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トシサダ戦国浪漫奇譚

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第一章 天下統一編
  第二十四話 幼き名将

 俺は言葉を失った。

「この美濃守は相模守様に謹んで降伏させていただきます」

 俺の前に現れた北条氏規は地べたに座り平伏した。彼は髷を切り死装束を身にまとい刃物は一切身につけていない。
 俺に降伏するか。
 俺は口元に引き締めた。北条氏規の降伏の言葉の重みを感じた。彼は秀吉に屈したわけでもなく、韮山に在陣する豊臣軍に屈したわけでもない。彼は俺に屈し、俺だから降伏したといいたいのだろう。
 一角の武将にここまで言わせたのだ。俺は北条氏規の想いに応えよう。
 しかし、ここまでするとはな。
 北条氏規は俺に完敗したと言っているようなものだ。
 北条氏規の佇まいに床几に腰掛ける主立った家臣達も沈黙していた。

「相模守様、美濃守様は書状の件は全て飲むと仰っております」

 俺が沈黙していると、北条氏規の右斜め前で片膝を着き俺に頭を垂れていた江川英吉が口を開いた。
 俺は頷いた。北条氏規の行動を見れば態々確認するまでもない。

「美濃守殿、お顔をお上げください」

 北条氏規は顔を上げた。その表情は疲労を感じさせていた。昨夜、彼は一睡もできなかったのだろう。眠れるわけがない。俺が矢次早に策を実行したことで城内は右往左往していたに違いない。

「英断を下されたこと感謝いたします」

 俺は北条氏規に軽く頭を下げた。彼の決断のお陰で陰惨な光景を見ることにならずによかった。俺は歴史として知らないが惨たらしい戦場になったに違いない。

「いいえ。相模守様には感謝しています。江川英吉から貴方様の人柄を聞いたことで決断することが出来ました」

 北条氏規は江川英吉に視線を向けると俺に視線を戻した。江川英吉は俺のことをどう評していたかが気になる。だが、さっさと話を進めよう。

「美濃守殿、豊臣軍が城へ侵入し乱取りすることは私の軍で阻んでみせます」
「相模守様一人でできるのですか?」
「そう難しいことではありません。私の配下には元根来の鉄砲衆がおります。その者達に大手門を守らせます。美濃守殿がやったことを真似ればよいだけです」

 俺は口元に笑みを浮かべ北条氏規に言った。北条氏規は納得したように表情を緩めた。

「私は関白殿下に、韮山城への乱取りを禁ずる許しを得るため、昨夜のうちに書状を出しています。日が上がる頃には関白殿下の書状が届くはずです」

 秀吉は必ず許可を出すはずだ。何故なら、俺の書状を読めば北条氏規を俺が単独で降すことは目前であると気づくはずだからだ。寡兵で五倍の兵が籠もる城、北条家の象徴たる城、を俺が単独で落とすのだ。これ程の軍功を上げた人物のやることに文句を言う者はいないはず。だから、秀吉は迷うこと無く許しを出す。
 北条氏規は目を見開き俺を見た。彼は俺の根回しに早さに驚いている様子だった。

「私が降伏すると見込んでいたということですか?」
「いいえ。どんな状況にでも対処できるように根回しを行っていただけです」
「私が降伏しなければどうされたのですか?」
「美濃守殿、それを聞く必要はないでしょう。あなたは私に降伏されたのですから。私は最善を尽くしただけ。全てはあなたが選択したことだ」

 俺は真剣な表情で北条氏規を見据えた。俺の様子の変化を見て彼は悟ったようだ。もし、北条氏規が降伏しなければ、俺は韮山に在陣する豊臣軍を巻き込み総攻めを行い城内を蹂躙していた。苛烈な決断に迷いがないと言えば嘘になる。だが、降伏しない者の末路を敵に示すことは無用な犠牲を減らすことに繋がる。感傷で敵を殺すことを躊躇い。更に多くの敵の命を奪う位なら、畜生と言われようと俺の手を血で染め抜く必要がある。

