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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv54 老賢者との再会

   [Ⅰ]


 使用人と共に屋敷の玄関を潜ると、大きなエントランスホールとなっており、そこには紺色のガウンを身に纏う執事っぽい中年男性が立っていた。
 その男は丁寧な所作で頭を下げ、俺に挨拶をしてきた。
「お待ちしておりました、テリー殿。奥の応接間にて、ヴォルケン様がお待ちでございます。では参りましょう」
「ええ、お願いします」
 俺は男の後に続く。
 程なくして俺は、蔦のような意匠が施された、西洋アンティーク調の大きな扉の前へと案内された。
 男はそこで扉をノックし、中に向かって呼びかける。
「ヴォルケン様、テリー殿が到着しましたので、お連れ致しました」
「うむ。入ってもらってくれ」
「ハッ」
 初老の男は一礼し、扉を静かに開く。
「どうぞ、お入りください」
 それに従い、俺は室内へと足を踏み入れた。
 俺が入ったところで、扉は閉められる。
 中は30畳くらいある大きな部屋で、起毛タイプの赤いカーペットが一面に敷かれていた。天井には美しい宝石がちりばめられたシャンデリアが吊り下げられており、それが室内を鮮やかに照らしだしていた。
 また、両脇の壁には絵画や甲冑等が並んでおり、入口正面には、黒光りする立派な書斎机が鎮座している。書斎机の後ろには窓が1つあり、その前には煌びやかなソファーが2脚と、それらの間に朱色の美しいテーブルが1つ置かれていた。
 シンプルではあるが、全体的に豪華な装いの部屋であった。まさに応接間といった感じである。
 そして、その書斎机には今、白髪混じりの赤い髪を後ろに流した初老の男が1人おり、俺へと視線を向けているところであった。
 年齢は60歳半ばといったところだろうか。衣服は紺と白の法衣を着ている。
 リンカーンの様な顎髭を携えており、皴もそれなりに刻まれてはいるが、年の割に、なかなか精悍な顔つきをした男であった。身体も大きく、俺と同じくらいの上背がありそうだ。
 まぁそれはさておき、扉が閉まったところで、初老の男は口を開いた。
「厳戒態勢の中、ご苦労であった。さ、まずは、そこに掛けられよ」
 男はそう言って、手前のソファーを指さした。
「では、お言葉に甘えて……」
 俺はソファーに腰掛ける。
 男もこちらへと来て、向かいのソファーに腰を下ろした。
 そこで男は話を切り出した。
「さて、まずはそなたの素顔を見せてもらおうか」
「はい」
 俺は顔の変装を解いた。
「ふむ……確かに、アマツの民のような外見の者だ。ではもう1つ、確認させてもらおう。クリースト殿の紋章はあるかな?」
 胸元からオルドラン家の紋章を取り出し、俺は男に見せた。
「よかろう……そなたを信じるとしよう」
 少し間を空け、男は話を続けた。
「……我々はクリースト殿の導きで会う事になったわけであるが、初対面でもある。よって、まずは名乗るとしよう。我が名はヴォルケン・アンドレア・ヴァラール。すでに知っておろうが、イシュマリア司法院の法院長を担う者だ」
「ご挨拶が遅れました。私はテリー……いや、コータローと申します。クリースト様の使者でございます」
「さて、では早速、本題に行くとしよう。まず、貴殿が持っているクリースト殿の指示書を見せていただこうか」
「こちらになります」
 俺はグランマージでマジェンタさんから受け取った指示書を、ヴォルケン法院長に手渡した。
「では、拝見させてもらおう……」
 ヴォルケン法院長は、暫し無言で、指示書に目を落とし続けた。
 そして、読み終えたところで、俺とヴォルケン法院長は指示書に記かれている内容を1つ1つ確認していったのである――

