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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv18 旅の決断

   [Ⅰ]


 宿屋を出た俺とアーシャさんは、フィンドの町外れにある丘のような場所へとやってきた。
 その丘は、フィンドの町並みを見渡せるくらい見晴らしの良い所であった。が、ここはそれと同時に、沢山の墓が並ぶ共同墓地となっており、辺りは少し寂しくもありながら、おどろおどろしく不気味な雰囲気が漂う所であった。
 で、なぜこんな所に来たのかと言うとだが……風の帽子を使う為に人気の無い場所を探して移動していたら、ここに辿り着いたという単純な話なのである。というか、宿屋の近辺だと、ここが一番人気のない所だったのだ。
 ちなみにだが、周囲にある墓は石版を墓石として使うタイプの物が殆どで、勿論それらの墓石には、没年と故人の名前と手向けの言葉が彫りこまれていた。早い話が、映画でよく見るアメリカの墓地みたいな所なのである。
 日本の墓地しか行った事のない俺からすると、凄く新鮮な光景であった。
(墓の中からゾンビでも出てきそうな墓地だな……ドラクエ世界だから、腐った死体とかが出てきそうだけど……)
 まぁそれはさておき、墓地にやってきた俺は、周囲に人がいないかを念入りに確認する事にした。
 見回したところ、今が夕暮れ時というのもあってか、この墓地は誰もいないようであった。
 だが慢心は足元を掬われるので、本当に人がいないかどうかを、ラーのオッサンに確認してもらう事にしたのである。
「オッサ……じゃないな。ラーさん、周囲に人の気配は感じるか?」
「大丈夫だ。この近辺に人の気配はない」
「じゃあ、大丈夫だな。……フォカール」
 俺はフォカールを使い空間に切れ目を入れると、そこから風の帽子を取り出し、アーシャさんに手渡した。
 だがアーシャさんは受け取るや否や、恐る恐る、周囲の墓に視線を向けたのである。
「す、すぐに戻ってきますので、少しの間、ここで待っていてくださいね。も、もも、戻って来た時……ここにいなかったら怒りますわよッ」
 この様子を見る限りだと、アーシャさんは幽霊とかが怖いのかもしれない。
 普段のアーシャさんから考えると意外な一面だが、こういう部分は女の子らしい可愛いところである。
「わかってますって、どこにも行きませんよ」
「で、では行ってきますわ」
 その直後、アーシャさんは一筋の光となって空に舞い上がったのである。
(さて……アーシャさんが戻るまでの間、ラーのオッサンと世間話でもするか……)
 俺は周囲をもう一度見回し、ラーのオッサンに話しかけた。
「オッ……じゃなかった、ラーさん、宿屋での話で気になった事があるんだが、今いいか?」
 ずっとオッサンという呼び方だったので、やはり少し違和感がある。が、そのうち慣れるだろう。
「気になった事……なんだ?」
「さっき魔物達の気配について話してた時、妙な言い方してたけど、ザルマの気配には気付かなかったのか?」
「いや、気配には気付いていた。だが、魔物に変化する前の奴からは、魔の気配というモノを感じなかったのだ」
 魔の気配を感じなかった……一体どういう事だ。
「じゃあ、人の気配としては感じていたのか?」
「ああ、そうだ。だから、奴があのような魔物に変化した時、我は声に出さなかったが、凄く驚いたのだよ。あそこまで強力な魔物の場合、相当濃い魔の瘴気が漂う場所でないと、活動すること自体が厳しいであろうからな」
「は? 活動すること自体が厳しいって……どういう意味だ?」
 これはゲームにも出てこない話であった。
「ふむ……ヴァロム殿もそうであったが、その様子だと、コータローも知らんようだな」
「ヴァロムさんも? 一体、何の話だ?」
「いいだろう。今後の為にも、コータローには説明しておこう……この世界に住まう生きとし生けるものは、地上に漂う清浄な気を取り込むことで、その生命を維持している。だが、魔物というのは基本的に、魔の世界の穢れた瘴気を取り込むことで生命を維持しておるのだ。まずそれを頭に入れて、これからの話を聞いて欲しい」
「ああ、わかった」
 恐らく、空気の事を言っているのだろう。
 オッサンは続ける。
「今言ったように、魔物が生きる為には穢れた魔の瘴気が必要だ。だが、それはあくまでも基本的な考え方というだけであって、当然、全ての魔物に当てはめることは出来ない。事実、力の弱い魔物は、この地上界で、何不自由なく生きてゆけるからな。この辺りにいる弱い魔物が良い例だ。だが、力のある魔物は、そういうわけにはいかんのだよ」
 確かにゲームだと、強い魔物と弱い魔物の生息場所はハッキリと分かれていた。が、それはあくまでゲームの進行上の話であって、こんな設定ではなかった気がする。
 もしこれが本当ならば、この世界特有の現象なのかも知れない。
「という事は……ある一定の力を持った魔物の場合は、その力を振るう為に、それ相応の魔の瘴気が必要になってくるという事か?」
「うむ、その通りだ。そして強力な魔物になればなるほど、それに応じた魔の瘴気がないと生きては……いや……生きては行けるが、本来の力は発揮できぬのだよ」
 早い話が、強力な魔物がいる場合は、濃い魔の瘴気も必ず漂っていると言いたいのだろう。
「つまり、あれか。あの強力な魔物と化したザルマの場合、この辺りに漂う程度の薄い魔の瘴気では、普通なら動く事すら難しいって事か?」
「その通りだ。いや、それだけではない。奴の周りにいた魔物達にしてもそうだ。あの魔物達も、この辺りにいる魔物と比べると明らかに強すぎる。だから、我はそこがわからんのだよ。あの時現れた魔物達は何かが変なのだ……」
「確かにそれが本当なら、おかしな話だね……」

