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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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ホープレス・チャント-alternative-
  開演

 
前書き
ホロウ・リアリゼーション編、略してホロリア編の開始になります。例によって例の如く、ゲームをやっていない読者様でも楽しんで読める、を目標としていますので、よろしくお願いいたします。
 

 
 喋り声1つない教室。聞こえてくる音と言えば、時計の針が時間を刻む音に旧式の冷房の音、ペンを走らせる音に……たまに寝息ぐらいしかない。しかして教室内の雰囲気は静寂とは言い難く、全体がどことなくソワソワとしているかのようだった。

「ペンを置いて。これからプリントに触れないように」

 そうして先生の揺るぎない言葉が教室に響き渡ると、生徒たちは三々五々にペンを机に置いていく。本来ならばそれは死刑宣告にも等しいものだったが、生徒たちの表情に悲しみの感情は見てとれない。それどころかウズウズと身体を揺らしているものすらいて、その瞳は、まだかまだかとタイミングを伺っていた。

「……うん。それじゃあ、まだテストをやるところもあるから、早く帰るように」


「テスト終わりおめでと~!」

「おめでとうございます」

「お疲れさま」

 そして気づけばテスト終わりのお祝いという名目で、行き着けの喫茶店にてリズの音頭とともにお冷やで乾杯していた。もはや7月も下旬といったところで、身体全体を冷やす冷水はまるで聖水かと錯覚させるほどのものだった。特に暑さが苦手らしいルクスの消耗が予想以上で、この喫茶店に来るまでに倒れてしまうのではないか、とちょっと心配になったほどだ。

「……ルクス、大丈夫?」

「はい、ご迷惑おかけしました」

 お冷やをちびちびと飲むルクスの様子を見るに、どうやらもう大丈夫らしい。テスト終わりのお祝いと言っても、選択している授業の関係から揃って終わるのはこの三人くらいで、シリカなどはもう早々に終わっていたりする。逆にまだ学校に残ってペンを走らせているのは、キリトやアスナのような名門への進学組だろう。

「凄いですよね、キリトさ……ん。海外への留学も考えてるなんて」

「……当然のように一緒に行く気のアスナもな」

 確かにユウキやユイのためにオリジナルのガジェットを開発していたりしていたが、まさか海外の本場に留学も考えている程に、キリトがVR方面への進学を本格的にしているとは思わず。そんな規格外な進学先にもかかわらず、当たり前のようにキリトと同じ進学先を狙っているアスナも含めて、同年代のメンバーは多少なりとも衝撃と影響を受けていた。

「ルクスはさ、キリトたちみたいに夢はあったりするの?」

「ええと……キリトさんたちほど立派なものではないんですけど、保育士に興味があって」

「へぇ……なんか目に浮かぶようね」

「確かに」

 確かに幼児ぐらいの子供に囲まれるルクスの姿というのは、目を閉じるまでもなく簡単に想像が出来た。とてつもなくその姿は似合っていたものの、自分の未来図が想像されるのが恥ずかしいのか、ルクスがぶんぶんと手を振っていて。

「わ、私のことなんかより……リズにショウキさんは、どうなんですか?」

「んー……あたしはさ、ずっと自分の店を出すのが夢だったんだけど……最近、《ALO》の武具店で充実してる感じなのよねぇ」

「これだけずっと切り盛りしてくればな」

 《SAO》で露店商をしていた時から数えれば、リズが客商売をしているのはもう三年ほど前からになる。場所は変わり、世界は変わり、プレイヤーは変わり――手伝っている程度の身分からしても、これは立派な客商売と言えると自負している。もちろん現実の店とは勝手が違うことは分かっているが、リズにしてはこの武具店を切り盛りする毎日とは、すでに夢が叶っているも同然だった。

「だから、あたしは考え中。今の時代、現実で店を出すのが難しいってのも分かるしね……」

「まあ、リズっちにはショウキくんのところに永久就職! って選択肢もあるもんね~」

『ブフッ』

「ご主人様~お飲み物、お待たせしました」

 二人してお冷やを口に運んでいたところ、近づいてきていた亜麻色の店員から放たれた地雷に、リズと揃ってむせかえっていたが。その元凶はなにくわぬ顔をして、俺たちの机の上にコーヒーを運び込んできていた。

