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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv34 宮廷魔導師ウォーレンの依頼

   [Ⅰ]


 ウォーレンさんの後に続いて移動を再開したところで、ラティの声が聞こえてきた。
「アーシャねぇちゃんとサナねぇちゃん……さっきの話はホンマなんか?」
 2人は頷く。
「ええ、本当ですわ」
「すいません、黙っていて」
「ほぇ~、なんやそうやったんか。ワイも只者ではないなと思ってたけど、それは考えへんかったわ」
 俺も一応、謝っておく事にした。
「すまんな、ラティ。お忍びみたいなもんだから、黙っていたんだよ。どこかで情報が洩れて、変な奴等に狙われでもしたら、ウザいことこの上ないからな」
「別に謝らんでええで。そういう理由なら、しゃあないやん」
 ラティはそう言ってニカッと笑った。
 話の分かる奴なので、事情は察してくれたみたいだ。
「ところでラティ、物流組合には行かなくていいのか?」
「今はこっちの方がおもろそうやから、コータロー達についてくわ。物流組合は後や」
「面白そうって、お前な……」
「へへ、固い事言いっこなしや」
(まぁいいか……ウォーレンさんもラティの事を俺達の仲間だと思ってるだろうし)
 それはともかく、王都についてラティに訊いておこう。
「ッたく。ところで話は変わるけどさ。ラティは王都について結構詳しいのか?」
「ワイは第1の階層・ラヴァナしか知らんで。上の階層はワイ等ドラキー族でも、相当優秀な奴しか行けんさかいな。せやから、上の階層のことは聞かれても答えられへん。まぁ今から行くアリシュナは少しだけ知ってる区域もあるけどな」
「という事は、第1の階層については知っているんだな?」
「まぁな。でもワイの知ってる事なんて、ここでは一般的なことやで」
 ヴァロムさんからの用事は、第1の階層だから丁度いい。
 後でラティに訊いておこう。
「いいよ、別に。また後で色々訊きたい事もあるから頼むわ」
「おう、ワイで答えられることならな」
 と、ここで、サナちゃんが話に入ってきた。
「あのぉ、ラティさん。さっき、相当優秀なドラキーじゃないと上の階層に行けないと仰いましたが、ドラキーにも身分というものがあるのですか?」
「それがなぁ……あるんやわ。簡単に言うとやな、ワイ等のようなメイジドラキー族は、3つの称号によって格付けされとるんや。誰が決めたんかは、知らんねんけどな」
「へぇ~、ドラキーにもそういう階級があるんだな」
 これは少々意外であった。
「せやで。しかも、上の称号を得る為には、ドラキー族に伝わる試練を乗り越えなアカンのやけど、これがまた大変なんやわ。ホンマ、難儀なしきたりやで」
「そうなのか、結構面倒なんだな。ところで、ドラキー族に伝わる試練って、どんな事をするんだ?」
 ラティは溜息を吐いた。
「それがなぁ……試練受けた事ないから、ワイもわからんのや。試練を受けた奴は、外部に喋ったらアカンことになってるしな。おまけに、試練を受ける為には色々と条件もあるさかい、気軽に受けれるもんでもないし」
「何か基準があるのか?」
「称号によって色々とあるんやわ……年齢や社会経験がどれだけとか。上の称号になると、それに加えてベギラマみたいな上級魔法を幾つ使えるとかな」
「ふぅん、なるほどねぇ」
 なんとなくだが、国家資格の受験要項を聞いているみたいだ。
 と、ここでアーシャさんが話に入ってきた。
「ところで、今のラティさんが使える魔法はどのくらいなのですか?」
「い、今のワイが使える魔法はやな……ギラとメラとマヌーサだけや……。で、でもやな、ワイはこれからもっと経験積んで、ベギラマやイオラのような上級魔法を修得して、いずれはグラン・ドラキーの称号を得るつもりなんや」
 アーシャさんは少し驚く仕草をする。
「大きく出ましたわね。でも、私が以前聞いた話によると、グラン・ドラキーの称号を持っているドラキーは僅からしいですから、そこに至るには大変なんじゃないですの?」
「確かにその通りやねんけど、最初から諦めてたら何も始まらんやん。やっぱ目指すんならそこやろ」
