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ネフリティス・サガ

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第六話「退却戦」

 投石穴の獅子頭の止め具が勝手に時計回りに周りそしてアルセイユは炎燃える翡翠の町を後に草原から暗闇をさまよってアルテルテとサイモンにであった。

「王子!ご無事で」

「うああああ。母さん。父さん」

「王子、ごめんなさい。少しの間寝ていて…」

 ビシッ!アルテルテは手刀でアルセイユを打った。アルセイユはガクッとうなだれた。

「居たぞ、やつらだ、追え!」

「サイモン、機工兵よ、見つかってしまったわ」

「なんの、敵は十数。物の数ではないわ!全て打ち倒すぞ!あの向こうの森が入り口なのだ。やつらに森の存在に気づかせるわけには行かぬ」

 アルテルテとサイモンは剣を抜いた。

 機械技術によって自分の筋力と俊敏さを数倍にするパワードスーツによって、素人の軍兵が歴戦の兵

士に劣らない強さになる機工兵。この部隊は白兵戦においてニム・イールが誇る北方、最強の歩兵とい

われていた。

 そこへアルテルテとサイモンは果敢にも切り込んだ。

「こい、剣の達人にしか出来ぬ太刀裁きというものを見せてやる」

「こいつら、王宮の上位騎士だ、気をつけろ囲め、囲んで槍で壁を作れ」

 数十人でも統制のとれた動きができるそれは彼らの耳に取り付けられた精神感応器の作用だ。かのフォルノウスは、精神を干渉する術を応用してこれを作った。

「くっまるで昨日まで実戦経験のなかった素人がいきなり百戦錬磨の兵隊にかわるようだ。よもやこれ

ほどとは、魔鋼術とは、ものすごい」

「サイモン、阿修羅の陣よ!」

「あれは、三人いないと出来ない技だぞ」

「それを二人でやるの」

「アルセイユ様はどうする?」

「木の枝にでも放り上げなさい」

「我が娘ながらおてんばに育ちおって。おお、王子よ。今しばらくの辛抱を。そらあ!」

 アルセイユは木の枝に引っ掛けられた。

 そして二人は背中を合わせ、それぞれ小太刀を抜いた。翡翠の国の騎士は大小を持つ、それは鋭利な

片刃の流れるような曲線の刀。第二話でちらと話したように名を暁刀と呼ぶ。

 阿修羅の陣、それは阿修羅のように三面六臂に二人が背中合わせになり、二刀でそれぞれ正二刀に構

え変幻自在に二人が一人なって敵を打つ技である。

「な、なんだこの技は」

「かかってくるがよい、この陣はたとえ二人だろうとそう簡単に崩せんぞ」

 十二人がいっせいにかかっても十二人の剣は見事に裁かれる腕が六本とまではいかずとも四本あると
いうのは恐ろしく強い。そして一人だとそうしても死角が出来るのをこの陣はいとも簡単に切り崩す。
あっちも容易に死角を取られ懐に入れずにまたたくまに十人が討ち取られた。

 残った二人の機鋼兵は顔を見合わせ、たちまち逃げ出した。
 しかしそこを逃がす二人ではない。疾風のように走る二人を腰のクナイで二人とも討ち取る。

「クナイは、数に限りがある、大切に使いましょう」アルテルテは敵兵に刺さったクナイを抜いて血を

ぬぐい腰のホルスターに納めた。

「うむわしもそれにならおう。よし、ゆくぞ、迷いの森はすぐそこだ」

「サイモン、サイモンか?」

「ん、おお。バラム」

「イズウェル王がアルセイユ様を助けに行って戻らないのでな、アルセイユ様にイズウェルさまは?エ
レスティ様もどうした」

「ああ、盲目のおまえさんには見えぬか、木の上じゃ仕方なく、つるしておかれた」

「ん、おお、そうか、むん、はっ!」

 鞘から抜き放たれた剣は、軽く地面をすばらしい脚力によって木の上のアルセイユに届く。アルセイ
ユを吊るしておいた枝をなんの抵抗もなく枝だけ斬って取った。そして着地と同時に血払いと納刀を
し、落ちてきたアルセイユをすかさず抱く。

「……お二方は、王子を残すために残ったわけですな?」

「悲しいかな、王子を残して討ち死にを」

「もう翡翠の国はだめだ。国民は散り散りになった。イズウェル王によって国の民は命こそ免れたがい

ろんな国に落ち延び隠れ潜む日々を送ることになろう」

「うむ、うむ」バラムはうなずく時、顎のひげをなでる癖がある。バラムの顎ひげは立派で胸を覆うほ

どもある。それでしかも長い心労ですっかり白くなっていまや賢者の様相である。

「まだ希望はある。お二方もアルセイユ様も健在なればいつの日か反旗をひるがえす日も近いだろう!

王が旗を掲げ国を立てたとき四散した民はまた一つになり翡翠の国は復活するのだ。そう、緑色の聖性

を帯びて!」

「さて、わしらはどうしよう」

「王子さまをお守りするしかないな、もうここから逃げるしかない。今はできるだけ遠くへ逃げるの
だ。この国には非常時の際の王族に伝わる隠し通路がある、けわしい道だが、知られていなければ山向
こうの町まで通じておる、こっちじゃ」

四人は森へ入るとそこには古い洞窟があっった雑草によって巧妙に隠されていてよくわからないが洞窟
は向こうへ通じているらしい。

「よし、よいか草一本切ってはならぬ、この森は古い。追手が来てもこの洞窟を見つけるのは困難だろ
う、そうっと入って静かに歩むのじゃ、ほれ、長い間枯れ草が積もって足跡を消してくれる。この古い
森は長い間、翡翠の国を守ってきたアルネルネの川の水によって魔法の力を持つようになった。森はも
う知っておる国が滅びて川には汚い油や鉄の匂いが混じって血が紅くアルネルネの川を濁らせていっ
る。森は今、密かに怒っている。たぶんこれから何千年も静かに暮らしていたこの森は鉄と油そして血
の匂いの混ざった川の水で憎しみの心を掻き立てられ、一大決起を促すだろう」

「バラム、というと?」

「この森は翡翠の国の人々の愛によって育まれたその国の人の血が流されて怒りに燃えておるのだ、こ

の森は動く。古い森だからな、

追手は火を放つだろうがそれこそこの森を憎しみに染めることになる。よいか、翡翠の国の歴史は深く

その精神はこの地に積み重なっておるのだ、山も谷も森も川も全てがだ。くやしいのはそれらが最後に

一矢報いるところをみれないところだ。この者達は心得ている。最後の撹乱をやってのける覚悟なのじ

ゃ。翡翠の国を落ち延びる人々の最後の撹乱じゃ」

「おお、山に谷に川に森よ、それら全てよ、あなたがたのことわしらが忘れまいぞ、春には果物や樹の

実を夏には涼しい風を秋には冬を凌ぐ食べ物と薪をあなたがたは偉大だ。わしらに無限の犠牲を賭して

わしらを生かしてくれた。わしらもあなたがたを生かすために尽力を惜しまなかった。だがわしらはこ

の地を去り、そしてあなた方は最後の戦に赴く、本来戦わなくていい戦をじゃ、あなたがたに願わくば

永久の安らぎを……さらば」 
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