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戦姫絶唱シンフォギア~貪鎖と少女と少年と~

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第七話 自分らしく駆け抜ける

 鳳は弦十郎が説明してくれたことを思い出していた。
 チューンフォーカー。
 手にするその拳銃型デバイスを一言で表すならば『出来損ないのノイズカウンター』。
 シンフォギア装者達がノイズと矛を交わせる理由は大きく分けて二つある。一つ、音波振動の衝撃によりノイズの侵食を防護する『バリアコーティング機能』、そしてもう一つはノイズという存在を調律し、物理法則下に強制固定させることで攻撃を通す『位相差障壁の無効化』である。
 このチューンフォーカーはその内の『位相差障壁の無効化』要素を内包した“エネルギー弾”を放つことが可能。詳細は弦十郎でさえ把握していないようだが、ノイズに対抗可能という一点のみ分かれば鳳には良かった。
 ――そのはずだったのに。

「何で……!?」

 引き金を引いても、反応は無く。カチ、カチという音が虚しく鳴り響くだけであった。
 さしもの凪琴も苦言を呈する。

「大した自信も無いのに良くもあんなことを宣える……!!」

 耳が痛くなってくるが、そこで反論しては自分の落ち度を全面的に認めることとなる。
 無言で、鳳は引き金を引き続ける。だが、それは更に無様を晒す結果となるだけであって。

「何か理由があるはずだ……!! 何か……!!」
「まどろっこしい……!!」
「というか何であんたはそんなに冷静なんだ! 力を持っているとはいえ、相手はノイズだろうが!」

 そこで凪琴は少しだけ言葉に詰まった。そして考える。
 “変身するか”――非常にシンプルな議題だ。故に覚悟を決めなければならない。
 あの数のノイズならば殲滅するのは実に容易い。しかし、それは自分から正体の種明かしをするようなもので。
 そしてあのノイズは凪琴には絶対に攻撃してこない。何せそういう“指令”を出している。万一にも牙を剥けることは無いのだが、それでも事故というものは存在する。
 シンフォギアを纏わぬ身でノイズに触れることは自らの終わりをそのままとし、本懐を成し遂げらぬ恥辱に塗れることなる。

「容易く振るえる暴力は力とは言えないですね」
「そうかい悪かった。悪かったよ!!」

 少しばかり、鳳の確信が揺らいだ。今自分が手を引く娘は、間違いなく響や翼、そしてクリスと同じような力を振るえる者のはずなのだ。
 しかして一向に鞘から刃を抜く気配は一切見せず。


(――死ぬ)


 鳳は一瞬でもまたそんな言葉が出たことに、舌打ちをした。


 ◆ ◆ ◆


 そこにはとある二人がいた。一人は世界に対し宣戦布告をしたトップアーティストであるマリア・カデンツァヴナ・イヴ。そしてもう一人はそのマリアの保護者とも言えるナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ――通称、ナスターシャ教授である。

「やはり来ましたかマリア」
「やはり、と言うことは私が何を言いたいのか分かっているってことで良いのね?」
「ええ。でなければ、貴方達に言葉を出す訳にはいかないのですから」
「だったら単刀直入に聞かせてもらうわ。何故、凪琴だけを行かせたの!? 調や切歌、何なら私だって……!」

 マリアは少しばかり腸が煮えていた。
 今回は抵抗の気力を削ぐためにノイズを軽く“遊ばせる”だけと聞いていた。だが、あの場に凪琴まで居合わせているのは聞いていない。何より、そんな理由は無いはずだろう。それが、今回マリアが詰め寄る理由となった。

「凪琴は大事な切り札と、そう言ったのはマムとそしてウェル博士のはずだ!」
「そうです。そして同時に、堅実に切れるカードとも言えます」
「っ……! 時限式に比べて潰しが利くから、それは重宝するのだろうけど……!」

 火種を蒔いたのはナスターシャ。そして、それを消すのもまたナスターシャであった。

「落ち着きなさいマリア。仮にも貴方は世界に対し、旗を揚げた者。この程度で身震いをしてどうするのですか」
「……凪琴にはどんな任務を与えたの?」
「ノイズによる破壊活動を見守るようにと、そう言いました」
「そんな事だったら……」
「そんな事、ですか」

 そこでマリアは言葉をあえて切った。切らざるを得なかった、というのが正しいのだろうか。
 ああ分かっていた。そんな事は百も承知であった。
 『LiNKER』頼りの虚勢を見せる三人に対し、凪琴は唯一の先天的適合者。だからこそ、自分でも調でも切歌でもなく、凪琴が選ばれたことなんて痛いほど分かっていた。

「仮に、敵の装者が来たら貴方はどうしていましたか? 無論、仕方ない時は仕方ないです。ですが、常にフルスペックを維持しつつ、逃げ切れる装者は凪琴しかおりません。だからこそ、気兼ねなく送り込めるのです。しかしそれは――」
「分かっているわ。ええ、分かっているとも……」
「実際、凪琴が我ら『F.I.S.』に来てくれた時に抱いた感情は僥倖中の僥倖」

 その言葉を、マリアが引き継ぐ。

「だからこそ、凪琴は懐に忍ばせる短刀にして戦場で振るう野太刀としなければならない。……そうよねマム」
「ええ。そういう事です。その考えを遵守するため、切歌を向かわせました」
「切歌を?」
「万全には万全を、ということです」