「『男子三日会わざれば刮目して見よ』と言いますが、よい表情をされるようになりましたな」

 北条氏規は俺を凝視しながら感慨深そうに呟いた。

「誉めても何もでませんよ」

 俺が笑顔で北条氏規に言った。北条氏規も笑顔を返した。

「世辞を申したつもりはありません」
「美濃守殿、約束は守らせていただきます。美濃守殿のお力をお借りすることもあると思います。その時はよろしくお願いいたします」

 俺は床几より立つと北条氏規の前に座り、彼の手を取った。

「微力ではございますが、お役立てください」

 北条氏規は強く頷いた。俺と北条氏規で北条家の家名を守ることを誓った。歴史でも北条家は一旦滅びるが後に小大名ながら復活する。何もしなくても北条家は残る。でも、北条氏規はそれを知らない。
 だが、一度約束したことだ。歴史より良い形で北条家を残せるように頑張るつもりだ。





 北条氏規の降伏を受け入れ、俺は柳生宗章を伴い大手門に移動した。大手門には小出の家紋入りの旗がたなびいていた。大手門の外に出ると韮山城の異常に気づいた豊臣軍の武将達が軍を引き連れ集まっていた。
 俺の許しなく勝手に城攻めには参加できないから、取りあえず集まったということだろう。でも、彼らの出番はない。
 俺が豊臣軍を見回していると、軍勢の中から見知った人物が表れこちらに近づいてきた。福島正則と蜂須賀家政だ。二人とも愉快そうな様子だった。

「相模守、やったようだな!」

 福島正則は俺の背中を右手で叩いてきた。その威力に俺は思わず咳き込んでしまった。もう少し手加減してくれ。

「悪い。悪い。それで守備はどうなのだ?」
「北条氏規は降伏しました」

 俺の言葉に福島正則と蜂須賀家政の表情が固まった。

「昨夜の内に大手門を突破し江川砦を落としました。その後、朝駆けで天ヶ岳砦を落とし、北条氏規はこれ以上の抗戦は無理と考え私に降伏してきました」
「なんだと!? 本当に城は落ちているのか?」

 福島正則と蜂須賀家政は狼狽しながら俺に聞いてきた。城攻めの協力を頼んでおいて出番を失えば落胆するよな。でも、城が落ちたから仕方ない。

「城は落ちました。それと城内への乱取りは止めてください。日が昇る頃には関白殿下から乱取り禁止の命令が届くことになっています。どうしてもというなら、大手門を接収している私の軍が相手させていただきます。弾薬と鉄砲は十分にありますから、日が昇る頃まで相手することはできます」

 俺の頭に衝撃が走った。俺は頭を両手で押さえうずくまった。

「お前一人で城を落とすとは何事だ!」

 いつも良心的な蜂須賀家政が怒鳴った。俺の頭を殴ったのは蜂須賀家政のようだ。いきなり殴ることないだろ。
 俺は涙目で顔を上げると、蜂須賀家政が俺のことを睨んでいた。福島正則は蜂須賀家政を「まあまあ。落ち着け」となだめている。いつもと逆の配役に俺は違和感を覚えてしまった。

「思いの外に楽に砦を落とせたので勢いで攻めてしまいました」

 俺は苦笑いを浮かべ蜂須賀家政に返事した。

「それは俺達への皮肉か?」
「いいえ。そういう訳じゃないです」

 俺に食ってかかる蜂須賀家政をなだめる。蜂須賀家政はどうしても城攻めに参加したかったようだ。

「蜂須賀、落ち着け。相模守は関白殿下との約束を守ったのだ。これでよしとしよう。相模守、今回の貸しは俺達へ酒を奢ることでちゃらにしてやる」

 福島正則は蜂須賀家政をなだめながら笑顔で言った。彼は城攻めに固執した訳じゃなく、俺のことを心配して助勢を名乗り出たのだろう。福島正則は良い人だなと思う。この人が養子を餓死させて実子を後継者に据えるなんて想像もつかない。

「そんなんでいいんですか?」
「旨い酒を頼むぞ!」

 福島正則は豪快に大笑いしながら言った。その陽気な様子に蜂須賀家政も気分が削がれたのか怒りが収まっている様子だった。

「まあなんだ。私も酒でいいぞ。上物で頼む」

 蜂須賀家政も口元に手を当てながら酒を要求してきた。
 そんなに酒が好きなのか?

