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俺の涼風 ぼくと涼風

作者:おかぴ1129
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8. はじめての演習(1)

 今日の作戦報告を行った後、私は執務室を後にするべく、提督に背を向け、勢い良くドアを押し開いた。

「あっ! ちょっ……!!」

 提督が思い出したように声を上げるが、時すでに遅し。私が乱暴に開いたドアは、ガタンと音を立て、蝶番がボロリと外れて、完全に壁から外れてしまった。外れたドアは自身の重みで、私が握っていたドアノブから外れ、バタンという音と共に床の上に落ちた。

「……あ」
「……っのアホ……」

 呆気にとられた私は、ポカンと口に開き、間の抜けた声を上げてしまった。提督は私の後ろの自身の席で、頭を抱えてそう毒づいた。

 ゆきおのおかげで出撃時の恐怖を克服できた私は、次第に遠征以外の出撃任務にも駆り出されるようになってきた。はじめのうちこそ近海に迷い込んだ深海棲艦の迎撃が主だったが、最近は侵攻作戦にも駆り出されるようになってきている。恐怖さえ克服してしまえば、私はこの鎮守府でも練度は高い。重要な任務に名を連ねるのも、特におかしいわけではなかった。

 同時に、摩耶姉ちゃんも出撃する機会が増えてきた。これまでは私に付き合って遠征任務ばかりをやっていたが、摩耶姉ちゃんは元々『対空番長』の異名を持つほど、対空戦が得意だ。そんな摩耶姉ちゃんが私への付き合いをやめて出撃任務にも出るようになれば、出番が増えるのは、必然と言える。

 一方で、榛名姉ちゃんは相変わらず、この鎮守府の主力メンバーとして活躍している。私と、摩耶姉ちゃんと、榛名姉ちゃん……この3人が、この新しい鎮守府で主力として奮闘していること……そして、その中の一人が私であることが、私にはうれしかった。

 そしてあの日、ゆきおに会いたい一心だった私によって無残にも破壊されてしまった執務室のドアは、思いの外損傷が激しかったらしい。ほんの少しでも乱暴に取り扱うと、今のように、簡単にボロリと外れてしまう体たらく。

「ったく……直るまで丁寧に開けろって言ったろうが……」

 頭の上にもじゃもじゃ線が見える提督が、自分の椅子から気だるそうに立ち上がり、コツコツと音を立てて私のそばまで歩いてきた。そのまま提督はしゃがんでドアを持ち上げて壁に立てかけ、ドアの蝶番をしげしげと見る。立ち上がった提督とドアを見比べるが、やっぱり提督って、ゆきおと違って背が高いんだなー……。

「ていとくー。直せるかー?」

 極めて他人事のように、私は提督に声をかけた。それが提督のしゃくにさわったのか何なのか……提督は私をキッと睨みつけ、右手を私に差し出した。

「ん?」
「ん!」

 立てかけられたドアの前の提督は、私に右手で何かを催促している。私はさっぱり意味がわからない。でもわからないなりに何かをやってみるべきだ。そう思った私は、差し出された提督の右手を取って、とりあえず握手してみることにした。特別サービスで、握手した手を上下にぶんぶんと振ってみた。

「……なにやってんだ」
「握手」
「なんで」
「提督、あたいと握手したいのかなーと思って」

 帽子を取った提督の髪の毛が、なんだかみるみる逆立ってきたような気がする……ひゅおっという、人の感情が動く音が聞こえた気がした。これはまずい。怒られる……そんな気がする。

 次の瞬間、提督の全身から私に向かって、強烈な轟音と向かい風が発生した。

「ドアノブ!!! 握手はいいからドアノブ返せよッ!!!」
「ひえっ!?」

 あまりに突然のことで、私は反射的に肩をすくめて身を縮こませた。そんな私の左手には、先ほどドアから取れたドアノブが握りしめられている。提督はそれを私から奪い去り、壊れてしまった接合面をしげしげと見つめる。

「あーあー……また接着しなきゃいけないじゃないか……」
「ふーん……提督も大変だなー」
「ドアの惨事は100パーセントお前が原因だけどな」

 提督は自分の腰のポケットから瞬間接着剤を取り出し、それの蓋を開けて、ドアノブの接合面におもむろに塗り始める。準備がいいことに私が関心しているその横で、提督はドアノブが外れたドアに、今しがた接着剤を塗ったドアノブの接合面をぺたりと貼り付け、そのままそれを支え始めた。

「それでいいのか?」
「中の金具さえガッチリ噛みあえばイケる」

 しばらく待った後、ドアノブは無事接着されたようだ。提督がガチャガチャとドアノブを回す。反対側のドアノブが連動して回り、ドアの留具も無事動いた。修理が完了したようだ。