 確認作業が一通り終わったところで、ヴォルケン法院長は部屋の外へと出て行った。
 それから暫くすると、ヴォルケン法院長は、中東の某テロリストを思わせる長い髭を生やした魔導騎士と共に戻ってきたのである。
 部屋に入ったところで、ヴォルケン法院長は連れてきた魔導騎士に指示をした。
「ラサム殿……今暫く、そこの窓辺に立って居てくれぬか?」
「ハッ」
 ラサムと呼ばれた魔導騎士は、指示に従い、ヴォルケン法院長の後ろにある窓辺に立つ。
 なぜ魔導騎士をそこに立たせたのか、俺にはわからなかった。
 だが、俺はこの後、その意味を知る事になるのだ。
 ヴォルケン法院長は渋い表情を見せ、俺に向かって、厳かに告げた。
「さて、コータローとやら……残念だが、話はこれまでにしようか」
「え? それはどういう……」
 するとそこで、ヴォルケン法院長は扉に向かって、大きな声を発したのである。

【ここに異端者がいるぞッ! 皆の者、異端者だッ!】

 その直後、勢いよく扉が開き、武装した兵士達が部屋に雪崩れ込んできたのである。
(この兵士達の迅速な行動……部屋の外に待機させてたな……さっき退出した時に手配したに違いない……)
 俺は叫んだ。
「なッ……これはどういう事ですかッ!? う、裏切るつもりですかッ!?」
 するとヴォルケン法院長は、先程の話し合いとは打って変わり、厳格な表情でこう告げたのである。
「裏切る? ……違うの。私はこのイシュマリアにおける法の番人だ。私の職務だよ。コータローとか言ったか……お主、ヴァロム殿と共謀して、このイシュマリアを陥れようとしておるなッ! 司法を預かる者として見過ごせぬ所業! こやつを捕らえよッ。ヴァリアス将軍に引き渡すッ!」
【ハッ!】
 ここでラサムという騎士が、大きな声を上げた。
【こやつは魔法使いだ。念の為に魔封じの杖を使え!】
【ハッ!】
 1人の兵士が、先端に黄色い玉が付いた杖を、こちらに向かって掲げた。
 その直後、俺の周囲に黄色い霧が纏わりついてゆく。
(魔法封じか!……チッ……あの、髭面のオッサン騎士、嫌な事をしやがる……。音が鳴るから、魔除けの鈴を装備から外したが……こんな事なら装備しとけばよかった……まぁいい。ならば……」
 俺はそこで魔光の剣を発動させた。
 剣を中断に構え、沢山の騎士達と対峙する。
 と、次の瞬間、騎士の1人が、鋼の剣で俺に斬りかかってきたのである。
 俺は魔力圧を上げて光の刃を強化し、鋼の剣と斬り結んだ。
 その刹那!
 鋼の剣は、豆腐でも切るかのように、光の刃にスパッと切断されたのである。
「なッ!?」
「なんだ、あの武器はッ! け、剣が簡単に切断されたぞッ!」
 それを見た他の兵士は、驚きの表情と共に、俺と間合いを取った。
 この切れ味を見て、少し恐怖したのだろう。
 と、そこで、ヴォルケン法院長の檄が飛んだ。
「狼狽えるな、皆の者! 周りを取り囲むのだ!」
 法院長の指示に従い、兵士達が俺の周りを囲む。
「チッ」
 俺は思わず舌を打った。
(兵士の数が多すぎる……部屋の外にいるのも含めると、多分、30人以上いる気がする。ここからの逃げ道は法院長の背後にある窓のみ……。今、ラサムという魔導騎士は窓から少しズレた位置にいる。……その隙を突いて、なんとか逃げるしかない)
 ふとそんな事を考えていると、ヴォルケン法院長が大きな声を張り上げた。
【こ奴に逃げ道はない。早く、この異端者を捕らえよッ!】
 俺が動けるスペースは上だけであった。
(クッ……もうやるしかないッ!)
 俺は魔導の手を使い、天井のシャンデリアに見えない手を伸ばす。
 そして、自身の体を引っ張り上げ、振り子の要領で窓の方へと飛び、俺は法院長の背後に着地したのだ。
 包囲網をなんとか抜けた俺は、すぐに窓へと駆ける。が、しかし……そこで髭面のオッサン魔導騎士がサッと反応し、退路を遮ったのである。
 魔導騎士は窓辺に立ち、剣を抜いた。
「フン……残念だったな、異端者よ。逃がしはせぬ。この魔力を帯びた剣は、そう簡単に切れぬぞ。異端者めッ、観念するがいいッ!」
 魔導騎士の言葉に呼応するかのように、他の兵士達は俺を取り囲んだ。
 それは、逃げ道が無くなった瞬間であった。
 ヴォルケン法院長の声が聞こえてくる。
「武器を捨てよ……お主にはもう逃げ道はない。……お主の行動によって、ヴァロム殿の未来が決まると思うがよい」
(……これまでか。もう、逃げ道は……ない)
 俺は大きく息を吐き、魔光の剣と魔導の手を床に投げた。
 兵士の1人がそれを拾う。
 その後、俺は兵士達に拘束された。
 ヴォルケン法院長はそこで、兵士に指示をした。
「この男は魔法使いだ。あの拘束具を用いるがよい」
「ハッ、ヴォルケン様」
 すると兵士達は、紫色をした不気味な拘束具を持ってきたのである。
 そして、それらの拘束具を、俺の手足と胸に装着していったのだ。
 拘束具は胸当てや手錠のようなモノであったが、この拘束具が装着されたことにより、魔力の出口が塞がれるような感覚が現れた。
 恐らくだが、対魔法使い用の拘束具なのだろう。
(まさか……こんな拘束具があったとは……恐らく、ヴァロムさんも同じ物をつけられて拘束されているに違いない……)
 最後に猿轡をされたところで、ヴォルケン法院長はラサムという魔導騎士に告げた。
「ではラサム殿、そなたの主、ヴァリアス将軍の元に向かうとしようか。私も共に行き、事の経緯を説明しようと思う」
「ハッ、ヴォルケン様」――


