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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
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「ヴィー、大丈夫か?」
「うぅ…うぇ…。」
 三人は何事もなく宿の部屋へと着いていた。若干一名、魔術酔いに顔を青ざめさせてはいたが。
「またこっそりやってやれよ。」
 ウイツは苦笑しながらルーファスへと言うと、ルーファスは頭を掻きながら返した。
「ったく仕方無ぇなぁ…。ほれ、ヴィー。」
 そう言ってルーファスはヴィルベルトの頭に手を乗せると、直ぐ様呪文を唱えた。すると、ヴィルベルトの体からダルさが一気に消えたのであった。
「師匠…僕、やっぱり移転魔術は無理かもです…。」
「そうだな。ま、これも慣れだ。近い内に教えっからな。」
「えぇっ!?ま、まだ早いです!」
 ヴィルベルトは再び顔を青ざめさせ、本気で慌てふためいていた。そんな彼を見て、ルーファスとウイツは一頻り笑い転げたのであった。
「お二人共、そんなに笑うことないじゃないですか!」
 ヴィルベルトは笑う二人に向かい、今度は顔を真っ赤にして怒鳴った。
 そんな時、不意に扉が開かれて、そこから初老の男が姿を現した。宿の主人である。
「話し声が聞こえたもんで。いつお戻りで?」
「いや、ついさっき着いたんだ。」
 宿の主人に、ウイツは些か困った表情で答えた。見えないとは言え、まさか部屋に魔術の陣を書いていた…などとは言えない。もしそんなことが知れれば、主人は直ぐ様宿を追い出すだろう。移転魔術は禁止されてる上…宿代を踏み倒して逃げることも出来るのだから。
 尤も、前金にかなり支払ってあるのだから、別に追い出されることも無いとは思うが、やはり言わぬが花であろう…。
「そうでしたかい。言って下さりゃ湯を持ってこさせやしたのに。」
 不思議そうに主人が言うと、今度はルーファスが苦笑混じりに返した。
「湯も欲しいが、出来りゃ先に軽い食いもんが欲しいとこだ。」
 そうルーファスが言うと、ヴィルベルトも「そうですね。そして眠りたいです…。」と続けたため、主人は笑いながら三人に言った。
「そんじゃ食事を先に運ばせ、その後に湯を持ってこさせまさぁ。湯で体を拭きゃスッキリして眠れるってもんだ。」
「お、そりゃ有り難い!」
 ルーファスがそう言ったため、主人は了承とみなしてニコニコしながら出ていった。主人の歳から察するに、ルーファスらは子供の様なのだろう。きっと帰ってくるまで心配していたため、声が聞こえたからわざわざ部屋へ来たと思われた。
 主人が出ていってから暫くすると、三人へと食事が運ばれてきた。三人はそれを平らげると、後に運ばれてきた湯で体を拭き始めた。
「師匠もですけど、ウイツさんも傷が凄いですよね…。」
「ん…?ああ、これかい?私も結構旅をしていたからね。それに、訓練中に負った傷もあるから。」
 ヴィルベルトの問いに、体を拭きならが答えた。
 確かに、ウイツもルーファスもその体にかなりの傷痕がある。しかし、ヴィルベルトはそれだけに関心があったわけではないようであった。
「でも…そんな風になりたいです。僕なんて大して筋肉もないし…。」
 それを聞くや、ウイツもルーファスも互いに顔を見合せて苦笑した。
 ルーファスとウイツの師は違えど、二人の師は非常に厳しい人物であった。当然ながら、魔術師は魔導師を目指すために文武両道に秀でていなくてはならない。それ故、二人は日々鍛練に明け暮れることとなり、謂わば自然とこうなったのである。
