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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  XI


 ルーファスらは予定通りリッケの村を抜け、暫く進んだ所にあった小さな湖の畔に天幕を張った。
 皆は食事を済ませるや直ぐに天幕に入ったが、見張りは交代で付くよう取り決めていた。
 ルーファスは三番目であったが、ふと小さな物音で目を覚ました。それは焚き火のはぜる音でも人の足音でもなく、もっと嫌な音であった。
「何だ…?」
 奥へ寝ている弟子を起こさぬ様、ルーファスは静かに天幕より出て周囲を見回した。
 空には雲がかかり、月明かりの無い闇を焚き火の明かりが細々と照らし出していた。
 そよぐ風に揺られた木の葉のざわめきと、数種の虫の声が何事もないように響いているが、ルーファスはそれが何故か異質に感じた。
 焚き火の向こうには、見張りをしている女公爵の従者が立っていたが、先程ルーファスが聞いた音には気付いていない様子である。故に、ルーファスは従者の所へと歩み寄ったのであったが、その従者が明らかにおかしい事に気付いた。
「これは…!」
 その従者は立っていた。しかし、その胸には深々と短剣が刺し込まれ、従者は完全に絶命していたのであった。ルーファスの聞いた音とは、刃物が肉に突き刺さる鈍い音だったのである。
「光よ、ここに集いて闇を照らせ!」
 ルーファスは周囲に未だ敵が潜んでいると考え、直ぐに光の魔術を発動させた。その光は一ヶ所だけでなく、三つに分散させて出現させたのであった。
「何事だ!?」
 ルーファスの行動に、初めにウイツが出てきた。次いで女公爵、最後にヴィルベルトがルーファスの元へと集まった。
 皆はルーファスの元へ来て、女公爵の従者が殺害されていることを知り、ウイツとヴィルベルトは直ぐに臨戦態勢へと移行して周囲を注意深く見回した。
 女公爵は従者が変わり果てた姿になっていることに心を痛め、立ったままの従者をそっと地へと横たえて言った。
「一体…誰がこの様な酷いことを…。」
 女公爵は従者の恐怖で開かれた瞳を閉じさせた時、腕輪より大神官が叫んだ。
「直ぐに離れろ!」
 あまりの声に驚き、女公爵は直ぐに従者の亡骸より離れた。すると、従者の亡骸から一瞬にして凄まじい炎が上がったのであった。
「湧き上がるもの、地に流るものよ踊れ!」
 ルーファスがそう叫ぶと、炎の周囲から水が溢れだし、その炎を一気に消し去ったのであった。だがその直後、闇の中より男の声が響いた。
「失敗しましたねぇ。ここで女公爵を仕留めておけば、半分の貴族は使い物にならなくする事出来たのですが…。全く残念です。」
「誰だ!」
 闇より響く声にウイツが怒鳴った。すると、闇の中よりそれに答えるかの様に姿を現す者がいた。
「そう怒鳴らずとも、ちゃんと聞こえていますよ。」
 そう言って姿を現したのは若い男で、ルーファスらの見知った顔であった。それはセブスの村でファルケルを迎えに来たアーネストである。
「貴様…何故この様なことをした!」
 女公爵は怒りを露にしてアーネストへ問うが、アーネストはそれに答えることなく、代わりに下品な笑みを見せて言った。
「これはこれはバーネヴィッツ公、お久しぶりに御座います。おや?お顔の色が優れぬご様子ですね。」
「戯れ言を申すな!貴様は自らが何をしたか分かっておるのか!」
 アーネストの馬鹿にしたような言葉に、女公爵は激怒した。しかし、アーネストはそんなことか言った風に肩を竦めて返した。
「勿論、分かっていますよ?貴族の飼い犬を一匹殺しただけで、それが何か?そんなもの、放っておけば勝手に増えます。一匹殺したくらい何だと言うんです。」
 気色悪い笑みはそのままに、アーネストはそう言い切った。それはまるで気でも狂っている様にしか見えず、一同はその張り付いた様な凍った笑みに寒気さえ覚えた。
