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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv27 カラール魔導研究所

   [Ⅰ]


 サナちゃん達の待つ部屋に戻った俺達は、ティレスさんと交わした内容を3人に話した。
 そして、今日は城に泊まっていくよう、ティレスさんから言われた事も、そこで伝えておいたのである。
 一通り説明したところで、サナちゃんが訊いてきた。
「あの……私達も、今日はここに泊めてもらえるんですか?」
「うん、ティレスさんから直々にそう言われたからね。だから、ここはお言葉に甘えさせてもらおうと思ったんだよ」
 俺の言葉を聞き、サナちゃん達3人は表情が綻んだ。
 今まで色々とあったので、少し安心したのだろう。
「でも、リジャールさんは一旦、ガルテナに帰るそうですわ」
「すまんの、アーシャ様。儂も泊まりたいのは山々なんじゃが、向こうで村長に報告もせねばならぬからの。それに、まだ村は危険な状態じゃし、儂だけがここにいるわけにもいかぬのじゃよ。まぁそういうわけじゃから、ティレス様にはアーシャ様からよろしく伝えておいて下され」
「ええ、わかっておりますわ」
 と、ここで、シェーラさんの声が聞こえてきた。
「ねぇ、それはそうと、この後はどうするの? まだ外は明るいわよ」
「そうなんですよね。夕食までにはまだ時間があるんですよ。ところで、リジャールさんはもうガルテナに帰られるのですか?」
「ふむ……そうじゃな」
 リジャールさんはそこで顎に手をやり、暫し考える仕草をした。
 すると何かを思い出したのか、ポンと手を打ったのである。
「おお、そういえば、グレミオが帰りに寄って行けと言っておったな。久しぶりじゃし、儂は今から、あ奴の工房でも覗いてみようかの。日が暮れるには、まだ時間が掛かりそうじゃしな」
「グレミオさんて、さっき会った方ですよね?」
「ああ、そうじゃ。そして、お主が所有する魔光の剣を作った男じゃな。なんじゃったら、お主も来るか?」
「行きます、行きます。俺、魔導器の工房って興味あるんですよ」
 すると他の皆も声を上げた。
「じゃあ、私も行きます」
「では我々も」
「私も参りますわ。コータローさんの持っている魔光の剣というのが気になりますので」
 とまぁそんなわけで、俺達は夕食までの空き時間を利用して、グレミオさんの工房へと向かう事になったのである。

 マルディラント城を出た俺達は、リジャールさんの案内で1等区域内の大通りを進んで行く。
 今は日が高いのもあってか、大通りは沢山の人々が行き来していた。
 だが、ここが1等区域というのもあり、その多くは身なりの良い裕福そうな人達ばかりであった。
 まぁ俺達みたいな冒険者風の者もいないわけではないが、ここではどうやら少数派のようである。
 もしかすると、俺達は少し浮いて見えるのかもしれない。
 ふとそんな事を考えながら進んでいると、リジャールさんが俺に話しかけてきた。
「コータローよ、お主、ここにはよく来るのかの?」
「いえ、数回来ただけですよ。まぁその多くは、お師匠様のお使いみたいなもんですがね。リジャールさんは、よく来られるんですか?」
「マルディラントには何回も来たことはあるが、この1等区域は1年前に来たきりじゃな。クレムナン家の紋章を見せれば幾らでも1等区域に入れるが、グレミオと会う以外、用はないからの。ン?」
 リジャールさんはそこで言葉を切ると、前方に佇む大きな石造りの建物に目を向けたのである。
 それは、かなりの奥行きがある2階建ての四角い建物であった。
 正面にはノッカーの付いた木製の大きな玄関扉があり、その上にはこの国の文字で『カラール魔導研究所 兼 魔導器製作工房』と書かれた大きな細長い看板が、横向きに掛けられていた。恐らく、ここがグレミオさんの工房なのだろう。
「あれじゃ、グレミオの工房は。どれ、行ってみるかの」
 建物の前に来たところで、リジャールさんがノッカーに手をかけ、扉を軽く打ち鳴らした。
 すると程なくして扉が開かれ、中からメイド姿の若い女性が現れたのである。
「はい、どちら様でございましょうか?」
「儂はグレミオ殿の知り合いでリジャールと申す者じゃが、グレミオ殿は今こちらにおられるかの?」
「少々お待ちくださいませ」
 女性は建物の奥へと消えてゆく。
 それから暫くすると、女性はこちらに戻ってきた。
 そして、丁寧な所作で、俺達を中へ迎え入れたのである。
「失礼をいたしました。どうぞ中へお入りください。グレミオ様は、この奥にある研究室におられますので、私について来てくださいませ」
「うむ」――

 建物の中に入った俺達はメイドさんに案内され、青いカーペットが敷かれた上品な通路を、奥へと進んでゆく。
 それから程なくして、メイドさんはとある扉の前で立ち止まった。
 メイドさんはそこで扉をノックし、中に向かって呼びかけた。
「グレミオ様、リジャール様をお連れ致しました」
「わかった、今行く」
 という声が聞えた直後、ガチャリという音を立てて、扉が開かれた。
 中から現れたのは勿論、先程マルディラント城で見た、あの男であった。
 男は恭しく頭を下げ、リジャールさんに挨拶をした。
「リジャール様、お久しぶりでございます。先程はどうも」
「久しぶりじゃな、グレミオ。どうじゃ、調子の方は?」
「まぁまぁといったところでしょうか。では、立ち話でもなんですので、中にお入りください。さ、お連れの方々もどうぞ」
 俺達はグレミオさんに促され、部屋の中へと足を踏み入れた。
 と、そこで、グレミオさんはメイドさんに視線を向けた。
「タニア、お茶を7つ用意してくれるかい?」
「畏まりました」
 メイドさんは頭を下げ、扉を閉める。
「さ、それでは皆さん、奥に椅子がございますので、そこでお寛ぎください。その内、熱いお茶も来ますので」
「うむ、そうさせてもらおうかの」
 そして、俺達は部屋の奥へと移動したのである。

