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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv41 ゼーレ洞窟へ

   [Ⅰ]


 時間は少し遡る。
 これは、コータローがヴィザーク地区へと移動を始めてから、暫く後の話である――

 その頃、ウォーレンは屋敷の応接室のソファーに腰かけ、1人で考え事をしている最中であった。
(……コータローとミロンの言っている事が本当ならば、門は既に開かれている可能性が高いが、その門を開いたのは一体誰だ? 魔物か? それとも猊下の一団か? ……わからん。だが、何れにせよ、あの島はかなりの厳戒態勢を敷いているから、そう簡単に魔物はおろか、我等ですらおいそれと入る事は出来ない筈だ。一体どうやってあの遺跡に侵入したのだ……。魔導騎士や神官達に見つからず、遺跡の中に入る事などできるのだろうか? しかし、守衛の魔導騎士達の様子を見る限り、侵入者はいないような雰囲気だった。となると、門を開いたのは猊下達の一団か……う~ん、わからん……頭痛くなってくるな……。とりあえず、この件については判断材料が少ない。今は置いておくとしよう。まぁそれはともかくだ。コータローは一体何者だ……洞察力や思考力も凄いが、あれだけの腕を持つ魔法の使い手なら、このイシュマリアで少しは噂になってもよさそうだが……アイツの名前は聞いたこともない。しかも、話を聞く限りじゃ、有力貴族にも仕えていないみたいだ。まぁアマツの民みたいな外見だからかもしれないが、この国にもアマツクニ出身の魔導師やラミリアンの魔導師も極少数だがいる。だが、アイツは冒険者だと言っていた。本当なのだろうか……。出身はマール地方といっていたが……まぁいい……今から来る者達に訊いてみるのが早いか)
 と、その時、扉の向こうから女性の声が聞こえてきたのであった。

【ウォーレン様、アーシャ様達をお連れ致しました】

「うむ、お通ししてくれ」
 扉はゆっくりと開かれる。
 使用人に促され、5名の者達が部屋の中へと入ってきた。入ってきたのは、アーシャとサナ、それとレイスにシェーラ、最後にラティであった。
 4人と1匹が部屋の中に入ったところで、使用人は扉を静かに閉める。
 そこでウォーレンは立ち上がり、恭しい所作で手振りを交え、彼女達を迎えた。
「お休みのところを御呼び立てして申し訳ありません。ですが、早急にお伝えせねばならぬ事が出来たものですからな、ご容赦願いたい。さ、まずは、こちらにお掛けになって下さい」
「わかりましたわ」
「はい、では」
 全員がソファーに腰を下ろしたところで、ウォーレンもソファーに腰掛ける。
 そしてウォーレンは話を切り出した。
「さて、では、皆さんをお呼びした理由ですが……実はですね、先程、アレサンドラ家とラミナス公使から私宛に書簡が届いたのですよ。それで皆さんを御呼びしたのであります」
 ウォーレンはそう言って、テーブルの上に封筒を2つ置いた。
 その瞬間、4人は驚きの表情を浮かべる。
「えっ!?」
「ほ、本当ですか!」
「なんと!」
「ようやくね」
 アーシャは書簡に目を落とすと言った。
「ウォーレン様、読ませて頂いてもよろしいかしら?」
「どうぞ、ご覧になって下さい」
「では早速」
 アーシャとサナは封筒を手に取り、書簡に目を通しゆく。
 程なくして、アーシャが口を開いた。
「これによりますと、本人かどうかを確認をする為に、明日、アレサンドラ家の使いの者が来るみたいですわね。という事は、お父様の元へ向かうには、もう少し時間が必要なのですね」
「私のにも同じような事が書いてありました」とサナ。
 ウォーレンは頷く。
「ええ、申し訳ありませんが、そういう事になります。ですが、アーシャ様達の証言内容が間違いないと確認されれば、通行許可証が降りるのにそう時間はかからないでしょう。まぁそんなわけでですな、あと数日、我が屋敷に滞在して頂くことになりますので、そこは我慢して頂きたいのです」
「我慢だなんて、そんな……。私達はウォーレン様に物凄く感謝しているのです。感謝しても足りないくらいです」
「そうですわ。私達がこうしていられるのもウォーレン様のお蔭なのですから」
「それを聞いて私も安心しましたよ。ところで……アーシャ様に少し訊ねたい事があるのですが、よろしいですかな?」
「構いませんわ。何ですの?」
「……訊きたいのは他でもない、コータローの事なんですが……」
 と、ここで、ラティが口を挟む。
「コータローの奴、何かやらかしたんでっか?」
「いや、違う違う。そうじゃない。純粋に好奇心から訊きたいことがあるだけだ」
「そうですか……ちなみに、コータローさんの何を知りたいのでしょうか?」
「どういう素性の男なのか、わかりますかね。昨日、コータローと行動していて、それが少々気になったものですからな」
「素性……といわれましても、マルディラントで冒険者をしているという事くらいしか、私には分かりませんわ」
 どう答えるか、アーシャも悩んだが、とりあえず余計な事は言わないでおこうと考え、無難な返答に留めておいた。
 ここでサナが話に入ってきた。
「不審な点でもあったのでしょうか? コータローさんは怪しい方ではないと思いますよ。私はあの方と行動を共にしてましたので、それは断言できます」
「ああ、そういう意味で訊いたのではありません。ただ……あれほどの腕を持つ魔法使いなのに、冒険者をしているというのが不思議だったものですからな。それでですよ」
「そうですか……。ですが、私もコータローさんの事はそれほど深くは知らないのです。私も兄を通じて知り合ったものですから……申し訳ありません、ウォーレン様」
 アーシャはそう言って頭を下げた。
「いやいや、お気になさらないでください、アーシャ様。本人から直接訊けば良い話ですからな。さて、それはともかく、私の話は以上になります。明日、使者が訪れましたら、また御呼びする事になりますので、その時はよろしくお願いしますよ」
「はい、ウォーレン様」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」――


