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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv17 フィンドの町

   [Ⅰ]


 祈りの指輪で魔法力を少し回復した後、俺は地面に腰を下ろし、先程のザルマとレイスさん達のやり取りを思い返していた。
 彼らはあの時、サナちゃんの事をイメリア様と呼んでいた。またそれに加え、ザルマはこんな事を言っていたのである。ラトゥーナの末裔を殺すことが任務と……。
 何の末裔なのかは知らないが、彼らの言動から察するに、サナちゃんはラミナスという国において、かなり高貴な存在だったに違いない。
 俺の予想では国の要人か、もしくはその子女といったところだろうか。
 そして、レイスさんとシェーラさんは、サナちゃんを護衛する従者だと考えるとシックリくるのである。
 思い返せばこの2日間、サナちゃんは、いつも2人に守られるように行動していた気がする。
 必ずサナちゃんの両脇には、レイスさんとシェーラさんの姿があったのだ。
 今朝、マルディラントの広場で会った時もそうであった。
 それらを考えると、今の推察は当たらずとも遠からずだと、俺は思っているのである。
 まぁいずれにせよ、その辺りの事はレイスさん達に確認するつもりだ。
 いや、旅の安全の為にも、絶対に確認しなければならない事である。
 この先、レイスさん達は、魔物を呼び寄せる『ガライの竪琴』になる可能性があるのだから……。
(それにしても……前途多難だな。旅の初日から、いきなりこれかよ……)
 と、そこで、服の内側にいるラーのオッサンが、小声で話しかけてきた。
「……コータローよ。空を見ろ」
「ん、空?」
 俺は空を見上げた。
「だいぶ日も傾いてきた。早くこの森を抜けた方がいい。夜は魔の瘴気が地上に現れやすくなる。昼と違い、魔物も活発になるぞ。今のところ周囲に魔物の気配は感じないが、これから先、どうなるかわからんからな」
 今の内容に少し引っ掛かる部分があったが、確かにその通りである。
 日がある内にとっとと森を抜けて、その先にあるフィンドへと向かわねばならないのだ。
 俺はそこで治療中のレイスさん達に視線を向ける。
 するともう治療も終わったのか、4人共、俺の方へと向かっているところであった。
 レイスさんとシェーラさんの歩く姿を見る限り、かなり傷は回復したようである。
 この様子ならもう出発しても問題はなさそうだ。
 4人は俺の前に来ると、まずアーシャさんが口を開いた。
「コータローさん、治療は終わりましたわよ。それと……レイスさんから話があるそうですわ」
 俺はレイスさんに視線を向ける。
 すると突然、レイスさんは両膝と両掌を地面に付き、土下座の一歩手前のような姿勢になったのである。
「コータローさん……本当に申し訳ないことをしたッ! 今回の魔物の襲撃は、私達が原因なのだ。そして……私は貴方に黙っていた事がある。実は――」
 話している途中だが、俺は構わずに言った。
「レイスさん、話は後です」
「え?」
 レイスさんは顔を上げる。
 俺は空を指さした。
「日も傾いてきました。馬に食料と水を与え次第、すぐにこの森を抜けましょう。話は、その先にあるフィンドで訊かせてもらいます」
「……わかった。君の言うとおりにしよう」
「では馬の世話は、レイスさん達にお任せしますね」
 レイスさんは静かに頷いた。
 そして、俺はアーシャさんと共に、馬車の方へと移動を始めたのである。

