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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第99話 トーマとユーリ




 時間軸はユーリがハンティを庇う暫く前、トーマと合流を果たした場面へと巻き戻る。




 トーマはヘルマン軍を護る為に再戦を仕掛けてきたのではない。

 今その力は、残された力を使う為にだ。……勿論リーザスの解放の為ではない。剣を捧げたパットンを救う為に振るうと言っていた。



 そう、即ちリーザスとヘルマンの戦争は形を変えたのだ。人類同士ではなく、人類と魔人の戦争へと。



『……虫が良すぎるとは思っておる。リーザス側からすればな』
『今は その事に関して問答するつもりはない。此処には魔人が少なくとも2人はいる。……何かを狙うとすれば、聖武具の到着のタイミングだ。……トーマ。アンタがいてくれるのは心強い。敵の敵は味方、とでも思う事にするよ』

 リーザス側からすれば、魔人と手を組み襲ってきたのはヘルマンだ。魔人の脅威を判っていたのにも関わらず。どの様な策があったとしても、魔人を御する事など出来ないと言う事が判っていたのにも関わらず、トーマはパットンを止める事はしなかった。
 その責を、その背に背負ったのだ。
 その覚悟と想いはユーリにもよく判った。そして時間が無い事もよく判る。今攻め入ってる仲間たちを説得するのにも間違いなく時間がかかる。 
 敵として戦っていた相手が、それもヘルマン軍の象徴とも呼べるトーマが、理由は兎も角 殆どこちら側に着くのだから。

 そして、もう1つは町の状況だった。

『トーマ様! 魔物たちが暴走を起こしております!! このままでは 戦えぬ市民にも被害が!』
『……デストラーが敗れた為だな』

 魔物使いが死に、操っていた魔物たち全てが暴走を始めたのだ。
 持ちうる戦力の全てを籠城の為にリーザスに集結させていた魔物の数はこれまで以上。後先を考えなくなったパットンの指示を叶える為にデストラーが放った魔物。市民の事などを考える余裕なども当然なかった。

 デカントの群、コンタートルの群、オッズの群。犇めく圧倒的な数。
 街中に攻め入った解放軍は ヘルマン軍と言うよりは 魔物の群と戦っているも同然だった。
 
『ヘルマン第三軍に次ぐ! 標的魔物のみ! 散開し、解放の志士たちと共闘せよ!』

 解放軍達に説明をする暇などはない。
 まだ暴れているのは外とは言え、少しでも迷えば市民が犠牲になるかもしれない。1分1秒を争う事態なのだから。

『リック! 清!』

 ユーリも戦う2人に声を掛けた。
 
『了解しました』
『説明は不要だぞ。あいつらは最早敵ではない。……標的はこの魔物の群、と言う事だろう?』
『流石だな。……頼むぞ。オレは向こうだ』

 ユーリは、リーザス城の方を見た。
 その意図に直ぐに気付くリックは一歩前に出る。

『ユーリ殿、お1人では危険すぎます! 今のあそこは本拠地も同然……。あの魔人が集っている可能性が』
『ユーリ。……また、1人で戦うなどと言うのではないだろうな?』

 動機は其々少しばかり違う様だが、つまりは2人も行く、と言う事だった。

『いや 1人ではない』
 
 ユーリはトーマを見た。その雄大な後ろ姿を 2人も同時に見た。

『それに あそこにいる者の中にはオレの顔馴染みもいる。そいつなら、説得できる可能性も高い。トーマと行けば説得力も増す。だから、全部終えたら一度戻ってくるよ。……多分、魔人もついてくる可能性が高いだろうな。その時は頼む』
『……志津香がまた怒るぞ。ユーリ、お前にな』
『それは重々覚悟の上さ。だが 適材適所だと判ってもらうほかない。魔人を外へ誘導するとなれば、後衛である魔法使いでは遥かに危険だ。……そんな役、やらせる訳ないだろ』

