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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv53 クリーストの使者として

   [Ⅰ]


 夕食を終えた俺は、暫しラティと寛いだ後、使用人に案内され、ウォーレンさんの部屋へと向かった。
 部屋の中に入ると、ウォーレンさんとアヴェル王子がソファーに腰掛けていた。
 アヴェル王子の脇には白い布に包まれた物体が2つ置かれている。それらは細長い物とこじんまりとした物であった。
 ちなみにだが、今日のアヴェル王子は変装していない。どうやら、素顔のままで来たようだ。とはいえ、魔法使いのように茶色いローブを纏っているので、王族っぽい出で立ちではないが……。
 それからミロン君の姿はなかった。夕食の時も居なかったから、多分、何らかの用事をしているのだろう。
 扉が閉められたところで、ウォーレンさんは口を開いた。
「休んでいたところ、すまんな。ではまず、ここに掛けてくれるか」
 俺はウォーレンさんに促され、ソファーに腰かける。
 そこでアヴェル王子が話を始めた。
「コータローさん、先日はどうもありがとうございました。まずは先に礼を述べさせてもらいます。それから、報酬としてこれをお受け取りください」
 アヴェル王子はそこで、脇に置かれた細長い物を手に取り、巻かれている布を解いた。
 すると中から、美しい杖が姿を現したのである。
 アヴェル王子は、その杖を俺に差し出した。
 杖の先端には、黄金に輝く大きな三日月の装飾があり、それに寄り添うように、青い水晶球のような物が取り付けられていた。三日月の装飾部には、古代リュビスト文字と思われるモノが幾つか刻まれており、青い水晶球からは、清らかな魔力の波動が発せられている。俺の見立てでは、かなり高位の杖だと感じた。
 杖を受け取った俺は、王子に訊ねた。
「これは?」
「この杖は、イシュマリアの北部地方にある古代遺跡から出土した杖だそうで、所謂、イシュマリア誕生以前の古代の遺物というモノです」
「古代の遺物……」
「ですが……どういったモノなのかは、未だにわかっておりません」
「え? わからない?」
「はい。実は、城の古代遺物の研究者達も、よくわからないとこぼす杖なのです。しかし、この杖からは只ならぬ気配を感じます。それは研究者達も言ってました。もしかすると、コータローさんなら解明できるかもしれないと思ったので、報酬と言っては変ですが、これを持って来たのであります」
 なんかよくわからんが、古代の杖を報酬にくれるみたいだ。
 喜んで良いのか悪いのか、判断しかねるところである。
「そうですか。ところで、ここに古代リュビスト文字みたいなのが刻まれてますが、なんて書いてあるか解読されてるんですかね?」
「研究者の話では、そこにこう書かれているそうです……暗黒の瘴気に蝕まれし時……杖に祈りを捧げよ……精霊ストロスの力が邪悪な穢れを浄化する……と。研究者達も結局何のことを言ってるのか、わからずじまいだったそうです」
「精霊ストロス!?」
「ん? 知ってるのか、コータロー」
「……いえ、知りません。どこかで聞いた事があったような気がしただけです。よく考えたら、知らない名前でした」
 俺はとりあえず、そう答えておいた。
 下手に知ってるとでも言おうものなら、質問攻めに遭うのは目に見えているからだ。
(しかし……精霊ストロスねぇ。もしこれがドラクエⅤに出てきたストロスの杖なら、結構なレアアイテムをゲットしたことになるな。確か、ゲームでの効能は麻痺回復と石化解除だったっけ……とりあえず、ありがたく貰っとこう)
「では、ありがたく頂戴させていただきます」
「遠慮せず、お受け取りください」
 続いてアヴェル王子は、もう1つの方をテーブルの上に置き、包まれた布を解いた。
 すると中から、あの遺言状が姿を現したのである。
 アヴェル王子は、それをテーブルの中央に置き、話を切り出した。
「さて……では本題へと行くとしよう。コータローさん、ウォーレンからもう聞いているとは思いますが、あの洞窟で発見された杖は、雨雲の杖で間違いないだろうとの事です。そこでお聞きしたい。この遺言について……貴方はどう考えているのかを……」
 俺は手記に目を落とすと言った。
「……昨日もお話ししましたが、裏付けが取れない限り、あの遺言を鵜呑みしてはいけないというのが、今の私の考えです」