   [Ⅱ]


 翌日、朝食を終えた俺は、ウォーレンさんとアーシャさんに適当な理由を告げ、ラッセルさん達との待ち合わせ場所へと向かった。
 ウォーレンさんには、ゼーレ洞窟の件について返事をしてくるとだけ言っておいた。
 するとウォーレンさんは、「どういう決断を下したのか知らんが、あまり無理はするなよ」と言って、気楽に俺を送り出してくれたのである。
 魔の神殿に向かう途中、この話をしたので事情を察してくれたようだ。
 それからウォーレンさんは、「ああ、それから、今日も事情があってミロンはつけてやれそうにない。どうする、案内人をつけるか?」と訊いてきた。
 だが、昨日出歩いたことで街の移動にも慣れたので、俺は、「いえ、街の構造も大体わかってきましたから1人でも大丈夫ですよ」とだけ答え、屋敷を後にしたのである。

 話は変わるが、アーシャさんには昨日と同じ理由を話して、一応、納得はしてもらった。少し嘘を吐くことにはなるが、まぁこの際、やむを得んだろう。
 とまぁそんなわけで、俺は今日も辻馬車を使い、ラヴァナへと下ることになるわけだが……今日はお供が1匹いるのである。ラティである。
 今日はどうしてもラティに来てもらう必要があったので、昨晩お願いをしたのだ。
 で、来てもらった理由だが……実はラティ、ドラキー便の配達エリアということもあって、この辺りの地理には精通しているらしく、ゼーレ洞窟の辺りもよく知っているらしいのだ。
 しかも、普通の旅人が通らないような裏道も知っていると言ってたので、とどのつまり、ナビゲーターとして来てもらったのである。
 つーわけで話を戻そう。

 辻馬車に揺られながら、朝日が降り注ぐラヴァナの街並みを、俺はぼんやりと眺める。
 城塞に遮られ、影となる部分が多い所為か、モノクロ写真とカラー写真を合成したかのような、なんとも言えない街並みが目に飛び込んできた。
 それは正に、城塞都市ならではといった、明暗の別れる光景であった。
(城塞のお陰で強固な守りが得られるけど、考えてみれば、日当たりが悪くなるんだよな。日本に住んでた時も思ってたが、安全と快適さはなかなか両立しないのかも。まぁしゃあないか……)
 などと考えていた、その時である。