「……ねぇレイン。お客様を噴き出させる店員ってどう思う?」

「えーっと……店長には秘密にしておいて欲しいかなー、なんて。ほら、これも持ってきたから」

 そうして恨みがましい視線で見つめてくるリズをかわしながら、もはや見慣れてしまったメイド服姿のレインが、コーヒー以外にある注文書を机に置いた。紙には何やら模様が書いてあるようで、その模様を《オーグマー》で読み取ると、ミニゲームが始まるという寸法だ。クリア特典はケーキか何かで、もう随分と《オーグマー》もあって当たり前のものと化していた。

「そういうレインは……って、聞くまでもないよな」

「うん。レインちゃんはいつでも、夢に向かって邁進中ですぞ?」

「すごいですよね……」

「え、えと、いざそう言われると照れるんですけど……」

 学生として過ごしている俺たちと違いこうしてアルバイトをしつつ、もう仕事もある立派なアイドルの卵のレインに、もはや夢の話など愚問であって。そんな風におどけていたレインだったが、ルクスの直接的な尊敬の念に当てられて、照れで顔を赤く染めつつチラリとこちらに視線で助けを求めてくる。ああいうストレートな称賛に弱い、そんな彼女の気持ちは分からないでもないので、とりあえず助け船を出してやろうと。

「レインには夢とか今更だよな」

「はい。レインさんのそういうところ、凄い尊敬してて」

「ぅぅ……」

 どうやら助け船は泥船だったようだ。というか、そういうことを臆面もなく言いきれるルクスが悪いというか。そしてもう一人だけ助け船を出せる存在であるリズは、だんだんと縮こまっていくレインを見て、先の噴き出したお冷やの意趣返しとしてかニヤニヤと笑っていた。

「ショ、ショウキくんはどうなのかな!」

「ショウキは何にでもなれるわよねー」

「……どういうこと?」

 泥船をよこした代償に矛先を変えてきたレインの問いに、リズが皮肉を込めた言葉を返してきた。その奥歯に物が挟まったかのような物言いに、レインがリズに問い返すものの、リズは面白そうに笑うのみで答えようとはしない。というよりは、聞くならば本人に聞け、といったような様子で、レインとルクスの視線がこちらに向けられた。

「あー……その、最近、資格の取得が面白くて」

「よく分からない資格マスターよねぇ、すっかり」

 ……きっかけは、リズの役にたてるかと学んでいた会計士などの資格だったが、いつしか他の店商売には使えない資格にも手を出していて。もはや資格取得が趣味になってしまっていて、一体自分が何をしたいのか分からない経歴になってしまっていた。取得した資格が全て役にたつかと問われれば、専門的なことも多いのでその分野以外では役にたたないと言ってよく、リズの『何にでもなれる』とはそんな状態を皮肉っているのだろう。

「箸を綺麗に持てる資格、とか取ってきた時は何かと思ったわよ」

「え? お箸……ですか?」

「へ、へぇ……」

「……わりと難しかったんだぞ」

 何の役にたつのか、と問われれば、困ったように髪を掻かざるを得ないが。半ば以上に自己満足なことが趣味になってしまって、我ながら面倒くさいことをしているな、と思っているのも確かだが。

「っと、そろそろ仕事に戻らないと怒られちゃうかな」

「あ、呼び止めて悪かったわね」

「ううん。《オーグマー》のミニゲーム、ぜひプレイしてね、ご主人様~」 

 以前は《オーグマー》に関する仕事をしていたからか、ちゃんと宣伝を挟みつつもレインは手を振って仕事に戻っていく。お冷やから頼んだコーヒーに口をつける飲み物を変えながらも、三者三様に《オーグマー》の準備をしていて。

「……ま、せっかくだからプレイさせてもらいましょうか」

「はい!」

 学校の授業でも使う……というより、すっかり携帯端末と同様の扱いになったために、《オーグマー》を持っていないということもなく。机の上に置いてある、《オーグマ》による特別ゲームのクリアボーナスとなっているケーキをチラチラと見ながら、リズは意気揚々と《オーグマー》を装着する。せっかくだから、などと言いつつウキウキとしている彼女を微笑ましく見ながら、俺にルクスもリズに倣って。

「さて! どんなもんかしら?」

「これは……」

 机の上には俺たちをデフォルメした三人のチビキャラクターが立っていて、《オーディナル・スケール》のデータでも流用したのか、武器もそれぞれ愛用のものを持っていて。とはいえ自由に動かせるわけではないらしく、俺の目の前には行動を決定するメニューが表示されていて、どうやらシミュレーションゲームのような様相を呈しているらしい。

