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明日へ吹く風に寄せて

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Ⅵ.明日へ吹く風に寄せて


- とこしえに 天つ光の 海原を 駆け行く声に 我は答えん -

 この「招魂祭舞」は、全部で八つ唄から成り立っている。正式には、呼び出す死者の没年と遺品が必要となる上に、舞型はかなり難しい。現状での成功率は、かなり低いと言えるのだ。
 舞手は二人一組で舞台上に紋様を描くように舞わねばならず、失敗したら一からやり直しとなってしまう。
 だがこれが成功したとしても、必ずしも死者が招魂に応じるとは言い切れない。一般的な死を迎えた者であれば問題ないが、事故や殺人などはかなり難しいと言える。
 そして一つだけ、絶対に呼び出せない魂があるのだ。それは…自殺者の魂だ。

- 流れゆく 時の陰に 埋もれしも 我が声を受け 此処へ還らん -

 最後の唄まで滞りなく完成した。しかし…何一つ変わることはなかった。
「どうなっている?舞は完璧だった…。たとえ遺品がなく没年が分からないにしろ、何らかのアプローチがあるはずだが…。まさか…!」
「旦那様。右大臣の息子は…自害されたのでは?」
 その言葉に僕は深い溜め息を洩らしつつ本間へと返した。
「そう考えて然るべきだろつな…。」
 僕の声に、今度は颯太が反応した。
「それじゃ…どうすんだよ。この結界だって、これ以上は保ってられねぇんじゃないのか…?」
 確かに…このままでは八方塞がりになりかねない。春桜姫を滅さなくては、こちらが危険な状態になることは目に見えているのだから…。
「なっちゃん…結界が歪み始めたわ!」
「旦那様、このままでは…!」
 もう悩んでいる余裕は無い…と言うことか。春桜姫には悪いが、こうなってはどう仕様もない…。
 今も結界を破壊しようと鬼の形相で力を放つ春桜姫に、もはや説得なぞ出来ようもない。
 僕としては甚だ不本意だが、ここで彼女を滅せなくては、他に与える影響も桁違いになるだろう。
「結界を解け。春桜姫を滅っする。」
「旦那様、お止め下さい!それでは旦那様の身にも…!」
「夏輝、止めろ!命を削る気か!」
「そうよ、なっちゃん!他にも選択肢はあるはずだわ!」
 三人は僕を止めようと、すごい剣幕で言ってきた。
 それもそのはず…解呪師が仕事を失敗して魂を滅してしまうことがあれば、相手の魂の対価を払うことになる。それは僕とて理解はしている。父もそれで命を落とし、母も共に逝ってしまったのだからな…。
「構わん。これ以上、被害が拡大してからでは遅いからな。本間、春代さん…結界を。」
「出来るわけないでしょ!まだよ…まだ何かあるはずよ…!」
「もう何も無いんだ!これ以上…」
 僕がそう言いかけた時だった。

 チリン…。

「鈴の…音…?」
 それは僕だけに聞こえたわけではなさそうで、皆が音の出所を探すように視線を彷徨わせていた。

 チリン…。

 再び鈴の音が響いた。すると、僕を含めて皆は思わず目を見開いたのだった。音の出所が分かったのだ。
「玄武の…鈴が…。」
 “玄武の鈴"は、正式には鈴ではない。楽器として作られたのではないようで、音を出すことは出来ない。その玄武の鈴が今、あり得ないことに音を出したのだ。
「一体どうなってる…!?」
 未だかつて、このような話は聞いたことがない。古文書の記録を遡っても、この“玄武の鈴"が響いた記述は一切無いのだ。
「こいつが…鳴ったのか…?」
 今まで声を失っていた颯太が、恐る恐る声を出した時だった。突如、男性の声が辺りに響いた。