 ラーのオッサンの話を要約すると、強い魔物ほど、濃い魔の瘴気が必要という事になる。
 そして、それを基に考えると、非常に薄い魔の瘴気しか漂っていないこのフィンドの辺りは、弱い魔物しか生息できないという説が成り立つのだ。
 確かにその説が正しいならば、あの時現れたアームライオンやベホマスライムといった魔物は、理論的にも異常な事態と言わざるを得ない。
 ここに来る途中、数回魔物と戦ったが、この辺りにいる魔物は、精々、お化けキノコ程度なのである。それを考えると比較にならない強さなのだ。
 ラーのオッサンが言っている内容は本当なのだろうか……。
 それは分からないが、妙に説得力のある話なのも事実であった。
 なぜならば、今の説が本当なら、ここ最近よく聞くようになった魔物が増えたという話や、新種の魔物が現れたという話、そして数年前、突然、強大な魔物の大群に襲われたラミナスという国の話……それら全ての事象が、魔の瘴気というキーワードを用いる事によって、簡単に説明がついてしまうからだ。
 だがしかし……そう考えると、腑に落ちない謎が1つ出てくるのである。
「そういえばさ。町や城といった人の集まるような所って魔物はいないけど、そういう所には魔の瘴気って漂ってないのか?」
 これが気になるところであった。
 町の中やその近辺で、俺は魔物なんぞ見た事がないのだ。
「ああ、そういった所には、魔の瘴気は漂っていない筈だ。コータロー達のような知的種族が沢山暮らすような場所は、太古の昔、精霊王リュビストが施した浄化の結界が幾重にも張られているだろうからな。その中では、清められた清浄な気と魔を退ける力以外は漂う事はない。あのマルディラントとかいう街でも、精霊王の結界が働いているのを我は感じた。だから、今も結界は生きている筈だ。まぁこれは、そこに住まう者達ですら知らぬであろうがな……。いや、魔物が入らないから、そこに知的種族が住み始めたと言った方が正しいか……」
「なるほどね。精霊王リュビストの結界か……。ン、でもロランさんはさっき、ザルマはルイーダの酒場にいたって言ってたな」
 そう……ロランさんの話を信じるならば、ザルマはマルディラントの中にいた事になるのだ。
「確かに、コータローの言うとおり、そこが問題だ」
「だよな。ラーさんの話が本当ならば、魔物がそんな中に入って行けるのも妙な話だし……ン? そういえば」
 と、そこで、ザルマのとったある行動が、俺の脳内に再生されたのである。
「確か……ザルマが変身する時、奇妙な水晶玉を掲げていたな。あれが何か関係してるんだろうか……」
「さあな。そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。まぁどちらにせよ、今我が言った事は、頭の中にいれておけ。それとこれから先、あの者達と旅を続けるのならば、こういう事が頻繁に起こり得る可能性が高い。だから、用心はしておいて方がいいぞ」
「ああ、それは言われなくてもわかってるよ」――