 馬車の前に来ると、気まずそうな表情で俯き加減になったロランさんの姿があった。
 その隣には奥さんや娘さんがおり、ロランさんと同様、少し俯き加減であった。
 この様子を見る限り、ロランさん達も罪悪感は感じているのだろう。悪い人達ではないのかもしれない。とはいえ、あまりそういう先入観を持つのも良くないが……。
 ちなみに奥さんと娘さんは、ロランさんと違い細身の体型で、服装は2人共、旅人の服を着るという出で立ちであった。
 奥さんの方はロランさんと同じくらいの年齢で、ごく普通のおばさんという感じだ。
 それから娘さんだが、俺が見た感じだとアーシャさんくらいの年齢のように見えた。
 また、赤い髪をポニーテールにしている所為か、ドラクエⅢの説明書に描かれていた女商人みたいな感じの娘さんであった。中々に可愛い子である。
 まぁそれはさておき、俺はロランさんに確認したい事があったので、それを訊ねる事にした。
「ロランさん……貴方が俺達を騙した事については、もうとやかくは言いません。家族を人質をとられていた事を考えれば、致し方ない部分もありますしね。ですが、1つ訊きたい事があるんです」
「は、はい、なんでしょうか?」
「貴方はあの魔物達と、一体どこで接触したのですか? それをお聞かせ願いたい」
 するとロランさんは肩を落とし、元気なく口を開いた。
「それなんですが……実は、マルディラントでなんです」
「え、マルディラントで!?」
「マルディラントですって!?」
 俺は隣にいるアーシャさんと顔を見合わせた。
 アーシャさんも驚きを隠せないのか、目を大きくしていた。
「一体、どういう事なんです。詳しく話してください」
「奴等と会ったのは、昨日、ルイーダの酒場で旅の護衛を依頼していた時でした。近くのカウンター席にいたあのラミリアンの男が、『私達も早朝にフィンドへ向かうんだが、ついでですし、一緒に行きませんか? お金はいいですから』と私に言ってきたのです。それで私は願ってもない事だと思い、すぐに了承しました。そして、その方達に同行させてもらう事になったのです。冒険者達は大人数でしたので、私はすっかり安心してました。それで、途中まではなんとも無かったのですが……この森の中に入ってから冒険者達は正体を現しまして……」
 経緯は大体わかったが、気になる点が幾つかあったので、俺は質問を続けた。
「マルディラントを出発したのはイシュラナの鐘が鳴る前ですか?」
「はい、仰る通りです。出発したのは朝日が昇り始めた頃なので、イシュラナの鐘が鳴るだいぶ前です」
 俺達が出発する頃には、かなり先を進んでいたようだ。……辻褄は合う。
「それと今、護衛を依頼したと仰いましたが、この森に入るまで奴等に不審な点はなかったのですね?」
「はい、その時点では普通の冒険者でした。魔物などとは、とてもではありませんが思えませんでした」
「そうですか……。では魔物達についてお訊きします。魔物達とはルイーダの酒場で会ったと言ってましたが、そこでは他の客たちと同様、普通に振る舞っていたのですか?」
 だが今の質問を聞いたロランさんは、空を見上げて何かを考え始めたのである。
 ロランさんは程なくして口を開いた。
「いえ、酒場にいたのは、ザルマというあのラミリアンの男だけでした。他の者達とは街の外で落ち合ったのです。まぁこれもザルマという男の受け売りですから、どこまで信用できるかわかりませんが……」
「酒場で会ったのはザルマだけで、他は街の外でですか……なるほど。では次に、移動手段についてお訊きします。ここに来るまでの移動方法は何でしたか?」
「馬車と馬です。冒険者達が馬車1台と馬2頭で、私達が荷馬車1台という組み合わせです」
「その馬車と馬は今、どこにあるのですか?」
 ロランさんはそこで奥さんに視線を向けた。
 すると奥さんは、溜息を吐き、項垂れたのである。
「それが実は……魔物達が奇妙な魔法を使って、馬車と馬を一瞬で消してしまったのです」
「一瞬で消した?」
 そんな魔法、ドラクエにあっただろうか……。
 レムオルとかいう、姿を見えなくする魔法なら俺も知ってるが……。
 まぁそれはともかく、話を聞こう。
「で、消したという場所は、どの辺りなんですか?」
「フィンドに向かって森の街道をまっすぐ進みますと、途中で広場になったところがあるのですが、魔物達はそこで馬と馬車を消したのです」
 話を聞く限りだと、フィンドに向かう途中のようだ。
 少し時間は取られるが、そこを通る時に、一度確認はしておいた方が良いかもしれない。
「では最後にもう1つお訊きします。マルディラントから同行してきたという魔物達の中で、途中、別行動をする魔物はいましたか?」
 ロランさんは頭を振る。
「いいえ、別行動をした者はおりません。ずっと11名でした」
「そうですか。訊きたい事は以上です。ありがとうございました」
 俺はとりあえず、今得た情報を暫し頭の中で整理する事にした。
 と、そこで、背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきたのである。

