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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv51 そして地上へ……

   [Ⅰ]


【最初の一文はこう書かれている……我が名はバスティアン。ここに我が遺言を書き記す。いつの日か、ここを訪れる者に、イシュマリアの真実を伝える為に……と……】

 アヴェル王子の言葉を聞いた直後、ラッセルさん達やバルジさん達が驚きの声を上げた。
「なッ!?」
「バスティアンだってッ!?」
「嘘……」
「ほ、本当なの?」
「じゃあ、この遺体は、あの大盗賊バスティアンだというのか……」
「てことは、ここが大盗賊の隠れ家ってこと!?」
 バスティアンという言葉を聞いて、皆がざわついていた。
 この辺りで有名な大盗賊と同じ名前だから、こうなるのも無理ないだろう。
 アヴェル王子は頭を振る。
「いや、大盗賊で有名なバスティアンかどうかはわからない。同名の別人ということもある。とりあえず……次を読んでみよう」
 少し間を置いて、アヴェル王子は朗読を再開した。

【……訪問者の為に、まずは自己紹介として私の事を記すとしよう。先程も記したが、名はバスティアン。イシュマリア歴1974年のオヴェリウスにて生まれたが、孤児の為、両親はいない。そして、元はイシュラナ大神殿の神官であった者だ。官位は神殿書記官。だが、わけあって、イシュラナの神官職から離れる事になった。その理由こそが、この遺言を記す最大の目的である。
 これを見た者の時代が、どうなっているのかはわからない。もしかすると、遺言の内容は解消されているかもしれない。
 しかし、解消されていようがいまいが、どうか、最後まで読んでもらいたい。……それでは始めよう。
 その日の事は忘れもしない……そう、イシュマリア歴1996年・アレスの月に入って5日目の事だ。
 この日は年に一度の光誕祭を翌日に控える忙しい日であった。
 光誕祭は、イシュマリア王家と太守である八支族や八名の大神官に加え、各地の神官長等が揃うという日でもある。その為、前日は、神官達が1年で最も慌ただしくなる日でもあった。
 私も例外ではなかった。当時、神殿書記官であった私は、大神官の身の回りをお世話する役を仰せつかっており、朝から光誕祭の準備に追われていた。
 だが、その日の夜……私は世にも恐ろしいモノを目の当たりにする事となったのである。

 光誕祭の準備も粗方終えた頃、外は闇が覆う時間となっていた。外に出ると月が美しく輝く夜の為、薄明りを灯したような星空であった。
 もう既に就寝の時間も過ぎていたので、私は神官宿舎に戻り、寝床に着いた。
 だが、その日はなぜか寝付けなかった。何かを忘れているような気がしたからだ。
 その為、床に着いてからも、私はその事ばかりを考えていた。そして暫くすると、私はある事をやり忘れていたのを思い出したのである。
 私は起き上がると、職務に使う書記道具一式を抱え、他の神官達を起こさぬよう、そっと宿舎を後にした。行先は勿論、イシュラナ大神殿である。
 大神殿へとやってきた私は、物音を立てないよう静かに進み、目的の大神官控えの間へとやってきた。
 だが、控えの間の付近に来たところで、首を傾げる事があったのだ。
 なぜなら、扉の隙間から明かりが漏れていたからである。
 私は退出する時、確かに明かりを消した筈だと思いつつ、扉の前にやってきた。
 するとそこで、中から話し声が聞こえてきたのである。
 中にいるのはどうやら2名で、両方とも男のようだ。声の感じからして1人はジルド神殿管理官のようだが、もう1人は初めて聞く声であった。
 こんな夜中に一体何を話しているのだろうか? と思った私は、好奇心から扉を少しだけ開き、中の様子を窺った。
 控えの間には、ジルド神殿管理官とフードを深く被った黒いローブを纏う者がいた。
 私は静かに耳を傾けた。
 最初は意味の分からない内容であったが、次第に、俄かには信じがたい衝撃的な会話が聞こえてくるようになったのである。
 私は持っていた書記道具を手に取り、その内容を思わず記録した。
 はっきりと聞き取れなかった箇所もあるが、普段、神殿書記官という職務についている私は、なんとかそれらの内容を、途中からではあるが記録することができたので、まずはその内容を書き記そう。

