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FAIRY TAIL ―Memory Jewel―

作者:紺碧の海
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妖精たちの○○な日常 vol.1
  S t o r y 1 4 存在証明

 
前書き
こんにちは!紺碧の海です!

今回は指名手配者達の隠れ家である謎の研究所に潜入したナツ達だったが奴等に捕まってしまった。そして彼等の正体がついに明らかになる―――――!?
※今回、マフラーを巻いた飴ちゃん大好き爽やか笑顔のアイツがめちゃくちゃ話します。読むのが面倒だという読者様はスクロールして飛ばしちゃっても構いません。

それではStory14・・・スタートです! 

 
―隠れ家―

「……え?………」
「あ、やっぱり……あの時の……」

目の前に立つ、暗めの青色の髪に同色のとろんとした大きな垂れ目の少女の姿にエメラは言葉を失った。

「お前は……!」
「あ……」

グレイも少女の姿に目を見開いた。少女の方もグレイのことをちゃんと覚えているようだ。

(……何で、どうしてこの子が……こんなところにいるの………?)

結論は目に見えていることをエメラも理解しているが、認めたくなかった。自分と同い年くらいこの少女が、指名手配されている事実を―――――。

「……知り合い、か?」
「うん。前に、道案内してくれた。」

未だに少女に手を掴まれたままの男が問うと少女はコクリと頷く。

「あっれ?もしかして……ルーシィとコテツか?」
「えっ!?……あ。」
「君は……!」

ふいに名前を呼ばれたルーシィの驚嘆の声を上げながら声が聞こえた方に視線を動かすと、視界に捉えた目の前の姿に目を大きく見開いた。その隣でコテツも同様に黄玉(トパーズ)色の瞳を瞬いた。

「よっ!久しぶりだな!……てか、何でここにいるんだ?」

かけていたオレンジ色のレンズのゴーグルを額に上げながら顔を覗き込むその顔は、見間違えるはずもない、あの時の「英雄(ヒーロー)」だった。

「……お前も、知り合いなのか?」
「あぁ。以前にちょっとな。」

鼻をこすりながら「英雄(ヒーロー)」の少年は笑う。

「あれ?よく見たらウェンディちゃん?」
「え?」

名前を呼ばれたウェンディが顔を上げると、栗色の長い髪を低い位置でツインテールに結わえた少女が小首を傾げてウェンディのことを見つめていた。
ウェンディはというと……

「…え、え~……っとぉ~………?」
「アンタ、知り合いなんじゃないの?」

隣で呆れたシャルルの言葉を聞きながら見覚えが無い少女の姿を必死に思い出そうとするが、ウェンディは一向に思い出せないでいた。

「あ、そっか。この姿じゃ誰だか分からないよね。」

パンと手を叩き一人納得した少女は、大きく息を吸い込むとその口から美しいソプラノを奏で始めた。

「♪~~~~~ ♪~~~~~」
「……綺麗な声。」
「あぁ……。」
「この歌声……!」
「まさか……!」
「あン時の……!?」

歌声を聞いたルーシィとエルザは感嘆の声を漏らし、二人とは対照的にウェンディ、シャルル、イブキは驚嘆の声を上げた。
歌い終えると、少女の体が淡いピンク色の柔らかい光に包まれた。そして光が消えると、そこにいたのは栗色のウェーブのかかった長い髪に青い瞳、ピンク色のティアードワンピースを着たあの時の少女だった。

「やっぱり、あの時の……!」
「ふふっ。思い出してくれて嬉しい!これは歌う時の仮の姿で、本来の姿はさっきのなの。」

ウェンディが目をキラキラさせて少女のことを見つめ、少女も嬉しそうにウェンディに微笑みかける。

「お前……。」
「あ、君もあの時ウェンディちゃんと一緒にいた……えーっと………イ()キ?」
「イ()キ!イブキ・シュリンカ―だっ!」
「ま、まぁまぁ。」
「落ち着きなさいよね。」

名前を間違えられて怒るイブキをコテツとシャルルが宥める。

「あ、縄で縛っちゃってゴメンね!今解くから!」

どうやら、この少女がナツ達全員をまとめてしばりあげたらしい。再び少女は大きく息を吸い込みソプラノを奏でる。

「♪~~~~~ ♪~~~~~」
「これ、魔法なんだな……。」

アオイが納得したように呟いた。

「♪~自由を奪う 縄を解いて~♪」
「あ、縄が……!」
「解けたーーーっ!」
「あいっ!」
「すげー魔法だな。」

するすると勝手に解けていく縄を見てエメラが目を丸くし、ナツとハッピーが手足をぐーんと伸ばし、グレイが少女の方を向き直り感嘆の声を漏らした。

「……解いてよかったのか?」
「大丈夫大丈夫!ウェンディ達は悪い人じゃないから!」
「それに確かコイツ等、あの有名な妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士なんだぜ?」
「……妖精の尻尾(フェアリーテイル)?」

警戒心が解けていないのか剣を切っ先をまだナツ達の方に向けたままの男に、本来の姿に戻りながら歌を歌う少女と「英雄(ヒーロー)」の少年が、ナツ達のことを説明する。

「急に襲いかかってゴメンなさい。また迷惑をかけちゃったわね。」
()()……?」
「俺達も気が動転してたんだ。はいコレ、お詫びのしるしに。」
「……飴?」

差し出された黄緑色とオレンジ色の包み紙の飴を受け取りながら顔を上げたエルザとバンリは目の前に立つ青年と女の姿に驚嘆の声を上げ、僅かに目を見開いた。

「お前は……!」
「………」
「お久しぶりです。エルザ・スカーレットさん、バンリ・オルフェイドさん。」

明るい青色の髪に相変わらず冬でもないのに羽織るように緩く巻いた青色のマフラーが印象的な青年と、スリットが大きく入った赤いロングスカートからすらりと伸びた踵の高い赤色のヒールを履いた足が魅力的な女が眉尻を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「……なぁハッピー、アオイ、何でコイツ等皆顔見知りなんだ?」
「オイラに聞かれてもわかんないよぉ……。」
「右に同じく。」

ナツ、ハッピー、アオイの3人は視線を右往左往させている。
そしてもう1人、この状況を理解していない者がいた。

「………。」

ようやく無数の蝶を操る少女に手を放してもらい、エメラに剣を向けるのを止めた後も背中の鞘に納めずにどこか警戒している黒いロングコートを羽織った男だ。

「ほら、お前もそんな隅っこにいないでエルザさん達にきちんとお礼をいいな。」
「………。」

マフラーの青年に促されても、男はその場から動こうとしない。その男の背後にそっと忍び寄る影―――――。

「えい。」
「うわっ!?」
「お…っと。ナイス~♪」

無数の蝶を操る少女が男の両肩を押し、闇の中から引き摺り出す。バランスを崩し、前のめりになった男の体を状況を予め理解していた青年が支える。

「ほら。」
「………。」

青年に背中を押されて渋々といった感じで男がナツ、ハッピー、アオイの前に立つ。そして、

「「「あーーーーーーーーーーっ!お前はァっ!」」」
「!!?」

3人は同時に驚嘆の声を上げ、その声に驚いた男はビクッと大きく肩を震わせる。
3人が驚くのも無理もない。暗がりの中でようやく見えた男の顔は、数週間前にナツ達が助けた、あの男だったのだ。右目に黒い眼帯を着けているから見間違うはずもなかった。眼帯を着けていない、男の漆黒のように黒い瞳が右往左往している。

「お前、コイツ等の仲間だったのかよっ!?」
「マ、マジかよ……!?」
「じゃあオイラ達、指名手配の人を助けたってこと……?」

ナツ、アオイの動揺した声にハッピーが元から青い顔を更に青くさせる。
その3人の会話を聞いていたロングスカートの女が何かに気づいたように息を呑んだ。

「ねぇ、もしかしてアンタがこの前“奴等”に追われて怪我をして、その手当をしてくれたのって……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士達だったんじゃないの……?」

女の言葉を聞いて、指名手配者達の視線が眼帯の男に集中する。
男はしばらく考えるような素振りをして黙っていたが、

「……あぁ、そういえば意識を失う直前、「FAIRY TAIL」っていう看板を見た気が………。」
「「「「「ハァ……。」」」」」

聞き終わったのと同時に、眼帯の男以外の指名手配者達が深いため息をこぼした。

「あ、あのっ!」

沈黙を破ったのはエメラだった。

「写真に写ってた探してほしいって人……その人、だよね?」
「うん。1週間前に、帰って来た。」
「コイツを助けてくれてありがとなっ!」

エメラの問いに蝶を操る少女がコクリと頷き、「英雄(ヒーロー)」と名乗る少年が改めてお礼を言う。

「全く……。アンタもちゃんと助けてくれた人達の顔くらい覚えておきなよ~。」
「……俺は銀髪の髪の女しか見ていない。」
「ミラちゃん、だな……。」
「ミラ、だね。」

腰に手を当て頬を膨らませながら言う歌を歌うの少女の言葉に、眼帯の男は反論するように言う。
眼帯の男が言う「銀髪の髪の女」がミラであることに気づいたグレイとコテツは苦笑する。

「話はこれくらいにして……お前達に聞きたいことがある。」

凛としたエルザの声に、その場の空気が一気に張りつめた。ルーシィはゴクリと喉を鳴らす。

「私達が以前に助けたその男が、お前達が探していた写真の男だということは分かった。だが……」

そこまで言うと、エルザは別空間にストックしていた銀色の剣を取出し、一番近くにいたマフラーの青年の眼前に切っ先を突き付ける。それと同時にエルザの背後でナツが拳に灼熱の炎を纏い、グレイは両手に冷気をため、アオイは青竜刀(セイリュウトウ)を構え直し、イブキは右手を銀色の皮膚に覆われた鬼の腕に変え、ルーシィは金牛宮―――タウロスの鍵を取出し、エメラは腕輪の窪みに青玉(サファイア)を嵌め両手に水の渦を纏い、バンリが小刀を取り出し、コテツはウェンディ、ハッピー、シャルルを守るように3人の前に立ち身構えた。
対してマフラーの青年の背後で眼帯の男が背中の紫色の鞘からもう1本剣を取出して双剣として構え、「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年が腰のホルスターから白い二挺拳銃を取出し片方の銃口をエルザに向け、蝶を操る少女がどこからか槍を取出し、ロングスカートの女がどこからか弓矢を取出して弦を引っ張り、歌を歌う少女がどこからか杖を取出した。

「!」

その時、コテツが大きく目を見開いたことには誰も気づかなかった。

「今回私達がここに来たのは、()()()()()であるお前達を捕まえ、評議院に送り届けるためだ。抵抗するなら受けて立つが、私達が正規ギルドの魔導士ということを忘れるな。」

マフラーの青年は怯むことなくエルザの言葉に耳を傾けていた。

「お前達を連行する前に、一つだけ確かめたいことがある。」

そう言うとエルザは懐から依頼書を取出し青年の眼前に突き付けた。

「この依頼書に記された『闇夜の創造主』『光速の英雄(シュネル・ヒーロー)』『氷笑(ひょうしょう)の死神』『胡蝶姫』『血塗れ美女(ブラッディ・バンビーノ)』『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』は―――――……お前達6人のことで間違いないか?」

沈黙が流れる。
マフラーの青年は一度だけゆっくりと瞬きをすると言葉を紡いだ。

「あぁ……間違いないよ……。」

青年の口が閉じたのと同時に、ナツとグレイが飛び出し拳を、エルザが剣を振るう。が、ナツの拳を眼帯の男が剣で、グレイの拳を蝶を操る少女が槍で、エルザの拳を青年がどこからか取り出した巨大な鎌で受け止めていた。

「間違いない……けど、いろいろ誤解を生じちゃってるみたいだね。」
「どういうことだ?」

エルザの剣を鎌で防いだまま困ったように微笑む青年の言葉にアオイが首を傾げる。

「お前等の都合さえよければ、俺達の話を聞いてってくれればありがてェな。」
「エルザ、どうするの……?」
「……いいだろう。お前達の話を聞こう。ナツ、グレイ、もういいぞ。」
「ありがとう。2人も剣と槍、仕舞っていいよ。」

ホルスターに二挺拳銃を仕舞いながら「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年の誘いをどうするかルーシィに問われたエルザは頷いた後、ナツとグレイに下がるよう命じ、青年も2人に武器を下ろさせた。

「……俺達がこれから話すことを信じるか信じないかはお前等次第だ。信じない場合、依頼完遂の為に俺達を捕まえようとするならば……例え恩人でも容赦はしない。」
「いちいちクセのある言い方すンじゃねーよ。せめてウェンディには素直に「看病してくれてどーもありがとうございました」って言えねーのかよ?ア?」
「あわわ……!ダメですよイブキさん!私のことはいいですから!」
「ちょっと!落ち着きなさいよねっ!?」
「アンタも煽るような言い方しないの。」
「けっ。」
「チッ。」

背中の鞘に双剣を納めながらまだナツ達のことを信用し切っていない眼帯の男の言葉に噛み付いたイブキをウェンディとシャルルが宥め、歌を歌う少女が男を叱咤する。イブキはそっぽを向き、男は舌打ちをする。

「まぁとにかく、こんな暗い所で話すのもなんだから……こっちの部屋に移動しましょ。話はそれからよ。」

そう言いながらロングスカートの女がスカートの裾を揺らしカツカツとヒールを鳴らしながら部屋の南側に移動し、壁と同化しているためよく見ないと気づかないドアを開けた。

「とっても美味しい紅茶とクッキーを用意するわね。」





―隠れ家 南の部屋―

「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう…ございます…。」
「ふふっ。冷めないうちに召し上がれ。」

目の前に置かれた、白地に小花が散らされたティーカップに注がれた湯気が立ち上る紅茶に映る自分の顔をルーシィは見つめた。この香りはカモミールだろうか……?