【あ、あの……コ、コータローさん……】

 俺は後ろを振り返る。
 するとそこには、気まずそうな表情を浮かべたサナちゃんが、シュンとしながら立っていたのだ。
「ん、何だい、サナちゃん」
 サナちゃんは、懐から紺色の液体が入った小瓶を取り出し、俺へと差し出した。
「あの……コータローさんは先程、魔力が尽きたと言っておりました。ですから……この魔法の聖水をお使いください」
「サナちゃん、気にしなくていいよ。さっき、魔力回復させる道具を使ったから少しは回復してるしね」
「で、でも……私、助けてもらっておいて、今はこんな事くらいしか出来る事がないんです。だから、どうか使ってください。お願いします」
 サナちゃんはそう言うと、深々と頭を下げてきたのである。
 この子なりに気を使っているのだろう。
「とりあえず、気持ちだけ受け取っておくよ。それは貴重な魔法回復薬だから、サナちゃんが使った方がいい」
「でも……」
「気にしない、気にしない」
 俺はそう言って、サナちゃんの頭を優しく撫でた。
 すると恥ずかしかったのか、サナちゃんは赤面しつつ顔を俯かせたのである。
 こういう部分は見た目の影響か、すごく子供っぽい仕草であった。
(可愛い、エルフの女の子って感じだな……ン?)
 と、そこで、レイスさんの声が聞こえてきた。
「コータローさん、馬はだいぶ調子を取り戻した。いつでも出発は出来るが、どうしようか?」 
「ではすぐに出発しましょう。この先で、少し調べたい事もあるので」
 するとロランさんが、慌てて俺に話しかけてきた。
「あ、あの、私達も一緒に連れて行ってもらえないでしょうか? 厚かましい事だとは私も承知しています。ですが、どうかお願いします。また魔物達に襲われるのかと思うと、私はもう……」
 ロランさんは身体を震わせながら頭を下げた。
 奥さんと娘さんもロランさんに続く。
「私からも、どうかお願いします」
「お願いします」
 さすがに、今のロランさん一家を置いていくような鬼にはなれないので、ここは俺の独断で返事をしておいた。
「いいですよ。じゃあ、乗ってください」
「あ、ありがとうございます」
 ロランさんは少し涙目になっていた。
 あんな魔物を見た後だから、無理もないだろう。
 まぁそれはさておき、俺達は早速、馬車へと乗り込んだ。
 そして、全員が乗ったところで、俺は御者席にいるレイスさんに告げたのである。
「ではレイスさん、出発してください」
「了解した。ハイヤッ」
 レイスさんの鞭を打つ掛け声の後、馬車はカラカラと軽快に動き出した。
 予想外の展開があった為、やや長い休憩になってしまったが、なんとか旅を再開する事ができたので、とりあえずは良しとしよう。
 まぁそんなわけで、また周囲を警戒しながらの移動が始まるのである。

 話は変わるが、その道中……ロランさんは、俺にこんな質問をしてきたのであった。
「ところで貴方達は……いえ、貴方は一体何者なんですか? ただの冒険者ではないですよね? あんな恐ろしい化け物を倒してしまうんですから……」
「俺? 俺はただのジェダイさ、じゃなかった。ただの魔法使いですよ」
 一瞬、ケ○シー・ライバックみたいになりかけたが、そこは愛嬌だ。


   [Ⅱ]


 森の街道に出た俺達はフィンドへと向かって進んで行く。
 街道は日が傾いてきた事もあり、休憩前と比べると少し薄暗さが増していた。その所為か、ややおどろおどろしい雰囲気となっている。いつ魔物が出て来てもおかしくない状況だ。
 だが今のところ、魔物は現れてはいない。
 周囲を見回しても、それらしい影が見える事もなかった。
 また物音も、この馬車の音以外は何も聞こえてこないので、俺が見た限りでは、この近辺に魔物はいないように感じたのである。
 とはいえ、安心はまったくできないので、依然と気は抜けない状況であった。
(ザルマとの戦闘があったお陰で……ちょっとしたことでもビクッとしてしまう……ジッとしているだけだけど、警戒し続けるのって以外と疲れるわ……ン?)
 そんな感じで、警戒しながら進んでいると、前方に開けた空間が見えてきた。
 どうやらあれが、ロランさんの奥さんが言っていた広場なのかもしれない。
 つーわけで、俺は奥さんに確認をした。
「前にあるのが、先程言っていた広場ですか?」
「はい、そうでございます。あそこで魔物達は馬車を消したのです」
 俺はレイスさんに、停まるよう指示をした。
「レイスさん、前方の広場で一旦止まってください。少し調べたい事がありますので」
「了解した」
 レイスさんは俺の指示通り、広場に入ったところで停まってくれた。
 俺はそこで、馬車の中から周囲に目を向ける。
 広場の大きさは、先程の休憩場所と同じくらいだが、周囲を木々に囲まれている所為か、やや狭く感じる場所であった。
 今見た感じだと、目につくようなモノは何も無さそうだ。
(ここで消したらしいけど、それらしい痕跡はないな……)
 一通り見回してみたが、馬車や馬の姿は、勿論、どこにもなかった。
「魔物達はどの辺りで馬車を消したのか、わかりますかね?」
 すると奥さんは、この広場にある一番太い木を指さした。
「えっと、そこにある大きな木の付近です」
「あそこですね。じゃあ、皆はここで待っててもらえますか。ちょいと見てきますんで」
 俺は馬車から降り、現場検証をする事にした。
 なぜこんな行動に出たのかというと、勿論、姿が見えなくなっているだけではないかと思ったからだ。
 奥さんの話を聞いた時から、なんとなく、そんな風に思っていたのである。
 それにドラクエⅢでは、実際にそういった魔法や道具が出てくるので、あながち無いとも言い切れないのだ。