「やだっちょっとチビルクス可愛いじゃない!」

「そっ、それより……これは、あの旗を取ればいいのかな?」

 そうして机の端に立ったミニマム俺たちと違って、机の中央にはビーチフラッグがごとく旗が置かれていて。ただし旗を取りに行くといっても容易いことではなく、辺りには番犬のようにミニマムゴブリンが巡回している。あのゴブリンたちの防備を突破しつつ、中央の旗を取りに行く、というゲームらしい。

「んー……シミュレーションはどうもねぇ。二人は?」

「未経験」

「私も、あまり……」

「アスナ辺りいれば違ったんでしょうけど……まあ、とりあえず動かしてみようかしら」

 未経験のジャンルに顔をしかめる三人だったが、ひとまずリズが行動あるのみと自分のコマに進むよう指示を出す。すると机の上のチビリズが旗に向かって一歩ずつ歩き出していき、メイスも構えてやる気充分といった様子で鼻をならしていた。その再現度の高さに思わず感嘆しそうになったものの、机の上ではそれどころではない事態が起きようとしていた。

「リズさん!」

「えっ?」

 ずんずんと進んでいくミニマムリズだったが、旗を中心としてある部分に足を踏み入れた途端、近くのゴブリンがリズの方にグルリと向き直った。そのまま勢いよく三人ほどの集団で襲いかかって来ていて、本物のリズとミニマムリズも同様の驚愕したリアクションを取った。

「ちょ、ちょっと! 索敵範囲が広すぎない?」

 リズがすぐさま離脱を選択したことで、その索敵範囲から離脱することに成功したのか、ゴブリンたちはリズを追うのを止めて旗の巡回に戻る。ミニマム俺たちがどれだけの戦力かは分からないが、ゴブリンの集団に力づくで勝てるゲームバランスではないだろう。

「これは……正面からは難しそうね」

 リズの言う通りとはいえ、ミニマム俺たちにスキルと言ったようなものはない。それらがあればスキルを駆使するゲームとでも思えたのだが、やはり何度も確認しようがそんなものは見当たらずに、ならばどこかに打開策があるはずだと見渡してみれば。

「あれ……そこの調味料、ARになってないか?」

「え? ……あら、本当ね」

 最初に不信感を覚えたのは、机の端に置いてあった調味料が同じ場所に置いてあるメニュー表に比べて、微かな違和感を感じたことだった。言われてみれば、とリズが試しに醤油差しを持ってみると、リズの手の内と机の端に二つの醤油差し
が出現した。リズの手の内にある醤油差しが本物の醤油差しで、未だに机の端に置いてある醤油差しは、あくまでAR――拡張現実によって生み出されたものなのだろう。その証拠に俺たちにAR醤油差しを触ることは出来ず、触ろうとしてもすり抜けてしまうのみだ。

「よく気づいたわね、あんた……」

「それより、何かあるんじゃないか?」

「はい。わざわざARで再現してるくらいですし」

 リズからの感心したような視線から話を逸らすと、それぞれメニューを操作して、ミニマム俺たちを醤油差し等がある机の端に集結させる。ミニマム俺たちが移動している間にも、他の部分もARに変わっていないか、注意深く観察はしてみたが徒労に終わって。

「メニューが増えたみたいですよ?」

「あら。もしかしてお手柄かもよ、ショウキ。ええと……」

「……持ちかえる?」

 試しにそのメニューのボタンを触れてみれば、机の上のミニマム俺たちはそれぞれの武器をしまいこむと、代わりに調味料の容器を手に取っていた。俺の分身は醤油差し、リズは角砂糖でルクスは胡椒入れと言った具合と、明らかにネタ枠としか思えない装備で。それを鏡で見る自分の顔が大真面目で持っているものだから、小さい分身とはいえどことなくシュールさが拭えない。

「えっと……」

「き、きっと攻略の鍵よ! 行きましょ!」

 リズはそうやって自分に言い聞かせるように呟きながら、自らの分身を机の中央にある旗に向かって進軍させる。ルクスと顔を見合わせたものの、一人で行かせる訳にもいかないと、俺にルクスも進軍させていったが。

 ――どうやら、これが正解だったらしい。

「来た来た来た!」

「なら……」

 そうして三人で行動していたからか、ゴブリンたちも一斉に俺たちの方に走っていく。その行動パターンに迷いはなく、俺たちがどうするか悩んでいる間にも凄まじい勢いで進軍してくる。そこに醤油差しを使うようメニューで操作すれば、俺の分身は大量の醤油をぶちまけてみせ、机の上に広がっていく醤油エリアに侵入したゴブリンは一人残らず転倒する。