   [Ⅱ]


 宿屋に戻った俺とアーシャさんは、暫しの間、俺の部屋で休憩することにした。
 ちなみにこの休憩は、坂道を歩いてきた疲れをとるのもあったが、これから始まる話し合いの前に、気を落ち着かせておくという意味合いもあった。
 レイスさん達の話如何によっては、彼等と旅を続けるかどうかの決断を下さなければならないので、あまり感情的な議論にならないようにしたいのである。
 まぁ早い話が、それなりの覚悟を持って挑まなければならないので、ワンクッション置いたのだ。
 ベッドに腰掛けた俺は、目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返した。
 アーシャさんも俺の心境を察したのか、部屋に入ってからは話しかけてこなかった。
 その為、部屋は静かであった。周囲から聞こえる小さな物音も大きく聞こえるくらいに……。
 だがそれが良かった。それらの物音が聞える事によって、雑念が徐々に取り除かれていくのを俺は実感したのである。
 心が穏やかになってきたところで、俺はアーシャさんに視線を向けた。
「……では、行きましょうか。アーシャさん」
「ええ……」
 そして俺とアーシャさんは立ち上がり、この部屋を後にしたのである。

 それから程なくして、俺達は彼等の部屋の前へとやって来た。
 俺はそこで一度深呼吸し、扉をノックしたのである。
「レイスさん……コータローです。お話があるのですが、今、よろしいでしょうか?」
 扉の向こうから女性の声が聞えてきた。
「鍵はかかっておりませんので、どうぞ、お入りになってください」
 声の感じからすると、どうやらサナちゃんのようだ。
 まぁそれはさておき、俺はノブに手を掛け、扉をゆっくりと開いた。
「では失礼します」
 扉を開くと、レイスさん達は神妙な面持ちで、俺とアーシャさんを迎えてくれた。
 3人からは張り詰めたような緊張感が伝わってくる。
 予想していたことだが、俺達の決断に、彼等は戦々恐々としているのかもしれない。
 俺が扉を閉めたところで、まずレイスさんが口を開いた。
「コータローさんにアーシャさん、どうぞ、こちらにお座り下さい」
 レイスさんは部屋の奥に置かれた2つの椅子に、俺達を案内した。
 俺とアーシャさんは、その椅子に腰掛ける。
 すると次の瞬間、なんと3人は、まるで王に謁見するかの如く、俺達に跪いたのである。
「コータローさんにアーシャさん……我々は貴方達に黙っていた事があるのだ。まずはその非礼をお詫びしたい。そして今から、それを包み隠さず話そうと思うので、どうか最後まで聞いてほしいのだ」
 レイスさんはそう言って、俺達に頭を下げた。
 この突然の展開に、俺は少し驚いた。が、かえって話をしにくいので、俺はそれを伝えたのである。
「あの……話は聞かせてもらいますが、こんな風にじゃなく、今まで通りでお願いします。なので、普通にしてください」
 サナちゃんは頭を振る。
「コータローさん……私達の今の姿は、貴方に非礼を働いた故の戒めなのであります。ですので、どうかこのままお話をお聞きくださりますよう、よろしくお願い致します」
「いや、だから、普通でいいですって。というか、今まで通りでお願いします」
「だがしかし……」
 レイスさんは尚も食い下がる。
 埒が明かないと思った俺は、語気を強めた。
「では私から貴方がたにお願いがあります。もし非礼を働いたと思っているのなら、俺の言う事を聞いてください。お願いします。今から話す内容は、どちらの立場が上とか、そんな話ではないんですから」
 3人はそこで、ようやく面を上げた。
「……わかりました。嫌がる事を続けるわけには参りませんので、コータローさんのご希望通りに致します」と、サナちゃん。
 少し捉え方が違うが、どうやら折れてくれたようだ。
 まぁいいや……もうこれでいこう。
「ええ、それでお願いします。俺もその方が話しやすいので」
 とまぁそんなわけで、ここから俺達の話し合いが始まるのである。