【グォォォン……グォォォン】

 イシュラナ大神殿の方角から、神官達の礼拝を告げる、重厚なイシュラナの鐘が鳴り響いてきたのであった。
 どうやら、もう集合時間になってしまったようである。
「あらら、鐘が鳴ってもうたやん。少し遅刻やな」
「だな。でも、東門まであと少しだ。ラッセルさん達も少しくらい待っててくれるだろう」
「せやな。あの兄ちゃん、結構、心が広そうな雰囲気やもんな。ところでコータロー、今日はアーシャ姉ちゃん達についとらんでよかったんか? 上の方から使者が来るんやろ?」
「2人の確認をしに来るだけだろ。なら大丈夫だよ。それに、俺は両家に仕えているわけではないから、いようがいまいが同じさ」
「ふぅん。まぁ、ええわ。それはそうと、ワイの知ってる道を行くのはええけど、道中どうやって危険回避するつもりなんや? 敵は多分、ごっついのばかりやと思うで。ワイもここ最近、ゼーレ洞窟方面は厳つい奴等が多なってきたから、あまり行ってへんねん。まぁこの間の魔物を見た感じやと、アルカイム街道側もそろそろヤバそうやけどな」
 俺はそこで、右手に持っている布にくるんだ細長いブツに目を落とした。
「ああ、それはな、コレを使うんだよ」
「実はワイ、それがさっきから気になっとったんや。なんなんやソレ?」
「へへへ、まぁ後でわかるよ」
「なんや気になる言い回しやな。まぁええわ、楽しみは後に取っておくわ」
「おう、楽しみにしててくれ」
 そんなやり取りをしつつ、俺達は進んで行く。
 暫くすると城塞東門が見えてきた。
 門に近づくにつれ、守衛の他に、ラッセルさん達の姿も視界に入ってきた。
 どうやら、少し待たせてしまったようである。とりあえず、着いたら謝っておこう。
 まぁそれはさておき、ラッセルさん達は昨日の打ち合わせ通り、馬車で来てくれたようだ。
 俺は馬に乗れないから、これで一安心である。
 ちなみにだが、ラッセルさん達の馬車は、ヴァロムさんのと同様、オープンカー仕様である。
 今日は晴れなので、日除けに屋根が欲しいところだが、まぁ仕方ないだろう。文句は言えん。
 と、ここで、御者の声が聞こえてきた。
「お客さん、城塞東門が見えてきましたが、門の前まで行きますかい?」
「ええ、お願いします」
「わかりやした」――

 程なくして門の前に着いた俺達は、辻馬車を降り、付近にいるラッセルさん達の元へと向かった。
 そして、まずは遅刻した事を皆に謝ったのである。
「おはようございます、皆さん。すいません、待たせてしまいましたね。余裕を持って出たと思ったのですが、遅れてしまいました」
「いえいえ、そんなに待ってないですから、気にしないでください」
「そうよ。私達だって、ついさっき来たばかりなんだから」
 シーマさんはそう言ってニコリと微笑んだ。
「そうっスか、ならよかった」
 俺はそこでラッセルさん達の面子をチラッと見た。
 今日のメンバーはこんな感じだ。
 ラッセルさんと妹のリタさん、そしてマチルダさんとシーマさんといった構成である。打ち合わせ通りの面子だ。

 話は変わるが、妹のリタさんはあの時の戦闘で精神的に相当参っていたようだが、一昨日辺りから大分回復してきたらしく、ラッセルさんは一応妹に声をかけてみると言っていた。なので、今日ここに来ていると言う事は、承諾したということなのだろう。
 だが、とはいうものの、俺は少し不安を覚えていたのである。なぜなら、精神的なダメージからの回復はというのは、そう簡単にはいかないからだ。大抵は時間がかかるものなので、そこが少し気掛かりであった。が、しかし……現代日本と比べると、魔物が蔓延るこの世界の人々は立ち直りが早い可能性もあるので、俺はとりあえず、了承したのである。
 まぁそういうわけで、今日はこの面子に、俺とラティを加えた計6名での冒険となるのであった。
 つーわけで話を戻そう。

 俺が謝罪したところで、ラッセルさんは妹さんを紹介してくれた。
「ではコータローさん、改めて紹介しよう。妹のリタだ」
 妹さんはボーイッシュなベリーショートの髪型をした赤い髪の女性であった。
 少し気の強そうな感じではあるが、結構な美人さんである。まぁ美男美女の兄妹ってやつだ。
 身長は170くらい。年齢はアーシャさんと同じくらいだろうか。
 それから、鋼の鎧と鋼の剣、それと鉄の盾といった武具を装備していた。
 雰囲気的には、少し旅慣れてきた女戦士といった感じの見た目である。
「さ、お前も挨拶するんだ」
 ラッセルさんに促され、リタさんはボソリと口を開いた。
「この間は、どうも……今日はよろしく」
 少し素っ気ない挨拶だったが、とりあえず、俺も自己紹介しておくとしよう。
「コータローです。今日はよろしくお願いしますね」
 俺はそう言って右手を差し出し、握手を求めた。
 だが、リタさんは面白くなさそうに、プイッとそっぽ向いたのである。
(あらら、俺、もしかして嫌われたかな……理由は何だろう? 遅刻してきた事を怒っているのだろうか……う~ん)
 と、そこで、ラッセルさんが慌ててリタさんに注意した。
「おい、リタッ。その態度はなんだ。失礼じゃないかッ! コータローさんは命の恩人なんだぞッ」
「だから今、お礼を言ったじゃないッ。もういいでしょッ」
 リタさんはやや声を荒げ、憮然とした態度をとった。
「お、お前な……何を考えているッ!」
 険悪な雰囲気になりそうだったので、俺は間に入る事にした。
「まぁまぁまぁ、俺も気にしてませんから、ラッセルさんもそう熱くならずに。それはそうと、もう挨拶はこの辺にして、そろそろ出発しませんか。明るい内に王都へ帰ってきたいですからね」
「すいません、コータローさん。後で妹にはきつく言っときます。では俺が御者をしますので、他の皆と共に、コータローさん達も後ろに乗ってください」
「わかりました。ではよろしくお願いします」
 というわけで、少し妙な空気になったが、ここから今日の冒険が始まるのである。


