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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv5  ミュトラの書

   [Ⅰ]


【このマルディラントにて厳重管理されている、イシュマリア誕生より遥か昔の古代書物ミュトラの書・第二編を拝見させて頂きたいのです】

 ヴァロムさんは、真剣な表情でそう告げた。
 だがソレス殿下は、ヴァロムさんの言葉を聞くなり、眉根を寄せ、怪訝な表情になったのである。
「何? ミュトラの書だと……」 
 俺は知らないのでなんとも言えないが、この表情を見る限りだと、何か(いわ)く付きの書物なのかもしれない。
「オルドラン卿よ、あれは確かに古代の書物ではあるが、記述されておる内容は出鱈目だと云われておるモノだ。それだけではない。光の女神イシュラナが、ミュトラの書について触れておるのは、卿も知っていよう。何故、そのようなものを見たいのだ?」
 ヴァロムさんは目を閉じる。
 暫しの沈黙の後、静かに口を開いた。
「……大いなる力とは何なのか……それを長年調べてまいりましたが、実はここにきて、儂も少し混乱しておりましてな。一度、原点に立ち返る必要があると思ったのです」
「ほぅ、だからか」
 ヴァロムさんは頷くと続ける。
「ええ。それと殿下の仰るとおり、イシュラナの啓示を記述した光の聖典では、ミュトラの書の事を『邪悪な魔の神が、世を惑わす為に記した災いの書物』としているのは、儂も知っております。ですが、一度原点に立ち返る為にも、光の女神イシュラナが、どうしてそのような啓示をイシュマリアにしたのか、知る必要があると思ったのです」
 それを聞き、ソレス殿下は顎に手をやり、何かを考える素振りをした。
「ふむ。そうであったか。しかし、あれはな……我等、八支族以外は入れぬ場所に置かれておる上に、世の人々には見せてはならぬと云われておるからの……。それに、我がアレサンドラ家が管理しているのは、九編あるミュトラの書の第二編だけなのだぞ?」
「第二編だけでも構いませぬ。そこから何かが見えるかもしれませぬのでな」
「むぅ……」
 ソレス殿下は尚も渋った表情をしていた。
 この反応を見る限りだと、どうやら、他人に見せてはいけない書物らしい。
 しかも今の口振りだと、ミュトラの書という書物を見れるのは八支族だけのようである。

 ちなみにここでいう八支族とは、イシュマリア王家から分家した一族の事で、全部で八つあるそうだ。
 この間あったヴァロムさんの異世界教養講座で、一応、そう教えて貰った。
 それと、王家に準ずる家系だから、このイシュマリア国の貴族の中でも別格の存在のようである。
 多分、貴族階級でいうなら公爵といったところだろう。
 そして、今の話の流れを考えると、どうやらこのアレサンドラ家というのは、イシュマリア王家から分家した八支族と考えて間違いなさそうだ。つまり本流ではないが、神の御子イシュマリアの血を引く一族なのである。
 というわけで話を戻す。