 その隙に醤油エリアを迂回した俺たちに、ゴブリンの旗を直衛する部隊が立ちはだかるが、そこはルクスの胡椒が目潰しとなって襲いかかった。さらにリズの角砂糖が……特に使い道のなかったのか、現実もミニマムも共に半ギレになりながら適当に放り投げ、ゴブリンを一体ダウンさせつつ。最後にミニマム俺が旗を奪ったことで、ゲームセットの表示が浮かび上がっていた。

「おめでとうございます。ゲームクリアセットです」

「……ねぇレイン。このゲーム、変えた方がいいわよ」

「そう? 私は意外性があって気に入ってるんだけど」

 ゲームクリアセット、などと称しながら、レインが三つのショートケーキを机の上に置く。もちろん醤油や胡椒、倒れたゴブリンすでに机から消えていて、ちゃんと清潔な机が姿を見せていた。ただしミニマム俺たちだけは机に残っていて、レインが持ってきた三つのショートケーキに、それぞれ駆け寄っていく……それはまさしく、自分たちの好みのものであって。

「ほら、可愛いでしょ?」

「まあ、ミニキャラは……うん」

「い、いただきましょう!」

 ゲームの出来自体はともかくとして、そこだけはリズも認めざるを得ないようで、消えていくルクスのミニキャラを惜しそうに見ていたが、その視線を遮るようにルクスが三人にケーキを配っていて。《オーグマー》の思考を読み取る機能に嫌な思い出がないわけではないが、まあケーキの好み程度ならば便利なものだ――と、自分に言い聞かせていると、そんな《オーグマー》によって、視界の端に新たなニュースが表示された。

「それでは、ごゆっくり――」

「ん――これは……」

「いただきま……えっ!?」

「え? あ……!」

「……ど、どうしたのかな?」

「どうしたもこうしたもないわよ!」

 レインからしてみれば、ケーキを食べようとしていた三人が突如として視界の端を向くと、驚愕とともにフォークを置いたのだから気にもなる。対して興奮冷めやらぬリズは素早く《オーグマー》の広告を可視化したものの、そもそも《オーグマー》を装着していないレインには、拡張現実に映る広告を見る手段はなく。それにレインも気づいたのだろう、ポケットから業務用らしき《オーグマー》を取り出すと、装着してその広告を目の当たりにする。

「グランドクエスト……第二弾?」

「そっちも楽しみだけど、あたし的にはやっぱこっちよ!」

 その広告とは、《ALO》の運営からの、かつての世界樹攻防戦に続く第二弾グランドクエスト開始のお知らせ。先の《オーディナル・スケール》の人気により、ずいぶんと延期されていたが、学生の夏休みに合わせたこのタイミングの告知と、どうやらここでユーザーを取り戻そうとしているらしい。

「アインクラッドを50層まで開放……!?」

「《ALO》も、思いきったことをしましたね……」

 そうしてグランドクエスト第二弾の一環として、アップデートが止まっていた浮遊城《アインクラッド》の50層までの開放。先に開放されたのは年末に30層までということで、これから長く長く続いていくだろうグランドクエスト開始の幕開けには、ややオーバーすぎる程であるだろう。

 さらにアインクラッドの開放においては、俺やリズには新たなクエストの始まり以上の価値があり、気づけば小さく呟いていた。

「50層まで、か……」

「ショウキくん?」

 その呟きを聞かせるつもりはなかったが、不覚にもレインに聞かれてしまったらしく、怪訝な表情でこちらを見つめてきていて。多少ながらばつが悪いものの、特に隠すわけでもないと語りだした。

「ああいや、俺とリズはさ、アインクラッドにいた時は、48層がプレイヤーホームだったから」

 第48層《リンダース》。その郊外に流れる川のほとりに、かつての《リズベット武具店》は構えられていて、心地よい水車の音が木霊する静謐な場所だった。その隣に俺も《SAO》後半からはプレイヤーホームを建てていたものの、使っていた時間が僅かな上にほとんど寝に帰っていただけのため、正直に言えばプレイヤーホーム自体はあまり印象に残ってはおらず。どちらかと言えば、リンダース全体の雰囲気の方が思い出深い。

「…………」

 つまり重要なのは、ここしかない! とまで思って、あの店を買って、数えきれないほどの思い出があるリズの方で――チラリと、気づかれない程度に彼女の方を向いてみれば、過去を思い出すかのように遠くを見つめていて。そんなリズの様子に、知らず知らずのうちに拳に力がこもっていた……俺を見て、レインは面白そうに笑っていた。