 太い木の前に来た俺は、そこで馬の気配がないかを暫し探ってみた。
 10秒、20秒……俺は静かに聞き耳を立てる。
 すると、馬の息づかいのような「ブルッ」という音が、付近から小さく聞こえてきたのである。
 俺は確証を得る為に、その辺を少し手で探ってみた。
 すると生暖かい何かがそこにあったのだ。
 これはもう姿が見えないだけという現象で確定のようだが、問題はどうやって見えるようにするかである。
(さて……これを見えるようにするには、どうすればいいんだろうか……ゲームだと、歩いているうちに効果が消えたけど……ン?)
 と、そこで、アーシャさんが俺の隣にやってきた。
「コータローさん……先程、奇妙な動きをしてましたけど、何かわかりましたか?」
 俺は何かがある箇所を指さした。
「アーシャさん、この辺に手を伸ばしてもらえますか」
「ここですか……って、なんですのこの感触は!?」
 流石にアーシャさんも驚いたのか、ビックリして手を引っ込めた。
「そうなんです。見えないだけで、ここには何かがあるんですよ」
 ここで、ラーのオッサンの囁くような声が聞こえてきた。
「コータローよ……他の者達に見えぬよう、我を表に出せ。この魔法を解いてやろう」
「ラー様、そんな事ができますの?」と、アーシャさん。
「フン、我を誰だと思っておる。こんな下らないまやかしなど造作もない事よ」
 まぁ仮にもラーの鏡だし、当たり前か。
 などと思いつつ、俺は皆に見えないよう、服の内側あるラーの鏡を表に出したのである。
「じゃあ、頼むわ」
「うむ」
 その直後、ラーの鏡はカメラのフラッシュのように、ピカッと一瞬だけ眩く光った。
 すると次の瞬間、今まで姿すら見えなかったものが、突如、目の前に出現したのだ。
 目の前に現れたのは2頭の馬と2台の馬車であった。
 馬車の1台は、荷物が沢山積まれた荷馬車だったので、恐らく、ロランさんのモノなのかもしれない。
 まぁそれはさておき、オッサンがまやかしを解いたところで、皆の驚く声が聞こえてきた。
「エッ? どういう事?」
「嘘ッ!」
「何をしたんだ? 突然、現れたぞ……」
 向こうが少しざわつく中、俺は急いでラーの鏡を胸元に仕舞う。
 そして、ロランさんをここに呼んだのである。
「ロランさん、ちょっと来てくださいッ」
「は、はい」
 ロランさんは返事をすると、足早にこちらへとやってきた。
 俺はそこで、ロランさんに確認をした。
「ここにある馬や馬車は、貴方とザルマの物で間違いありませんか?」
「はいッ、間違いありません。これは私の荷馬車です。それから、この馬と馬車は奴等の物で間違いありませんッ」
 自分の馬車が見つかったのが余程嬉しかったのか、ロランさんは顔を綻ばせて力強く頷いた。
 そして、沢山の荷物を積み込んだ荷馬車に近寄り、積荷の確認を始めたのである。
 一通り確認したところで、ロランさんは安堵の息を吐いた。
「荷物も無事でした。……もう諦めるしかないと思ってたので、本当に良かったです」
「それはよかったですね。ン?」
 と、そこで、他の皆もこちらへとやってきた。
 すると皆は不思議そうに、これらの馬車を眺めたのである。
 姿が見えなかったのだから、こうなるのも無理はないだろう。
 ロランさんの娘さんが俺に訊いてくる。
「あ、あの……これは、どういう事なのでしょうか?」
「見ての通り、消したのではなく、見えなくしていただけのようですね。つまり、ずっとここにあったという事です」
「では、あの時の魔物達は、見えない様にしただけなのですね」
「そうですよ。まぁそれはともかく……さしあたっての問題は、これをどうするかですね」
 奴等が使っていた馬と馬車は中々良い物であった。
 と、そこで、シェーラさんの声が聞こえてきた。
「コータローさん……貴方のお蔭でザルマ達を倒せたんだから、この馬車と馬は貴方が戦利品としてもらっといたらどう? 売れば結構なお金になると思うわよ。それに、旅にはお金が必要だしね」
 まぁ確かにそれも一理ある。
 だが問題もあるのだ。
「皆が良いのなら、それでも構わないんですが……問題はどうやって持って行くかなんですよね。俺は馬なんて乗った事ないから、操るなんて無理ですし……」
【え?】
 すると、皆は一様に驚いた表情を浮かべていた。
(やだ……何、この反応……ちょっと空気が寒くなってる……)
 アーシャさんが眉根を寄せて訊いてくる。
「馬に乗った事がないって……本当ですの? どこか具合が悪いのならともかく、この地に住む者で、そんな方がいるなんて思いませんでしたわ」
「コータローさんて優秀な魔法使いなのに、意外な一面があったのね」と、シェーラさん。
(ウッ……もしかして失言だったか……とはいえ、今更知ったかぶりすると後々面倒だ。それに今はこんな事をしてる場合じゃない)
 つーわけで、適当に流すことにした。
「そ、そうなんですよ。だから、この馬と馬車に乗ってくれる人はいませんかね? 早くこの森を抜けないといけませんし」
 まずシェーラさんが手を上げる。
「じゃあ、私が馬車を動かすわ」
「それでは、私と娘がこの2頭の馬に乗りますわ」とロランさんの奥さん。
「じゃあ、私は自分の荷馬車を」――