 だからこそ、自分たちのマムなのだ。そう言いたげにマリアは口角を吊り上げた。


 ◆ ◆ ◆


 逃走劇、と言うには余りにもお粗末。
 黙りこくる凪琴を無理やり走らせ、逃げに逃げた先は壁。逃げ場はない死の袋小路。
 自分達を嘲笑うようにやってきたタコ型ノイズが一匹。たった一匹とはいえ、それは死の象徴。

(……そろそろ頃合いですか)

 凪琴は小さなため息と共に、胸のペンダントに手を掛ける。
 戯れに付き合ってみたは良いが、もうこれ以上何もこの男から見られる物はない。そう、凪琴は結論付けた。
 少しだけ男を見て、自分は何に期待していたのだろうとすぐに目を逸らす。思春期にありがちな病を患ったつもりはないが、それでも力を持たぬただの人間が一体何を見せてくれるのかと期待をしてしまったのだ。

(……期待、何故?)

 胸に浮かぶ歌、凪琴がソレを紡ごうとした時、鳳が一歩前に踏み出した。

「……」
「やめてください。もう、見るに堪えない」

 それには答えず、鳳はノイズへ再び銃を構える。
 沢山走り、汗と共に余計な感情を流しきった鳳は妙に思考がすっきりとしていた。
 静かな気持ちであった。弦十郎からの厳しい特訓を経て、だいぶ感情を揺さぶられることも無くなったとタカを括ってみればあのザマ。
 だが、まだ気持ちに波紋が起きる。鎮めるにはどうする。 
 ああ、そんなものは“とっくの昔に”知っている。


「――――――ッ」


「これは、歌?」

 凪琴の鼓膜を揺らす音、否、歌。この歌は知っている。両翼双羽の歌姫二人組『ツヴァイウィング』のナンバー『ORBITAL BEAT』。
 何故、今このタイミングで。
 まさか――凪琴はその“まさか”の可能性に目を見開く。

「『死にたくなりそうな時にこそ唄え。そうすれば自ずと道は開かれる』」
「え?」
「父さんが良く言っていた言葉だ。ああ、そうなんだよ。ブルッた時も、泣き出しそうな時も、戦わなければならない時も、どうすれば良いのかだなんて、最初から――教えてくれていたッ!!」

 それを合図にしたかのように、ノイズが飛び掛かって来た。同時に鳳もチューンフォーカーを握り締め、走り出す。

「おおおおおおッッッ!!!」

 打撃音。ノイズの躰にぶつかるチューンフォーカー。


 ――瞬間、鳳の腰に装着していた『BC2形成装置』が輝きを放つ。


「これは……ッ!」

 凪琴は思わず声を漏らしていた。
 そこには銃を持っている方の腕が灰と白色の籠手に覆われている鳳がいたのだから。


「変われるッッ!!」


 言いながら右腕を引き、左腕で殴りつける鳳。インパクトと同時、BC2形成装置の光が収束し、右腕と同じ籠手が装着される。
 勢いは止まらない。左脚の回し蹴り、右足の蹴り飛ばしで四肢に鎧を纏い終えた。
 それが最後のトリガーだ、とでも言いたげに四肢の鎧が発光し、頭とそして胸部を包み込む。

「このぉッ!!」

 ヘッドギアに胸部と四肢の装甲。見た目だけで語るなら、それはまるでシンフォギア装者とでも言うかのように。
 鳳はほぼ本能でノイズに向かっていた。そうしなければならないと理解していたのだ。
 敵意を感じたのか、タコ型ノイズが触手を振るう。対する鳳が取った行動は腕を盾にしての防御。
 衝撃。だが、自分の身体が炭素へと昇華することはなく。
 やりあえていた。人類の天敵(ヒューマンキラー)と三十秒以上も向かい合える。
 がら空きのボディ。チューンフォーカーのグリップをしっかりと握り締め、狙いを定める鳳。

(長かった……)

 黒服に命を助けられ、後ろにいる少女に命を助けられ、風鳴翼に、そして今は父親に。
 口だけではいけないことを知った、行動だけではいけないことを知った。未来へと繋ぐことは、どちらかだけではいけないことを知った。
 ならば、もう怯えることはない。


 ――自分は今、自分らしく駆け抜けるッッッ!!!


「らああああッ!!」

 言葉に出来ない想いを歌に換えて。『ORBITAL BEAT』のサビを歌いながら叩き付けるはチューンフォーカーのナックルガード。
 殴った箇所が炭素となる。ノイズにダメージを与えた。その絶対的な事実すら、この瞬間の鳳にはさして目もくれる必要のない些末事。
 続いてもう一発殴打したところで、ノイズが距離を開けるために後退を始めた。

「サビが終わりそうなんだ、付き合えよッ!」

 上段の銃口に収束される鮮やかな桜色のエネルギー。左手を銃床に添え、しっかりと狙いをつける。
 チャージが完了したと知らせるように一段と大きくなる輝き。

《バスター、発射》

 女性の合成音声がそうアナウンスすると、今か今かとその時を待っていたエネルギーが地を鳴らさんばかりの轟音と共に解放された。
 一直線に向かう奔流は即座にノイズを飲み込み、そしてもう何も存在していなかった。

「貴方、何者……?」

 鳳は背中を向けたまま、言う。それが当たり前の事実なのだから、今更目を向けて言う事でもない。いつまでもいつまでも、同じことを言い続けてやる。

「俺は鳳郷介。あんたを守りたいと思った男だ!」

 手には力、胸には歌。だったら、命を繋ぐために走らぬのは道理ではないだろう。 
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