「すげー! 提督すげー!!」
「その他人事みたいな感嘆符はやめてもらっていいか?」

 続いて提督は『ふんっ』と声を上げてドアを持ち上げると、ドアの蝶番を器用に合わせ始めた。重いドアを器用に動かし、蝶番をキチンと合わせるのはかなり大変なようで、提督は時々『んっく……』と苦しそうな声をあげながら、顔を真っ赤にして必死に蝶番を合わせている。

「ていとくー。手伝おっか?」
「いら……んッ!!」

 ムキになって一人でやり遂げようとする提督を、『やっぱりゆきおの父ちゃんなんだなぁ』とぼんやりと思いつつ、提督の修理の様子を眺める。しばらく挌闘の後、ドアの修理は無事に完了。最後の確認で、提督がドアノブを回し、ドアを開けて、閉じる。ドアは問題なく稼働した。

「……これでよし」
「すげー!! 提督!! ほんとにすげー!!!」
「だからその他人事みたいな称賛はやめろ」

 私の本気の称賛を、提督は死んだ魚のような眼差しで受け止めていた。その失礼さに私は若干イラッとしたが、元は私が悪いのだ。提督がそんな目をする気持ちも分かる。

「……ぁあそういえば」

 頭に豆電球が灯ったようにハッとした提督は、今度は妙に真面目な顔で私を見つめた。提督の真面目な顔は、よく見ると、ゆきおの眼差しにも似ている気がした。

「今日もお前、雪緒のとこ行くのか?」
「うん。最近は毎日行ってる」

 何かと思えばそんなことか。私は最近、ヒマを見つけてはゆきおの部屋に行っている。特にお菓子を持っていく日なんかは、ゆきおも大興奮で私を出迎えてくれる。私よりもお菓子のほうがうれしそうというのは、いささか腹立たしい事実だけど。

 その後、『雪緒をよろしくな』という、至極どうでもいいお願いをされた私は、季節外れの桜餅が二つ入った紙袋を持って、足早にゆきおの部屋に向かった。いつものようにゆきおの宿舎の三階に上がり、ゆきおの部屋をノックする。ドカンドカンという、駆逐艦の私に似合う、砲撃音のようなノックを響かせ、ゆきおの返事を待った。

『涼風?』
「うん! あたいだ! 涼風だ!!」
『空いてるよ。どうぞー』

 いつものように、ゆきおの優しい返事が聞こえた。私はうずうずする気持ちを胸に、ドアノブを勢い良く回して盛大にドアを……開けようとして、やめる。

――丁寧に開けろって言ったろうが……

 今しがた提督から言われた一言が、頭をかすめた。ここのドアを壊すわけには行かない……わたしは静かにドアノブを回し、そぉっとドアを開く。顔をやっと覗かせることが出来る程度にドアを開けたところで、私はそこから見えるゆきおに、こっそりこそこそと声をかけた。

 ベッドの上で上体を起こしているゆきおは今日もカーディガンを羽織っていて、不思議そうに私の方をジッと見る。頭の上にはてなマークが浮かんでいるし、思い切りシワが寄った眉間が、ゆきおが今の状況に疑問を抱いていることを私に伝えていた。

「?」
「よっ……ゆきおっ……」
「なんでそんなにコソコソしてるの?」
「提督にさ……ドアは静かに開けろって言われたんだ」
「なんで?」
「執務室のドア、壊しちゃったろ?」
「あ、なるほど」

 他に誰かがいるわけではないのだが……私は静かにドアを開き、ゆきおの部屋に入る。ゆきおの部屋にも、少しずつ物が増えてきた。たとえば……

「でっかい本棚だなー……」
「うん。今日届いた」

 ゆきおのベッドの隣には、高さが私の背丈以上はある、とても大きな本棚が置いてある。ちょっと気になって本棚の前に行くと、以前にゆきおの部屋で見たことがある本が、いくつか収納されている。それ以外にも、背表紙を見る限り、小難しいそうな、分厚くて大きい本で一杯だ。

「ゆきおって、頭いいよなー」
「そんなことないよ……」

 ゆきおがほっぺたを赤く染めて、私から顔をそらしている。褒められたのが恥ずかしいのかな? でも本当のことだ。こんなにむずかしい本を何冊も読んでるだなんて。

 あとは、ベッドと本棚の間に、緑色のボンベみたいなのが置かれていた。ボンベからは細くて透明なチューブが伸びていて、それが壁の中に繋がっている。

「ゆきおー。これは?」
「酸素ボンベ」
「へー……」

 ゆきおが言うには、人間に比べて、艦娘ってのは酸素をたくさん消費してるんだとか。ゆきおはまだ身体が人間なため、呼吸での酸素の摂取が間に合わないらしい。私たちは元々艦娘として生まれた存在だからまったく気にしたことがないんだが、とにかくそういうことだそうだ。