「ルーシィ?どうしたの?」
「へっ?……あ、うん。ちょっとボーっとしてただけ。」
「そぉ?何かあったら言ってね。」
「うん、ありがとう。」

心配そうな表情を浮かべるコテツに笑顔を向け、ルーシィは紅茶を一口啜る。

「!美味しい……!」
「そう言ってくれると嬉しいわ。」

上品な味と香りに目を輝かせるルーシィを見て、ロングスカートの女は嬉しそうに微笑んだ。

「このクッキーも、すっごく美味しいよ~!」
「あ、ハッピー食べ過ぎ!」
「もぉ、太っても知らないわよ。」

ほんのり甘くサクサクとした触感が気に入ったのか、ハッピーが次々と頬張っていく。エメラが声を上げ、シャルルが呆れる。
ルーシィ達が案内された部屋は大量の水槽が置かれた暗い研究室とは打って変わって、暖かくて柔らかな明かりで照らされており、白いセンターテーブルとソファ、花瓶に活けられたオレンジ色のガーベラが部屋を華やかに彩っていた。

「やっぱ戸惑うし、面白れェよな~!あんな暗い研究室モドキの部屋から、こんっな華やかな部屋に移動して、さっきまで敵対してた者同士が和やかに紅茶啜ってクッキー食べてんだからな。」
(た、確かに……。)

クッキーを口に咥え頭の後ろで腕を組む「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年の言葉にルーシィは内心納得していた。
部屋に置かれたソファはセンターテーブルを挟んで2つあり、なかなかの大きさなのだがやはり全員座ることは出来ないため、一方のソファには左からエメラ、エルザ、ウェンディ、ルーシィが座っており、後の6人はその後ろに立っていた。ちなみにハッピーとシャルルはそれぞれルーシィとウェンディの膝の上に座っている。
もう一方のソファには左から蝶を操る少女、歌を歌う少女、マフラーの青年、ロングスカートの女が座っており、眼帯の男と「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年がその後ろに立っている。

「さて……一息ついたし、まずはどこから話そうか?」

マフラーの青年が啜っていた紅茶のカップを受け皿に戻したのと同時に口を開いた。ルーシィは緊張からか、膝に乗ったハッピーを抱く力をふいに強める。

「やっぱり、私達のことから話した方がいいんじゃない?」
「その方が話の段取りも取りやすいし、何より一番理解してもらいやすいと思うわよ。」
「……うん、そうだね。」

自身の隣に座る歌を歌う少女とロングスカートの女の言葉に頷くと、青年はルーシィ達のことを真っ直ぐ見据える。青年の瞳はどこまでも青く澄み渡っており、ルーシィはずっと見つめていたら吸い込まれてしまう感覚に襲われると思った。

「それじゃ、何か聞きたいこととかあったら途中で口を挟んでいいからね。」

その言葉を合図にルーシィ達は身を乗り出し青年の言葉に耳を傾けた。





「さっきも言った通り、エルザさんが見せてくれた依頼書に記されていた6人の指名手配者は俺達のことで間違いない。異名はもちろん、長い間逃げ続けているのも事実だ。まさか、S級クエストになっているとは思ってもいなかったけどね。」
「よくそんな長い間逃げ続けられてたな。」
「逆に尊敬するぜ。」
「姿は見られたことは何度もあるよ。でもその度に振り切ってこの隠れ家に全速力で逃げ込んでたからね。この隠れ家の場所さえ知られなければ大抵のことはやり過ごしてたの。」
「だけど、今回はハッピーの()()であたし達にこの場所が知られちゃったって訳ね……。」
「トテモフクザツナキブンデス。」
「何で片言なのよ……?」

青年の言葉を聞いてグレイとアオイが感心し、歌を歌う少女が隠れ家の存在を代弁し、ルーシィが苦笑いしながら言い、急に片言になったハッピーにシャルルがツッコミを入れる。

「ところで、お前達はなぜ指名手配されているんだ?」
「やっぱ、なんか問題を起こしまくったのか?建物を壊すとか……建物を壊すとか……」
「それはお前だろーが。」

エルザの問いにまず反応したのはナツで、ナツの言葉にイブキがツッコミを入れる。

「残念ながら……俺達は逃げ続けている半年間の間もそれより前も、建物を破壊したり、何かを盗んだり、禁忌魔法を習得したりという評議院に目をつけられるような悪行をしたことはないんだ。」
「えっ?じゃあどうして、指名手配なんか……」
「そもそもこの依頼書は評議院が出したものじゃないのよ。」
「えっ……?」
「ど…どういうこと、ですか……?」

青年に代わって答えたロングスカートの女の言葉にエメラは言葉を失いウェンディが恐る恐る問い返す。

「この依頼書の依頼主―――つまり原点は、俺達が“奴等”と呼んでいる『黒魔術教団』の連中だ。」
「…黒、魔術……」
「教団!?……って、何だ?」
「知らねーのに驚いたのかよてめェはっ!?」

青年が紡いだ『黒魔術教団』という言葉をルーシィとナツが反芻するが、ナツの思わぬ反応にグレイがツッコミを入れた。

「黒魔導士ゼレフを厚く信仰する、高位黒魔導士が結成した教団だ。」
「バンリ……。」
「相変わらず、どこでンな知識拾ってくんだよ。」

壁に寄りかかりながら紅茶を啜るバンリの言葉にエルザとイブキは肩を竦めた。

「『黒魔術教団』は巨大な組織で、幾つかの支部に分かれていると聞いたことがる。本部がドコにあるかも分からないし、支部は国中に散らばっていてどこにあるかも互いに知らないらしい。」
「そ、そんなに大規模なの……!?」

バンリの言葉にコテツは驚嘆の声を上げた。

「もしかして、あの時お前を襲ったのも……!」
「……あぁ。」

アオイの言葉に眼帯の男が頷いた。

「まぁ、元はといえばアンタが私達に何にも告げないでたった一人で勝手に奴等のアジトに乗り込んだのも原因だと思うけどね。」
「えぇっ!?ひ、一人で乗り込んだのっ!?」
「……大勢より一人の方が、都合がいいと思っただけだ。」
「だからって、何にも告げずに一人で行くのは酷いと思うわよ?」
「……悪かった。」

足を組み若干苛立ちを込めながら言う歌を歌う少女の言葉にルーシィが驚嘆の声を上げ、目を反らしながら呟く男に今度はロングスカートの女に正論を言われて素直に反省する。

「ねぇねぇ、何のために一人で乗り込んだの?」

ルーシィの膝の上で未だにクッキーを頬張り続けているハッピーが問う。

「……お前等も、俺が看病されてる時に見たんじゃないか?……黒いチップが入った透明な球体……それを取り返すためだ。」
「あぁ、ミラちゃんが見せてくれたやつか。」
「アレ、結局何だったのよ?」

男の言葉を聞きミラちゃんを脳内で召喚思い出したグレイが納得したように頷き、ウェンディの膝の上で紅茶を飲みながらシャルルが問う。

「……俺達6人の()()が納められたチップだ。」
「えっ。」
「全てって……!?」
「……まぁ、チップを調べてみたら大した情報もろくに納められていないし、俺達の欲しい情報も一切無かったから全部水の泡だったけどな。」

男の言葉にコテツは驚いて息を呑みエメラは目を丸くする。それとは裏腹に男はヤレヤレと首を振った。

「お前等にとってはどうでもいい情報だったってのに、その『黒魔術教団』はあんなボロボロにしてまで取り返そうとするのか?」
「……盗んだ相手が俺だったから、だろうな。」
「は……?」

アオイの率直な疑問に淡々と答えた男は、眼帯をしていない漆黒の闇のように黒い左目に強い光を湛えながら言葉を紡ぐ。

「俺達6人は『黒魔術教団』の中の『異端者(ヘレティック)』という集団に命を…いや―――――“存在”を狙われているんだ。」
「『異端者(ヘレティック)』……。」
「“存在”を、狙われている………?」
「どういう、こと……?」

眼帯の男の言葉をエメラとウェンディが反芻し、ルーシィが恐る恐る問いかけると紅茶を一口啜ったマフラーの青年が再び口を開いた。

「『黒魔術教団』については、さっきバンリさんが言ってくれた通りだ。奴等は黒魔導士ゼレフを神として崇めている絶対的信者だ。」
「奴等はゼレフに反する人間を浄化―――つまり罪のない人間を殺すことを主な活動としていて、殺した人間の代価でゼレフを蘇らせようとしているんだ。だけど、『異端者(ヘレティック)』を含め、例外もある。」
「えっ?」

青年が眉間にしわを浮かべながら苦々しく言葉を紡ぎ、すかさず「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年が代弁する。

「ゼレフを蘇らせることができると言われている方法は意外と数あるもんなんだ。さっき言った浄化作戦や死者を蘇らせる魔法の塔Rシステム……他にもあるだろーが、その9.9割が禁忌の魔法だ。」
「………」
「エルザ……。」

少年の口から出てきたRシステムという名………それを聞いたエルザは過去のことを思い出してしまったのか悲しげな表情を浮かべる。

「あー……なんか、嫌なことを思い出させちまったなら謝る。「英雄(ヒーロー)」を名乗る者として申し訳ないことをしたな。」
「いや…気にするな。……続きを、話してくれ。」
「ここからは、俺がまた話すよ。」

とっくに冷めてしまった紅茶を一口啜り、気分を入れ替えたエルザが促す。そして再びマフラーの青年が言葉を紡ぐ。

「大きな組織の『黒魔術教団』の大半は浄化作戦でゼレフを蘇らせようとしているけど、大半が軍隊や魔導士ギルドよって鎮圧されてきているから大きな問題になったことはない。だけど、さっき言った通り……『異端者(ヘレティック)』は例外だ。コイツ等は」
「!」
「わっ!な、なになに?どうしたの?」

今まで美味しそうに紅茶を啜りクッキーを食べているだけでずっと黙っていた蝶を操る少女が勢いよく立ち上がり、隣に座っていた歌を歌う少女が小さく声を上げた。

「………奴等が、来る……!」
「えぇっ!?」
「奴等って、『異端者(ヘレティック)』のこと……?」

ルーシィが驚嘆の声を上げ、コテツの問いに天井を見つめたまま少女はコクリと頷く。

「ウソでしょっ……!?」
「こんな時に襲ってくるとはな……!」

顔を真っ青にしたロングスカートの女が立ち上がり、ゴーグルをかけながら「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年が苦虫を潰したように言う。

「どっちにいる。」
「森の、入口。たぶん、40~50人はいる。」
「50……!?―――クソッ!」
「あっ、オイ!」

少女の言葉を聞いた途端、眼帯の男はコートを翻しながら颯爽と部屋を出て行った。

「ちょっと!待ってよ!」
「アイツ、また一人で突っ走る気かよっ!」
「私達も行くわよっ!」
「うん!」

追いかけるようにマフラーの青年以外が部屋を出て行った。
4人の背中を見届けた後、青年は立ち上がりどこからか巨大な鎌を取り出した。微笑を浮かべながら若干冷気を纏った鎌を持つその姿は、異名通りの死神のようにルーシィには見えたのだ。

「な、なぁ……何であの蝶を操る奴、『異端者(ヘレティック)』の奴等がいるってわかったんだ……?」
「俺に聞くなよ……。」
「あい……。」

ナツが目を白黒させながらイブキとハッピーに問うが、もちろん2人も答えることが出来なかった。

「あの子の鼻は特殊でね、においで離れたところにいる人や動物がどこにいるかわかるんだ。そのにおいを嗅いで人を、良い人か悪い人かを見分けることも出来るんだ。」
「何っじゃソリャーーーーーっ!?」
「ナツも鼻いいけど、そんなことはできないよね。」
「うぬぬぬぬ………!いや、やってみれば意外とイケるかもしれねェぞ。」
「何でそこで張り合おうとするのよ……。」
「それがナツです。」

青年から聞いた蝶を操る少女の予想外の能力に一方的な闘争心を燃やすナツを見てルーシィとハッピーが呆れる。

「さて……話の途中で申し訳ないけど、エルザさん達は1秒でも早くここから離れた方がいい。」

柔らかい笑みをルーシィ達に向けながら青年が言う。

「で、でもっ!たった6人だけで40~50を相手にするなんて……!」
「無謀にもほどがあるわね。」
「それに、お前達は命…“存在”が狙われている身なのだろう?」
「俺達がいたほうが断然有利じゃねーか。」

ウェンディ、シャルル、エルザ、グレイの言葉に青年はゆっくりと首を左右に振る。

「これでも、半年間逃げ続けて生き延びた身だからね。そう易々と命を落としたりしないよ。それに……恩人を巻き込みたくないからね。」
「だからって……」
「気持ちだけ受け取っておくよ。その様子からすると、俺達の話を信じてくれてるみたいだしね。」