 3人がベッドに腰掛けたところで、まず俺から話を切り出した。
「では始めましょう。まず、貴方がたが何者なのか? それからお願いします」
「そ、それは……」
 シェーラさんはそこで、サナちゃんに視線を向けた。
 サナちゃんは頷く。
「……コータローさんは信ずるに値する方だと思います。ですので、それについては私から話しましょう」
「わかりました。イメリア様」
 シェーラさんは頭を垂れた。
 そしてサナちゃんは、隣の部屋に聞こえないよう、若干小さめの声で話し始めたのである。
「……私の名はイメリア・サナルヴァンド・ラトゥーナ・オン・ラミナスと申します。名前からもうお分かりでしょうが、私は魔物達に滅ぼされたラミナス王家の所縁の者でございます。そして、こちらにいるレイスとシェーラは、ラミナス王家の警護を司る近衛騎士団であった者達でございます」
「ラ、ラミナス王家ですって……」
 アーシャさんは目を見開き、驚いていた。
 勿論、俺も驚いた。が、この答えは予想していたモノでもあるので、そこまでの驚きは無かった。
「やはり、そうでしたか……。ザルマとの会話を聞いた時から、高貴な存在なのではないかとは思っていたのです。とはいえ、まさか王族とは思いませんでしたがね」
「今まで黙っていて申し訳ありませんでした。ですが、私達は……いえ、私は、どうしても嘗ての身分を偽る必要があったのです」
「ラトゥーナの末裔を始末する事が任務……そうザルマは言ってましたが、それですか?」
 サナちゃんは頷き、肩を落とした。
「はい……仰る通りです」
「そうですか……。では単刀直入にお聞きします。ラトゥーナの末裔とは一体何なのですか? 魔物達がここまで執着している以上、奴等にとって都合の悪い存在というのはわかりますが、それにしては度が過ぎてます。わざわざこんな所にまで追ってくるのですからね」
 するとサナちゃんは、俯きながらブンブンと頭を振ったのである。
「そ、それが……実は、私にもさっぱり分からないのです」
「わからない?」
「はい……今、私がわかっているのは、王家の血筋が狙われているという事だけなのです。数年前、ラミナスに魔物の大群が押し寄せた時、私は魔物から逃れるべく、ここにいるレイス達と共にラミナスを離れる事になりました。その時、魔物達は至る所でこんな事を言っていたのです。【ラトゥーナの末裔は見つけ次第、全て始末しろ!】と」
 サナちゃんはそう言うと、怯えたように体を震わせて目を瞑った。
 この様子を見る限り、嘘は言ってないようには見える。
 襲われる理由がわからないというのは、多分、本当の事なのだろう。
 まぁそれはともかく、今の内容で気になることがあったので、俺はそれを訊ねる事にした。
「今、王家の血筋と言いましたが、ラトゥーナというのは王家を示す名前なのですか?」
「はい、そうです。ラトゥーナは王家を示す名前です。ちなみに、先程言った名前ですが、イメリアが私の名前で、サナルヴァンドは母方の家名、そしてラトゥーナが王家の家名になります」
 やたら長い名前だったが、構成を知ると、結構単純に聞こえるから不思議だ。
「オン・ラミナスというのは?」
「それは、ラミナスの王都メノスがあるラミュロ地方に伝わる(いにしえ)の言葉で『豊かな国の王』という意味です。そして、王位継承した国王とその家族だけが名乗れる名前であります」
「という事は、サナちゃんは……いや、イメリア様はラミナスの王女様なのですね?」
「はい……ですが、ラミナスはもう滅んでしまいましたので、今の私はもう、王女でもなんでもありません……魔物に追われる哀れな身の上の者です」
 サナちゃんはそう言うと、瞳を潤ませ、顔を俯かせたのであった。
 俺はどうやら余計な事を訊いたのかもしれない。
 恐らくサナちゃんは、今まで経験した嫌な事を思い出したのだろう。
 少し湿っぽくなったので、俺は話を変える事にした。
「では、もう1つ訊かせてもらいましょう。貴方達はなぜ、王都に向かうのですか?」
 レイスさんが答えてくれた。
「私達がイシュマリアの王都に向かう理由は、オヴェリウスに今も駐在する旧ラミナスの公使に会う為なのだ」
「旧ラミナスの公使?」
「イシュマリアとラミナスは非常に緊密な友好国でしたので、互いに国の代表者を派遣しておりましたの」と、アーシャさん。
 要は外交官のことだろう。
「それはわかりましたが、危険を冒してまで、公使の所に(おもむ)く理由はなんなのでしょうか?」
 すると、シェーラさんが答えてくれた。
「それは、イメリア様を保護して頂く為よ。……私達は亡きアルデミラス陛下から、ラトゥーナの血族であるイメリア様を守ってほしいと直に命を受けたわ。そして賢者リバス様からは、絶対にラトゥーナの血は絶やしてはならないとも言われた。でも……もう私達だけで、イメリア様をお守りし続けるのは厳しいのよ……。護衛についた20名の近衛騎士も、もう今では私とレイスだけ……他は皆、魔物達の餌食になってしまったわ。だから危険な海を越えて、ラミナスの友好国であるこのイシュマリアまでやってきたのよ。イシュマリアはまだ、魔物達の脅威には晒されていない平和な国だと聞いたから……」
 賢者リバス……気になる人物名が出てきたが、今は置いておこう。
「そう……だったのですか」
 どうやらシェーラさんの話を聞く限り、3人は今まで相当な苦労をしてきたのだろう。
 この国に来るまで、生と死の狭間を綱渡りするような道のりだったに違いない。 
(さて……事情は大体わかったが、これからどうするかだな……)
 と、そこで、レイスさんの振り絞るような声が聞こえてきた。
「コータローさん……私達と共に、オヴェリウスまで行ってくれないだろうかッ。どうか、この通りだ」
 その直後、レイスさんは、先程と同じように俺に跪いたのである。
 続いてシェーラさんとサナちゃんも跪いた。
「私からもお願いします。貴方達ほどの魔法の使い手はそう簡単に見つかりません。ですから、私達と共に、イメリア様を旧ラミナス公使が住まう館まで護衛して頂きたいのです。どうか、何卒、よろしくお願い致します」
「コータローさん、お願いします。もう貴方しか頼れる方はいないんです」
(まいったな……)
 俺はそこで、アーシャさんに視線を向けた。
 するとアーシャさんは、俺の視線に気付くや否や、微笑んだのだ。
「コータローさんの判断にお任せしますわ。貴方は私よりも判断力に優れておりますから」
 どうやら、俺に丸投げするつもりのようだ。
 これは責任重大である。
「……わかりました。では、少し考えさせてください」――

