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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv35 ラヴァナ・アーウェン商業区

   [Ⅰ]


 翌日、朝食を食べ終えた俺とラティは、ミロン君と共にウォーレンさんの屋敷を後にした。行き先は勿論、第1の階層・ラヴァナである。
 ちなみにだが、ミロン君には馬車の御者として、ついて来てもらう事となった。
 なぜこんな事になったのかと言うと、理由は単純だ。アーシャさんが朝食の席で、俺が馬に乗れない事をウォーレンさん達にバラしたからである。
 まぁ要するに、それを聞いたウォーレンさんの計らいで、俺はミロン君を貸してもらう事になったというわけなのだ。ウォーレンさんの気遣いに感謝である。

 話は変わるが、ウォーレンさんの屋敷を出る時、一波乱があった。
 なんと、アーシャさんとサナちゃんが一緒に来ると言いだしたのである。が、しかし、流石にそれを受け入れる事は、俺には出来なかった。勿論、ウォーレンさんも非常に困った表情を浮かべていた。
 その為、俺はレイスさんとシェーラさんに協力してもらい、2人に見つからないよう、こっそりと抜け出すような形で、ウォーレンさんの屋敷を後にしたのである。
 とまぁそんなわけで今の俺は、心地よい日の光が降り注ぐ爽やかな朝だというのに、とてもそんな風には感じられない状態なのであった。
 まったくもって困った2人である。もう少し、自分の置かれている立場というものを理解してほしいところだ。
 つーわけで、話を戻そう。

 アリシュナの南側区域を暫く進み、城塞門が小さく見えてきたところで、御者席からミロン君の声が聞こえてきた。
「コータローさん、アリシュナの南門が見えてきました。アリシュナ側からラヴァナに行く場合は必要ないかも知れませんが、一応念の為、通行証を用意しておいて下さい」
「了解」
 俺は道具入れから、通行証を取り出した。
「それからラティさんも今の内に、姿を隠しといた方がいいと思いますよ。近づいてからだと怪しまれるかもしれませんので」
「せやな。ほな、今の内に隠れるとするか」
 ラティはそう言って、大きな巾着袋に身を隠した。
 ちなみにこの巾着袋だが、ウォーレンさんから借りた物で、ただの道具袋である。
 まぁそれはさておき、ラティが袋の中に入ったところで、俺は巾着袋の紐を締める。
 そして巾着袋を脇に寄せ、俺は何食わぬ表情で、魔導騎士団が(たむろ)する城塞南門へと向かったのであった。

 程なくして城塞南門前にやって来た俺達は、そのままスピードを緩めずに門へと進んで行く。
 周囲を見回したところ、門へ向かっているのは、どうやら俺達だけであった。それに加え、門番である騎士の姿も見当たらない。昨日の城塞東門もそうだったが、これを見る限りだと、門番は外のラヴァナ側にしか配置されてないという事なのだろう。
 ふとそんな事を考えながら門を潜り抜けると、今の事を裏付けるかのように、魔導騎士達が前方で道を塞いでいた。
 人数は俺達が昨日通った城塞東門と同じくらいで、この南門の騎士も全員が威圧的な雰囲気であった。
 というわけで、そんな厳戒態勢の中を進んで行くわけだが、実を言うと、俺は内心ドキドキだったのである。
 やはり、初めての事なので、どうしてもそうなってしまうのだ。が、しかし……。
(アレ? なんでだ……道を開けてくれたぞ……)
 そう……前方の騎士達は俺達の馬車を見るなり、何も言わずに道を開け、すんなりと通してくれたのである。
 そして、俺達が門を潜り抜けたところで、騎士達は何事もなかったかの如く、また警備を再開したのであった。
 もしかすると、アリシュナの城塞門の検問体制は、内側から来る者達は無視して、外側から来る者達のみに重点を置いているのかもしれない。
 ミロン君もさっき、通行証は必要ないかもしれないと言っていたので、恐らく、他の門もこんな感じなのだろう。
 まぁそれさておき、門番の騎士達が見えなくなったところで、俺は巾着袋の紐を解き、ラティを出してやる事にした。
「もういいぞ、ラティ」
 と、その直後、ラティは勢いよく袋から飛び出し、大きく息を吐いたのである。
「ぷはぁ~……やっぱ、外の空気はええわぁ。袋ん中なんて入るもんやないで。なんか妙なニオイするし」
「だろうな。他に良い方法あればいいんだけど、今のところこれしか方法がなからなぁ。嫌かもしれんが、我慢してくれ」
「まぁ、しゃあないわ。調子こいて空飛んでくと、ワイの場合、仲間に連行される可能性があるしな」
「え、そうなのか?」
「昨日も言うたと思うけど、ワイ等下っ端はな、ホンマは上の階層には上がれへんねん。せやから、刻印のないドラキーやとわかった瞬間、こっ酷くお叱りを受けることになるんやわ。かなんで、ホンマ」
 多分、ドラキーにもそういう監視部隊があるのだろう。
 世知辛い世の中である。
「ふぅん、そうなのか。ところで今、刻印のないドラキーと言ったけど、そんなのあるのか?」
「それがあるんや。試練を乗り越えたドラキーはな、称号を得た証が身体に刻まれるんやわ。場所は左右の翼と額の3箇所やから、すぐにわかるで。ちなみに、3つ刻印があったらグラン・ドラキーや」
「へぇ、そうなのか。なるほど、刻印ねぇ……」
 言われてみると、以前、ヴァロムさんに書簡を届けに来たドラキーの額や翼には、何か模様のようなモノがあった気がした。
 今の話を元に考えると、オルドラン家のドラキーは3つの試練を乗り越えたグラン・ドラキーというやつなのかもしれない。宮廷魔導師の名家なので、飼っているドラキーも超一流なのだろう。
 と、ここで、ミロン君の声が聞こえてきた。
「コータローさん、アーウェン商業区にこのまま向かえばいいんですね?」
「俺は構わないけど、ラティは良いのか?」
「ワイもかまへんで。物流組合はアーウェン商業区やさかいな」
 つーわけで、俺はミロン君に言った。
「だって」
「わかりました。では、このまま向かいますね」――