 グレミオさんの研究室は、学校の教室程度はあるそれなりに広い空間であった。が、研究室というだけあって、作業台や棚が幾つも置かれており、それらが室内を狭くしていた。
 またそれらの上には、様々な魔導器や素材らしきものが沢山並んでいる為、パッと見は、まるで工学系の実験室を思わせる様相をしているのである。
 なので、お世辞にも上品な部屋とは言えず、寧ろ、作業部屋といった方がしっくりくる所であった。
 だがとはいうものの、俺達が案内された場所は別であった。
 なぜなら、部屋の奥には、品の良いソファーや応接テーブルが置かれているからだ。
 その為、奥のスペースだけは別世界のように、上品な雰囲気となっているのである。
 まぁそれはさておき、俺達が奥のソファーに腰を下ろしたところで、グレミオさんもその辺の椅子に腰掛ける。
 そして、グレミオさんはニコヤカに口を開いたのであった。
「1年ぶりでございますかな、リジャール様。お元気そうで何よりです。ところで、こちらの方々は?」
「この者達は、儂の知り合いじゃよ。中々に腕の立つ者達での、ここ最近物騒な事があったものじゃから、手を借りておったのじゃ」
「へぇ、そうなのですか。では初めてお会いする方達ですので、自己紹介をしておきましょう。私はこの工房の主であるグレミオ・メリン・カラールと申す者です。リジャール様は私の師である方ですので、これからも一つよろしくお願いしますよ」
 俺も自己紹介をしておいた。
「私の名はコータローと申します。よろしくお願い致します」
 俺に続いて、他の皆も自己紹介をする。
 そして、グレミオさんとの懇談会が始まったのである。
「いや~、それにしても、ビックリしましたよ。マルディラント城で、まさかリジャール様と会うなんて思ってもみませんでしたからね」
「儂もじゃ。ところで、ティレス様から、何か仕事の依頼でもされたのかの? あの時、量産体制がどうとか言っておったのが聞こえたが」
 するとグレミオさんは、少し困った表情を浮かべた。
「ええ……実は、破邪の剣と祝福の杖を急ぎ量産してほしいと頼まれたんです。ここ最近、強力な魔物が増えてきているそうなので、普及品である武具では対処が難しくなりつつあるらしいのですよ」
 破邪の剣……懐かしい名前である。
 確か、道具で使うとギラと同等の効果が得られた気がする。
 初出はドラクエⅣだったと思うが、中盤では色々とお世話になった武器の1つだ。主に資金繰りにではあったが……。
 まぁそれはさておき、今の話を聞き、リジャールさんも顔を顰めた。
「むぅ、それはまた難しいところじゃな。その2つは作るのは簡単じゃが、どちらも魔力源であるドロウ・スピネルと魔法発動式を組み込まねばならぬから、錬成に時間が掛かるからの」
「そうなんですよ。ですから、生産効率を上げる為に、人員の配置や生産工程を短縮する方法を見直さないといけないんです」
 色々とマニアックな会話が聞こえてきたが、わけがわからんので俺は訊ねた。
「リジャールさん、今、ドロウ・スピネルと仰いましたが、それは何なのですか?」
「ああ、ドロウ・スピネルとはな、魔力を蓄積する赤い魔晶石の事じゃ。つまり、魔法を付加させる魔導器を製作するには、必要不可欠な素材という事じゃな。採掘量もそれなりにある上に仕入れやすいものじゃから、魔法発動式を組み込む際に、その魔力源としてよく用いられておるのじゃよ」
「へぇ、なるほど」
 ゲームではその辺の謎は触れていないので、少し好奇心をそそる話であった。
 リジャールさんは続ける。
「しかも、何かと便利な素材でな。溜めた魔力を使い切っても、周囲に漂う大地の魔力を吸収して、またすぐに蓄積するんじゃよ。じゃから、ほぼ永久的に魔力を供給し続けられるんじゃ。まぁとはいっても、それほど大きな物はあまり採掘されんから、溜められる魔力量は、精々、ベギラマ一発分程度じゃがの」
「へぇ、そうなのですか。凄く勉強になりました」
 妙に納得がいく話であった。
 よくよく考えてみれば、魔法を付加した剣や杖を使うには、そういった物がないと無理な話だからだ。
 魔力源がないと魔法が発動できないのは、当たり前の話なのである。
 だが話を聞いた感じだと、魔力を溜めておけるのはベギラマ一発分程度らしいので、MPに換算すると5~6P程度のようだ。つまり、あまり大きな魔法は付加できないという事なのだろう。

 話は変わるが、今の話に出てきた魔法発動式というのは、別名・紋章魔法とも呼ばれているモノだったと記憶している。これはヴァロムさんから習った魔法学で知ったのだが、魔法は呪文を唱えて発動させるものの他に、紋章を描いて発動させられるものもあるらしいのだ。
 ギラで例えるならば、ギラの呪文とギラの紋章という2つの魔法発動方法があるという事である。
 だがとはいうものの、紋章魔法の種類は圧倒的に少ないらしく、現状では、道具や武具などに付加させるくらいにしか使われていないそうだ。
 そして日進月歩ではあるが、この国の魔法研究者達は今も尚、呪文魔法を解明して紋章魔法で再現する方法を模索しているそうである。
 つーわけで、話を戻そう。

