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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv38 魔の神殿(i)

   [Ⅰ]


 境界門の先は若干の上り坂となっていたが、相も変わらず、砂利道の両脇には雑木林が広がっていた為、山道を歩いているかのような気分であった。
 俺達はそんな林の中を無言で進んで行く。
 すると程なくして、異様な様相をした古びた建造物が、前方に見えてくるようになったのである。
 形状が少し変わっており、丸いドーム状の屋根に、古代ローマの神殿を組み合わせたような外観の建造物であった。
 大きさは日本武道館くらいだろうか。かなり大きな建造物である。
 以前、イタリア・ローマの観光雑誌を見た事があったが、それに出てきたパンテオンと呼ばれる建造物と、少し似ているように俺は感じた。が、俺はパンテオンの実物を見た事がないので、あくまでも、そんな気がしただけである。
 また、建造されてからかなりの年月が経過しているのか、壁や柱は色褪せており、至るところに苔や蔓などが絡みついていた。その為、建物が森の一部と化しているようにも見えるのだ。
 とりあえず、そんな感じの建造物なのだが……異様な様相としているのはソレではない。
 建造物の周りに張り巡らされたとあるモノが、見る者にそう感じさせるのである。
 そのあるモノとは何かというと、建造物を囲うように張り巡らされた、高さ5mはあろうかという巨大な鉄格子の柵であった。
 そう……まるで牢獄のような柵に、その建造物は囲われているのだ。
(しかし、ま、なんつーか……建物が罪人みたいな感じだな。この柵は王家か、もしくはイシュラナ神殿側が作らせたのだろうと思うけど……ここまでやるかって感じだ)
 ふとそんな事を考えていると、ウォーレンさんの声が聞こえてきた。
「ロダス神官、見えてきました。あれが魔神・ミュトラを祭ってあるという古代の遺跡、魔の神殿です」
「ほう、あれが……」
 思った通り、あれが古代遺跡のようだ。
 というわけで、俺達はその建造物に向かい、歩を進めるのである。

 道を真っ直ぐに進んで行くと、柵に設けられた鉄格子の扉が見えてきた。
 またそれと共に、門番のように扉の前で立ち塞がる2人の神官の姿も視界に入ってきたのだ。
 神官は2人とも男で、白い神官服の上から鉄の胸当てや、剣にモーニングスターといった武器を装備をしていた。これを見る限り、どうやら武闘派の神官のようである。
 また、その鉄格子の扉の近くには、守衛所と思われる石造りの四角い建物があり、そこには3名の武装した神官達が屯しているのであった。
 建物の大きさは公園とかでよく見かけるトイレ程度のモノなので、そんなに大きくはない。
 ここから察するに、それ程多くの神官は、この入口付近に配置されてないのだろう。

 俺達が扉の前に来たところで、神官達は恭しく頭を下げ、挨拶をしてきた。
「お勤めご苦労様でございます、ウォーレン様にロダス様。エイブラ管理官より、報告は受けております」
 ロダス神官が一歩前に出る。
「貴方がたも、ご苦労様です。さてそれでは、鍵を開けようと思いますので、少し下がって頂けますかね」
「ハッ」
 神官達は扉の脇へと下がる。
 と、そこで、あるモノが俺の目に飛び込んできたのである。
 それは何かというと、扉の合わせ目に取り付けられた、丸く大きな銀色のプレートであった。
 大きさは直径1m程で、中心にはでかでかとイシュラナの紋章が彫られていた。
 しかも奇妙な事に、イシュラナの紋章の中心には、何かを納めるかのような丸い窪みがあるのだ。
(なんだ、あの丸い窪みは? いかにも何かありそうな感じだが……ン?)
 ふとそんな事を考えていると、ロダス神官はそこで扉へと移動する。
 そして、プレートの窪みにゴルフボール大の白い球体を納め、呪文のような言葉を唱え始めたのである。
【……レクーテ・イーラ……ヒヨ・ウーハ……カウツ】
 すると次の瞬間、白い球体が光り輝くと共に、丸いプレートはカチャリという音をたて、横へとスライドしたのであった。
(へぇ、なるほど……魔法の鍵ならぬ、魔法の錠前ってとこだな。芸が細かい)
 扉が解錠されたところで、ロダス神官は左右の扉を押して開き、俺達に中へ入るよう促してきた。
「さぁ、それでは中へとお進みください、ウォーレン殿とお供の方々」
「ありがとうございます。では」
 ウォーレンさんを先頭に、俺達は柵の向こうへと足を踏み入れる。
 俺達全員が柵を潜り終えたところで、鉄格子の扉は神官達によって閉じられた。
 その瞬間、牢の中に放り込まれたかのような、嫌な気分になったのは言うまでもない。
(目の前の遺跡よりも、この柵の方が嫌だよ、俺は……)
 と、ここで、ウォーレンさんの声が聞こえてきた。
「それでは、ロダス神官、入口はあそこになりますので、私に付いて来てください」
「ええ、では参りましょう」
 そして俺達は、古代遺跡の入口へと向かい、移動を開始したのである。


   [Ⅱ]


 鉄格子の柵を抜け、パンテオンのような丸柱が立ち並ぶ魔の神殿へとやって来た俺達は、とりあえず、入口の手前で立ち止まる事となった。
 理由は勿論、重厚な銀の扉によって入口が塞がれていたからである。
 扉は両開きで、幅5m以上はある大きな物であった。
 建物の古さと比べると、比較的新しい扉なので、恐らく、後世になってから取り付けられたモノなのだろう。 
 ちなみにだが、この扉にも、イシュラナの紋章が描かれた先程の丸いプレートが施されていた。
 その為、ここでまた、ロダス神官の解錠作業が始まる事になるのである。
 ロダス神官は先程と同じような手順で解錠すると、左右の扉を全開にし、俺達に中へ入るよう促した。
「さぁ中へどうぞ」
「では……」
 そして俺達は、魔の神殿の中へ、恐る恐る足を踏み入れたのであった。