「ではお聞きします。どうやって裏付けを取ればいいと思いますか?」
「この遺言は、バスティアンという神官の体験記となっておりますが、彼は手記の中で7つの疑問を提起しています」
 俺はそこで疑問の記述を人差し指でなぞった。
「1つ目は、ジルド神殿管理官は人ではないのか、という疑問。2つ目は、なぜ醜悪な魔物に変化したのか、という疑問。3つ目は、国宝である雨雲の杖をなぜ盗んだのか、という疑問。4つ目は、ディラックのマグナとは一体何か、という疑問。5つ目は、あのアシュレイアと呼ばれていた者は、一体何者なのだろうか、という疑問。6つ目は、アレイスの末裔とは王家の事なのだろうか、という疑問。そして7つ目は……光の女神イシュラナが、居りもしない偽りの女神とはどういう事なのだろうか、という疑問です。裏付けをとるには、これらの疑問を調べるしかないですが……彼の記した疑問は、もう少し簡単に考える事もできるんですよ」
 2人は首を傾げる。
「簡単に?」
「……どういうことだ、一体?」
「7つもありますが、この疑問は大きく3つに纏められるんです。まず1つ目……雨雲の杖と、全てを石に変えるというディラックのマグナを使って、魔物達は何をしようとしていたのか、という疑問。2つ目は、アレイスとは王家の事なのか、という疑問。そして3つ目は……イシュラナは魔物達が作り上げた偽りの女神なのか、という疑問です。とはいえ、これらすべての謎を解く必要は、今はありません」
「今はない?」
「はい。今、俺達が知らなければならないのは、この3つの内、たった1つだけで良いんです」
「1つだけ……ま、まさか」
 生唾を飲み込む音が2人から聞こえてくる。
 俺は頷くと言った。
「ええ、1つだけです。もうお分かりですね、2人共。それが解明できれば、ほぼ全ての辻褄が合うことになります。ですから、この遺言が真実かどうかがわかると言っても、過言ではありません」
「し、しかし……どうやってそれを調べればいいのかが……俺にはわかりません」
 アヴェル王子はそう言って項垂れた。
 ウォーレンさんも同様であった。
「お前、簡単に言うがな……そんな事調べたら、間違いなく異端者と認定される。この国は官民一体で3000年もの間、それを続けてきたんだぞ……」 
 2人は苦悩に満ちた表情であった。
 こうなるのも無理はないだろう。
 重苦しい静寂が、この室内に漂い始める。
 暫しの沈黙の後、アヴェル王子が静かに口を開いた。
「……物事には原因があって、必ず結果がある……。コータローさんは昨日、そう仰いました……。今、イシュマリアで起きている異変……俺は、こうなった原因を知り、何とかしたい。そう考えると、この遺言は決して無視できるものではない。これが事実なら、今起きている異変に密接に関わってくるからです。イシュマリア国3000年の歴史を否定する事になるかもしれないが、俺は国を治める王の嫡男……真実が知りたい。だから、俺は……この疑問をなんとしてでも解明しようと思います」
 アヴェル王子の目は真っ直ぐであった。
 強い意思持つ者の目となっていた。
 だがしかし……俺は王子のこの目を見て、少し後悔したのであった。
 なぜなら、ヴァロムさんのやろうとしている事は、恐らく、遺言の疑問を解明する事に、他ならないだろうからだ。
(アヴェル王子に嘘を吐いてるような気分で辛い……だが、ヴァロムさんの計画は他言できない。それに……このままだと、ヴァロムさんの計画に支障が出る可能性がある……どうすればいい……)
 俺が悩む中、ウォーレンさんが意を決したように口を開いた。
「王子……私も手をお貸しますよ」
「すまない、ウォーレン」
(不味い……2人はやる気だ。この様子だと、止めるのは難しい。余計なことを話したか……。仕方ない。なんとか、引き伸ばしてみよう)
 俺は見えない交渉を開始した。
「良いのですか? これを調べるという事は、かなり危険な道を進む事になりますよ。失敗すれば、幾ら王族といえども、異端審問裁判に掛けられるかもしれません。それでも調べるのですか?」
 2人は頷く。
「覚悟の上です」
「俺も覚悟を決めた」
 予想通りの答えが返ってきた。
「……そうですか。では、私から1つ提案があります」
「提案?」
「なんだ一体……」
「今、このオヴェリウスは、魔炎公ヴァロム様の異端審問決議の真っ最中です。よって、神殿側もかなりの厳戒態勢を敷いてると思われます。ですから、決議が終わってから調査を開始しませんか。私もお手伝い致しますので」
 2人は腕を組み、暫し考える。