 サナちゃん達3人が息を飲む中、俺は暫し考えた。
 このまま、サナちゃん達と行動を共にする事による、メリットとデメリットを……。
 まず、この3人を仲間にするメリットは、勿論、俺達2人には無いモノを持っているという事だ。旅の経験、物理的な力や守備力、それと、これは俺と被る能力ではあるが、回復と戦闘のサポートを行える魔法技能等である。
 そしてデメリットだが、それは……サナちゃんを狙う強大な魔物と遭遇するかもしれない、という1点だけであった。ザルマのような魔物が刺客として送り込まれている事を考えると、今後も同様の展開が予想できる。場合によっては、ザルマ以上の強力な魔物が、刺客として現れる事も十分に考えられるのだ。
 以上の事から、同行する俺達の命も、常に危険に晒される事になるのである。
 これは非常に不味い状況だ。が……とは言うものの、彼等の持っている能力や旅のノウハウは、俺達にとって喉から手が出るほど欲しいモノである。
 それだけではない。これは3人と話してみて分かった事だが、旅の仲間となると、技能的な部分の他にも重要な部分があるのだ。
 それは何かというと……人柄である。
 確かに魔物に狙われているのかもしれないが、この3人は話しやすい上に信頼できる者達だと、俺には思っているのである。
 素行が悪いわけでもなく、高貴な身分だったのに高慢な態度をとる事もない。
 身の上を黙っていたというのはあるが、俺が同じ立場ならそうしていただろう。
 だが彼らは悪い人達ではないのだ。不幸な境遇が、そう言う決断を彼らにさせているのである。
 長い間旅をする仲間という事を考えると、この部分は非常に重要な部分である。
 悪人と長い間旅するのは、下手すると、魔物と遭遇する事よりも性質が悪いかもしれなからだ。
 それと俺はこうも考えた。3人と仲間を解消したところで、また同じような者達と出会えるなどという保証はどこにもないと……。
 まぁそんなわけで、実はもう俺の中では、粗方の答えは決まっているようなモノなのである。
 問題は、そのデメリットをどうやって改善していくかという事なのだ。