 銀の扉の向こうには、幅5mほどの石畳の通路が真っ直ぐ伸びていた。
 通路の壁に目を向けると、レンガのように幾重にも積み上げられた石の壁が視界に入ってくる。
 その影響か、ここは少しヒンヤリとした冷気が漂う通路となっていた。が、しかし、それは先程までならと付け加えなければならないだろう。
 なぜならば、今は入口から、外の光が良い角度で射し込んでくるので、そこまで寒さは感じないからである。
 しかも、そのお蔭もあって、かなり見通しが良い通路となっているのだ。これは嬉しい誤算であった。
 そんな見通しの良い暖かな通路を、俺はウォーレンさん達の後に続いて進んで行く。
 だが少し進んだところで、俺は奇妙な引っ掛かりを覚えた為、思わず立ち止まったのであった。
 俺は背後を振り返り、開かれた遺跡の入口と、その向こうに小さく見える鉄格子の扉へと視線を向けた。
(これはまさか……もしかすると……いや、まだわからない。もう少し様子を見てから判断しよう。とりあえず、モノの見方を変える必要がありそうだ)
 と、そこで、ミロン君の声が聞こえてきた。
「どうしたんですか、コータローさん? 外に何かいたんですか?」
「ン? ああ、いや……なんでもない。とりあえず、先に進もうか」――

 通路を20mほど進んだ先には、大きな四角いフロアが広がっていた。
 数値で表すならば、横20mに奥行きが20m、それから高さが10mといったところだろうか。かなり広い空間である。
 また、見回したところ、窓という物は見当たらなかった。
 周囲の壁にあるのは、魔物との戦いを描いたであろう彫刻壁画だけで、それ以外は何もない。
 俺達が入ってきた所だけが、唯一、外部と繋がれる接点であった。
 早い話が、ここは行き止まりの部屋なのである。
 以上の事から、少し閉鎖的なフロアなのだが、ここはそんな事など霞むくらいに、もっと目を引くモノがあるのだ。
 それは何かというと、このフロアの中央にはチェスのポーンを思わせる大きな白いオブジェが1つあり、またそこから少し離れた位置には、トーテムポールを思わせる奇妙な紋様が彫りこまれた4つの灰色の柱が、オブジェを交差するように対角に立っているのである。
 しかも、それぞれが人の背丈の3倍くらいありそうな大きさなので、一際目を引く存在なのだ。
 おまけにそれらは、磨き抜かれたかのように色艶も良く、今は入口から射し込む日光が反射して眩い輝きを放っていた。その為、この空間は今、照明など無くても隅々まで見渡せるくらいに光が行き渡っているのであった。
(これだけ明るいと、レミーラとか松明は必要ないな。助かるわ)
 俺はそんな事を思いつつ、中央にあるポーンのようなオブジェに目を向けた。
 と、そこで、中央のオブジェの前に、人の背丈ほどの石版が立っているのが、視界に入ってきたのである。
 石板には、古代リュビスト文字の羅列がズラズラと彫られていた。
(なんだ、あの石碑みたいなのは……。何か書いてあるが、古代リュビスト文字だからなぁ……う~ん、わからん)
 何が書いてあるのかサッパリ分からないが、石碑の位置から察するに、訪問者へのメッセージと思って間違いないだろう。
 つまり……超重要な事が書かれている可能性があるという事だ。残念……。
(なんて書いてあるのか知りたいところだが、読めん以上は仕方ない。後で、ウォーレンさんにでも聞いてみよう。それよりもだ……このポーンみたいなのや、あの妙な柱は、一体何なんだろう? こんなの初めて見る……でも、これ……色褪せた建物の古さとは裏腹に、綺麗な外観してるんだよな。一体何で出来てんだろうか? 石とか木ではないみたいだが……。まぁいいや、今は余計な事はせずに、周囲の確認でもしとくか)
 興味は尽きないが、とりあえず、周囲の確認を優先する事にした。
 俺は左側から時計回りで順に見てゆく。
 だが、これといって気になるところはなかった。
 強いてあげるならば、沢山の枯葉や黄化した葉が床に散らばっている事くらいだろうか。
 そんなわけで、特に目を引く物はなかったのだが、正面の壁に目を向けたところで、俺はある部分に目が留まったのである。
(ん? なんだ、あの妙な紋章は? 壁画と関係ない場所にあるから、なんか気になるな……どことなく、雪の結晶を思わせる紋章だが……)