   [Ⅱ]


 アリシュナの城塞門を抜けた俺達は、色褪せた石造りの建物が両脇に並ぶ大通りを南に進んで行く。
 すると次第に、沢山の荷馬車や人々が行き交う、賑やかな様子が視界に入ってくるようになった。
 周囲からは、人々の笑い声や怒声などが、引っ切り無しに聞こえてくる。まだ朝だというのに、ここはもう活気に包まれているのだ。この賑やかさは、流石に王都といったところである。
 空に目を向けると、ラティの同僚と思われる鞄を背負ったメイジドラキー達の姿も、頻繁に見掛けるようになってきた。ドラキー達はパタパタと羽根を羽ばたかせながら、縦横無尽に空を駆け巡る。この数を見る限り、ドラキー便の利用者は相当多いのだろう。
 考えてみれば、人語を話せる上に渋滞知らずなドラキーは、優秀な郵便配達員である。お誂え向きにも体色が赤なので、郵便屋としてはもってこいの逸材であった。額に〒マークとイシュマリア郵政公社の文字を貼りつけてやりたいところだ。
 俺はそんな事を考えながら、喧騒に包まれたラヴァナの街並みを眺める。
 と、その時、少し気になる光景が俺の目に飛び込んできたのであった。
(ン……なんだありゃ?)
 それは何かと言うと、通りの至る所に、茶色い鎧を着た兵士達がいるという事であった。
 しかも、その兵士達は何かを監視するように、通りを行き交う人々へと視線を向けているのである。
(……なんだ、この兵士達は……イシュマリア王家の紋章が描かれた鎧を着ているから、王城の兵士だとは思うが、治安維持部隊か何かか……。にしても、少し大袈裟過ぎる気がする。マルディラントでも、こんな光景見た事ないぞ。……何かあったのだろうか?)
 俺はミロン君に訊いてみる事にした。
「ミロン君、ちょっといいかい」
「はい、何でしょう?」
「さっきから、この通り沿いに茶色い鎧の兵士達をよく見かけるけど、王都ってかなり治安が悪いのか?」
「ああ、それの事ですか。あの兵士達は恐らく、ヴァロム様の解放を訴える組織に目を光らせているんだと思いますよ」
「へぇ、そんな組織があるんだ」
 もしかすると、反政府組織みたいなモノがあるのかもしれない。
「らしいですね。僕も詳しい事は知らないんですが、なんでも、イシュマリア魔導連盟とかいう組織だそうです。しかも、その組織から抗議の書簡が、王家に届いたそうなんですよ」
「抗議の書簡ねぇ……で、どんな事が書いてあったんだい?」
「それはわかりませんが、ウォーレン様の話によりますと、かなり脅迫めいた事が書かれていたそうです。ですから、何かあった時に対応できるよう、街中に兵士を配置しているのだと思いますよ」
 要するにあの兵士達は、テロ活動に目を光らせているという事のようだ。
「イシュマリア魔導連盟か……。ところで、その組織って王都では有名なの?」
 ミロン君は頭を振る。
「いいえ、全く。そんな組織があったこと自体、ウォーレン様も初耳だったそうですから。なので、城に出入りする者以外、殆ど知らないんじゃないでしょうか」
「つまり、突如現れた秘密結社って事か。で、誰もその素性どころか、名前すら知らなかった、と……」
「はい、そのようです」
 なぜかわからないが、少し引っ掛かりを覚える組織であった。
「ちなみに、その組織から抗議の書簡が来たのって、いつの話なんだい?」
「えっと……僕がその話を聞いたのは、ヴァロム様が幽閉されて暫くしてですから、つい最近じゃないでしょうか」
「つい最近か……」
 と、ここで、ラティの声が聞こえてきた。
「コータロー、お話し中のところ悪いけど、この辺りからがアーウェン商業区やで」
