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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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【SEED】ボンサイ操縦者のボヤキとアガキ2

 
 C.E.70年、2月14日。後に「血のバレンタイン」と呼ばれる人類史上最悪のジェノサイドが行われたこの日を境に、コーディネーターという種は全面的な戦争へと舵を切った。数も物量も圧倒的に劣るプラントの一見無謀ともいえる行動を地球連合政府は嘲笑した。
 戦いは数。戦の定石だ。しかしコーディネーターの復讐心はそんな当たり前の常識を覆す凄まじい戦火を生み出す。

 元々反射神経や情報処理能力が常人を凌駕している彼らは、その能力に見合った汎用人型機動兵器「モビルスーツ」の力であっという間に地球連合の支配権を蚕食し、更には同年4月1日に敢行された作戦「エイプリール・フール・クライシス」によって地球全土に効果を及ぼす核分裂抑制装置「ニュートロンジャマー」を大量散布。地球は主要なエネルギー源であった原子力を一斉に封じられ、世界的なエネルギー不足で大量の死者を出す。

 核技術の光と闇を一斉にぶつけ合ったこの戦争は、やがて圧倒的な質によって数を保ったまま勝利し続けるプラント――正確にはプラントの軍事組織ZAFT(ザフト)の優勢という形で地球連合を着実に追い詰め始める。


 ……俺の知る限り、流れが大きく変わるのはこれからだ。

 連合のG計画とその奪取作戦。プラントに所属する身としては余り見逃したくない話だが、ここでザフトの作戦が完全に成功したところで遅かれ早かれあのフラガ仮面が面倒な事をやらかすのは目に見えている。あの野郎マジ迷惑。そしてそれを作ったアル・ダ・フラガの迷惑加減が半端ない。何なんだアンタ。ぶっちゃけアズラエルより100倍迷惑だよ。

 方針としてはもう流れに身を任せつつタイミングを見計らってラクス軍団に参加するぐらいしか思いつかないので、今は目の前の事態に対応しながら生き残るのみである。という訳で、俺は今日も今日とてナチュラルとして肩身の狭い生活を送っている。

「盆栽だけが俺の心を癒してくれる……」

 ぱちり、ぱちりと剪定ばさみで無駄な枝を切りながら、俺は盆栽の緑に癒されていた。無重力のせいか非常にフリーダムな造形の成長を遂げているので同僚に「呪の樹木でも作ってるのか?」と心底理解できない顔をされたが、実際この宇宙において土や緑といったものを見られるのはかなり心の安定に繋がる。ミゲルはそれとは違って造形美に凝り始め、この前は風車みたいな形の盆栽を作ってたが。

 さて、俺はザフトのナチュラルという非常に微妙な立ち位置にいる。
 お上としては俺がナチュラルであることを理由に首を飛ばしたり、或いはナチュラルであることを隠匿したかったか、もしくは戦争で死んでとっととお星さまになって欲しかったのだろう。しかしナチュラルであることを隠すには既に俺の素性が知れ渡りすぎているので無理。じゃあザフトから永遠退場ルートしか残っていない。
 俺としてはこれ幸いとザフトを辞めてジャンク屋にでも転業した方が圧倒的に楽しそうだったのだが、ここで俺と上層部の誤算が三つ。

 まず一つ。恐らくだが、クルーゼが口利きをして俺の処分の話を揉み消した。それが証拠に何かとあいつは俺に意味ありげな視線や言葉を送ってくる。部下思いの理想の上司だったら感動ものだが、フラガ仮面の思惑は分かっている。ナチュラルの俺をザフトに残しておくことで、後で何らかの罪を面白おかしく被せるスケープゴートにする腹積もりに違いない。もしくは戦争終盤で俺を唆して大事件やらかしてもらうとか。ともかく俺の地位の特異性を利用する気であることは想像できる。