   [Ⅲ]


 王都を出発した俺達は、長閑な草原に伸びるアルカイム街道を真っ直ぐに進んでゆく。
 15分程度進んだが、魔物との遭遇は今のところない。
 王都近辺は魔物も少ないような事をウォーレンさんも言っていたので、暫くはこんな感じで進めそうである。
(とはいえ、油断は禁物だが……ン?)
 と、そこで、ラティが小声で俺に話しかけてきた。
「なぁ……ちょっとええか?」
「何だ?」
「……あのリタっちゅう姉ちゃん、時々、コータローにめっちゃメンチきっとるで。前になんかあったんか?」
 そうなのである。
 なぜか知らないが、リタさんは俺を時々睨みつけるのだ。
「う~ん、何もないと思うけどな……。つーか、前に会ったときは治療しただけだしね。遅刻してきた事を怒ってるとか?」
「あのメンチはただ事やないで。大体、少し遅刻したくらいで、あないな目せぇへんて。治療した時に要らん事をしたんやないんか?」
「そう言われてもなぁ」
 本当に何で睨まれるのやら……。
 まぁいい、今は置いておこう。
 そんな事よりも、そろそろあのアイテムの出番となるわけだが、見通しの良い景色が続くので、使う場所をどこにするか、俺は今、悩んでいるのであった。
 人目につくと不味いので、出来れば身を隠せるような所で、密かに使用したいのだ。
(さて、どこかに姿を隠せる良い所がないかな……)
 俺はそんな事を考えつつ、前方に視線を向けた。
 すると100m程先に、大きめの岩が幾つか点在している場所が見えてきたのである。
(おお、あの辺が良さそうだな。結構大きな岩がポツポツ見えるから、あそこなら周囲から目立つこともなさそうだ)
 つーわけで、俺は早速、ラッセルさんにお願いする事にした。
「ラッセルさん、前方に見える岩のある所で一旦止まってもらえますか」
「え? あの岩が沢山ある所でですか?」
「はい」
「はぁ……わかりました」
 ラッセルさんは首を傾げつつ、了承してくれた。
 そして、目的の場所へと来たところで、馬車はゆっくりと停車したのである。
 と、そこで、マチルダさんが訊いてくる。
「ねぇ、コータローさん。こんな所で止まって、一体何をするつもりなの?」
 他の2人もマチルダさんと同様に首を傾げていた。
 まぁこうなるのも無理はないだろう。
「ここからは、少しやらなきゃいけないことがあるんです。というわけで、早速で悪いんですが、皆、一旦馬車を降りて、あの岩の裏に行きましょうか。そこで説明をしますから」
 俺はそう言うと、街道の付近にある大きな岩を指差した。
「あの岩の裏に? ……わかったわ。じゃあ、皆、行くわよ」と、マチルダさん。
 その言葉を合図に、俺達は岩の裏へと移動を始めたのである。