「……ジルドよ……この国の宝物庫から、雨雲の杖を上手く盗み出せたか?」
「ハッ、アシュレイア様……こちらにご用意してございます」
「ウム……では、我がアヴェラス城から送った危険な品物は届いておるか?」
「届いております。2度召喚に失敗しましたが、リュビストの結界がこの1000年の間で最も弱まる昨日の夜、こちらの世界への召喚が無事成功致しました」
「それは良い知らせだ。して、物はどこに?」
「こちらにございます」
「フッ……計画通りだ……この雨雲の杖と、ディラックの魔境から湧きだすマグナを用いれば、リュビストの結界を弱めずとも、アレイスの末裔共の身体も魂も全てを封印できる」
「いよいよ、我らの悲願が形になり始めるのですね」
「うむ……」
「明日の光誕祭が楽しみですな……クククッ。光の女神イシュラナなどという、居りもしない偽りの女神を信仰している、この地の愚かな民共は青褪めるでしょうな……クククッ」
「フッ……下らぬ茶番ではあったが……信仰とは残酷なモノよ……この地の者達は信ずるモノに裏切られ、そして滅びゆくのだ……少しくらいは憐れんでやろうではないか……」
「クククッ、確かに……しかし、ディラックのマグナをよく採集できましたな……全てを石に変える、あの死のマグナを……」
「採集できたとはいえ、少量だ。おまけに、そこで複数の部下の尊い命を失ってしまった……出来れば犠牲なくいきたかったが、仕方あるまい」
「ディラックの魔境はサンミュトラウスにおける最も危険な地の1つですからな……あの地はラム・エギドに住まう同胞でさえ、恐れる場所……しかし、これがうまくいけば、他の地を侵攻している大公達は焦るでしょうな。アヴェラスの大公であるアシュレイア様が、頭一つ抜きんでることになります故……」
「口が過ぎるぞ、ジルド……」
「も、申し訳ありませぬ、アシュレイア様……」
「……向こうには向こうのやり方があろう……我らには関係のない事……」
「しかし、ミュトラと交わしたとされる盟約の系譜の1つ、ラトゥーナの末裔がいるグアルドラムーンの地では、我らと同様、リュビストの結界にかなり手こずっていると聞いた事がございます。噂では結界を解くのに、あと1000年ほどかかるとか……。それを考えますれば、この地も同様の可能性がございます。ヴィゴール様もこの間仰っておられましたが、リュビストの結界が弱まらないと本格的な侵攻は難しいと……」
「フッ、だろうな……だが、我らは我らのやり方で行けばよい。それより、お前にコレを渡しておこう。受け取るがよい……」
「黒い玉……これは一体……」
「それは試作品だが……ラム・エギドに漂うマグナと闇の魔力を合成し、封印したモノらしい。これを用いれば、我らの持つ本来の力を一時的に開放できるそうだ……」
「なんと……それは誠でございますか?」
「試してみるがよい。使い方は普通の魔導器と同じらしい」
「ハッ……では、早速」

 私が会話を記録できたのはここでまでである。
 これ以上記録するのは不可能であった。
 なぜなら、私はこの後、身の毛もよだつくらいの悍ましいモノを見てしまったからだ。
 ジルド神殿管理官は黒い霧に包まれた後、恐ろしい魔物へと姿が変わってしまったのである。
 銀色の毛並みに猿のような顔。頭には二つの角と背中には蝙蝠のような羽。そんな姿をした悍ましい化け物に……。
 恐怖で私は暫く身動きできなかった。
 だが、ここにいては危険と考えた私は、震える手を押さえつけながら扉をそっと閉め、この場から離れる事にしたのである。