 仲間達と戦っているであろう志津香の姿を思い浮かべた。

 まず間違いなく、自分自身が先に城に突入する事に異議を唱えるだろう。なぜ1人で行くのか、と怒るだろう。だが、この部隊の中で最も高レベルであるのはユーリだ。そして アタッカーであり、持つ技能を併用させれば不得手は無いとも言える。え耐久性や機動性もバランスよく高い。
 何よりも 説得する相手。……ハンティを説得する為には ユーリ1人の方が動きやすいのだ。


 そして、ユーリが言う様に トーマ自身の存在もそうだ。現に戦っていたヘルマンの兵士達は トーマの姿とその言葉で全てが戦う事を止めたのだから。

 リック自身も清十郎の様に共に馳せ参じたい気持ちは強い。だが、護るべき民が今まさに危険にさらされているのも事実だった。これよりも自身の気持ちを優先させる訳には行かなかった。リーザスの赤将としても。

 
『………判りました。……武運を祈ります』

 
 清十郎も軽く笑った。
 戦わせろ、と常に言っている彼だが その願いは既に叶っていると言っていい。今の今までの戦闘は彼を満たしていたのだから。今 彼が強く想っているのは 『強敵と戦わせろ』ではなく『お前と共に戦わせろ』の方が限りなく近い。あの魔人のガーディアンと戦った時の様に。


『死闘の前の肩慣らしだと思っておく。……さっさと行って帰って来い』


 だからそう言ったのだ。
 そして それを確認したユーリは2人に軽く手を上げて会釈をした後に、トーマの横に立った。
 
『トーマ。ハンティは この城の中にいるんだろう?』
『……その通り。皇子を守る為に常に傍に仕えている』
『成る程な……。つまり、皇子を討とうとでもすれば、ハンティの方が暴走するかもしれんか。魔人と戦うより厄介かもしれないな。色んな意味で』

 軽く笑うユーリ。トーマはその表情を見て、ハンティと一戦やるなどとは到底思えなかった。リーザスにとって、今回の事態を引き起こしたヘルマンの皇子は圧倒的に絶対悪だ。出会えば討つべきだと言う事は判る。それだけの事をしてしまったのだから。
 だが、それでも今は人間よりも魔人の方が脅威だと言う事を踏まえれば、人間同士で争っている場合ではないと言うのも事実だろう。

 魔人のその真意が、はっきりと判らない以上は。 
 
 魔人が常にヘルマンの味方であるとは到底思えなかった。恐らくは利害の一致のみだとしか思えなかった。 そして リーザスにまで攻め入り、陥落する可能性が高くなった今、魔人がどう出るか判らない。ヘルマンの為に 戦うのであれば 現時点で出てきても良い筈なのに、街で暴れているのは魔物とトーマの帰還を知らないヘルマン軍の残党のみだった。


 魔人の姿は無かったのだ。

 トーマは 城の方を見た。その上空には厚い雲が覆ってあり、この場に来るまでは見えていた月が全く見えない。漆黒の闇がリーザス城にはあった。――胸騒ぎがした

『……行くぞトーマ』
『うむ』

 それはユーリ自身にも感じていたのだろう。
 だからこそ、これ以上は何も言わず 素早く城へと駆け出していった。





 そして、今に至る。




 ノスの凶悪な圧力はハンティをパットン諸共飲み込もうとしていた。

 後ほんの数寸 手刀を動かせば ハンティの身体は裂け、絶命していた事だろう。治癒、再生能力も一般的なカラーと比べて群を抜いており、生半可な傷は一瞬で完治してしまうのだが、竜族から受けた攻撃はどういう訳なのか全く治癒する事が出来なかった。
 それが、ハンティが傷が広がり続けた理由だった。

 迫りくる凶悪な力。その刹那の瞬間 時が極限にまで収縮された。所謂走馬燈、と言うものだった。
 
 限りなく長い体感時間の中、ハンティが考えていたのは 自分が死ぬ事よりもパットンの事だった。己の死の事より パットンを考えていた理由は今は亡き親友に誓った約束だった。死の間際に交わした約束。それを果たせぬまま、死を迎えてしまう事に 絶望さえ覚える。