 程なくして、アヴェル王子が口を開いた。
「……確かに、コータローさんの言う通りかもしれない」
「今の神殿関連施設は、イシュマリア魔導連盟の妨害を懸念して、警備にかなり動員かけてます。コータローの言うように、決議が終わるまで待った方が良いかもしれません」
「決まりだな。では、神殿側の調査は決議が終わってから始めよう。コータローさんも、よろしくお願いします」
 どうやら、交渉は成功のようだ。
「微力ながらお手伝いさせて頂きます」
 俺は脳内でホッと胸を撫でおろした。
 この話題は危険だから、もう終わらせよう。

 というわけで、俺は白々しく話題を変えた。
「あ、そうだ。魔炎公ヴァロム様の話が出たついでに、お2人にお訊きしたいんですけど、異端審問決議で刑が執行されることが決まった場合、どういう風な流れになるんですかね?」
 ウォーレンさんが答えてくれた。
「刑の執行の流れか……確か、有力貴族の場合は、ラヴァナのイシュラナ大神殿にある審判の間で、王家や八支族、それから、教皇や大神官に神官長といった有力な神殿関係者の立ち合いの元、異端証明がなされる筈だ。そして、その後に、贖罪の丘で刑が執行されるという流れだった気がするが……」
「なるほど。ちなみに、異端審問決議が出たら、すぐに刑は執行されるのですかね?」
「う~ん……どうだったかな。その辺は、異端審問官とイシュマリア司法院が決める事だ。早かったり、遅かったりだと思うがな」
「そうですか……」
「ん、どうした? 何か気になる事でもあるのか?」
「いえ。ただ、どういう流れになるのかなって思っただけですよ。深い意味はありません」
「ヴァロム様の件か……フゥ」
 と、ここで、アヴェル王子は溜息を吐き、疲れた表情を見せた。 
「どうされました、王子?」
「……ヴァロム様の一件を見てもそうだが……ここ最近、父の様子がより一層おかしい……。俺が話しかけても上の空といった日々がずっと続いている。以前にも増して酷くなっているような気がするんだよ……」
「王子……よいのですか?」
 ウォーレンさんはそこで俺を見た。
 機密事項なのかもしれない。
 アヴェル王子は頷く。
「構わないよ。コータローさんは信頼できる方だ。それに……この事は既に、民達の噂になっている。それより、どう思う、ウォーレン? 妙だと思わないか?」
「確かに……ここ最近の陛下は、以前の様な覇気が感じられません。どこか、虚ろな感じです。しかし……原因がわかりません。身体に異常も無いそうですから」
「しかもここにきて、アルシェスの様子も変だ。俺が話しかけても、反応しない時がある……。何か漠然とだが、嫌な予感がしてならない……。近い将来、このイシュマリアに未曾有の危機が訪れそうな気がして……」
 この間、ゼーレ洞窟に行く前の夜も、こんな事を言っていた。
 とりあえず、幾つか訊いてみよう。
「アヴェル王子、国王陛下に異変が現れ始めたのは、アムートの月に入ってからですか?」
「ええ。その通りです。よくわかりましたね。民達の噂で知ったのですか?」
 ティレスさんに教えてもらった事だが、今は誤魔化しとこう。
「まぁそんなところです。ちなみにですが、異変が現れる前と後で、陛下の身の回りで変化はなかったですかね。例えば、侍従が変わったとか、普段飲んでる薬が変わったとか」
「侍従は変わりないですね。護衛者も変わりないです。ここ何年かは、ずっと同じ者ですから。それと父は健康そのものですから、薬は飲んでいませんよ」
「そうですか。では、普段身に着けている物とか、部屋の模様とかも変化はないですか?」
「身に着けている物と部屋の模様ですか……それは変わり……あ、そういえば……」
 アヴェル王子はそこで顎に手を当て、思案顔になった。
「何か思い出しましたか?」
「いや、うろ覚えなので自信ないんですが、異変が現れる前と今とでは、額のサークレットの形が微妙に違うような気がするんです。とはいえ、目の錯覚かもしれませんが……」
 怪しいが、確証がない。
 一応、頭の片隅に入れとこう。
「なるほど、サークレットですか……。ちなみに、アルシェス王子にも、そういった変化はないですかね?」
「アルシェスですか……う~ん……どうだったかな。違うところと言えば、眼鏡くらいかな」
「眼鏡?」
「ええ。ですが、アルシェスは気分で眼鏡を結構変えますからね。今に始まった事ではないですよ」
 これもかなり怪しいが、確証がない。
 とはいえ、眼鏡に呪術的細工がしてある可能性も否定はできない。