 その後、私は、控えの間から死角になる位置に身を潜め、様子を窺った。
 暫くすると、控えの間の扉が開き、中からジルド神殿管理官と黒いローブを纏う者が姿を現した。
 彼等は扉を閉めた後、周囲を確認し、この場から立ち去った。
 そして私は、今の出来事を思い返し、恐ろしさのあまり、身体をブルブルと震わせたのである。

 ジルド神殿管理官は人ではないのか……。
 なぜ醜悪な魔物に変化したのか……。
 国宝である雨雲の杖をなぜ盗んだのか……。
 ディラックのマグナとは一体何か……。
 あのアシュレイアと呼ばれていた者は、一体何者なのだろうか……。
 アレイスの末裔とは王家の事なのだろうか……。
 そして……光の女神イシュラナが、居りもしない偽りの女神とはどういう事なのだろうか……。

 こういった疑問が私の頭の中を埋め尽くす。
 だがそこで、ある事が、私の脳裏をかすめた。
 それは出てきた時の彼等の姿であった。
 彼等は何も持っていなかったのである。
 そこで私はこう考えた。
 控えの間には、雨雲の杖とディラックのマグナと呼ばれるモノが、まだがあるかもしれない、と……。

 先程の会話を盗み聞き、イシュマリアの行く末を案じた私は、意を決し、行動を開始した。
 周囲を警戒しながら控えの間へとやってきた私は、扉をそっと開き、中へ足を踏み入れる。それから静かに扉を閉め、室内を見回した。
 中は私が退出した時とそれほど変わりはない様相であったが、イシュラナの紋章が刻まれた煌びやかな来客用の長机の上に、2つのモノが置かれているのが視界に入ってきた。
 1つは奇妙な模様が描かれた布にくるまれており、大きさは小さめの花瓶程度の物。もう1つは、イシュマリア王家の刻印が押された美しい魔法銀製の細長い箱であった。
 私はこれらをどうするか、必死に考えた。
 ジルド神殿管理官達が戻って来る可能性もある為、短時間で必死に悩んで出した私の結論は『これらが先程の会話に出ていた物ならば、私以外に彼らの計画を止められる者はいない』という事であった。

 私は覚悟を決め、行動を開始した。
 これら2つを近くにあった布でくるみ、小脇に抱えると、私は控えの間を出た。
 そこで周囲を見回し、確認する。
 どうやら、この近辺には誰もいないようだ。
 だがそう思った次の瞬間、大きな声が辺りに響き渡ったのである。
【貴様ッ! そこで何をしているッ!】
 少し先にある柱の陰から、なんとジルド神殿管理官が現れたのだ。
【なッ、お前はバスティアン! その脇に抱えてるのは、ま、まさか……オノレ! 貴様、さては見ていたなッ!】
 ジルド神殿管理官の表情が恐ろしい形相に変わる。
 私は恐怖のあまり、脇目も振らず、駆け出した。
【待て、貴様ァァ!】
 ジルド神殿管理官も追いかけてきた。
 私は全力で走り続ける。
 大神殿を出た私は、そのままラヴァナの大通り出て、神官達の少ない東方面へと向かって走り続けた。
 なぜ神官達を避けるのかというと、神殿関係者すべてが、この時の私には信頼の置けるものではなくなっていたからだ。

 夜中の平民街に入った私は、人混みに紛れながら走り続けた。
 周囲の人々は怪訝な表情で私を見ていたが、そんなことはどうでもよい事であった。
 東のラスティーア商業区に来たところで、私は背後を振り返った。
 すると、ジルド神殿管理官の姿はなかったのである。
 どうやら、撒くことができたようだ。

