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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv19 変化の杖

   [Ⅰ]


 翌日の早朝……夜が明け始める頃に、俺は目を覚ました。
 日本にいた時は、こんな薄暗い時間帯に目を覚ます事なんて殆どなかったが、この夜明けの時間帯は普段、魔物と実戦訓練をする事になっている。それもあってか、俺の中の体内時計はこの時間帯に目が覚めるようセットされているのだ。まぁ要するに習慣というやつである。
(朝か……少し眠いけど、起きるとするか)
 俺はそこで大きく欠伸をした。
 だがその直後、左脇腹の辺りに違和感を覚えたのである。
(ン? ……なんだ……何かあるぞ……)
 俺はそこに視線を向ける。
 するとそこには、スヤスヤと寝息を立てるアーシャさんの可愛い寝顔があったのだ。
 一瞬、何でここにアーシャさんがいるんだ? とも思ったが、頭の中が徐々に覚醒してゆくに従い、昨晩、アーシャさんがこの部屋にやってきた事を俺は思い出したのである。
(そういや……一緒に寝ることになったんだっけ……)
 アーシャさんは俺の胸に顔を半分うずめ、両手で抱き着くという寝姿であった。
 早い話が、俺は今、アーシャさんの抱き枕となっているわけである。
 とはいえ、可愛い子なので、抱き着かれている俺も悪い気はしなかった。寧ろ、ラッキーと思っていた。
 だが今の俺は、恒例の朝モッコリの最中であり、エロい事を考えていないにも関わらず股間はビンビンであった。なので、当然、変な気分にもなってくる。
 そして次第に『やっちゃえ、やっちゃえ』という危険な幻聴まで聞こえてくるようになったのだ。が、しかし……流石に、それは恐ろしくてできなかった。やったら最後、ソレス殿下の刺客に俺は狙われることになるからだ。その為、俺はブンブンと頭を振って、今の雑念をなんとか振り払ったのである。
 煩悩に打ち勝った俺は、そこでアーシャさんの寝顔に目を向けた。
 その表情はすっかり安心しきった感じで、昨晩の様な怯えた雰囲気は微塵も感じられなかった。というか完全に安眠状態である。
 昨晩の俺はセクハラまがいの行動をしていたが、この表情を見る限り、アーシャさんを安心させる効果があったようだ。やってよかったという事だろう。
 まぁそれはさておき、俺はアーシャさんを起こさないよう、そっと上半身を起こすと、両手を広げて大きく背伸びをした。それからベッドを降り、この部屋に1つだけある窓をそっと開いたのである。
 窓の向こうには、うすい靄がかかるフィンドの街並みが広がっていた。それはまるで水墨画の世界のようであった。
 そして俺は、そんなフィンドの街並みを眺めながら、独り言ちたのである。
「さて……顔を洗って、賢者のローブに着替えたら、門を開く修行でも始めるか……」
 そう、修行だ。
 今はこんな状況なので魔物との実戦訓練は出来ないが、魔生門を開く修行は続けて行かないといけないのだ。
 とはいえ、別に無理してやるものではない。こんな状況だと、寧ろ、やらない方がいいくらいだろう。
 だが昨日のような事があると、やはり不安なのである。
 しかも魔生の法は、無詠唱で複数の魔法を同時行使できるというチートっぷりだ。修得すれば、物凄いアドバンテージになるのは間違いない。
 その為、いつやるのかと言われたら、「今でしょ」という事になってしまうのである。
 まぁそんなわけで、俺は早速、その準備に取り掛かったのであった。

 賢者のローブに着替え、武具の類を装備した俺は、その上からジェダイ風のローブを纏って宿屋を後にした。目的地は、昨日の墓地がある丘である。
 宿屋の裏手の道を5分ほど歩いたところで、こんもりと盛り上がる緑の大地が見えてきた。ここがその丘だ。
 ちなみに、丘の天辺は林になっており、その中に昨日の墓地がある。
 だが、今は墓地に用はない。俺が向かっているのは、その手前にある見晴らしのよい開けた場所であった。
 理由は勿論、そこが修行をするのに適していたからだ。