――そして もう1つ ハンティの頭の中に過ったのは あの時(・・・)の彼の声だった。


『愛おしいドラゴンのカラー』

 それは 頭の中に直接語りかけてきた謎の声。
 久しく感じていなかった温もりがその声にははっきりとあった。とても温かい気持ちになれたんだ。
 そして、その声の主の正体は判らなかったのだが、ハンティは、その声は()が関係している事だけは理解できた。だからこそその声に、彼に約束したんだ。

『私は前に進む』

 と。




 パットンの事も勿論あるが、この圧縮された時の中で、彼にも発破をかけられた気分だった。前に進み続ける歩みを止めない。だからこそ ハンティは強く想った。


『まだ死ぬ訳にはいかない』


 例え結末は変わらなくとも。この強大な相手を前に無力だったとしても。


――また、必ず彼と会うんだ。


 ハンティは そう思った瞬間 闇にさえ思えていた視界の中 突然光を見た。
 光の様に早く駆け抜けた影は、目の前の凶悪な闇を打ち払った。

 そして、視界はまだぼやけているが はっきりと輪郭も判ってくる。
 
 黒い髪の男。……そう自分と同じ髪の色を持つ剣士。


「ゆー……り?」


 それは 嘗て刃を交え、そして ハンティの中では 数少ない親友とも呼べる存在になったと言っていい男。

 ユーリ・ローランドだった。




「……こいつは驚いたな。今回の事件で出会った魔人は2人。サテラとアイゼル。その2人だけでも十分なのに、これ以上ない大物が待ち受けていたとは、な」

 キンッ と二刀を鞘に収め 眼前にいる魔人を見た。

 魔人ノス

 その名は、ユーリも勿論知っている。ハンティが言った様に『魔人と言えばノス』と称される程、知れた存在なのだから。

「ふむ。もう一度問おうか」

 ノスは、受けた腕を軽く振ると 改めてユーリの方を見た。
 鋭い眼光が頭巾の中からはっきりと見え、射殺さんばかりの殺意を携えて。

「……何者だ? キサマ」

 その凶悪な殺気。普通の人間であれば それだけで心臓が止まりかねない程の圧力だったが、ユーリは それを受け止めそして一蹴する様に答えた。

「魔人相手に名乗る様な者じゃないな。……オレはお前の敵。それだけで十分だろう? それ以上にオレを、人間を知りたいのか? 魔人ノスともあろう大物が」

 軽く含み笑いをしながらそう言うユーリの姿、ノスには まるでユーリには余裕があるようにも見えた。
 
 ノスはその笑みを そして 身に纏う空気を、佇まいを全て感じ取り 久しく感じていなかった身体の芯から沸き起こる衝動と悲願の狭間で苛まれていた。

 そして何よりも この数秒間のやり取りだけで察した。この目の前の男が 数十倍以上の差がある戦力をものともせず、このリーザスまで辿りついた。連れてきた魔人のサテラを打ち破り、アイゼルを抑え、自身の前にまで辿りついた人間。極めて稀有な存在だと言う事を。

「……成る程」

 ノスは1つの結論に至った。
 今回の一件――魔人の力を借りてヘルマンはリーザスの侵略は容易に出来た。それは当然だと言えるだろう。人間と魔人の間には決して縮まる事の無い差が存在しているのだから。
 だから、ノスにとって今の今まで疑問に思った事がある。真なる目的において、ヘルマンがどうなろうと知った事ではないのだが、サテラを、アイゼルを従えた布陣で ここリーザスにまで侵攻してくる事など夢にも思わなかったから。
 聖武具を奪う簡単な任務。だが それは悉く失敗に終わり 遂には運んでもらう事に変えた。