 これも頭の片隅に入れとこう。
「そうですか。まぁ何れにしろ、今までと様子が違うという事は、何か原因があってそうなっているのだと思います。その原因が、病的なモノなら致し方ないですが、呪い的なモノでそうなっているのならば、当然、話は違ってきます。その辺は注意した方が良いかもしれません……」
「確かに……少し調べる必要がありますね」
「呪い的なモノか……。おっと!? そういえばコータローに訊こうと思ってた事があるんだった」
 するとウォーレンさんはそこで立ち上がり、奥にある書斎机の上に置かれた大きな板を持ってきたのである。
 ウォーレンさんは、俺達の前にあるテーブルに、その板を置いた。
 見たところ、どうやら地図のようだ。
「何か、いわくのある地図ですか?」
「違う違う。これはアルカイム地方の北に位置する、サントーラ地方の地図だ。ちょっと、お前の意見を訊いてみたかったんでな」
「意見?」
「ああ」
 ウォーレンさんは頷くと、地図に描かれた湖らしき場所を指さした。
「これはウィーグ地方にあるローハル湖と言うんだが、この湖の畔に街が1つある。ここが、この間の話にでていたイスタドだ。で、ここから更に湖を東へ進み、支流となった川をずっと下るとラルゴの谷があるんだが……今、この地で妙な事が起きているそうなんだよ」
(ラルゴの谷……ラルゴとは、神話上でイシュマリアが倒した事になってる、破壊の化身だろうか? まぁいい。後にしよう)
 アヴェル王子が話に入ってきた。
「昨日、ヴァリアス将軍からあった話か」
「ええ」
 また厄介な話なのかも……。
 ヴァロムさんの事があるから、手を貸すことはできないだろうけど、聞くだけ聞いてみるか。
「妙な事とは?」
「実はな……一昨日、サントーラ地方の太守・サムエル様から、ヴァリアス将軍に相談があったそうなんだが、最近、このラルゴの谷に、沢山の魔物が棲みつき始めたらしいんだ。それも見た事がないような魔物がな……。しかも、日に日に増えているそうだ。どう思う? ゼーレ洞窟の件と似てないか?」
 俺は地図に目を落とし、暫し考えた。
(見た事もない魔物……ラルゴの谷……そしてイスタド……イスタドは確か、大漁で大賑わいとかいう街だったか……。なんだろう、この気持ちの悪さは……場所が違うから一概には言えないが、一方で嬉しい悲鳴がでていて、もう一方で本当の悲鳴がでている……)
「ウォーレンさん、イスタドって大漁で賑わっている街ですよね。イスタドとラルゴの谷は近いんですか?」
「いや、近くない。地図だと近くに見えるが、その2つは結構離れてるぞ。ラルゴの谷は巡礼地の1つで、サントーラ地方とアルカイム地方を結ぶ主要街道に近いところにある。イスタドは、そこからかなり離れているからな。馬車でも丸2日は掛かるほどの距離だ」
「陸路だと遠いんですね……。ところで、ラルゴの谷って破壊の化身ラルゴと何か関係あるんですか?」
 2人は頷く。
 アヴェル王子が答えてくれた。
「そこは破壊の化身ラルゴの根城があった場所です。そして、イシュマリアがイシュラナの加護を受けて、ラルゴと対峙した最初の地でもありますね」
「ラルゴの根城だったという場所なのですか……なるほど。そこには、やはり、イシュラナの神殿があるんですかね?」
「ええ、あります。それほど大きくはありませんがね」
 イシュラナの巡礼地の1つらしいから、神殿が管理してるのだろう。
 色々ときな臭いが、今は他の事を訊いとこう。
「ウォーレンさん、イスタドで獲れた魚介類は、どの市場に卸してるのかわかりますか?」
「それは、色んな所に卸してるだろう。近隣の町や村は勿論の事、王都にも来ているかもしれないし、当然、北部地方最大の都市であるサントレアラントにも行くだろうしな」
「ですよね……」
 以前、ウォーレンさんは、ヒャドで氷詰めにして運ぶって言ってたから、結構色んな所に流通してるのだろう。
「ちなみにですが、アウルガム湖の支流と、このローハル湖は繋がってるんですかね?」
「まぁ繋がっていると言えば繋がっているが……そのまた支流になるぞ。一応、ここがそうだ」
 ウォーレンさんはそこで、枝分かれする幾つかの川の1つを指さした。
「一応、繋がってはいるんですね……」
 色々と気になる事もあるが、後にしよう。
「ラルゴの谷の周辺に出没する魔物って、どのくらいの強さですか?」
「ん、この辺りか……そういや、この谷の辺りだけ、王都周辺と同程度の強い魔物が出るな。他はそうでもないんだが……」
 どうやらラルゴの谷の辺りだけ、スポット的に強い魔物が出るようだ。