言い淀むアオイに柔らかく、だけどどこか儚い笑みを向けて黙らせる。

「それじゃ、またいつの日か。」
「あっ、オイ待て!」

エルザが手を伸ばすが、ただ虚空を掴んだだけで青年はマフラーをなびかせながらその場を走り去っていった。
取り残されたナツ達はしばらくその場に突っ立っていたが、

「……で、どうするのよ?」
「決まっている。行くぞっ!」
「おっしゃーーーーーっ!行くぞハッピー!」
「あいさーっ!」

シャルルの言葉に剣を取り出しながらエルザが頷き、ナツとハッピーは颯爽と部屋を飛び出していった。

「全く……。相変わらず戦いとなると行動が早いんだから……」
「ナツさんらしいですね。」
「だね。」

肩を竦めながら呟くルーシィの言葉にウェンディとエメラは微笑む。

「おいバンリ、俺達もい―――って、いねェ!!?」
「ン何ィィィッ!?」
「えぇっ!?いつの間にっ!?」

イブキが振り返った時は壁に寄りかかっていたはずのバンリの姿が影も形も無くなっていた。グレイとコテツも目を大きく見開いて驚嘆の声を上げる。

「い、いつも以上に静かだなーとは思ってたけど……」
「…まさかバンリの奴、ナツとハッピーより前に出て行ってたんじゃ……」
「……いや、恐らくそれよりも前だ。あの男よりも先に出て行ってたかもしれんな。」
「マジでアイツなんなんだよっ!?」

ルーシィ、アオイ、エルザの話を聞いたイブキが髪を掻き乱しながら声を張り上げた。

「こうしてはおれん!私達も急いで向かうぞっ!」

エルザを先頭に部屋を出て、暗い研究室を横切り地上へと続く梯子を順番に上っていく。

「!」

ふとエメラは背後から視線を感じ後ろを振り返った。が、暗がりの中で水槽の中の黄緑色の液体が時折ゴボッと泡を立てるだけで特に異変はない。

(……気のせい、だよね?)
「エメラ?どーした?」

梯子を上ろうとしないエメラを見てグレイが途中まで登ったところで声をかける。

「え?あ…ううん。何でもないよ。」
「そうか?……ほら、手貸せ。」
「あ……ありがとう。」

気恥ずかしく思いながらもエメラは自身の細い右腕を伸ばし、その腕をグレイがしっかりと掴んだ。

―――――誰もいなくなった研究室は沈黙を嫌うかのように泡を立てる音だけが響いていた。





―東の森 入り口付近―

東の森の入り口付近では、黒装束の人間達―――『異端者(ヘレティック)』の連中が剣や槍、杖を片手に列をなして森の奥へと進行していた。連中は相変わらずフードを目深に被っているためどんな表情をしているか分からない。
すると、列の先頭を歩いていた男の目の前を赤色の一羽の蝶が横切った。蝶を視界に捉えた瞬間男は後ろを振り返り叫んだ。

「伏せろっ!『胡蝶姫』の蝶が―――――」

男が言い終わる前に蝶は赤色に発光し爆発した。

「ハハッ!その蝶、見かけによらずすげーよな。」

異端者(ヘレティック)』の連中の悲鳴を木の上で聞きながら「英雄(ヒーロー)』を名乗る少年が蝶を操る少女に笑いかける。

「でも、ただの、目晦ましだから。」
「あぁ。今の攻撃だと数人しか倒せていないな。」
「ホンット、懲りない奴等よねぇ……。」

眼帯の男が蝶を操る少女の言葉に頷き、ため息と共にロングスカートの女が呟いた。

「そんじゃっ、「英雄(ヒーロー)」の名にかけてさっさと終わらせるか。」
英雄(ヒーロー)なのはアンタだけなんだけどね。」
「行くぞ!」

4人は木から飛び降りると煙の中に突っ込んでいく。
英雄(ヒーロー)」を名乗る少年―――『光速の英雄(シュネル・ヒーロー)』は腰のホルスターから白い二挺拳銃を素早く取出し構えると、

「喰らえっ!フォトン・ショット!」
「ぐあっ!」
「うごっ!」

白い光を放つ弾丸がものすごい速さで放たれ、『異端者(ヘレティック)』の2人に命中する。そして、

光速移動(テレポート・フラッシュ)!」
「ぁぐあっ!」
「うべっ!」
「がはっ!」

煙の中で光のような速さで列の間を縫いながら光を纏った拳で殴り飛ばしていく。

「で、でで…出たっ!」
「『血塗れ美女(ブラッディ・バンビーノ)』だーーーっ!」
「血を吸い取られるぞーーーっ!」

煙が大分晴れてきて、周りが見えるようになった『異端者(ヘレティック)』の人間達は目の前に優雅に立つ長い赤い髪に赤い瞳、赤いロングスカートに赤いヒールの女―――『血塗れ美女(ブラッディ・バンビーノ)』の姿に悲鳴を上げた。

「そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかしら?化け物じゃあるまいし。」
「お、お前みたいなっ!人間の生き血を吸う怪物を化け物以外に呼べる訳があるかっ!」

肩を竦める女の言葉に『異端者(ヘレティック)」の男が剣の切っ先を向けながら反論する。その言葉を聞いた女は血のように赤い瞳を細め男を睨み付け、「ヒィィィ……!」と情けない声を上げながら男は腰を抜かしその場に尻餅をついた。

「言っておくけど……私、血なんか一度も吸ったことないわよ。吸血鬼じゃないんだから。」

そう言いながら、女は右掌を覆っていた白い包帯の端を口に咥えて解く。すると、掌にあった傷口から鮮血が流れ落ち、剣と化す。その異様な光景を『異端者(ヘレティック)』の連中はただ呆然と見ていた。
自身の血の剣を握り締めた女は妖艶に微笑み、地を小さく蹴り上げその剣を大きく振るう。

「ギャアアア!」
「な…なんだよコレェ……!?」
「ぐわっ!」
「クッソォ!俺達はアイツを倒すぞっ!」
「オオオオオッ!」

血の剣を振るう女の攻撃から視線を反らした『異端者(ヘレティック)』の人間達は黒いコートを羽織り右目を黒い眼帯で覆った男―――『闇夜の創造主』の元へ攻撃を仕掛けていく。
男は自分の方へと向かってくる『異端者(ヘレティック)』の連中を漆黒の左目で見据えると、

「愚か者の心に燃ゆる華を……。」
「ギャー!」
「うがあああっ!」
「な、なんだなんだっ!?」

詠唱のように呟くと、向かってくる『異端者(ヘレティック)』の心臓辺りが赤く光りだして爆発しその場に倒れこむ。

「数多の戦を勝ち抜いた伝説の騎士達よ、その身を粉にして愚か者を殲滅せよ……。」
「おぶっ!」
「き、騎士…だと……!?」
「いったい、どこかくああぁっ!」

男は再び詠唱のように呟き右腕を薙ぎ払うように横に振るうと、男を守るようにどこからか無数の銀色の甲冑姿の騎士が現れ、銀色の剣を振るい残りの『異端者(ヘレティック)』の人間を倒していった。

「己ェェェッ!」
「化け物の分際で、抵抗するなっ!」
「大人しく、ゼレフの為にその身を捧げよっ!」
「やだ。」
「なっ……!?」
「コ、コイツ、いつの間に俺達の背後に……!?」

知らぬ間に自分達の後ろにいた蝶を操る少女―――『胡蝶姫』の姿に驚嘆の声を上げる。
少女は胸の前で両手を小さく広げると、湧き出る泉のように無数の青色の蝶が現れ少女の掌から飛び立つ。そして身構える『異端者(ヘレティック)』の連中を囲むと青色に発光し姿を水に変え濁流の如く連中を呑み込む。

「あばばばばば……!」
「ごはっ!」
「お、溺れ…る……!」

水の中でもがく『異端者(ヘレティック)』の連中を少女は光のささない瞳で見つめていた。
順調に倒していったが『異端者(ヘレティック)』はまだ10~15人ほど残っている。

「あークッソ!大規模な連中だってーのは知ってるし、今まで襲ってくる度に倒してきたけどよォ……マジで何人いるんだコイツ等?」
「私に聞かないでちょうだい。」
「疲れた……。」

苛立ちを込めて吐き捨てる「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年の問いに、少し顔色が悪いロングスカートの女が肩で大きく息をしながら言い、蝶を操る少女が小さく呟いた。

「仕方ないな……。おい、後は任せる!」

眼帯の男が誰もいない背後を振り返りながら叫んだ。すると、

「♪~~~~~ ♪~~~~~」

澄んだソプラノボイスが森に木霊する。『異端者(ヘレティック)』の連中が顔面蒼白になる。

「『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』の歌声だっ!」
「耳を塞げーーーっ!地獄に突き落とされるぞーーーーーっ!」

その声に『異端者(ヘレティック)』の連中は両手で両耳を塞ぎ、ギリリと鈍い音を立てて歯を食いしばった。

「全く。結局最後はいつも私の歌唱(アリア)に任せっきりにするんだから。」

両耳を塞ぎ歯を食いしばる、黒装束の姿が見える木の上から歌を歌う少女―――『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』が木の幹に座り黒い二―ハイソックスを履いた両足をブラブラさせながら文句を言う。
それでも少女は大きく息を吸い込んで再び美しいソプラノを奏でる。

「♪~苦しみ 痛み 憎しみ 負の感情を植え付けて~♪」
「ぅ…ぅう、ぁあ……」
「ぐっ……ぁ、ぁがっ……!」
「ぁ…ぁ…ぁぅあぁ……!」

少女の声が森に響き渡る度に『異端者(ヘレティック)』の連中は呻きだす。その様子を見て少女は高らかに笑う。
だから―――――背後に忍び寄る黒い影に少女は気づくことが出来なかった。

「はい、そこまでや。」
「!」

背後から聞こえた見知らぬ女の声と後頭部に当てられた冷たい金属の感触に少女は息を呑んだ。振り返らなくても分かる。

(銃―――――!?)

背筋が凍りついた。

「うちの部下達を随分かわいがってくれたみたいやな。」

ニコリと口だけ弧を描いた冷たい笑みを浮かべる関西弁の女は萌葱色の髪を揺らし銃を少女の後頭部からこめかみに移動させながら口元を少女の耳に近づけると冷たい声で囁いた。

「さぁて、次は……うちの番やで?覚悟しときぃな。」





歌声がピタリと止んでしまったことで『異端者(ヘレティック)』の連中は再び武器を手に攻撃を仕掛けようとジリジリと迫り、対する眼帯の男達は思わぬ事態に戸惑っていた。

「アイツ、何してんだよっ!?」
「歌、聞こえない。」
「このままじゃ不味いわね……」
「よそ見するな。俺達でやるしかない……!」

4人が身構え、『異端者(ヘレティック)』の連中が襲いかかろうとしたその時だった。

「はいはい~。いったんストップな~。」

聞き慣れない関西弁の女の声が『異端者(ヘレティック)』の連中の動きを止めた。そして、道を開けるように左右に分かれその場に跪いた。

「はい、お仲間は一人捕えたで。」
「なっ……!?」
「ウ、ウソ……!」

萌葱色の髪の女に片手で羽交い絞めにされ、片手でこめかみに銃を向けられている歌を歌う少女の姿を見て眼帯の男は短く驚嘆の声を上げ、ロングスカートの女は両手を口元に当て息を呑み、蝶を操る少女はただ目を丸くした。

「てめェ……!ソイツを放せ!」
「はいはい~。大人しくその銃下ろしてや。でないと……」
「ヒィ……!」
「!……クッソ野郎ォ!」

引き金を引こうとする手の力を強くするのを見て「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年は自身の銃を地面に叩きつけながら吐き捨てるように叫んだ。

「こっちも毎度毎度やられっぱなしでいる訳にはいかんのや。まっ、かわいい部下が半数以上やられてしもうたからな……今日は『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』だけで勘弁してやるさかい。ほな、また近いうちにお会いしよな!」

ニコリと口だけ弧を描いた冷たい笑みを浮かべたまま、羽交い絞めしている手も銃を持つ手もそのまま一歩一歩ゆっくりと下がる。
4人は何もすることが出来ないまま唇を噛み締め、爪が食い込むほど拳を握り締め、鋭い眼光で睨み付けていた。

「あはは。笑ってしまうぐらい無様やな~ホント。」

歌を歌う少女は踵だけで踏ん張るが地面を削りながらズルズルと引き摺られていき、羽交い絞めをしている腕を強引に解こうとするが女の腕の力が予想以上に強くビクともしない。

「はいはい~。大人しくせぇへんと……頭吹っ飛ぶで?」
「っ!」
「そうそう。ええ子やな~。」

押し付けられた銃口の冷たさに震えあがり、女が赤い舌で唇を湿らせたその時だった。

「『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』の頭が吹っ飛ぶより先に……お前の首が掻き切られる方が先だ。」
「なっ……!?」
「え―――――。」

冷静を保った淡々とした青年の声が聞こえたかと思うと女の首筋に小刀が突き付けられていた。
そこからは本当に一瞬だった。流れるような動きで女の右腰に蹴りが入れられ、女が体勢を崩したのと同時に銃を蹴り上げて彼方まで飛ばし、若干緩んだ羽交い絞めから少女を救い上げた。