「お、ここがアーウェン商業区か。どれどれ」
 周囲に目を向けると、沢山の商店が軒を連ねる街並みが広がっていた。
 八百屋や肉屋といった食材の店から、アクセサリー等の装飾品を扱う店、武器や防具に薬などを扱う店等、それは多種多様であった。
 そして、それら全ての店は今まさに、沢山の買い物客で賑わっている最中なのである。
「ヒュー……流石、王都の商業区だな。マルディラントの商業区域も賑やかだったけど、ここは輪をかけて活気があるよ」
「ま、そりゃそうやろ。この国で一番でかい商いの区域やからな。でも、ちょっとガラ悪い所でもあるさかい、色目使いよる女や、スリには注意せなあかんで。それと恐喝もな」
 ラティの言うとおり、進むにつれ、人相の悪い奴等が増えていた。
 北○の拳にでてきそうな、モヒカン頭の奴や、肩パットをあてたムキムキ戦士系の男達、エロい格好をした娼婦みたいな女が、時々、視界に入ってくるのである。それに加え、ドラクエの定番キャラである、荒くれみたいなのもいるのだ。
 ちなみに荒くれとは、上半身が裸で、角の生えた黄色いマスクを被るマッチョ男である。一歩間違えると、ただの変態にしか見えないキャラの事だ。
「ああ、そうみたいだな。手癖が悪そうな奴が多そうだから、注意するよ」
 とはいえ、貴重品の殆どはフォカールで仕舞ってあるので、それほど心配はない。
 お金にしても、手元にあるのは500Gほどで、残りはフォカールで仕舞ってあるのだ。が、しかし、武具などの装備品や通行証は常に携帯しているので、厳重に注意しなければいけないだろう。つまり、盗られて困る物はその辺の類なのである。
「ああ、気ぃつけた方がええで。でもまぁコータローの場合、スリよりも、女の誘惑に注意した方がエエけどな。パフパフする? なんて言ってきても、ホイホイついてったらアカンで」
「そういうのはな、経験上、世にも下らないオチが待っているのが相場なんだよ。誰が行くもんか」
 とはいうものの、パコパコする? なんて言われたら、ホイホイと付いて行くかもしれないが……。
「ほんならエエけど」
「ところでラティ、グランマージていう魔法薬売っている店だけど、どこにあるか知っているか? アーウェン商業区にあるって聞いたんだけど」
「おう、知ってるでぇ。でも、グランマージはルイーダの酒場付近やから、ここからやと、ちょっと遠いで」
「遠いのか……で、どの辺りなんだ?」
「アーウェン商業区の一番端や。簡単に言うと、王都の入り口がある城塞南門の付近やな。でもまぁ、馬車やから、そんなにかからんやろ」
「それを聞いて安心したよ」
 どうやら、まだしばらくは進まないといけないみたいだ。
 ついでだからラティの目的地も訊いておこう。
「それはそうと、物流組合はどの辺りなんだ?」
「オヴェリウス物流組合は、商業区の中心やから、もう少し先やな」
「て事は、ここからだと物流組合の方が近いんだな」
「せやな」
「じゃあ先に、物流組合から行くか」
 するとラティは申し訳なさそうに口を開いたのである。
「あんなぁ……そこでお願いがあるんや。ワイが用事済ませてくるまで、待っててほしいんやけど、ええやろか?」 
「いいけど。なるべく早くしてくれよ」
「おう、それは任しとき。鞄の中の書簡を届けるだけやから、すぐ済むさかい」
 つーわけで、俺はミロン君にそれを伝えたのである。
「それじゃ、ミロン君。悪いけど、まず、オヴェリウス物流組合へ向かってくれるかい。で、ラティが帰ってきたら、今度はグランマージっていう魔法薬の店に向かってほしいんだ」
「物流組合に行ってから、グランマージですね。わかりました」――

