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困った皇帝

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第一章

                          困った皇帝
 大柄だった。背は二メートルに達している。
 しかも筋骨隆々であり常に斧や鎚を扱う為余計に腕っ節が強くなっていた。その彼、ピョートル一世は彼の国ロシアの廷臣達に急にこんなことを言い出したのだ。
「勉強をしなくては駄目だ」
「はい、では書を持って来ます」
「どの書が宜しいですか?」
「本を読んだだけで勉強になるものか」
 ピョートルは書を出してこようとする廷臣達にすぐにこう言い返した。
「勉強とは頭で覚えるものではない。身体だ」
「身体?」
「身体といいますと」
「自分で身に着けないと学んだことにはならないのだ」
 こう言うのだった。
「そう、どんな技術もな」
「あの陛下、陛下はいつもそう仰いますが」
「それで銃や船や大砲の技術を直接学ばれていますが」
「お言葉ですがそれはどうにも」
「皇帝の為されることでは」
「ははは、他の皇帝ならいざ知らず」
 そう言われても怯むピョートルではない。その大きな口をさらに大きく開けてこう言うのである。
「朕は違うぞ」
「だからですか」
「そうして実際に銃を動かしたり分解して組み立てたりしてですか」
「学ばれているのですか」
「そうだ。何でも興味を持ったものは自分でやってみて身に着ける」 
 ピョートルのモットーだ。彼は幼い頃から実際にそうしているのだ。
 それで今回もだ。こう言うのである。
「ロシアは国土は広くなったがまだまだ遅れている部分が多い」
「ではまさか」
「新しいものを学ばれるのですか」
「それは西欧にある」
 ロシアにはなくだ。そこにあるというのだ。
「だからこそ朕は西欧に赴き西欧の最新の学問を学んで来るぞ」
「えっ、陛下御自らですか!?」
「西欧に赴かれてですか!?」
「学ばれるというのですか」
「その、西欧の学問を」
「陛下御自身で」
「そうするぞ」
 確かな笑みさえ浮べてだ。ピョートルは断言した。
「では今からその用意だ。西欧に行くぞ」
 廷臣達はピョートルの突然の言葉に誰もが仰天した。ピョートルは仰天して飛び上がらんばかりの彼等を見てここでも顔を崩して大笑いした。そうしてだった。
 彼は実際に西欧にかなりの数の使節団を引き連れて学びに来た。その有様はというと。
「ネーデルランドで船乗りに化けて造船技術を学んだというのか!?」
「それは本当か!?」
「一国の君主が船大工になったのか」
「そして自分も船を造ったのか」
 まずはこの話がまことしやかに囁かれだした。
 船乗りも船大工も荒くれ者揃いで知られている。一国の君主が彼等の中に入って共に船に携わることなぞ考えられもしないことなのだ。だが、だった。
 ピョートルはあえてそれをやったというのだ。自分で造船技術を身に着け船というものを知る為にだ。これには本当に誰もが驚いた。
 しかしだ。この話は普通は与太話で終るものだ。だがそれがそうならない根拠もあったのだ。
「あれでは当然だな」
「うむ、空いている席にすぐに座ってな」
「そこで大酒に大食だ」
「焼き肉を派手にガツガツと食べる」
「あれがロシアなのか」
「ロシアの皇帝か」
「とんでもない人物ではないか」 
 西欧の誰もがピョートルの独特と言ってもまだ足りない個性に唖然となっていた。 
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