 私はとりあえず、一息つく為に、休む場所を探すことにした。
 暫く進むと宿屋が見つかったので、私はそこで今晩は休むことに決めた。
 宿に入ると道具等も売っていたので、私は今後の事を考え、そこで旅人の服や短剣等も購入しておいた。
 その後、宿の2階の部屋をあてがわれた私は、中に入り、すぐに神官服から旅人の服に着替えたのである。
 だがそれから程なくして、階下でざわつく声が聞こえてきたのであった。
 私は部屋の扉を少し開け、耳を澄ました。
 階下から兵士のモノと思われる声が聞こえてきた。
「……宿の主人よ。質問は1つだ。今晩、イシュラナの神官服を着た男がここに来なかったか?」
「はい、先程、2階に上がられましたが……」
「その者は、国宝を盗みだした賊だ。今から捕獲をする。少し騒ぎになるだろうが、我らに従うように」
「は、はい……か、畏まりました」
 間違いなく賊とは私の事だろう。
 恐らく、ジルド神殿管理官が根回ししたに違いない。
 今ここで捕まるわけにはいかないと考えた私は、荷物を脇に抱え、部屋の窓をそっと開けた。
 眼下には隣の家屋の屋根が見えた。隣は平屋の為、何とか飛び移れそうであった。また、見回したところ、そこに兵士の姿はなかった。
 私は覚悟を決め、その屋根に飛び移った。
 続いて私は屋根を飛び降り、地面へと着地したのである。
 平屋とはいえ、結構な衝撃が着地時に来たが、そんな事を考える余裕はない。
 私はすぐにこの場を後にし、ラスティーア大通りの先にあるラヴァナ城塞東門へと向かった。
 そして、その先に続く、月明かりに照らされるアルカイム街道を延々と走り続けたのだ。

 それからの私は、死と隣り合わせの逃避行であった。
 魔物達が私を狙って、容赦なく襲い掛かってくるからである。
 戦闘に向いていない私は、魔物に見つからないよう、隠れながらの移動しかできなかった。
 それでも魔物達からの攻撃は避けられなかった。しかし、傷だらけになりながらも、この2つの荷物だけは奪われないよう守り続けた。
 そんな状態で、なんとかオヴェール湿原まで逃げてきたが、絶体絶命の危機がこの後すぐにやってきたのである。
 この時の私は出血多量の為、意識が朦朧となっていた。その為、普段ならなんでもないような場所で足を取られ、転倒してしまったのだ。
 これが私の体力の限界であった。魔物達はそんな私を見逃すわけもなく、逃げ道を塞ぐかのように、周りを取り囲んだ。
 出血も多く、もう成す術などない状態。もう終わりだ……私がそう考えた次の瞬間、なんと、大きな火球が魔物達に襲い掛かったのである。魔物達は断末魔の悲鳴を上げながら、紅蓮の炎に焼き尽くされる。続いて、幾つもの氷の刃が魔物達に襲いかかった。
 だが……その後の事は覚えていない。
 なぜなら、それを見たところで、私は意識を手放したからである。

 私が次に目を覚ましたのは、洞窟の中であった。
 地べたに枯草を敷いたところに、私は寝かされていた。
 目は覚めたものの、身体が重く起き上がれなかった。
 私は首だけを動かし、周囲を見回した。
 すると、私のすぐ傍に、茶色のローブを身に纏う、長い銀髪の老人が1人いたのである。
 老人はそこで私に話しかけてきた。
「安心なされ。ここに魔物はおらん。儂はアムクリストという変人魔法使いじゃ。まぁ人によっては賢者と呼ぶ者もおるがの。しかし、お主、災難じゃったの」
 このアムクリストという老魔法使いに対し、私は少し警戒したが、とりあえず、自己紹介はしておいた。
「私の名は……バスティアン」
「バスティアンというのか……ふむ」
「貴方が私を救ってくれたので?」
「まぁそうじゃが、まだ動かぬ方がよいぞ。死んでいてもおかしくないくらいに出血しておったからの」
「……あの、私の荷物は?」
「荷物ならそこにある。心配せぬでもよい。儂は何もしておらんよ」
「そうですか……」
「……で、お主、魔物に襲われて死にかけておったが、一体、何があったのじゃ? 何匹もの魔物が1人の人間をあそこまで執拗に狙うなんて事は、あまりないからの」
 私は今までの事を、このアムクリストという老魔法使いに話してもよいものかどうか迷ったが、一縷の望みをかけて、この老人にすべてを話すことにした。
「貴方にお願いがあります……」
「なんじゃ一体?」
「実は」――