「そっか。じゃあ、頑張らなきゃね」

「あー……ああ」

「ええ! みんなにもバリバリ協力してもらうんだから……って、どうしたのよショウキ」

 そんな恥ずかしい様子を見られて髪の毛を掻いていた俺とは対照的に、遠くを見つめるのを止めたリズは、いつも以上にとても朗らかでいた。しかしてニヤニヤと微笑みを浮かべつつ、何も言わずに赤面するこちらを見ながら仕事に戻っていくレインを見ると、何を察したのかこちらをジト目で見てきていて。

「ちょっと、レ……あら?」

 そんな気恥ずかしい雰囲気を打ち破ってくれたのは、どこかから流れ出したセブンの曲の着メロだった。しばしメロディーを聞いていたが、俺とリズは神崎エルザの曲を設定しているため、残るはもちろんルクスの携帯からで。

「あ、ごめんなさい。電話が――」

『ねぇルクス! 見た? 見たでしょ、アインクラッド開放の話!』

 そうしてルクスが電話に出なから立ち去ろうとした瞬間、どこかに歩いていく暇もなく興奮した少女の声が響き渡った。電話先のことを考えられないほどに熱狂しているのか、困り顔のルクスに構わずマシンガントークが放たれていくのが、対面の席に座っている俺にも分かる。それは隣に座るリズは尚更だろうと、ため息をつきながらルクスから携帯を取りあげると。

『あのフィールドがどんな風にリメイクされたか、二人で見に行きましょうよ! それから――』

「はいはい、嬉しいのは分かったから。電話はもっと静かにね、グウェン」

『――へ?』

 思っていた者と違う声で応じられたのか、電話の主――グウェンがすっとんきょうな声をあげて。対してリズはそんな声を聞いていないかのように、ルクスから許可を貰って携帯の音量を下げつつスピーカーのモードに変えていく。

『ちっ、違うわよ! 別に嬉しいとかじゃなくて、ルクスにも教えてあげよってだけで!』

「はいはい、そうよね。分かる分かる」

『ッ~――!』

「ええと、グウェン」

 何が違うのやら、グウェンが何かと言い訳を始めていくが、リズはそれを適当に、かつ面白そうに流していて。とはいえ流石にいたたまれなくなったのか、困ったような笑みを浮かべながらルクスが携帯に語りかけると、ずっとリズに噛みついていたグウェンがピタリと口を閉じた。

「クナイ、なくなってましたよね? あの場所に行く前に、リズさんたちの店に寄って行きましょうか」

『……いつもの、用意しときなさいよ』

「だってさ」

「あいよ」

 リズが作っていないということもあって、《リズベット武具店》でも売れ行きもさっぱりな商品のクナイだったが、お得意様がいるということはありがたいことだ。数少ないクナイ使いの同士として、内心に喜びを圧し殺しながら応答しながら、心中で作りおきがあったか確認しておくと。先程までから騒がしかった携帯の向こうのグウェンから、何やら躊躇するような雰囲気が感じられて。

『……そういえば、あんたたち知ってる? 例の……《デジタルドラッグ》のこと』

「……穏やかな名前じゃないな」

 念のためにリズとルクスにも問いかけてみるも、二人とも聞いたことがないとばかりに首を振っていて。字面からして分かりきったことではあるが、あまり愉快な話ではないようで、携帯の向こうのグウェンからも多少のうなり声が聞こえてくる。

『最近、他のゲームで出回ってるらしいのよ。反応速度とかを上げて幸せな感じにして、中毒症状があるってのがね』

「へぇ……まさにドラッグね」

「……グウェン。またそういう情報が来る付き合いを?」

『へっ!?』

 そんなグウェンからもたらされた情報に、俺もリズも嫌な予感を感じざるを得なかったが、ルクスだけは少しだけ反応が違っていて。いつもほんわかな雰囲気を漂わせているルクスには珍しく、どこか怒りの感情を覗かせていて、グウェンも予想外の返答に上ずった声をあげた。

「どうなんですか?」

『たまたま! たまたま、その、昔とった杵柄? って言うの? 《ALO》にも出回るかな、って警告してあげただけなんだから! じゃ、じゃあクナイ準備しときなさいよ!』