 それから程なくして丘にやって来た俺は、墓地の手前にある見晴らしの良い場所で立ち止まった。
 そして、周囲に人がいないかを確認し、俺は魔法陣が描かれたシートをフォカールで取り出したのである。
 これはヴァロムさんから貰ったもので、魔生門を開く修行で使う『現身(うつしみ)の門』と呼ばれる魔法陣である。
 ちなみに大きさは、縦横2mくらいある正方形のシートで、丈夫な生地で作られた分厚い絨毯のような代物であった。
 で、俺は今から何をするのかというとだが……このシートに描かれた現身の門の中心で、禅を組み、瞑想をするのである。修行内容はただそれだけであった。が、しかし、ただ瞑想すればよいというモノではない。この現身の門は、あくまで入口であるという事だ。
 そう……俺はこの現身の門から、自身の中にあるという、魔生門を見つける旅に出なければならないのである。言うなれば、精神世界の旅といった感じだろうか。
 要するに、この魔生門というやつは教えてもらって開ける門ではなく、俺自身が自分の中にある門を探し、そして開かねばならないのだ。
 その為、これから行う修行は、雲を掴むような漠然とした感じのモノなのであった。
 だが、この修行をするにあたり、ヴァロムさんは以前こんな事を言っていたのである。
『――コータローよ。魔生門を見つけるには、普段魔法を使うような感覚だと、まず無理じゃ。じゃが、かといって儂にはお主の魔生門を見つけることは出来ぬ。これはお主自身が見つけねばならぬモノじゃからの。とはいえ、道標となるものがなければ、門を見つけるのは難しかろう。そこでじゃ、お主に1つ助言をしてやろう。修行をする際は……風の声や木々の声に水の声、そして生命の声……この世の中にある全ての声に耳を傾けてみよ。さすれば道が開ける筈じゃ。まぁそう簡単にはいかぬであろうが、それを頭の中に入れて修行に励むがよい』
 はっきり言って、イマイチ要領を得ない助言であった。
 世の中の全ての声と言われても、ピンとこないのである。修行を始めてから結構経つが、そこだけは未だによく分からないのだ。
 しかし、ヴァロムさんはいい加減な事を言う人ではない。必ず、何らかの意図がある筈なのである。
 まぁそれはさておき、現身の門を広げた俺は、その中で禅を組む。 
 そして俺は、宛てのない魔生門を探す旅へと、今日もまた出掛けることにしたのである。
(さて、それじゃあ今日も始めるとするかな……)――



   [Ⅱ]


