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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  I

     
 西方大陸のほぼ中央に、リュヴェシュタンという王国がある。その中央には王都リュヴィンを含む王が直接治める中央領があり、それを囲む様に八貴族の治める地方がある。
 その一角に、バーネヴィッツという公爵が治める土地がある。中央領とほぼ同じ広さがあり、この国第二の都と呼ばれていた。
 バーネヴィッツ公であるが、実は女性である。若い時分に夫を亡くし、跡継ぎの無かった公爵家では騒動になりかけた。そこで、彼女は国王へ嘆願し、異例ともいえる女公爵となったのだった。
 無論、この大陸に女公爵は一人しかいない。彼女自身に十分な才覚が備わっていたこともあるが、他にも理由がある。それは、これからの話で自ずと分かるであろう。

 さて、そんな女公爵に認められてしまった人物が、ルーファスと言う魔術師であった。
「良いではないか。公爵ともなれば、食うに困ることはないぞ?ま、多少の苦労は付き物ではあるが、楽しいことばかりだぞ?」
「叔母上…それ無理だから。俺、貴族に興味ねぇし、こうして自由気ままに暮らしたいって言ってんじゃんか。ってか、その話し方変だって…。」
「まぁ、そう言うな。時間ならたっぷりあるぞ?よく考えて良い返答を今すぐ聞かせてくれ。」
「言葉おかしい上に時間ねぇじゃんかよっ!」
 ここはバーネヴィッツ公の館である。とは言っても、その外観は城に近いものがあった。
 これだけの大貴族ともなると、領地を守るために色々とある。その館の一部は大きな食物庫となっており、不作の年や戦時などには蓄えを解放し、民が飢えない様になっている。戦時…とは言っても、ここ数十年戦は無いのであるが。
 その館にある広間で今、クリスティーナ・フォン・バーネヴィッツ公と魔術師のルーファスが話をしていたのだが、そこへもう一人、別の人物がひょっこりと顔を出した。
「師匠、こんなところへいたんですか?もう…今日は街長の所へ行くって言ったじゃありませんか…って、公爵様…いらっしゃってたんですか…。」
 そこへ顔を出したのは、ルーファスの弟子であるヴィルベルトという少年であった。
「そう畏まることはない、ヴィルベルト。そうか、お主らはミケルの所へ…。ならば直ぐに行け。あやつ、時間には五月蝿くてな。遅れようものなら、私にさえ噛み付いてきよるから…。」
「え…?公爵様にって…。」
 ヴィルベルトは顔を引き攣らせながら呟いた。横ではルーファスが外方を向きながらも笑っている様子である。
「そう驚くことではない。あやつは幼馴染みの息子だからな。あやつの家は祖父の時代から街長をやっておるが、代々よく勤めてくれている。私は仕事に戻るが、ミケルに宜しく伝えておいてくれ。」
 クリスティーナはそう言うや、二人を置いて広間から出ていった。
 女公爵が去った後、二人は直ぐに街長であるミケル・テミングの所へと向かった。
 この女公爵の治める地方はヴィンディヒと呼ばれ、その名の由来は"風の強い"という意味の古語に由来していると言われている。その理由としては、この地が常に海からの強い風を受けているからであり、この国を興した初代国王がその名を付けたとか。
「ったく…今日もひでぇ風だ…。」
 ルーファスはそう愚痴を溢した。防風林はあるものの、完全に風を防げる訳もなく、彼はその長い髪を風に靡かせていた。
「師匠!その髪邪魔です!」
「うっせぇ!俺の髪が悪いんじゃねぇ!この風が悪いんだっての!!」
 そう言い合いながらも、二人は街中を歩いて行く。