 そう、それは雪の結晶にありそうな紋章であった。
 それが、オブジェの丸い先端部と同じくらいの高さの所に描かれているのだ。
(わけがわからん……。近づいてじっくり見てみたいところだが、余計な事はしないでおこう)
 と、そこで、ウォーレンさんの声が聞こえてきた。
「ではロダス神官、ここからは石碑の内容を試してみようと思いますので、我々の好きなようにやらせて頂いてもよろしいですかな?」
「私は立会わせてもらうだけですので、どうぞ、おやりになってください。ですが、上手くいく可能性は限りなく低いと思いますよ。数百年前に、神官の制止を振り切って試された方がいたらしいですが、全て失敗したと記録にありますからね。まぁもっとも、試されたその方は、異端審問にかけられて、処刑されてしまいましたが……」
「ええ、それは私もわかっております。ですが、此度の湖の異変は、ここから始まっているような気がしてならないのです。それに、今回の事については、ヴァリアス将軍も同意しておりますので、このまま退き返すわけにもいきません。ですから、このまま続けさせて頂こうと思います」
「そうですか。なら、これ以上は言いますまい。どうぞ、おやりになってください。その石碑に書かれている浄界の門とやらが上がるかどうかは、やってみなければわかりませんからね」
「ええ。ですので、ロダス神官には申し訳ありませんが、暫しの間、お付き合い下さいますよう、よろしくお願い致します」
 ウォーレンさんはそこで俺達の方へ振り返り、これからの説明を始めた。
「さて、それでは今から、そこにある4つの柱に力を籠める作業から入ろうと思うが、その前に各自が受け持つ柱について説明しておこう。まずミロンだが、お前はあの柱へと向かってほしい」
 ウォーレンさんはそう言って、左側の奥の柱を指さした。
「はい、わかりました」
「ハルミア殿は左の入り口側の柱をお願いする」
「了解しました」
「それからコータローは、右の入口側の柱をお願いしたい」
「あれですね。わかりました」
「そして、残ったあの柱は俺が向かうとしよう。さて、そこでだが……今から力を籠める作業をするにあたって、言っておかなければならない事があるので、まずはそれを話しておくとしよう。そこにある中央の石碑には、古代リュビスト文字で、こんな文章が書かれている。まずはこの一文だ。【浄界の門に訪れし者よ。4つの祭壇に異なる力を与え、聖なる鍵を然るべき場所に納めよ。さすれば道は開かれよう。……吹き荒ぶ風の力……燃え盛る炎の力……凍てつく氷の力……全てを癒す慈愛の力……それらの力が満たされし時、導きの祭壇にミュトラの紋章が姿を現す】とな」
 ミュトラの紋章はともかく、前者の言葉は魔法の事だとは思うが、とりあえずはウォーレンさんの言葉を待とう。
 ウォーレンさんは続ける。
「で、今言った内容だが、まず4つの祭壇とは、状況から考えて、この周りにある4つの柱と見て間違いないだろう。それから石碑は、この柱に呪文を籠めろという事を言っているのだと思う。そこでだ。今言った4つの力を魔法に当てはめるとだな、解釈としては、バギ・メラ・ヒャド・ホイミといった魔法になると思われる。なので、今から皆には、力が満ちるまで、これらの魔法を柱に籠め続けてもらいたいのだ。とりあえず、ここまでは理解してもらえただろうか?」
 俺達は無言で頷いた。
「では話を進めよう。それで、籠める魔法だが、ミロンにはヒャドを柱に籠めてもらいたい。それからハルミア殿にはホイミをお願いしよう思うが、どうだろうか?」
「ヒャドなら大丈夫です」
「ホイミですね。了解しました」
「ではお願いする」
 ウォーレンさんは次に、俺へ視線を向けた。
「それとコータロー、確か昨日、メラ系を使えると言ってたな?」
「ええ、まぁ……」
「ではコータローには、メラをお願いしようか。そして、俺がバギを柱に籠めるという事で、今から始めようと思う。何か質問はあるだろうか?」
 俺はとりあえず、手を上げた。
「あの、ウォーレンさん、2つほど質問が」
「なんだ、コータロー?」
「まず1つ目ですが、人の魔力は無限ではありません。場合によっては枯渇する事も考えられます。どれだけ魔力を籠め続けるのかわかりませんが、その場合はどうするのですか? なにか回復できる物などはあるのでしょうか?」
「ああ、それについては対策として、魔法の聖水を沢山持ってきている。だから、魔力が尽きそうになったら遠慮なく俺に言ってくれ。まぁとは言っても、これにも限りはあるがな」
 ウォーレンさんはそう言って、自身が持つ大きめの道具袋を指さした。
 一応、 準備はしてあるようだ。
「ちゃんと手を打ってあるんですね。わかりました。その時は、そうさせて頂きます」
「で、もう1つの方は何だ?」
「ウォーレンさんは今、柱に魔力を籠めると仰いましたが、どうやって籠めるのですか? 籠める方法とかは、そこの石碑に書いてないのでしょうか?」
 すると、ウォーレンさんは頭をポリポリとかいた。
「すまんな、ソイツを言うのを忘れてたよ。で、籠める方法だが……それが実はなぁ、石碑には書いてないんだ。だから、ここは当てずっぽうな方法になるが、皆には柱に直接触れて魔法を行使するという方法をお願いしようと思っていたのさ」
「ああ、そういう事ですか。了解しました」
 まぁ分からんもんは仕方ない。
 俺はウォーレンさんの指示通りにするだけだ。
「さて、他にはないだろうか?」
 誰も手を上げる者はいなかった。
「じゃあ、そういうわけで、よろしく頼む。私からは以上だ。では各自、柱に向かってくれ」
 その言葉を合図に、俺達は指示のあった柱へと移動を始めたのである。


   [Ⅲ]


 人と魔物が戦っている様子が彫られた柱に手を触れ、俺はメラを唱えた。
 すると魔法は発動せずに、魔力自体が吸収され、柱は仄かに赤い光を帯び始めたのである。
 それはまるで、炎として変換される前に、メラの魔力を吸収するかのような現象であった。
 この柱の反応を見る限り、どうやらウォーレンさんの解釈で正しいのかもしれない。
(少し続けてみるか)
 俺は何回かメラを唱えてみた。
 すると、メラを行使するに従い、柱に帯びた光は、少しづつ強さを増していったのである。
(へぇ……魔法を籠め続けると蓄積されるのか……って事は、メラミもいけるのだろうか? とりあえず、試しにやってみよう)
 つーわけで、俺はメラミを唱えてみた。
 するとメラミも同じように、柱は吸収したのである。
 しかも、メラミの場合は、光の増し具合も少し大きかったのだ。
(どうやらこの感じだと、メラミでもいいみたいだ。なるほどね……この光の強さが、力の蓄積量を表しているとみてよさそうだ。さて、それじゃあ、どれだけ籠めればいいのかわからんが、一丁やってみるか……)――