「初耳だなぁ」
「だから涼風は、ぼくよりも鼻息荒いんだよ」
「なんだとー!?」

 ゆきおの失礼な言葉にカチンときた私は、ゆきおの頭を掴んで、そのキレイなおかっぱの茶髪をくちゃくちゃと乱して差し上げる。『あっ! こら涼風っ!!』とゆきおも抵抗はするが、不思議と笑顔で、私のくちゃくちゃを嫌がってないようだった。

 ひとしきりゆきおの頭をくちゃくちゃにしたところで、ゆきおの鼻がひくひくと動く。いつもは穏やかで優しい表情のゆきおなのだが、この時だけは別だ。いつも鼻の穴をひくひくと動かし、私が持ってきたお菓子の匂いに敏感に反応する。

「ん……涼風……今日は何持ってきてくれたの?」
「当ててみなー。ハズレだったらゆきおの分はあたいが食っちまうぜ!」

 さっき失礼なことを言われた礼とばかりに、私はゆきおに理不尽なクイズを出題する。途端に真剣な表情になり、鼻の穴をひくひくさせて空気を吸い込み、紙袋から漂う香りから、中が何かを分析するゆきお。

「んー……この匂い……すん……すん……」

 正直に言うが、この時ほど、間抜けでおかしなゆきおの顔は、見たことがなかった。

 見ているこちらにものすごい真剣さは伝わってくるが、どう見ても間抜けな絵面のゆきおは、急にカッと目を見開き、私を右手で指差した後……

「桜餅!!! しかも関西風だッ!!!」

 と一発で言い当ててしまった。桜餅は正解だけど、関西風?

「桜餅って関東と関西でちょっと違うんだよねー」
「ふーん……」

 私にとっては世界一どうでもいい知識を、ドヤ顔で披露するゆきお。その得意げな顔がなんだか鼻につく。ちょっと困らせてやろうかとも思ったが……

「だからすずかぜっ! 早く! 早く桜餅を!!!」

 こんなふうによだれを垂らしながら、鼻息荒くフンハーフンハー言ってるゆきおが不憫になってきた。私は紙袋を開き、中を覗く。言われてみると、中身のものは私がよく知ってる桜餅とは違う。なんだかピンク色のご飯みたいな塊が桜の葉っぱで包まれてるような。

「……あたいが知ってる桜餅とは違う」
「涼風はずっとここにいたんだから、関東風のクレープみたいなやつが馴染みがあるんじゃない? それより早くちょうだいよっ」

 紙袋の中に手を入れ、中の桜餅を一つ、ゆきおに手渡した。それを受け取ったゆきおは、私が手を放すやいなや、その桜餅を、葉っぱを取らずにそのまま口に運び、いつかのようにつきたてのお餅みたいな緩みきった顔になった。

「んー……桜餅……おいしい……」

 私はこのタイプの桜餅は初めてだが、ゆきおがゆるみ切るのならきっと美味しいはずだ。私もゆきおにならい、もうひとつの桜餅を、葉っぱを取らずに口に運んだ。

「んー……」
「んー……ん!?」
「ん?」

 予想以上の美味しさに、私は声を上げてしまった。この桜餅も、ご飯のような生地と、それに包まれたあんこの組み合わせが絶品だ。

「んー……ゆきおー……」
「んー?」
「あたい、桜餅が葉っぱでくるまれてる理由、よく分かったよ。んー……」
「んー」

 そして、葉っぱのほんのりとしたしょっぱさが、桜餅の甘さを引き立てる。シナモンのような独特の香りが鼻をこしょこしょとくすぐって、とても気持ちがいい。

 私がよく知る桜餅もとても美味しいが、この桜餅も気に入った。ゆきおと一緒に食べてるからなのかも知れないなと、少し思った。

「甘いモノって美味しいなー……」
「ねー……」

 飲み込んでしまった後も、口の中にほんのり残る桜餅の香りが心地いい。

「んー……美味しかった……」
「なー……美味しかったなー……」

 こうして私たちは、しばらくの間桜餅の余韻に浸った。

 ひとしきり桜餅の残り香を堪能したあとは、いつものようにゆきおは読書に戻る。私も時々ゆきおの本を隣で覗いたりするのだが、やっぱり読んでいても意味がわからない。ゆきおは本当に頭がいいなぁと、いつも関心する。

 今日のゆきおは、『艤装全集』というタイトルの、これまた分厚い本を眺めていた。どうやら艦娘の艤装の百科事典のようなもので、神風型の小さなものから、大和型の巨大なものまで、艤装のすべてが網羅されたもののようだ。