 多分、瘴気がそこだけ濃いのかもしれない。
 俺は質問を続けた。
「そういえば、今、アウルガム湖は漁場として閉鎖してますが、船の出入りはどんな感じなんですか?」
「漁師達の船は出すことを禁じているが、イシュマリア王家の船とイシュラナ神殿側の船だけは出入りできる。つまり、アウルガム湖に出入りできるのは、それらに属している船だけだ」
「へぇ、イシュラナ神殿の船も出入りできるんですか。ちなみに、王家と神殿側の船は何隻くらいですかね? それと、どの程度の規模ですか?」
「う~ん、そうだな……確か、王家も神殿側も、大きいのが1隻、小さいのが2隻……だったかな。あ、王家のは中型が1隻あったか。だが、大きいとはいっても、定員は30名ほどだ。海で使う大型船と比べると小さいモノだぞ」
「30名ですか……」
 定員の数から察するに、たぶん、大航海時代の帆船より、かなり小さめのモノだろう。
 まぁ問題はそこではないが……。
「ウォーレンさん、話は変わりますが、他の街で獲れた魚介類を市場に卸す時は、どこかを介するんですかね? それとも、持ってきた業者が直接、市場に卸すんですか?」
「ああ、この間言ってた話の事か。えぇと、そうだな……確か、普段なら業者が市場に直接卸すんだが、今は箝口令を敷いてる手前……他の街で獲れた魚介類は、オヴェリウスの漁師組合を介してる筈だ」
「そうですか……なるほど」
 やはり、今のオヴェリウスは、他の街の魚介類も漁師組合を介すようだ……。
 ぼんやりと何かが見えてきたが、これだけの情報では確実なモノはでてこない。
 だが……スタート地点は見えた気がした。
 そんな事を考えながら地図を眺めていると、アヴェル王子が話しかけてきた。
「どうしました、コータローさん? 何かわかったのですか?」
「まぁ……1つだけ」
「なんだ、それは?」
 ウォーレンさんは身を乗り出してきた。
「前に言っていた魚介類の件ですよ。恐らく、漁師組合の誰かが、大量の魚の出所を知っていると思います。何が出てくるかわかりませんが、まずはそこから調べていった方が良いでしょうね」
 するとウォーレンさんは、少しがっかりした表情になった。
「なんだ、魚の件か……。魔物の件について何かわかったのかと思ったぞ」
 誤解しているようなので言っておこう。
「違いますよ、ウォーレンさん。俺が言ってるのはラルゴの谷の話です」
 2人は少し驚いた表情を浮かべた。
「なッ、どういう意味だ?」
「コータローさん、それはどういう……」
「俺も今の時点では、まだハッキリとしないんですが……ただ……イスタドの件とラルゴの谷の一件……もしかすると、無関係ではないかもしれませんよ」
「無関係じゃないだと……」
「俺にはなんとなくそう感じるんです。なので、それを知る為にも、漁師組合に魚の出所を教えてもらう必要があると思いますよ。そこが、この問題を解決する出発点の気がしますから」――


   [Ⅱ]


 アーシャさんとサナちゃん達を見送った3日後の夕刻。俺は辻馬車で、ヴィザーク地区へと向かってラヴァナ環状通りを進んでいた。
 空に目を向けると、太陽は結構傾いていた。夕日が差し込む時間帯だ。
 城塞に囲まれている事もあってか、日影も多く、空の感じと比べると、最下層のラヴァナはやや薄暗い街並みとなっていた。
 そんなラヴァナの環状通りを暫く進むと、ヴィザーク地区の手前にあるアーウェン商業区交差点に差し掛かる。
 するとそこは、夕食前という事もあり、沢山の買い物客で賑わっていた。
 人々は付近にある露店で楽しそうに買い物をしている。路肩で談笑する冒険者みたいなのや、店の主人と値段交渉をする者、また、支払いをする者、周囲の商品を眺め続ける者等々……様々であった。
(アーウェン商業区は本当に活気があるな……ラヴァナで一番の繁華街というのも頷けるよ)
 それから程なくして、馬車は目的のヴィザーク地区へと到着した。
 馬車はゆっくりと路肩の停留場所へ停まる。
 そこで、御者の威勢の良い声が聞こえてきた。
「着きやしたぜ。15ゴールドになりやす」
「ありがとう」
 俺は15ゴールド払って馬車を降りる。
「まいどあり」
 そして俺は、ローブのフードを深く被り、ラヴァナ執政院に向かって歩を進めたのである。

 ヴィザーク地区のラヴァナ環状通りも結構な人混みであった。
(アーウェン商業区ほどではないけど……思ったより人が多いな。多分、ラヴァナの執政区だからだろう。ここはラヴァナ行政の中心地だし……ン?)