 悩むソレス殿下に視線を向けながら、ヴァロムさんは言った。
「殿下のお気持ち、お察しします。ミュトラの書は人々の目に触れさせぬよう、イシュマリアの八支族が厳重に管理しているのは、儂もわかっておりますのでな。ですから、無理にとは申しませぬ」
「オルドラン卿よ。一つ訊きたい。……ミュトラの書は、王家が探し求める大いなる力に、何か関係しているかもしれぬのか?」
 ヴァロムさんは頭を振る。
「それは分かりませぬ。しかし、ミュトラの書を見る事によって、何かキッカケが掴める気がしたものですからな」
 今の言葉を聞き、ソレス殿下は大きく息を吐いて目を閉じる。
 そして「むぅ」という低い唸り声を上げて、無言になったのである。
 かなり悩んでいるようだ。まぁこうなるのも仕方ないのかもしれない。早い話、掟を破れと言っているようなもんだし。
 まぁそれはさておき、程なくして、ソレス殿下は口を開いた。
「オルドラン卿よ、すまぬ。……幾ら、卿の頼みとはいえ、ミュトラの書だけは見せるわけにはいかぬのだ。我等イシュマリアの八支族は、始祖であるイシュマリアの意思を守り続ける義務がある。だから、許せ」
「いや、こちらこそ無理なお頼みをして申し訳ない。もし見れるのなら、と思っただけですので、お気になさらないで頂きたい」
 とはいうものの、ヴァロムさんは少し残念そうであった。
「卿のように、ミュトラの書に刻まれている古代リュビスト文字が解読できたなら、見せるまでもなく中身を伝えられたかもしれぬが、生憎、私は古代文字は読めぬのでな」
「ソレス殿下、本当にお気になさらないで頂きたい。そのお気持ちだけで、結構にございます」
 ヴァロムさんは頭を垂れる。
 そして、サラッと話題を変えるのであった。
「では、本題に入りますかな」と。 
 今の言葉を聞いた途端、ソレス殿下とアーシャさんは少しだけ肩がガクッとなった。
 この爺さんは、時々、こういう事があるのだ。
 調子が狂うジジイである。
「なんだ、今のが本題ではないのか? 卿は相変わらずだな。で、本題というのは何だ?」
「二つお願いがあるのですが、まず一つ目からいきましょう。我々に、この一等区域で売られている武器・魔導器類の購入許可証を発行して頂きたいのですが、よろしいですかな?」
「ふむ。それなら容易い事だ。で、もう一つは何だ?」
「それと二つ目ですが、我々のイデア遺跡群への立ち入りを許可してもらいたいのです」
 だがそれを聞いた途端、ソレス殿下は首を傾げたのである。
「イデア遺跡群だと……。あの地は今、魔物が急速に増えておるので、私は人々の出入りを封鎖しておるのだ。そんな所に何しに行くつもりなのだ?」
「……これも大いなる力を探索する一環としか言えませぬな。儂も行ってみねば、それが分からぬのです」
「ふむ、そうか。まぁしかし、あの地は魔物が増えておるとはいえ、報告では弱い魔物ばかりだった筈。卿ほどの者ならば、まったく問題はなかろう。分かった。許可しようぞ。それら二つの許可証は、私の名で、すぐにでも発行させよう」
「ご無理を聞いていただき、ありがとうございます。ソレス殿下」
 ヴァロムさんは笑みを浮かべ、頭を垂れた。
「卿と私の仲ではないか。そう気にするでない。ところで話は変わるが、卿らはもう宿は決めておるのか?」
「いえ、まだにございます。マルディラントに着いてから、そのままこちらに向かいましたのでな。宿を探すのは今からでございます」
 宿……。
 確かにそうである。
 よく考えてみれば、このマルディラントは、ベルナ峡谷の住処まで日帰りできる距離ではないのだ。
 しかも、先程のやり取りを見ている感じだと、ヴァロムさんは数日ほど、この地に留まるつもりなのかもしれない。という事は、どうでも宿が必要になってくるのである。
 しかし、それももう解決できそうな気配だ。
(この展開はもしや……)
 俺がそんな事を考える中、ソレス殿下は口を開いた。
「そうか、ならば我が居城にて暫し泊ってゆくがよい。客間は空いておるのでな。それに卿の先程の口振りだと、今日や明日で帰るわけでもあるまい」
 どうやらビンゴのようだ。
「よいのですかな? 面倒を掛ける事になりませぬか?」
「ああ、構わぬ。それに卿とは久しぶりなのでな。個人的にもっと踏み込んだ話をしたいのだ。今宵は昔のように杯をかわそうではないか」
 そこでヴァロムさんは俺に視線を向ける。
「コータローよ、折角のお言葉じゃ。ここはソレス殿下のお言葉に甘えさせてもらおうか」
「はい、ヴァロム様」
「では、ソレス殿下。面倒を掛ける事になりますが、よろしくお願い致します」
「よいよい。さて、それでは、卿らも疲れておるであろうから、この辺で――」
 と、ソレス殿下が言いかけた時であった。
「お待ちください、お父様。まだ私の用事が済んでおりませんわ」
 隣のアーシャさんがそれを遮ったのである。
 今聞いた感じだと、結構、性格がきつそうな女性の口調であった。
 さっきソレス殿下は、男勝りなところがあると言ってたので、実際そうなのかもしれない。
「お、おお、そうであったな。すまぬ、アーシャよ。すっかり忘れておった」 
 アーシャさんは、オホンと咳払いをすると話し始めた。
「では、次は私の番です。オルドラン様、お疲れのところ申し訳ございませんが、お会いする機会がありましたら、是非、幾つかお聞きしたかったことがございましたので、暫しの間、お付き合い頂きたくございますわ」
「ふむ。で、何を知りたいのであろうか?」
「では、まず伝承に残る古代の魔法についてから――」
 というわけで、暫くの間、ヴァロムさんはアーシャさんから質問攻めに遭うのであった。