   [Ⅱ]


 拘束された俺は、その後、馬車に乗せられ、ヴォルケン法院長の屋敷を後にした。
 ガラガラと無機質な車輪の音が聞こえてくる。他に馬車は走っていないのか、聞こえるのはこの馬車の音だけであった。車窓は閉じられており、外の景色を窺い知ることはできない。
 俺は拘束具で身動きが取れない上に、魔法だけじゃなく、話す事まで封じられている。
 その為、今の俺にできる事と言えば、見る事と聴く事だけであった。
 ちなみにだが、馬車の中にいるのは、ヴォルケン法院長と、ラサムとかいうオッサン魔導騎士、そして俺の3名だけで、後は使用人と思われる御者が1人だ。
(……クッ……まさか、こんなハメになるとは……俺はどこに連れていかれるのだろう……ヴァリアス将軍の屋敷か……ン?)
 ふとそんな事を考えていると、馬車は停まった。
 外から声が聞こえてくる。
「これより先はイシュマリア城だが、城門を潜るには通行証がいる。王城の通行証を見せてもらえるだろうか?」
 ここで、ヴォルケン法院長が窓を開け、外の者を呼んだ。
「ここにある」
 程なくして、窓の向こうに若い騎士が現れた。
 装備品から察するに、恐らく、魔導騎士だろう。
「これが通行証だ。そして、私は法院長のヴォルケン・アンドレア・ヴァラールだ。通してもらたい。ヴァリアス将軍に用があるのでな」
 若い魔導騎士は、通行証と法院長を確認した後、恭しく敬礼し、中へと(いざな)った。
「失礼いたしました、ヴォルケン法院長。通行証に間違いはございません。どうぞ、中へとお進みください」
「うむ」――