 俺がそんな事を考え始めてから10分くらい経過した頃、サナちゃんの寂しい声が聞こえてきた。
「あ、あの、コータローさん……やはり、仲間として旅をするのは難しいのでしょうか」
 俺はサナちゃんに視線を向けた。
 するとサナちゃんは、今にも泣きだしそうな、悲しい表情を浮かべていた。
「いや、もう答えは出ているんです。ですが、それによって出てくる問題点をどうしようか迷っているんですよ」
 サナちゃんの頬に一筋の涙が伝う。
「という事は、やはり、駄目なのですね……」
 誤解してるみたいなので、ちゃんと言っておこう。
「へ? ああ、違う違う。そうじゃないですよ。俺も貴方達と、このまま旅を続けるつもりなんですが、解決しなきゃならない問題があるので、それを今考えていたんですよ」
「エッ、そ、それじゃあ、仲間でいてくれるのですか?」
 俺は頷いた。
「今から新しい仲間を見つけるといっても難しいし、それに、俺もそれほど時間に余裕があるわけではないしね」
 と、その直後、サナちゃんはパァッと明るい表情になり、泣きながら俺に抱き着いてきたのであった。
「ヒィェェン、ヒグッ……あ、ありがとうございます、コータローさん。嬉しいです」
「泣くほど喜ばなくても……」
 俺はこの突然の行動に少し驚いた。
 サナちゃんは、俺の決断に相当ビクビクしていたのだろう。
 と、そこで、アーシャさんの声が聞こえてきた。
「オホン……ところでコータローさん、解決しなければならない問題点とは何なのですか?」
 それを聞き、サナちゃんも俺から離れる。
「そ、そうでした。すいません……まだそれを聞いておりませんでした」 
 俺は4人の顔を見回しながら、その問題点を告げる事にした。
「まぁ皆もわかっているとは思いますが、早急に改善しなければならない点が1つあるんです。それはイメリア様達と行動を共にする以上、俺達の身にも危険が迫るという事です」
 アーシャさんは頷く。
「……ですわね。何か良い案は浮かんだのですか?」
 俺は頭を振る。
「いいえ、まだです。これを改善するには、魔物達がどうやってイメリア様の居場所を突きとめるのかを考えなければなりませんからね。というわけで、俺も少し知りたい事があるんで、今から皆に幾つか質問させてもらおうと思うんですが、いいですかね?」
 4人は無言で頷いた。
 というわけで、俺は質問を開始することにした。
「ではまずですが、このイシュマリアにラミリアンがどれだけいるのかわかる方はいますか?」
 この質問には、レイスさんが答えてくれた。
「正確な数は分からないが、マルディラントに来る途中、幾つかの町でラミリアンの姿を見かける事があった。それにラミナスとイシュマリアは交易の盛んな友好国だったので、この地に根を下ろしたラミリアンや、イシュマリアの民と婚姻関係を結んだラミリアンもいたと聞く。だから、ある程度の数はいる筈だ」
 婚姻関係を結ぶという事は、ラミリアンと人間は、それほど身体的な違いはないのかもしれない。
 まぁそれはさておき、今の話を聞いた感じだと、それなりにラミリアンというのは見掛ける種族のようだ。なので、物珍しさから特定されるという懸念はなさそうである。
「そうですか。では次にですが、顔以外で、イメリア様と他のラミリアンを見分ける、大きな外見上の違いというモノはあるのでしょうか?」
「実はそれがあるので……今の私は青く髪を染めているのです。ラミナス王家の者は生まれつき透き通るような水色の髪が特徴ですので……」とサナちゃん。
「既にそういう対策はしてたんですか、なるほど。他には何もされてないのですか?」
「これだけです。あとは法衣のフードを被って顔を隠すだけでした」
「そうですか……。でも、ザルマのように街の中に入り込む可能性も考えられるんで、その辺は今まで以上に何らかの手を打たないと不味いかもね。これからは街の中にも魔物がいると考えて行動しないと」
「はい……私もそう思います」
 俺はそこで皆の表情を見た。
 4人共、かなり固い表情をしていた。
 これを見る限り、とりあえず、俺の言葉を重く受け止めてくれたようだ。
 と、その時であった。