「こんな本もあるんだなぁ」
「父さんがくれたんだ。一般には販売されてないんだって」
「ふーん……」

 ゆきおがぺらぺらとページをめくる。この本は文章よりも資料写真とイラストや図面が主なようで、私も見ていてとてもおもしろい。ベッドの上で上体を起こし、カーディガンを羽織ったゆきおの隣に腰掛け、私はゆきおと一緒にその本を眺めた。おかげで私とゆきおは距離が近く、時々お互いの肩が触れる。

「へへ……」
「んー?」
「なんでもねーよっ」

 ゆきおと同じ本を、同じペースで一緒に眺めているということが、私には少しうれしかった。それに、私の肩に時々ふれる、カーディガン越しのゆきおの感触は、とても気持ちいい。そのことがまた、私の気持ちを弾ませた。

 『大和型の艤装っておっきいねー……』とか『川内型の艤装の中にどうしてマイクが?』とか、色々と話をはさみながら、ゆきおと一緒に艤装全集の本を眺めていく。

「おっ。あたいらだ」
「白露型だね」

 ゆきおがページをめくるスピードが下がった。今開いているページは白露型。特に白露や夕立、村雨の艤装のページを見て、ゆきおが目をぱちくりさせている。

「ん? どしたー?」
「いや、同じ白露型なのに、涼風のとは全然違うなーと思って」
「白露たちとあたいの艤装はちょっと違うんだ。でも、五月雨とは同じ艤装だぜ?」
「ふーん……」

 ゆきおが再びページをぺらぺらとめくっていく。五月雨と私の艤装のページで指が止まった。私が持つ単装砲や魚雷発射管、足に取り付ける主機などの図面とイラストが、ページ一杯に記載されている。

「……うんっ」
「うん?」

 一緒にページを眺めるゆきおが、少しだけほっぺたを赤くして、力強く、うんと頷いていた。

「どした?」
「ん?」

 この本を一緒に眺め始めてから、ゆきおはそんなリアクションを取ったことはない。他のページを眺めてる時は、ずっと静かに、黙々と文章を読んでいるだけだった。

 それなのに、私と五月雨の艤装を見た途端、ゆきおはほっぺたを赤くし、目をキラキラと輝かせ、力強く頷いていた。これは一体、どうしてだろう。その目に力を宿した理由は何なのか気になった。

「えっとね……」

 私の問いかけを受けたゆきおは、私の方を見て、ほっぺたをさらに赤く染めた。その真っ赤なほっぺたを右手の人差し指でポリポリとかき、顔は私の方に向けて……でも、目は私からそらして、恥ずかしそうに、ぽそぽそと理由を教えてくれる。

「いや、キレイだなーって」
「キレイ?」
「うん。他のみんなの艤装もかっこよかったり、強そうだったり、色々だけど……」

 なぜだろう。胸がドキドキする……

「涼風の艤装って、スッキリしてて、キレイだなーって思って」
「……」
「僕の艦種は何になるかわからないけど、出来れば涼風と同じ、改白露型がいいなーって思ってるんだ」

 そう言ってゆきおは、やっぱり恥ずかしそうに私から視線をそらしながら、今度は鼻の頭をポリポリとかいていた。

 私は私で、ゆきおが『涼風と同じがいい』と言ったその瞬間、胸がドキンと高鳴ったことを感じた。

「え、えと……」
「もしそうなったら、よろしくね」

 ……妙だ。なんだか恥ずかしくなってきた。せっかくゆきおが私と同じ『改白露型がいい』って言ってくれてるのに……私だって、ゆきおが改白露型だったらすごくうれしいのに……

「あ、あのさゆきお!」
「うん?」

 私は、慌ててゆきおの隣を離れて立ち上がった。なんだか顔が熱い。カッカカッカと熱を帯びているのが分かる。

「な、なんだったら、あたいの艤装、つけてみるか!?」
「へ!?」

 今のこの状況をゆきおに知られたくなくて、私はつい思ってもないことを口走ってしまったのだが……これが今度は、ゆきおの心に火をつけてしまったようだ。私の言葉を聞いたその瞬間から、ゆきおの顔がみるみる光り輝いて、しまいには東京タワーの夜景のような、キラキラと眩しい満面の笑顔になった。

「ほんとに!?」
「ホ、ほんとほんと! どうだゆきお!?」

 本当の事を言うとそんなつもりはまったくなかったんだけど……

「つけるッ」

 甘いモノを前にした時以上のわくわくを全身からにじませ、カーディガンが吹き飛んでいきそうなほどの気合が入った返事をしてくるゆきおに対して、『ごめんウソだよ』とは、どうしても言えなかった……。
 
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