 だが、ルーファスはそんなアーネストに違和感を感じ、彼に向かって問い掛けた。
「お前は誰だ。」
 その問いは周囲を驚かせた。目の前の若い男は、どうみてもアーネストであるからである。ウイツとヴィルベルトはセブスの村跡で見ているが、女公爵も無論知っている人物なのだ。そこにこの問いなのだから、周囲が驚くのも無理はない。
 だが、アーネストだけは違っていた。その下卑た笑みはそのままに、黙ってルーファスらを見ていた。
 ウイツはルーファスの意図が分からず、小声でルーファスのへと言った。
「ルー、お前どうしたんだ?」
 その言葉に、ルーファスは眉間に皺を寄せて返した。
「ウイツ…気付かないのか?奴から妙なもん感じないのか?」
「そりゃ…奴は狂ってるだろうが…」
「そうじゃねぇよ!よく考えてみろ。奴の力でウッドドールなんぞ操れはしねぇはずだ。無論、ファルケルの神聖術では論外だしな。とすれば…。」
 そう言われ、ウイツはハッとしてアーネストを見ると、彼は時が止まったかの様に身動き一つしていない。瞬きさえも…。
「おい…もしかして…。」
 ウイツはその何かに気付き、全身の血の気が失せていくのが分かった。
 この二人の会話で女公爵は何かを察したが、ヴィルベルトはさっぱり理解出来ていない様子であった。しかし、アーネストからは何か良からぬ気を感じてはいたため、ヴィルベルトは師の後へと隠れていた。
「…気付いたか…。」
 四人が身を強張らせて見ていると、アーネストの口から別の何かが声を出した。声は女性のものであったが、その瞬間に凄まじい邪気が辺りを覆った。
「神秘の障壁!」
 邪気がルーファスらを包み込む前に、宝玉の中より大神官が神聖術を行使したため、邪気はルーファスらに届くことはなかった。
「全く…こやつの封を破るとはのぅ…。」
 術が完成していることを確認すると、大神官はそう言って溜め息を吐いた。
「大神官殿。やはりこれは…。」
 大神官にルーファスが問った。大神官には正体が分かっている様だったからである。
「そうじゃ。先の大戦の折りに造られた妖魔の一体じゃ。それも実体の無い奴でのぅ…封ずるには人体そのものを媒体にするしかない厄介な妖魔じゃ。」
「それは…。」
 ルーファスは口ごもった。人体を媒体にするということは、即ち人一人犠牲にせねばならぬと言うこと。
「ファル、どうにかならんのか。」
 そこにそう女公爵が言った。女公爵には珍しく、かなり苛立っている様子である。
「分かっておるわい。わしとて犠牲など出しとうないでな。しかし、この妖魔は人の邪念に取り入り、その者を精神から支配する。そうせねば力を行使出来んからのぅ。悪いが、アーネストはもう死んどると思ぅてくれ。わしでも精神を喰われた者を戻すことは出来ぬからの。このまま封ずる他はない。」
 大神官と女公爵がそう話していると、アーネストの口を借りて妖魔が言った。
「何をごちゃごちゃと話している。この私を再び封ずるつもりか?無駄だ。エネスの杖はもう無いからな。」
 妖魔はさも可笑しそうに笑いながら言った。
 エネスの杖とは、神聖術者エネスが樫の古木より造り出したもので、多くの術が施された対妖魔専用の武器の一つである。
 エネスはその杖で妖魔に支配された者を突き刺し、その上から石化の術を施したとされ、その時に杖も石となった筈であった。
「私は…私を創り出した人間共を呪う。故に、私は再び人の間で戦を起こさせる。」
 揺れる焚き火の淡い明かりが、アーネストの姿をした妖魔を不気味に浮かび上がらせていたが、その顔には今までに無かった表情が見え隠れしていたことにルーファスは気付いた。
 その表情とは…怒りである。いや、憤怒と言っても良いだろう。だが、その表情は一瞬で消え去り、再び下卑た笑みを浮かべて言った。
「それでは、お前達が止めてみるがいい。それも余興としては面白いからな。それでは暫し、お前達を生かしておくとしよう。エネスはもういない。私はどこまでも自由なのだ!」