「グラン・ドラキーねぇ……。なんか話聞いてると道は険しそうだな」
 ベギラマやイオラが上級魔法なのかどうかはともかく、結構大変な試練が待ち受けているのかもしれない。
「まぁな。でも、ワイ等下っ端のドラキーは経験積んで、最高位の称号・グラン・ドラキーを名乗るのが憧れなんやわ。そして、いつかなったるとワイも思っとるんや」
「ラティさん、その意気です。ラティさんなら、いつかその称号を得られる気がしますよ」
 サナちゃんはそう言ってラティに微笑んだ。
「おおきに、サナねぇちゃん。ワイは頑張って成り上がるつもりやから、そん時はよろしくやで。ン? どうやら第2の階層への入り口が見えてきたようやな」
 俺達はそこで、前方へ視線を向ける。
 すると、白い石を幾重にも積み上げた強固な城塞と、鉄格子で閉め切られた城塞門が見えてくると共に、その前で佇む、灰色のマントと青い鎧を装備した十数名の騎士達が、俺達の視界に入ってきたのである。
 騎士達は装備している高位武具も然る事ながら、軍隊特有のキビキビとした動作をしている為、雰囲気は非常に威圧的であった。
 しかも、常に臨戦態勢に入れるよう絶妙な位置に陣取っている為、隙というものが全く見当たらないのだ。
 予想以上に物々しい様相である。
「ウォーレンさんの言ってた事は本当のようだな。あそこにいるのは、どうやら、ただの騎士じゃないようだ。なんか異様な雰囲気だよ」
 俺の言葉に皆は無言で頷いた。
「イシュマリア魔導騎士団は、この国の守護を司る最精鋭の騎士団と聞いております。ですから、その辺の兵士とはやはり、雰囲気そのものが違いますわね」と、アーシャさん。
「ええ、確かに……」 
 程なくして城塞門の前にやってきた俺達は、そこで一旦馬車を止め、早速、騎士達からのチェックを受ける事となった。
 まず騎士の1人が、ウォーレンさんの跨る馬へと歩み寄る。
 ウォーレンさんに歩み寄ったのは、口髭を生やした凛々しい中年の男で、この中では一番の年長者のようであった。
 もしかすると、ここを受け持つ責任者なのかもしれない。
 騎士はウォーレンさんの前に行くと、ニコヤカに話しかけた。
「ウォーレン、お勤めご苦労だな」
「グスタフ、お前もな」
 どうやらこの騎士が、先程言っていたウォーレンさんの知り合いのようだ。
「アリシュナへ入るか?」
「ああ」
「では形式通り、通行証を見せてもらうとするか」
 ウォーレンさん達はグスタフと呼ばれた騎士に、ハガキサイズのカードと思わしき物を見せた。
 グスタフと呼ばれた男は、それらを流し見ると手振りを交えて言った。
「よし、いいぞ。通ってくれ」
「待った、グスタフ。それとだな……」
 と、ここでウォーレンさんは俺達の方を指さし、騎士に告げたのである。
「後ろの方々は、湖の件で協力してもらう者達だ。私の邸宅で打ち合わせをしたいから、通してくれないだろうか?」
(湖の件? ……なんだ一体……)
 なんとなく嫌な予感がしたが、とりあえず今は、ウォーレンさんのやり取りに注視しよう。
「ン、という事は、アリシュナへの通行証は持ってないのか?」
「ああ、そうだ」
「むぅ、しかしだな……」
 騎士は少し渋った表情をする。
「心配するな、グスタフ。責任は私が持つ。それに湖の件は、あまり公にはできない話なのは、お前も知っているだろ。だから頼むよ」
 グスタフと呼ばれた騎士は、そこで俺達を一瞥すると、溜息混じりに言葉を発した。
「……ふぅ、仕方ない。俺とお前の仲だ。でも、これっきりだぞ。こんな事を繰り返していたら、俺も上から何言われるかわかったもんじゃないからな」
「すまないな、グスタフ。この埋め合わせは近いうちに必ずする」
「じゃあ、ヴァルハイムで一杯出来るのを期待して待ってるよ」
 ウォーレンさんは苦笑いを浮かべる。
「それは期待しないでくれ。あんな所で飲み食いしたら、あっという間に散財してしまう」
「はは、違いない。まぁ今のは冗談だが、上手い物を食わしてくれるのを期待して待ってるよ。さて、では通るがいい」
「恩に着る」
 そして俺達は、第2の階層・アリシュナへと移動を再開したのである。


   [Ⅱ]