-あぁ、我が愛しき姫を滅せぬよう懇願致す!-

 男性の声がそう言ったかと思うと、僕達の前に声の主が姿を現した。それを皆、一目で何者であるかを悟った。
「右大臣の息子か…!」

-我は藤原是滿と申す。永きに渡り我は、その玄武の鈴に封じ込められ、愛しき姫に逢うことすら儘ならなんだ。しかし、其方らの解呪と召還により、その呪縛より放たれることが出来たのだ。礼を申す。-

 藤原是滿と名乗った男性の魂は、とても慈愛に満ちた表情をしていた。長年封じられていたとは思えない程に、その姿より感じる気は清らかだったのだ。
 姿を現した是滿は、すっと千年桜へと向きを返るや、そこへいた春桜姫の元へと向かった。僕達はただ、それを唖然と見ている他は無かった。

- 今更何をしに来たのでしょうや?私は貴方様の使いに首を刎ねられ、この桜の下へと棄てられるかの如く埋められたのですよ?その上家族すら、貴方様の名を伏せんがために焼き討ちされ…私はこうして鬼となったと言うに…! -

- 済まぬ。だが我は貴女を想い続け、父上の命にも背き貴女を救おうと試みた。しかし力及ばず、我は無念の内に自害したのだ。父上に貴女への想いを貫くことを書き残して…。 -

- なれば、何故に今まで逢うては下さらなかったのです?さすれば…私は、このようなことをせずとも良かったのですぞ! -

- それは…怒り狂った父上の命にて、我の魂が玄武の鈴へと封じられからに他ならない。我はあの鈴の中での永き月日、貴女を想い続けていた。身分なぞ関係ないと言った、あの時の貴女の姿。あの美しき姿を再び見ることを夢見、ずっと耐え忍んでおったのだ…。 -

- …今も…私を愛しておられると…? -

- 無論。天地神明にかけ、我は貴女を愛している。姫、この世では叶わなんだが、これから先、世が枯れ落つるまで…我と共にあってはくれぬか…? -

 これは…まるで時代を越えたプロポーズと言えた。恐らく、是滿はこれを言うためだけに自害したのかも知れない。
 それを馬鹿らしいと思う者もいるだろう。だが…是滿のこれは、死をも恐れない純粋な愛だ。
 確かに、死してしまえばそれまでの世だ。先に亡くなった者に出会えるなど、砂漠に埋もれた一粒の宝石を探すに等しいことなのだ。しかし…二人は再開した。

- この鬼と成り果てた私を見て、未だそうお想いですか?私はあらゆる怨みを吸い上げて、あの時のような美しさは御座いませぬ…。それでも… -

- 何も申すな。貴女は貴女であり、我が唯一愛した者。どの様な姿であろうと、我の心は変わりはせぬ。 -

- 是滿様…。もう決して御側を離れとう御座いませぬ…!ずっと…逢いとうございました…! -

 春桜姫はそう言うと、是滿の懐へと抱きついた。すると、姫の体から邪気が浄化されて行き、そこには生前と同じ美しい姿が現れたのだった。
「これが…本当の姿…。」
 あまりの美しさに、颯太は驚いたようだ。
 まぁ…仕方ないだろう。鬼の様相を呈する前も、邪気を浴びて怨霊となっていたのだからな。
「本間、春代さん…。まだ動けるか?」
「はい、旦那様。」
「はい、当主殿。」
 二人の返答を聞き、次いで未だ呆けている颯太にも声を掛けた。
「颯太、君も大丈夫かな?」
「…ん?あ…ああ、平気だ。何をしようってんだ?」
 その颯太の返答を聞き、僕は千年桜の下で抱き合う是滿と春桜姫を見詰めながら言った。
「天昇祭舞を行う。」
 これは“招魂祭舞"と対になる舞で、世に留まっている魂を天へと送る舞だ。舞手一人に楽士三人という編成になるが、ここにはそれが揃っている。
 だが実際には、この“天昇祭舞"は禁止されている舞だが、誰もそのことを口にはしなかった。
 特に、自殺者は天へと昇ることが許されないとされており、試されることすら無かった舞だ。
 どうなるかは分からないが、やはり…この抱き合う二人には幸せになってほしいと思うのだ。
「さぁ、始めよう…!」
 そう僕が言うと、颯太は笛、春代さんは琵琶で、残る本間は鼓を奏し始めたのだった。