 私はこれまでの事をできるだけ詳細に話し、老人の言葉を待った。
 突然こんな話をして信じる奴はいないと思ったが、暫しの沈黙の後、老魔法使いはこう答えたのである。 
「……わかった。お主の願いを聞き入れよう。この壺の始末は儂に任せるがよい」
「どうか……どうか……よろしくお願いします」
「そちらの王家の紋章が描かれた箱の方はよいのか?」
「これは王城から盗まれた物です。これを持つことによって、貴方に盗賊の嫌疑がかかるかもしれない。なので、これは私が何とかしようと思います」
「そうか……ン?」
 するとその時、この洞窟内に魔物達の声が木霊したのであった。

【者共! 聞くがよいッ。この洞窟内にバスティアンと妙な老人が逃げ込んだ筈だッ! 隈なく探せッ! バスティアンは見つけ次第殺せ! そして杖と壺を回収するのだッ!】
【ハッ、ジルド様!】

 老魔法使いは険しい表情で呟いた。
「むぅ……この声の数……こりゃ、かなりの数の魔物が入ってきたのぅ……洞窟側は隠し扉じゃから、そう簡単には見つからんじゃろうが……もしバレたら、流石に儂だけでは厳しい数じゃな……」
 私はここで覚悟を決めた。
「ご老人……私に遠慮する事はありません。どうか、貴方だけでも生き延びて、壺の始末をお願いします」
「しかしじゃな、お主……」
「構いません。どの道、私はこの場から動けません。ここに留まる以外できないのです。気にせず、先程のお願いを実行してください」
「お主……ここに留まるという事は、どういう事かわかっておるのか? お主は死ぬという事なのだぞ。魔物によってではない。餓死するという事だ。ここには食料がない。お主の出血量……あれは死んでいてもおかしくないほどの量じゃった。何も飲まず食わずでは、その血も作られんという事じゃ。わかっておるのか?」
「わかっております……神殿関係者にバレたときから、何れこうなるだろうとは思っておりました。ですから、お願いです……私は、この国が魔物達に滅ばされるなどという事があってほしくはないのです……どうかお願いします」
 老人は静かに頷いた。
「わかった……お主の覚悟見せてもらった。お主の願い、必ずや達成しようぞ……」
「よろしくお願いします」――

 それから暫くして、老人はあの壺を持ち、洞窟を後にした。
 その際、老人はこう告げて出て行った。
「一切、物音をたてるでないぞ。そうすれば、恐らく、魔物達には気づかれん筈じゃ。壺を始末したら、儂はまた帰って来る。お主はそれまで頑張るんじゃぞ。良いな」
 私はゆっくりと頷いた。
 そして、私は息を潜め、静かにこの場に留まったのである。

 私は岩の天井を見上げながら、ぼんやりと考えた。今どこにいるのだろうと……。
 恐らく、オヴェール湿原のどこかにある洞窟だろう。
 耳を澄ますと魔物達の声が聞こえてくるが、この空洞内に入ってくる気配はなさそうであった。
 そして更に時間が経過すると、魔物達の声も聞こえなくなり、不気味な静寂だけが辺りに漂うようになったのである。
 恐らく、魔物達は撤収したのだろう。
 私はそこで気力を振り絞って、なんとか体を動かした。それは勿論、私がすべき、最後の仕事をする為である。
 私は老人が出てゆく際、3つのお願いをした。
 1つは、懐にある書記道具を机の上に置いてもらうという事。もう1つは、明かりをできるだけ長く灯してもらうという事。そして最後に、ある物をこの部屋の最も暗い場所に隠してほしいというお願いである。
 私は這いつくばりながらも、なんとか机に向かい、そこにある椅子に腰かけた。
 そして、最後の気力を振り絞って、遺言を書き記すことにしたのだ。
 いつの日か、この場所に訪れし者に、私が見た真実を伝える為に……。