 オヴェリウス・第2の階層・アリシュナ……ラティの話によると、ここは中小の貴族が住まう区域だそうだ。
 貴族が住んでいるだけあって、先程までいた平民の住まう第1の階層と比べると、周囲は庭付きの綺麗な建物ばかり並ぶ裕福そうな所であった。
 ゴミの無い石畳の通りの両脇には、白く美しい石壁の建物が軒を連ねており、見掛ける人々は優雅で上品な服を身に纏う者達ばかり。中小とはいえ、流石に貴族が住む区域であった。
 だが、とはいうものの、ここには馬鹿でかい敷地に大邸宅といった感じの建物は無かった。全て、そこそこの大きさの建物ばかりで、庭もそれほど大きくは無い。
 この区域を現代日本のモノで無理やり例えるならば、田園調布の様な高級住宅街を思わせる感じだろうか。
 とにかく、この第2の階層・アリシュナは、そんな雰囲気を感じさせる所であった。

 話は変わるが、オヴェリウスにある4つの階層は、全てに名前がついているらしい。
 ラティの話によると、平民の住まう第1の階層がラヴァナ、中小貴族が住まう第2の階層がアリシュナ、高位の貴族や高位の神官が住まう第3の階層がヴァルハイム、そして王族の住まう第4の階層がイシュランといった感じで呼ばれているそうだ。
 また、この王都にはイシュラナ教団の総本山であるイシュラナ大神殿があるのだが、それは第1の階層・ラヴァナにあるみたいだ。やはり、国教なだけあって、平民も貴族も分け隔てなく参拝出来るようにしてるそうである。
 ちなみにだが、ラティ曰く、大神殿に教団のトップである教皇アズライル猊下はいないらしい。
 教皇アズライル猊下は普段、第3の階層・ヴァルハイムに建立されているイシュラナの聖堂と呼ばれる所にてお勤めしているらしく、大神殿に降りてくるのは催しや神殿に用がある時だけだそうだ。
 なので、平民はおろか、中小の貴族でも、そう簡単にお目にかかれる人物ではないそうである。
 つーわけで、話を戻そう。

 ウォーレンさん達の後に続いて、アリシュナの通りを進む事、約10分。
 格子状の門扉が設けられた、四角い石造りの屋敷の前で、ウォーレンさん達は立ち止まった。
 ちなみにその建物は2階建てで、玄関前が庭になっており、門と玄関を結ぶ石畳の通路の両脇には、手入れが行き届いた芝生や幾つかの庭木が植えられていた。また、その奥の玄関に目を向けると、重厚な扉の前で鎮座する騎士の石像が2体、番人の如く立っているのだ。
 これは俺の印象だが、周囲の屋敷よりも少し大きなブルジョワ邸宅に見えた。
 もしかすると、ここがウォーレンさんの屋敷なのかもしれない。
 ふとそんな事を考えながら屋敷に目を向けていると、ウォーレンさんはミロン君を伴ってこちらへとやって来た。
「ここが俺の屋敷だ。案内役としてミロンを置いていくから、暫くの間、客間で休んでいてもらえるだろうか」
「ウォーレンさんは、今からどこかに行かれるのですか?」
 するとウォーレンさんは、頂きに見えるイシュマリア城に目を向けた。
「ああ。今から城に行って報告しなきゃならん事があるんでな。まぁそういうわけだ。だから、俺が帰るまで暫く寛いでいてくれ」
「そうですか。わかりました」
 ここでウォーレンさんはミロン君に指示をする。
「それからミロン。ブレシア爺さんに、コータロー達の馬や馬車の世話をお願いしといてくれ。多分、今の時間帯なら裏の厩舎で休んでいる筈だ」
「はい、畏まりました」
「では頼んだぞ」
 それを告げたところで、ウォーレンさん達はこの場を後にしたのであった。


   [Ⅲ]


 屋敷内に入った俺達は、ミロン君に案内され赤い絨毯が敷かれた通路を進んで行く。
 途中、メイドさんと思わしき若い女性と何回か擦れ違ったが、皆が明るい笑顔で丁寧に俺達に挨拶をしてきた。その所為か、冷たい石造りの建物ではあるが、屋敷内は暖かい雰囲気が漂っていたのである。
 中々に居心地が良さそうな屋敷であった。これを見ただけでも、ウォーレンさんの人柄が分かるというものだ。
 俺はそんな事を考えつつ、ミロン君の後を付いて行く。
 すると程なくして、ミロン君はとある扉の前で立ち止まり、俺達に振り返ったのである。
「皆さん、こちらが客間になります」