 その後、馬車はすぐにイシュマリア城へと到着した。
 俺はそこで、ヴォルケン法院長とオッサン騎士と共に馬車を降りた。
 ちなみにだが、馬車を降りる際、俺は拘束具の上からローブを着せられ、フードを深く被らせられた。
 多分、異端者の扱いは普通の犯罪者とは違うのだろう。
 馬車を降りたところで、ヴォルケン法院長はラサムに視線を向け、城を指さした。
「では行こうか、ラサム殿」
「ハッ、ヴォルケン様。……行くぞ、異端者よ」
 そして、俺は2人に連行されたのである。
 俺は移動しながら、薄明りの中のイシュマリア城を見上げた。夜とはいえ、それは迫力がある建造物であった。
 高さは60mくらいはあるだろうか。夜にもかかわらず、見渡す限りの白い壁が異様な存在感を放っていた。大きな白い石を幾重にも積み上げて城壁は作られており、外郭となる城塞の隅には監視用の塔が確認できる。
 また、中心部には、この城を彩る円錐型の屋根を持つ塔が幾つかあり、その内の1つは、天を指し示すかのような背の高い塔であった。
 まさに西洋のお城といった感じの建造物である。
 現実世界の城で例えるならば、ドイツのノイシュバンシュタイン城をもう少し大きくしたような感じだろうか。とにかく、そんな感じの城であった。
 だが、今の俺には、こんな物に見とれている余裕などはない。
(俺は……このまま、異端者として投獄されるのだろう……こんなところで、こんな目に遭うなんて……ツイてない)
 それから程なくして2人は、とある鉄の扉の前で立ち止まった。
 なんとなく、城の裏口みたいな所である。
 ヴォルケン法院長とラサムという騎士は、鍵を解錠し、扉を開いた。
「さ、行くぞ、異端者よ。ここから行けば、ヴァリアス将軍の職務室はすぐだからな」
 俺達は鉄の扉を潜り、中へと足を踏み入れた。
 すると、扉の先は階段となっていた。
 照明はないが、上の明かりが漏れてくる事もあってか、そこまで視界は悪くなかった。
 そんな薄暗い階段を上ると、赤いカーペットが敷かれた広い通路に俺達は出た。
 そこを更に真っすぐと進んでゆくと、魔導騎士が両脇に立つ、大きな両開きの扉が見えてきたのである。
 ヴォルケン法院長とラサムという魔導騎士は、そこで立ち止まった。
 扉の前にいる魔導騎士の1人が口を開く。
「これはこれはヴォルケン法院長、お勤めご苦労様でございます」
「うむ、ご苦労。ヴァリアス将軍はおられるかな?」
「はい、おられますが……どのようなご用件で?」
 そう言って、魔導騎士は俺をチラ見した。
「異端者の件で話がしたいのだ」
「少々お待ちください」
 そこで魔導騎士は扉をノックし、中にいるであろう人物に呼び掛けた。
「ヴァリアス将軍、ヴォルケン法院長がお見えになりました」
 中から声が聞こえてくる。
「……お通ししてくれ」
「ハッ」
 魔導騎士はキビキビとした動作で、静かに扉を開く。
「では、お入りください」
「うむ」
 そして、俺達は騎士に促され、中へと足を踏み入れたのである。

 俺達が室内に入ったところで扉が閉じられた。
 扉の向こうは20畳ほどの四角い部屋となっていた。
 壁際には甲冑や剣に本棚、それから地図といった物が置かれている。
 正面には、ヴォルケン法院長の部屋にもあったような、黒光りする書斎机があり、そこには50代半ばと思われる中年の騎士が座っていた。いるのはこの人だけだ。
 茶色い髪をオールバックで流し、彫の深い眼鼻ではあるが、整った顔立ちの男であった。
 顎や口元にはワイルドな髭を生やしており、また、やや浅黒く日焼けしている事もあってか、年の割に精力がみなぎる風貌をしていた。
 上背もかなりあり、首はかなり太い。相当に鍛えられているのだろう。
 金と銀の鎧を装備している事もあり、気品も同時に感じられる。
 全体的な雰囲気は、知的な武人といった感じだろうか。それに加えて、非常に物静かな雰囲気を持つ男であった。
(部屋にいるのはこの男だけ……つまり、この人がヴァリアス将軍だろう……ウォーレンさんやアヴェル王子との会話でよく出てくる、あの将軍だ)
 俺達が室内に入ったところで、書斎机の男は立ち上がり、ヴォルケン法院長に一礼した。
「これはこれは、法院長。ようこそ御越しくださいました」
「お仕事中に申し訳ない、ヴァリアス将軍」
「……して、今日はどのようなご用件で?」
「この男の事で……ヴァリアス将軍に話があるのだ」
 ヴォルケン法院長はそう言って、俺のフードを捲り上げた。
「アマツの民……。この者……拘束具をつけられておりますが、一体何をしでかしたのですか?」
「うむ。実はの……」――


   [Ⅲ]