 ――というわけで、俺とアーシャさんとサナちゃんがレイスさんの馬車に乗って、他の者達がここに隠されていた馬と馬車に乗るという形で、俺達は移動を再開する事になったのである。

 話は変わるが、これは、その道中での話だ。
 馬車が動きはじめたところで、サナちゃんが俺に訊いてきた。
「あの、コータローさん……馬に乗れないというのは本当なのですか?」
 またその話か……。
 多分、この世界では、馬に乗れない事は恥ずかしい事なのかもしれない。
 現代日本で言うなら、自転車に乗れない大人と同じ扱いなのかも……。
 またそう考えると、途端に恥ずかしくなってきたのであった。
 俺は後頭部をポリポリかきながら答えた。
「……うん、そうなんだよ。ここでは恥ずかしい事なのかも知れないけど」
 するとサナちゃんは、屈託のない笑みを浮かべたのである。
「じゃあ、私と同じですね。私も馬に乗れないんです。だから、そんなに気にしなくてもいいと思いますよ」
「そ、そう」
 俺はそこで少し気を持ち直した。
 だが間髪入れず、アーシャさんが穴に突き落としてくれたのだ。
「サナさんはまだ子供ですから仕方ないですが、貴方のようないい大人が馬に乗れないのは問題ですわよ。今度、私が教えて差し上げますわ。同行する私まで恥ずかしいですから」
「はい……お願いします」
 まぁそんなわけで、俺は新たなトリビアを得る事ができたのであった。


   [Ⅲ]


 森を抜けてから1時間半は経過しただろうか……。
 地平線の彼方へ目を向けると、遠くに見える山の影に、太陽が隠れようとしているところであった。
 またそれに伴い、周囲は少し肌寒い気温へと変化し始めていた。
 そんな薄暗い寒空の元、俺達は今日の目的地であるフィンドに、今ようやく到着したところであった。
 日のある時間帯に町へ到着できたので、まずは一安心といったところだ。
 街に入ったところで、俺はレイスさんに言った。
「レイスさん、その辺の広場で、一旦止まってもらえますか」
「了解した」
 程なくして、馬車は広場に停まる。それに連動して、後続の馬車や馬も停まった。
 俺はそこで馬車を降り、後ろにいるロランさんのところへと向かった。
 理由は勿論、宿の場所を訊く為だ。
「ロランさん、宿屋がどこにあるかわかりますかね?」
「ああ、それでしたら、私の店の隣にある宿屋になさったらどうですか? この町ではそれなりに大きな宿なので、部屋も空いてると思いますよ。それに馬の世話をしてくれる厩舎もありますし」
 どうやら知っているどころか、ここの住人のようだ。
 少し驚いたが、俺はそこで他の皆に視線を向けた。
 すると4人共、コクリと頷いてくれたのである。
 言わなくても察してくれたのだろう。アイコンタクトってやつだ。
「では、そこにしますんで案内してもらえますか」
「じゃあ、ついて来てください」
 そんなわけで、ここからはロランさんを先頭に、俺達は進むのである。