「それはそうとグレミオよ、ここにお主の考案した魔光の剣の使い手がおるぞ。なんでも、この1等区域にある武器屋で試作品として手に入れたそうじゃ。この際じゃから、色々と訊いてみたらどうじゃ?」
 するとグレミオさんは驚きの表情を浮かべ、俺に視線を向けたのである。
「本当かい!? いやぁ、まさか使っている人がいるとは思わなかったよ。ボルタック商店の主人に訊いたら、使った人の反応は、皆、イマイチな評価だって言っていたからね。そうかぁ~、使っている人がいたのか。ははは」
 グレミオさんはそう言って、陽気に笑った。
「そ、そうっスか。なはは……」
 俺はズッコケたくなる気分ではあったが、とりあえず、話を続けることにした。
「でも、他の人はイマイチかもしれませんが、俺はかなり気に入っている武器ですよ。今まで、これで何回も命拾いしましたからね」
「へぇそうなんだ。で、どう? 何か気に入らないところがあったら言ってよ。今後の糧にしたいからさ」
「そうですねぇ……今まで使ってきて少し不満があるのは、固い物を切断しようとすると魔力を相当籠めないといけないところですかね。特に、岩とか鉄のような固い物質は、メラミ5発から10発分くらいの魔力が必要になるんですよ。なので、改善してほしい部分としては、魔力消費を抑えつつ切断力を上げてもらう事ですかね。まぁ可能かどうかは、ともかくですが……ン?」
 そこで俺は言葉を切った。
 なぜなら、グレミオさんはポカーンとした表情で俺を見ていたからだ。
「あのぉ……俺、何か変な事でも言いましたかね?」
「て、鉄や岩を斬るって……ちょ、ちょっと君、それは本当かい? 本当にそんな物が斬れたの?」
「ええ、本当ですが」
 グレミオさんは、少し狼狽していた。
「こ、これは想定の範囲外だ。い、今から、君の魔力圧を計らせてほしいんだが、いいかい?」
「はぁ、構いませんけど」
「じゃあ、ちょっと待っててッ、今、魔力圧計測器を持ってくるからッ」
 そう言うや否や、グレミオさんは慌てて部屋を飛び出したのである。
 その直後、タニアと呼ばれていたメイドさんが、7つのカップを載せたトレイを持って現れたのであった。
「お茶をお持ちいたしました」――
 
 暫くするとグレミオさんは、ホッピングマシンみたいなモノを携えて、この部屋に戻ってきた。
 グレミオさんは俺の前に来ると、ハンドルのような部分と軸の真ん中にあるメーターらしきものを指さし、説明を始める。
「これが魔力圧計測器だ。使い方は簡単で、この両端を握って魔力を瞬間的に思いっきり籠めてくれれば、ここにある計器に最大魔力圧が表示される。だから、やってもらえないだろうか」
「わかりました」
 初めてやる事なので少し緊張したが、難しい事では無い為、言われた通りにする事にした。
 俺はソファーから立ち上がり、魔力計測器のハンドルを握って思いっきり魔力を籠めた。
 すると次の瞬間、ハンドルから計器に向かって電撃のような光が走ったのである。
 そこでグレミオさんの声が聞こえてきた。
「よし、もういいよ。これで計測できたはずだから」
「じゃあ、このホッピング……じゃなかった、魔力圧計測器はお返ししますね」
「ああ」
 グレミオさんは計器をマジマジと見る。
 と、その直後、グレミオさんは大きく目を見開き、驚きの声を上げたのであった。
「さ、最大魔力圧……203ベリアム……君、すごいね。この魔力圧は第1級宮廷魔導師の上位に匹敵するよ」
 どう凄いのかがわからんので、とりあえず、訊いとこう。
「それって高い数値なんですか?」
「物凄く高いよ。第1級宮廷魔導師になる条件の1つに、最大魔力圧の強さが150ベリアム以上という項目があるんだけど、大多数は150から180ベリアムの間で落ち着くと言われているんだ。だから、200ベリアムを超える魔法使いは非常に少ないんだよ。というか、こんなところで200ベリアム越えの魔法使いに会えるなんて思わなかったよ。この国の才能ある魔法使いは、皆、宮仕えになるからね」
「そ、そうなんですか」
 参考になる数値を聞くと、自分の数値がどのレベルなのかよく分かる。
 まぁこの数値だけを見て安易に判断はできないだろうが、俺のレベルを計る1つの目安にはなるのかもしれない。
 ついでなので、歴代最高記録も訊いておく事にした。
「ちなみにですが、今までで一番高い魔力圧の数値は幾つなのですか?」
「歴代の計測値で一番大きな値は、オルドラン家のヴァロム様が全盛期に記録した251ベリアムだけど、あの人の場合は別格だから、あまり参考にしない方がいいよ。普通は150ベリアム以上で、相当、優秀な部類だからね。一般的な魔法使いで大体100ベリアム前後だし」
「歴代最高は251ベリアムか……上には上がいるなぁ」
 ここでまさかヴァロムさんの名前が出てくると思わなかったが、アーシャさんやソレス殿下曰く、天才と呼ばれた人らしいから、納得できる話であった。
 まぁそれはともかく、もう1つ訊いておこう。
「あと、ベリアムとかいう名前が出てきましたけど、それって何なのですか?」
 だがその直後……。