 俺が修行から戻ると、不安そうな表情で、室内をウロウロと動き回るアーシャさんの姿があった。
 何やら様子が変だったので、俺は訊いてみることにした。
「おはようございます、アーシャさん。何かあったのですか?」
「コ、コータローさん」
 するとアーシャさんは、俺を見るなり、ホッと安堵の息を吐いた。が、次の瞬間、アーシャさんは頬を膨らませ、俺を睨みつけてきたのである。
 明らかにアーシャさんは怒っている感じであった。
 と、そこで、アーシャさんは腕を組んで仁王立ちになる。
「どこに言ってたんですの? 私に何も言わないで、どこにも行かないで下さい!」
 どうやら無断外出した事を怒っているようだ。
 今はあまり刺激するような事は言わない方が良さそうである。
 俺は後頭部をポリポリかきながら謝罪した。
「すいません……アーシャさんが、あんまり幸せそうに寝てたものですから、起こすのも悪いと思いまして……」
「そ、そうですか……まぁ良いでしょう。今回は【特別に】許して差し上げますわ。……で、どこに行ってらしたんですの?」
「ああ、それなんですが……実はヴァロムさんから、毎日やるように言われていた修行があったので、少しの間、外へ出かけてたのですよ」
 アーシャさんはそれを聞き、罰の悪い表情になる。
「え、修行? そ、そうでしたの。それは知りませんでしたわ……。ところで何の修行をしていたんですの? もしかして……魔物と戦っていたとか」
「違いますよ。魔法の基礎訓練みたいなもんです。ヴァロムさんは基礎が大事だと繰り返し言ってましたんで」
 本当は魔生門を開く為の修行だが、これについてはヴァロムさんから口止めされているので、例えアーシャさんといえども今は言えないのだ。
 ちなみにこの修行の様子は、アーシャさんも何回か目にしている。が、ただ瞑想しているだけとしか思っていないだろう。
 ヴァロムさんもアーシャさんには、俺専用の魔力訓練法としか説明してなかったし。
 つまり、まぁそういうわけだ。
「そうだったのですか。でも、これからどこかに行くときは、必ず私に一言言ってくださいね。……起きた時に……貴方がいなかったので、どれだけ私が不安だったか……。昨晩……私を守ってくれるって言ってくれたから……嬉しかったのに……コータローさんは……私の……」
 最後の方はボソボソとした言い方だったので、ハッキリと聞き取れなかった。
 だが特定の単語は聞き取れたので、俺は思わず、それを口に出していた。
「へ? 不安? 嬉しかった?」
 するとアーシャさんは、なぜか知らないが、頬を赤く染めた。
「な、何でもありませんわ。こちらの話ですッ。それよりも、今言ったこと忘れないでくださいね!」
「確かに無断は良くないですね。わかりました。これからは気を付けます。アーシャさんにはちゃんと報告するようにしますよ」
「よろしい。約束ですわよ」
 そしてアーシャさんは、ニコリと微笑んだのである。
(よかった……とりあえず、機嫌は良くなったみたいだ)
 俺はホッと胸を撫で下ろした。
 だがそこで、昨晩のアーシャさんの様子が、脳裏に蘇ってきたのである。
 俺は忠告の意味を込め、アーシャさんに話すことにした。
「あの、アーシャさん……お話があるのですが」
「話? 何ですの?」
「……昨晩、アーシャさんはザルマに対して怯えておられましたが、これから先、ああいった事が起きる可能性が十分にあり得ます。なので、アーシャさんはマルディラント城にて待機してた方がいいんじゃないでしょうか? まぁこれは、俺個人の意見ではありますが……」
 だが俺の忠告もむなしく、アーシャさんは即座に首を横に振ったのである。
「いいえ、私は貴方に付いていきますわ。それに私は、このイシュマリアで今、何が起ころうとしているのか、それを見届けたいのです。これは私の勘ですが、オルドラン様は何か重大な秘密を知った為、投獄されるような事になったのではないかと思っています。ですから、コータローさんに何を言われようと、私は貴方と一緒に行きますわ。それに、私だってオルドラン様の弟子です。この結末を見届ける義務がありますわ」
 この表情を見る限り、意志は固いようだ。
 もう説得は無理だろう。
「……わかりました。でも、あまり無茶はしないでくださいよ。俺もアーシャさんを守る為に精一杯努力しますが、それでもやはり限界というものがありますからね」
「ありがとうございます、コータローさん。私、貴方を信頼してます。だから、貴方の言う通りにしますわ。それに私……貴方と一緒にいると、不思議と安心できるのです」
 俺を信頼している上に、一緒にいると安心できる……か。
 まさか、アーシャさんにそんな風に思われていたとは……。
 初めて会った頃の刺々しさから考えると、俺は凄い評価されてるようだ。
 もしかすると俺に気があるのかも……なんて事を考えてしまうくらいである。
「はは……そ、そうっすか。そこまで言われると、いやぁ~、なんか照れるなぁ……」
 俺は少し照れたので、金田一耕助ばりに側頭部をポリポリかいた。
 これは仕方がない事であった。
 なぜなら、異性にここまで頼られた事なんて、俺は今までなかったからだ。
(それにしても、出逢ったころと今と比べると、凄い変わりようだな……もしかすると、アーシャさんてツンデレキャラなのかも……って、あ!?)
 俺はそこで、ある事を思い出した。
「そういえばアーシャさん、マルディラントに戻らないといけないんじゃないですか? サブリナ様達も、そろそろ起床する頃だと思いますよ」
 それを聞き、アーシャさんもハッとした表情になる。
「そ、そうでした。ではコータローさん、またあの丘まで一緒に来てください」
「わかりました」
 というわけで、俺はまた、あの丘へと向かう事になったのである。


   [Ⅲ]


 墓地の片隅でぼんやりとしていると、マルディラントからアーシャさんが戻ってきた。
「お帰り、アーシャさん。どうでした? サブリナ様やティレスさんは何か言ってませんでしたか?」
「何もありませんわ。お母様も、何も気づいてない風でしたから」
「それはよかったですね。では宿に戻りましょう」
「ええ」――

 それから程なくして、宿の前へと帰って来た俺達は、そのまま玄関へと歩を進める。
 するとそこで、タイミングよく隣の道具屋の扉が開き、ロランさんが姿を現したのであった。
 突然でビックリしたが、俺達はとりあえず、ロランさんに朝の挨拶をした。
「おはようございます、ロランさん」
「おはようございます」
 ロランさんはニコヤカに微笑んだ。
「おお、これはコータローさんにアーシャさん、おはようございます。皆さん、さぞやお疲れだったと思いますが、昨夜はよく眠れましたかな」
「ええ、ロランさんが良い宿を紹介してくれたお蔭で、ぐっすり眠ることが出来ましたよ。ありがとうございました」
 俺は頭を下げた。
「それはよかったです。ところで、コータローさん達は、朝の散歩の帰りですか?」
「まぁそんなところです。ロランさんは何を?」
「私は今から開店前の準備を始めるところです。町の人が動き始める前には、店を開いておきたいものですから」
「ああ、なるほど。開店の準備ですか……あ!」
 俺はそこで、昨晩の打ち合わせで決まった、ある事を思い出したのだ。
 一応、昨夜の打ち合わせでは、出発する前に、ロランさんの店に寄って、それを実行にするという事になっていたが、俺はこれ幸いと思い、今、確認してみる事にしたのである。
「ロランさん、ちょっとお訊きしたい事があるんです。今、お時間の方はよろしいですか?」
「はい、構いませんよ。何でしょうか?」
「実はですね……ロランさんの扱っている商品について、少しお聞きしたい事があるのです」
「ああ、それでしたら、立ち話もなんですので店の中に入ってもらえますか。そこでお話ししましょう」
 ロランさんはそう言うと、店の中に視線を向けた。
「それもそうですね」
 そして俺達は店の玄関を潜り、中で話をする事にしたのである――