 岩の裏に来たところで、俺は周囲を見回し、魔物と人の姿がないかを確認した。
 辺りは苔の生えた大きな岩がゴロゴロしているところだが、基本的に見通しの良い草原なので、そういった確認はしやすかった。
(……今のところ、人影や魔物の姿はないな。多分、大丈夫だろう。さて、それじゃあ始めるか……)
 俺は用意しておいた細長いブツを手に取り、それに巻かれた布を解いた。
 布の下から、紫色の水晶球と水色の水晶球が付いた杖が姿を現す。
 ちなみにこれは、ザルマ達の遺品である変化の杖だ。
 シーマさんが訊いてくる。
「それは……杖?」
「ええ、杖です。ですが、これは戦いに用いるモノではないですよ。変装用の杖なんです」
「へ、変装用?」
「コータローさん、どういう事ですか? わけが分からないのですが……」
 ラッセルさん達は全員がポカンとしていた。
「言葉通りの意味ですよ。さて、では始めますか」
 俺はそう言うと、まずは変化解除用である水色の水晶に魔力を籠めたのである。
 その瞬間、水晶から水色の霧が発生し、俺達を包み込んでいった。
 皆の驚く声が聞こえてくる。
「これは煙!?」
「わっ、何よこれ!?」
「なんやねん、この変な煙は!」
 程なくして霧は晴れてゆく。
 その結果、全員、変化無しであった。
(念の為の処置だけど、ラッセルさん達のパーティ内に、魔物はいないとみてよさそうだ。まぁ化けてたら、ラーのオッサンがどこかで忠告してくるだろうけど……)
「あの、コータローさん……妙な霧が発生したけど、何も変化が無いわよ」と、マチルダさん。
 俺はとりえず誤魔化しておいた。
「あらら、すいません、間違えました。変装は逆の水晶でした。さて、では論より証拠です。もう一度、いきますよ」
 俺は仕切り直しとばかりに、紫色の水晶球に魔力を籠め、紫の霧を発生させる。
 すると、今度は霧が晴れると共に、皆の悲鳴じみた声が聞こえてきたのである。
「なッ!? ま、魔物になってる!? な、なんでよッ!」
「どういう事よ、何で魔物にッ!?」
「嘘ッ!?」
「コータローさん、その杖は一体……」
 ラッセルさん達は初体験だから驚くのも無理はない。
 一応、皆の姿を言うと、ラッセルさんとリタさんが鎧の魔物である【地獄の鎧】で、シーマさんとマチルダさんが出来の悪いマリオネットを思わせる【泥人形】、ラティが緑色のドラキーである【タホドラキー】、そして俺はドラクエ2に出てきた魔法使い系モンスターである【妖術師】といった具合だ。中々ゲームでもお目にかかれないレアな魔物パーティである。とはいえ、ラティは色以外変化なしなのが、よくわからんところであった。
 まぁそれはさておき、俺は皆にタネをバラす事にした。
「これはですね、王都に来る途中、冒険者のフリをして俺達のパーティに襲い掛かってきた魔物が持っていた杖なんですよ。その魔物達を返り討ちにした後、戦利品として手に入れたんです」
「冒険者のフリをしてですって……そんな……魔物が人に化けるなんて」
 マチルダさんはこの事実に驚愕していた。
 無理もない。俺も奴等に襲われた時は、その事について多少なりとも驚愕したのだから。
「マチルダさんの言うとおりです。魔物の中には、人に化ける手段を持っている者もいるんですよ。ですから、こういった魔道具を所持する魔物もいると言う事を、ラッセルさん達も覚えておいた方が良いですよ。まぁそれはともかく、ここからはこの姿で移動する事にしましょうか。安全に魔物の住処に近づくには、魔物になるしかないですからね」
「た、確かに……この方法ならば危険は減りそうですね」と、ラッセルさん。
 するとそこで、ラティが訊いてきた。
「なぁ、コータロー、ワイはどんな姿なんや。自分で見られへんから、ごっつい気になるんや」
「ラティは緑色のドラキーになってるよ」
 だが俺の返答を聞いた瞬間、ラティは声を荒げたのであった。
「な、なんやてッ!? 緑色のドラキーって、ホンマかいなッ。嘘やろッ、嘘って言ってや!」
「嘘は言ってないぞ。どうしたんだよ、急に?」
「ホンマかいな……よりにもよってタホドラキーに変身なんて、最悪やないかッ」
 よくわからんので、訊いてみる事にした。
「タホドラキーだと、何か不味い事でもあるのか?」
「大アリや。その口振りやと、コータローは知らんみたいやな。まぁええわ、この際やから教えたる。……実はな、ワイ等ドラキーは色違いの種族が幾つかあんのや。それでやな、その中でもワイ等メイジドラキー族とタホドラキー族はめっちゃ仲悪い因縁の関係なんや。それはもう先祖代々からの因縁や。理由はわからんけどな。ワイも小さい頃から、タホドラキーみたら問答無用でどついたれって教えられとるくらいやで。せやから、ワイは今、めっちゃ気分が悪いねん」
「そ、そうだったのか。でも少しの間、我慢してくれ。ここからは変身解くと危険度が増すからな」
「しゃあないから我慢したる。でも、タホドラキーに変身するのはこれが最後やで」
「ああ、勿論だ」
 この様子だと、タホドラキーはメイジドラキーにとって嫌悪の対象なのだろう。
(理由はわからんと言ってたが、何で仲が悪いんだろう……。そういえば、ゲームではタホドラキーの所為でメイジドラキーの出番はなくなったなぁ……まぁ幾らなんでもこれが理由ではないだろうけど)
 それはともかく、これで用は済んだ。
 先に進むとしよう。
「さて、ではそろそろ移動を再開する事にしましょうか。でも、幾ら魔物に変身したといっても見た目だけですから、周囲の警戒は今まで通りですよ。道中危険な事に変わりないですから、気を緩めないでくださいね」
「ええ、勿論です」――
 

   [Ⅳ]


