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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  XⅦ


 そこは広い空洞であった。それは人工的に作られた空間であり、まるで大聖堂の様な造りをしていた。
 三人はその中を進んで中央付近までくると、ルーファスは光を天井近くまで上げて強めた。光は内部を明々と照らし出し、そこがどういった場所なのかを明らかにしたのであった。
「ありゃ…祭壇か?」
 光に映し出された正面奥には何かを奉った様な祭壇らしきものがあり、その後ろの壁には浮き彫りにされた天使たちが舞っていた。それを見た三人は、直ぐ様歩み寄って調べてみると、確かにそれは祭壇だと確信したが、今まで見てきた教会や大聖堂のそれとはかなり異なっていたことに首を傾げた。
 通常、祭壇には中央に抽象的な絵を施してある。神の無償の愛を表すものであるが、ここでは代わりに天使の浮き彫りが施され、その中央には扉らしきものがあるのである。
 中に何かが入っているだろうことは想像出来るが、問題はその大きさである。その扉の大きさから察するに、人一人は入れそうな大きさなのである。
「師匠…あれ、何が入ってるんですかね…。」
 ヴィルベルトが情けない声で後ろから師に問うと、ルーファスは苦笑混じりに返した。
「開けてみりゃ分かんだろ?」
「駄目ですよ!あんなの何か悪いものが入ってるに決まってます!」
 師の答えに、ヴィルベルトは今にも泣きそうである。本当に怖いと言った表情だが、そんなヴィルベルトを余所に、ウイツは祭壇脇に足を掛けてその扉へと登ろうとしていた。どうやら彼はルーファスの考えに賛成の様で、ヴィルベルトは真っ青になっていた。
「待て。」
 ウイツがもう少しで扉を開くといった時、ルーファスはウイツを止めた。
「ルー、どうかしたか?」
「何か妙じゃねぇ?こんだけ広いってぇのに、この祭壇しか無ぇ。それも開けと言わんばかりだ。その上、街ん中には邪気が蔓延してたってぇのに、ここには全く邪気が無ぇ。」
「…確かに…。それじゃ、これは何だ?」
 ウイツはそう言うと、直ぐに探査の魔術を行使しようと呪文を唱えるや、直ぐにそこから飛び降りて言った。
「これは…本体が封じてある…。」
「本体って…まさか…。」
 ウイツの言葉に、ヴィルベルトはますます顔を蒼くした。だが、ルーファスは違った。
「やっとお出ましって訳か。」
 そう言うや、ルーファスは祭壇に飛び乗ってその扉を無造作に開いたのであった。
 ルーファスの行動にウイツとヴィルベルトは身構えたが、暫く経っても何も起こらず、何とも肩透かしだと言った風に大きな溜め息を吐いた。
「成る程…こいつが本体ってぇのは間違い無ぇな。だが…邪気が全く感じらんねぇってことはだ…奴はミストデモンと同じか、又は違う何かに憑いている…と考えるしかねぇな。」
 ルーファスがそこまで言った時、不意に後方から声が響いた。
「ご苦労だったな。私の体を解放してくれるとは。」
 その声に驚き、三人は直ぐ様振り返った。
 すると、そこには見知らぬ少年の姿があった。いや、少年だったもの…と言うべきかも知れない。
 そこに立っていたものは、皮膚は焦げ茶より少し黒ずみ、その一部は崩れ落ちていた。片方の目は黒い穴だけが見え、もう片方も混濁している。
 そこに立つものは…紛れもなく死者であった。
「ルー。あれは何だ?」
「ん?生きた屍ってヤツじゃねぇのか?」
「二人共、そんな暢気にしている場合じゃないでしょ!?」
 ヴィルベルトだけが気が気ではない。だが、二人が暢気に構えているのには理由があるのである。
 その理由とは、目の前に立つ者の姿がどうあれ、自分たちに敵対していないと分かっていたからである。
 三人の前に立つそれは、全く邪気を放ってはいなかったのだ。
「お前がシェオールか?」
「そうだ。」
 ルーファスの問いに、それは端的に答えた。そしてこう続けた。
「お前達、ここには"彼女"を追って来たのだろ?」
 その言葉に、ルーファスはニッと不敵な笑みを浮かべて返した。
「お見通しってか。じゃあ聞くが、どこへいる?」
「街の北にある塔だ。私が体に還ったら、直ぐにでも案内しよう。」
 それにはウイツとヴィルベルトが反応をしめしたが、ルーファスは相変わらず淡々と返した。
「体に還る?んでもって、俺達を殺すってか?」
「もはやその様な気は無い。それに、お前達は魔術師だろう?私の邪気にあたることはあるまい。それ以上に、この街に私を守れる屍はない。」