 ヴァリアス将軍とヴォルケン法院長の会談は20分程度で終わった。
「……では、後の事はよろしく頼みましたぞ、ヴァリアス将軍」
「ご安心ください、ヴォルケン法院長。私共で、この男の件は、しっかりと対処致します。お気をつけて、お帰りください」
「うむ。では、これにて失礼しよう」
 そしてヴォルケン法院長は、ここから退出したのである。
 残ったのはヴァリアス将軍と、ラサムという魔導騎士だけであった。
 重苦しい静寂が漂う中、ヴァリアス将軍は厳しい表情を俺に向けた。
「さて……では行こうか。……異端者、コータローよ」
 ラサムは俺に括られたロープをグイッと引く。
「行くぞ、異端者よ」――

 部屋を出た俺は、前後を2人に挟まれる形で通路を連行された。
 すると程なくして、開けた部屋に出る。
 そこはホールみたいな感じになっており、それなりに高級そうなテーブルや椅子などが幾つも並んでいた。
 周囲の壁には、王家の紋章と王の肖像画と思わしきモノが掲げられており、天井には周囲を明るく照らす、煌びやかなシャンデリアが吊り下げられている。
 また、テーブルや椅子には、魔導騎士や宮廷魔導師と思われる者達が沢山おり、談笑したり、真剣に何かを話し合ったりしている最中であった。
 恐らくこのホールは、騎士や魔導師達の憩いの場なのだろう。
 俺達は、そんなホール内のど真ん中を進んでゆく。
 するとその直後、至る所から激励の言葉が、こちらに向かって飛んできたのである。

【お勤めご苦労様でございます、ヴァリアス将軍】

 周囲に目を向けると、この場にいる全員が、ヴァリアス将軍に頭を垂れていた。
 やはり、将軍なだけある。この様子を見る限り、かなり人望が厚いのだろう。
 と、その時であった。
 良く知る声が、どこかから聞こえてきたのである。
「ヴァリアス将軍、お勤めご苦労様でございます」
「お勤めご苦労様でございます、ヴァリアス将軍」
 声の主は、やはり、ウォーレンさんとミロン君であった。
「ああ、そなた達か」
 ヴァリアス将軍はそこで立ち止まった。
 それと共に、ラサムと俺も立ち止まる。
 2人はこちらへとやって来た。
 ウォーレンさんは俺の方をチラ見した後、ヴァリアス将軍に話しかけた。
「この者が、何かやらかしたのでございますかな?」
 フードを深く被っているので、俺とわからないのだろう。
 ウォーレンさんはそこで、まじまじと俺を見る。
 と、その直後、ウォーレンさんは目を大きく見開き、声を震わせながら、恐る恐る、俺の名を口にしたのであった。
「コ、コータロー……な、なんで、お前がここに……なんで……」
「知り合いか、ウォーレン?」と、ヴァリアス将軍。
「ええ……この間、私が報告した……調査の協力者です」
「何ッ!? この者がか!?」
 ヴァリアス将軍は驚きの声を上げ、そこで俺のフードを捲った。
「やはり……コータロー」
「コータローさん……」
「……」
 俺は猿轡をされている為、話すことはできない。目を逸らす事しかできなかった。
 できれば2人にこんな姿を見せたくなかったが、こうなった以上は仕方ない、諦めよう。
「ウォーレン、この者で間違いないか?」
「……ええ。い……一体……何をしたのですか?」
「この者は、ヴァロム様の使者……つまり……異端者である」
「異端者……コータローが……」
「コータローさんが、ヴァロム様の使者……」
 ウォーレンさんとミロン君は、この突然の展開についていけないのか、明らかに狼狽していた。
 無理もない。俺もだからだ。
「そういうことだ。よって……これより、この者を地下牢に投獄する。2人には聞きたい事がある。後で、私の職務室に来てもらおうか」
「は、はい……」
 ウォーレンさんは力ない返事をした。
「では行くぞ、ラサム」
 ラサムという魔導騎士は俺をグイッと引く。
「さぁ来るんだ、異端者よ」
「……」
 そして俺達は移動を再開したのである。