 どうやら到着のようだ。
 ミロン君は扉を開き、俺達に中へ入るよう、丁寧な所作で促してきた。
「さ、どうぞ、中で旅の疲れを癒してください。それから、お飲物や軽食をすぐにご用意いたしますので、今暫くお待ち下さい」
「ありがとう、ミロン君。色々とすまないね。それでは、お言葉に甘えさせてもらうよ」
 俺は礼を言って中へと入った。
 他の皆も俺に続く。
 とまぁそんなわけで、俺達は暫しの間、ここで旅の疲れを癒す事となったのである。

 客間に入った俺は、中央にあるソファーに腰掛け、早速、身体を休めることにした。
 続いて、アーシャさんとサナちゃんが俺の隣に腰を下ろしてくる。と、その直後、アーシャさんとサナちゃんは互いに顔を見合わせ、微笑み合ったのである。
 しかし、その笑みはどこか固かった。おまけに、なぜかわからないが、微妙に緊張感が漂う空気も漂い始めていたのであった。
(はぁ……馬車でもこんな事があったけど、何なんだ一体……)
 少し首を傾げる現象であったが、触れない方が良いと俺の中の何かが告げていた。
 その為、俺は2人が放つ緊張感から逃げるよう、ソファーの背もたれに深く寄りかかり、大きく溜め息を吐いたのである。
(わけがわからん。とりあえず、部屋の中でも見て気を紛らわすか)
 というわけで、俺は室内をグルリと見回した。
 見た感じだと、30畳くらいはありそうな、そこそこ広い部屋であった。
 床には全面にフカフカとした青い絨毯が敷かれており、その中心には、磨き抜かれたガラスのテーブルと、それを囲むように高級感あふれる赤いソファーが4つ置かれている。ちなみにだが、俺達が腰掛けているのは、それらのソファーだ。
 また、美しい花柄の壁紙が貼られた壁や天井に目を向ければ、幾つかの風景画や彫刻品などが飾られており、天井には美しい純白のシェードが被せられたシャンデリアが吊り下げられているのであった。
 まさに、貴族の館といった感じのブルジョワな内装であった。
 豪華さでいえばマルディラント城の客間の方が凄いが、これはこれで中々に優雅な部屋である。
 俺がそんな風に室内を眺めていると、程なくしてラティの声が聞こえてきた。
「ワイ、貴族の屋敷ん中入るんは初めてやけど、やっぱ一味ちゃうなぁ。庭の手入れも行き届いてるし、ホンマ綺麗にしてるわ。ウォーレンの旦那は、流石に貴族やで」
「ああ。それに、さっきすれ違った使用人達も明るい表情してたから、屋敷全体が良い雰囲気だよ」
「せやな。皆、笑顔で迎えてくれたさかい、ワイも気分ええわ」
 ラティはそう言ってニカッと笑った。
「俺もだ。ところでラティ、第1の階層について訊きたいんだけど、アーウェン商業区ってどの辺りかわかるか?」
「アーウェン商業区か? それはラヴァナの南側や。アレスティナ街道に通じる城塞南門があるところやから、ここからやと少し遠いで」
「遠いって、どのくらいだ?」
 ラティは少し考える素振りをする。
「せやなぁ、ここからやと歩いて半日……ってのは冗談やけど、その半分くらいは掛かると思った方がええで。ま、行くんなら、ラヴァナの大通りを走る辻馬車にしとき。それなら歩きよりは早いからな」
「ふぅん、結構遠いんだな」
 と、ここで、アーシャさんが訊いてくる。
「そこに何か用でもあるんですの?」
「用はないんですけど、一度行ってみたいなぁと思いまして。以前、とある方から王都の商業区は凄い賑やかだと聞いたので」
 今言ったのは勿論嘘だ。
 ヴァロムさんの次の指示が、その商業区のとある店に行けとなっているからである。
「へぇ、そうなのですか。私、賑やかなところは苦手なんですが、コータローさんとなら一緒に行ってみたいです」
「サナさん、コータローさんは私の配下の者です。ですから、その時は私も当然同行させてもらいますわよ」
「勿論です。公平にいきましょう。フフフ」
「ウフフフ」
 そして2人はまた、固い笑顔で張りつめた空気を作り始めたのであった。
「あのねぇ……」
 悩みの種が増えそうだから、この話はもう2人の前ではしないでおこう。
 と、その時、扉がノックされ、向こうからミロン君の声が聞こえてきたのである。
