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タガメ

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第一章

                 タガメ
 タガメという虫を図鑑で観てだ、六道夏樹は両親に聞いた。
「タガメってこの辺りにいるの?」
「ああ、タガメな」
「あの虫ね」
 息子の言葉にだ、親達はまずは弱った顔になった。そしてそのうえで我が子に答えた。
「この辺りにはいないな」
「街にはね」
「あの虫は水が奇麗じゃないといないんだ」
「それも凄くね」
「うちの近くに川もお池もあるけれど」
 夏樹はあどけない顔で両親に言った。
「それでもなんだ」
「ああ、いないな」
「水にいる他の虫もね」
「ミズカマキリやタイコウチもな」
「あとマツモムシもミズグモもね」
「ゲンゴロウとかもな」
「アメンボやミズスマシもいなくなったわね」
 親達はそれぞれ夏樹が知らない虫達の名前を出して彼等で話した。
「もうね」
「この辺りにはいないな」
「田舎でもそうよね」
「最近いなくなったか?」
「水が汚くなったから」
「だからな
「ううん、お水が相当奇麗じゃないとなんだね」
 ここまで聞いてだ、まだ小学二年生の夏樹は言った。
「タガメとかそうした虫はいないんだね」
「ああ、そうなんだ」
「ちょっとね」
「この辺りにはな」
「というかこの街にはね」
「お父さんが子供の頃はまだいたんだ」
「お母さんがいた街にもね」
 二人でまた我が子に話した。
「それがね」
「川も池も汚くなってな」
「それでなのよ」
「いなくなった」
「じゃあお水が奇麗になったら」
 夏樹は両親に言った。
「僕もタガメを見られるんだね」
「そうなると思うけれどね」
「それはね」
 両親も否定せずに答えた、だが。
 その顔は微妙なものでだ、我が子に言うのだった。
「それでもね」
「けれど難しいな」
「相当にね」
「タガメは本当に奇麗な水にしかいないからな」
「それも相当にね」
「農薬や変な土の入っていないな」
「とにかく奇麗なお水にしかいないから」
 こう我が子に言うのだった、しかしだ。
 夏樹は水を奇麗にすればという言葉を思い出した、それでだ。
 学校で担任の先生にもタガメの話をした、しかし先生もこう言った。若い女の先生で名前は津上枝織という。少し頬がふっくらとしているが黒髪を長く伸ばしているのが実によく似合っている。この場所で生まれ育ってきている。
「先生は昆虫のことは詳しくないけれど」
「それでもですか」
「タガメはね」
 それこそというのだった、微妙な顔で。
「見たことがないわ」
「そうなんですね」
「この辺りは川やお池だけじゃなくて湧水の場所もあるけれどね」
 こう夏樹に話すのだった。
「あと田んぼも」
「田んぼにはいないんですか?」
「昔はいたらしいわ」
 夏樹に話すのは微妙な顔のままだった。 
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