 と、そこで、意外な所から、囁くような声が聞こえてきたのである。
「……コータロー……背後に気を付けろ……尾行()けられておるぞ……」
 声の主はラーのオッサンであった。
 オッサンはそれ以上、言葉を発しなかった。
 俺は小さく返事をした。
「了解……」
 とりあえず、俺はこれまで通り、普通に歩き続けた。
(……この間、ゼーレ洞窟で色々とやらかしてきたから、道中何かあるだろうとは思ったが……。さて、どうするか……このまま執政院に行くのは不味い。とりあえず、煙に撒くしかないか……。どこが良いだろう……ン?)
 そんな風に思案しながら歩いていると、前方に十字路が見えてきた。
 周囲をチラ見すると、人通りも少しまばらな感じであった。
(人通りも少なくなってきたし、とりあえず、あの十字路を左に曲がるか。ここは背の高い石造りの建物が並ぶ区域だから、色々と方法もある……)
 程なくして、十字路に差し掛かった俺は、そこを左折した。
 その先は狭い路地が続いていた。人の姿は全くない。
 今がチャンスと思った俺は、魔導の手を使い、すぐ近くにある2階建ての建物の屋上へ、一気に上がったのである。
 屋上に来た俺は屋根の縁から、そっと下を窺った。
 すると、慌てたように周囲を見回す、数人の者達が視界に入ってきたのだ。
 数は5人。灰色のローブを着た者が3名と、旅人の服を着た者が2名であった。何れも、普通の格好をした一般人風の者達だ。
 そして、暫くすると5人は、見失った俺を探そうと、路地の奥へと移動を始めたのである。
 俺はラーのオッサンに小声で確認した。
「……ラーさん。念の為に訊くが、今の奴等は魔物か?」
「ああ」
「そうか……ありがとう。助かったよ。ちなみに、いつから尾行()けられていた?」
「……この階層に来てからずっとだ……。ここからは気を付けた方が良い。ヴァロム殿の計画に支障が出るからな」
「わかってるよ」――
 俺はその後、若干遠回りではあったが、周囲を警戒しながら進み、ラヴァナの執政院へとやってきた。
 そして、この間会ったクラウス閣下の秘書と共に、裏口から執政院の中へと入っていったのである。

 執務室へと案内された俺は、そこで、クラウス閣下にこれからの指示を受けた。
 まず受けた指示は、秘書と同じ衣服に着替えてもらうという事、それから、顔を隠す為の変装をしてもらうという事だ。
 要するに俺は、クラウス閣下の秘書として今から行動するのである。
 また、武器等は持ってきてもよいとの事であった。
 というわけで、俺は早速それらの指示に従うわけだが、その際、俺は2つお願いをした。
 まず1つに、着替えの為に個室を貸してほしいという事、それから、俺1人で着替えと変装をさせてほしいというお願いである。
 なぜこんなお願いをしたのかというと、装備品を幾つかフォカールで収納しておきたい為だ。
 クラウス閣下はその願いを快く了承してくれた。
 その後、俺は作業に取り掛かり、再度、クラウス閣下の前へとやってきたのである。
 クラウス閣下は暫し俺を眺めると、首をゆっくりと縦に振り、口を開いた。
「ふむ。準備はできたようだな。では参ろうか、クリーストの使者……いや、テリー秘書官よ」
「御意に」
 ちなみにだが、この名前は、前回、クラウス閣下に会った時に訊かれたので、言った名前だ。
 理由は、前もって秘書官として登録しておきたいから、だそうである。
 言っておくが、その場で適当に決めたモノなので、あまり深い意味はない。
 ドラクエⅥのるろうに戦士やワンダーランドとも全く関係ない。関係ないったら、ない! 以上。

 執務室を後にした俺とクラウス閣下は、そのまま執政官専用の馬車に乗り、ラヴァナ執政院を後にした。