「わぁ……!」

ふわりと自身の体が宙に浮いて驚嘆の声を上げ、気づいた時には逞しい腕に抱き抱えられていた。

「っ~~~~~//////////」

思わず顔が赤くなる。

「な、なんやいったい!?てか何モンやっ!?」

予想外の事態に戸惑いながらも女は態勢を立て直しながら距離をとり、銃を素早く拾い上げ見知らぬ敵に銃を向けながら問う。
青年―――バンリ・オルフェイドは顔だけを女の方に向ける。紅玉(ルビー)のように赤い切れ長の瞳から放たれる鋭い眼光が女の背筋を凍らせた。

「……知らん顔やな。てっきりその子の仲間かと思ったわ。」

バンリは口を一文字に結んだまま微動だにしない。

「アンタとその子の関係については何も知らんけど……うち等にとってその子はめっさ貴重な存在なんや。悪いこと言わへんから、その子を引き渡してくれへんやろか?」

銃をバンリに向けたまま空いてるもう一方の手を伸ばす。もちろんバンリは微動だにしない。

「……アンタ、ほんまに何モンなん………?」

女がもう一度問いかけた、その時だった。
思わず身震いしてしまうほどの冷たい空気が女の頬を撫でた。いつの間にか辺りは霧が立ち込めていた。霧の中にうっすらと黒い影が浮かび上がる。女は銃をバンリからその影へと移動させた。霧の中から姿を現したのは羽織るように緩く巻いた青色のマフラーをなびかせ、自分の等身よりも大きな鎌の柄を担ぐように持った青年―――『氷笑(ひょうしょう)の死神』だった。

「一向に姿を現さへんから、今日はお役御免かと思うたで?『氷笑(ひょうしょう)の死神』さん?」
「まさか。皆よりスタートダッシュがちょっと遅れただけだよ。君もホント、諦め悪いよね…幹部のベリル・アクセルム。」
「へぇ、うちのこと調べたんやなぁ~。感心感心~。」
「調べたがりの仲間がいるからね。」

嘲笑うかのように言葉を放つ女―――ベリルに対し、青年は穏やかな笑みを浮かべたままだ。だが、笑っているのは女同様口元だけで、髪色と同じ青い瞳からは彼の真意がつかめなかった。

「ところで死神、コイツ誰なん?うちの邪魔してはた迷惑してるんやけど?」

顎でくいっとバンリを指し示す。

「あぁ……彼はバンリ・オルフェイドさん。この街―――マグノリア―――にある魔導士ギルド、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だよ。」
「な、何やてえぇ~っ!?」

萌葱色の髪を振り乱しながら女は青年とバンリを交互に見比べる。

「そ…そないなデマゆーても、うちは騙されへんでっ!」
「騙してなんかいないよ。現にバンリさん以外の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士もここにいるよ。ほら、聞こえるだろ?君がかわいがってる部下の悲鳴と、激しい怒号が……。」

青年が言った通り、耳を澄ますと「オラァ!」「はあああっ!」などの威勢のいい声と、「ギャアアア!」「ひえええぇぇぇ……!」などの弱々しい悲鳴が響いていた。それを聞いた女の顔が青ざめていく。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)……歴史ある商業ギルドで老若男女個性豊かな魔導士が集うせいか問題ばかりを引き起こしていて、評議員に最も目をつけられている超ぶっ飛んだお騒がせギルド……だけど、魔導士各々の実力は本物で絆の強さに一目おかれているギルドでもある。」
「……下げて上げたね。」
「事実だから、仕方ない。」
「認めちゃうんだねそこ!?」

青年の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の説明に歌を歌う少女がツッコミを入れ、否定するどころか認めてしまったバンリに驚嘆の声を上げた。

「君も名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな?妖精の尻尾(フェアリーテイル)一の問題児、火竜(サラマンダ―)のナツ・ドラグニル……妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女魔導士、妖精女王(ティターニア)のエルザ・スカーレット……天空の巫女、ウェンディ・マーベル……。この3人とそこにいるバンリさんを含めた12人の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が今、俺の仲間と一緒に君の部下を殲滅しているよ。」

青年の言葉に女の顔はますます青ざめていく。

「な……何で妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士とアンタ達が手を組んでるん!?ありえへんやろっ!?」
「半年前、指名手配者という嘘の肩書の俺達を捕まえてほしいっていう依頼書を数々の魔導士ギルドにばら撒いたのは君達だろう?」
「あの依頼書まだあったん!?け……計算外、やねん………。」

青年と女が言い合っている間にナツ達の方は決着がついたのか、悲鳴も怒号も聞こえなくなっていた。

「さてと……無駄話もこのへんにして、さっさとここから立ち去ってもらおうか。」
「はいはい~。たった一人で何が出来るん?アンタ大した強ぉないやろ?」
「うん、強くないよ。でも、腰に蹴り一つ食らっただけでバランス崩して人質をあっという間に取り返される奴に負ける気はしないな~♪」
「……アンタってホンマ、腹立つやっちゃなぁ……!」

のらりくらりと話す青年の言動にベリルは小さく舌打ちをした。

「……ねぇ、いつまで私を抱えてるの?」

歌を歌う少女はバンリを見上げる形で睨み付ける。一方のバンリは少女を抱えていることさえ忘れていたのか、言われて初めて気づいたかのように一度だけ瞬きをした後そっと少女を地面に下ろした。小さな声で「ありがとう」と言った少女の言葉はバンリの耳に届いたのだろうか―――――?
すると、少女はバンリの白いYシャツの袖を引っ張る。

「ここからすぐに離れよ。」
「……?」

少女の意味不明な言葉にバンリは無表情で黙って首を傾げる。

「あの女はアイツのこと、「大した奴じゃない」って言ってるけど……私達6人の中でアイツは異才……飛び抜けてるの。アイツの氷の魔法はすっごく強力だけど、それに伴う被害もすっごく大きくて、下手したらアンタも危ないの!だから私と一緒にここを離れよ!」
「……氷。」

この辺りの空気がひんやりと冷たいのも、急に霧が出てきたのもあの青年の魔法の影響だったのかとバンリは一人納得していた。

「……んもぉ!早く!」

我慢出来なくて痺れを切らした歌を歌う少女はバンリの腕を掴み半ば強引に森の奥へと走り去って行った。

「あちゃ~……逃げられてしもうたわぁ~。」
「あの子は賢いからね。俺の魔法が危険だからバンリさんを連れて離れてくれたんだよ。」
「うちも舐められたモンやな~。」
「下手したら君、死ぬかもよ……?」
「……はんっ、上手い冗談やな~。まっ、さっさとアンタを倒して『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』を連れ戻さなあかん。」
「させないよ。あの子も、他の皆も……。」

青年が鎌を持ち直しながら言うと、ベリルは右手に黄緑色の魔法陣を展開させた。すると魔法陣から太くて長い蔦が伸び、青年に襲いかかる。伸びる蔦を青年は鎌を振るって切り落とすが、切っても切っても伸び続ける。

「はいはい~。切ってるだけじゃ何にも変わらへんよ。それと、足元ががら空きやでっ!」
「!?」

ベリルが右足で地面をダンッと踏みつけると、青年の足元に魔法陣が展開し、そこから更に太くて長い蔦が伸び青年の体を巻き込んで上へ上へと伸びていく。まるでお伽話「ジャックと豆の木」に出てくる豆の木のようだ。

「はいはい~。そこからの眺めはどうや~?格別やろ~。やっぱ大したことなかったなぁ~。ほんなら、うちは『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』を連れ戻してくるさかい、そこでじっとしててや。戻ったらアンタも連れて行くから安心しぃや。」

そう言って歩き出そうすると、突然辺りの気温が急激に下がり、寒さにベリルはぶるるっと身震いした。見ると、木の幹に霜が出来始めていた。

「ど…どーなってんやいったい……?」

するとベリルの足元付近が凍りつき始めた。

「へっ?う、うわっ!?」

凍りついた地面に足を滑らせ盛大に転び、頭を強く打ちつける。

「いっ…たああぁぁぁ……!な、何やのもぉ……!?こ、これは―――――……!?」

起き上がったベリルは目の前の光景に目を丸くした。
地面はどんどん凍った範囲を広げていき、地面に生えている草花はもちろん、木の幹や枝の先、葉っぱの先端までみるみるうちに凍っていくのだ。天気も荒れ始め強い風が吹き荒れ、東の森の一部があっという間に銀世界になってしまった。
そして魔法陣から伸びていた太くて長い蔦も一番上まで凍りつき、ピキッパキッと小さな亀裂音を響かせながらどんどん粉々に崩れていく。凍りついて粉々になった蔦は魔法陣と共に消え、青年はその場に綺麗に着地をすると、未だに腰を抜かしたままのベリルを見つめた。青年の青い瞳は凍てついた氷のようにどこまでも冷たかった。

「!?なっ…何やコレ……!?体が、凍って……!?」

足先に違和感を覚えたベリルは自分の足先に視線を落とすと息を呑んだ。自身の足も周りの木々のように凍りついていたからだ。そして凍っていく範囲はどんどん広くなり、気が付けば腰から下が凍りついて動かなくなっていた。

「だから言っただろう……?「死ぬかもよ」って。」
「!」

ベリルは自分を見下ろす青い瞳と目が合った。
その瞬間、まるで凍てついてしまったかのように、どこまでも澄んだ青くて冷たい瞳から目を反らすことが出来なくなってしまった。
既にベリルの体は肩から下が動かなくなっていた。

「俺の魔法―――氷結(フロスト)は如何なるものを凍らせることが出来る。制御しなければ国中…いや、世界中を凍らせることだって出来る威力を持っている。限度なんて、存在しないんだ。」

首、口、鼻、耳と凍りついていき、青年の言葉は既に聞こえなくなっていた。
青年の口が弧を描き不気味に冷たく微笑んだ。

「―――――俺の勝ち、だね?」

鎌の刃がギラリと妖しく煌めいたのと同時に、ベリルの体は全身が凍りつき氷像となった。





「おーーーいっ!マフラー野郎、無事かーーーーーっ!?」
「マフラー野郎って……」
「お前もだろーが……」

手をぶんぶん振りながらナツ達が青年の元まで駆けてくるのが見えた。ナツの言葉にルーシィとアオイがツッコミを入れるが本人は気づいていないようだ。

「あ、気を付けて!そこから」
「どわああああああああああっ!?」
「キャアアア!?」
「何コレーーーっ!?」
「うわぁっ!痛ッ!」
「こ、氷……!?ひゃうっ!」
「な、何でこの時期に……ひゃあっ!」
「すすすすす滑るよぉ~~~ってわぁっ!」
「うごっ!」

青年の忠告の声も空しく、ナツが真っ先に派手に転び、ルーシィ、ハッピー、エメラがそれに倣うように続き、耐えたかと思ったウェンディ、シャルル、コテツも転んでしまい、コテツは隣にいたイブキも巻き込んで派手に転んだ。

「お前等なぁ……」
「全く……」
「………」
「……だ、大丈夫か?」
「ハハハッ!すっげー音したなっ!」
「ズデンッ!っていった。」
「笑ったら失礼だよっ!」
「皆、立てるかしら?」
「よかったら手を貸すよ。ゴメンね。」

氷の上を滑ることに慣れているグレイ、なぜか転ばなかったエルザ、転ぶ訳がないバンリと眼帯の男達が手を差し伸べ、転んだナツ達を順番に起こしていく。

「そんなことより、何だコレは……?」
「この辺一帯が全て凍りついちゃってます……!」
「す、すげー……」

エルザとウェンディは凍りついてしまった周りの景色をぐるりと見回し、グレイは素直に感嘆の声を漏らした。

「……おい。」
「まさか、アンタ……」
「あ、あはははは……。ちょっと、やりすぎちゃって……」

眼帯の男とロングスカートの女がマフラーの青年を睨み付け、眉尻を下げて頬を掻きながら青年は困ったように微笑んだ。
そしてエルザとウェンディと同じように辺りを見回していたエメラが小さく悲鳴を上げた。

「ヒィ……!」
「エメラ?」
「どうしたの?」
「あ…あれ……!」
「あれ、って……!?」
「わあああああっ!ひ、ひひ、人がーーーーーっ!」

小さく震えるエメラの指差す方に視線を移したアオイとコテツは目を見開き驚嘆の声を上げた。
2人の声を聞いた他の皆も視線を移し同じ反応をした。驚くことも無理もない。人間がカチンコチンに凍りついていたのだから―――――。

「えっ?え……えぇっ!?」
「……ホントに人、なのかしら?本物そっくりの氷像とかじゃないの?」
「で、でも…髪の毛の一本一本がすごいリアルだよ……?」
「睫毛とか、眉毛もだな……」

ルーシィが驚嘆の声を上げ、最初は驚いていたシャルルが冷静さを取り戻して考え込むように言い、ハッピーとイブキが氷像に顔を近づけて言う。

「ソイツは『異端者(ヘレティック)』の幹部の一人……ベリル・アクセルム。正真正銘の人間だ。」
「幹部ゥ!?」
「じゃあ、今回の襲撃はコイツの……」
「策略、だね。黒装束の奴等も皆、その人の部下みたいだよ。」

眼帯の男の言葉にコテツが驚き、アオイが氷像のベリルに視線を落としながら呟き、歌を歌う少女が肩を竦めながら言った。

「なぁ……コイツ、死んでる…のか……?」

グレイの言葉が空気を重くさせる。

「死んでないよ。気を失った状態で凍りついてるだけだから安心して。」
「よ、よかったぁ~……」

ベリルを凍らせたマフラーの青年の言葉にウェンディは心底ホッとしたように安堵した。

「コイツを凍らせたのは分かるけどよ……何で周辺の木まで凍ってんだよ?」

イブキが周りにそびえ立つ凍りついた木々を見上げながら言った。

「あはははは……。ちょっと魔力を使いすぎちゃってね。」
「ふーん。」

イブキははぐらかしたように笑う青年にそれ以上は聞かなかった。

「ナツの炎で融かしたら?」
「オォ!ナイスアイディアだハッピー!」

ナツは悪戯小僧のようにニィッと白い歯を見せながらハッピーと顔を見合わせて笑うと気合十分といった感じで握り締めた拳同士をガン!とぶつけた。

「ちょ、ちょっとナツ…ちゃんと加減しなさいよ?」
「一歩間違えれば大惨事になりかねん。またマスターの顔に泥を塗ることになるからな。」
「わーってるよ!]