 ホールを抜けた後、俺は2人に連れられ、階段を幾つも降りて行く。
 程なくして俺は、鉄格子の扉で閉ざされた薄暗いフロアへと連れて来られた。ここが地下牢なのだろう。
 また、地下という事もあってか、静かで重苦しい雰囲気の所であった。
 上の華やかさは全くない。無機質な石の壁と鉄格子だけの世界である。
 階段を降りたところで、ラサムは鉄格子の扉を開く。
 扉の向こうにはカウンター型の机があり、そこには茶色い鎧を着たイシュマリアの兵士が3人いた。
 彼らの背後には壁があり、そこには鍵らしきモノが吊り下げられている。
 数はそれほど多くない。見た限りだと3つほどであった。多分、牢はそれだけなのだろう。
 まぁそれはさておき、兵士は将軍を見るなり、慌てたように深々と頭を下げた。
「ヴァ、ヴァリアス将軍、お勤めご苦労様でございます」
「ご苦労、諸君。これより、異端者をここに収監する。魔炎公がいる房の鍵はどれだ?」
「少々、お待ちください」
 兵士の1人が、奥の壁に掛けられた鍵の1つを持ってきた。
「こちらになります」
 将軍は鍵を受け取ると、兵士に言った。
「さて、諸君らは、ここで待機していてくれ。万が一ではあるが、この者が逃げ出す事もあるかもしれぬのでな」 
「ハッ、畏まりました」
「では行くぞ、ラサム」
「来い、異端者」――

 俺達は牢獄の通路を進んで行く。
 それから程なくして、ヴァリアス将軍とラサムは立ち止まった。
 場所的に一番奥の房だ。手前に2つの牢があるが、そこは無人であった。
 ちなみにだが、奥の房だけは普通の牢とは違い、鉄格子の色が不気味な紫色となっていた。
 拘束具と同じ色をしてるところを見ると、魔法が使えないように対策された牢なのだろう。
 そして……その牢には今、腰を下ろして静かに瞑想する、ローブ姿の老人が1人いるのであった。
 ラサムは鍵を解錠し、鉄格子の扉を開いた。
 将軍はそこで、俺の猿轡を外してくれた。
 口の自由が得られた俺は、暫しの沈黙の後、恩人でもあり、師でもある、この友人の名をボソリと口にしたのである。
「……お久しぶりです。ヴァロムさん」
 ヴァロムさんはゆっくりと瞼を開き、俺に目を向けた。
「コータローか……久しぶりじゃの。残念じゃが……捕まってしまったようじゃな……」
「すいません、ヴァロムさん……捕まってしまいました……」――


   [Ⅳ]


 俺が投獄されて3日が経過した。
 誰もここには来ない。来るのは食事を運んでくる兵士だけであった。
 物音などは殆どなく、聞こえてくるのは、入口にいる兵士達の途切れ途切れの会話くらいだ。勿論、地下という事もあって、外の音などは全く聞こえない。
 また、視界に入るモノも、冷たい石の壁と紫色の鉄格子、寝床として敷かれた藁、それと汚物を入れる壺、そして、ずっと瞑想を続けるヴァロムさんだけであった。おまけに、牢の中に照明などはなく、通路を照らしている松明のおこぼれをもらうだけなので、当然、薄暗い。ハッキリ言って、最悪な空間なのである。
 こんな所に何か月もいたら、流石に気が狂ってしまいそうだ。

 話は変わるが、出された食事は一応食べている。
 配給されるのは、神官食であるルザロとガラムーエというスープだが、目の前で兵士が毒見と称して、一応、少し食べていくからだ。
 完全に信用はできないが、両方とも、毒の部分を選り分けるのは難しい食事なので、とりあえず、食べているのである。
 つーわけで、話を戻そう。

 俺はやる事がない為、藁の上で横になり、静かに考え事をしていた。
(はぁ……この先どうなるんやろ……。今日は確か、異端審問の継続審議の日だった筈……。恐らく、今回の件でヴォルケン法院長は、異端審問決議で刑の執行を認めるだろう。つまり……俺とヴァロムさんはこのままいくと、そう遠くない将来、処刑されるに違いない。……はぁ処刑か……死にたくねぇ……。ン?)
 と、その時である。
 丁度そこで、カツン、カツンと、階段を降りる足音が聞こえてきたのである。
(誰か来る……1人じゃないな。複数の足音が聞こえる)
 程なくして鉄格子の扉が開く、キィィという甲高い擦れ音が聞こえてきた。
 俺はそこで耳を澄ました。
 途切れた話し声が聞こえてくる。