「城も落ちたし、俺達も急ぎ小田原に向かうことになるはずだ。小田原に着いたら三人で飲み明かそうではないか!」

 福島正則は愉快そうに笑うと俺を抱き起こし自分の背中に乗せ、蜂須賀家政の肩を抱きしめながら威勢良く言った。
 俺は嫌な予感がした。福島正則は凄い飲兵衛だったように記憶している。記憶が飛ぶほど飲まされる予感がする。

「小田原に着いたら悠長に酒を飲む暇は無いのではありませんか?」

 俺が婉曲に酒を一緒に飲むことを断ろうとすると、福島正則は蜂須賀家政の肩から手を離し、頬を指でかいていた。

「その心配はないと思うぞ。北条の本城、小田原城、で激戦になると思いきや、小競り合いくらいしか起こって無いらしい。朝から宴会を開いているとも聞いている」

 福島正則の話を聞き終わると、その話に合点がいった。そう言えば北条征伐を行う豊臣軍は敵の反撃があまり無かったため昼間から宴会する場合もあったと記録されている。
 これは飲み確定だな。俺は気落ちしながら空に視線をやった。空を一羽の鳶が旋回しながら飛んでいた。なんて呑気なんだろうな。ちょっと前まで敵と殺し合いをしていたことが嘘のようだ。




 日が昇りきった頃、秀吉は俺の読み通り乱取り禁止の命令書を俺に送ってきた。それに加え韮山城の仕置きは全て俺に一任すると書かれていた。この命令書のお陰で韮山に在陣する武将達を抑えることができた。その後、俺は韮山城で戦後処理を終え、一路小田原に向かった。
 俺が小田原に到着するなり秀吉は呼び出した。今、俺は秀吉の本陣に到着し廊下を歩いている。俺のお共は警護役の柳生宗章だ。
 着替える時間が欲しかった。俺は具足の臭いを嗅ぐ。凄く汗臭い。服を着替えたい。

「人使いが荒いよな。眠り暇もない」

 秀吉の人使いの荒さを愚痴ってしまう。

「虫の居所が悪そうだな」

 俺は突然声をかけられ身体を硬直させた。
 聞かれてしまったか?
 秀吉への悪口を聞かれてしまったか?
 心臓の鼓動が速くなる。俺は怖ず怖ずと背後を振り向いた。
 背後にいる人物の顔を見て俺は絶句してしまった。蒲生氏郷だ。

「大手柄だったそうではないか。真逆、私達が去った二日後に城を落とすとはな。末恐ろしい小僧だな」

 蒲生氏郷は呆れ気味に俺に言った。彼は俺に近づいてくると俺の背中を軽く叩いた。

「さっさと行くぞ。関白殿下がお待ちだ」

 蒲生氏郷は穏やかな表情だった。彼の友好的な態度に違和感を覚える。ここまで変わるものなのだろうか。俺と彼の接点はここ一週間位だ。これは俺が未来の親類になることを見据えてのことだろうか。

「蒲生様、韮山で私の陣所を訪ねられた本当の理由は何でしょうか?」

 ここは直球で聞く方がいいだろう。もし、縁談話なら駄目元で破談させたい。

「私が言わずとも関白殿下がお前に伝える。関白殿下に直接聞いてくれ」

 蒲生氏郷は俺の問いかけに振り向かず淡々と答えた。俺は絶句した。もう引き返せないところまで話が進んでいる。俺の縁談相手は三ノ丸と思っていたが違うのか。秀吉は三ノ丸を側室にした。だから、女好きの秀吉なら三ノ丸を自分の側室にすると思っていた。俺の縁談相手は三ノ丸とは別の女性なのか。
 分からない。
 頭の中がぐじゃぐじゃだ。

「そう心配しなくてもいい。私の義妹は妻に似て美人だぞ。お前もきっと気に入るはずだ。もう年頃だったが信長公の娘ということで中々嫁ぎ先を見つけられなくてな」

 蒲生氏郷は笑いながら言った。俺の縁談相手は三ノ丸で確定だ。
 有り得ない。歴史が狂いはじめている。
 俺も腹を括るしかない。どれほど歴史がずれるか注意しておく必要がある。
 三ノ丸はどんな感じの女性なのだろう。彼女についての記録が少ない。二十代後半で死んだことは分かっている。早死にしたのは肩身の狭い生活をしていたからじゃないかと思ってしまう。実家は滅んでしまったからな。そう考えると同情してしまう。