「ミロンです。お飲物をお持ちいたしました。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
「では失礼します」
 扉が開かれ、向こうからミロン君と2人のメイドさんが、グラスや料理を乗せたトレイを持って室内に入ってきた。
 3人は俺達の前にあるガラステーブルに、飲物で満たされたグラスや、オードブル風の料理が盛りつけられた幾つかの皿を置いてゆく。
 そして全て並べ終えたところで、メイドさん2人はミロン君を残して退室したのであった。
 メイドさんが去ったところでミロン君は姿勢を正し、改めてお礼を口にした。
「み、皆様、先程は色々とお世話になりました。師であるウォーレン様からは、皆様が快適に寛げるよう、お力添えをするようにと申しつけられております。で、ですので、もしなにかありましたならば、遠慮なく私に言って頂きますよう、よろしくお願い致します」
 この様子を見る限り、かなり緊張してるようだが、そこまで畏まられるのもアレな為、俺は言った。
「あのさ、ミロン君。固い挨拶はよそう。気楽にいこうよ」
 するとミロン君は、アーシャさんとサナちゃんにチラリと目を向けた。
「え? で、ですが、コータローさんの両脇におられる御方はアレサンドラ家のご息女と、旧ラミナス公使であるフェルミーア閣下の縁者だと、ウォーレン様から聞いております。粗相が無いようにと言われておりますので」
(なるほど、だから固くなっていたのか)
「でしたら、結構ですわよ。私も堅苦しいのはあまりですから」
「私もそれが良いです」
「そ、そうですか……わかりました。では、そうさせてもらいます」
 ミロン君は少し困惑した様子だったが、納得をしたのか、その後は幾分力を抜いて話し始めた。
 そして俺達はウォーレンさんが戻ってくるのを待ちながら、暫しの雑談を楽しんだのである。

 ミロン君には色々と王都の事について教えてもらった。
 特にこのアリシュナの事はよく知っているらしく、ミロン君は饒舌に語ってくれた。
 それによると、ウォーレンさんの屋敷があるこの辺りは、別名、魔導師街と呼ばれている地域らしく、王宮に仕える宮廷魔導師の屋敷が沢山あるそうだ。
 その為、周囲の屋敷はウォーレンさんの同僚がかなり多いそうである。
 だが宮廷魔導師でも、大賢者の弟子であるオルドラン家のような古くから続く名家となると、このアリシュナではなく、上にあるヴァルハイムに屋敷があるとミロン君は言っていた。
 なので、ここにある宮廷魔導師の屋敷は殆どが、比較的歴史の浅い家系だそうである。
 要するにここは、宮廷魔導師の新興住宅街といった所なのだろう。
 ふとそんな事を考えながら話を聞いていると、ミロン君は何かを思い出したのか、そこで俺に話を振ってきた。
「あ、そういえば、コータローさんに訊きたかったことがあるんです」
「ン、何だい?」
「こんな事を唐突に訊くのは失礼なのですが、コータローさんの魔力圧はどのくらいあるのでしょうか?」
 あまり触れてほしくない内容だったので、とりあえず理由を訊く事にした。
「え、魔力圧かい? ……どうして知りたいの?」
「実はですね、道中のオヴェール湿原で、コータローさんが魔力分散させながら冒険者達を治療していたのを見て、驚いたんですよ。魔力分散ができる魔法使いは、第1級宮廷魔導師でもそれほど多くはないと言われてますので。ですから、あの時のコータローさんを見て、一体、どの位の魔力圧がある方なのだろうかと、ずっと気になっていたんです」
 そう言えば、ヴァロムさんは以前、こんな事を言っていた。
 魔力制御を行うには修練も必要だが、素質がないと難しい技能だと。
 今まであまり気にしてこなかったが、ミロン君の口振りを考えると、ここでは特殊な技能なのかもしれない。これからは少し注意する必要がありそうだ。
 まぁそれはさておき、今はミロン君の質問にどう答えるかである。
(さて、どうしたもんか……)
 グレミオさんはこの間、俺の魔力圧は第1級宮廷魔導師の上位に匹敵する数値だと言っていたので、これを真正直に言っていいものかどうかが、悩むところであった。