不安気に言うルーシィと腕を組むエルザの言葉に適当に返事をした後、頬を膨らましながら大きく息を吸い込んだ。

「火竜の咆哮ッ!」

勢いよく炎を噴き出し、目の前の凍りついた木の幹に直撃した。……が、凍てついた氷は融けていない。

「ンなっ!?」
「氷が……」
「融けて、ない……?」
「な、何で……?」

ナツ、ウェンディ、コテツ、グレイの順に驚嘆の声を上げた。

「も、もう一度だっ!火竜の咆哮ッ!」

再びナツは大きく息を吸い込みさっきよりも勢いよく炎を噴き出した。……が、やっぱり氷は融けるどころか、亀裂さえ入っていない。

「だーーーーーっ!クソッ!何で融けねェんだどわあああっ!」
「2回も転ぶやつがある……?」
「でも、ホントに何で融けないんだろう……?」

苛立ちを吐き捨てながら足を滑らせ盛大に転ぶナツを見てシャルルが呆れたようにため息をつき、エメラは凍りついたままの木を見て首を傾げた。
そしてナツ達の視線はマフラーの青年に注がれた。青年はニコリと儚く笑うと口を開いた。

「話……途中だったよね。戻って続きを話すよ。」

そう言うと青年はナツ達に背を向けて歩き出した。青年の後を追うように眼帯の男達も歩き出す。

(どうして…どうしてあんなに寂しそうなんだろう―――――?)

6人の背中を見つめてルーシィはふとそんな風に感じた。

「おいバンリ、お前はアイツ等のことどう思う?」

イブキが小声で尋ねる。
バンリはというと紅玉(ルビー)のような瞳で6人の背中を見つめると、

「え、あっおい!バンリてめェ!」

イブキの問いに答えることなく6人の後を追うためゆっくりと歩き出した。

「イブキ、あれがバンリの答えなんじゃないかな?」
「はぁ?」

コテツの言葉の意味が理解出来なかったイブキは素っ頓狂な声を上げた。そんなイブキの右肩にエルザが手を置いた。

「アイツ等の後についていったということは、バンリはアイツ等の言葉を信じるということだ。」
「……ハァ、ったく!口で言えっての!おいバンリ、待ちやがれっ!」

髪を掻き乱しながら愚痴を零した後、イブキはバンリを追いかけて駆け出した。

「私達も行くぞ。」
「はい!」
「ったく、面倒な依頼を引き受けちまったな。」
「俺のせいかよっ!」
「まだ何も言ってねーよ。」
「はいはいそこ、喧嘩しないの。」

エルザの言葉にウェンディが元気よく返事をし、歩きながら口論するアオイとナツの間にルーシィが割って入る。
空はいつの間にか茜色に染まりかけていた。





―隠れ家 南の部屋―

「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう…ございます……!」
「……この香り、ダージリンね?」
「そうよ。もしかして、苦手だったかしら?」
「ううん、逆に好きよ。」

ロングスカートの女が再び再び紅茶を皆に配り歩く。ウェンディがお礼を言い、カップを持ったシャルルが大好きなダージリンティーの香りに満足気に微笑んだ。
ルーシィ達は6人と一緒に先程の南の部屋のソファに同じ位置で腰かけていた。違うことといえば、紅茶がダージリンティーだということと、空気が暗く沈んでいるということだ。

「また、助けられちゃったね。本当にありがとう。」
「いや、私達は『異端者(ヘレティック)』の奴等を追い払っただけだ。大したことはしていない。」
「そ、そうよ!だから頭を上げて。ね?」

頭を下げる6人にエルザは肩を竦めながら言い、ルーシィは気恥ずかしさからか6人に頭を上げるように言った。

「えーっとぉ……どこまで話したんだっけ?」
「『異端者(ヘレティック)』の連中の、ゼレフを蘇らせる方法がどうのこうの~ってとこだ。」
「あ、そぉそぉ。じゃあ早速、そこから続きを話すね。」





「単刀直入に言うと、『異端者(ヘレティック)』の奴等は黒魔導士ゼレフを蘇らせるために適した“器”を必要としているんだ。」
「“器”……?」

青年の言葉にアオイは首を傾げる。

「“器”の選び方はさまざまだ。村を襲い、その村から攫った子供を極限まで鍛え上げ、生き残った数少ない者が“器”となる。」
「もしくは、あちこちから魔力が高い、魔導士としての素質がある複数の人間が“器”になる場合だ。」

眼帯の男と「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年が言う。

「ね、ねぇ……さっきから言ってるその“器”って………」
「人よ。」

恐る恐る尋ねるルーシィの問いにロングスカートの女はズバッと答えを言い放った。

「奴等のせいで、どれだけの命が失われたことか……!」

怒りを露わにしたロングスカートの女の両手が震え、手にした紅茶の入ったティーカップが微かに揺れていた。

「『異端者(ヘレティック)』の連中は、いつからその……“器”を探してるんだ?」
「んー……。具体的な数字は言えないけど、Rシステムが作られるより前だからー……大体20年くらい前かな?」
「そんなに前から……。」

グレイの問いに歌を歌う少女が顎に手を当てながら考え、その答えにウェンディは悲鳴にも近い驚嘆の声を上げた。

「その“器”は誰でもよかったのか?」
「いや、ゼレフは史上最恐最悪の黒魔導士だ。その代わりとなる“器”に求めるのはゼレフ同等の魔力だ。それだけ強力な魔力を保持出来る“器”には数に限りがない。ゼレフ同等の魔力を持っていれば一人でもいいし、ゼレフ同等の魔力に匹敵すれば何千人……何万人だって構わない。」
「そこは、Rシステムとは違うのだな。」

イブキの問いにマフラーの青年は淡々と答え、その答えにエルザは唇を噛み締めながら呟いた。

「……そして、“器”となった者はそれまでの全ての記憶を『異端者(ヘレティック)』の奴等によって消される。」
「え……?」
「……どんな方法を使っているかはわからない。けど、楽しかったことや嬉しかったこと、辛かったことや悲しかったことはもちろん……家族のことも、年も、どこに住んでいたのかも―――――自分の、名前でさえも……。」

眼帯の男の言葉にエメラは息を呑み、翠玉(エメラルド)色をした瞳を瞬いた。

「私達6人も、記憶がないのよ。」
「え?」
「お互いがいったい何者なのか、今まで奴等のことを調べるついでに探してきたけど……手掛かりは一切掴めなかったわ。」

ロングスカートの女の暗く沈んだ声にハッピーが目を丸くする。

「目ェ覚ました時、俺達は皆素っ裸であのでっけェ水槽ン中にいたんだ。その水槽から這い出て裸で鉢合わせた時はどーなるかと思ったけどな。」
「ちょっとぉ!恥ずかしいこと言わないでよっ!」
「裸の、付き合い?」
「だーかーらー!もぉー!」

英雄(ヒーロー)」を名乗る少年の言葉に歌を歌う少女が顔を真っ赤にして怒り、コテッと首を傾げる蝶を操る少女の言葉に頬を膨らませた。

「え、えぇっとぉ……?」
「な、何の話だ……?」
「あはは、ゴメンゴメン。こっちの話だよ。……もう、3年も前になるのか。」

3人の会話についていけず戸惑うシャルルとナツを見て青年がその時のことを思い出すかのように目を閉じながら言葉を紡ぐ。

「俺達6人は3年前に君達と対峙したあの研究室モドキの部屋で出会ったんだ。まぁ、出会い方はちょっと恥ずかしいものだったけど。そして、全員が記憶を失っていること、同じ事情を抱えているかもしれないとわかってから、今日まで一緒に『異端者(ヘレティック)』についての情報や自分達についての情報を集めながら奴等から逃げ続けているんだ。」

そこまで言うと青年はとっくに冷めてしまったダージリンティーを一口啜った。

「ね、ねぇ!」
「……コテツ?」

突然声を上げたコテツの顔色が悪いことに隣にいたアオイは気づき、コテツの右肩に手を置くと僅かだが震えていた。

「き、君達6人は記憶を…失っているんだよね……?」
「あぁ、そうだよ。」

青ざめたコテツとは裏腹に青年は比較的穏やかな声音で頷いた。

「さっき、『異端者(ヘレティック)』によって記憶を消されるって言ってた、よね……?」
「!お、おい……」
「まさかお前等……!」
「あぁ。お察し通りだよ。」

青ざめたコテツの言葉にナツ達は目を見開き、グレイとイブキは青年達を見やる。そして、マフラーを巻いた青年は頷くと重々しくその恐ろしい事実を口にした。





「俺達6人は、黒魔導士ゼレフを蘇らせるための“器”なんだ。」





花瓶に活けられたガーベラの花びらが一枚力なく散る。

「う…嘘、ですよね……?」
「そんなこと、ある訳が……!」

シャルルをギュッと抱き締め消え入りそうな声でウェンディが言い、エルザが目を見開き声を僅かに震わせながら言う。

「まぁ、驚くのも無理はないよね。……ちょっと待ってて。()()()()()、見せてあげる。」

肩を竦めながら青年はそう言うと、ソファから立ち上がり隣の研究室モドキの部屋へと姿を消した。ナツ達はしばらく研究室モドキの部屋へと続くドアを見つめていたが、「紅茶、淹れ直すわね」というロングスカートの言葉に我に返った。

「あ…ま、待って!私も手伝う!」
「わ、わわわわ私も、お手伝いします!」
「ちょっと2人とも落ち着きなさいよ。」
「あら…じゃあお言葉に甘えちゃおうかしらね。」

お盆に18人分のティーカップを載せてキッチンへと消える女の後を追ってルーシィ、ウェンディ、シャルルが慌てて立ち上がった。

「……なぁ、ホントに記憶が無いのか?」

4人がキッチンに消えるのを見届けるとアオイは眼帯の男達に改めて問いかけた。

「うん、無い。」
「ここで目覚める前の記憶は何にも覚えてねェよ。」

蝶を操る少女が頷き、「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年がクッキーを摘みながら答えた。

「……怖く、ないの?」
「えっ?」

消え入りそうな声で問いかけたのはエメラだった。
エメラは顔を伏せ、スカートの裾を握り締めている両手が酷く震えていた。

「自分の……自分の記憶が無いんだよっ!?自分を産んでくれたお父さんやお母さんの顔も、優しくしてくれるお兄ちゃんやお姉ちゃんの顔も、一緒に遊んでくれた友達の顔も、自分自身のことも……!みんなみんな!忘れているんだよっ!?何も思い出せないのに、どうしてあなた達は、そんなに落ち着いていられるのっ!?」
「お、おい…エメラ……?」
「どうしたの……?」
「エメラ?だ、大丈夫……?」

その大きな翠玉(エメラルド)のような瞳に大粒の涙を浮かべながら捲し立てるエメラを見て困惑したエルザ、ハッピー、コテツがエメラに駆け寄る。

「私は……怖いよ……。」

涙が一筋、頬を伝った。

「いつかまた、記憶を失っちゃうかもしれない……。もし、そんなことになったら……妖精の尻尾(フェアリーテイル)で過ごした今までの楽しい記憶が、全部…全部……!」
「どうしたんだよっ!?」
「おいエメラ!落ち着けっ!」
「!」

両側からナツとグレイに肩を揺すぶられエメラはようやく我に返った。
ナツ達と眼帯の男達はもちろん、いつのまにか研究室モドキの部屋から戻ってきたマフラーの青年と、キッチンから新しく淹れた紅茶の入ったティーカップが載ったお盆と大きな真っ赤なイチゴがのったショートケーキを運んできた4人も目と口を大きく見開いていて、皆の視線を一身に浴びていた。

「/////あ……え、っと…/////あ、う……ご、ごご…ごめんなさいっ!」

ケーキの上のイチゴのように真っ赤になった顔を両手で隠しながらエメラは頭を下げた。すると、

「……ぶっ、はははははははァ!」
「ふっ……んふふふ。」
「あははははっ!」

英雄(ヒーロー)」を名乗る少年がまるで我慢していたかのように突然吹き出しお腹を抱えて大笑いする。それに続いてロングスカートの女がテーブルにティーカップが載ったお盆を置いた後片手で口元を隠しながら小さく笑い、歌を歌う少女も2人につられて笑い出した。マフラーの青年と蝶を操る少女も笑みを浮かべており、眼帯の男はごほん!とわざとらしい咳払いを1つする。
それを見たナツ達は皆きょとんとした顔をする。

「え、えー……っとぉ~?」
「ふふっ…ご、ごめんなさい。悪気はないのよ……んふふ。」

目をパチクリさせるルーシィに向かってロングスカートの女が謝るがまだ小さく笑っている。

「ごめんね。本当に悪気はないんだ。ほら、紅茶でも飲んで落ち着いて。」
「あ、は…はい……。」

穏やかな笑みを浮かべたマフラーの青年に促され、まだほんのり赤みを帯びた顔のエメラは紅茶を一口啜った。香りからすると、ローズヒップティーだろうか?