「関白殿下は反対されなかったのですか?」
「反対? 関白殿下は大喜びだったぞ」

 蒲生氏郷はあっけらかんと俺に答えた。俺は秀吉の反応を聞き絶句した。俺の秀吉の印象が変わってしまった。秀吉は無類の女好きの印象しか無かった。だから、手当たり次第に美人の女性を側室していると思っていた。

「相模守、不満そうだな」
「関白殿下は女好きと思っていたので」

 蒲生氏郷は急に腹を抱えて大笑いしだした。

「関白殿下も男だ。女子(おなご)は人並みに好きであろう。だが、節操ないわけじゃない。秀次様は節操がないがな」

 蒲生氏郷は苦笑しながら言った。秀次が女好きなことを想像つく。秀次事件で処刑された側室は三十人。幾ら関白とはいえ、二十八歳で三十人の側室は多すぎると思う。彼は無類の女好きとしか思えない。

「そうなのですか」
「私が言ったことは内密にな。特に秀次様のことはな」

 俺は頷いた。俺と蒲生氏郷は会話を終え、秀吉の待つ座敷に向かった。




「俊定、よう戻った!」

 俺が座敷に足を踏み入れると秀吉が俺を呼んだ。秀吉は上座で上機嫌に俺を見ていた。早く入ってこいと手招きしている。俺はいそいそと秀吉の前まで進み出た。
 俺の周囲には床几に腰掛けた武将達がいた。彼らの中には徳川家康もいた。彼は俺に対して無表情だった。
 徳川家康は怒っている?
 不味いな。
 韮山に近づく徳川の間者を尽く排除したのが俺だと気づいているのかもしれない。徳川家康の表情が読めない。
 俺が徳川家康を見ていると強い視線を感じた。視線の先を追うと見知った二人が俺を睨んでいた。織田信雄と豊臣秀次だ。
 最悪だ。
 こいつら何で俺を睨んでいるんだ。目に殺気が籠もっている。俺はどん引きしながら視線を秀吉に戻した。

「韮山城をたった五百の兵のみで四日で落としたそうではないか。大したものだ」

 武将達も驚いた表情で俺を見ている。視線が俺に集中している。凄く居心地が悪い。

「関白殿下、四日と言いましても相模守は二日は家臣達と酒盛りをし遊興に耽っておりました。二日で城を落としたというのが正確なところでしょう」

 蒲生氏郷が余計なことを秀吉に言った。秀吉は意味深な笑みを浮かべた。嫌な笑顔。この二人は明らかに示し合わせている。

「秀次、俊定は剛毅よな。城攻めの前に宴会とはな」

 秀吉は笑いながら秀次に話を振った。俺を睨む秀次は突然秀吉に話を振られ慌てていた。秀吉は秀次を冷たい目で凝視している。

「いや。凄いです。本当に凄いです」

 秀次は不自然な口調で俺を誉めた。気が動転しているんだろう。秀吉は秀次の賛辞の言葉に納得したのか視線を織田信雄に向ける。

「内大臣、儂の甥は歳が十二とはとても思えない。そう思わないか?」

 秀吉は冷酷な目で織田信雄を見ていた。織田信雄は表情を固めた。

「まことに凄い。約束通り三日で大手門と砦一つを落とすとは凄い」

 織田信雄は感情を必死に抑えつけているのか棒読みで俺を誉めた。
 秀次と織田信雄の態度が不自然すぎる。

「お前は韮山城を落とした。韮山城は北条家の象徴といえる城だ。それを寡兵で攻め落とし城主を降伏させた。俊定、お前に褒美を与えたいと思う」

 秀吉は俺に話し終えると立ち上がった。

「皆々、ここで儂は宣言する」
「関白殿下、お待ちください!」

 秀次が慌てて秀吉を制止しようとした。

「控えよ! 秀次、これは豊臣家当主である儂の決定だ。お前が異論を挟むことは許さん」

 秀吉は凄味の籠もった厳しい表情で秀次を黙らせた。どういうことなんだ。秀次が凄く動揺している。俺が蒲生氏郷と縁続きになることが、そんなに困ることなのか。背筋に寒気を感じた。秀吉は何を考えている。俺に関係して秀次が困ることはなんだ。
 分からない。
 何なんだ?