 ロランさんの後に続き、俺達を乗せた馬車は動き出す。
 俺は馬車の車窓から、薄暗いフィンドの町並みを眺めた。
 このフィンドは、真っ直ぐ走る街道の両脇に、石造りの家屋が建ち並ぶといった感じの小さな町であった。その為、街道の中継点といった感じがする所である。
 また、小さな町ではあるが、寂れているというわけではない。それなりに活気もある。事実、街道には結構な数の馬車や人々が行き交っており、賑やかな雰囲気がそこかしこに見受けられるのである。
 今が夕刻というのもあると思うが、それなりに人々が住む、ちゃんとした町であった。
 俺達はそんなフィンドの町を進んでゆく。
 すると程なくして、ロランさんはやや大きめの建物の前で、馬車を停めたのである。
 レイスさんもそこで馬車を停めた。
 そこは、清潔感溢れる白い石壁が特徴の3階建ての大きな建物で、正面玄関の上には、これまた大きな看板が掛かっていた。
 ちなみにだが、看板にはこの国の文字で『安らぎの館・フィンドナ』と書かれている。モロに宿屋という感じだ。 
 まぁそれはさておき、ロランさんはそこで荷馬車を下りると、俺達の方へやってきた。
「ここが先程言っていた宿屋です。この左側には宿の主人が運営する厩舎もありますので、馬を休ませることが出来ますよ。それと馬車と馬を売られるのでしたら、宿屋の主人と交渉してみて下さい。ここの主人は馬車や馬の売買もやっておりますから」
「ありがとうございます、ロランさん。そうさせて頂きます」
 続いてロランさんは、右側に隣接する2階建ての建物を指さした。
「それと、この右隣の店が、私が経営している道具屋になります。出発する前には是非お立ち寄りください。皆さんにはお世話になりましたのとお詫びの印に、私も奮発するつもりですので」
 ロランさんの道具屋は手入れが行き届いているのか、結構綺麗な佇まいを見せる店舗であった。
 汚れのない正面の石壁や玄関に掲げられた丸い看板に加え、ピカピカと輝く白い玄関扉がここから見えるので、特にそんな印象を受けたのである。
「へぇ……綺麗な店ですね。わかりました。また寄らせてもらいますんで、その時はよろしくお願いしますね」
「是非、お越しください。さて……それでは皆さん、今日は本当にありがとうございました。道中、私達家族が無事だったのは皆さんのお蔭です」
 ロランさんはそう言って、深く頭を下げた。
 続いて、奥さんと娘さんも頭を下げる。
「本当に、どうもありがとうございました」
「今日はありがとうございました」
 それを聞き、レイスさんは申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「いや、我等の所為でそなた達を巻き込んでしまったのだ。謝るのは我々の方である。……すまなかった」
「ですが、タダで護衛してもらえるという都合の良い話に、ホイホイとついていった私にも原因がありますからね。それと、人に化ける魔物がいると分かった事も勉強になりました。これからは上手い話には乗らず、注意する事にしますよ。では皆さん、これで失礼させて頂きます。どうもありがとうございました」
 まぁそんなわけで、ロランさん達とは、ここでお別れとなったのである。

 ロランさん一家が去ったところで、俺は馬車を降りた。
「さてと……じゃあ俺は、宿が空いてるかどうか確認してくるので、皆は待っててくれますか?」
 レイスさんとシェーラさんは無言で頷く。
 するとそこで、アーシャさんとサナちゃんが馬車から降りてきたのだ。
「じゃあ、私も一緒に行きますわ」
「私も行きます」
(俺1人でも十分だと思うが……まぁいいか)
 俺は2人に言った。
「じゃあ、行きますか」
「ええ」
「はい」
 そして俺達は宿屋の中へと足を踏み入れたのである。

 で、その結果だが……宿屋には、まだ幾つか部屋が空いていたので、俺達はここで宿泊することにした。
 勿論、その際には、外にいるレイスさん達の意見も聞いた上でだ。
 ちなみに部屋は3部屋使う事になり、宿泊代金は厩舎の利用込みで100Gであった。これは俺が支払った。
 3部屋の内訳は、俺とアーシャさんで1人用の部屋を2つ使い、レイスさん達が3人用の部屋を1つ使うという感じだ。
 それと森で手に入れたザルマ達の馬と馬車だが……店主と話をしたところ、今は手が離せないほど忙しいらしく、『明日、改めてお聞きしましょう』という風に言われた。
 その為、とりあえず今日のところは隣の厩舎に入れさせてもらい、明日の朝、改めて売買の商談をするという方向で調整をしたのである。


   [Ⅳ]