 なぜならば、俺はこれから静かに行動したい為、極力注目されるような事は避けたいからである。が、しかし……俺が答えを出す前に、予想外のところから声が上がったのであった。
 なんとアーシャさんが自信満々で、ミロン君にそれを告げてしまったのだ。
「言っときますけど、コータローさんは凄いですわよ。最大魔力圧は200ベリアムを越えますもの。私の自慢の部下ですわ」
「に、200ベリアム! ほ、本当ですか!?」
「ええ、本当ですわ。ここにいる皆さんも、その場に立ち会いましたので、全員が証人ですわよ」
 俺は右手で額を押さえ、溜息を吐いた。
(なんで言うかなぁ……はぁ)
 程なくしてミロン君の驚く声が聞こえてくる。
「す、凄いです。まさか、そこまでの魔力圧を持つ方だったなんて。ウォーレン様ですら、190ベリアムだと言うのに……。200ベリアム越える魔法の使い手は、ディオン様やシャール様のような一部の方々だけだと思ってたので、今、物凄く驚いてます」
 ディオン様とシャール様が何者かは知らないが、こうなった以上は仕方ない。
 あまり言いふらさないように忠告しておこう。
「でも、あまり大きな声では言わないでくれよ。俺は注目されるのが苦手だからさ。なるべくなら、この事は黙っていてほしいんだ。静かに暮らしたいからね。いいかい?」
 ミロン君は頷く。
「わかりました。でも、ウォーレン様には言ってもいいですよね?」
(まぁあまり隠すのも不自然に思われる。条件付きで認めるとするか)
「良いけど、今言った事をウォーレンさんに言っておいてくれよ」
「わかりました」
 と、その時である。
 ノック音と共に、扉の向こうから男の声が聞こえてきたのであった。

【ウォーレンだ。遅くなってすまない。入ってもいいだろうか?】

 待つこと3時間といったところだ。
 ようやく戻ってきたみたいである。
「どうぞ」
「では失礼する」
 扉が開かれ、ウォーレンさんが部屋の中へと入ってきた。
 中に入ったウォーレンさんは空いているソファーに腰を下ろす。
 そして、俺達全員に視線を向け、居ずまいを正してから、話を切り出したのである。
「まずは長らく待たせてしまったことを詫びよう。遅くなって申し訳ない」
「ああ、気にしないでください。ミロン君が王都の事を色々と話してくれたので、中々に有意義な時間を過ごせましたから」
「そう言ってくれると助かる。ミロンを置いていって正解だったようだ」
 と言うと、ウォーレンさんはミロン君に軽く微笑んだ。
 ウォーレンさんは続ける。
「それで遅れた理由なんだが……実はな、今しがたイシュマリア城に行った折りに、城に出向しているアレサンドラ家の者とフェルミーア閣下の配下の者に会って、御2人の事を話してきたのだ」
「なんと、そうであったか。それでどういった感じだろう。上手くいきそうであろうか?」と、レイスさん。
「一応、向こうはその旨を報告すると言ってくれた。上手くいけば、御2人には近い内に、両家の使いの者がここにやってくる筈だ」
 アーシャさんとサナちゃんは安堵の表情を浮かべる。
「ありがとうございます、ウォーレン様」
「ご迷惑おかけして申し訳ありません、ウォーレン様」
「そういうわけですので、少し時間が掛かるかもしれないが、御2人は少しの間、辛抱してもらいたい。ヴァルハイムに上がれる者は、イシュラナの神官達によって細かく管理されているので、手続きに時間が掛かるのです」
 2人は頷く。
「構いませんわ」
「私も構いません」
「それを聞いて安心しましたよ。私が出来るのはここまでですからな。さて……」
 ウォーレンさんはそこで言葉を切ると、今度は俺に視線を向ける。
 すると、やや重い口調で話し始めたのである。
「では次に、少しコータローに話があるんだが、いいだろうか?」
 嫌な予感がしたが、とりあえず、話を聞くことにした。
「……何でしょう?」
「俺は今、ヴァリアス将軍の命令で、ある調査をしているのだが、かなり難航していてな。そこで、コータローの手を少し借りたいのだ。見たところコータローは、相当に腕のある魔法使いのようなのでな」
(はぁ、やっぱりその類の話か……)
 もしかすると、グスタフとかいう騎士に言っていた事かも知れない。
 まぁいい……とりあえず、話を聞こう。