 そして次、盆栽マスターズ。ハイネとは途中で所属を違えたが、ミゲルとは未だにコンビを組んで戦っている。そのミゲルだが、こいつは何だかんだでエースクラスなのだ。そのエースクラスの機動には付き合いの長い俺以外は着いてこれない。ミゲルはこの事実を利用して常に俺とタッグの配属を希望している。
 普通の軍隊ならそういうのは許されないが、ザフトは良くも悪くもアットホームな所がある。それにパイロットの絶対数の少なさから特にエース級のパイロットの待遇はかなりいい。そんなエースの生存確率をより上げられる専属パートナーというのは、利用しない訳にはいかないのだ。

 最後に一つ。実は俺とミゲルの戦いは、ミゲルが突っ込んで陣形をかき乱し、落とし損ねた相手を後続の俺が叩き落すという二段構えの戦い方をしている。その関係で俺の撃墜数がミゲルと殆ど同列――すなわちエース級になっちまっているのである。
 まぁ、俺も実力がない訳じゃないのでその辺の平均的パイロットと模擬戦すれば大体勝てる程度には動けるが、エースにすんなし。普通に迷惑だわ。

 という訳でザフトから逃げられない俺であるが、先述の通り肩身が狭い。差別思想丸出しの同僚はナチュラルを平然と罵るし、その後に俺がいるのに気づいて申し訳程度にフォローするのがやるせない。逆に俺を公然と「下等生物が!」と罵ってくる場合もあるのが面倒な所だが、最近は対応が面倒臭くなって「模擬戦するぞ」とシミュレータに乗せてボッコボコにしてから「お前とは覚悟が違うんだ」とそれっぽいことを言って実力を分かってもらうことにしている。みんな俺がナチュラルだからって油断しているのが見え見えなので倒すのは難しくなかったし。

 そしてミゲルはそれに口を出したり出さなかったり、決して庇い過ぎない距離を保っている。俺としてはそれぐらいの距離がありがたいものだ。

「………さぁて、そろそろ格納庫にでも行くかね?赤服のお坊ちゃま方が出撃する頃だし」

 これから彼らは死地に向かう。そしてラスティは死ぬ。多分だが。
 俺はそれに対して「油断するなよ」くらいしかかける言葉を持っていない。未来知ってるけどお前死ぬわ、なんて言える訳もないし、俺が乗り込んでいってもOSの書き換え出来ないもの。出来るのはただ、祈ることのみだ。
 出来ればこの戦いでミゲルとサヨナラバイバイは遠慮したいという思いはあるけれど――まぁ、その辺は俺の頑張りとスーパーコーディネーター殿次第だろう。つくづく他人任せな行動計画に辟易しながら、俺は今日を生き延びるための行動を続けている。

 終わらない明日とやらを、この目で拝むために――。



 = =



 ヘリオポリス侵入計画を控えたアスランたちは、スーツの最終点検をしながら気晴らしに会話していた。こういう時、一番喋るのはディアッカだ。

「しかし昨日の模擬戦じゃ災難だったな、イザーク?」
「煩い、言うな!」

 短気なイザークの怒鳴り声に「おお、怖い怖い」とおどけるディアッカ。しかしイザークの反応も無理らしからぬことだ。その模擬戦でイザークは完全敗北を喫し、エリートの証である赤服の矜持をひどく傷つけられたのだから。その光景を目撃した人間の一人、ニコルもその光景を思い出して微妙な表情を浮かべる。

「『黄昏の魔弾』ミゲル先輩と常に行動を共にするもう一人のエース、『逢魔の狩人』カリグラ……僕は正直、誇張された話だと思っていました。ナチュラルなのにあれほど動けるなんて……」
「ああ……まさかイザークがああも一方的にやられるとはな。あの調子では俺たちの誰が挑んでも同じ結果だろう」
「黙れアスラン!貴様の下手な慰めなど嬉しくもない!!」
「おいおい、それは流石に被害妄想だって。落ち着けよイザーク」