 それから暫くの間、魔法を籠める作業を何度も繰り返していると、柱に異変が現れた。
 なんと柱から、「ブーン」という低いモーター音のようなモノが聞こえると共に、眩い光が発せられたのである。
 そして次の瞬間、柱の先端から、赤い光線のようなモノが撃ち出されたのであった。
 赤い光線は、ポーンのようなオブジェの先端部にある、丸い球体へと向かって伸びていた。
(な、何だ、この光線は……)
 それからさほど間をおかずに、他の皆が受け持つ柱からも同じような現象が起き始めた。
 青い光線と白い光線、それから緑の光線が、中央のオブジェに向かって撃ち出されたのである。
 4つの光線を浴びる中央のオブジェは、次第に、虹のような色彩鮮やかな光を発し始めた。
 と、そこで、皆の驚く声が聞こえてきた。
「こ、これはッ!?」
「おお!」
「この光は何なのだ、一体……」
 ハルミアさんの疑問にウォーレンさんが答える。
「恐らくですが、石碑に書かれている『力が満たされし時』とは、この現象の事なのかもしれません」
「なるほど、その可能性は大いにありそうですね」
 色々と謎の尽きない現象だが、こうやって眺めていても仕方がないので、俺はウォーレンさんに問いかけた。
「それはそうと、ウォーレンさん。どうします? まだ魔法を籠め続けますか?」
「そうだな……とりあえず、これで力は満ちたと仮定して、次に行ってみるとしようか」
「わかりました」
 俺は柱から手を離した。
「ではみんな、中央の石碑の前へ集まってくれ。そこで次の説明をしよう」
 というわけで、俺達は一旦、中央の石碑前へ集合する事となったのである。

 全員が石碑の前に集まったところで、ウォーレンさんはとある一文を指でなぞり、話を切り出した。
「さて、それでは今から、先程の続きであるこの部分を実行しようと思うのだが、まずはその前に、解読した内容を話しておこう。ここにはこう書かれている。【姿現せしミュトラの紋章に、聖なる鍵を納め、光迸る(いかずち)の力を与えるがよい。聖なる鍵と盟約の力により、浄界の門は開かれる】とな」
 今の話でどうしても突っ込みたいところがあったので、俺はとりあえず手を上げた。
「あのぉ……ちょっといいですか?」
「ン、何だ?」
「今、光迸る雷の力って言いましたけど、それってデインの事じゃないんですか?」
 すると、何でもない事のように、ウォーレンさんは言ったのである。
「ああ、だろうな」
「だろうなって……デイン使えるのって王族だけなんじゃ……」
「フフフ、心配するな。そこはもう手を打ってある」
 ウォーレンさんはそこで、ハルミアさんの方に視線を向けた。
 するとハルミアさんはウォーレンさんに頷き、予想外の行動に出たのである。
 なんと、口元や顎に生えている髭を勢いよく毟り取り、長い髪を引っ張ったのだ。
 そして次の瞬間、今まで髭が生えていた箇所からは、きめ細かな白い素肌が露わになり、頭部からは、爽やかなショートヘアスタイルの赤い髪が姿を現したのであった。
 そう……ハルミアさんはやはり変装をしていたのである。
 しかも、凄い美形のイケメンであった。
 スッと通った形の良い鼻に、細い顎と穏やかな目尻の碧眼、そしてニヒルな口元……もうこれがゲームだったならば、この人が主人公だろってくらいに美男子であった。
 もし地球にいたならば、セフレには不自由しなさそうなほどである。チクショーってなもんだ。
 と、ここで、ロダス神官の驚く声が聞こえてきた。
「なッ!? あ、貴方は……まさか……ア、アヴェル王子ッ! アヴェル王子がどうして此処にッ!」
 神官の様子は明らかに狼狽えており、信じられないモノを見るかのように、大きく目を見開いていた。完全に予想外だったのだろう。
 つーか、これは俺も予想だにしなかった事である。
 変装しているとは思っていたが、まさか王子様だったとは……。
 正体を現したアヴェル王子は、ロダス神官に向かい、笑みを浮かべた。
「申し訳ありませんね、驚かせてしまい。まぁ私は昔からフラフラするのが性分ですのでね。大目に見て頂きたい。それに、ミュトラの神殿というのにも少し興味もあったものですからね。だから、無理を言ってウォーレン殿に同行させてもらったんですよ」
「クッ……し、しかしですな……この地は穢れに満ちている為、古来より、王家の者は立ち入らない事になっている筈です。次期国王と目される貴方様が、ここに足を踏み入れるなんて事は、幾らなんでも……」
「ははは、申し訳ない。それはわかってはいるのですが、どうにも、興味の方が勝ってしまいましてね」と、アヴェル王子は爽やかに返した。
 ロダス神官は、苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。
「アヴェル王子……此度の事は、アズライル猊下に報告させてもらいますぞ。私も見て見ぬフリは出来ませぬのでな」
「ええ、構いませんよ。どうぞ、報告なさってください。さて、それでは始めようか、ウォーレン」
「ええ」
 ウォーレンさんはそこで、懐から小さな木箱を取り出した。
 それは来る途中に見せてもらった、あの木箱であった。
 ウォーレンさんは木箱の上蓋を開け、中から銀色の鍵みたいなモノを手に取ると、話を進めた。
「さて、では次にだが、コータローとミロンはとりあえず、魔力の回復でもしながら待機していてくれ。ここからは、俺とアヴェル王子でやってみようと思うのでな」
「了解です」
「はい、ウォーレン様」
「ではアヴェル王子、始めましょうか」
「ああ」
 そして2人は、中央の祭壇へと向かったのである。