【は?】

 ここにいる者達全員が口を開け、ポカンとした表情で俺を見たのである。
「コ、コータローさん……それは冗談で言ったのですか?」と、サナちゃん。
「ごめん、マジで知らない」
 アーシャさんは俺にジト目を向ける。
「貴方……またですの。ワザと言ってるんじゃないでしょうね。怒りますわよ」
「いや、だから本当ですって。そんな目で見ないで下さいよ」
 どうやら俺は、また、無知を晒け出したみたいだ。
(はぁ……なんかしらんけど、穴に入りたい気分になってきた)
 と、そこで、リジャールさんが豪快に笑いながら答えてくれたのである。
「カッカッカッ、魔法の腕や思考は優秀なくせに、世間知らずな面白い奴じゃな、コータローは。まぁよい。で、質問の答えじゃが、ベリアムとは大賢者アムクリストの教えを受けた弟子の1人の事じゃ。正式にはエウロン・アルバディート・ベリアムという。そして、この御方が、魔力圧を初めて数値化して体系的に纏めたので、その名を単位として用いておるんじゃよ」
「そういう事だったんですか……なるほど」
 これは勉強になる話であった。
 ヴァロムさんから一般常識もある程度習ってはいたが、主に社会システムや簡単な風習、そして文字の読み書きや魔法関連の話が殆どだったので、この国の歴史については疎いのである。
 まぁそんなわけで、俺は今、その辺の事をもっと習っておけばよかったと、少し後悔もしているのであった。
「まぁとはいっても、当時は単位なんてものは無かったそうじゃから、ベリアムという単位が用いられるようになったのは後世になってからじゃがな。それと余談じゃが、ラミナスの賢者・リバス殿はベリアム直系の方じゃから、これもついでに覚えておくとよいぞ。このイシュマリアやラミナスでは常識じゃからの」
「ええ、覚えておきます。恥をかくのは嫌なので……」
 そして俺は今の内容を、頭に深く刻み込んだのである。
 と、そこで、グレミオさんが話しかけてきた。
「あの、コータロー君だったかな。話を戻すけど、君は魔光の剣をどのくらいの期間使ってきたんだい?」
「ジュノンの月に手に入れて、それからずっとですね」
「フムフム。という事は、それなりに、この魔導器の特徴は把握しているって事だね。じゃあさ、お願いがあるんだけど、君の持つ魔光の剣で、あそこに置いてある鉄の前掛けを切断してもらいたいんだが、いいかい? 君の高い魔力圧で生みだされる魔光の剣が、どんなモノなのかを見てみたいんだよ」
 グレミオさんはそう言うと、部屋の片隅にあるエプロンみたいな形状をした鉄製の物体を指さしたのであった。
 なぜここに鉄の前掛けが……などと思ったが、表面が薄汚れているので、どうやら実験する時に使っている物のようだ。
「ええ、構いませんよ」
「じゃあ、お願いするよ」
 そしてグレミオさんは、斬りやすいよう、鉄の前掛けをその辺の椅子に立て掛けたのである。
 俺はソファーから立ち上がると、鉄の前掛けの所へと行く。
 そこで、俺は魔光の剣を手に取り、光の刃を出現させた。
(さて、では魔力圧を上げるか……)
 魔力圧が上がるに従い、光刃は更に眩い輝きへと変化してゆく。
 程よい輝きになったところで、俺は袈裟に、鉄の前掛けを斬りつけた。
 と、その刹那。