「その様子からすると、君も何らかの理由で記憶を失っているんだね?」
「………。」

青年の言葉にエメラは俯いた。きっと、波紋を描く紅茶に映る自分の顔は今、酷い顔をしているのだろう。

「……まぁ、あまり深くは詮索するのはやめよう。」

そう言うと青年も紅茶を一口啜る。

「どうして、怖いの?」
「え?」

コテッと首を傾げながらエメラに問うたのは蝶を操る少女だった。

「お前が記憶を失ったら、ソイツ等との思い出が消えちまうんだよな?」
「う、うん……。」

英雄(ヒーロー)」を名乗る少年がナツ達を順繰り見回しながら言う。

「なら、またソイツ等と一緒に思い出していけばいいんじゃねェか?」
「!」
「そうそう!それに、記憶を思い出すことが出来てまた新しい思い出も出来て……一石二鳥だよ!」
「一人だっらた不安だったかもしれない。だけど、皆が……仲間がいるから……。」
「……だから俺達は、怖くない。……まぁ、記憶が無いから、赤の他人みたいなもんだけど。」
「あなたも、一人じゃない。仲間が、いる。だから……大丈夫。」
「……うん!」

英雄(ヒーロー)」を名乗る少年、歌を歌う少女、ロングスカートの女、眼帯の男、蝶を操る少女の順に言葉を紡ぐ。
5人の言葉にエメラも大きく頷き、それを見たナツ達も皆顔を見合わせ嬉しそうに笑った。

「まぁ、俺達には他にも仲間がいるはずなんだけどね。」
「えっ?」
「どういう意味だ?」

マフラーの青年の言葉にウェンディとエルザが驚嘆の声をあげた。
すると青年は、さっき研究室モドキの部屋から取ってきた()()()()()―――1冊のノートをテーブルの上に乗せた。乗せられたそれをエルザが手に取る。薄い青色の表紙のそれはかなり古いものらしく、所々黄ばんでいた。

「何だコレ?」
「3年前、目が覚めたばかりの俺達があの部屋で見つけたものだよ。」

ナツがソファの後ろから紙を覗き込みながら問うと青年が淡々と答えた。
開くと、ページには一魔一枚びっしりと文字が綴られており、書かれている内容をエルザが読み上げる。

「『X770年10月1日、今日から黒魔導士ゼレフ蘇生計画が実行された。』…こ、これは……!?」
「恐らく、20年前に俺達を“器”としてゼレフを蘇らせようとした、『異端者(ヘレティック)』の一員の日記だ。」

ナツ達は息を呑んだ。
エルザはゴクリと生唾を呑み込むと意を決して続きを読み上げる。

「『今回“器”として集められた26人の人間は皆、子供。その内の6人は聞いた話によるとまだ10歳にも満たないらしい。』」
「26人って……!?」
「お前等の他にも、“器”になった奴等がいた、ってことか!?」
「あぁ。」

読み上げられた内容にコテツが目を丸くし、イブキが顔を顰めながら問うと眼帯の男が頷いた。

「それと、これはあくまで推測だけど……その『10歳にも満たない』って記されている6人の子供は、恐らく俺達ことだよ。」
「え……」
「………。」

青年の言葉にハッピーは小さく声を上げ、シャルルが息を呑んだ。他の皆も驚きを隠せていなかった。
エルザが続きを読み上げる。

「『26人の“器”の記憶を消した後、すぐさま魔力強制増強装置を取り付けて訓練を行った。そこそこの魔力を持った子供だったお陰か、この程度でダメになる“器”は誰一人としていなかった。それだけでもかなり大きな成果といえよう。』……このページは、これで終わっている。」
「な?『記憶を消した』って書かれてただろ?今も俺達はなーんにも覚えていないんだ。その日記に記されたこともな。」
「まぁ、その日記に記されているんだから事実であることに間違いはないんだけどね。」

頭の後ろで腕を組み直しながら比較的明るい声で「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年と紅茶を啜りながら歌を歌う少女が言った。
次のページを捲ったエルザの指先が止まった。

「エルザ?」
「どうした?」

グレイとアオイが問う。

「……次のページ、『X770年10月2日』から『X771年2月19日』までの日記の内容がずっと『魔力強化成功 26/26』なんだ。」
「はぁ?何ソレ?」
「急に書くのが億劫になったんでしょうか?」
「あり得るわね……。」

ルーシィが素っ頓狂な声を上げ、ウェンディの的外れな言葉にシャルルが渋々頷く。

「それで、続きは何て書いてあるの?」
「あ、あぁ…えーっと……」

エメラが隣から日記を覗き込み、エルザが『2月20日』のページを捲り内容を読み上げる。

「『X771年2月20日、今日も26人の“器”が魔力強化に成功した。だが、最初の魔力強化から5カ月経過しようとしている。いくら元から魔力の高いからといって、限界があるのは確かだ。そろそろダメになる“器”が出てもおかしくない。日に日に“器”も皆弱ってきている。特にG,J,K,R,S,Vの6人は危険だ。Gは先月の魔力強化で右目の損傷も伴ってか人一倍危険な状況にある。……見ているこちらも、非常に耐え難い。』」
「この日記を書いた人も、辛くなってきたのかな……?」

日記の内容を聞いたコテツがしみじみと呟いた。

「ところで、このG,J,K,R,S,Vというのは……?」
「たぶん、私達6人のことだよ。ほら、見て。」
「「「「「!!?」」」」」

エルザの問いに歌を歌う少女が答えた後、少女は服を胸がギリギリ見えないところまで捲り上げた。ああまりにも急なことに目を隠す暇も無かったが、少女が服を捲った状態でソファから立ち上がり背中を向けると、ナツ達は目を疑った。

「そ、それ……!」

ルーシィが驚嘆の声を上げた。
少女の背中には、Vという文字の烙印が刻まれていたのだ。

「俺もあるぜ。」
「私も。」
「皆それぞれ、そのG,J,K,R,S,Vの烙印が押されているんだ。」

オレンジ色のレンズのゴーグルを取り前髪を掻き分けた「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年の額にはJの烙印が、ソファから立ち上がり大きなスリットを更に広げたロングスカートの女の右太ももにはSの烙印が、青色のマフラーと羽織っていた白いロングコートを脱いだ青年のノースリーブから覗く程よく筋肉のついた右肩にはKの烙印が、少し長めの青と白の2色のアームカバーを外した蝶を操る少女の左手の甲にはRの烙印が、羽織っている黒いコートごと青いUネックの袖を捲る眼帯の男の左腕にはGの烙印が痛々しく刻まれていた。

「日記と研究室、そしてこの烙印が……俺達が“器”だという証なんだ。」

右肩に刻まれたKの烙印ーーー証を左手でなぞるように撫でながら青年は呟いた。

「そ、その烙印は、他の仲間の皆さんにもあるんですか……?」
「……恐らくな。」
「26っていう数は、ちょうどアルファベットと同じ数だから。他の20人にも、G ,J ,K ,R ,S ,V以外のA〜Zの烙印が刻まれているのは確かね。」
「まぁ、会ったことねェからわかんねェけどな。」

恐る恐るといった感じで問うたウェンディの問いに眼帯の男とロングスカートの女と「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年がそれぞれ答えた。
それと同時に、少年の言葉に首を傾げたのはルーシィだった。

「会ったことない、って……?」
「3年前、私達があの部屋で目が覚めた時に私達が入っていた水槽以外はもぬけの殻だったの。」
「え?」

ルーシィの問いに答えた歌を歌う少女の言葉にエメラは短く驚嘆の声を上げた。

「そのことについても、その日記に書かれているけど……これを見せるのはここまで。」
「あ。」

肩を竦めながら青年はエルザの手から日記を取り上げた。

「ここから先は、なかなかにムゴい内容がびっしりと綴られているからね。読むのはさすがにキツいと思うから、続きは俺が直接話すよ。」

青年の口から紡がれる言葉は、その穏やかな笑みと声音とは対照的に恐ろしいということを表していた。ルーシィははゴクリと喉を鳴らす。
そして白いロングコートを羽織り直し、青いマフラーを羽織るように緩く巻き直した青年は口を開いた。

「さっきエルザさんが読んだ『2月20日』のページから、しばらく日記は書かれていない状態でね……次に書かれたのが『8月3日』なんだ。」
「は、8月ゥ!?」
「日空きすぎだろっ!?」
「つーか、そのゼレフ蘇生計画が実行されたのって、確か『10月1日』だったよな……?」
「丸一年経つ直前じゃないの……。」
「だが、その空白の7ヶ月で()()()()()()…ということだな。」
「さすがエルザさん。ご明察です。」

青年の言葉にイブキとグレイが驚嘆の声を上げ、アオイとシャルルが呆れたように言い、腕を組みながら言ったエルザの言葉に青年は頷いた。

「魔力強化の影響で日に日に弱っていく“器”を見て心を痛めたこの日記の持ち主は、空白の7ヶ月間で26人の“器”と共に『異端者(ヘレティック)』のアジトからの脱出計画を企てていたんだ。」
「ええええええっ!?」
「だ、脱出…計画……!?」
「マジかーーーーーっ!?」

青年の言葉にハッピー、コテツ、ナツの順に驚嘆の声を上げた。

「この日記がもし見つかったら、っていう万が一の危険性を含めて考えたせいか、脱出方法はこの日記には記されていないんだけどね。でも、『8月5日』にどうやら本当に脱出は成功したみたいなんだ。この日記の持ち主はもちろん、26人の“器”も誰一人欠けることなく、ね。」
「なんか、口だけで言われると命懸けの脱出があっさりと聞こえちゃうわね……。」
「あはは。」

眉尻を下げたルーシィの言葉に肩を竦めながら青年は苦笑する。

「その記憶も?」
「お察しの通り。」

バンリの短い問いに青年はマフラーを整えながら儚く微笑みながら答えた。

「それで、どーなったんだ?」

イブキが身を乗り出して先を促す。
青年はとっくに冷めてしまったローズヒップティーを一口啜って口を潤してから続きを話した。

「『異端者(ヘレティック)』のアジトからの脱出に成功したのはいいけど、すぐに他の『異端者(ヘレティック)』の連中に気づかれてしまったみたいでね……この日記の持ち主と“器”達は、森を抜け山を越え海を渡り……命辛々やっとの思いで()()まで逃げてきたんだ。」
「え……?」
()()って……この地下かっ!?」

ウェンディは目をパチクリさせ、グレイが部屋をぐるりと見回しながら目を見開いた。

「日記に書かれていた内容によると、この森のこの地下で、しばらくは平穏に過ごしていたみたいなんだ。だけど、同じ年の『12月24日』……その平穏は『異端者(ヘレティック)』によって壊されてしまった。」
「え……」
「日記には、何て書かれていたんだ……?」

暗く沈んだ青年の声にエメラは息を呑み、アオイが恐る恐る問いかける。
すると青年は日記をペラペラと捲り、日記の真ん中より少し手前辺りで手を止めると、そのページを開いたままエルザに日記を手渡した。
青年の手から日記を受け取ったエルザはたった一行で記された内容を読み上げた。

「『X771年12月24日、全てを赤い赤い炎の中へ、暗い暗い闇の中へ……。』」

沈黙が流れる。

「つ、つまり……どういうことだ?」
「うーん……あたしの推測だけど、たぶんゼレフ蘇生計画や“器”のことを消し去って、全て無かったことにするんじゃないかしら?」
「あぁ。恐らく、それで間違いないだろうな。」

首を捻るナツにルーシィが自分の推測を話すとエルザもそれに同意する。

「まっ、もっと簡単に言い表すとしたら……俺達“器”の存在そのものを消された、ってことだ。」
「だけど、どういうわけか私達6人が生き残っちゃった。」
「『異端者(ヘレティック)』にとって私達は邪魔でしかない。だから、再び存在そのものを消すために、私達を狙い続けているのよ。」

英雄(ヒーロー)」を名乗る少年、歌を歌う少女、ロングスカートの女の順に口を開く。

「……辛くは、ないんですか?」

あっけらかんと話す3人を見て、ウェンディは口をギュッと結んで問う。

「辛いよ。」

その問いに真っ先に答えたのは蝶を操る少女だった。
少女の夜空のような色をした瞳からは真意がわからない。とろんと垂れ下がった目でウェンディを見つめる。そしてほんの僅かに微笑んだ。