 ウォーレンさんとアヴェル王子は、祭壇の前で一旦立ち止まると、少し上にある祭壇の中央部分に視線を向けた。
 俺もそこに目を向ける。
 すると、見覚えのある紋章が、視界に入ってきたのである。
(ン? あれは……正面の壁と同じやつか)
 そう……祭壇の中央には、正面の壁にある雪の結晶みたいな紋章と同じモノが浮かび上がっていたのだ。
 しかも、まるで何かを待つかのように、紋章は白い光を携え、ゆっくりと点滅していたのである。
 それだけじゃない。その紋章の中心には、前方後円墳を思わせる鍵穴のようなモノまであるのだ。
(あれが、ミュトラの紋章とかいうやつなのだろうか? まぁ流れ的にそんな感じがするが、それにしても……真ん中の穴は、モロに鍵穴って感じの穴だな……)
 と、ここで、アヴェル王子の声が聞こえてきた。
「あの紋章がそうみたいですね……」
「ええ、恐らくは。さて、それでは鍵を挿してみましょう」
 ウォーレンさんはそう言って、紋章の中心にある穴に先程の鍵を挿しこんだ。
「さぁ準備は出来ました。後はお願いします、アヴェル王子」
「では、少し下がってくれ」
「ハッ」
 ウォーレンさんは後ろに下がる。
 そこでアヴェル王子は右手を紋章の前にかざし、呪文を唱えたのであった。
【デイン!】
 その刹那、アヴェル王子の右手から電撃が迸る。
 祭壇に浮かび上がった紋章は、電撃を浴び、一瞬、眩く光り輝いた。
 だがその直後……なんと、雪の結晶のような紋章は、フッと祭壇から消えてしまったのである。
 そして、挿してあった鍵は祭壇からはじき出され、床に落下したのであった。
 それだけじゃない。今まで俺達が籠めた柱の光も、それと同時に消えてしまったのだ。
 辺りにシーンとした静寂が漂う。
(あらら……失敗かな、こりゃ)
 と、ここで、困惑するウォーレンさんの声が聞こえてきた。
「どうしたんだ、一体……なぜ消えた?」
「ウォーレン、これはもしや失敗という事だろうか?」
「わかりません。ですが、まだ結論を出すには早いです。とりあえず、少し周囲を調べてみましょう。何か変化があるかもしれません」
「だな。少し見てみよう」
「では、コータローとミロンも手を貸してくれ」
 とまぁそんなわけで、俺達は暫しの間、この部屋の中を調べる事になったのである。

 ウォーレンさん達は何か変わった所がないかと、フロアの隅々を調べはじめた。
 そして俺はというと、さっきから紋章が描かれた正面の壁が気になっていたので、そこを調べる事にしたのである。
 壁の前に来た俺は中腰になり、周囲の床に目を向けた。
 しかし、床には枯葉や黄化した葉っぱが散乱しているだけで、特に目を引く物はなかった。
 その為、周囲の調査は程々にしておき、俺は壁の方を調べる事にしたのである。
 俺はそこで、壁と床の境目に目を向ける。
 すると、壁際に押し寄せる沢山の落ち葉が俺の視界に入ってきた。
 この様子からして、風に吹き付けられたのは容易に想像がつく光景であった。
 以前、誰かがここに来た時、相当強い風がこの室内に入ってきたんだろう。
(落ち葉だらけでごちゃごちゃしてるが、とりあえず、払いながら調べてみるか。さっきのあの言葉が本当なら、何かそれらしき痕跡があるかもしれない……) 
 俺は四つん這いになりながら落ち葉を払い、紋章が描かれた壁と床の境目を念入りに調べた。
 すると程なくして、あるモノが俺の目に飛び込んできたのである。
 それは、壁と床の境目から3cmほどはみ出た、黄色い落ち葉であった。
(お、これは……もしかするとビンゴか)
 と、そこで、ミロン君が俺の隣にやって来た。
「コータローさん、さっきからずっとそこにいますけど、何か見つかったんですか?」
「ン? いや、ただ、落ち葉が一杯散らばってるなぁと思ってさ」
「ですよね。僕もさっきからそう思ってました」
「ところでミロン君、これってどう思う?」
 俺はそこで、はみ出た落ち葉を指さした。
「この落ち葉が、どうかしたんですか?」
 どうやら何も思わないようだ。
「じゃあ、その落ち葉を引っ張ってみてくれるかい」
「え? これを引っ張るんですか?」
「ああ」
「では……」
 ミロン君は首を傾げつつ、落ち葉の先端を摘まむと引っ張る。
 すると当然、落ち葉は千切れてしまった。
「千切れてしまいましたね。完全に挟まっているみたいです」
「そのようだね。で、どう思う?」
「え……どういう意味ですか?」
 もしかすると、鈍い子なのかもしれない。
(まだ気づいてないようだ。まぁいいや。今はとりあえず、流しておこう。さて、それじゃ調査を再開するかな。と、その前に……)
 俺はそこで、黄色い落ち葉を1枚懐に仕舞い、調査を続けることにした。
「いや、なに、珍しいなと思ってさ。ただそれだけだよ。さて、他も少し調べるとするか」
「ええ」――


   [Ⅳ]