 目的地は第3階層のヴァルハイム。ヴォルケン法院長の屋敷である。

 話は変わるが、執政官専用馬車は乗り心地が最高であった。中は広々で、振動も少ない。その上、椅子のクッションはフカフカで、内装は煌びやかであった。
 まぁ早い話が、V・I・P CARというやつである。
 話を戻そう。

 馬車が進み始めて暫くしたところで、クラウス閣下が俺に話しかけてきた。
「テリー秘書官、そなたはここに来るまで、かなり長い距離を旅してきたと思うが、他の地方の様子はどんな感じであった?」
「マール地方とバルドア地方の事しかお答えできませんが、2つの地方ともに、魔物の数が増えて苦しんでおりました。加えて、強い魔物の出現で、命を落とす者も増えているようです」
 クラウス閣下は大きく溜息を吐いた。
「フゥ……やはり、何処も同じか。景気の良い話は聞かぬな。ここ最近、頭の痛い事ばかりが続く。この間も、奇妙な報告があった」
「奇妙な報告?」
「うむ。つい3日前だったか……ラヴァナの警備兵長から報告が上がってきたのだが、アーウェン商業区の路地裏にある古びた倉庫で、魔物の死骸が4体見つかったらしいのだ。見つかったのは死骸であったが、今までオヴェリウスに魔物が入り込むなどという事はなかったのでな。これは異常な事態と言わざるを得ない。……漠然とだが、悪い方向に物事が動いておる気がしてならないのだ、私は……」
「アーウェン商業区で魔物の死骸……」
 まず間違いなく、俺とラッセルさん達で倒した、あの魔物達の事だろう。
 今は余計なことは言わないようにしよう。
 俺はとりあえず、当たり障りのない、気休めを言っておいた。
「確かに、事態は日に日に悪くなっているかもしれません。しかし、物事には終わりが必ずやってくるものです。何れ、良い方向に変わるかもしれませんよ」
「だといいが……」
 クラウス閣下はそう告げた後、目を閉じ、暫し黙り込んだ。
 眉を寄せ、唇を噛み締めるその表情は、不安と疲れが入り混じったモノであった。
 今の状況を色々と憂いているのだろう。

 馬車は暫く進むと魔導騎士が屯する門を潜り抜け、アリシュナへと入ってゆく。
 俺はそこで、車窓から外に目を向ける。すると、すでに日は落ち、辺りは闇が覆っていた。
 そんな夜の街を更に真っすぐと進み、馬車はヴァルハイムへと続く門を抜けて行った。
 ちなみにだが、検問の際、執政官本人の確認だけで進んでいるので、俺に対する尋問等は全くなかった。
 これらの対応を見る限り、恐らく、この執政官専用馬車はかなり信用されているのだろう。
 まぁそれはさておき、ヴァルハイムに入った馬車は、大きめの十字路を右へと曲がり進んでゆく。
 そこを暫く進み、馬車は大きな屋敷の格子門の前で停車した。
 程なくして、使用人と思われる者が門を開く。
 門が完全に開ききったところで、馬車は敷地内へと進みだした。
 そして、馬車は屋敷の玄関前で、ゆっくりと停車したのである。
 クラウス閣下はそこで、俺へと視線を向けた。
「さて、私ができるのは、ここまでだ。あとは貴殿の仕事。上手くいくように、私はイシュラナに祈るとしよう。……貴殿にイシュラナの加護があらんことを……」
「ありがとうございました、クラウス閣下。ご助力感謝いたします。またいつの日かお会い致しましょう」
「うむ。また会おう」
「では、行って参ります」
 俺はそこで馬車を降りた。
 そして、馬車の近くで待機する使用人に案内され、俺は屋敷の中へと足を踏み入れたのである。 
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