 物流組合からラティが戻ってきたところで、俺達はグランマージに向かい移動を再開した。
 大通りを南下するに従い、一般住民の姿は少なくなり、変わりに、武器防具等を装備する冒険者達の姿が目に付くようになってきた。その所為か、街の様子も少し殺伐とした雰囲気になりはじめていたのである。
 とはいえ、別に周囲が殺気だっているというわけではない。寧ろ、和気藹々とした感じであった。が、しかし、武器を所持する者がこうも多いと、どうしても、治安が悪く見えてしまうのである。
(ルイーダの酒場がある位置の関係上、どうしようもない事なんだろうけど……武装した冒険者が多いと、やっぱ空気が重く感じるな……。まぁ仕方ないか)
 と、そこで、ミロン君の声が聞こえてきた。
「コータローさん、見えてきましたよ。あそこにある黒い看板が掛けられた赤い店が、グランマージです」
 俺は馬車からひょっこり顔を出し、前方に目を向ける。
 するとこの大通り沿いに、長方形の黒い看板が掲げられた、レンガ造りの赤い平屋店舗が視界に入ってきたのである。
 ちなみにだが、黒い看板にはこの国の文字で『魔法薬専門店・グランマージ』と大きく書かれていた。非常にわかりやすい看板である。
「おお、あれか」
 店舗の大きさはコンビニ程度なので、それほど大きくはない。が、この近辺では珍しいレンガ造りの建物なので、一際目を引く存在であった。しかも、結構繁盛しているみたいで、店に出入りする冒険者達の姿も、ここからよく見えるのである。
 恐らく店内は、薬草や毒消し草などの魔法回復薬を仕入れる冒険者達で賑わっているに違いない。
(へぇ……良い感じの店だな。もっと地味なの想像してたよ。まぁそれはさておきだ。店の前にある大通りの路肩は空いているから、そこに馬車を止めてもらうとしよう。それとなるべくなら、俺1人で店に行きたい。ミロン君とラティには適当な理由をつけて、馬車で待っていてもらうとするか……)
 というわけで、俺はミロン君に言った。
「ミロン君、すまないが、店の前で一旦馬車を止めて、待っていてくれるかい。すぐに戻ってくるからさ」
「わかりました。でも、なるべく早めに戻ってきてくださいね。この大通りは、あまり長い間、馬車を停車してはいけない決まりになっているんです。それに、ここはガラが悪い人達も多いので、絡まれると面倒なんですよ……」
 この大通りは路駐禁止区域のようだ。どうりで空いてるわけである。
「ああ、長居はしないよ。薬を1つ買ってくるだけだからさ」
「わかりました。では、店の前で停車しますので、早めにお願いしますね」
 ミロン君はスピードを弱め、店の前で馬車を止めてくれた。
 そこで俺は立ち上がり、ラティにも言っておいたのである。
「ラティ、すまないけど、ミロン君と一緒に馬車で待っていてくれるか? ミロン君1人だけだと心細いだろうから」
「ええで、別に」
「悪いな。それじゃあ、なるべく早く戻るから、よろしく頼むよ」――


   [Ⅲ]


 六芒星の紋章が描かれたグランマージの黒い玄関扉を開くと、「チャリン、チャリン」という甲高いドアベルが鳴った。
(世界が変わっても、こういうところは同じだな……)
 などと思いつつ、俺は店内に足を踏み入れる。
 それからゆっくりと扉を閉め、店内に目を向けた。が、しかし……俺はそこで、思わず息を飲んだのである。
(ウッ!)
 なぜなら、店内にいる殆どの客は、俺の方へと視線を向けていたからだ。注目の的というやつである。
 だが俺を見て興味を失くしたのか、客達は次々と視線を戻してゆく。
 そして、動画の再生ボタンを押したかの如く、店内の客達はワイワイガヤガヤと賑やかに動き始めたのであった。
 俺はホッと息を吐いた。
(ふぅ……。びっくりしたなぁ、もう……。脅かすなよ。こっちは今からシビアな事しなきゃならんのだから)
 いきなり注目を浴びたのでドキッとしたが、多分、ドアベルの音がしたから反射的に俺を見ただけなのだろう。
 まぁそれはさておき、店内の様相だが、広さは外見と同様、コンビニ程度といった感じだ。
 ただ、コンビニほど明るい店内ではない。明かりは、天井から吊り下げられた簡素なシャンデリア1つのみで、おまけに窓も無い為、若干薄暗い様相をした店内であった。
 周囲の壁に目を向けると、瓶詰めされた薬が並ぶ陳列棚が幾つも置かれており、奥の壁には精算する為のカウンターがあるのが確認できる。
 それから店内の中央に視線を移すと、木製の丸テーブルが幾つか置かれており、そこには今、仲間達と談笑する冒険者達の姿があるのだ。
 まぁ要するにこのグランマージは、四方の壁に商品を置き、中は憩いの場という感じの店であった。