 ――カランッ――

 鉄の前掛けは豆腐でも斬るかのようにスパッと切断され、甲高い音を立てて石の床に横たわったのである。
 グレミオさんの感極まったような声が聞こえてきた。
「す、すばらしい! 本当に鉄が斬れるなんてッ。魔光の剣の特性上、魔力圧が高くなると確かに切れ味は増すが、魔力圧200ベリアム以上の者が振るうと、まさかここまでとは……。これは嬉しい誤算だよ。元々この魔光の剣はね、理力の杖と同様、魔法使いが呪文を封じられた時の緊急手段用として考案したものなんだけど、当初の想定では、精々、鋼の剣程度の威力と見積もっていたからね。まぁ一般的な魔法使いが使用すると仮定して作ったからだけどさ。それにしても、いやぁ~、しかし、驚いたよ。ありがとう、素晴らしいモノを見せてもらった」
 感動しているところ悪いが、俺はもう一度問題点を指摘しておく事にした。
「でも、さっきも言いましたが、魔力消費も凄いんですよ。今の調子で剣を振るえば、あっという間に魔力が尽きてしまうんです。ですから、ここが大幅に改善できるのであれば、常用武器として凄い優秀なんですよね」
 グレミオさんは頷く。
「確かに、君の場合はそこが問題だね。魔力圧が高ければ、当然、その分出てゆく魔力量も多くなるから。でもね、一応、言っておくと、魔光の剣の想定魔力圧は30ベリアムから80ベリアムなんだよ。君の場合、それを大きく上回る200ベリアム越えの魔力圧なわけだから、切れ味も増すが、籠めた分の魔力も大放出状態になってしまってるんだ」
 理屈は分かったが、問題は改善できる方法があるのかどうかだ。
「改善できそうですかね?」
「結論から言わせてもらうと、大幅に改善する事は出来るよ。というか、この魔導器の場合は構造が単純だから、改善できる部分となると魔力収束率を向上させるくらいだけどね。要は、君の魔力圧に合わせた魔力収束率の物を作ればいいだけさ。ただ、問題はあるんだよ……」
「問題?」
 グレミオさんは頷くと、少し険しい表情で話し始めた。
「魔光の剣の内部には、魔力を圧縮して収束させる為に、コルレッサ・スピネルという青い魔晶石が使われているんだけど、大幅に魔力の収束率を改善させるには、もうこの素材では難しいんだよね」
 どうやら、劇的に改善するには、素材自体を変えてしまわないといけないという事のようだ。
 しかもこの口ぶりだと、なかなか手に入らない素材なのかもしれない。
「では、素材があれば、出来るという事なんですね?」
「うん、出来るよ。しかし、大幅な改善となると、一点の曇りもない奇跡の魔晶石であるクラン・スピネルくらいしかないだろうから、今のところは難しいと言わざるを得ないかな。あれは私でもおいそれと手が出せない素材だからね」
「そうなんですか。それは残念ですね」
 クラン・スピネル……確か、ドラクエⅧで出てきた、魔力を秘めた宝石だった気がする。
 だが、ここでも同じモノとは限らないので、とりあえずは置いておくとしよう。
 と、ここでリジャールさんが話に入ってきた。
「クラン・スピネルを手に入れるのは流石に厳しいじゃろう。儂も錬成技師を長い事やっておるが、国宝としてイシュマリア王家が管理している【落陽の瞳】と【蒼天の雫】しか見た事ないからの」
「ええ、私もそれしか見た事ないです。でもクラン・スピネルならば、劇的に改善できるのは間違いないですね。あの魔晶石の魔力増幅率と魔力収束率、そして魔力蓄積量は群を抜いていますから。ですので、もしあれを使えたならば、魔光の剣を発動しても魔力の消費をかなり抑えられる上に、消費せずとも150ベリアム以上の光刃を常時だせる筈です。おまけに、魔力増幅器としても使えるでしょうから、所有者の魔法もかなり強力なものになりますよ」
 今の話を聞く限り、クラン・スピネルを使えば凄い性能をもつ武器になりそうだが、現状は無理と見て間違いなさそうである。仕方ない、諦めるとしよう。
 というわけで、俺は多少の改善ができるのかを訊いてみる事にした。
「ところでグレミオさん、大幅な改善は難しい事が分かりましたが、多少の改善は出来るのですかね?」
「魔力収束率をある程度までなら向上させる事はできると思うよ。ただ、組み込んであるコルレッサ・スピネルを新しく加工しないといけないから、魔光の剣そのものを新しく作らないといけないんだけどね」
「そうですか。ちなみに、それってどのくらい日数が掛かりそうですかね、それと費用が幾らくらいかかるのか教えて頂けるとありがたいのですが」
 グレミオさんはそこで顎に手を当て、考える仕草をした。
「そうだねぇ……まぁ10日もあればできるかな。もしなんだったら、改善した新しい魔光の剣を無料で製作してもいいよ。但し、交換条件があるけどね」
「交換条件?」
「ああ。月に2度ほど私の工房に来てもらって、試作品の試験使用をしてもらいたいんだよ。君のような魔力圧の持ち主はそうそういないから、そこで得られる結果は非常に貴重だからね。で、どうだろう、協力してくれるなら、無料で作るよ」
 要するに、試作品の実験台になってくれたら、タダでいいって事か。
 まぁその程度の事なら引き受けてもいいが、問題もあるのだ。
 なぜなら、月に2度もマルディラントに来なければならないからである。
 俺は風の帽子もない上に、秘蔵であるキメラの翼も10枚しかないので、少々、厳しい条件の気がしたのであった。
 どうしようか迷っていると、アーシャさんが話に入ってきた。
「コータローさん、いいじゃないですか。試作品の試験使用をやったらどうです? こちらに来る時には、私も手を貸しますわよ」
「えッ、いいんですか?」
「構いませんわ。私も試作品の魔導器というのに興味がありますから」
 折角だし、ここはアーシャさんの好意に甘えるとしよう。
 だが返事をする前に確認しておく事がある。
「グレミオさん、先程、月に2度ほどと仰いましたが、それはどのくらいの期間ですか?」
「そうだねぇ……じゃあ、ラトナの月までという事にするよ。それ以降については、また君に確認させてもらうという事で」
 期間は大体、半年といったところだ。
 俺はそのくらいなら問題ないと思い、お願いする事にしたのである。
「わかりました。ではグレミオさん、新しい魔光の剣の製作をお願いします」
「じゃあ、交渉成立という事だね。では魔光の剣を新しく作るから、10日程経過したら、ここに取りに来てくれるかい?」
「ええ、そうさせて貰います」
 とまぁそんなわけで、思わぬ展開になったわけだが、新しい魔光の剣に関しては嬉しい誤算だったので、とりあえず俺は良しとしたのである――