 正直な話し、二人にはここまで遣る気など無かったのであるが…。
「そんじゃ、ヴィー。次から剣術と護身術の訓練を五倍にしてやろうか?」
「…師匠、それじゃ半日は訓練に割かれます…。旅、止めてくれますか?」
「…そりゃ無理だ。」
 ルーファスが明後日の方向を見てそう呟いた時、不意に扉が開いて一人の娘が姿を見せた。年若く、恐らくは雇われ女中だろう。
「お湯は…キャッ!」
 娘は三人を見るや、ポッと顔を赤らめて直ぐに扉を閉めてしまった。それもそうだろう…男三人が湯で体を拭いていたのだから。娘は足湯程度だと思っていたのだろう。
「師匠!いい加減に下、着けて下さい!そう言えば、ここ宿屋ですよ!?」
「金払ってんだから良いじゃん。別に減るもんじゃねぇしよ。」
「そう言う問題じゃありません!マナーと羞恥心の問題です!」
 その後もヴィルベルトはルーファスへと小言を連ねたため、ルーファスは仕方無く…腰布を着けたのであった。
「ルー…お前は本当、そう言うとこは変わってないな。あれは確か…十八の時だったか?学内で暑いからと言って、一人素っ裸で水浴びしたのは…。」
「あぁ…そんなこともあったっけなぁ。」
 ルーファスはウイツとヴィルベルトから視線を反らした。
「あったっけなぁ…じゃない。少しは恥じらいと言うものを身に付けろと言ってるんだ。こういう公共の場では特にな。」
「分かったよ…小言はヴィーだけでたくさんだ…。」
「分かれば良いんだ。」
 満足気なウイツに対し、ルーファスは二人の小言に溜め息を吐いたのであった。
 そんな会話をしていたからか、三人はふとあることに気が付いた。
「あ…もう少しでダヴィッドのこと忘れるとこだった…。」
「そう言えば…そうですね。そろそろご実家に婚姻の意思を伝えるんじゃないですか?」
 ヴィルベルトが師にそう問うと、ルーファスは腕を組んで眉を潜めた。
「いや、あいつ…婚姻結んでから言い出すんじゃねぇか?」
「事後承諾って…危険ですよね…?ウイツさんはどう思いますか?」
 今度はウイツへとヴィルベルトは話しを振った。如何せん、師であるルーファスでは、こう言った話を面白おかしくしてしまいそうだったからである。
 すると、ウイツはその問いに何とはなしに答えた。
「ん…王に報告せず爵位譲渡は出来ないから、先ずは全て話さなくては…後々大変だよねぇ…。私もあの街に帰らないとならないし、明日にでも行ったほうが良いかもね。」
 それを聞くや、ヴィルベルトは自分が墓穴を掘ったことに気が付き、一気に顔を蒼冷めさせた。
「えっと…ファルまで戻るにはかなり…」
「いや、移転の陣は街長の館の庭に書いてある。何、ルーファスの力だったらあっという間だよ。」
 ウイツは眩しすぎる笑顔でそう言うが、ヴィルベルトにはそれが悪魔の笑みに見えて仕方無い。
「いや…そうでなく…」
「ヴィー。これも修行だ。」
 ヴィルベルトの思いを知り、ルーファスはそういって弟子の肩をポンと叩いたのであった。
「……。」
 ヴィルベルトはもう後戻り出来ぬと諦め、再び魔術酔いする自分の姿を想像しながら体を拭いたのであった。
 その後、三人はベッドに入って眠り、目覚めと共に行動を開始した。
 先ずは宿を引き払い、街の外にある草原まで馬車で移動した。街には陣を書ける場所が無かったのである。
「この辺でいいんじゃねぇか?」
 ルーファスがそう言って馬車を停めると、ウイツは馬車の窓から外を見て返した。
「そうだな。ルー、描けるか?」
「ああ、大丈夫だ。こんだけ空気が澄んでりゃ、デカイの描いても行使できるしな。」
 そうウイツに言って、ルーファスはレジィーヒの街でやったように空へと陣を描きはじめた。