 最後になるが、私が隠したある物を見つけれたならば、イシュマリア王家に返却してもらえないだろうか。それが私からの最後のお願いである。
 願わくば、訪れし者がイシュマリアの民であらんことを……】――


 アヴェル王子はそこで紙を持つ手をおろした。
「……ここで終わりだ」
 全員無言であった。
 皆、信じられないような目でアヴェル王子の持つ紙に視線を向けていた。
 程なくして、ウォーレンさんが恐る恐る口を開く。
「イ……イシュラナが……偽りの神だと……なんなんだ、この手記は……それにアムクリストだと……馬鹿な……こんな事がある筈……」
「そ、そうですよ。こんな話デタラメですよ。こんなことある筈……ないです」と、ミロン君。
「なによ……これ」
「どういうことだ、一体……」
 ラッセルさん達やバルジさん達はそれ以上何も言葉を発しなかった。
 この場に沈黙が訪れる。
 そんな中、俺は少し引っかかる点があった為、それを訪ねる事にした。
「アヴェル王子、大盗賊バスティアンというのは、王城の方でも有名なのですか?」
「はい、有名です。後にも先にも、厳重な宝物庫に忍び入り、国宝を盗んだのはバスティアン以外おりません。稀代の大盗賊としてイシュマリア城でも記録されておりますから」
「そうですか……ですが、ここに記述されている事が正しければ、その考えは改めたほうが良いかもしれませんね。濡れ衣という可能性もありますから」
「しかし……しかしですよ……グッ……という事は……光の女神とは一体……」
 アヴェル王子はそれ以上は言わなかった。恐らく、考えたくもないのだろう。
 それは他の皆にしても同様で、誰一人として、この事に触れる者は皆無であった。
 信じたくないに違いない。これは無理もない。
 イシュマリアが建国されて3000年もの間、国を挙げて皆が信仰してきた女神だ。今の内容を受け入れられられよう筈もない。
(……もう、この話題について考えるのは止めておこう。ここにいる者達は皆、冷静に考えられないに違いない。それより、今はここを出る事と、もう1つの謎を解明しないといけない)
 俺は話を進めた。
「アヴェル王子、その遺言について今考えるのはやめましょう。それよりも、ここを出る方法を探すべきです。ですが、その前に……その遺言の中で1つ確認したい事があります」 
「確認したい事? それは一体?」
「最後の方に書かれていたアムクリストへの3つのお願いについてです。3つ目はなんて書いてありましたか?」
 アヴェル王子は紙に目を落とし、読み上げる。
「3つ目は……ある物をこの部屋の最も暗い場所に隠してほしいというお願いである……と書かれています」
「この部屋の最も暗い場所……」
 ラッセルさん達の声が聞こえてくる。
「最も暗い場所……」
「ここは元々真っ暗なのよ。どういう事かしら」
「わけが分からないわ」
「なんや、エライ、遠回しな言い方やなぁ~。元々暗いのに、最も暗いって意味不明やで……」
 皆、首を傾げていた。
 俺はそこで、室内を見回した。
(視界に入るのは壁際の酒瓶が置かれた棚と大きな木箱や小さい木箱、それとテーブルに椅子、それから遺体の座った椅子と机だけか……後は岩肌の壁と床と天井だけ……ン、そうか!)
「アヴェル王子、謎が解けました。ある物が隠されているのは、そこにある一番大きな木箱の下です」
「え!? 本当ですか、コータローさん……」
「コータロー、それはどういう……」
 わけが分からないのか、皆、口をポカンと開けていた。
「とりあえず、今は大きな木箱をどかして、その下を調べましょう」
「はぁ……」
 というわけで、俺達は一番大きな木箱の下を調べることにした。
 木箱を移動させると、地面に何かを埋めた形跡が微妙にあったので、そこを掘り返してみた。