 その後も俺達は、グレミオさんと世間話や魔導器の話を続けた。
 リジャールさんとグレミオさんのマニアックな単語が飛び交う場面も多々あった為、俺達も少々面食らったが、2人の錬成技師の話は勉強になる事が多かった。
 また他の皆も魔導器について興味があるのか、リジャールさんとグレミオさんに色々と質問をしていたのである。
 皆が訊いていたのは魔光の剣についての事や、他の魔導器の事であったが、そこで俺は興味深い話を聞けたのだ。
 それは何かというと、幾ら高い魔力圧の魔光の剣といえども、そう簡単には斬れない物があるという事である。
 グレミオさんはこんな事を言っていた。
「実を言うと魔光の剣はね、魔光の剣は斬れないんだよ。魔力は人それぞれ波長が違うからね。その他にも、魔法が付加された魔法の鎧や魔法剣の類も、そう簡単には切り裂けないだろうね。まぁとはいっても、それを超える強力な魔力圧の刃なら、何れ切り裂けるだろうけど」
 要するに、魔法が付加された武具や同じ魔光の剣だと、そう簡単には切断できないのだろう。
 これは非常に重要な話であった。
 その為、俺はこの言葉を深く肝に銘じたのである。
 この他にも、皆の口からは色んな道具や武具の名前がでてきた。
 ちなみにそれらはゲームにでてきた物ばかりで、例を挙げると、まだらくも糸に疾風のリング、魔除けの鈴に、命の指輪と祈りの指輪、それから、まどろみの剣にドラゴンキラーや雷鳴の剣といった、一般的な物から伝説級の武具に至るまで、それは様々であった。
 そして俺は皆の会話を聞きながら、ゲームをしていた頃を1人懐かしんでいたのである。

 話は変わるが、そこでの話の流れから、他の皆も魔力圧を計ってみたいという事になった。
 で、その計測結果だが、アーシャさんが138ベリアム、サナちゃんが131ベリアム、レイスさんが30ベリアム、シェーラさんが40ベリアム、といった感じであった。
 こうして他の皆の数字を見ると、俺の203ベリアムという値は、かなり突出しているのがよく分かる。
 以上の事から俺は、ここまで鍛えてくれたヴァロムさんに、今更ながらも深く感謝したのであった。
 というわけで、話を戻そう。
 
 太陽も少し傾き始めた頃、俺達はグレミオさんの工房を後にした。
 そしてリジャールさんを送り届ける為に、俺達は街の片隅にある人気のない場所に行き、風の帽子を使ってガルテナへと一旦戻ったのである。
 出発地点であるリジャールさんの家の裏手に降り立ったところで、リジャールさんの感心する声が聞こえてきた。
「しかし、凄いもんじゃな、古代魔法文明という物は……。馬でも往復で4日から5日は掛かる距離を、一瞬じゃからのぅ」
「同感です。こんな凄い物をアーシャさんが持っていたなんて知りませんでした」
 サナちゃんはそう言って風の帽子に目を向ける。
「本当よね。コータローさん達と旅して、まだ3日ほどしか経っていないのに、驚かされる事ばっかりだわ」
「全くだ。だが、私は運が良かったとも思っているよ。これほど頼もしい人達は、そうはいない気がするからな」
「でも、この事は内密にお願いしますわよ。色々と面倒な事になりかねないので」
 アーシャさんはそう告げると、口元に人差し指を立てた。
「ああ、それはわかっておるよ。アーシャ様にこれ以上ご迷惑はかけられぬからの」
「私達も他言はしませんから、安心してください」と、サナちゃん。
「ところでリジャールさん……ティレスさんに直談判した事を、村長にはどう説明するんですか?」
 俺の質問にリジャールさんはニコリと笑みを浮かべた。
「ああ、それか。まぁそれに関しては、儂の昔の肩書を利用して、アレサンドラ家に書簡を前もって送っておいた事にでもしとくわい。儂がクレムナン家の者という事までは村の者も知らぬから、この事実を話せば納得するじゃろう」
「それがいいかもしれません。ある程度事実を伴わないと嘘はバレますからね」
「じゃな。まぁそれはともかくじゃ。お主達、明日はまたここから出発するのかの?」
「ええ、そうですが」
「ならば、出発する前に一度、儂の家に立ち寄ってくれぬか? お主達に渡しておこうと思う物がある。まぁある意味ガラクタと呼べるかもしれぬが、何かの役には立つかもしれぬからの」
「えッ? これ以上貰うのは、流石に悪いですよ。先程頂いた報酬ですら、ちょっと身に余る気がしますし」
 アーシャさんも俺に続く。
「コータローさんの言うとおりです。魔導器はどれも貴重なものばかりでしたから、これ以上は悪いですわ」
 するとリジャールさんは飄々としながら、こう言ったのである。
「そこまで気にせんでもええ。それほどの物ではないわい。ありゃ、1回使ったらダメになる失敗作じゃからな」
「へ? 1度しか使えない……何ですかそれ?」
「カッカッカッ、それは明日になってからじゃな。まぁそういうわけじゃから、明日の朝、儂の家に立ち寄ってくれ。その時までに揃えて用意しておくからの」
「はぁ……」――


   [Ⅱ]


 その夜、俺達はティレスさんに夕食の席へと招かれた。
 席に着いたのは、ティレスさんと俺達の5人だけであった。サブリナ様やエルザちゃんはこの席にはない。別の所で食べているのだろう。
 まぁそれはさておき、ティレスさんとサナちゃん達は初顔合わせとなる為、食べる前に簡単に自己紹介をする事となった。ちなみにだが、サナちゃんは俺が忠告した通り、ラミナスの王族であるという事は伏せておいてくれた。
 なぜそんな指示をしたのかと言うと、やはり、どこから秘密が漏れるかわからないからである。
 たとえティレスさんと言えども、迂闊に話すわけにはいかないと俺は判断したのだ。
 サナちゃん達の自己紹介が一通り終わったところで、俺達は旅の話や世間話などを交えながら、次々と出される豪勢な料理を楽しんだ。
 それは楽しいひと時であった。
 だが、夕食を終えたところで、俺はティレスさんからこんな事を耳打ちされたのだ。
「大事な話がある。暫くしたら、執務室の方に来てもらえるかい。2人だけで話をしたいので、君1人で来てほしい」と。
 まぁそんなわけで俺は、皆と客間で少し寛いだ後、ティレスさんの待つ執務室へと1人向かったのである。