 魔の神殿の中に入ってから2時間後、俺達は大した発見もできなかった為、遺跡を後にする事となった。
 ウォーレンさんはもう少し調査をしたかったみたいだが、太陽の位置が変わった事で、レミーラが必要なくらいフロアも暗くなってきた為、出直しという決断をウォーレンさんは下したのであった。
 まぁそんなわけで俺達はもう帰るだけなのだが、先程の鉄格子の柵を潜ったところでロダス神官は立ち止まり、俺達に先に行くよう促してきたのである。
「さて、皆さん、ここでお別れです。私はエイブラ管理官の代理としてやってきましたので、こちらで仕事をしないといけませんのでね」
 ウォーレンさんは深く頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました、ロダス神官。それとアヴェル王子の件ですが……騙すような事をして申し訳ありませんでした。反省しております」
 と、そこで、ロダス神官はアヴェル王子に視線を向ける。
 ちなみにだが、今のアヴェル王子はハルミアへと戻っていた。なので、髭ボーボーの顔である。
「過ぎた事を言っても仕方ありません。ですが、アヴェル王子の事は猊下に報告させてもらいますので、そのおつもりでいてください。それでは、道中お気をつけて」
「はい。では私達は、これにて」――

 程なくして境界門へとやって来た俺達は、その付近にある石造りの建物へと立ち寄る事となった。
 そこは魔の島に駐在する魔導騎士達の詰所で、来た理由は、帰りの舟を漕いでもらう交渉をする為である。
 詰所は、コンビニを少し大きくした程度の平屋の建物で、室内には中年の魔導騎士が奥に1人いるだけであった。
 騎士は今、立派な書斎机に着いて仕事をしている最中のようで、この居ずまいから察するに、ここの責任者なのだろう。
 ちなみにその騎士は、白く長い髪をうなじで結った浅黒い肌の男であった。
 体格も大きく、筋骨隆々といった感じであり、相当に鍛え上げられているのは容易に見て取れる。
 おまけに、根性の座ってそうな眼つきをしているので、かなり強そうに見える騎士であった。
 漢字で表すならば、豪傑の二文字がピッタリの男だ。
 まぁそれはさておき、ウォーレンさんはその男の前へ行き、(おもむろ)に話しかけた。
「ハーディン隊長、お仕事中に失礼する」
「ン? ウォーレンか。どうした?」
「我々の用事は済んだので、帰りの舟を出してもらってもよいだろうか?」
「終わったか。じゃあ、外に行こうか」
 ハーディンと呼ばれた魔導騎士はそこで立ち上がり、外へ出た。
 俺達も彼に続く。
 外に出たところで、ハーディンという騎士は、詰所の近くにいる2人の騎士を呼んだ。
「おい、お前達。ウォーレン殿がお帰りだ。お送りしろッ」
「ハッ」
 呼ばれた2人の若い魔導騎士は、キビキビとした動作で此方にやって来た。
 良く見ると、来る時に漕いでくれた騎士であった。
 この扱いを見るに、ここでは下っ端なのだろう。
「さて、それではハーディン隊長、我々はこれで帰らせてもらいます。今日はありがとうございました」
「礼はいい、ウォーレン。大した事もしてないしな。それよりも、気を付けて帰ってくれよ。最近、魔物も活発になっているそうだしな」
「お気遣いありがとうございます。では、我々はこれで」
 だが、俺は少し確かめたい事があったので、それを制止した。
「あ、ちょっと待ってもらえますか、ウォーレンさん」
「ン、どうした? 忘れ物か?」
「いえ、そうじゃないんです。ここにいる魔導騎士の方々に、幾つか訊きたい事があったので……。いいですかね」
「こう言ってるが、良いかな?」と、ウォーレンさん。
 ハーディン隊長は頷いた。
「ふむ……まぁ答えられる範囲の事なら、答えよう。で、訊きたい事というのは何だ?」
「ありがとうございます。ではまず1つ目ですが、ここ最近、私達の前に遺跡へ訪れた方がいたと思うのですが、誰かわかりますでしょうか?」
「ウォーレン達の前か……おお、そういえば、10日程前にアズライル猊下の一団がやって来たな」
「アズライル猊下の一団ですか……。ちなみに、何名くらいだったかわかりますでしょうか?」
 ハーディン隊長は目を閉じ、考える仕草をする。
「人数についてはハッキリと覚えてないが……確か、十数名だった気がする。まぁ大体そんなところだ」
「そうですか。では次に、猊下がここにやって来た時間帯なのですが、覚えてますでしょうか?」
「来た時間は、今日、ウォーレン達が来たような頃合いだ。要するに朝だな」
「その日は晴れてましたか? それと風は強かったですかね?」
「ああ、そうだ。晴れで、風の強い日だった」
 思った通りだ。お蔭でだいぶわかってきた。
 俺は質問を続ける。
「ではこれで最後です。話を戻しますが、先程言った猊下の一団に、王族の方はおられませんでしたか?」
「いや、いなかった気がするがな……。というか、この地は王族が来る事はまずない。だからいないと思うぞ。まぁそうはいっても、フードを深く被っていたのが何人かいたから、俺も断言はできんがな」
「そうですか。わかりました。質問は以上です。貴重なお時間、ありがとうございました。それではお仕事頑張ってください、ハーディン隊長」
「ああ」
 必要な情報は大体聞けたので、俺はウォーレンさんに言った。
「じゃあ、帰りましょうか」
「ン、あ、ああ……」
 ウォーレンさんとハルミアさんは少し首を傾げていた。
 多分、俺の質問の意図が分からないのだろう。
 とりあえず後で、俺の見解を話しておくとしよう。


   [Ⅴ]