「小出吉政と小出俊定の養子関係を解消する。木下俊定は儂の弟・秀長の養子とする。秀長の後継者は今まで通り秀保で変わりない。正式な儀礼は京に戻ってから執り行う」

 俺は秀吉の衝撃の宣言に言葉を失い呆然としていた。
 やばすぎる。秀長の養子だと。お先真っ暗だ。頭の中が真っ白になる。

「俊定、韮山城攻めの功績により儂の『秀』の一字を与える。今から『秀定』と名乗るのだ」
「関白殿下、御礼を申し上げます」

 俺は動揺していたが必死で理性を保ち秀吉に礼を言った。俺はどうすればいい。もし、関ヶ原の戦いが起これば、俺が東軍につくことを徳川家康は許さないだろう。俺は徳川家康が潰すべき豊臣一門となりえる。それどころか秀次事件で粛正される可能性も十分にあり得る。

「秀定、お前に官位を与える。秀長の子が諸大夫では格好がつかん」

 秀吉は顎髭をいじりながら思案していた。

「従四位下、侍従、左近衛権少将」
「お待ちください。相模守は秀保の弟になる身、兄より高い官位を与えては示しがつきません」
「命を張り手柄を上げた秀定と、京で遊興にふける秀保を同列に扱えというのか?」

 秀次を見る秀吉の目は冷たかった。秀次は何も言えずに沈黙し秀吉から視線を逸らした。秀次の言い分は最もであるが、その価値観は儒学に根ざしている。秀次の考えに沿った方が波風を立てずに済むことは確かだ。俺も無用な恨みを買いたくない。秀次に恩を売ってやることにする。

「関白殿下、中納言様の仰ることも一理ございます。『侍従』の官職を褒美にいただけませんでしょうか?」

 秀保が秀長の後継者になっていないなら、彼の官職は「侍従」だ。秀吉と秀次の両方の顔を立てる意味で「侍従」の官職を受けることにする。これで俺も公家の仲間入りということだ。

「謙虚なやつだ。良かろう。侍従に任じる」

 秀吉は俺の意見に感心した様子だった。

「秀定、何か欲しいものはあるか? 言ってみるがいい」

 欲しいものか。今後のことを考えれば人材だろう。
 そう言えば。

「一つございます」
「申してみよ」
「藤堂宮内少輔を私の家臣にいただけませんでしょうか?」

 俺は藤堂高吉の名前を出した。藤堂高吉は豊臣秀長が養子にするほど惚れ込んだ人材だ。そして、その武勇は折り紙つきだ。今、彼は藤堂高虎の養子になっているはずだ。大和大納言家の養子になった俺が藤堂高吉を家臣として迎えることは可能だと思う。

「藤堂宮内少輔だと?」

 秀吉は俺の言葉を訝しんだ。

「藤堂佐渡守の養子でございます」

 秀吉は顎髭をいじり思案していた。

「いいだろう。佐渡守には儂が話をつけてやる」
「関白殿下、ありがとうございます」
「人材一人で満足なのか? 遠慮せずともいいのだぞ」
「有能な人材は万石の領地を得るに勝ります」
「いいよるわ」

 秀吉は愉快そうに俺を見た。彼は俺を見ながら思い出したように扇子で膝を叩いた。

「もう一つ目出度い話がある。秀定、お前の許嫁が決まった。相手は信長公の六女・咲姫(さきひめ)だ。蒲生侍従が咲姫を養女として、お前の正室として嫁がせたいと言っている。これ程の良縁はあるまい」

 秀吉は俺を凝視する。彼は縁談話を受けろと言っているんだろう。

「謹んでお受けします」

 ここで拒否しても無意味だ。秀吉は公言している以上、俺に拒否権はない。それに俺は正真正銘の豊臣一門に組み居られてしまった。豊臣家当主・秀吉の命令には従うしかない。 
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