 ロランさんと暫く話をした俺達は、その後すぐにレイスさん達の部屋へと向かった。
 部屋の前に来たところで、俺は扉をノックする。
「コータローです、朝早くからすいませんが、ちょっといいですか?」
 その直後、扉は開かれた。
 扉を開いたのはレイスさんであった。
「おはよう、コータローさんにアーシャさん。で、なんであろうか?」
「昨日の件でお話があるので、中に入らせてもらっても良いですか?」
「どうぞ、お入りください」と、サナちゃん。
「では失礼します」
 そして俺とアーシャさんは中へと入ったのである。

 扉が閉められたところで、俺は3人に目を向けた。
 レイスさん達はすぐにでも出発できる格好をしており、準備万端といった感じであった。
 そんな3人の姿を見て頼もしく思いながらも、俺は念の為、昨晩のおさらいをする事にしたのである。
「では皆、準備の方は粗方出来てるみたいなんで、もう一度、昨日の確認をさせて頂こうと思います。それではサナちゃん……いや、イメリア様から」
「あ、あの、コータローさん……イメリアではなく、サナと呼んで下さって構いませんよ。コータローさんの呼びやすい名前で結構ですから。それと、今まで通りの話し方でお願いします。私もその方が話しやすいので」
「そうですか。じゃあ、そうさせてもらいます」
 俺は続ける。
「ではまず、サナちゃんからいこうか。昨日も言ったと思うけど、今のサナちゃんの姿は、もう既に魔物達には知られていると思った方がいい。そこで、変装をこれからするわけだけど、さっきロランさんの道具屋に行ってきたら、良い装飾品があったんだよ。なので、朝食を食べたらすぐに、ロランさんの店に向かってもらいたいんだ」
「朝食の後ですね。わかりました。コータローさんの指示に従います」
 俺はそこで、レイスさんとシェーラさんに視線を向けた。
「それから、レイスさんとシェーラさんも、サナちゃんと共にロランさんの店に向かってもらえますか。貴方がたの装飾品も、用意してあるので」
 2人は頷く。
「了解した。君の言うとおりにしよう」
「コータローさんの言うとおりにするわ」
「ロランさんには既に話を通してありますんで、よろしくお願いしますね」
 と、そこで、アーシャさんが口を開いた。
「ところでコータローさん、昨日手に入れた馬と馬車は、全て売り払うのですか?」
「まぁそのつもりだけど……何か問題がありますか?」
「馬車はともかくですが、馬2頭は私達が使ったらどうかしら?」
「馬を……ですか?」
「ええ。お兄様も以前言ってましたわ。馬は馬車よりも小回りが利きますから、馬車移動する際は周囲の偵察と護衛の為に、必ず騎馬隊を何名か同行させると」
 確かに、アーシャさんの言う事も一理ある。
(馬だけは俺達が貰っておいた方がいいかもしれない……でもそうなると餌の問題も出てくるな。どうしよう……)
 そんな風に俺が悩んでいると、シェーラさんが話に入ってきた。
「アーシャちゃんの言う通りよ。確かに偵察や護衛もそうだけど、馬単体としての機動性は馬車よりもはるかに上よ。それを考えると、対応出来る事の幅が広がるわ。だから、一緒に連れて行った方が良いかもしれないわね」
 レイスさんもそれに賛同する。
「コータローさん、私もシェーラと同意見だ。しかも、あの馬は良い身体つきをしていた。恐らく、馬自体も旅慣れている気がする。なので、乗る乗らないに関わらず、連れて行った方がいいかもしれない」
 旅慣れたこの2人の意見を聞き、俺も決心が固まった。
「そうですね。確かに皆の言うとおりです。では、馬車だけ売って、残った馬2頭は俺達がそのまま使用しましょう」
 俺の言葉に4人は頷いた。
 だがこの時、俺は奇妙な気分になったのである。そしてこう思ったのだった。
 あれ……俺って、いつの間にかリーダーみたいになってる、と。
 だが、あまり頼られても困るので、俺的には嬉しくない事であった。
 大体俺はリーダーシップをとるような人間ではない。寧ろそういった部分は苦手なのだ。
(このままいくと、リーダーみたいになりそうだから、少し自重をした方がいいのかも……ン?)
 と、そこで、何かを思い出したのか、シェーラさんがポンと手を打ったのである。
「あ! ……そういえばコータローさん。言い忘れてたんだけど、奴等の乗ってきた馬車の中に、奇妙な杖が1つ転がっていたのよ」
「奇妙な杖?」
「そう、アレなんだけど」
 シェーラさんはそう言って、部屋の片隅を指さした。
 するとそこには、茶色い棒のような物が立てかけられていたのだ。
「あの杖だけが、奴等の馬車の中にあったのですか?」
「ええ、そうよ。ちょっと気になったから、一応、部屋に持ってきたの」
「……そうですか。ではちょっと拝見させてもらいますね」
 俺は杖の所へと移動する。
 そして杖を手に取り、マジマジと眺めたのであった。
 杖の両端には、美しい2つの石が付いていた。
 この2つの石は、アメジストのような美しい紫色の水晶球とトルコ石のような水色の丸い石で、大きさは両方ともテニスボール程度であった。
 それらからは微妙に魔力の流れが感じられるので、どうやら、普通の杖ではないようだ。
 俺は次に棒の部分に目を向けた。
 長さは1.5m程度だろうか。物干し竿くらいの太さがある茶色い棒で、そこには奇妙な模様が幾つも彫りこまれていた。
 とりあえず、見た目は大体こんな感じだ。
 全体的に、どことなく美術品のような印象を受ける美しい杖であった。
 魔物が持つには、あまり似つかわしくない杖である。
 と、そこで、アーシャさんの声が聞こえてきた。
「あの悍ましい魔物達が所有してたという割には、やけに美しい杖ですわね……」
 アーシャさんも俺と同じことを思ったようだ。
「そうですよね。でも何の杖だろう……。馬車の中に置いてあったという事は、戦闘で使う物じゃないのかもしれないな……」