 何故、人間如きがここまで出来るのか。何故 魔人を退ける事が出来るのか。

 その疑問の答えは目の前にあった。

キサマ(・・・)だったのか。……まだ儂にも判らぬ所が多いが 遊んでいたとは言え サテラやアイゼルが不覚を取る可能性は十二分にあるな」

 ゴキリッ……とノスの拳が唸った。
 過剰に力の込められた拳は 血管が浮き上がり そして強く脈動して 一回り以上の大きさとなった。その力は内には留まらず、外にまで放出される。まるで陽炎の様に拳の周囲を揺らいでいた。

「ふむ。まだまだ泳がす予定であったが……、王女を助けにきたとなれば儂の計画に支障を来す可能性もあるやもしれぬ。……キサマはここで葬るとしよう」
泳がす(・・・)、か。ノス。お前の目的はカオスか。その封印をあえて解こうと言う訳か」

 ユーリ自身も、ノスの様に会話の中で自分自身の仮説を 正解の形へと導いていった。
 カオスとは 魔人に対抗する事が出来る武器とリーザスに伝えられている。
 ならば、その剣を放っておくのは危険だと言えるだろう。人間の歴史を紐解いていくと 魔人をも上回る力を備えた偉人と言う者は存在している。
 だが、力量は超えたとしても 魔人の特性を看破する事が出来ず 皆敗れ去っていったのだ。そう――無敵結界と言う理不尽な力。あらゆる攻撃を防ぐいわば最強の防具だ。

 もしも、それを看破出来るとすれば…… 敗れ去った彼らは魔人を討つ事が出来ただろう。歴史に「たら」「れば」は有り得ないが、それでも そう言える。

 それは他の誰でもない。……ユーリは魔人(・・)に、その話を訊いたのだから。
 
「ふ……くく。成る程。頭も切れる様だ。何処ぞの無能な皇子とは器が違うと言った所か」
「う、ぐぅ……く……っ」

 ハンティの傍で呻き声を上げるパットン。
 あまりの痛みで意識を失っても不思議ではない、いや 死んでもおかしくない状況だったのだが、パットンにははっきりと意識があり ノスの言葉がその耳に届いていた。あまりの情けなさ、自分自身へのの嫌悪さえ覚えていた。

「さて……、話は終わりだ。娘と無能な皇子を見事救って見せたキサマだが、……これならばどうだ?」

 ノスは両の手を頭上に広げた。
 そして小さく短く口許が動いたかと思えば次の瞬間、そのノスの両手の中心に光が生み出される。生み出された光は熱を帯び、軈ては燃え広がった。

「全てを飲み込む深淵の炎。……本物の炎をその身に受け、滅するが良い」

 口許が更に歪んだ。悦に浸っているのがよく判る。
 殺戮を好んでいる事が。

「グレート・ファイヤーボール」

 中心に輝く炎は軈てその光が消えた。いや 違う。……炎の色が闇色になったのだ。凝縮された暗黒の太陽とでも呼べる大火球。それの攻撃対象になっているのは目の前のユーリだけではない。後方に下がっているハンティやパットンさえも飲み込もうとしている。

 ユーリはそれを見て、姿勢を低く剣の柄を握りしめ、構えた。

「2人を頼むぞ! トーマぁぁッ!」

 ユーリのその叫びを訊き、パットンは痛みに苦しみながらも驚き、顔を上げた。

 そして、ハンティとパットンの前に 巨大な影を見た。

『ああ!』

 それは聞き覚えのある声だ。 
 幼き頃より何度も聞き、師事してきた男のもの。自分にとって絶対と言える男の声だったから。

 ハンティもパットン程ではないが少なからず驚きはあった。ユーリ相手に敗れたと言うのは事実だろう。そして その命を戦場で散らした者だとずっと思っていたのだから。

 そして次に驚いたのはユーリにだ。

 あのノスが放つ魔法は炎系の魔法の中では禁忌の部類に位置する物。例え魔法技能のレベルが3であったとしても取得する事は不可能だと呼ばれている暗黒の炎だったから。
 その炎にユーリは突っ込んでいってるのだ。