 店内をさっと流し見たところで、俺は奥にあるカウンターへと向かい歩を進める。
 カウンターには、ドラクエⅥのバーバラのように、頭頂部で赤く長い髪を結った黒いローブ姿の若い女性店員が1人と、赤いとんがり帽子に赤いローブという、魔法オババを思わせる出で立ちの老婆が1人いた。
 そんな見た目な所為か、凄く懐かしい感じがする者達であった。久しぶり! と声をかけてやりたい気分である。
 ちなみにだが、老婆は今、カウンターの隅で頬肘をつきながら居眠りをしており、女性店員は色目を使う男の冒険者達と談笑しているところであった。
 若い女性店員は中々に可愛い子なので、この店の看板娘的な存在なのかもしれない。恐らく、この女性店員に群がっている野郎共は、この子狙いの常連客なのだろう。
 とまぁそんな事はさておき、俺が空いているカウンターの前に来たところで、若い女性店員は野郎共との談笑を中断し、こちらへとやって来た。
「お客様、いらっしゃいませぇ。何かお探し物でしょうか?」
(さて……それじゃあ、始めるかな……)
 俺はヴァロムさんからの指示を実行する事にした。
「すいませんが、ここの店主である、マジェンタさんはおられますか?」
「マジェンタですか? ええ、おりますよ」
 女性店員はそう言うと、カウンターの端で居眠りしている老婆に視線を向けた。
 店員は老婆に呼びかける。
「おばあちゃん、お客さんよ」
「……」
 しかし、老婆は目を閉じたまま、何の反応も示さない。
 そこで女性店員は仕方ないとばかりに老婆へ近寄り、少し肩を揺すりながら告げたのである。
「おばあちゃん、起きて。お客さんよ」
 老婆は目を覚ました。
「ンン?、なんじゃ、メリッサ。ふわわぁ~」と、目をこすりながら、老婆は欠伸をする。
「だから、お客さんが来てるわよ」
「客? ……わしにか?」
「そうよ。こちらの方が、マジェンタさんに用があると言ってるわよ」
「ふぅ……仕方ないの」
 老婆は俺を一瞥し、だるそうに返事すると、こちらにやって来た。
「お若いの。わしがマジェンタじゃが、何か用かの? 魔法薬の調合なら、孫に話してくれた方が助かるのじゃがな」
 俺は一言一句間違えないよう、ヴァロムさんの指示通りに言葉を紡いだ。
「オホン、実はですね。南から来た老紳士に、パデキアの根を調合した万病に効く薬が、こちらにあると聞いたのです。本当なのでしょうか?」
 俺の言葉を聞いた瞬間、老婆の目は鋭くなった。
 だがすぐに元の表情へと戻り、老婆は飄々と話し始めたのである。
「ホッホッホッ、御冗談を。パデキアは幻の薬草と云われる代物じゃ。一体、何処の誰にそんな事を聞いたのか知らんが、この店にそのような物などありゃせぬわ」
「そうですか。それは残念です。では、代わりに何か良い薬は無いでしょうか? 友人が病に倒れて大変なのです」
「良い薬のぉ……まぁ、色々あるにはあるが、万病に効く薬なんぞはない。で、その友人とやらはどんな症状なのじゃ?」
「それなんですが、実は原因不明の高熱に何日もうなされておりましてね。私も非常に困っているのです」
「ふむ。何日も高熱にうなされておるのか……それは不味いのぉ。ではちょっと待っておれ。解熱の薬を探して来よう」
「ありがとうございます」
 そして老婆は後ろの扉を開き、中へと消えて行ったのである。