「ロランさん達はあの時、馬車を透明にしたと言ってました。もしかすると、その為の道具なんでしょうか?」と、サナちゃん。
「う~ん、どうだろうね……。そうなると、透明になった馬車の中にあるというのも妙な話だし」
「それもそうですね」
 さて、どうしたもんか……この杖は恐らく、魔道士の杖のように、微量の魔力を籠めることで効果が得られるものだと思う。が、試してみるべきかどうかが悩みどころであった。
 とはいうものの、この杖から感じる魔力の流れからは、危険な雰囲気というものは感じられない。
 だが、万が一という事もあるので、その辺が少し気になるところではあった。
(どうするかな……まぁ危険な気配は感じないから、とりあえず、試してみるのも手か……)
 というわけで、俺は4人に確認した。
「杖の力を試してみてもいいですかね? この杖には何らかの魔法が込められているのかもしれないので、何が起きるかはわかりませんが……」
 アーシャさんは眉根を寄せる。
「え、試すって……ここでですの?」
「ええ、ここでです。この杖からは攻撃魔法特有の荒々しい魔力の流れや、ラリホーやルカニといった攻撃補助魔法特有の嫌な魔力の流れが感じられないから、多分、それほどの危険はないと思うんですよ。まぁ俺の勘ですが……」
 今の言葉を聞き、4人は顔を見合わせた。
「そうですか。なら、コータローさんの判断にお任せしますわ」
「私もコータローさんの判断にお任せします」
「やってみてくれ」
「いいわよ、試しても」
 全員が了承してくれたので試すことにした。
「では試しますね。でも、万が一という事もありますんで、少し離れてもらえますか」
 4人は頷くと少し後退する。
 それを見届けたところで、俺は紫色の水晶部分に手を添え、微量の魔力を籠めたのであった。
 するとその直後、なんと水晶球から、紫色の煙のようなモノが、一斉に噴き出したのだ。
「うぉ! 何じゃこりゃ!」
 煙はみるみる室内に広がってゆき、何も見えないくらいに視界が悪くなった。
 そこで皆の声が聞こえてくる。
「な、何ですの、この煙は!」
「何これ!?」
「こ、これは!?」
「この煙は一体……」
 だがそれも束の間の事であった。
 暫くすると紫色の煙は晴れてゆき、視界も徐々に良くなっていったのである。が、しかし……煙が完全に消え去ったところで、俺達は互いの姿に驚愕したのであった。
「な、何よ、皆一体どうしたの!」
「そんな馬鹿な!」
「ど、どうなってるんですの」
「これは、ま、幻?」
 俺達の姿はどうなったのかというと……。
 なんと! 俺達は全員、魔物になっていたのである。
 しかも、ガーゴイルやホークマンといった鳥人間のような姿に変化していたのだ。
 この突然の変化に俺は焦った。
 だがそれと同時に、あのアイテムの事が、俺の脳裏に過ぎったのである。
 そう……船乗りの骨を貰える、あのアイテムの事だ。
 俺は思わず、その名を口にしていた。
「これは……もしや……変化の杖か」
「へんげの杖? な、何ですのそれは?」と、アーシャさん。
 とりあえず、適当に言っておこう。
「実は俺も以前、噂で聞いた事があるんですよ。自分の姿を何にでも変化させられる魔法の杖があるという事を」
「そんな杖があるのですか? 初耳です」
 これは多分サナちゃんの声だ。
「まぁ俺も詳しくは知らないんだけど、そういう杖があるという事だけは、聞いた事があるんだよ」
「コータローさん、それは分かりましたが、これは元に戻れるんですの? 私、ずっとこんな姿なんて嫌ですわよ!」
「私もよ!」
「私もだ!」
「えっと……私も」
 4人の抗議の声が聞こえてくる。
 まぁこうなるのも無理はない。
 だが、この杖がゲームと同じという確証はないので、俺も曖昧な返事になってしまったのである。
「た、多分、一時的な変化だと思うんで、元に戻れるとは思うんですけど……」
 実を言うと俺も不安なのだ。
 皆にはこう言ったが、本当に元の姿へ戻れるのだろうかと考えてしまうのである。
 確かにゲームだと、ある程度の時間が経過すると元に戻った。が、しかし、この杖がゲームと同じ変化の杖だという確証はどこにもないのだ。
(ゲームだと歩いている内に効果が切れたから、歩くといいんだろうか……ン?)
 ふとそんな事を考えていると、反対側についている水色の石が視界に入ってきた。
 これはもう試すしかないだろう。
「あ、ちょっと待ってもらえますか。次は反対側の石を試してみますね」
 俺はそこで、杖を回転させて上下逆にする。
 それから先程の要領で、水色の石に微量の魔力を籠めたのである。
 するとその直後、今度は水色の煙が一斉に噴き出し、室内に充満していったのだ。
 暫くすると、先程と同じように煙も晴れてゆく。
 そして完全に煙が晴れたところで、皆は互いの姿を見て、安堵の表情を浮かべたのであった。
「も、元の姿に戻りました。はぁ、一時はどうなる事かと思いましたわ」
「アーシャちゃんの言うとおりだわ。……ずっと魔物だったらどうしようと思ったわよ」
 流石に俺も悪いと思ったので、ここは謝る事にした。
「すいませんでした。試すなんて軽率すぎましたね。申し訳ありませんでした」
 レイスさんは頭を振る。
「いや、それは構わない。コータローさんのお蔭で、我々のような姿に奴等が化けれるという事がわかったのだからな」
「ええ、レイスさんの言うとおりです。これからは例え魔物ではなくても、十分注意しなければいけません。ですから、さっき言った変装の件は、よろしくお願いしますね」
 レイスさん達は真剣な表情になり、無言で頷いた。
「それとこの杖は、いざという時の為に持って行きましょう。考えてみれば、これは素晴らしい変装道具かもしれませんから」――