   [Ⅱ]


 ソレス殿下との会談を終えた俺達は、城内にある一室に案内された。
 そこは先程とよく似た部屋であったが、唯一の違いはベッドが三台置かれているという事だろうか。
 ちなみに置かれているのは、勿論、高級感が漂うベッドで、良い夢を見れそうなフンワリとした布団と枕が印象的であった。今すぐにでも横になってみたいくらい、フカフカそうなベッドである。
 まぁそれはさておき、部屋の中に入った俺とヴァロムさんは、ソファーに腰かけて全身の力を抜き、まずは寛いだ。色々とあったので、流石に肩や首が凝ったのである。
「ふぅ……それにしても疲れましたね、ヴァロムさん」
 と言いながら、俺は肩を回した。
「そうじゃな。しかし、コータローよ。先程は少し驚いたぞい。太守を前にして、あんなに堂々とした挨拶ができるとはな。普通、お主くらいの若造なら、太守を前にすると、もっとオドオドした感じになるからの」
「へぇ、そうなんですか。まぁあれは、前のところでの職業柄だとでも思っておいてください。それに作法が分からなかったので、もう開き直ってましたしね」
 まぁ職業と言っても、スーパーでのバイトだけど……。
 と、そこで、さっきのやり取りで気になった事を思い出した。
「あ、そうだ、ヴァロムさん。さっきミュトラの書というのを見せてほしいと、ソレス殿下に言ってましたけど、それって何なのですか? なんとなく、危険な感じのする書物のように聞こえましたけど」
 ヴァロムさんは目を閉じると静かに話し始めた。
「ミュトラの書……このイシュマリア国において、魔の神が記した災いの書物と云われておるものじゃ。全部で九つあるのだが、その内の一つが、このアレサンドラ家にて厳重管理されているのじゃよ」
「災いの書物……ですか」
「うむ。儂も見た事ないので、記されておる内容までは知らぬがな。見れるのは、管理を任された八支族の者だけじゃ」
 とりあえず、曰く付きの書物だという事はよく分かった。
「へぇ、そうなんですか。あ、それとさっき、武器の購入許可証とかイデア遺跡群への立ち入りの許可とか言ってましたけど、何なんですか、それ」
「そういえば、コータローにはまだ教えてなかったの。このイシュマリアではな、治安維持の為に、高度な武器や魔導器の類は、その地域の守護を司る武官の許可がなくば、購入出来んようになっておる。そこまでの物を求めぬのであれば、そんな許可も要らぬのだがな」
「ああ、そういう事なんですか。なるほど」
 考えて見れば、ここでは剣や槍に弓といった物は立派な兵器である。
 なので、こういう対応を取るのは、至極当然なのかもしれない。
「それとイデア遺跡群じゃがな。あそこはイシュマリア誕生以前からある古代の遺跡なのじゃよ。イシュマリアが誕生したのが、今から約3000年前と云われておる。じゃから、それ以上の遥か昔の遺跡という事になるの」
「へぇ、古代の遺跡ですか……。で、そこに何か気になる物でもあるんですか? 魔物がいるような事を言ってましたけど」
 寧ろ、それが問題であった。
 俺は魔物と戦闘なんぞ、あまり……というか、全くしたくないのだ。
「……昨日、お主は、ラーの鏡やダーマ神殿について記述された書物を見たであろう」
「はい。所々が色褪せた古めかしい書物の事ですよね?」