 執務室の前に来た俺は、扉をノックした。
 程なくして、扉が静かに開き、中からティレスさんが現れた。
「待っていた。さぁ、中に入ってくれ」
「はい、では」
 俺は促されるまま、執務室へと足を踏み入れる。
 中はティレスさん以外誰もいなかったが、天井の煌びやかなシャンデリアが眩く輝いているので、人がいないにも関わらず、室内は賑やかな様相となっていた。
 シャンデリア以外にも、数々の美術品や綺麗なカーペットが敷かれているので、余計にそう見えるのだろう。
 まぁそれはさておき、俺は応接用のソファーへとティレスさんに案内された。
 そして、互いに向かい合う形でソファーに腰を下ろしたところで、ティレスさんは見覚えのある帳面のようなモノをテーブルの上に置いたのである。
「コータロー君。これなんだけど、何か分かるかい?」
 俺はそれを見た瞬間、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
 なぜならば、その帳面はよく見ると、旅に出る前に一度目にした物だからである。
 俺は恐る恐る言葉を発した。
「ル、ルイーダの酒場にある……ぼ、冒険者名簿ですか」
「ああ、その通りだ。で、これをなぜ君に見せたのか……もう理由は分かっているよね?」
 俺は無言で頷いた。
 ティレスさんはそこで、パラパラと帳面をめくって、とあるページを広げる。
 そして、そこに書かれている登録者名を指さしたのである。
「これは4日前に登録された冒険者の項目なんだけど、ここに君の名前に続いてアーシャの名前があるんだが、このアーシャはウチの妹で間違いないね?」
「はい……間違いありません」
 どうやら、アーシャさんの工作は失敗に終わったようだ。
 言い訳になるかもしれないが、俺は冒険者登録する時に、偽名を使っておいた方がいいと、一応、忠告はしたのである。が、しかし……アーシャさんは「大丈夫ですわ。名前だけですから、誰も気付きませんわよ」といって本名で登録したのだ。
 その為、俺はもう少し説得しておくべきだったと、今になって後悔したのであった。
「やはりそうか……いや、俺もおかしいとは思っていたんだよ。父上が王都に向かう時、てっきり付いて行くものとばかり思っていたのに、こちらに留まったからね。そしたら、案の定だったというわけだ。俺もこれを見て驚いたよ。守護隊の人手が足らなくなってきたので、ルイーダの酒場・マルディラント店に登録してある最新の冒険者登録名簿を取り寄せてみたら、君達の名前が書かれていたのだからね。で、これは一体どういう事なんだい? もしかして、オルドラン様からの指示なのか?」
 俺はどう答えようか悩んだが、もはや弁解の余地なしと思い、正直に言う事にした。
「いえ、違います。俺がヴァロムさんの件を聞いて王都へ向かおうとしたら、アーシャさんも付いて行くと言い出したんです。俺も反対はしたんですが、押し切られる形になってしまい、結果的にこうなってしまいました。本当に、申し訳ありませんでした」
 そして俺は、テーブルに額がつかえるくらい、深く頭を下げたのであった。
「まぁそんな事だろうとは思ったよ。アーシャは言い出したら聞かないからね。おまけに、結構、根に持つ性格だしな……」
「ええ……」
 俺達の間にシーンとした重い空気が漂い始める。
 この様子を見る限り、ティレスさんもアーシャさんには苦労しているのだろう。
「ま、まぁ、アレだ。それについては、とりあえず、置いておこう。今問題なのはそこじゃないからね」
「ええ。それでどうされるのでしょうか? アーシャさんに諦めるよう説得するのでしたら、俺にもこうなった責任があるので、手伝いますが」
 ティレスさんはそこで目を閉じ、無言になる。
 だが次の瞬間、予想もしない言葉が返ってきたのである。
「いや……アーシャには引き続き、君達と共に王都へ向かって貰おうと思っている」
「えッ!? いいのですか? 今までは大丈夫でしたが、この先どうなるかわかりませんよ。魔物も多くなってきている感じですし」
「それはわかっている。しかし、漠然とだが、何か嫌な予感がするんだ。昨今、魔物の数が急激に増えているのは君も知っているとは思うが、王都の周辺ではそれ以外にも、別の現象が起きているらしいんだよ」
「別の現象……」
 ティレスさんは頷くと続ける。
「これは配下の者から聞いたのだが、ここ最近王都では、見た事もない強力な魔物が日に日に増えているそうなんだ。それに加え、王都は今、オルドラン様の投獄や、陛下の変貌といった今までにないおかしな事も起き始めている。だから、近いうちに何かとんでもない事が起こりそうな気がしているんだよ、俺は……」
「では尚更、アーシャさんが俺達に同行するのは不味いのでは?」
「そう……確かに、そんな所へアーシャを行かせるのは私も気がひける。だが何かあった場合、父上をすぐに避難させられるのは、アーシャの持つ古代の魔導器以外方法がないんだ。だからだよ」
「それならば、風の帽子を他の方に……って、アーシャさんがそんな事を許す筈がないですね」
 アーシャさんの性格から考えて、あれを他人に渡すというのはあり得ない事であった。
 なぜなら、風の帽子のお蔭で、自由を手に入れたからである。風の帽子はアーシャさんの唯一無二の宝物なのだ。