「先程の城塞門にいた騎士に、湖の件がどうのと言っておられましたが、それですか?」
「ああ、それの事だ。……これはまだあまり公に出来ない話なんで、できれば、今はまだ誰にも言わないでほしい。かなり不安がらせる可能性が高いのでな。まぁとはいっても、バレるのは時間の問題だろうが……」
 そこで俺達は互いに顔を見合わせた。
 全員が頷いたところで俺は言った。
「わかりました。皆、口は堅いので安心してください」
「では話そう。実はここ最近、王都の東に広がるアウルガム湖で、そこに生息する魚介類や動物が居なくなるという奇妙な事が起きていてな、我々は頭を悩ませているんだよ」
「魚介類や動物が居なくなる……それはまた、妙な話ですね」
「全くだ。おまけになぜかわからないが、そのアウルガム湖から水を引いて栽培される作物の出来も悪くなってきている。それで湖の調査をしているんだが、未だに原因は不明なんだよ」
「それは確かに……不味い事態ですね」
 作物の出来が悪くなっているという事は、将来的な食糧危機の問題は避けて通れない。
 悩むのも無理はないだろう。
「ああ、非常に不味い。アウルガム湖は内陸に位置する王都とって、貴重な水産資源の宝庫だからな。しかもここ最近は、未知なる強力な魔物が王都近辺に現れ始めている。ヴァリアス将軍は、それによって、他の地域からの物流が断たれる事を危惧しておられるのだ。今の王都の食料備蓄は、もって精々1週間程度。今の状況が続くようだと、一気に死活問題になりかねんのだよ。だから早急に、この事態を何とかしないとならないのさ」
 事情は分かったが、俺がその調査に加わる理由が分からんので、それを訊ねる事にした。
「ところで、俺の手を借りたいと仰りましたけど、具体的に何をするんですか?」
「それなんだが、明後日の早朝、俺と一緒にアウルガム湖の中心にある小さな島に来てもらいたいんだよ」
「小さな島? その島に何かあるんですか?」
「そこには古代の遺跡がある。……邪悪なる魔の神ミュトラを祭ってあると云われる古代の遺跡がな。これは俺の勘だが、今回の異変、そこで何かが起きている気がするんだよ」
 邪悪なる魔の神ミュトラ……か。
 またこの名前が出てきたが、今は置いておこう。
「そうですか……で、俺はそこで何をするんですか?」
「俺は以前、その古代遺跡に立ち入った事があるのだが、そこには古代リュビスト文字で、こんな言葉が刻まれていた。……浄界の門に訪れし者よ。4つの祭壇に異なる力を与え、聖なる鍵を然るべき場所に納めよ。さすれば汝の前に浄界への道が開かれる……とな」
「4つの祭壇に異なる力を与え、聖なる鍵を然るべき場所に納めよ……ですか」
「ああ。まぁ早い話が、それを明後日、実際にやってみようと思っているのさ」
「という事は、それらの謎が解けたのですね?」
 ウォーレンさんは頭を振る。
「いや、解けてなどない。謎のままさ……だが、何もせずに指をくわえているわけにもいかんのでな。そういうわけで、ここは先人の解釈を参考に、当てずっぽうでも構わんから、やってみようと思っているんだよ」
「つまり、俺はその実験を手伝うという事ですか?」
「まぁ簡単に言うとそうなるな」
「そうですか」
 さて、どうするか。何をするのかがイマイチわからんが、今の話から見えてくるのは、魔法の使い手として俺の力を借りたいという事なのだろう。
 だが、他にも宮廷魔導師がいるのに、あえて俺にお願いするのが引っ掛かるところであった。
 とはいえ、アーシャさんとサナちゃんの事で面倒を掛けてしまった事を考えると、無碍に断るのも悪いのである。
(仕方ない。他にしなきゃならん事があるので迷うところだが、ここはとりあえず、手伝う事にするか……)
 と、ここで、アーシャさんが口を開いた。
「コータローさん、手を貸してさしあげたらどうです。ウォーレン様は、私達に便宜を図ってくれたのですから、何もしないわけにもいきませんわ」
「ええ、俺もそう思っていたところです」
 俺の言葉を聞き、ウォーレンさんは安堵の表情を浮かべた。
「おお、手伝ってくれるか。すまんな。この国の宮廷魔導師達は、イシュラナの神官に睨まれるのが嫌なもんだから、遺跡に書かれた記述を試す者は皆無なんだよ。この手続きをした時も、イシュラナの神官達は、あまり良い顔をしなかったからな」