 老婆がいなくなったところで、女性店員は首を傾げ、ボソリと呟いた。
「へぇ……おばあちゃんが自分で薬を探しに行くなんて珍しい事もあるもんね。いつも大概、私に探させるのに……。明日は雨が降るかも」
 どうやら、老婆が薬を探すというのは、普段ならしない行動のようだ。が、今は下手な事は言わない方がいいだろう。
(とりあえず、黙って待つとするか……)
 それから待つ事、約5分。
 老婆は黒い茶筒のような物を片手に戻ってきた。
 そして筒をカウンターの上に置き、商品の説明を始めたのである。
「長引く高熱なら、このソルという飲み薬がいいじゃろ。これは、わしが随分前に調合した物じゃが、まだ効果はある筈じゃ。中に説明書きが入っておるから、それを見て、お主の友人とやらに飲ませてやるといい」
「ありがとうございます。御代は幾らでしょうか?」
「ふむ、そうじゃな。5Gでよいぞ」
「わかりました」
 俺は5Gをカウンターに置く。
「毎度あり。その友人が元気になるといいの」
 と言って老婆は意味ありげに微笑んだ。
「ええ、本当に……」
 恐らくこの老婆は、ヴァロムさんの事をよく知っているのだろう。
 こんな事を頼むくらいだから、親しい友人なのかもしれない。
 などと考えていたその時であった。

【おい、糞ガキ! もう一度言ってみろ!】

 店の外が、何やら騒々しくなり始めたのである。
 老婆は玄関へと視線を向ける。
「ン、なんじゃ、店の前で喧嘩か? ったく、血の気の多い連中が最近多くなってきたのぉ」
(もしかして……この怒声は……)
 俺は非常に嫌な予感がした為、とりあえず、この店を後にする事にした。
「では、私はこれで」
「うむ。お大事にの」――


   [Ⅳ]


 店の外に出ると、俺達の馬車の周りを数名の輩が取り囲んでいた。
 そいつ等の対応に追われるミロン君とラティの姿が目に飛び込んでくる。
 ちなみにそいつ等は冒険者のようで、戦士系の男が2名に盗賊系の男が1名、そして魔法使い系の男女が2名といった構成であった。
 見るからに素行の悪そうな者達で、特に戦士と思われる2人は、筋肉がムキムキの上に妙なタトゥーを腕に入れており、強面の奴等であった。なので威圧感も半端ない。
 しかも、1人はデカい図体でスキンヘッドであった為、如何にも悪人といった雰囲気を醸し出しているのである。啖呵を切っているのもこの戦士であった。で、残りの奴等はというと、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら腕を組み、それを眺めているのである。
 とまぁそんなわけで、冒険者というよりも、ゴロツキと形容した方がいい奴等に、ミロン君達は絡まれているのであった。とんだ災難である。
(はぁ……また、面倒そうな奴等に絡まれたもんだ)
 と、そこで、ラティの声が聞こえてきた。
「おい、禿げのオッサン。この兄ちゃんも今言ったけど、馬車にぶつかってきたんは、お前等の方やんけ。大体、止まってる馬車にぶつかる方がどうかしてるで。どこに目ぇつけとんねん」
「ああん、なんだとぉ! ここはなぁ、馬車を止めたらダメな決まりになってんだよ。そんな所に馬車止めた、テメェ等が悪いんだ。どうしてくれんだ、腕を擦りむいちまったじゃねェか!」
 戦士はそう言って、右腕にある擦り傷を見せた。
 つまりこの男の言い分は、駐車禁止の所に止めてある馬車にぶつかって腕を擦りむいたのだから、俺達が悪いということのようである。
 まぁ確かに、路駐禁止区域に一時的にとはいえ停車してしまったので、こちらにも非があるのは認めねばならないだろう。
(仕方ない。穏便に済ませる為にも、ここは謝っておくか……俺も変な騒ぎになって目立ちたくはないし……)
 というわけで、俺はとりあえず彼等に近寄り、まずは謝ることにした。
「あのぉ、ちょっといいですか?」
 スキンヘッドの戦士は俺に振り向く。
「ああん、何だ、テメェは」
「この馬車の持ち主です。ここが、駐車禁止区域だとはつゆ知らず、止めてしまったのです。申し訳ありませんでした」
「テメェが、この馬車の持ち主か。どうしてくれんだよ、この腕の傷! テメェがここに止めるから、こんな事になったんだよ」
 戦士はそう言うと、俺にかすり傷を見せつけてきた。
 ちなみにだが、傷は猫が引っ掻いた程度のモノであった。
 こんなんで言いがかりつけんなよ……とは思ったが、仕方がないので、とりあえず治療する事にした。
「では治療しますね。ホイミ」
 傷が完全に消えたところで、俺は戦士に言った。
「これで、許してもらえないでしょうか。なにぶん、王都は初めてのものなので、勝手がわからないのです。とりあえず、次からは気を付けますんで」
「なんだと、こんな事で許すと思ってんのか」
「……では、どうしたら許してもらえますか?」
「決まってんだろ、コレだ」
 男はそう言ってOKのサインをした。
 多分、金を出せと言ってるのだとは思うが、俺はあえて惚けておいた。
「コレってなんですか? 何のことを言ってるのか、さっぱり分かりません」
「金に決まってんだろ。迷惑料で1000Gだ」
 もしかするとこいつ等は、駐禁に止めてある馬車を狙う、当たり屋なのかもしれない。
「お金ねぇ……。1つお訊きしますが、その1000Gという額は、何を根拠にだされたのでしょうか? 正直、意味が分からないのですが」
「何を根拠にだとッ! 俺が迷惑したと思う金額に決まってんだろ。ケンカ売ってんのか、テメェは!」
「じゃあ、俺が思う迷惑料は10Gですので、それで勘弁してくれませんかね。薬草代くらいにはなるでしょ。それに、ここは短い時間なら止めても問題ない筈。俺達の馬車はついさっき止めたばかりですから、こちらにもそれほど落ち度はあると思えないんですけどね」
 ミロン君とラティも俺に続いた。
「そうですよ。僕達はついさっき止めたばかりなんです。そんな事を言われる筋合いないですよ」
「せやせや、ワイ等はここに来たばっかやで、このスカタン。デカい図体して、頭カラッポかいな」
(言い過ぎだ、ラティ……)
 すると案の定であった。
 スキンヘッド戦士はワナワナと身体を震わせ始め、腰に帯びた鋼の剣を鞘から抜き放ったのである。
「テ……テメェ等ッ!……殺されてぇのか。俺を舐めるなよ」
 この戦士が剣を抜いた瞬間、周囲の仲間達も身構えた。
 どうやら、俺達の対応如何によって、武力行使をするつもりのようだ。
 俺はそこで、溜め息を吐いた。
「はぁ……次は脅迫ですか。どうやら、貴方がたは冒険者のような格好をしてますが、そうではないみたいですね」
(ああ、超うぜぇ……ラリホー2発かまして、とっととトンズラしよう。馬鹿にかまっている時間がもったいない)
 などと考えていると、いつのまにか周囲に集まっていた野次馬達の中から、大きな声が発せられたのであった。