 変化の杖で魔物の姿になった俺達は、ゼーレ洞窟に向かい移動を再開した。
 道中、魔物と遭遇する事もあったが、この姿の所為か、俺達に襲い掛かってくる魔物は皆無であった。
 実を言うと、ゲームでは変化の杖を使っても、地上やダンジョンを移動している時のトヘロス効果は無かった気がしたので、少し不安だったのである。
 それに、魔物に化けた状態で襲われたら撤収も考えていた為、これは嬉しい結果なのであった。
(以前プレイしたドラクエシリーズじゃ、エンカウントを減らせるアイテムは聖水くらいしかなかったからなぁ。思ったよりも良いアイテムを拾ったのかも……)
 と、そこで、ラティの声が聞こえてきた。
「コータロー、ワイの知ってる近道行くんやったら、次の交差点を右に行った方がええで」
「ン? そうか。なら運転手に言っとかないとな」
 つーわけで俺はラッセルさんに言った。
「ラッセルさん、次の交差点を右にお願いします」
「右ですね。わかりました」
 それから程なくして交差点にやってきた俺達は、そこを右折し、暫く道なりに進み続けた。
 遠くに林が小さく見えたが、右折した先も今までと同様、緑の草原が広がっていた。
 王都を出発してからというもの、似たような景色がずっと続くので、眠くなってくるところである。
 おまけに魔物を警戒するあまり、皆、言葉少ななので、余計にそうなるのだ。
 だが、幾ら魔物に変化しているとはいえ、襲われないという保証はないので、勿論、油断は出来ない。
 その為、俺も欠伸を噛み殺して、皆と同じように警戒を続けねばならないのである。

 それから更に時間は経過する。
 交差点を右折してから1時間ほど進むと、俺達はいつしか林が幾つも点在する景観の場所へとやってきていた。
 そして、そこを更に進み続けると、前方に、緩やかな緑の丘が広がる丘陵地帯が見えてきたのである。
 視界に入る丘は、森と呼べるくらいの林を形成してるものが多かった。
 その為、ここはある意味、山の出来そこないが広がる所であった。
(なんか中途半端な景観の所だな。まぁ観光に来てるわけじゃないから、そんな事はどうでもいいけど。ン? そういえば……昨晩、ラティはなだらかな丘が続く所に抜け道があると言ってたな。もしかすると、この辺りなのかもしれない。訊いてみるか……)
「なぁラティ、抜け道はこの辺りか?」
「まぁ近いっちゃ近いけど、もう少し先やな。このまま道を進むと少し大きめの丘に突き当たるんやけど、抜け道はその丘にあるんや。ちなみにやけど、そこからは歩きになるさかい、馬車移動は丘の麓までやで」
 と、ここで、マチルダさんが話に入ってきた。
「え? 歩きなの?」
「せやで。実はな、その丘の裏側がゼーレ洞窟のある付近なんや。ほんでな、そこへと抜けれる1本道の洞窟が、その丘にあるんやわ。1人づつしか行けへんから、少し狭い洞窟やけどな。でも王都から陸路で進むんなら、そこが一番の近道やと思うで」
「そうなの、初耳だわ。まぁこんな所に来たのも初めてだけど」
 マチルダさんはそう言って周囲を見回した。
「まぁそうやろな。洞窟の入り口が分かりにくいから、冒険者でもこの抜け道知ってる奴は少ないと思うで。まぁワイも、ドラキー便仲間に静かな昼寝場所として教えてもらった洞窟やしな」
「へぇ、って事は、この辺りもドラキー便て来るのか?」
「時々やけどな。辺鄙な場所に暮らしてる方が、ほんのちょっぴりやけどいるんやわ。そういう方々の所にもワイ等は配達に行く事があるんや」
「なるほどねぇ」
 よくよく考えてみたら、ヴァロムさんの所にも来てたから、それが普通なのだろう。
 まぁそれはさておき、俺はラッセルさんに今の話を告げる事にした。
「ラッセルさん、馬車移動は、この道の終点となっている丘の麓までだそうですよ。そこからは歩きのようです」
「え? そうなのですか? じゃあ……馬車はどうしよう」
「ですよね」
 それが問題である。
「ああ、言い忘れたけど、その丘には抜け道以外にも、幾つか浅い洞穴があるさかい、そこに馬車を隠しといたらええわ。近くに川がある洞穴もあるしな。そういう所なら馬の飲み水には困らんやろ。とはいっても、餌はないけどな」
「そんな場所があるのか。ならそこに隠すとするか。餌については、今日の分は用意してきているから大丈夫だ」と、ラッセルさん。
「なら、決まりや。そこにしとき」――