 シェオールがそう言った時、三人は教会前に並べられた屍を思い出した。やはり、あれはシェオール自身が並べた様である。
「シェオール。あの教会前にあった骸は…お前が?」
 ルーファスが問うと、シェオールは俯いてそれに答えた「そうだ。私がここへ来たために巻き込まれた者達だ。この街にはもう…弔う者さえ残っていない。私は教会内には入れない。それ故、ああして眠らせたのだ。」
「ここでも良かったんじゃねぇのか?」
 ルーファスが不思議そうに問うと、シェオールは首を横に振って言った。
「いいや、ここは私を封じたために聖性が害われた。そして天の光さえ入ってこないここでは駄目なのだ。」
 そう言うや、シェオールは顔を上げてルーファスを見た。
「お前達。私が体に還った時、そこから一気に邪気が放出される。地上に戻って結界を張っておけ。願わくば、眠りし者らの上にも張ってほしい。一人として吹き飛ばすことのないように…。さ、行け。」
 そう言われたため、ルーファスはウイツとヴィルベルトを連れてそこを出た。ウイツは何か言いたげであったが、それをルーファスは制して地上へと向かった。ヴィルベルトは師に必死で付いて行くので手一杯な様子であった。
 三人は地上へ出ると、直ぐに教会を中心に死者の上にも結界を張った。
 暫くすると、地下より凄まじい気が吹き出してくるのが理解でき、三人は結界を制御することに集中した。
 邪気が一旦収まった時、三人は結界を解いて集まった。屍は全くの無傷である。
「ヴィー。お前には少しばかり悪いから、これ持ってろ。」
 ルーファスはそう言うや、弟子に“ラファエルの涙"を渡した。
「師匠、これ…」
「何も言わんで持ってろ。俺とウイツは邪気に慣れてっけど、お前はこんな経験したこと無ぇんだからよ。」
 そう師に言われ、ヴィルベルトはそれを受け取った。すると、ヴィルベルトは今まで感じたことのない不思議な安堵感を覚え、ラファエルの涙をまじまじと見つめた。
 掌で転がる石。それは淡く透明な青で、とても小さなものであった。だが、その秘められた力は見た目とは裏腹に強大であると確信した。
「ルー、それはミストデモンを倒すために使うんだろ?」
「まぁな。だが、その必要は無ぇかも知んねぇけどな。」
「…どう言うことだ?」
 ウイツは首を傾げたが、そうしている間にあの地下への階段から人影が現れた。
 シェオールである。その腕には、先程まで憑いていた少年の亡骸があり、シェオールはそれを教会前へと運び、空いている場所へと静かに置いた。
「済まん。私にはこれしか出来ないが、ゆるりと休んでほしい。」
 少し離れた場所に立つ三人の耳にも、そのシェオールの小さな声が響いた。
 シェオールは暫く死者を弔うかの様に瞳を閉じ、そして瞳を開くや立ち上がって言った。
「それでは約束通り、北の塔へ案内しよう。ついてこい。」
 シェオールにそう言われた三人は、信用仕切れないながらも後に続いた。
 シェオールの外見は美しい青年である。その衣服は、どう見ても貴族のそれであり、気になっていたウイツは道すがら問い掛けた。
「お前は…人であった時のことを憶えているのか?」
「全て憶えている。」
 シェオールは直ぐに返した。問われることを予想していた風である。
 ウイツはそんなシェオールに再び問った。
「では、本当の名は何と言うのだ?」
「それを聞いてどうする?私はもはや人ではない。人を殺める道具と成り果てたのだからな。」
 淡々と返すその言葉の中に、ウイツもルーファスも苦しみや痛みを見い出していた。しかし、それに気付かないヴィルベルトは、シェオールにこう問ったのである。
「名前を聞かないと、何と呼んで良いか分からないです。」
 それにシェオールは眉を潜め、一瞬ヴィルベルトを見て言った。
「ならばシェオールと…」
「いえ、それは貴方の名前じゃないです。僕は貴方を名前で呼びたいんです。」
 すると、シェオールはピタリと足を止め、目を丸くしてヴィルベルトを見た。
「可笑しな奴だ。私が怖くはないのか?」
「はい。僕には師匠とウイツさんがいますし、このラファエルの涙にも護られてます。怖くなんてありません。」
 そう返されたシェオールは、一つ溜め息を吐いて言った。
「全く…変な奴だ。私は数え切れぬ程の人を殺めた。それでも恐れぬのか?」
「はい。だって…それは貴方のせいじゃないじゃないですか。ああして死者を弔って長い歳月を一人で過ごしてきたと思うと、僕はとても悲しいです。人のしたことで誰かが苦しむなんて、本当はあっちゃいけないんです。だから…貴方の名前を教えて下さい。」