 桟橋へとやって来た俺達は、そのまま舟に乗り込み、湖岸へと向かって進んで行く。
 だが暫く進んだ所で、俺は妙な胸騒ぎを覚えたのであった。
 それは漠然とではあるが、俺の中の何かが警告をしているように感じたのだ。
(なんだろう、この感じ……。なんか、嫌な予感がする。行くときは何も感じなかったのに……)
 俺は周囲を警戒する。
 と、そこで、アヴェル王子が俺に話しかけてきた。
「どうしたんです、コータローさん、ソワソワして。魔物の姿でも見たんですか?」
「いえ……そういうわけじゃないんですが、なぜか胸騒ぎがするんですよ」
 理由はないのだが、なんとなく嫌な予感がするのである。
 言うならば、ゲームとかでよくある、戦闘不可避イヴェントのお約束な雰囲気といったところだろうか。
 とにかく、そういった嫌な感じのモノが、俺の中に渦巻いているのである。
(はぁ……足場が広く使える大きな船ならともかく、こんな小さい舟じゃ戦闘なんてまともに出来そうにない。何もなければいいが……)
 などと思っていたその時であった。

 ―― ザッパーン ――

 俺達の行く手を阻むかのように、突然、前方に水柱が立ち昇ったのである。
 続いて水飛沫が俺達に降りかかると共に、舟が転覆しそうになるほど、湖面が大きく波打ったのだ。
「な、何だ一体!?」
「なぜ、水柱が……」
 立ち昇った水柱は重力に従い、落ちてくる。
 そして次の瞬間、なんと水柱の中から、大きさにして10mはある巨大な緑色のイカが姿を現したのであった。
 それはもう、化け物と形容して問題ない程の大きさであった。
 巨大イカは俺達の方へと接近してくる。
「なんだこの巨大な化け物は!?」
「魔物がなぜ、ここにッ!」
「そんな馬鹿な! 魔物はこの辺りにいない筈だッ」
「また新種の魔物か!」
「あわわ、ま、魔物が……ウォーレン様!」
 この突然の事態に、皆、かなり慌てていた。
 どうやら、ウォーレンさん達の知らない魔物のようである。
 だが俺には見覚えがある魔物であった。
(コ、コイツはまさか、テンタクルスかッ! つーか、何で湖なのにイカがいるんだよ! コイツとこんな所で遭遇するとは……糞ッ)
 疑問は尽きないが、見たところ、現れたのはこの1体だけのようだ。
 しかし、まだ増える可能性がある為、俺は今、凄く焦っていたのである。
(チッ、不味い……この限られた狭い足場では、まともに戦うのは難しい。しかも、ゲームだとコイツの攻撃力とHPはかなりのもんだった気がする。今のところ1体だけみたいだが、こんな化け物が、沢山現れたら流石に不味いッ。何かいい方法はないだろうか……。ザラキが使えれば、それほど悩む必要もないが、俺はザラキを使えない。おまけに、ヴァロムさんから習った現存する魔法の名前に、ザラキなんて出てこなかった。だから恐らく、ウォーレンさん達も使えないに違いない。クッ、何かいい方法は……)
 俺は短い時間で、コイツに効果がありそうな魔法を必死に思い返した。
 するとそこで2つの魔法が脳裏に過ぎったのである。
(確か、コイツには……ラリホーとマヌーサがある程度利いた筈だ。今はこの2つからチョイスするしかないか……。力押しで倒すというのも1つの手かもしれないが、これはゲームではない。現実だ。こんな狭い舟の上じゃ、最悪、全滅の可能性だってある。ここは、より安全な方法を選択しよう)
 俺は魔物に目を向ける。
 するとテンタクルスは、もう目と鼻の先まで迫っていた。
 その為、俺はすぐさま両手に魔力を向かわせ、ラリホーを2発お見舞いしてやったのである。
【ラリホー】
 その刹那、白く淡い光を発する霧が、テンタクルスを包み込む。
 すると、巨大イカはゆっくりと目を閉じ、眠り始めたのであった。
 俺はホッと胸を撫で下ろした。
(間に合ったか……どうやら、上手くいったみたいだ)
 続いて、俺はウォーレンさんに言った。
「ウォーレンさん、眠っている今の内に早く攻撃した方がいいです。多分、この図体から察するに、相当体力あると思いますから」
「あ、ああ、そうだな。助かったぞ、コータロー」
 ウォーレンさんはそこで、魔導騎士とアヴェル王子に指示を出す。
「魔導騎士の2人は漕ぐ手を休めて、魔物を攻撃してくれ。それとハルミア殿も攻撃を頼む」
「了解した」
「はい」
 前衛3人はウォーレンさんの指示に従い、テンタクルスに斬りかかった。
 だがその時である。
 今度は、ミロン君の慌てる声が聞こえてきたのであった。
「ウ、ウォーレン様ッ! 東の空から2体の魔物がこちらにやってきます」
「何ィ!? チッ、上と下からか。不味いな……」
 こちらに迫っていたのは、青い衣服を着て、背中に蝙蝠のような翼を生やす、人間のような魔物であった。
 手には剣を持っており、髪の無い頭部には烏天狗のような長いくちばしが飛び出ていた。そう、海でよく遭遇するあの魔物である。
 恐らく敵は、ホークマンか、もしくはガーゴイルと思われる。
 そいつらがこちらへと迫っていたのだ。
(今度はホークマンかよ……ったく、どちらも、ⅡやⅢで海の厳しさを教える嫌な魔物じゃないか。勘弁してくれよ。はぁどうすっかな……とりあえず、ホークマンやガーゴイルは手強い敵だが、HPはそれほど高くなかった気がする。恐らく、メラミ1発で倒せる筈だ。なので纏めて始末したいところだが、都合の悪い事に、2体はまだ俺の間合いに入っていない……)
 俺はそこでテンタクルスに目を向けた。
 魔物は魔導騎士の攻撃により、目を覚ましそうな気配であった。
(もうすぐ目を覚ましそうだな……どうしよう。前衛にはテンタクルスの対応をしてもらいたいが、マホトーンを使うホークマンも無視できない。それに、他の魔物が襲ってくる可能性もあるから、こんな足場の悪い状況では、戦いを長引かせたくはない。かといって、逃げたところで、この舟の遅さだと追いつかれる事は必至だ。どうするか……)
 そうやって悩んでいると、1体のホークマンが俺の魔法の間合いに入ってきた。
 しかし、もう1体は更に上空にいる為、まだ間合いの外であった。
(チッ、奴等はバラバラに近づいてるから、メラミで同時に始末する事は出来ないな……空でも飛ばない限り、もう1体の間合いに近づきそうもない。一度に始末できる何かいい方法はないだろうか。早くしないと、テンタクルスが目を覚ましてしまう……。せめてあのホークマンのいる辺りまで飛べたら……ハッ!?)
 と、その時、俺の脳裏にある策が閃いたのであった。
(そうか、これなら上手くかもしれない。先手必勝だ。ぶっつけ本番になるが、やる価値はアリだ)
 ここでウォーレンさんの声が聞こえてきた。
「クッ、仕方ない。ハルミア殿、奴等への対応もお願いできるだろうか?」
 俺はそれを制止した。
「待ってください、ウォーレンさん。この舟の狭い足場では、あまり長い戦いは不利です。早く終わらせる為にも、あの2体は俺が何とかしますから、ハルミアさんには引き続き、あの魔物の対処をお願いしてもらえますか?」
「なんとかするって、お前……一体どうするつもりだ。空にいるのはかなり強い魔物だぞ。俺も奴等と戦った事があるからわかる」
「それはわかっております。まぁここは俺を信じて下さい。それと、俺が眠らせた魔物はラリホーに弱いと思いますから、目を覚ましそうになったら、すぐにラリホーで眠らせた方がいいですよ」
「ああ、それはわかったが……」
「じゃあ、そういうわけで」
 ウォーレンさんやミロン君は半信半疑という感じだったが、俺は構わずホークマンへと視線を向け、閃いた策を実行する事にしたのである。