 今回は馬車も含めるために大きな陣を描かねばならず、ルーファスであっても些か時間が掛かった。その間、ヴィルベルトは一人憂いに沈んでいた。その顔は蒼冷め、まるで死刑囚が最期の時を待っているかのようで、ウイツは苦笑いして彼に言った。
「そのうち慣れるよ。」
「そのうちって…いつですか…?馬車だってそのうち慣れるって七歳の時に言われましたけど…今も駄目なんです…。」
「…えぇっと…。」
 そう言って半眼で見据えるヴィルベルトに、ウイツは口ごもってしまった。これはもう無理…とはさすがに言えず、彼は外方を向いて視線を泳がせるしか出来なかったのであった。
 その時、外からルーファスの声が響いた。
「現れよ!」
 どうやら陣が完成したようである。そのため、ルーファスは立て続けに呪文を口にし、ヴィルベルトの表情を硬化させたのであった。
「時と空間よ、我が願いに応じ、今在る場と彼の場とを繋ぎて我等を運べ!」
 その呪文に、ヴィルベルトは目を丸くした。短縮呪文ではないだけでなく、正式な呪文ですらなかったのである。
 だがしかし、ヴィルベルトがそれを問う間も無く、直ぐに魔術は発動したのであった。
 ヴィルベルトは再び来るであろうあの感覚に備え、ギュッと目をつむって体を強張らせていたが、直ぐにウイツの声で目を開いた。
「ヴィルベルト君、着いたよ。」
「…え?」
 それは瞬く間…と言う喩え通り、一瞬と言って良かった。そのため、ヴィルベルトは呆気にとられて間の抜けた返答をしてしまったのであった。
 ヴィルベルトが外を見ると、確かに景色は違っていた。
「さ、降りよう。街長に挨拶しないとならないしね。」
「こんなに早いなんて…。」
 ヴィルベルトが未だポカンとしていると、外からルーファスが声を掛けてきた。
「おい、早く降りてこいってぇの!」
「分かってるよ。ほら、ヴィルベルト君。」
「は、はい。」
 促されるまま馬車を降りると、そこは街長の館であった。正確には裏庭の一角であるが。
「師匠。今回、僕酔わなかったんですけど…あの呪文って…。」
 馬車から降りるなりヴィルベルトが問ったため、ルーファスはニッと笑って弟子に答えた。
「ありゃ魔術を掛け合わせたやつだ。距離もあったし重量もあったから、わざわざ三重に魔術を行使したんだよ。」
「三重って…あの呪文だけで…ですか…?」
「そうだが?何か不満でもあんのか?」
「い…いいえ。」
 ルーファスの返答に、ヴィルベルトは改めて自分の師がただ者ではないことを実感したのであった。
 ウイツはそんな二人に苦笑しつつ、館へ向かうよう二人を促したのだった。
 そうして三人が館へと向かおうとした時、館から一人の痩せた老人が姿を見せ、驚いたように大声で言った。
「これは、ウイツ殿ではありませぬか!」
 老人はそう言って三人の所へと慌ててやってきた。彼が街長のロヴスである。
「只今戻りました。長く抜け出してしまい、申し訳ありませんでした。」
「訳はバーネヴィッツ公殿より聞いておりますぞ。ルーファス殿にヴィルベルト殿もさぞお疲れでありましょう。さぁお三方、中へお入り下さい。」
 そう言われた三人は、街長の話に不思議そうに首を傾げた。何故かと言えば、女公爵がなぜ街長にわざわざ会いに来てまで話をしたか…ということである。
 しかし、街長はそんな思いなど分かろう筈もなく、三人を室内へと招き入れて言った。
「大した持て成しも出来ませぬが食事を御用意させて頂きます故、暫し御待ち下され。」
 そうして街長は直ぐに部屋を出ていった。恐らくは使用人に用を伝えに言ったのであろう。
「ってか、何で叔母上が街長に?」
 ルーファスはウイツに問ってみたが、ウイツには返答出来なかった。