「ああ。アイツの性格上、あの魔導器を人に貸すなんて事は絶対ない。ましてや、取り上げてまでなんて事をしようものなら、父上がいない今、何をするかわかったものではないからな。だから、このまま君達と共に、王都へ向かってもらうのが一番手っ取り早いんだよ」
「そうですか。しかしですね、良いのですか? 旅には危険も付き纏いますし、仲間も俺達だけなのですが」
「ああ、それはわかっている。だが、アーシャも風の帽子の事は誰にも話したくはないだろうから、今のまま、君達と共に旅を続けてもらうのが一番いいと思うんだよ。夕食の時の様子を見る限り、アーシャも君達を信頼している感じだったからね。それにアーシャは、ラミリアンの者達にも風の帽子の事を話したのだろう?」
「ええ、まぁ……」
 どうやらティレスさんが俺達を夕食に誘ったのは、どんな仲間なのかを見定める為だったようだ。
 これは流石に気が付かなかったところである。
「そこで、だ。本題に入ろうと思うが、今日、ここにコータロー君を呼んだのはだね、君の目から見てラミリアンの3名はどうなのかが訊きたかったからなのだよ。君はイデア神殿での時もそうだったが、物事を深く見る目を持っているからね。で、どうなんだい? 信頼できそうな者達なのか?」
 俺は首を縦に振ると、サナちゃん達の素性を少しだけ話すことにした。
「はい、信頼は出来ると私は見ております。夕食の時には触れませんでしたが、実はあの3名は共に、ラミナス国の騎士であった者達なのです。ですから腕もありますし、旅慣れてもいるので、私達も非常に頼もしく思っているのですよ」
「なんだって、彼等はラミナスの騎士だったのか……なるほど、どおりで……。実は先程の晩餐の時、一介の冒険者にしては珍しく礼儀作法を心得ているなと俺も思ったのだよ。そうか……ラミナスの騎士だったのか」
 サナちゃん達の素性を知り、ティレスさんも少し安心したようだ。
 まぁそれはさておき、俺も幾つか気になる事があったので、それを訊ねる事にした。
「あの、ティレス様。先程、陛下の変貌と仰いましたが、どういう事なのでしょうか? 以前、ルイーダの酒場に立ち寄った時にも、そんな噂を聞いたのですが……」
 今の質問をした途端、ティレスさんは表情を曇らせたが、暫くすると話してくれた。
「そうだな、君にも話しておくとしよう。実はね、アムートの月に入ってすぐの頃に、こちらからイシュマリア王へ使者を送ったのだが、その時、謁見した者の話によると、陛下は二言三言答えはするものの、何を話してもまるで関心を示さず、無気力で無感動だったそうだ」
「無気力ですか……」
「ああ。それから、その使者はこうも言っていたんだ。……以前、謁見した時と比べると、まるで別人のようであったと。そして、イシュマリア城にいる者達は皆、陛下の変わりように狼狽(うろた)えているのだそうだ。つまり、それが今のイシュマリア王なのだよ。しかもそれに加えて、ついこの間あったオルドラン様の投獄だからね。今のオヴェリウスは、少し異常な状態なんだ。俺が父上の身を案ずるのも、そういうところからきているのさ」
 俺はイシュマリア王に会った事がないので何とも言えないが、良く知る者からすると別人に思えるくらい人が変わったという事なのだろう。
 もしかすると、ドラクエⅢであったサマンオサの王のようになっているのかもしれない。
「ちなみにですが、イシュマリア王がそのような感じになり始めたのはいつ頃からなんでしょうか?」
「使者の話によると、ゴーザの月に入った頃かららしい」
「という事は、我々がイデア遺跡群に行って暫くしてからですか……」
「確かにそうだが、その件はあまり関係無い気がするがな」
「そうかもしれませんが……少し気になりますね」
 考えすぎなのかもしれないが、そこが少し引っ掛かるところであった。
 しかし、今考えたところで答えは出ない気がしたので、とりあえず、俺は置いておく事にした。
「まぁそれはそうと、コータロー君。アーシャの事を頼むよ。アイツはああ見えても、君の事を高く評価しているからね」
「勿論です。アーシャ様の事はしっかりとお守り致します」
「ああ、よろしく頼む。それとだが……これも君に渡しておくよ」
 ティレスさんはそこで立ち上がり、ソファーの近くに立て掛けられた2本の剣を俺に差し出したのである。
 剣は銀色の鞘に収まっており、金色の柄と十字を描くように交差する鍔の中心には、赤い宝石が埋め込まれていた。まぁハッキリ言って、かなりカッコいい西洋風の剣であった。
 だが、剣を渡された意味が分からないので、俺は訊ねた。
「ええっと……この剣は何なのでしょうか?」
「これは破邪の剣といってね、邪悪なモノを退ける力を持った魔法剣さ。その上、ギラの魔法も籠められている。そして、我がマルディラント守護隊の精鋭が装備する武具の1つでもあるんだが、これをレイスさんとシェーラさんに君から渡しておいてもらいたいのだよ。俺もアーシャを君達に預ける以上、何もしないわけにはいかないからね」
「わかりました。2人にはそう言って渡しておきましょう」
「ああ、よろしく頼む――」
 その後、俺はアーシャさんに関する指示を幾つか承ったところで、執務室を後にした。
 そして翌朝、俺達はガルテナへと向かい、風の帽子の力で空高く舞い上がったのである。 
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