 妖魔はそう言った刹那、その姿を夜の闇へと消し去り、周囲を覆っていた邪気も共に霧散したのであった。
「ルー…これは大変な事態になったな…。」
 ウイツがそうルーファスへと言うと、ルーファスは深い溜め息を吐いて返した。
「そうだな…。あの妖魔…国そのものを滅ぼそうとしてるみてぇだったかんな…。叔母上、あの妖魔について何か知ってますか?」
「いや、噂程度しか分からん。ファル、お前は良ぅ知っておるようだが?」
 問われた女公爵は、その問いを腕輪の宝玉の中の大神官に向かって言った。すると、大神官は妖魔について語りだした。
 その昔、国の覇権を賭けて大きな戦が起きた。初めは人間同士の戦いであったが、そこにいつしか魔術が加わり、妖魔を造り出して戦に使う様になっていった。
 最初、造り出した妖魔には大した力は無かった。死なない兵士程度の考えで使っていたのである。しかし、そうして実験を兼ねて妖魔を造り出しているうち、強大な力を持つ妖魔が誕生した。中でも、五つの妖魔が有名で、シェオールと名付けられた死者を操る妖魔が最も強いとされている。
 その中にあって、一体だけ実体を持たない妖魔があった。最初、その実験は媒体が朽ちたために失敗に終わったと考えられた。だが、それは見せかけだけで、実は魔術師の一人に取り憑いていたのである。
 その妖魔は憑いた魔術師の精神を少しずつ蝕み、数日の後には魔術師の仲間を攻撃し始めた。この時点で初めて、妖魔が実体の無い取り憑いて力を発動させる類いのものだったことが分かったのであった。
 最初、魔術師達は自分達の手で対処すべく動いたが、妖魔の動きを封ずるだけで手一杯であり、それ以上のことは出来なかった。多くの魔術師が手を尽くしたが全て失敗に終わり、そこで神聖術者を呼び寄せた。その神聖術者がエネスだったのである。
 しかし、なぜエネスが呼ばれたか…その理由は、実験に携わっていた魔術師の一人と恋仲だったからである。恋人に危機が迫っているとあらば断れぬと判断されたのである。
 エネスは召喚を受け入れ、妖魔を引き剥がしたは良かったが、これがエネスを悲劇へと導く結果となったのであった。その妖魔はあろうことか、近くにいた魔術師にではなく、遠く離れていたエネスの恋人に取り憑いて脱走したのである。
 妖魔にはエネスがいかに恋人を愛し、大切に想っていたかが分かっていた。故に、わざと標的にしたのである。
 エネスは恋人に憑いた妖魔を追い、リヒテンナハテの森の奥へと追い詰めた。そこで何があったかは分からないが、魔術師達が追い掛けて森へと入った時、エネスの姿はなく、石となったエネスの恋人が見付かっただけだったという。その胸にはエネスの使っていた杖が深々と突き刺さっており、それ以降、その場所は幾重にも封印されたという。
 その後、エネスを見掛けた者は一人もおらず、死んだとさえ思われていたのであった。当時のエネスは二十四歳であり、愛しき者を手にかけた自分を許せなかったとも言われており、森の中に恋人を想って暮らしているのではとの噂もあったが、あの妖魔の口振りからして、噂が真実だったようである。
 エネスが生きていれば、まず封が破られることはない。少なくとも、エネスは数年前迄は生きていたと考えられるが、一体誰が妖魔の封印を破ったのか?アーネストに取り憑いているのだから、彼が何らかの形で関与していることは明らかであろう。
 さて、この妖魔は実体が無いことから<ミストデモン>と呼ばれている。だが、実際に取り憑いた記録があるのは、男性魔術師だけであった。女性魔術師と神聖術者に取り憑いた記録はない。
 そもそも、神聖術者に取り憑くことが出来るならば、最初からエネス自身に取り憑いていた筈である。魔術師に取り憑くのは、妖魔が魔術によって造られているからに他ならない。神の力を受ける神聖術者に憑けないのも当たり前と言える。女性魔術師に憑かなかった理由…それは後に分かるであろう。