 確かに、ウイツは王都からこの街に仕事できていた。それも街長の依頼でである。そんなウイツですら、街長と女公爵の関係は知らされてないらしく、正直、街長自身のことは全く知らないと言うのが本音であった。
「さぁね…。私だって全てを知らされてる訳じゃないから、どうなってるか知りたいのは寧ろこちらだよ。」
 ウイツがそう言って溜め息を吐いた時に街長が戻ってきたのだが、その表情にはありありと困惑が見てとれた。
「ウイツ殿、バーネヴィッツ公殿に今日戻ることは伝えられたのですかな?」
「いえ…伝えてはいませんが…。何かありましたか?」
「それが…今、バーネヴィッツ公殿の使いが参っておりましてな…。」
「えっ…?」
 三人は顔を見合わせた。
「ウイツ…叔母上の屋敷に誰か魔術師がいたんじゃねぇのか?移転魔術は観測可能だから…。」
「いや、それにしても早すぎるぞ?観測してから来た訳じゃなさそうだが…。」
 困惑している街長の前でウイツとルーファスまで困惑してしまったため、ヴィルベルトが仕方なしに言った。
「ウイツさんも師匠も、ここでこんなこと話してても何も分かりませんよ!会って聞いてみれば良いじゃないですか。」
 ヴィルベルトの言葉に、二人だけでなく街長までもが納得と言った表情を見せたため、ヴィルベルトは一人溜め息を洩らしたのであった。
 さて、三人は街長の案内で使者の待つ控え室へと入ると、そこには見覚えある人物の姿があった。
「お前…叔母上と一緒に来てた従者だよな。」
 扉を開いて早々にルーファスがそう言ったため、彼は慌てて立ち上がって頭を下げて返した。
「覚えていて下さるとは光栄です。私はクリストフ・フューレと申します。今回、私は公爵様より、お三方を王城へお連れせよとの命を受けて参りました。そろそろ街長の館へ戻るだろうと言っておられたため参りましたが、まさか直ぐにお会い出来るとは…。」
 フューレがそう返すと、三人は眉間に皺を寄せつつ顔を見合わせた。彼が答えた内容に疑問を呈したからである。
「なぁ、何で俺らが王城に行かにゃならんのだ?」
 ルーファスは眉間に皺を寄せたまま、さも面倒だと言わんばかりの口調で問うと、フューレは少し困った表情をして言った。
「ダヴィッドの件…と言えば分かると公爵様は仰っておられましたが…。」
 それを聞くや、三人は直ぐに街長のところへと行って事情を説明し、そのまま出発する旨を伝えた。
「左様でござますか…。ですがダヴィッドとは、あのマルティナのところへいたダヴィッドですかな?」
 話を聞いた街長がそう問うと、ルーファスはしめたと言った風にニッと笑を見せて街長にある頼み事をした。
 頼みの内容を聞いた街長は少し驚いた風ではあったが、直ぐに二つ返事で答えたのであった。
「よし、こっからが本番みてぇなもんだな。」
 支度を終えて館から出ると、ルーファスは楽しげにそう言った。すると、ヴィルベルトは師を些か困った様に見上げて言った。
「師匠…二体の妖魔を消した以上のことってあるんですか?」
「消えるってよりさ、こっちの方が嬉しいんじゃねぇか?」
「まぁ…それもそうですね。」
 ヴィルベルトはそう返して師に笑みを見せたため、ルーファスも笑って言った。
「それでこそ俺の弟子だ!」
 そんな二人を、ウイツとフューレ、そして見送りに出ていた街長が見て思わず笑ったのであった。まるでお調子者の兄に、それに乗せられた弟と言った雰囲気だったからである。
 快晴の空に小さな白い雲が流れ、心地好い風が吹く。その風に、庭に咲く花々が揺れて微かな甘い香りを振り撒いた。
 この平穏が続くように…ただ、そう願うだけな五人であった。



 
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