「うむ。実を言うとだな、あれを見つけたのは、このマルディラントでなんじゃよ。前回、このマルディラントに来た時に、二等区域にある露店で見かけて購入した書物なのだ。で、その露店の主が言うには、出所はイデア遺跡らしくてな。なんでも、そこを荒らしていた者達から、買い取ったらしいのじゃよ」
「へぇ、そうだったんですか。じゃあ、相当に古い書物かもしれないんですね」
「だから、真偽を確かめねばならんのじゃ」
 どうやらあの書物は、イシュマリア誕生以前の物である可能性が出てきたみたいだ。
(イシュマリア誕生以前ねぇ……俺達の所で言うならば、紀元前といったところか。ヴァロムさんはそこに拘ってる感じがするけど、その時代に何かあったんだろうか……まぁいい、話を聞こう)
 ヴァロムさんは続ける。
「それとコータローよ。儂は昨日から、お主が言っておった御伽噺の事が、ずっと引っ掛かっておっての。じゃから、この機会に是非行ってみねばと思ったのじゃよ」
 まぁ理由は分かったが、一つ問題がある。
「え~と……ちなみにそれは、俺も行かないといけないんですか?」
「当然じゃ。お主が行かなくてどうする。儂は遺跡を見て、お主の意見を聞きたいのじゃからの」
 即答であった。
(やっぱりか。はぁ……)
 こう言われると断るのは難しそうだ。
 仕方ない。覚悟を決めよう。
 とはいえ、言う事は、言っておかねばなるまい。
「ヴァロムさん、行くのは分かりましたけど、この心許ない俺の装備は、どう考えても戦闘に向いてないんですが、何とかならないですかね」
 これは当然の話だ。
 ひのきの棒と現代日本の服、それとジェダイ風のローブだけで、そんな所に行きたくない。
 できれば、それなりの装備をしてから向かいたいのである。
「ああ、それなら心配するな。暫くすると購入許可証が出るであろうから、その辺の事は儂が色々と世話をしてやるつもりじゃ」
「言っときますけど、俺は文無しなんですからお願いしますよ。それはそうとヴァロムさん。さっき、大いなる力を探索しているとか言ってましたけど、誰かから依頼でもされているんですか?」 
「ああ、イシュマリア王からの」
「お、王様からですか……」
 ヴァロムさんは、凄く悲しそうな表情を浮かべ、しんみりと話し始めた。
「ここ数年……見た事もない凶悪な魔物が各地で増えておってな。中には、魔物に襲われて滅んでしまった国もある。故に、国王は、魔物達に対抗しうる方法を探し求めておるのじゃよ。その一つが大いなる力の探索というわけじゃ」
「ほ、滅んだ国……」
 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
 ヴァロムさんはゆっくりと頷く。
「うむ。イシュマリアの遥か西……海を隔てた向こうに、ラミナスという国があった。そこはイシュマリアとも海上交易しておった国なのだが……数年前、突如押し寄せてきた魔物の大群によって、滅亡してしまったのじゃよ。しかも、恐ろしく強大な魔物が多数おったらしく、あっという間の出来事だったようじゃ」
「マジすか……」
 俺は魔物の大群という言葉を聞いて、今まで出会った恐ろしい魔物の姿を想像した。
 その瞬間、ゾゾッと背筋が寒くなってきたのは言うまでもない。
「じゃから、イシュマリア王は何か手立てはないかと焦っておるのじゃ。明日は我が身じゃからの。まぁそういうわけでじゃな、儂はイシュマリア王から直接に、大いなる力の探索を頼まれておるのじゃよ」
「そんな理由があったんですか……」
 と、その時である。