 するとそこから、イシュマリア王家の紋章が刻まれた、美しい銀色の細長い箱が出てきたのである。
 アヴェル王子は驚きの眼差しで言葉を発した。
「こ、これは、王家の紋章……まさか、この箱は……」
「中を開けてみましょう。先程の遺言の内容が正しければ、恐らく、これは雨雲の杖だと思いますから」
「あ、雨雲の杖……」
 アヴェル王子は生唾を飲み込みながら蓋を開けた。
 その直後、ここにいる者達は皆、感嘆の声を上げたのである。
「こ、これは!?」
「すごい綺麗……」
「ほえ~、ごっつい綺麗な杖やんか」
 箱の中に納まっていたのは、眩い銀の柄の先端に、純白の雲のようなオブジェが取り付けられた杖であった。
 そのオブジェは見る角度によっては灰色や虹色のようにも見える。その為、見る者を魅了する美しさがあったのだ。
 俺はアヴェル王子に確認した。
「アヴェル王子……遺言の内容が正しければ、これは雨雲の杖だと思いますが、王城の方ではどんな杖であったかという記録とかはあるんですか?」
「ええ、記録されておりますが、この杖がそうなのかは、今は流石にわかりません。これを持ち帰り、王城で調べる必要がありますね……」
 と、ここで、ウォーレンさんが訊いてくる。
「ところでコータロー……どうしてこの木箱の下に隠されているとわかったんだ?」
「その手記には、この部屋の最も暗い場所に隠したと書かれてます。この3つのお願いは一種の謎かけなんですが、逆の発想で考えれば解きやすいんですよ」
「逆の発想?」
「はい。この場所は、今はレミーラの光があるので明るいですが、なければ真っ暗です。つまり、これを隠した時、彼等も俺達と同様、明かりを使用した筈なんです。2つ目の願いで、謎を解く手がかりとして、その事を指摘しています。そう考えるとですね、最も暗い場所とは、最も光が届かない場所と考える事ができるんですよ」
 俺はそこで周囲を見回すと続けた。
「そして……この空洞内で、最も光が届かない場所とは、すなわち、光を遮る物の置かれた下の地面となります。ですから、光を遮る面積が一番広い、この大きな木箱の下が最も暗い場所となるんです」
 アヴェル王子とウォーレンさんは納得したのか、ウンウンと頷いていた。
「なるほど……そういう風に考えると、確かに、この木箱の下になりますね」
「そういうことか……しかし、なんでこんな謎かけをしたんだ? 普通に書けばいいと思うが……」
「恐らくですが、魔物達に見つかった場合の対策としてという側面と、浅はかな考えの者には渡さないという、彼の気配りなのでしょう」
「確かに、そうなのかもしれないな……」
「この人なりに、精一杯、この国の事を思って最後を生きたんでしょうね……敬意を表しますよ、俺は」
 俺はそう告げた後、この遺体に対し、手を合わせて合掌した。
 ついつい日本の弔い方が出てしまったので、他の皆は不思議そうに俺を見ていた。が、まぁ仕方ない。しみついた癖というのは、どうにもならないものだ。
 黙祷を捧げたところで、俺は皆に言った。
「さて、それじゃあもうそろそろ、ここを出る方法を探しましょうか」
「でも、どうやらここで行き止まりのようです。この空洞には入ってきた扉以外ありません。どこかに抜け道があるのかもしれないが……」
 アヴェル王子はそう言って、周囲を見回した。
「抜け道はあると思いますよ。先程の遺言の内容から察するに、洞窟側の隠し扉以外にも、老魔法使いが出入りしていた抜け道が必ずある筈です」
「コータローさんはどこだと思いますか?」
 俺は扉の先を指さした。
「たぶん……ここには抜け道はないと思います。恐らく、その手前の空洞でしょう。ここには、空気の流れがないですからね。空気の流れがあるのは手前の空洞までです」
「た、確かに……」
「とりあえず、ここを出て、向こうに行きましょう」――