 最後まで早口言葉でまくし立てながら、グウェンは一方的に電話を切った。こちらも恐る恐るルクスの方を見てみれば、どうしてかたなびくウェーブの入った髪が邪魔で、彼女のうつむいた表情を伺うことが出来ずにいて。その偶然ながらもホラーめいた演出に、内心では戦々恐々としながらコーヒーを一口。

「……ちょっと怖がらせすぎちゃったでしょうか」

「ううん、グウェンにはいい薬でしょ。……まったく、そのヤバい薬の方は効かないで欲しいもんだけど」

 ……しかして、正面を向いたルクスは、むしろ申し訳なさそうな表情で、しゅんと身体を小さくすくませていて。気にするなとばかりに肩を叩くリズを見るに、あまり危険な場所には近づかないように、というグウェンへの釘刺しのための演技か。

「さて、今から帰っても《ALO》はメンテ中だし……いい加減、ケーキに舌鼓を打つとしましょうか!」

「……そうだな」

 そうしてリズが、拍手をするかのように手のひらを叩いて。《ALO》の新情報の件やグウェンの電話の件ですっかり忘れてしまっていたが、俺たちの前にはケーキがあるのだった。クリアボーナスセットとして、長く厳しい――という訳でもない、むしろシュールな戦いを共に乗り越えた報酬に、俺たちは改めて手を合わせて。

『いただきます』


「食べた食べたー!」

「お粗末さま」

「あんたが作った訳じゃないでしょー」

 ルクスは丁寧なお辞儀とともに喫茶店の前で別れたため、駅までの帰路は俺とリズのみで。流石は《オーグマー》と言ったところか、クリアボーナスセットにいたくご満悦のリズの隣で、もう暑くなってきたな……と、手で自らを扇ぐ。

「……ね、リンダースのことなんだけど」

「どうした?」

「アスナたちの家を見る限り、家とかは再現されてるわけじゃない?」

「ああ……」

 ふと、隣を歩くリズが神妙な面持ちとなって、ずっと気になっていたであろうことを口にする。俺たちより遥かに早くプレイヤーホームを取り戻して、メンバーの集合場所にも使われている、第22層のキリトの家を思い出しながら。当時の旧アインクラッドでも何度か行ったことはあったが、現在の《ALO》に再現されたものと変わりはなかったはずだ。

「なら……あのお店に、ハルナはまだいるのかしら」

「…………」

 ハルナ。旧アインクラッドにおけるリズベット武具店において、店員をやっていた女性のNPCの名前だ。特に何かが変わっている訳ではなく、通常の店員NPCと違いはないのだが、それでもリズにとってはデスゲームをともに生き抜いた『友人』だ。

「こちとらずっとお世話になってたってのに、お別れも言わないで消えちゃったんだもの。だから……まだ、あの店で待ってるんじゃないかなってね」

「リズ……」

「……なんて。そんなロマンチストみたいな話、あたしらしくないわよね! ごめんね、忘れて」

「……早く、迎えに行こう」

「え?」

 気恥ずかしくなったのか、おどけて笑うポーズを取るリズに対して、小さく背中を叩いてみせる。いつも背中を叩いて発破をかけてくれるのは、俺ではなくリズの役目であったが、たまには逆の立場になっても構わないだろう。ただしリズはそんなことは夢にも思っていなかったのか、いつも自分がやっていることにもかかわらず、目を白黒とさせていたものの。

「……ねぇ。気合いを入れるにしては、ちょっと威力が低いんじゃない?」

「あいにく、経験が少ないからな。力加減が上手くいかなかった」

 すぐに軽口で返してくるリズの様子を見るに、どうやら目論見は成功したらしく。珍しいこともたまにはやってみるものだ、といい気分のまま言葉を返して――しまった。その返答は悪手だと気づいた時には、時すでに遅く。

「へぇ……じゃあ、お手本をみせてあげるわ!」

 気づけば背後に回り込んでいたリズの手のひらが、気合いを込めるように背中に炸裂する。本職だけあって絶妙な力加減の一撃だったが、やはり事前の通告は必要だ、という文句を言ってやろうと振り向けば。

「どう? あんたも気合い入った?」

「……おかげさまで」

 俺にとっては太陽のような笑顔を浮かべる彼女を見れば、そんな文句など雲散霧消してしまう。そうしてお互いに気合いを込めた後は、再び並び立って歩き出していく。こんなナイスな展開がいつまでも続くようにと、心の底から祈りを込めて。
 
 

 
後書き
 ホロリア? アイングラウンド? SA:O? 何のことです?
 
 さて、今回のホロリア編について語っていたりしますので、よろしければつぶやき機能まで
 
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