【ここに……運ばれ……異端者の……房に……】
【ハッ……アズライル猊下……異端……こちらでござ……】

 聞こえてくる単語から察するに、やって来たのはイシュラナ教の教皇のようだ。
 たぶん、取り巻き連中も来ているのだろう。
 暫くすると、こちらに向かって歩いてくる、複数人の足音が聞こえてきた。
 それから程なくして、足音は俺達の牢の前で止まったのである。
 牢にやってきたのは7人。ここの管理をしている兵士が1人。ヴォルケン法院長とヴァリアス将軍と若いイケメン魔導騎士が1人。高位のイシュラナ神官が2人。そしてもう1人は……いつぞや、アーウェン商業区の交差点で見た美丈夫、アズライル教皇その人であった。
 アズライル教皇は、白地に金の刺繍が施された豪華な神官服に身を包んでおり、手には青く美しい杖を所持していた。
 その杖の先端には、透き通った無色の水晶球が付いており、青い柄の部分には金色の装飾が施されている。それは非常に美しい杖であった。
 まぁそれはさておき、牢の前に来た者達は皆、こちらへと視線を向けていた。
 まるで見世物小屋といった感じだ。
 ちなみにだが、この団体がお着きになっても、ヴァロムさんは静かに瞑想をしていた。寝てはいない筈だ……多分。
 まず、ヴォルケン法院長が口を開いた。
「アズライル猊下、このアマツの民の男が、コータローという異端者でございます。ヴァロム殿の使者として、我が屋敷に来たのでありますが、聞いたところによると、ヴァロム殿が教えた最後の弟子とか。そして、今日の決議でお渡した指示書を、私の元に持って来たのでございます。ヴァロム殿がまさか、こんな姑息な手を使うとは思いもしませんでした」
 それを聞き、アズライル教皇は人の好さそうな笑みを浮かべた。
 だが、どこか小馬鹿にしたような微笑みであった。
「ヴァロム殿の使者としてね……しかも弟子ですか。どうやって、ヴァルハイムまで来たのか、非常に興味がありますね」
「どうやらこの男は、クラウス殿の秘書として潜り込んだようです。しかも、顔を隠す為に、かなり凝った変装をしておりました。クラウス殿もすっかり騙されたようですな」
「クラウス殿の秘書としてか……中々に手の込んだ事をしていたのですね。しかし……捕まってしまっては意味がありませんが……」
 神官の1人が話に入ってきた。
「このコータローという異端者……噂では相当腕の立つ魔法使いと聞いておるが、よく捕らえられましたな」
「逃げ道のない、部屋にて捕えましたからな。魔法を封じられ、尚且つ、周りを兵士に囲まれれば、いかにヴァロム殿の弟子とはいえ、成す術はありますまい。ま、そうは言いましても、強力な武具を持っていましたので、少しヒヤッとしましたがな」
 するとアズライル教皇は興味深そうに、法院長に振り返った。
「ほう、強力な武具ですか……いささか、興味がありますね」
「ヴァリアス将軍。この間、引き渡した時に、こやつの装備品も渡したと思うが、ありますかな?」と、ヴォルケン法院長。
「こちらにございます」
 将軍はそこで、そばに控える魔導騎士に目配せする。
 魔導騎士は頷くと、俺の装備品をアズライル教皇の前へ差し出した。
「ヴォルケン法院長から預かっているのは、この妙な武具と、魔導の手でございます」
「魔導の手はともかく、これは初めて見る武具ですね」
 アズライル教皇はそう言って、魔光の剣を手に取った。
 それから柄を握り、光の刃を出現させたのである。
【おお!】
 ギャラリーから驚きの声が上がる。
 教皇は色んな角度から、光の刃を見ていた。
 そんな中、俺はアズライル教皇に向かい、今湧いた疑問を口にしたのである。
「へぇ……初めて見る武具なのに、よくその武器の発動方法がわかりましたね。俺は捕まった時に、発動方法まで説明した覚えはないですが……」
 アズライル教皇は一瞬、射抜くような眼差しで俺を睨んだ。が、すぐに元の表情に戻り、爽やかに話し始めたのである。