【グゥゥゥ】

 俺の腹が空気を読まずに鳴ったのである。
 少し恥ずかしかったが、俺はそこで夕食を食べてない事に思い出した。
「み、皆はもう、夕食は食べたのですか?」
 レイスさんは頭を振る。
「いや、まだだが……」
「じゃあ食事をしてから、その辺の事を皆で考えましょうか。張りつめた状況下では、あまり良い案も出てこないでしょうしね」
「それもそうね」とシェーラさん。
 とまぁそんなわけで、俺達は夕食を食べてから、その辺の対策を練る事にしたのである。


   [Ⅲ]


 レイスさん達との打ち合わせを終え、自分の部屋に戻った俺は、旅の疲れを癒す為に早めに寝る事にした。
 明日もまた長い旅になるので、あまり夜更かしはしたくないのだ。
 ちなみに、他の皆も俺と同じで、もう寝ると言っていた。やはり、強大な魔物との戦闘があったので、肉体的にも精神的にも、皆、相当疲れたのだろう。
 特に、レイスさんやシェーラさんは魔法で傷を癒したとはいえ、体を張った戦いをしていたので身体的にも相当疲れたに違いない。早く休んで、体力の回復をしてもらいたいところである。
 まぁそれはさておき、俺はローブを脱ぎ、寝巻として用意した布の服に着替えると、蝋燭の明かりを消した。
 その瞬間、室内は薄暗くなる。一応、外の明かりが少し入ってくるので、この部屋は完全な暗闇にはならないのだ。
 俺はその薄明かりを頼りに、ベッドへと向かった。
 そして、靴を脱いでベッドに横になると、全身の力を抜いて瞼を閉じたのである。
 床に就いたところで、外から賑やかな笑い声や話し声が聞こえてきた。
 この宿屋の付近に、大衆酒場みたいな所があったので、恐らくそこから聞こえてくる声だろう。
 眠るのには邪魔な声であったが、その内気にならなくなると思い、俺は枕に頬をうずめた。
 と、その時である。

 ――コン、コン……ガチャガチャ――

 この部屋の扉をノックする音と、扉を開けようとする音が聞こえてきたのだ。
(こんな夜遅く、誰だ一体……レイスさん達かな)
 俺はそこで半身を起こし、扉に向かって問いかけた。
「誰ですか?」
「わ、私です……アーシャですわ。と、扉の鍵を開けてください」
 どうやらアーシャさんのようだ。
「わかりました。ちょっと待ってください」
 俺はロックを外し、扉を開けた。
 すると扉の向こうには、枕を両手で抱きかかえ、不安そうな表情を浮かべるアーシャさんの姿があったのである。
(どうしたんだ一体……怯えた表情をしているけど……)
 とりあえず、俺は訊いてみることにした。
「どうしました。何かあったのですか?」
「と、とりあえず、中に入らせてもらいますわ」
 アーシャさんはそう言うなり、そそくさと部屋の中に入ってきた。
「コータローさん、扉を閉めて貰えますか」
「はぁ……」
 俺は言われた通り扉を閉める。
 そこで、もう一度訊いてみた。
「一体、何があったんです? ただ事じゃない雰囲気ですけど……」
 するとアーシャさんは、モジモジとしながら、恥ずかしそうにお願いをしてきたのである。
「あ、あの、コータローさん……こ、ここ、今夜は、私と……一緒に寝て貰えますか?」 
「はぁ? 突然何を」
 俺を誘っているのだろうか? 
 いや、それだと、さっきの怯えたような仕草の説明がつかない。
 とりあえず、もう一度、訊いてみよう。
「アーシャさん、一体どういう事です……向こうの部屋で何かあったのですか?」
「い、いいえ、何もありませんわ。ですが……慣れない部屋で1人というのは……少し不安だったものですから……なので……護衛者であるコータローさんに一緒にいてもらえると……私も安心できるものですから」
 要するに、勝手の知らない部屋で1人寝るのが怖いという事だろう。
「ああ、そういう事ですか。それなら、って……ベッドは1つだけだな。仕方ない、俺は床で寝るか」
「か、構いませんわよ……私と一緒に……ベッドで寝て下さっても」
「でも、嫁入り前である太守のお嬢様と、俺のような奴が一緒のベッドで寝るのは、イシュマリア的にも不味いんじゃないですか?」
「わ……私は、コータローさんを信用してますから」
「そうですか……。まぁアーシャさんがそれで構わないのら、俺はそれでもいいですよ」
 どうやら俺は安心と思われてるようだ。
 男と思われてないのだろうか。ちょっとショックである。
 とはいえ、俺も後が怖いから、襲うなんてことはできないけど……。
 まぁそれはさておき、もう夜も更けてきたので、早く寝たほうがいいだろう。
「それじゃあ、もうそろそろ寝ましょうか。また明日も、長い距離を移動しないといけませんし」
「え、ええ」
 というわけで、俺の寝床に予想外のお客さんが来る事になったのである――