 ラスティにどうどうと諫められるイザークの腸は、昨日の模擬戦の事で煮えくり返っていた。

 彼らはアカデミーの先輩にあたるミゲルとは知った仲だったが、そのミゲルと友人であるカリグラ・タキトゥスという男の事は会話や噂でしか知らなかった。ミゲルの話では面白い友達という範囲の言葉しか出なかったが、別の噂曰く「ナチュラルが成績を誤魔化してコーディネーター気分になっている」とか「ミゲルとハイネの腰巾着」とかろくでもない噂が多数だった。彼ら自身、どうせナチュラルなんだと無意識に見下していた部分もあっただろう。

 その考えを、イザークは馬鹿正直に本人にぶつけた。ミゲルのおこぼれで食っている半端者のナチュラルはザフトには不要だ、と。馬鹿にしているというよりは、そうでないことを示してみろ、という挑発の面が大きかった。

 これは正直、アスラン達から聞いてもちょっと酷い物言いだった。仮にも相手は同じ隊の人間で先輩だ。しかも真偽の程はどの程度かしれないが公式に実績がある。しかし、気性が荒く少し思い込みの激しい所のあるイザークからすればカリグラという男の印象はかなり悪かったため、こんな言葉が出てしまったのだろう。
 それに対して、カリグラという男は激昂するでもなく極めて平静な顔でイザークを手招きし、「模擬戦しよう」と言い出した。即時に行動に出たことにイザークは少しばかりカリグラという男の評価を改めたが、やはり彼の中ではカリグラはナチュラルで緑服の男。自分の方が各上だという意識が潜在的にあった。

 そして、シミュレータによる模擬戦で、イザークはその自信を見事に吹き飛ばされた。

『遅いぞ坊や!対モビルアーマー戦にかまけてジンの性能を引き出せていないな!』
『くそ、何故当たらん!?ぐああああああああッ!!』
『これで五戦五敗だ。そろそろ俺の動きの癖の一つでも掴んできたんじゃないか?さあ、次だ』

 カリグラの操縦技術は見事と言う他なかった。ジンが人型を基礎に宇宙用に開発されたモノであることを熟知し尽した三次元機動と、攻撃して欲しくない嫌なタイミングを的確に突いた攻撃。実戦経験の差がモロに出たこの戦いは、結局イザークの完全敗北に終わった。
 そして終了すると同時にシミュレータ内で項垂れるイザークに近づいたカリグラは一言、「今のお前と俺とでは覚悟が違う。勝敗の差はそれだ」と言い残し、何事もなかったように自室に戻っていった。その一言はイザークに更なるショックを与えた。

 イザークが怒っているのは自分がナチュラルに大負けしたからではない。イザークが怒っているのは、相手がナチュラルだからと心の底でずっと慢心していた自分の傲慢に対してだ。
 ナチュラルとコーディネーターの差は、特殊な状況でない限りは歴然としている。それは確かだ。しかし、だからといって有利な側が油断して、慢心していいという理由など何一つない。そうした油断こそが、次にまた血のバレンタインのような惨劇を引き起こすことを許してしまうかもしれない。或いはその慢心は自分自身や仲間にだって降りかかるかもしれない。これは戦争なのだ。絶対はない。
 
 『逢魔の狩人』は、ナチュラルというハンデがあるからこそ、それをよく知っていたのだ。だからあんなにも冷静でいられたのだ。

「今回の作戦は成功させる……次も、その次も、ずっとだ!俺はプラントを守る。その覚悟を二度と鈍らせてなるものかッ!!」
「力み過ぎだっつーの。ホント加減の出来ない男だな……」
「だが、そういう意識の差がエースとそうでない人を分けるのかもしれないな……」
「エースである必要は必ずしもないですけど、カリグラ先輩のおかげで慢心は取り払われましたね」

 自分達も、いずれその背中に追い付けるのだろうか。
 実戦の空気を感じたことで、後に数奇な運命を辿る若い兵士たちの運命が、少しだけ変動した。
  
 

 
後書き
更新速度とか期待しない方がいいと言いつつも続きです。 
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