   [Ⅱ]


 遺体のある空洞から出た俺達は、空気の流れがある場所まで移動する。
 そこで立ち止まり、俺は天井付近に目を向けた。
「どうやら空気の流れはあの辺りですね……」
 位置的に俺達から15mほど上であった。
「あんなに高い位置からですか……どうしましょう? 壁はほぼ垂直ですから、行くのも至難ですよ」
「魔導の手を使えば、たぶん、いけると思います。つーわけで、ちょっと待っていてください」
 俺はそこで、空気の流れている付近にある岩のでっぱりに、見えない手を伸ばし、自分を引っ張り上げた。
 そして、空気の流れる箇所に来たところで、俺は暫しの間、壁に目を凝らしたのである。
(……微妙に薄明かりが見える……ってことは、この向こうは外かもしれない……とりあえず、壁を破壊してみるか)
 というわけで、俺は下にいる皆に告げた。
「皆、少し離れていてください。今からこの壁を壊してみます」
「わかりました」
 全員、距離を取ったところで、俺は魔光の剣を発動させ、光刃を壁に向かい深く切りつけた。
 するとその直後、壁の一部が崩れて落下し、外の眩い日光が射し込んできたのである。
 下から、皆の安堵の声が聞こえてくる。
「ああ、外の明かりだ!」
「間違いない、その壁の向こうは外だ」
「やっと出れるのね……」
「助かったぁぁ」
 俺は人間が通れるくらいに大きく穴を広げた後、一旦、下に着地した。
 アヴェル王子が労いの言葉をかけてくる。
「ありがとうございます、コータローさん。貴方のお陰で、なんとか脱出ができそうです」
「いや、ここにいる皆のお陰ですよ。それより、丈夫な紐のようなモノって誰か持ってますか?」
 するとボルズの背中にいるバルジさんが声を上げた。
「持っているとも。コッズ、宝探し用に準備した昇降用の綱があるだろ。それをコータローさんに渡してくれ」
「ああ」
 コッズという男戦士が、束ねられた綱を俺に差し出した。
「ありがとうございます。では、お借りしますね」
 そして俺は、魔導の手を使って上昇し、今開けた穴から外に出たのである。

 外に出た俺は、周囲を警戒しつつ、大きく背伸びした。
 眩しい日の光と、暖かな優しい風が俺の頬を撫でる。
 それもあり、外に出た瞬間、ホッとした気分になった。
 俺は背伸びをしながら、周囲を見回した。
 見たところ、外は少し盛り上がった丘のような場所であった。
 周囲は木々がまばらに生えている為、日光がよく届く。その所為か、辺りは青々とした雑草が茂っており、草原のような感じになっていた。
 魔物の気配も感じられない。今のところ、危険はなさそうな場所であった。
 まぁそれはさておき、俺は近くにある木に綱を括り付け、残った綱を穴に垂らした。
「皆、綱は括りましたんで、どうぞ上がってきてください!」
 アヴェル王子の元気な声が聞こえてくる。
「わかりました。では行くぞ、皆!」
 それから程なくして、全員がこの綱を伝って地上へと上がってきた。
 そして到着するや否や、皆は安堵の言葉を発したのである。
「ようやく地上か」
「ふぅ……流石に疲れたぜ」
「やったぁ、生きて帰れたぁ」
「こんなに外の空気って澄んでいるのね」
「ホンマや、めっちゃ空気美味いわぁ……」
「もうしばらく、洞窟には行きたくないわ」――

 地上に帰ってこれたという安心感からか、皆はその場に倒れるかのように腰を下ろし、横になった。ある者は大の字になり、またある者はうつ伏せになっていた。
 ここにきて緊張が緩んだこともあり、どっと疲れが来たのだろう。まぁ俺もだが……。 
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