「で、妖魔は誰かを犠牲にしねぇと封じらんねぇってのか?いや、封ずるってより倒せねぇのかよ。」
 ルーファスは地に座って腕を組みながら大神官へと問った。その問いはルーファスだけでなく、その場にいた全員の問いでもあり、皆の視線は女公爵の腕輪へと集まった。
「うむ…倒せぬ訳ではないのじゃが、それでもやはり器が必要なんじや。あの妖魔には実体が無いため、直接・間接を問わず攻撃は効かん。」
「その器ってのは、人じゃなきゃ駄目なのか?」
 ルーファスは再度、大神官へと疑問をぶつけた。すると、大神官は暫し考えてそれに答えた。
「…そうじゃのぅ…今までは人間にしか憑いとらんかったから何とも言えん。いや…もしかしたら…。」
 大神官は何やら考え込んでいる様子で、暫くの間何も言わず黙っていた。
 少しして、大神官は些か躊躇う様な口調で言った。
「少し言いづらいのじゃが…。」
「言ってくれ。他にも方法はあるのか?」
 ルーファスは大神官にそう返し、そして答えを待った。そんなルーファスに、大神官はこう答えたのであった。周囲の皆も、その答えに耳を傾けている。
「ラファエルの涙でもあれば…。」
 その答えに、ルーファスはその表情を一変させたのであった。そして、ルーファスは恐る恐る大神官へと言った。
「それってさ…破壊するってこと込みで…か?」
「無論じゃ。ラファエルの涙は魔力の結晶の様なもんじゃが、その中に神聖さも宿しておる。十二聖人の宝玉が全て揃っとれば別じゃが、あれは他の妖魔を封じておる故、全てを動かす訳にはいかん。そうなれば、ラファエルの涙しかなかろうて。」
 大神官がそこまで言った時、ルーファスは慌てて言った。
「そりゃ無理だ!そんなんしたら親父に殺されちまうって!」
「師匠…ラファエルの涙って、一体何なんですか?」
 ヴィルベルトがそう問った時、冷や汗をかいているルーファスに代わってウイツがそれに答えた。
「ラファエルの涙って言うのは、シュテンダー侯爵家に代々受け継がれている秘宝なんだ。王の周囲を守る七つの大貴族にはそれぞれ秘宝が受け継がれているけど、その中にあって最大の力を宿す宝玉なんだよ。」
「あのぅ…それって、それに妖魔を封じて宝玉ごと…。」
「そうなるね。」
 ウイツの言葉に、ヴィルベルトも冷や汗をかいた。
 そもそも、その様なことをルーファスが出来よう筈がない。彼はここ数年、実家であるシュテンダー侯爵家には一度も戻ってはいないどころか、その領地にすら足を踏み入れてはいないのである。そんな放蕩息子がいきなり帰り、父である侯爵に「宝玉下さい。」とは流石に言えまい。
「ルーファス、私が言っやろうか?」
 ルーファスの狼狽ぶりに苦笑しつつ、女公爵がそう切り出した。
 女公爵のクリスティーナは無論、シュテンダー侯爵を良く知っている。遠縁とは言え、二人は幼い時分からの知り合いであり、事ある毎に力を競い合っていた謂わば好敵手とも言える仲であった。
「叔母上…それは…」
「たまに奴の顔を見に行くのも悪くはない。それに、これは私の従者であったクレメルの敵討ちでもあるのだ。故に、お前達は私が戻るまで静観しておれ。」
 そう言うが早いか、直ぐに馬に乗り、少し離れた所で待機していた残る二人の従者を引き連れてその場を離れてしまったのであった。
「全く…返事くらい聞いてから行けってんだよ…。」
 ルーファスのぼやきを、横でヴィルベルトとウイツは苦笑しつつ受け流したのであった。
 三人は女公爵が戻るまで、リッケの村を通り過ぎた平地で待つことにした。そこには中程の林があり、中には泉もあったので都合が良かったのである。平地故に、一歩林を出れば見通しは良く、隠れるにも人を待つにもうってつけの場所だったのであった。



 
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