 宿の部屋に入った俺は、扉を閉め、室内を見回した。
 見たところ、ここは6畳程度の広さがある部屋で、天井には簡素なシャンデリアがぶら下げられており、その明かりが室内を隅々まで照らしていた。
 ちなみに明かりの正体は蝋燭であった。下でチェックインをした時、少し待たされたので、その間に従業員が明かりを灯したのだろう。
 まぁそれはさておき、室内には、化粧机とベッド、それから小さなテーブル以外、特に何もない殺風景な部屋であった。ドラクエ世界の宿というのは、大体こんなものなのかもしれない。
(タンスがあったら、ゲームみたいに、引き出しを調べてみるところだが、無いもんは仕方がない……残念……)
 そんなアホな事を考えつつ、俺はベッドに腰かけ、そのままゴロンと横になった。
 と、そこで、ラーのオッサンの声が聞こえてきたのである。
「コータローよ……無事に到着できたようだが、あの者達と、これからも旅を続けるつもりなのか?」
「ああ、レイスさん達の事か……。後で話をするようには言ってあるけど、どうしようか俺も迷っているんだよ。この先、彼らと一緒にいると、魔物の標的にされる可能性が高いからね。だけど、今更そんな事を言っても、旅の仲間なんてものはそう簡単に見つからない。ここにはルイーダの酒場も無いようだしね。まぁ、アーシャさんの風の帽子かキメラの翼を使えば、どうとでもなる話だけどさ」
「ふむ、確かにな……。だが我は気になる事があるのだ」
「なんだ、気になる事って?」
「先程の魔物はラトゥーナの末裔と言っておった。我はその名前をどこかで聞いた事が気がするのだよ……。しかし、それが何かが思い出せんのだ」
「ああ、確かに、俺もそれは気になるところだ。ザルマの言動から察するに、それが根本的な理由のようだからね」
 ラトゥーナの末裔とは何なのか……。
 それはレイスさん達に確認しなければならない事であった。
(魔物が狙うくらいだから、奴等にとって都合の悪い存在なのだろうけど……あ、そういえば……)
 俺はそこで、気になっていた事を思い出した。
「そういえばさ、ザルマとの戦闘の後、オッサンは『今のところ周囲に魔物の気配は感じないが、これから先、どうなるかわからん』みたいな事を言ってたけど、もしかして魔物の気配がわかるのか?」
「ああ、そうだ。我等光の精霊は、闇の気配には敏感なのでな。あのザルマとかいう奴が出てきた時も、近くで魔物の気配がするのはわかっていた。だが、我も鏡の存在を知られたくなかったので、あの場は黙っていたのだ。許せ」
 まるで、ザルマの気配は感じなかったような言い方であった。
 気になる言い方だが、今は置いておこう。
「それについては別に怒っていないよ。オッサンは上司の指示を守らないといけないからな」
「すまんな。我も知らせたいのは山々なんだが、そこは大目に見てくれ」
 まぁこればかりは仕方がないだろう。
 オッサンも役目というのがあるだろうから。
 などと思っていると、ラーのオッサンは、この話は終わりとばかりに、話題を変えたのである。
「まぁその辺の話は置いておいて、ここからが本題だ」
「は? 本題? 何だよ……まだなんかヤバい話でもあるのか?」
 俺は首を傾げた。
「ああ、ここからが本題だ。我はな、ずぅぅぅぅっと、お前に言っておかねばならぬと思っていた事があるのだよ」
「言っておかねばならん事? 何の話か知らんけど、いいよ。言ってくれ」
「では……オホン……言わせてもらおう。まぁそのなんだ……大した話ではないんだがな、我が言いたいのは、お前のその呼び方の事だ。我の事をオッサンというのはどうかと思ってな。これからコータローとは、何回も話す事になるわけだし、もっと信頼できる者同士の呼び方というのがあるだろうと、我は思ったのだよ。はっはっはっ」
「なんだ、気にしてたのか。でも、初めて会った時、我は心が広いからそんな事は気にしないとか言ってたじゃん」
「確かに心は広いが、聞いてるとムカムカしてしょうがないのだよ。はっはっはっ」
 笑い話にしてるが、内心、腹が立ってるんだろう。回りくどいオッサンである。
 恐らく、人間ならば目が笑っていない笑い方に違いない。
 まぁ心が狭いのは分かっていたので、あまり驚くことでもないが……。
「じゃあ、なんて呼ぶといいんだ?」
「そ、そうだな……できればアーシャさんのようにラー様。もしくは、ヴァロム殿のようにラーさんかな。なんだったら光の精霊様でも構わないぞ。寧ろ、そっちの方が――」
 まだ話してる途中だったが、俺は即答した。
「じゃあ、ラーさんで」
「早ッ! もう少し悩めよ!」
 まだなんか文句を言ってるが、俺にとってはそれほど大事な話でもなかったので、早めに終わらせることにしたのである。
 と、その時であった。