「フッ……このような武具など、使い方も何もないでしょう。……おかしな男だ」
 俺は厭味ったらしく言ってやった。
「猊下は迷わず、それに魔力を籠められたので、私は少し驚いたのですよ。その武器の事を前から知っているかのような、淀みのない動作でしたからね。いやぁ~、さすがはアズライル猊下でございますな。普通の者ならば、試行錯誤すると思いますから」
 アズライル教皇から笑みが消える。
 その直後、教皇は手に持っている青い杖を俺に向けたのである。
「よく口の回る男だ。しかし……今の自分の置かれた立場というモノをまるでわかっていない。少々、お仕置きをした方がよさそうですね!」
 すると次の瞬間! 杖の水晶球が眩く光り輝き、なぜか知らないが、俺の身体が宙に浮き上がったのである。
「なッ!? グッ……これは……」
 見えない何かに持ち上げられているような感じであった。
「少し頭を冷やすがいい、この異端者めがッ!」
 教皇は杖を勢いよく十字に振るった。
 俺は物凄い勢いで、牢獄の壁に叩きつけられる。
 右へ。
「グハッ」
 左へ。
「ゴフッ」
 天井へ。
「グッ」
 そして床へ。
「ウワァァァ!」
 宙に十字を描くかのように、俺は石の壁に叩きつけられた。
 床に叩きつけられたところで止んだが、そのあまりの衝撃に、俺は立ち上がれなかった。
(……少し馬鹿にし過ぎたか……しかし、なんだ、あの杖は……。グッ……魔導の手を強力にしたような杖だな。クソッ……)
 額から血が流れ出る。
 どうやら頭に傷を負ったようだ。
 骨折はないが、恐らく、打撲は至る箇所にあるだろう。
 勝ち誇ったような教皇の声が響き渡る。
「そうそう、そうやって大人しくしていればいいのですよ。最後の時までね。あ、そうそう、言い忘れてましたが、貴方がた異端者の処遇が決まったので、今日は報告に来たのですよ」
 ここでヴァロムさんが反応した。
「ほぅ……で、どのような処遇になったのじゃ?」
 教皇はそこで神官の1人に視線を向けた。
「説明して差し上げなさい」
 指示を受けた神官が前に出て、淡々と話し始めた。
「貴方がた異端者は、今日より5日後の朝……贖罪の丘にて火刑となります。ですがその前に、イシュラナ大神殿・審判の間にて、異端証明がなされてからの執行となりますので、そうお考え下さい。それまでの間、己の過ちを反省し、イシュラナに懺悔を続けるのです。それが異端者である貴方達の贖罪となるのですから」
「え? 俺もその日?」
 神官はニヤッと笑みを浮かべた。
「当たり前でしょう。寧ろ、喜んだらどうですか、師と共に贖罪できるのですから」
 どうやら俺も、ヴァロムさんと一緒に火刑のようだ。
「なるほどの。良かったのぅ、アズライル猊下。イシュラナ教団の天下が、これからも安泰そうでの……」と、ヴァロムさん。
 そこで神官の1人が激高した。
「貴様、猊下に向かってなんと失礼なッ! 今の発言は、オルドラン家の者全員に悪い影響を及ぼすことになるぞ!」
 アズライル教皇はそれを窘めた。
「フッ、言わせて差し上げなさい」
「しかしですな……」
「放っておきなさい。この者達は懺悔なんてするつもりは、全く無いのですから。罪の償いは、贖罪の丘でさせればよいのです。それよりも……」
 教皇はそこでヴァリアス将軍に視線を向けた。
「ここの警備体制を今以上に強化するのです。ここから脱出するなんて事はないでしょうが、万が一という事がありますからね。よろしく頼みましたよ、ヴァリアス将軍」
「ハッ、猊下」
 ヴァリアス将軍はアズライル教皇に向かい、恭しく頭を垂れた。
 その後、アズライル教皇は人の好さそうな笑みを俺達に向け、捨て台詞を吐いてから、この場を立ち去ったのである。
「では、貴方がたが女神イシュラナに贖罪する日に、またお会い致しましょう」と―― 
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