【その辺にしておけ、ボルズ!】

「ああん、誰だ? 俺の名前を呼ぶ奴は」
 スキンヘッド戦士は、声のした方向に視線を向けた。
 俺もそこに視線を向ける。
 すると野次馬達を掻き分け、茶髪の若い男の戦士が1人現れたのである。
 歳は20代後半といったところだろうか。ベリーショートのように短くカットした髪型で、爽やかな雰囲気が漂う男であった。身長も高くて精悍な顔つきなので、かなり女子からモテそうなイケメンである。
 また、鋼の鎧や鉄の盾といったそこそこの重装備をした戦士であり、それらは長い年月愛用されているのか、部分的に少し色褪せていた。
 とまぁそんなわけで、要約すると、かなり修羅場を潜ってそうな、やり手のイケメン戦士がそこに現れたのである。が、しかし……それと同時に、見覚えがある男でもあった。
(あの男……オヴェール湿原で俺が治療した冒険者の1人だ……)
 ふとそんな事を考えていると、スキンヘッドの戦士の驚く声が聞こえてきた。
「ラ、ラッセル!」
「その御仁は、俺の知り合いだ。この場を見た以上、俺も黙って見ているわけにはいかん。即刻、退いてもらおうか、ボルズ」
「グッ……」
 スキンヘッドの戦士は、苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。
 それから俺を一瞥し、忌々しそうに口を開いたのである。
「こいつ等は、あ、あんたの知り合いか?」
「そうだ。大変世話になった恩人だ。お前がこれ以上続けるならば、俺も手を出さざるを得ん。バルジの弟とはいえ、覚悟してもらうぞ」
 男は腰に帯びた剣の柄に手を掛ける。
 するとそれを見たスキンヘッドの戦士は、渋々、剣を鞘に納めたのである。
「……いいだろう。この場は退いてやる。おい、行くぞ、お前達」
 そして、スキンヘッドの戦士は仲間達と共に、この場から立ち去ったのであった。