 ――コン、コン――

 部屋の扉がノックされたのである。
「誰ですか?」
「私です。アーシャですわ」
「入ってください。鍵は掛かってませんから」
「では失礼します」
 扉が開き、アーシャさんが中へと入ってきた。
 そして扉を閉めると、室内をグルリと見回したのである。
「……私と同じような部屋ですわね。平民の方々が泊まる宿泊施設は初めてなので、勉強になりますわ」
「まぁ俺も初めて見たいなもんですけどね。それはそうと、どうしたんですか?」
 するとアーシャさんは頬を膨らませた。
「んもう、一昨日の昼に言ったではありませんか。忘れたのですか?」
「あ……すいません、忘れてました。そういえば、朝と晩はマルディラント城に戻ってサブリナ様に顔を見せておくんでしたね」
 俺はアーシャさんに言われて思い出した。
 2日前の打ち合わせで、そんな手筈をとることになっていたのを……。
 これはアーシャさんの考えた悪知恵で、母君であるサブリナ様に朝と晩だけ顔を見せて、俺の所に修行に来ていると思い込ませているのである。
 なので、朝と晩はマルディラント城に戻ってアリバイ作りをしないといけないのだ。
 まったくもって、とんでもないおてんば娘である。
「じゃあ、行きますか。でもその前に、レイスさん達には少しの間だけ出掛けると言っておきますね。留守中に来られても困りますし」
「ええ、そうですわね」
 俺はそこで立ち上がる。
 そしてアーシャさんと共に、この部屋を後にしたのであった。


   [Ⅴ]


 一方その頃……。
 レイス達3人は部屋に入るや否や、暗い表情になっていた。
 3人は川の字に並んだベッドに腰掛け、大きく溜め息を吐きながら肩を落とす。
 そんな中、まずレイスが口を開いた。
「コータローさんは、表面上は明るく振る舞っているが、確実に俺達を不審に思っているだろう……。彼を少し見てきたが、かなり頭のキレる人だというのは分かったからな」
 シェーラは言う。
「……でもレイス、どうするの? こんな所で仲間を解消されたら、この先、私達だけでイメリア様を守りきれるかどうか分からないわよ。それにザルマも死に際に言ってたわ。新たな追っ手がやって来ると」
「それはわかっている。だが、それを決めるのはコータローさん達だ。……俺達ではない」
 レイスはそう言うと、目を閉じて大きく息を吐いた。
 3人は暫し沈黙する。
 程なくして、サナが口を開いた。
「でも……仮に仲間を解消されたとして、コータローさん程の腕を持つ魔法の使い手は、そう簡単には見つからないでしょうね……。私が見る限り、コータローさんは、旧ラミナスの王宮に仕えていた最上級の魔導師達に匹敵する使い手です。それだけではありません。あの方はラミナスの誰もが知り得なかった魔物達への知識もあります。その上、失われた古代魔法であるベホマが、どんな魔法か知っているような口振りでした。もしかすると、古代魔法に対する知識も持っているのかもしれません。ですから、あの方以上の魔法の使い手を見つけるのは至難の業だと思うのです。そう考えますと、ある意味、あのような方と私達が巡り合えたのは奇跡に近いのかもしれません」
 レイスは頷く。
「イメリア様、私もそう思います。彼がいなければ、間違いなくあの時、我等はザルマの手にかかって死んでいたでしょう。仰る通り、彼らと巡り合えたのは奇跡に近いです」
「そうよね……あの光の剣は凄かったわ……あのザルマを両断したのだから。でもどうするのよ、レイス。今の話の流れじゃ、なんとしても仲間でいてもらうしかないじゃない」
 シェーラの言葉にレイスは沈黙した。それはサナも同様であった。
 と、その時である。

 ――コン、コン――

 この部屋の扉がノックされたのだ。
 レイスは扉に向かい、問いかけた。
「誰であろうか?」
「コータローです。少しの間、アーシャさんと外を見てきますんで、話は帰ってきたら訊かせてもらいます。すいませんが、そういうことなんで、よろしくお願いしますね」
「了解した。ではまた後ほど」
「ええ、後ほど」
 レイスはそう答えた直後、真剣な表情になり、2人に言った。
「今からコータローさんを説得する方法を考えるしかない。イメリア様も何かお考えがありましたら仰って下さい。皆で考えましょう」
「それもそうね。コータローさんは話の分かる人な気がするし」
「わかりました。私も考えてみます」―― 
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