 俺は間合いに入っているホークマンに目を向ける。
 見た感じだと、俺の斜め上空20m程の位置にホークマンはいた。
 俺はソイツに向かい、魔導の手を伸ばす。
 そして、見えない手でホークマンを掴んだ俺は、そこで魔力を少し籠め、ホークマンを引っ張ったのである。
【グぇ、何だこの力は】
 ホークマンは驚きの声を上げると共に、それに抗おうと羽をばたつかせた。
 しかし、それが俺の狙いであった。奴に抗ってもらう事で、俺は飛ぶつもりだからである。
 俺はそこで魔導の手に強く魔力を籠め、一気に空へと上昇した。
【グワァァ、見えない力に引っ張られるぅぅ】
 するとホークマンは、取り乱したように慌てながら、更に激しく羽をばたつかせた。
 その為、俺の接近にまったくと言っていいほど気が付いていなかった。
 好機と見た俺は、奴に手が届きそうなほど近づいたところで魔光の剣を発動させ、そのまま勢いを殺さずに、奴の胴体を一刀両断したのである。
【グギャァァァ!】
 奴の断末魔の声が空に響き渡る。
 だがこれで終わりではない。
 20m上空に滞空しているこの状態ならば、やや斜め上空にいる、もう1体のホークマンも間合いに入るからである。
 俺は少し体をねじりながら左手に魔力を向かわせ、呪文を唱えた。
【メラミ!】
 その刹那、左手から大きな火球が放たれ、上空のホークマンへと襲い掛かる。
 そして次の瞬間、火球は爆ぜて燃え広がり、ホークマンを火達磨にしたのであった。
【ギョエェェェェェ!】
 ホークマンは悲鳴を上げながら、緩やかに落下していった。
(よし、上手くいった。さて、後は舟に着地するだけだ)
 俺は舟に視線を向ける。
 すると、少しズレた位置にいたので、このまま落下すると、俺は湖にドボンというコースであった。
 その為、俺は魔導の手の魔力コントロールを細かく行って、落下コースを修正しながら落下速度を調整し、フワリと舟に降り立ったのである。
 俺はそこで魔光の剣への魔力供給を止め、光の刃を消した。
(フゥゥ……上手くいった)
 一度深呼吸をしてから、俺は魔光の剣を腰のフックに引っ掛け、前方へと視線を向けた。
 だがその瞬間、俺は驚きのあまり、思わず息を飲んだのであった。
 なぜなら、この舟にいる全員が驚いた表情で、俺へと視線を向けていたからである。
 そう……なぜか知らないが、俺は注目の的となっていたのだ。
(ウッ、何だよ一体……何で俺を見てるんだ。って、今はそれどころじゃないだろッ!)
 つーわけで俺は言った。
「ちょっ……あの、俺を見るんじゃなくて、魔物を見てくださいッ。早く倒さないと、また新手の魔物が来ますよッ! 何してんですかッ!」
「あ……ああ、そうだな……皆、早く攻撃を再開するんだッ! また次が来るかもしれない」
「ええ、そ、そうですね」
 ウォーレンさんの号令に従い、魔導騎士達とアヴェル王子はテンタクルスに攻撃を再開した。
 そして俺は、彼等の後方支援に専念する事にしたのである。 
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