   [Ⅴ]


 朝食後、サナちゃん達3人はロランさんの元へと向かった。
 だが俺とアーシャさんはそこへは一緒に行かなかった。
 なぜなら、片付けなければいけない別の用事があるからだ。
 俺達が向かった先……それは宿屋の主人の所であった。目的は勿論、昨日手に入れた戦利品の売買交渉をする為である。
 というわけで、その交渉結果だが……宿屋の主人が、まず最初に提示してきた額は2000Gという金額であった。
 しかし、相手の言い値をそのまま受け入れるほど俺も馬鹿ではない。
 そういうこともあろうかと、昨晩の打ち合わせの時、レイスさんとシェーラさんにある程度の見積もりは出してもらったのである。
 そして、レイスさんはその時、こんな事を言っていたのだ。
「昨日行ったマルディラントの馬車屋だと、あのタイプの馬車は馬なしで6000Gくらいはしていた。だから2頭の馬付きで新調すると、最低でも8000G、いやあの馬だと……10000G以上はする筈だ。交渉する時は、その半額か、もしくはその付近の金額が妥当なところだろう」と。
 というわけで俺は、足元を見られないように少しだけ粘る事にした。
 多少の駆け引きの後、最終的な売値は馬を込みで3000Gという値段で落ち着いた。
 想定よりも少し安い金額かもしれないが、元の所有者がアレなので、この金額で妥協する事にしたのである。

 話は変わるが、この馬車を俺達が使うという選択肢も勿論あった。
 だが、この馬車は魔物達が使っていた物である。これを使う事によって、どういった不利益を被るかが予測不可能な為、俺達はこの馬車を使う事を断念する事にしたのだ。
 やはり、余計な戦闘は極力避けたいので、この決断は致し方ないところであった。
 まぁそんなわけで、俺達は今まで通り、自前の馬車での移動となるのである。
 つーわけで、話を戻そう。