 これはベッドインした後の話である。
 俺とアーシャさんはシングルベッドで横になると、互いに背中を向けて寝る事にした。
 これは勿論、俺の配慮だ。やはり年頃の可愛い女の子と一緒に寝るのは、俺も流石に悶々としてくるからである。
 だって男の子だもん。こんなシチュエーションになったら、本能の赴くままに生殖活動に入ってしまう可能性は否定できないのだ。
 というか、もう既に俺の中では、理性VS本能の戦いが勃発している最中なのであった。
 またその影響もあって、頭の中は恐ろしく覚醒しているのである。
(ああ、今夜……俺は寝れるのだろうか……なんか明日は、睡眠不足で目の下にクマが出来ていそうな気がする……)
 とまぁそんなわけで、これが今一番の懸念事項なのである。

 俺とアーシャさんがベッドインして10分くらい経過した頃、小刻みな振動がベッドに伝わってきた。
 俺はそこで震源地に目を向ける。勿論、震源はアーシャさんであった。
 アーシャさんのこの震え方は、恐ろしさや不安から来るもののように俺は感じた。
 もしかすると、俺と寝ている今の状況が、ここにきて怖くなってきたのかもしれない。
「アーシャさん……どうしました? 俺と寝るのが不安でしたら、無理しなくていいんですよ。俺は床で寝ますから」
 すると、アーシャさんの怯えたような声が聞こえてきたのである。
「ち、違うんです……あのザルマとかいう魔物の恐ろしい姿が、頭に焼き付いて離れないんです。あの時……コータローさんが助けてくれなかったら……私は今頃……そう思うと……」
 俺はようやく理解した。
(だから俺の所に来たのか……)
 考えてみれば、アーシャさんは魔物との戦闘なんて殆どやった事がない。
 おまけに弟子入りする前は、大貴族の箱入り娘として育ってきたのである。
 そんなアーシャさんが、あんな恐ろしい化け物と出くわしたのだから、こうなるのも無理はないのだ。
 戦闘経験のある俺だって恐ろしかったんだから……。
 多分、今までそんな素振りを見せなかったのは、ラミリアンの3人がいる手前もあって、無理して気丈に振る舞ってきただけなのだろう。
 俺はそこで、アーシャさんの方へと身体を向けた。
 すると小さくなって震えるアーシャさんの華奢な背中が、俺の目に飛び込んできたのである。
 それはか弱い女性が見せる、細く小さな背中であった。
 俺はそんなアーシャさんを見ている内に、この子を守ってあげなければいけないという感情が芽生えてきた。
 そして、その直後、俺は自分でも予想外の行動にでたのである。
 なんと俺は、後ろから優しく包み込むように、アーシャさんを抱きしめていたのだ。
 抱きしめた瞬間、アーシャさんの震えが直に伝わってきた。
 でもさすがにびっくりしたのか、そこでアーシャさんは俺に振り向いた。
「コ、コータローさん……何を」
「アーシャさん……俺がいるから大丈夫……とは言えないけど、俺なりに精一杯、貴方を守ります。だから、怖がらないでください。そして今はもう休みましょう。何かあったら自分を犠牲にしてでも、俺が貴方を守りますから」
「コータローさん……うん」
 アーシャさんはそう言うと、抱きしめる俺の腕に、そっと手を添えた。
 震えも次第に治まってゆく。
 そして、このまま俺達は、深い眠りへと落ちていったのである。 
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