 真顔で答えたヴィルベルトに、シェオールは笑い出した。それにはヴィルベルトだけでなく、ルーファスもウイツもギョッとしてしまったのであった。今まで会った妖魔で、この様に笑う妖魔なぞいなかったからである。
「いや…本当に可笑しい。お前の言いたいことは分からんではないが、結局は人を傷付けるのは人なのだよ。自然の摂理以外ではな。我々のような存在は、敢えて傷付けるために創られた。謂わば武器だ。ただ、その力を制御出来なかったに過ぎないのだから、そんなものに名があろうがなかろうが同じことだ。」
「違います!僕は…」
「分かった分かった。もう何を言うこともない。私の名はグスターフだ。グスターフ・フォン・ミルシュタインだ。」
 そう名乗られるや、三人は再びギョッとして互いに顔を見合わせた。
 それに気付いたシェオール…いや、グスターフは、ふと三人へと言った。
「どうした?」
 それにどう答えるべきか、三人は暫し考えたが、最初に口を開いたのはルーファスであった。
「お前…公爵だろ?」
「如何にも。今はこの様な下賤の輩と成り果ててはいるがな。尤も、先の戦で戦死したことになってる様だが。」
「そんじゃ…ミストデモンにされたセシルの…。」
「そうだ。彼女は私の妻だ。今でも私はそう思っている。たとえどの様な姿となっても、私は彼女がわかる。彼女のことは聞き及んでいるのだろ?」
「ああ、聞いてる。たが、なぜ実家に帰したんだ?」
 そう問われたグスターフは、深い溜め息を吐いて「ま、歩きながら話そう。」と言って再び歩み始めた。そんなグスターフの後ろに、三人は静かについていったのであった。
 静寂に包まれた廃墟の街に、四人の足音だけが響いている。空を見れば夕の紅と昼の蒼が重なり、気の早い星が一つ瞬いていた。下界のことなぞお構い無しに、それは穏やかな光景であった。
 そんな空の下、グスターフは語り始めた。それは遠い過去の記憶であり、伝えられなかったもう一つの歴史でもあった。
 彼曰く、ミストデモン…セシルを実家へと返すつもりなどなかった。
 グスターフは長男であり、父の公爵が病に臥せったため、若くして公爵位を継がされた。父の病が治らぬものだったからである。
 その父である公爵には、グスターフの他に息子が三人いたが、彼らはグスターフの補佐をしていたという。
 爵位を継いだ後のこと、グスターフはとある貴族の祝儀に招かれ、そこでセシルと出会った。父である伯爵と共に訪れていた彼女に、グスターフは一目で恋に落ちたと言う。
 後日、グスターフは伯爵家に出向いてセシルに交際を申し込んだ。セシルは二つ返事で受け入れ、婚姻まで半年と掛からなかった。伯爵家にしてみれば、格上の公爵家と縁戚関係になることは願ってもないことであり、家族総出でセシルを後押ししたであろうことは想像するまでもない。
 しかし、輿入れして二年。彼女に子を成す気配が全く無く、それを心配した父が、グスターフが十日程王都へ出向いていた時に、セシルを実家へと送り返したのであった。子を成さぬ女をいつまでも家に置く訳には行かなかった時代で、父は新たな候補まで見付けていたのであった。
 だが、これにグスターフは激怒した。それで父と激しく対立することになり、それは三人の兄弟をも巻き込んだ。
 最初は伯爵家から再びセシルを迎えることで決着がつくかと思えたが、途中で三男がグスターフを裏切り、父と共に国王へと嘆願書を提出したのであった。それは公爵位の強制移行であった。
 嘆願書の内容であるが、当主グスターフは乱心しており、このままでは公爵家が危ういと言う意味のものだった。曖昧この上ないこの嘆願書が、こともあろうに国王によって受諾されたのである。これにより、爵位は次男へと強制移行され、グスターフはその座より引き摺り下ろされたのであった。
 だが、これに不服申し立てをしたのが次男であり、次男はグスターフを擁護しようとグスターフの知人であった公爵と連名で国王へ嘆願書を送ったが、それが国王の手に渡る前に、父と三男はそれに気付いてグスターフをミルダーン公国の魔術実験施設へと力ずくで送り、グスターフは三日とかからず実験の媒体にされてしまったのであった。要は証拠隠滅を謀ろうした訳である。グスターフそのものと、自らの行為を闇へ葬るために…。
 だが、ここで問題が起こった。本来であれば異形となるはずの媒体が、そのままの姿で妖魔となってしまったのである。