 宿屋の主人との交渉を終えた俺達は、そのままロランさんの道具屋へと足を運んだ。
 中に入ると、既に変装を完了した3人の姿が俺の目に飛び込んできた。
 ちなみに3人の変装箇所はというと……サナちゃんは、羽帽子と銀縁の眼鏡を装着し、首に茶色いマフラーという格好で、レイスさんはDQⅧの主人公のように、頭にバンダナを巻いて、首に茶色いマフラーをしていた。それから、シェーラさんもサナちゃんと同様、羽帽子と茶色いマフラーといった感じの変装であった。 
 まぁそんなわけで、変装というほどのモノではない。この国では良く見かけるごく普通の格好だ。が、しかし……3人が首に巻いている茶色い布地のマフラーが、この変装の最大のポイントなのである。
 これはロランさんから言われた事だが、マフラーはいざという時に目から下を覆う事が出来るので、人相を隠すにはうってつけのアイテムなのだそうだ。
 言われてみると、確かにその通りであった。
 しかも簡単に、そして素早く顔を隠せる、という利点もある為、俺はこの案を採用する事にしたのである。
「いい感じですよ。今までと雰囲気がガラッと違って見えます。これならば魔物達にも、そう簡単に特定はされないかも知れませんね」
 マフラーに触れながら、サナちゃんは頷いた。
「本当です。ロランさんの仰るとおり、この首に巻く防寒具は顔を隠すのに便利ですね。視界が悪くなる事もありませんし、何より不自然じゃありません」
「これは盲点だった」
「本当ね」
 レイスさんとシェーラさんも、サナちゃんの言葉に頷いた。
「お気に召していただけたようで何よりです。それと、コータローさんとアーシャさんの分もご用意しましたので、どうぞお使いください」
 ロランさんはそう言って、カウンターの上に茶色のマフラーを2つ置いた。
「ありがとうごいざいます。……ところでロランさん、本当にお金の方は良いんですか? さっき変装の話をした時、そんな事を言ってましたけど……」
「ええ、結構でございます。これは昨日のお礼と思ってください。私はこんな事でしか恩を返せませんので、そこはどうかお気になさらないでください」
 レイスさんはそこで頭を下げた。
「貴方の心遣い、ありがたく頂戴いたします」
 続いてサナちゃんやシェーラさんも頭を下げる。
 ついでなので、旅の必需品もここで調達しておくとしよう。
「では皆、ロランさんの店で旅に必要な物を揃えてから、出発しましょうか」
 4人は頷く。
 そして俺達は、道具類をロランさんの店で幾つか購入し、目的地であるガルテナへと出発したのである。


   [Ⅵ]


 フィンドの町を後にした俺達は、そのまま北へと進んで行く。
 空を見上げると昨日に引き続き、雲一つない青空が広がっており、そこから清々しい陽光が降り注いでいた。
 この様子だと、今日の降水確率はかなり低そうである。ありがたい事だ。
 周囲に目を向けると、遠くに小さく見える山々の姿と広大な緑の草原、それから、どこまでも続く街道が視界に入ってくる。
 それは、昨日マルディラントを出発した時と同じような光景であった。が、流石に心境まで同じとはいかなかった。やはり、昨日の事があるので、どうしてもネガティブな思考になってしまうのである。
 俺はそこで他の4人に目を向けた。
 皆も俺と同じ心境なのか、どことなく硬い表情になっていた。
 とはいえ、こればかりは仕方がないだろう。昨日の今日で笑顔になれというのが、無理な話だからだ。

 話は変わるが、馬2頭を手に入れた為、人員の配置が少し変わった。
 御者は勿論レイスさんだが、手に入れた馬2頭はシェーラさんに面倒を見てもらう事になったのだ。
 その為、馬車の中は、俺とアーシャさんとサナちゃんの3人だけという構成になっているのである。
 つーわけで、話を戻そう。