「ば、ばか……っ やめ、やめろ……!」

 瞬間移動でユーリを助けようとするが、身体に力が入らない。魔法を発動させる事が出来ない。

「案ずるな。ハンティ。……知っているであろう。友の力を信じよ」
 
 そこに、トーマの声が再び聞こえた。
 ハンティは その声を聴きつつ、ユーリの後ろ姿を目に焼き付けた。
 

「煉獄――」


「この強大な力を前に何が出来ると言うのだ? 人間風情が!」


 暗黒の炎へと突き進む人間を見て嘲笑うノス。
 如何に強力な戦士がいたとして、所詮は人間の域。アイゼルやサテラが戻ってきたのは 遊んでいたのだと思っていたのだ。サテラは自我が強く頭が悪い。アイゼルは 頭がキレる男ではあるものの、強い者には人間であっても一定以上の敬意を払う。ヘルマン側が屑であり、滓であれば 花を持たせる可能性は多いにあると言える。


 つまり――魔人に正面からぶつかり、打ち破る者など人間にいる筈がない。


 ノスは それに疑いは無かった。
 だからこそ――。 


「斬魔!」


 目の前の光景を理解するのに時間が掛かった。
 裂かれる暗黒。四散していく炎。ハンティやパットンの方にも残された炎が迫るが、それは、2人を守る様に立ちはだかる男が全てを請け負っていた為届かなかった。

 そして、それ以上に驚くべきはその中心で剣を振るっている男。

「……重い。……いや 重すぎる、か。そんな感じだな。これまでよりも、格段に」

 信じられない。
 魔法を、斬ったと言うのだ。

「……何をした」

 だから、ノスは一歩前に出た。

「今、何をしたのだ!」

 次第に激昂していく。
 己のが持つ中でも最強と言っていい魔法を斬られたのだから。
 剣を地に刺し、利き腕である右手を軽く振るった。

「ふぅ……オレもレベルがあがった、って所か。ハンティの時の雷以上に腕が痺れたが、剣は持てる……まだ 余裕だ。今だったら ハンティの雷神雷光、全弾防げるかもしれないぜ?」

 ユーリはノスの問いには答えず、剣を肩に担ぎ直してハンティの方を見て僅かに笑った。
 戦いの最中だと言うのに、相手から目を離すと言う愚行をしたのだ。

 だが、それもユーリの作戦であると言う事は直ぐに判る。

「答えろ小僧!! 何をしたと言うのだ!!」

 激高し、向かってくるノスは、暴走する獣も同然だった。先程のハンティと戦っていた時の様な余裕を持って 攻撃をさせるより遥かに読み易い。
 凶悪な拳も、強大な力も 当たらなければ意味がないのだから。

 ユーリは最小限の動きでその拳を躱し、ノスの背後を取る。取ったと同時に ハンティとパットンの前にいるトーマに向かって何かを投げた。


「トーマ! コイツを使え!」

 取り出し、投げたのは玉の様なもの。

 黄色く光を放つ光の玉。 トーマがそれを受け取り、ハンティがそれが何なのかを確認した。

「そ、それは…… 月の、かご……? ば、ばか! ゆーり、おまえが、おまえがつかうべき、だろ! なにこっちばかり……!!」
「ハンティ。今はあの男に従え。最低限でも動ける様になり、皇子を救え。それがお前の仕事だ」

 有無を言わせず、トーマはその宝玉を握りつぶした。
 光の粒になり、半径3m程光が降り注ぐ。淡い光は パットンの傷を癒し、そしてハンティの流れでる血も止めてのけた。竜族から受けた傷は治らない筈だが、傷がみるみる内に治っていく。

「……それだけの傷だ。例えこのアイテムを使ったところで、五体満足に動けるとは思えんが、今は皇子の命が先決。……儂が 皇子の頬を殴る為にも 皇子には無事でいて貰わなければならん」
「う、ぐ……」