 ――コン、コン――

 丁度そこで、扉をノックする音が聞こえてきたのである。
 ヴァロムさんは返事をした。
「はい、何であろうか?」
 扉の向こうから女性の声が聞こえてきた。
「オルドラン様。アーシャでございます。先程、聞き忘れた事がございますので、少々、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構いませぬぞ。どうぞ、入ってくだされ」
「では失礼いたします」
 扉が開き、アーシャさんが部屋の中へと入ってきた。
 アーシャさんはサラッとした茶色い髪を靡かせて、俺達の向かいにあるソファーに腰かける。
 すると、ラベンダーのようなほのかに甘い香りが、アーシャさんから漂ってきたのである。
(はぁ~良い匂いがする。これが貴族の女性の香りなのだろうか。それに、やっぱ、可愛いなぁ……やや鋭い目つきだけど、すっと通った鼻に、愛らしい柔らかそうな唇、きめ細かいすべすべした肌に、細い顎のライン……ええわぁ。難点を上げるとすれば、少し胸が小ぶりかもしれないけど、それを差し引いても、やっぱ可愛いわ。とはいえ、ちょっと気も強そうだけど……)
 などと考えていると、ヴァロムさんは話を切り出した。
「それでアーシャ様、お話というのは何でございますかな? ここまで来たという事は、他の者がいる所では、お話ししにくい内容とお見受けするが」
 アーシャさんは頷く。
「さすが、オルドラン様です。もう既に、お見通しというわけですね。我が父もそうですが、イシュマリア王からも絶大なる信頼を得られているお方なだけあります」
「褒めても何も出ませぬぞ。それで、話というのは?」
「先程、オルドラン様は、ミュトラの書を見せてほしいとお父様に仰っておられましたが、あれは本当なのでしょうか?」
 ヴァロムさんは長い顎鬚を撫でながら言った。
「ええ、本当の事でございますな。まぁ断られるだろうとは思ってましたので、試しに言ってみただけにございます。それが何か?」
 すると、アーシャさんはそこで、周囲をキョロキョロと見回す。
 それから身を前に乗り出し、囁くような小さな声で話し始めたのである。
「……実は私、以前、お父様と一緒に、ミュトラの書が置かれている盟約の間に入った事があるのですが、その時、ミュトラの書を直に見たのです」
 アーシャさんの言葉に吸い寄せられるかのように、ヴァロムさんも身を乗り出した。
 釣られて、何故か俺も。
「で、どんな書物だったのじゃ? それと記述されておる内容は覚えておるのかの?」
「ミュトラの書は大きな石版でした」
「ほう、石版か。なるほど……。それで、内容は?」
 だがそこで、アーシャさんは姿勢を元に戻し、ニコリと微笑んだのである。
「オルドラン様。私と取引をしませんか?」
「取引? 一体何を言い出すのかと思えば、取引とはの」
「で、どうします。私、こう見えましても古代魔法文明に関心がありますので、多少の古代リュビスト文字は分かっているつもりですわ。ですので、ミュトラの書の記述を完全に解読するのは無理でしたが、記述してある文字だけはちゃんと控えてあるのですよ」
 ヴァロムさんは嬉しさと面倒くささが入り混じったような、非常に微妙な表情をしていた。
 まぁ無理もないだろう。実際、そうだし。
 しかし、この子……可愛いけど、ちょっと無茶しそうな感じがする。
 結構、食わせ者なのかもしれない。
「ふむ。なるほどの……ソレス殿下が悩む理由がわかったわい……。だがとはいうものの、儂も好奇心を抑えられぬ。というわけで、まず、アーシャ様が何を望んでおるのかを訊こうかの」
「オルドラン様は先程、イデア遺跡群に向かわれると仰いました。それに私も同行させて頂きたいのです。これが私の望みでありますわ」
「アーシャ様……それは幾らなんでも無理であろう。儂が許しても、父君であるソレス殿下がお許しなさるまい」
「そこをなんとか、お願いします。お父様も、オルドラン様からの申し出があれば、首を縦に振るかもしれませんから」
 アーシャさんは深く頭を下げた。
「しかしのぉ……弱ったのぉ……」
 ポリポリと側頭部をかきながら、ヴァロムさんは少し項垂れている。
 まぁこうなるのも無理はないだろう。
「どうか、お願いします」
 アーシャさんは、更に深く頭を下げた。
 ヴァロムさんはというと、目を閉じて大きく息を吐いていた。
 恐らく、どうしようかと真剣に悩んでいるに違いない。
 暫しの沈黙の後、ヴァロムさんは口を開いた。
「……分かった。とりあえず、少し方法を考えてみよう。じゃがその前にじゃ……控えてあるというミュトラの書の記述は、本当にあるのじゃろうの? それが確認できねば、この取引は中止じゃ」
「それはご安心を」
 アーシャさんはそう言うと、懐から折り畳んである白い紙を取り出した。
 そして、紙をテーブルの上に置いて、ゆっくりと広げたのである。
「これが、ミュトラの書・第二編の全記述でございますわ」
「おお、これが……」
 ヴァロムさんは目をキラキラさせながら、その紙に手を伸ばした。
 だがしかし……。
 ヴァロムさんの手が触れる前に、アーシャさんは紙をパッと自分の所に引き戻したのである。
 そして、不敵な笑みを浮かべて、こう告げたのであった。
「まだ駄目でございますわ。お渡しするのは、ちゃんと、お父様を説得して頂いてからです。それが取引というものでしょ、オルドラン様」
「ふ、ふんだ。太守の娘の癖に、ケチじゃのぅ」
 ヴァロムさんは拗ねた態度を取った。
「それとこれとは別ですわ。さて……では、そういう事ですので、オルドラン様……イデア遺跡の件、よろしくお願い致しますわ。私はこれにて失礼いたしますので、ごゆるりとお身体をお安め下さい、では」
 そしてアーシャさんは立ち上がり、颯爽とこの場を後にしたのである。
 アーシャさんが去ったところで、俺は思わず言った。
「ヴァロムさん。なんか知りませんけど、えらい展開になってきましたね……」
「まったくじゃわい。これは予想外じゃ」
 これからどうなるのかわからないが、とりあえず、はっきりしてる事は、面倒が増えたという事だろう。 
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