- 現し世に 残せし櫻 散り降れば 流る風とて 天へ還らじ -


 さぁ…この哀れなる世に未練なぞ残す必要はない。この世界は淋しいだけの…ただ…ただ…在るだけの虚しい蜃気楼なのだから…。


- 艶やかに 映す水面に 紅葉舞い 往く河もまた 空へ昇りし -


 形あるものはいつか消え去る。だが、想いと云うものは必ず残るのだ。そう…想いだけは人の死も時代も越え、永久へと広がってゆくものなのだ…。


- 哀しみを 包みし如く 降りにける 舞う白雪も いずれ溶け去り -


 いや…消え去るのではない。あぁ、消え去るのではないんだ…。再び結ばれ、そして共に同じ時を流れゆくのだ。もう、苦しみも哀しみも…そして淋しい憎悪も無いんだ…。


- 明日へ吹く 風に寄せるや 向日葵の 輝けし日の 天へと満ち足り -


 最後の詠唱も止み、僕は舞を静かに終えた。
 するとその殺那、身に付けていた六宝装が淡く輝き始めた。それと同時に、千年桜の下にあった春桜姫と藤原是滿の二人も同調するかのように強く輝き始めたのだった。
「これは一体…!?」
 颯太達三人は、それを不思議そうに見詰めている。だが、僕はこの光景を以前に一度だけ見たことがあった。
 それは…両親を見送った時だ。霊体となった父と母に大伯父が同じ儀式を施した時、二人の体がこんな風に輝いていたんだ…。僕を心配して現し世に縛られた父と母。それを憐れに思った大伯父。それでも僕は…。
「我が名に応じ、天よ、その扉を開き憐れなる者を迎え入れよ!」
 僕は古い記憶を振り払うよう言い放つと、二人は光の中へと埋没し、そのまま一条の光となって天へと昇った。

- ありがとう… -

 たった一言、そう聞こえた。それだけで充分だった。
「父さん、母さん…これで良かったんだよね…。」
 ぽそりと呟いた僕の声は、一迅の風によって掻き消された。それでいい…。
「ああ…桜…桜が!」
「颯太…。何を素っ頓狂な声を出してるんだ?」
 僕が苦笑しながら言うと、颯太は唖然とした顔をして千年桜を指差していた。
 そこにはもう一枚の花弁もなく、ただ新緑の美しい若葉だけが残されていた。
「颯太?あんた今更何驚いてるのよ。あの桜って、あの姫様が咲かせていたのよ?それも幻影でね。そうですわよね?本家当主殿。」
 春代さんが笑いながら言ってきた。そうとう体力が消耗してる筈なんだが…この人はパワフルだな。
「そうだよ。あれは、春桜姫の深層にあった強い想いが咲かせてたんだ。その力を失った今、本来の姿へと戻ったんだよ。」
「はぁ…。一枚くらい、写真に撮っとけば良かったなぁ…。」
 颯太のあまりの落胆ぶりに、僕も春代さんも、そして本間さえも笑い出してしまったのだった。
「行方様。来年には再び美しい花を愛でることが出来ます。来年は皆様と共に、ここへ花見に訪れましょう。」
「絶対だかんな!」
「はいはい。」
 本間に軽くあしらわれたような颯太に、またもや笑いが起こった。
 颯太は多少不貞腐れていたが、最後にはみんな一緒になって笑ったのだった。
「旦那様。早くお戻りになりませんと、また彌生様が…。」
 心配そうに本間が言った。
 だが、今宵は良い月夜…。ここで直ぐに帰ると言うのも、何だか勿体無いような気がした。




「まぁ、良いじゃないか。明日へ吹く風に寄せ、今ひとときはこのままで…。」



         終 



 
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