 魔術師らはその邪気に冒されることはなかったが、魔術師以外の施設研究員や労働者達は違った。
 妖魔となったグスターフの邪気は止めどなく施設内へ溢れ、彼らは次々と生きた屍となって魔術師らを襲ったのであった。
 無論、魔術師らはその力で応戦した。しかし、その数は魔術師らを凌駕していたため、魔術師らはやむ無く施設ごと破壊することにしたのであった。
 魔術師らは他に被害が及ばぬ様に結界を張り、第一級の殲滅魔術を行使した。あわよくば妖魔になったグスターフをも葬る算段だったのだ。
 しかし…その中にあってかすり傷一つ負っていなかったグスターフを見つけるや、魔術師らは恐怖して彼を<シェオール>と呼んだと言う。
 しかし、グスターフ自身は人間の心を喪っておらず、戦う意思なぞ端から無かった。そのため、彼は無意識に溢れる邪気を人に触れさせぬ様、一人ツィヴリング山脈へと入ってその身を世間と断絶したのであった。
 暫くの後、彼はツィヴリング山脈を越えてリュヴェシュタン王国へと入っていた。そして…このレヅィーヒの街に足を踏み入れてしまったのである。
 彼は人が恋しかった。一人山脈を彷徨う中、彼は幾度も死を試みたが、それが叶うことはなかった。どれだけ高い崖から飛び降りようとも、彼の体は直ぐに修復されてしまうのである。たとえどんなに砕け、裂けようとも…である。
 それは何故か?その答えは、彼と融合させられた悪魔に由来しているのである。
 その悪魔は、在りし日に還ることを切望していた。自ら悪であることを嘆き、そして自らを長い時の中で呪い続けていた。しかし、その力が衰えることはなく、一人彷徨するしか出来ぬ中で人間の実験のために召喚されたのであった。
 悪魔はまるでグスターフの哀しみと呼応するかの様に彼に融合し、一言だけ「済まない。」と言ってその精神さえ消滅させてしまったのであった。
 それは、この悪魔にとっては唯一の救いだったのかも知れない。
 だが、グスターフには悪魔の力と哀しみを制御することは不可能であった。それは一方的に与えられたものであり、まるで舵の無い帆船と同じなのである。
 それでも、グスターフは諦めることなく様々なことを試したが、そのどれも大した効果は得られず、人恋しくなって少しでも人里に下ればこの有り様である。
 そして、辿り着いたこの街で、わざと魔術師達に封じられたのであった。
「最初に会った時の器…あれは父母の死に絶望した少年だ。彼は封じられた私の元へと来て、私にこう言ったのだ。"僕の体を使って。その代わり、僕を父様と母様に会わせて"…とな。成る程、シェオールという名は当たっているかも知れないな。」
 そう言ってグスターフは淋しげな笑みを浮かべた。
 ルーファスらは何も言えなかった。妖魔と成り果ててさえ人の心を喪うことが出来ず、その力さえ制御出来ずにいる彼を、ただ絶望だけが支配していた。
 その様な彼に、一体なんと声を掛けられよう。この先もまた、それは延々と続いて行くのだと考えると、ルーファスは自分に何か出来ないかと自問してみるが、そこで答えを導くことは出来ようもなかった。
 後ろを歩くヴィルベルトとウイツも同様、三人はただ重く口を閉ざして歩くしか出来なかったのであった。
 グスターフが話終えて暫らく歩くと、街から抜けて野原になった。そして目の前には天高く聳える北の塔が現れた。
 その塔は主を失って久しく、壁は所々朽ち落ち、外観は街の家々と然程変わるものではなかった。良く見れば、それは東に些か傾いており、いつ倒壊しても不思議ではなかったのである。
「さて、私は妻を迎えに行く。お前達、一つ約束してほしい。」
「何をだ?」
 グスターフを見てルーファスは不思議そうに問った。そもそも、ルーファスは共に乗り込むつもりだったのである。
 そんなルーファスに、グスターフは口調を強めて言った。
「ここは魔術師とて危険だ。いつ倒壊しても不思議ではないからな。修復・復元の魔術もあるが、ここまで朽ちれば力の消耗も激しい。故に、私一人が入る。私が出て来た時、私へと解呪の魔術を施してほしいのだよ。聖ニコラスのサファイアとラファエルの涙があるのだから、充分に発動する筈だ。」
 それを聞いたルーファスは、その目を見開いて言い返した。
「お前、そんなことしたら…」
「いや、良いのだ。」
 ルーファスの言葉を遮り、グスターフはそう言ってそのまま塔内へと赴いたのであった。
 三人はただ、彼の後ろ姿を見送るしか出来なかった。



 
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