 俺が皆の様子を見ていると、そこでサナちゃんと目が合った。
 するとサナちゃんは、ニコリと俺に微笑んだのである。
「コータローさん、今日もいい天気ですね」
「そうだね。今日の空模様だと、雨は大丈夫かな」
「私もそんな気がします。あ、そうだ、昨日、訊きたかった事があるんですけど、今よろしいですか?」
「訊きたかったこと? 何だい?」
「昨日、ザルマに襲われた時、コータローさんは、あの魔物達を知っていると言ってました。しかもその後、こうも言ってました。ベホマはベホイミの更に上の高位魔法だと。それについてどうしても訊きたかったのです」
 それを聞き、隣にいるアーシャさんもハッとして、俺に視線を向けてきた。
「そ、そうでしたわ。私も、それを訊かねばと思っていたのです」
(これはもう、下手な言い訳は出来ない状況だな……仕方ない、少しアレンジして話すとしよう。だがその前に……)
 俺は1つ条件を提示した。
「話してもいいですが、この事は俺達だけの秘密にしてくださいね」
 2人は顔を見合わせて頷いた。
「わかりました。他言はしませんわ」
「私も他言はしないと固く誓います」
「じゃあ約束だよ」
 俺は少しだけボカシながら、その辺の事を話すことにした。
「実はね……俺が以前住んでいた所に、沢山の魔物や魔法について記述された書物があったんだよ。それを以前読んだ事があったから覚えていたんだ。とはいっても、俺も実際に見たわけじゃなかったから、実物を見るまで信じられなかったけどね」
 実物を見るまで信じられなかったというのは、俺の本心である。嘘偽りはない。
 サナちゃんが訊いてくる。
「魔物や魔法が書かれた書物……。それには、あの魔物達の事が全て描かれていたのですか?」
「うん、一応ね。まぁ俺も曖昧な部分が多少あったけど、ある程度覚えていたから、あの時ああ言ったんだよ。非常事態だったしね」
「ではベホマという魔法も、それに書かれていたんですの?」と、アーシャさん。
「そうですよ。結構色んな魔法が書いてあったけど、回復魔法については俺も興味があったから、その記述は良く覚えていたんです」
「そうだったのですか……そんな書物があったなんて初めて知りました」
 サナちゃんはそう言って、思案顔になった。
 だがアーシャさんは半信半疑なのか、俺に流し目を送ってきたのである。
「それは本当ですの? なら聞きますけど、メガンテという呪文の事は、その書物とやらに書いてありましたか?」
 うわぁ、これまた懐かしい名前である。
 ゲームで使う事は殆どなかったが、その特性から非常に有名な魔法であった。
 とはいえ、あまりあっさり言ってしまうと、後が面倒臭そうな気がした為、俺は少し悩む仕草をしながら答えておいた。
「メガンテ……ですか? ええっと確か……呪文を唱えた者の命と引き換えに、敵全体を消し去る魔法……だったかな。なんかそんな事が書いてありましたね」
 するとその直後、アーシャさんとサナちゃんは、目を大きく見開きながら、互いに顔を見合わせたのである。
「そんなに驚くことなの?」
 2人は頷く。
 サナちゃんは真剣な表情で話し始めた。
「……これはまだ世間では知られていない事なのですが、ラミナス宮廷魔導師である賢者リバス様は古代魔法メガンテの研究をしておりました。しかし、資料が乏しく、その作業はかなり困難を極めたそうです。ですが、幾つかある過去の文献から、彼は1つの仮説を立てたのです。それは多大なる犠牲を払った上で、魔物を葬り去るという禁断の呪文ではないのかという説です。なので……今、コータローさんが言った内容はそれと酷似しています。だから、私は驚いたのです」
 アーシャさんもサナちゃんに同調する。
「私も賢者リバス様が立てた『犠牲を払って魔を滅ぼす禁断の魔法』説は聞いた事がありますわ。イシュマリアの古代魔法研究者達の間では、あまり受けが良くなかったそうですが、オルドラン様も賢者リバス様の説を支持されてました。なので、私もそれについてはよく覚えています」
「へぇ、そうだったのですか。……でも、物騒な魔法の研究をしていたんですね。その賢者リバス様という方は」
 するとサナちゃんは肩を落とし、悲しそうに目尻を下げた。
「……それには理由があるのです。世間では、突然、強大な魔物に襲いかかられて滅んだ事になっているラミナスですが、実は当時のラミナスにも、一応、嫌な予兆があったのです。それは日が経つごとに急激に増える魔物の数でした」
「急激に魔物が増える……だって……」
 サナちゃんは頷くと続ける。
「はい、そうです。増えるのは弱い魔物ばかりでしたが、その増え方は、私の父であるアルデミラス王も、何れ大きな災いが来るのではないかと危惧していたほどです。その為、ラミナスの宮廷魔導師達は、強力な魔法を得る為の探索を王から命じられました。しかも、ラミナス最強の魔導師である賢者リバス様に至っては、父から直接その指示を受けていた筈です。だからリバス様は、古代の文献に唯一無二の強力な魔法と記されるメガンテについて調べていたのだと思います」
「そうだったのか。なるほどね……」
 俺は返事をすると無言になった。
 どうやらラミナスが滅ぶ前に、色々とあったようである。
 だが俺はイシュマリアの今の状況が、滅ぶ前のラミナスに酷似している事の方が気になった。
 その為、魔物が増えるという現象について、俺は暫し考える事にしたのである。 
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