「なるほど、だから俺にお願いしてきたんですか。実を言うと、なぜ他の宮廷魔導師に頼まないのかが不思議に思っていたんです」
「すまんな。それが理由だ」
 これで納得である。
「ところでウォーレンさん、ミュトラを祭ってあるという遺跡がある島ですが、そこは誰でも入る事が出来るんですかね?」
「いや、その古代遺跡には、イシュラナの神官と魔導騎士団が常駐していて、誰も入らないよう常に監視されている。だから、まず立ち入る事が出来ない所なのだが、事前に手続きを取りさえすれば、遺跡の管理官であるイシュラナの神官と共に、中へ入る事が出来るのさ」
「そうだったんですか。では事前に手続きをとって遺跡に入るんですね?」
「ああ、その通りだ。おっと、そうだ。これをコータローに渡しておこう」
 ウォーレンさんはそこでハガキのような大きさのカードを、俺の前に差し出した。
「これは?」
「それはアリシュナとラヴァナを行き来できる通行証だ。コータローの通行証だから、大事に持っていてくれ」
「え? いいんですか?」
 貰えるのは嬉しいが、どうやって手に入れたのかが気になるところであった。
 なぜなら、この通行証には俺の名前と共に、王家の紋章が押印されているからである。
「実はな、ヴァリアス将軍に今までの経過報告をした際、コータロー達の事も話しておいたのだ。それで少し気の早い話ではあったが、俺の助手として雇うという前提で、コータローの分を作って貰ったんだよ。そういうわけだから、遠慮せず持っておいてくれ」
「そ、そうだったんですか」
 中々に抜け目がない人のようだ。
 まさか既にこんな先手を打っていたとは……。
「それに通行証がないと、アウルガム湖から帰って来た時、アリシュナに入る事が出来ないからな。だから、急いで作ってもらったのさ」
「わかりました。では、ありがたく頂戴させて頂きます」
 俺は通行証を手に取ると、失くさないよう道具入れに仕舞った。
 と、そこで、ラティの羨む声が聞こえてくる。
「ええなぁ、コータロー。これで自由にアリシュナとラヴァナを行き来できるやんか」
「そういや、ドラキー便の配達員もいたのを忘れてたよ。もしなんなら、ここに出入りする時はコータローに連れて行ってもらったらどうだ?」
「連れて行ってもらうって、どういう事でっか? ワイ、通行証持ってへんから、一緒に付いて行ったところで、拘束されるのがオチやと思うけど」
「違う違う、そういう意味で言ったんじゃない。お前のように小さな体なら、袋か何かに忍び込めば、門を通り抜けられるってことだ。まぁコータローに運んでもらうのが前提の移動方法になるがな」
「おお、それはええ考えや。ほな、コータロー、ワイも物流組合に行って仕事を終わらせなアカンから、明日一緒にラヴァナに行こうな。ついでに街の中、案内したるわ」
「ああ、分かったよ」
 これはある意味好都合かもしれない。
 ラティと一緒にラヴァナへ行った際は、俺もついでにヴァロムさんの用事をすませてこよう。
 俺達の話がまとまったところで、ウォーレンさんは再度念を押してきた。
「じゃあそういうわけでだ、明後日はよろしく頼むぞ、コータロー」
「わかりました。俺に出来る範囲で頑張らせてもらいます」
「ああ、それでいい」
 続いて他の皆も、俺に励ましの言葉を掛けてきた。
「頑張ってください、コータローさん。私はここで貴方の帰りを待ってますわ」
「私も無事を祈って、コータローさんの帰りを待っています」
「コータローさんなら、何でもこなせそうな気がするわ。頑張ってね」
「うむ。私もシェーラと同意見だ。一緒に旅をしてきてわかったが、コータローさんは、物事を正しく見る目を持っている。貴方なら、色んな謎を解けそうな気がするから、頑張ってくれ」
「そこまで言われると俺も背中がかゆいですが、とりあえず行ってきますんで、暫く待っていてください」
 とまぁそんなわけで、俺は王都にやって来た初日から、予想外の展開に巻き込まれる事となったのであった。 
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