 ゴロツキ風の冒険者達がいなくなったところで、周囲にいた野次馬達も霧散し始める。
 それから程なくして、大通りは元の状態へと戻っていった。
 俺はそこでラッセルと呼ばれた戦士の前に行き、礼を言う事にした。
「ありがとうございました。いや~、お蔭で助かりましたよ。私も対応に困っていたんです」
 男は柔らかい笑みを浮かべ、頭を振る。
「いえ、礼には及びません。貴方には命を救ってもらいました。こんな事では返し足りないくらいです」
「返し足りないだなんて……。そんなに気にしないで下さい。あれは偶然通りがかったからなんですし」
「そうなると、私も偶然通りがかったからという事になりますよ」
「……ですね。まぁこれも何かの縁なのでしょうか。はは」
 俺はポリポリと後頭部をかいた。
 男は微笑む。
「かもしれませんね」
 と、ここで、ミロン君とラティがこちらにやって来た。
「あの、先程はどうもありがとうございました」
「にいちゃん、ありがとう。ごっつ助かったわ。さっきの凶暴な奴、聞く耳もたへんかったから、ワイ等も困っとったんや」
「ああ、気にしないでいいですよ。貴方がたは命の恩人ですからね」
 ラティは意味が分からないのか、ポカーンとしていた。
「は? 命の恩人?」
「そういえば、ラティは初対面だな。昨日、オヴェール湿原で色々とあっただろ。この方はね、そこで俺が治療した冒険者の1人なんだよ」
「おお、そういえば、そんな事があったなぁ。なんや、そうやったんか」
「あの……お身体の方は、もう大丈夫ですか?」と、ミロン君。
「ああ。君達のお蔭で、大分回復したよ。この通りさ」
 男はそう言うと、右肘を曲げて力こぶを作った。
 中々の筋肉である。流石に戦士といったところだ。
 ミロン君は安堵の表情を浮かべる。
「それは良かったです。安心しました」
 俺も同じ気持ちである。
 この人は結構出血が多かったので、少し心配だったのだ。
「おっと、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はラッセルと言います。王都を拠点に活動している冒険者です」
 俺も名乗っておいた。
「私はコータローと言います。一応、私も冒険者です」
「僕はミロンと言います。宮廷魔導師見習いです」
「ワイはラティや。よろしくな、ラッセルはん」
「ああ、よろしく。ところで、コータローさん。今、冒険者と仰いましたが、それは本当ですか?」
「ええ、そうですが……それが何か?」
 するとラッセルさんは、そこで少し思案顔になったのである。
「昨日、コータローさんは魔導の手を使っておられたので、てっきり、有力貴族に仕えている魔導師の方だと思っていたのですが……違うんですか?」
 考えてみれば、魔導の手はそういった事の判断材料になる装備品だ。
 便利なアイテムだが、これは要注意である。
「はは、まさか。正真正銘の冒険者ですよ。ルイーダの酒場で登録もしてますしね」
 俺はそこで、首に掛けたドッグタグをラッセルさんにチラっと見せた。
「冒険者登録証……本当なんですね」
「ええ。でもまぁ、私は流れ者みたいなもんですからね。ルイーダの酒場に登録してようがしてまいが、常に冒険者みたいなもんですよ。ははは」
「そうですか……。ところで、コータローさん達はこれからグランマージに?」
「いえ、それはもう終わりました。今さっき、グランマージで用事を済ませてきたところですから」
「それでは、もう帰られるのですか?」
「ええ。特別な用事もないですし、そうなりますかね」
 するとラッセルさんは、大通りの先を指さしたのである。
「もしお時間があるのならですが、これからルイーダの酒場で食事なんてどうですか? もうそろそろ昼ですし」
「ルイーダの酒場ですか……」
 確かに腹も減ってきたところだが、俺だけの都合で決めるわけにはいかないので、まずは同行者の意見を訊く事にした。
「どうする?」
「僕は構いませんよ。ウォーレン様からは、今日一日、コータローさんのお手伝いをするようにと言われておりますので」
「ワイもかまへんで」
 話もまとまったので、俺は返事をした。
「ではラッセルさん、行きましょうか」
「決まりですね。昨日の事もありますので、お礼も兼ねて御馳走させて頂きますよ」
 とまぁそんなわけで、俺達はルイーダの酒場へと向かう事となったのである。 
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