 とまぁ、こんなやり取りをしつつ、馬車は進み続けるのであった。


   [Ⅴ]


 丘の麓に着いた俺達は、ラティの言っていた洞窟に馬車を隠した後、ゼーレ洞窟に向かい移動を開始した。
 そして、ラティを先頭に、抜け道である丘の洞窟へと、俺達は足を踏み入れたのである。
 洞窟の入り口は、木の根と岩に覆い隠されるような感じだったので、パッと見、そこに洞窟があるというのがわかりにくい所であった。これなら確かに、知っている者も少ないだろう。
 で、洞窟の中だが、流石に光が届かないので真っ暗だ。
 というわけで、ここからは俺のレミーラを頼りに進むことになるのである。
 レミーラによって露わになった洞窟内部は、ラティの言うとおり、確かに狭かった。幅は1m程で、人間が1人通れる程度のモノだ。
 だが、それほど内部には起伏がない上に、天井も約5mと高いので、思ったよりも楽に進める洞窟であった。とはいえ、オヴェール湿原に近い事もあってか、洞窟内部は結構湿度が高い。おまけに、天井から滴る水滴が首筋に落ちてくる事があるので、その度にドキッとするのである。
 そこが少し難点ではあったが、俺達は文句を言わず、黙々と進んで行った。
 ちなみにだが、今のところ魔物とは出遭っていない。恐らく、洞窟内部が狭いので、ここに魔物はあまりいないのだろう。多分……。
 まぁそれはさておき、暫く進み続けると、俺達の前に、突如、開けた空間が現れた。
 幅は今までの10倍以上ありそうな感じだ。
 それが奥へと続いているのである。
 環境が少し変わった為、俺達はそこで立ち止まった。
 と、ここで、ラティが口を開く。
「ここからは広くなるんや。出口までずっとこんな感じやから、もう楽にしてええで」
「出口までは後どのくらいだ?」
「すぐそこやで。そんなにかからん」
「そうか。じゃあ行きますか」
 俺の言葉に全員が頷く。
 そして俺達は移動を再開した。
 すると程なくして、光が射し込む出口が前方に見えてきたのである。
(ラティの言った通りだな。ようやく外に出られそうだ……ン?)
 だがしかし……ここで息を飲む事態に、俺達は遭遇するのであった。

【誰だッ、そこにいるのはッ!】

 声は出口の方から発せられていた。
 この声は確実に、俺達へ向けられたものである。
 俺達はそこで歩みを止め、前方の様子を窺う事にした。
 するとなんと、洞窟の出口付近に、2体の魔物が立ち塞がっているのを俺の目は捉えたのである。
 2体は共に同じ魔物であった。勿論、見覚えのある魔物だ。
 全身が濃い緑色の皮膚で、死神を連想させる大鎌を両手で持ち、蝙蝠のような羽を背中から生やした悪魔みたいな姿の魔物である。
 そんな容姿の為、一瞬、バルログやサタンパピーかとも思ったが、それとは違う種族であった。
 頭部の造形も違う。バルログはツルッ禿げだが、この魔物は鋭利な角が4本生えているのである。
(こいつらは……ドラクエⅣで、見たことがあるぞ。確か、ベレスとかいう魔物だ……。ベギラマを使う、それなりに強い敵だった気がするが……今はそれよりも、この状況をどうするかだ。何事もなく進めるといいが……) 
 ラティが俺に囁いた。
「コ、コータロー……どうしよ」
「オドオドするな。構わず進むぞ。俺達の姿がわからないから、ああ言ってるんだ。俺達は今、魔物なんだから、自然に行くぞ」
「お、おう、せやな」
 俺はそこで、ラッセルさん達にもその旨を伝えておいた。
 そして、ここからは俺が先頭になって移動を再開したのである。

 奴等の前に来たところで、1体が口を開いた。
「誰かと思ったら、仲間じゃねぇか。馬鹿な冒険者がノコノコとやって来たのかと思ったぜ。まぁいいや、さぁ通りな」
 そういうや否や、ベレス2体は俺達に道を開けてくれたのだ。
 少しドキドキしたが、何とか事なきを得たようだ。
 というわけで、俺もできるだけ、自然に振る舞っておく事にした。
「ご苦労さん。じゃあ、通らせてもらうよ」
「おう」
 俺達はベレスの横を通り、悠々とした足取りで洞窟を出る。
 その直後、太陽に照らされて光り輝く広大な緑の湿原が、俺達の目の前に姿を現したのであった。
 結構、ストレスのかかる行軍だったので、この光景を見て、俺は凄くありがたい気分になった。が、しかし……ベレスが門番の如くあそこに張り付いてるという事は、裏を返せば、ここは既に強力な魔物の勢力圏内という事を意味しているも同然であった。
 しかも、ここからは更に危険地帯に足を踏み入れる事になる為、俺達は今まで以上に警戒しながら進まねばならないのである。
 だがそうはいうものの、その前に少し休憩を挟みたいのは正直なところであった。
 その為、洞窟を出た俺達は、とりあえずは進み続け、静かで見通しの良い大きな沼の畔に来たところで、一息入れる事にしたのである。

