」
カロリーネ皇女殿下はウィトゲンシュティン中将の言葉の矛盾点にすぐに気が付いた。
「そう。この私は崇拝者にはなっていないわ。そして、あなたもよエクレール少尉。」
カロリーネ皇女殿下は以前ウィトゲンシュティン中将と同行してシャロンと直に話をしたことがある。そのときは何でもない会話だったが、にもかかわらず自分も崇拝者にはなっていない。
そういえば、とカロリーネ皇女殿下は思う。ヤンもそうだ。ヤンも幾度となくシャロンと言葉を交わしているはずなのに、崇拝者になった気配がない。
「どういうことですか?」
「つまりは、偶然かあるいは作為的にかはわからないが、彼女のもたらす影響、便宜上、そう、このような非科学的な表現を使っても差し支えなければ『魔力』と言ってもいいかもしれないが、その魔力に耐性がある人間がいるらしいね。少なくともここにいる人間はそうだという事だ。」
「・・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は言葉を失っていた。この銀河英雄伝説の世界において、魔力だの教祖だの崇拝だの、非科学的、非現実的そのものではないか。
「そう、君の考えているとおり、彼女は非現実的な存在と言ってもいいかもしれないね。」
ヤンがカロリーネ皇女殿下の言葉を読み取ったようにうなずく。
「――――!!!」
その時カロリーネ皇女殿下の頭の中で何かがはじけた。
「どうしたの?」
ウィトゲンシュティン中将が鋭く尋ねる。カロリーネ皇女殿下の顔から血の気が引いていく。
(非現実的・・・魔力・・・・崇拝・・・まさか、あの人は・・・・・!!)


(転生者!?)



* * * * *
シャロンは夕日に輝く首都星ハイネセンの最高評議会ビルの屋上の議長オフィスの窓辺に佇んでいる。自由惑星同盟の軍服を脱ぎ捨て、ワインレッドのスーツを着こなしている彼女は軍人よりもこのスタイルの方を何年も続けていると錯覚させるほどの風格を漂わせていた。
 そのシャロンの手元には二枚の写真がある。
「カロリーネ・エクレール中尉・・・・いえ、カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム。」
綺麗な白い指が無造作にカロリーネ皇女殿下の顔を撫で上げる。そして――。
「アルフレート・フォン・バウムガルデン大尉。」
アルフレートの顔にもシャロンの指が這った。
「同盟政府の情報筋も存外無能ではなかったというわけね。この二人は原作にはいなかった人物なことは確か。であれば結論は一つしかないわ。」
シャロンの微笑が夕日に照らされた窓ガラスに反射する。
「フフ・・・・転生者、か。面白いわ。イルーナたち以外にも転生者が来ていたとは。でも、所詮は原作知識があるだけのただの人間。私たちとは根本的に違う存在だという事を否が応でも思い知ることになる・・・・。」
シャロンの指が二枚の写真を無造作にテーブルの上に滑らせた。
「すべては私の手の中にある。原作知識があるだけの転生者であることがどれほどのステータスになるかしら。希望という幻想に浸りながら踊り続けるといいわ・・・・。」
 
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