「でも、まだ、生きてる。」
「!」
「辛いけど、皆がいる。だから、頑張れる。」
「……はい!」

少女の言葉を聞いて安心したウェンディは嬉しそうに大きく頷いた。

「あ、そういえば……言い忘れてたことがあった。」
「?」

ゴソゴソと白いロングコートのポケットの中を漁りながら言う青年の言葉にナツ達は皆首を傾げた。

「その日記の持ち主……エルザさん達にも見せた、この人なんだ。」

そう言いながら取り出したのは、行方をくらませた眼帯の男を探している彼等が一緒に持っていた、銀縁眼鏡に白い白衣を羽織り、紫色の液体が入った男の写真だった。

「えっ!この人が!?」
「お前等と一緒に『異端者(ヘレティック)』から脱出したっていう……?」
「間違いないのか?」
「……恐らくな。」

写真を見てコテツが驚嘆の声を上げ、グレイとイブキが半信半疑で聞き返し、眼帯の男が一拍おいて頷いた。

「この男を見つけて、お前等はどうするつもりだ?」

そう尋ねたのはバンリだった。
6人はしばらく何も言わずに黙っていたが、マフラーを巻いた青年が微かに微笑んで言葉を紡いだ。

「目的は3つ。」

スッと右手の人差し指と中指と薬指で指し示す。

「1つはもちろん、20年前のX771年12月24日にいったい何が起こって、どうして俺達6人だけが生き残っているのかを聞き出すこと。2つ目は俺達の記憶を返してもらうこと。そして3つ目はーーーーー」

部屋の空気が一瞬、冷たくなる。

「俺達を、完全な人間に戻してもらうこと。」
「え……?」
「完全な、人間……?」
「ど、どういう…こと……?」

青年の言葉にエメラ、ハッピー、シャルルが目を瞬いた。

「ゼレフ蘇生計画の“器”として更に相応しい魔力を持つために魔力強化をされ続けていた俺達は、並の人間にはない能力を持っているんだ。例えば……」

そう言うと青年はどこからかあの巨大な鎌を取り出した。どうやらエルザの魔法剣と同じように、別空間にストックしているようだ。

「ナツ、これを持ってみてくれないかい?」
「は?いくら普通の鎌よりも大きいからって、こんぐらいなら誰でも簡単に持てんがっ!?」
「えぇぇっ!?」
「ナ、ナツ……!?」

鎌を受け取った瞬間、その鎌をガン!という鈍い音を立てながら落としたナツを見てハッピーとルーシィが驚嘆の声を上げた。もちろん他の皆も目を見開いて驚いている。

「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!」

ナツは顔を真っ赤にして両足で踏ん張りなんとかして持ち上げようと奮闘するが、鎌はビクともしない。

「大丈夫?」
「んなっ!?」
「「「「「ええええええええっ!!?」」」」」

ヒョイッと軽々その鎌を持ち上げた青年を見てナツはもちろん、他の皆も驚嘆の声を上げた。

「グレイも持ってみるかい?」
「い、いや!俺は遠慮して」
「いいからいいから。」
「うおっ!?」

半ば強引に持たされた鎌を先程のナツと同様にガン!という鈍い音を立てながら落としたグレイも顔を真っ赤にして両足で踏ん張りなんとかして持ち上げようと奮闘するが、鎌はビクともしない。

「大丈夫?」
「な…何で……ンな、重いモン…軽々、と……」

やはり変わらずヒョイッと軽々その鎌を持ち上げた青年を見て、肩で大きく息をしながらグレイは問いかけた。

「もしかして、その力が?」
「そう。俺の場合、腕力が異様に高くてね。だから……」
「え、ちょっ!待っ……!」
「うわっ!」
「ひゃあ!?」
「キャアアア!」
「ちょっと!いきなり何するのよ!」

コートの袖を捲ると、青年はルーシィ、エルザ、ウェンディ、シャルル、エメラが座っているソファをそのまま軽々と持ち上げたのだ。()()でーーー。突然のことに5人はそれぞれ驚嘆の声や悲鳴を上げる。

「ソイツの場合腕力だけど、俺は脚力だっ!めちゃくちゃ速く走れるし、すっげー高く飛び跳ねることができるんだぜっ!」
「あ、そういえば初めて会った時も、すごい高い位置にあった風船を跳んで取ってたね。」

青年がゆっくりとソファを下ろしている間に、「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年が自慢気に胸を張って言い、出会った時のことを思い出しながらコテツが頷く。

「私は聴覚!この耳ですっごく離れているところの音も、すっごく小さな音も聞き取ることができるの!」
「へぇ、便利な耳だな。」

歌を歌う少女の言葉にイブキが頭を掻きながら感心する。

「……俺は視覚。半径5km以内なら遠く離れていても見える。まぁ、見えるのは左目だけだが。」
「いや、充分すぎるだろ……。」

眼帯で覆われた右目に触れながら言葉を紡ぐ男にアオイが苦笑しながらツッコミを入れる。

「私は、嗅覚。」
「あぁ、確か……においで離れたところにいる人や動物の
居場所がわかるんだろ?あと……においで敵か味方か見分けれるって。さっき青いマフラー野郎から聞いたぞ。」
「うん。あなたは、良い人。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、良い人。」

グレイの周りをくるくると蝶が飛び交うように歩くと、少女はふわりと微笑んだ。

「随分と多種多様な能力だな。」
「お前は?」
「私は記憶力。人の名前や顔はもちろん、バラバラになった1000ピースパズルの元の位置だって瞬時に覚えられるのよ。」
「ほぉ、それはすごい能力だな。バンリ、お前といい勝負かもしれんな。」
「あら、そうなの?だったら今度、どっちが速くパズルを完成させられるか勝負しましょっ。」

張り切るロングスカートの女は既に勝つ気満々で、女の申し出に意外なことにバンリも頷いて応じた。

「ね、ねぇ!」
「ん?なんだい?」

マフラーを巻いた青年に声をかけたのはコテツだった。

「その鎌、ちょっと見せてもらってもいい?」
「いいけど……たぶん君も持てないよ?」
「だ、大丈夫!見るだけだから!」

そう言うとコテツは青年の背丈よりも遥かに大きな鎌を上から下までじっくりと見始めた。

「………。」
「コテツ……?」

その鎌を見つめるコテツの顔が、どこか懐かしいものを見ているように感じたルーシィは首を捻る。

「……ねぇ、槍を持ってたのって誰だっけ?」
「槍?私だよ。」
「……見せてもらってもいい?」
「うん、いいよ。」

コテツのお願いにコクンと頷くと、蝶を操る少女はソファから立ち上がり、青年と同じように別空間からストックしていた槍を取り出し、コテツに手渡した。
「ありがとう」と少女にお礼を言ってから再びコテツは槍を上から下までじっくりと見始めた。
鋭く尖った銀色に輝く穂と少女の背丈と同じくらいの長さの青と水色の柄で構成されているその槍は、槍を使ったこともないルーシィでもわかるくらい大切に使われていることが見てわかった。穂と柄の間に結わえられた水色のリボンが蝶を思わせるようで可愛らしい。

「………。」
「コテツ……?」

その槍を見つめるコテツが今にも泣き出してしまそうな顔をしていることに気づいたルーシィはソファから立ち上がりそうになるのをグッと堪えた。

(また、増えちゃった……。)

どんどん増え、ますますわからなくなる一方のコテツの存在に、ルーシィは誰にも気づかれないように小さくため息を吐いた。

「この槍や鎌は、どこで?」
「3年前、俺達が目覚めた時からあの研究室モドキの部屋にあったんだ。」
「6人分の武器があったから、自分が一番扱いやすいものを使ってるの。私は杖よ。」
「そう、なんだ。……ありがとう、大切に使ってね。」
「う、うん?」

英雄(ヒーロー)を名乗る少年と歌を歌う少女の言葉に曖昧な返事をしてから、コテツは槍を蝶を操る少女に返した。どこか、名残惜しそうにーーーーー。

「とまぁ、一通りのことは全て話し終えたけど……エルザさん達はーーー妖精の尻尾(フェアリーテイル)はこれから俺達をどうするつもり?」

そして、鎌を別空間に戻しながらソファに座り直した青年が代表して問いかけた。
ナツ達はしばらく互いに顔を見合わせあっていたが、突然一斉にくすりと笑いだした。それを見て、マフラーの
青年達がきょとんとする。

「私達は、お前達の話を信じる。なので、評議院に差し出すこともしない。」
「現に、僕達も『異端者(ヘレティック)』の連中に出くわしちゃったしね。」
「この地下やさっきの日記、烙印や写真も見せてくれましたし……疑いようがありません。」
「能力も含めて、ね。」
「まっ、正直謎が多すぎて意味不明な部分も多かったけどな。」

エルザ、コテツ、ウェンディ、シャルル、イブキの順に言う。
未だに6人はきょとんとしている。

「で?お前等は俺達にどーしてほしいんだ?」
「え?」
「ンだよ、何もねーのか?てっきり記憶を一緒に見つけてほしいって頼まれると思ったのによォ。」
「いや、記憶を探してるのはエメラの方で、コイツ等は記憶を取り戻そうとしてるんだぞ?」
「ア?なーに言ってんだグレイ?どーゆう意味だ?」
「あ、これはたぶん……エメラとのことで話がこっちゃになってるんだ。」
「ハァ……。」

頭に?を浮かべるナツを見て、グレイとハッピーが呆れてため息を吐いた。

「頼み事かぁ……。」
「そう言われれば、考えてなかったね。」

頭の後ろで腕を組んだ「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年と顎に手を当てて考える歌を歌う少女が言う。

「それなら、この写真の男を探すのを手伝ってくれないかな?」

そう切り出したのはやはりマフラーを巻いた青年だった。
青年は銀縁眼鏡に白衣を着た男の写真をエルザに差し出す。

「古い写真だから見つけるのはとても困難だろうけど、もし何か手掛かりを掴めたら、教えてくれると嬉しいな。」
「あぁ。その時は真っ先にお前達に伝えるとしよう。」

エルザを右手を差し出す。最初は驚いていた青年だが、目を細め微笑むと、

「ありがとう。」

エルザの手をしっかりと握り返した。

「お礼と言ったらあれだけど、俺達も何か手伝うよ。」
「礼には礼で、きっちり返さないとな!」
「ふむ、それもそうか……。」

その言葉にエルザを腕を組みながら考え込む。

「なら、“記憶の宝石”を探すのを手伝ってもろうのはどうだ?」
「それはいい考えだ。」
「……“記憶の宝石”?」

アオイの言葉にエルザは頷く。聞き慣れない言葉に眼帯の男は首を傾げた。

「えっと、あの……話せば長くなるから簡潔に話すと、どういうわけか何らかの理由でエメラの記憶が100個の宝石に封じられているんだ。」
「……は?」
「記憶が、宝石に……?」
「まぁ驚くのも無理ねェよな。エメラの記憶が封じられている宝石……俺達はそれを“記憶の宝石”って呼んでるんだ。」

コテツの簡潔な説明に当然のことながら眼帯の男とロングスカートの女が首を捻ったのを見てグレイが肩を竦めた。

「エメラさん、実物を見せたらどうですか?」
「あ、うん。……これなんだけど。」

常に肩から提げている茶色の革製のショルダーバッグから黒い巾着袋を取り出し、その中から淡いピンク色に光り輝く宝石を1つ摘み上げた。

「へぇ……。これが“記憶の宝石”かぁ……。」
「綺麗。」

エメラの掌で光り輝く宝石を見てマフラーを巻いた青年と蝶を操る少女が感嘆の声を漏らした。

「この宝石は世界中のあちこちに散らばってて、今も妖精の尻尾(フェアリーテイル)の皆に手伝ってもらっているんだけど、まだ17個しか見つかってなくて……だ、だから、その……」
「これを探し出して、見つけたらお前に届ければいいんだろ?」
「!……いいの?」

エメラが恐る恐る問うと、

「もっちろん!私、頑張るよっ!」
英雄(ヒーロー)なら、困っている人を助けるのは当然だからなっ!俺に任せとけっ!」
「俺達も、人探し手伝ってくれるからね。お互い様だよ。」
「……まぁ、あまり期待はするな。」
「ピンク色で六角形で、掌サイズの宝石ね。……よしっ!覚えたわ!」
「大丈夫。きっと、すぐに、100個、見つかる。」

自信満々に歌を歌う少女が、ガッツポーズを決めながら「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年が、マフラーを整えながら青年が、エメラから顔を逸らし照れたように眼帯の男が、“記憶の宝石”の特徴をバッチリ覚えたロングスカートの女が、励ますようにふわりと微笑む蝶を操る少女が言った。

「ありがとう!」

心底嬉しそうにエメラは満面の笑みで感謝の言葉を紡いだ。

「そういえば……アンタ達の名前、聞いてなかったわね。」
「え?」

ルーシィの言葉に歌を歌う少女が首を捻った。

「名前?」
「俺達に、名前なんて存在しない。」
「え……?」

眼帯の男の言葉を聞いてルーシィは言葉を失った。

「じゃあ、今まで何て呼んでたんだ?」
「……言われてみれば、何て呼んでたんだろう?」
「気にしたこともなかったわね。」
「気にしてなかったっていうか……何となく誰が誰に話を伝えようとしていることもわかってたっていうか……。」
「以心伝心?」
「マ、マジかおめーら……。」
「あい……。」