 俺はその辺の岩に腰かけ、肩の力を抜いた。
 と、そこで、マチルダさんがボソリと呟いた。
「はぁ……心臓に悪いわね。でも、ここは見覚えのある景色だわ。ゼーレ洞窟のすぐ近くよ」
「へぇ、そうなんですか。で、ゼーレ洞窟はどの辺りなんですか?」
 するとラッセルさんが、とある方向を指さして教えてくれた。
「あそこですよ。この大きな沼地の向こう側にある、盛り上がった丘の斜面です」
 ラッセルさんの指先を追うと、確かに丘があった。が、しかし……その辺りは、ヤバイ魔物が沢山徘徊している所でもあったのだ。
(ゲ……あの魔物達は……こいつはかなりデンジャラスだぞ……マジかよ)
 俺はもう一度確認してみた。
「……魔物が沢山徘徊している、あの辺りって事ですか?」
「ええ、そうです。しかし、あの魔物の数を見るに、これは思った以上に不味い事になってそうですね。しかも、見た事ない魔物ばかりだ……」
「……」
 俺にとっては数も然る事ながら、徘徊している魔物の方が問題といえた。
 なぜならば、ゲームだと後半に入りかけた頃に現れるモンスターばかりだったからだ。
 褐色の巨体を揺らしながら歩く巨人・トロル。
 トロルよりも大きな、青い肌の一つ目巨人・サイクロプス。
 白い毛に覆われた猿顔の悪魔・シルバーデビル。
 6本の腕に剣を持った茶色の骸骨剣士・地獄の騎士。
 そういった厄介な魔物の姿が、俺の目に飛び込んできたのだ。
(う~ん……流石に、このレベルの魔物と戦うのは厳しいな。戦闘になったら、まず勝てない。はぁ……やだなぁ、もう……何でこんな所に来たんだろう、馬鹿だな、俺……。でも、ここにコイツ等がいるという事は……辺りには、相当濃い魔の瘴気が漂っているに違いない。こりゃただ事じゃないぞ……)
 俺はラッセルさん達に忠告しておいた。
「……皆に言っておきます。俺達は洞窟の実態調査に来たんです。ですから、奴等とは決して戦ってはいけませんよ。ハッキリ言いましょう。俺達の戦力では、かなり厳しい魔物ばかりです。戦えば全滅が待っていると思ってください」
「え? コータローさん、アイツらを知ってるの?」とシーマさん。
 俺は頷くと、少し嘘も混ぜて話しておいた。
「ええ、知ってますよ。あれは、ラミナスが滅ぼされた時に襲来した魔物ですから、熟練の冒険者でも奴らを倒すのは至難の技だと思います。ですから、間違っても戦おうなどと思わないでください」
 ラミナスを滅ぼされた時にアイツ等がいたという確証はないが、ザルマが引き連れていた魔物よりも強い魔物ばかりなので、当たらずとも遠からずな筈である。
「ラ、ラミナスを滅ぼした魔物……ゴクリ……」
 皆の生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
 どうやら、俺達が今置かれている状況を理解したのだろう。 
「そういうわけなので、進む前に約束してもらいたいのです。コチラから奴等に戦いを仕掛けるような真似は絶対にしないと。いいですね?」
「わかりました、コータローさん。貴方の指示に従います」
「わ、私も従うわ」
「私も」
「ワイも」
 ラッセルさんとマチルダさん、それからシーマさんとラティが答える。
 だが、リタさんは何も言わなかったので、俺は今一度言っておく事にしたのである。
「リタさん、返事は? 貴方が俺の事を嫌うのは自由だが、これだけは約束してほしいんです。でないと、ここから先は進むわけにはいきません。1人の過ちがパーティ全員の命取りになるのですから」
 するとリタさんは渋々返事してくれた。
「……わかったわよ。言うとおりにするわ」
「お願いしますよ。俺もこんな所で死ぬのは御免ですからね」
 ラッセルさんが念を押した。
「頼むぞ、リタ。無茶はするなよ」
「だから、分かったって言ったでしょ」
 リタさんが少し不安だが、とりあえず、ここは信じる事にしよう。
「では、あと少しだけ休んでから出発するとしましょう」
 そして、俺達は暫しの休憩の後、凶悪な魔物が徘徊する区域へと、移動を再開したのであった。 
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