 パットンの苦しみが和らいでいくのがはっきりと見てわかる。
 だが、トーマが言う様に、動ける程回復はしない様だった。


「コゾォォォ!!」


 ノスの地を揺らす様な雄叫びが場を揺らした。
 そして、その嵐の様な攻撃を掻い潜り続けるユーリもはっきりと見た。

「皇子の頬を殴る……か」

 トーマは ハンティに支えられているパットンの身体を抱き起こした。

「皇子よ。儂にも責がある。……皇子の傍でおりながらここまで放置した。考える事を放棄した。皇子ご自身でと、それが皇子の為と、気付かぬうちに 言い訳を重ね最善を尽くす事を放棄した。……こうやって差し伸べれば違った形にもなれたかもしれぬのに」

 虚ろな目をしているパットン。その目をはっきりと見据えて続ける。

「皇子よ。……ヘルマンの血よ。目を覚ますのだ。その身に宿して居る器を解放させよ。……ハンティに護られるだけでなく、逆に護れる程強くなれ! これが最後の修行だ!」

 トーマはそう言うと同時に、腰に刺している戦槌を手に取った。
 
「行け、ハンティ! 儂の死に場は あの地ではない。……あの男の傍だ!」
「と、トーマ……」
「魔人と手を組み、そしてリーザスだけではない。軈ては確実にヘルマンにも牙をむくであろうその厄災を解き放った責……それを儂が継ぐ。次代の者に残す訳にはいかん」

 トーマは戦槌を構え、眼前にあるその厄災と称した魔人を見据えて駆け出した。

「行けェェ!!」

 それを見たハンティは、ぎりっ……、と歯を食いしばり、立たされたもののまだ動ける状態ではないパットンを再び抱えた。

「……跳ぶよ! パットン!!」
「くそ……っ、くそぉ………!」

 ハンティの腕の中で 小さく呟くパットン。

「トーマ……、ユーリ……! 死ぬな……、死ぬなよ……ッ!!」 

 そして、ハンティとパットンの姿はこの空間から消失した。








「ぬぇぇい!!」

 隙だらけのノスの背に、持ちうる渾身の一撃を放つ。
 だが、その一撃はノスの身体を捕らえる事はなく、見えない壁の様なものに阻まれた。それが無敵結界であると言う事は直ぐに理解できる。

「むッ!?」

 ノスはトーマの攻撃を完璧に結界で防いだのだが、結界を通して感じた威力に表情を変えた。激昂した頭は ユーリとの数合の打ち合いで徐々に冷めていっていたようだ。

 トーマは身体の勢いのままに 素早くユーリの隣に立つ。

「悪いな……トーマ。助太刀助かる。少々しんどかった所だ」
「ふっ……。まだまだ軽口を叩くだけの余裕はある、と言う事か、ユーリよ」

 2人が並び立った。

 人類最強と呼ばれる男とその男を打ち敗った男が今。


「夢にまで見た光景だ。……主の隣に立ち、魔と戦うこの光景は。………冥利に尽きる」


 トーマはそう呟く。

 ユーリに敗れ、その身体を休める為に数日の間眠りについていた時にトーマは夢を見ていた。

 次代を担う若者たちと共に戦う己自身の姿。残り少ない命の為に時代の残党と思っていた己だが、まだ残せる物がある事を強く感じた。
 

「ここが正念場だ!」
「この命尽きるまで戦おうぞ!」

「人間風情が……! まとめて叩き潰してくれるわ!」

 頭巾を完全に取り狂気と怒気、あらゆる負のエネルギーをまき散らしながら迫るノス。
 


 人類最強の両雄と魔人四天王の一角。


 それは 天地を揺るがす大決戦。
 
 

 

































~魔法紹介~


□ グレート・ファイヤーボール

 魔人ノスが使用する中でも最強に位置する地獄の暗黒炎。
 それを受ければ 人間はおろか力量の足らない魔人であれば 一瞬で身を焦がし絶命する程の威力を誇り、歴代の伝説と呼ばれる魔法使いであっても、人類がこの魔法を使えたと言う記録ま全く残ってない。
 
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