マフラーの青年とロングスカートの女が顔を見合わせ、最後まで残しておいたショートケーキの苺をフォークに刺しながら「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年が言い、コテッと首を傾げながら蝶を操る少女が小さく呟いた。
そんな6人の反応を見てナツとハッピーを口をあんぐりと開けた。

「ね、ねぇ!名前がないなら……あたしが名前をつけてもいい?」
「「「「「「えっ???」」」」」」

ビシッ!とまるで手本のようにルーシィは右手を真っ直ぐに挙げる。6人は当然のことながら目を丸くする。

「えっと、つけると言っても、あたしが読んだ小説の中の登場人物から引用してるだけなんだけどね。」
「ハァ、びっくりした。てっきりルーシィが考えたへんてこりんな名前かと思ったよ。」
「どういう意味よそれ!」

ハッピーの両頬をびよ〜んと伸ばす。オォ、よく伸びるほっぺだ。

「それで?どんな名前なんだ?」
「あぁ、うん。えーっと……」

イブキに促され、ルーシィはまず眼帯の男に視線を移した。ルーシィと目が合った男はビクッと肩を大きく震わせ、左目を右往左往させる。

「あなたの名前は「ギルバート」、なんてどう?」
「……ギル、バート?」
「そ。「ギルバート」は仲間との旅物語の小説に出てきたんだけど、「ギルバート」は頭のきれる男の子で、よく一人で行動しがちなんだけど仲間思いの優しい子なの。何となくあなたに似てるし、その烙印のGにも当てはまるなぁ〜って思って。ちなみに、仲間からは「ギル」っていう愛称で呼ばれてるわ。」
「………。」

ルーシィの言葉に眼帯の男ーーーギルバート(もとい)ギルはコートの上から左腕に刻まれたGの烙印を慈しむように優しく撫でる。その表情は気恥ずかしいのかほんのりと赤みを帯びていた。

「よかったね、ギル。」
「っーーーーー!//////////////////」

蝶を操る少女に早速「ギル」と呼ばれると、更に赤み増した。
そしてルーシィの視線はギルから「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年に移される。少年は待ちきれない様子で目をキラキラと輝かさせていた。

「あなたは「ジェイル」、なんてどうかしら?」
「ジ、ジ……ジェ?」
「「ジェイル」よ。「ジェイル」もさっきと同じ仲間との旅物語の小説に出てきたんだけど、「ジェイル」は明るいムードメーカー的存在で、困っている人がいたらほっとけない性格なの。あなたにピッタリだと思うし、その烙印のJにも当てはまるから。」
「ふーん……。「ジェイル」かぁ……。」

頭の後ろで腕を組み直しながら「英雄(ヒーロー)」を名乗る少年ーーージェイルは自分の名前を反芻すると「へへっ」と嬉しそうに笑いながら鼻の下をこする。

「よーしっ!今日から俺の名前は「ジェイル」だっ!オォォォ!な、なんかめちゃくちゃ英雄(ヒーロー)みたいでカッコイイな!」
「え〜?アンタにはカッコ良すぎじゃない?」
「なんだと〜!?」

ビシッ!と決めポーズをしながら興奮するジェイルを見て歌を歌う少女は肩を竦めた。
2人の光景に苦笑しながらもルーシィは視線をジェイルからマフラーを巻いた青年に移した。青年は相変わらずどこか儚い微笑みを浮かべている。

「あなたは、そうねぇ……「カイト」なんてどうかしら?」
「カイト……。」
「海賊の冒険小説でね、「カイト」は主人公で海賊のお頭なの。とても広い視野を持っていて、仲間の海賊に的確な指示を出して、激戦でも勝利に導く。そして、自分の仲間を家族のように思っていて、仲間からの信頼も厚いわ。あなたにピッタリだと思うし、その烙印のKにも当てはまるから。」
「へぇ……。」

ルーシィの言葉にマフラーを巻いた青年ーーーカイトはゆっくりと目を閉じる。

「海賊のお頭ねぇ……。大海原を支配する荒くれ者……あなたはどっちかというと、海を愛する者って感じだけどね。」
「あはは、確かに。あぁでも、何でかな?すっごく今……胸があたたかいんだ。」

目を閉じたまま胸に両手を当て嬉しそうに微笑むカイトを見て、ロングスカートの女も嬉しそうに目を細めた。

(よかった……。やっと笑ってくれた。)

カイトの笑顔わ見て心の底から安堵したルーシィは視線をカイトから蝶を操る少女に移した。少女は相変わらずコテッと首を傾げている。

「あなたの名前は「レミ」がピッタリだわ。」
「レミ?」
「そ。動物と話すことができる女の子が主役の小説なんだけど、その女の子の名前が「レミ」って言うのよ。「レミ」はちょっと不思議ちゃんなんだけど、傷ついた動物達を元気になるまで優しく看病し続けて、落ち込んでる動物達を励ますの。その烙印のRにも当てはまるんだけど、どうかな?」
「……レミ。」

首を傾げたまま蝶を操る少女ーーーレミは夜空のような大きな垂れ目をパチクリさせる。

「えーっとぉ……気に入らなかった?なんなら、別の名前に」
「ううん、とっても、嬉しい。でも……」

何も言わないレミを見て不安になったルーシィの言葉を遮ると、レミはもう一度目をパチクリさせる。

「なんだか、不思議な、感じ。ふわふわ、ふわふわ……蝶みたい。」
「……よかったな。」
「うん。」

ギルの言葉に嬉しそうに体を揺らしながら頷くレミを見てルーシィもつられて笑いながら視線をロングスカートの女に移した。女は緊張しているのか少し表情が硬くなっていた。

「あなたの名前は「シルビア」が良いと思うわ。」
「……シルビア。」
「「シルビア」もさっきの海賊の冒険小説に出てきたんだけど、「シルビア」は主人公のカイトが雇っている料理長の女の人なの。料理はもちろん、家事全般が得意で、とっても優しいから皆から頼りにされているの。その烙印のSにも当てはまるんだけど、どうかしら?」
「シルビア、ねぇ……。」

ロングスカートの女ーーーシルビアは顔にかかった赤い髪を耳にかけながらうっとりとした顔を浮かべる。

「確かに、料理もとっても美味しいし、掃除や洗濯、何から何までお世話になってるからね。優しいのもそうだし、俺もピッタリの名前だと思うよ。」
「んふふ。なんだか、照れるわね。」

カイトにそう言われ、シルビアはほんのりと赤くなった頬に手を当てながら嬉しそうに微笑んだ。
そしてルーシィの視線は歌を歌う少女移される。少女は今か今かと楽しみしているみたいだ。

「あなたの名前は「ヴィヴィアン」!」
「ヴィヴィアン?かわいい名前!」
「でしょ?お城に住んでいるわがままなお姫様が主役の小説でね、そのお姫様が「ヴィヴィアン」っていう名前なの。わがままだから執事さんやメイドさんを困らせることが多いんだけど、本当はとっても良い子で、誰からも愛されるお姫様なの。その烙印のVにも当てはまるわ。ちなみに、執事さんやメイドさんからは「ビビお嬢様」って呼ばれてるから愛称は「ビビ」ね!」
「ビビ……!素敵!」

ルーシィの言葉に歌を歌う少女ーーーヴィヴィアン(もとい)ビビは嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ。

「ハハッ!わがままお嬢様だってよ、そっくりだな!」
「なっ!私はわがままじゃなーい!」

小馬鹿にしながら笑うジェイルに頬を膨らませながらビビが怒る。

「気に入ってもらえてよかったぁ〜。」
「これで呼びやすくなったな。」
「あい!」

安堵するルーシィの隣でナツとハッピーが顔を見合わせて笑い合う。

「本当にありがとう。大切に、名乗らせてもらうよ。」
「もぉ、大袈裟だなぁ〜!」

お礼を述べるカイトの言葉に照れ臭そうにルーシィが体を捻る。

「それじゃあ改めて……俺はカイト。お互い、これからよろしくね。」
「私はシルビア。いつでも遊びに来て。あなた達なら大歓迎よ。あ、でも、奴等に見つからないようにね。」
「俺は!正義の英雄(ヒーロー)ジェイルだっ!困ったことがあったらいつでも頼ってくれ!」
「私はヴィヴィアン!ビビって呼んでね!よろしく!」
「……ギ、ギルバートだ。……ギ、ギルって、呼んでくれ。……よろしく。」
「私は、レミ。よろしくね。」

ギル、ジェイル、カイト、レミ、シルビア、ビビの6人は新たに与えられた自分の“存在証明”を嬉しそうに口にしながら、改めてナツ達に向き合った。
その時「ポポーッ!ポポーッ!ポポーッ!」と鳴きながら壁にかかっている鳩時計の鳩が扉から顔を出した。見ると、針は午後6時を指し示していた。

「えっ!もう6時!?」
「もうそんな時間か〜。」

時計を見てコテツが驚嘆の声を上げ、その隣でグレイがどこか間延びしながら言う。

「え、待って!オイラまだケーキ食べ終わってないよぉ!」
「もぉ、ちゃっちゃっと食べちゃいなさいよ。」
「んじゃハッピー、上の苺俺にくれ。」
「ダメだよ!これはオイラのだよっ!」

皿に残っている半分くらいのケーキを見てシャルルが肩を竦め、上の苺を摘もうとするアオイの手を飛んでかわしながらハッピーは半ば詰め込むようにケーキを口に入れた。

「それじゃあ、私達はこれで失礼する。」
「本当に、いろいろありがとうございます。」
「また来てくださいね。」
「あぁ。」

エルザがカイトとシルビアと握手を交わす。

「俺はよく街に出て困ってる人を助けながら情報収集したり、コイツはあのでっけェ公園で歌歌って金稼いでるから、近いうちにまた会うかもな。」
「また私の歌、聞きに来てね!」
「はい!もちろんです!」
「今度はちゃんと、お金入れてやるよ。」

ジェイルとビビの言葉にウェンディとイブキが大きく頷く。

「……“記憶の宝石”、見つけたら妖精の尻尾(フェアリーテイル)に届ける。まぁ、直接手渡しは無理かもしれないけど。」
「ううん、探すのを手伝ってくれるだけで嬉しい。ありがとう。」
「お互い、頑張る。」
「うん!」

若干照れながら言うギルとふわりと微笑みながら言うレミにエメラはお礼を言う。

「じゃーなお前等!また会おうなっ!」
「あい!」

既に梯子を登ろうとしていたナツの言葉を合図に、「おい、早く登れよ」「ちょっと!パンツ見ないでよ!」「気をつけて登ってね」など言い合いながら順番に地上へ上がっていく。

「あれ?バンリさん、早く行かないと置いて行かれちゃいますよ?」
「ていうか、バンリさんもケーキ食べ終わってないじゃないですか。」
「苺、嫌い?」
「……もったいないな。」
「あ、じゃあコレ俺が食ってもいいか?」
「ずるーい!私も食べたい!」

皆が登り終えても一向に梯子を登ろうとしないバンリを見てカイトが声をかける。ナツ達のティーカップやケーキの皿を片付けようとしたシルビアが苺だけが残ったバンリのケーキの皿を持って立ち上がり、レミがコテッと首を傾げながらバンリに問い、ギルが腕を組みながら言い、ジェイルが舌舐めずりをしながら苺に手を伸ばそうとするジェイルの手を掴みながらビビも負けじと手を伸ばす。
するとバンリがくるりと振り向き、紅玉(ルビー)のように紅い今にも吸い込まれてしまいそうなその瞳と目が合ったカイト達はゴクリと喉を鳴らした。

「捨てる神あれば拾う神あり。」
「え……。」

バンリが淡々と言葉を紡ぐ。そしてゆっくりと、カイト達に歩み寄る。蛇に睨まれた蛙の如く、カイト達はその場から動くことができない。

「エメラに、「一人じゃない、仲間がいる」と言ったのはお前達だ。その言葉……そっくりそのままお前達に返そう。」

怪しく、美しく、輝く紅玉(ルビー)から目が離せない。

「一人じゃない、仲間がいる。……だから大丈夫。」

カイト達の眼前で立ち止まったバンリは再び言葉を紡ぐ。

「“存在”することは、決して罪にはならない。」

そしてシルビアが持っている皿に手を伸ばすと、真っ赤に熟れた苺を口に放り込んだ。

「おーい!バンリーーー!」
「何やってんだよーーーっ!置いてくぞーーーっ?」
「「「「「「!!?」」」」」」

カイト達が地上から聞こえた微かなナツとイブキの声で我に返った時、既にバンリは梯子を登り終えておりギギギギギィ……と軋んだ音を立てながら地上へと続く鉄の蓋を閉めようとしているところだった。

「ありがとう。……また、いつか…どこかで。」

ガシャンと控えめな音を立てながら、地上からの光は閉ざされた。
 
 

 
後書き
Story14終了です!
……実はこのお話を書き始めたの、8月なんです。もう3ヶ月経ってしまった……。自分の不甲斐なさに嘆く今日この頃です。
そしてそして新キャラ6人、やっと名前があきらかになったーーーっ!ギル、ジェイル、カイト、レミ、シルビア、ビビをどうぞよろしくお願い致します!
さて次回からは新章に入っていきます!どんなお話かって?……実はまだ何も決めていません!←え
本当に恐ろしいくらい何も決めていないんですよ。それどころか次回をいつ書けるかが未定なので……どうか気長にお待ち下さい!
それではまた次回、お会いいたしましょう! 
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