 この街の中央通りは広い。さすが女公爵の治める第一位の街である。が、その中を歩く二人には、かなりの視線があたっていた。二人の風体や容姿がこの街に全くそぐわないのだ。
 まず、ルーファスは先に述べた通りの長髪で、それを後ろで一括りにしている。その髪の色は銀色で、この大陸にあってもあまり多くはない。その上、瞳の色は蒼く、それも珍しいのだ。弟子たるヴィルベルトは、髪は金色で肩ほどの長さにしてあり、瞳は薄い茶色をしている。二人共に容姿端麗、身長もかなり高いとくれば、嫌でも人目を引く。
 さて、二人にとっては人目なぞどうでもよく、文句を言い合いながらも街長の家へと赴いた。
 ルーファスが呼鈴の紐を引くと、暫くして召し使いが扉を開き、直ぐに街長であるミケルの元へと通されたのであった。
 家…と述べたが、そこは館と言って良い程の広さがある。たが貴族のそれとは違い、ここは質素な造りであった。調度品も彫刻などの飾りも無いものの、それ故か落ち着けるところである。
「よくおいで下さいました。私が主のミケルです。さぁ、どうぞこちらへお座り下さい。」
 案内した召し使いが扉を開くや、その家の主が満面の笑みで迎えてくれた。 彼はルーファスやヴィルベルトより背は無いが、ガッシリした体格に栗色の髪が印象的な好青年であった。
 ミケルは二人を招き入れて座らせると、自らもテーブルを挟んで正面の椅子へと腰掛けた。
 最初はいきなり笑顔で話し掛けられたため面食らってしまった二人だったが、こうして見るとかなり若いことに驚いていた。
 女公爵には幼馴染みの息子…と聞いていたからであるが、ミケルは末子なのである。長兄とは二十歳以上年が離れているのだから、驚くのも無理のないことである。
 そもそも、ミケルは後妻の子供である。先妻が病で亡くなって後、ミケルの父が再婚したのであるが、その時には四十近くになっていた。
 では、なぜ後妻の子供がこの若さで街長の職を継いだのかと言えば、前の街長であったミケルの父が遺言を遺さず逝ったからである。要は兄弟のだれもが街長になりたがらず、よって末子のミケルが引き受けたのであった。
 街長はかなりの激務である。それをこなせる知力・体力・気力があったのも、ミケルだけだったとも言われているが。
「ミケルさん。俺達をここへ呼んだってことはだ、話ってのは魔術絡みなのかい?」
「ルーファスさん。僕の方が年下なんですから、どうぞ呼び捨てにして下さい。」
 ミケルはそう言って、一旦言葉を切って考え込んだ。そうして後、二人を見て言った。
「そうですねぇ。魔術…というのとは少し違うんですが…。」
「少し…違う?で、何を頼みたいんだ?」
 ルーファスがそう言うと、ミケルはどう説明しようかと考えている風であったが、少し間を置いてから話し始めた。
「この街の北にある大聖堂…ご存知かと思いますが、半年前より夜な夜な何者かが入り込んでいる様で、度々僕のところへ報告が上がるんです。あまりにも多いため、ある時、僕は部下を連れて大聖堂へと行ったのです。大事にならぬようにと。」
 そこまで話すと、ミケルは急に声を落として言った。
「そこで…見たんですよ…。」
「見た?」
 ミケルの言葉に、ルーファスとヴィルベルトは首を傾げた。そんな二人に、ミケルはコクンと頷いて返した。
「幽霊ですよ…。」
 ミケルは真顔で言ったが、ルーファスとヴィルベルトはそんなミケルに冷たい視線を浴びせて後、スッと立ち上がって言った。
「帰る。」
「なんでですかっ!?」
 ミケルも慌てて立ち上がり、二人を止めながら言った。
「待って下さいよ!まだ話しは終わってないんですから!」
 必死の形相で、ミケルは帰ろうとする二人の前へと立ち塞がった。
 そんなミケルに、ルーファスは怒鳴った。
「もう終わりだ!大体何で魔術師に幽霊の話しなんだっての!そんなもんは神官や司祭の領分だろうが!」
 ルーファスの言い分は尤もである。魔術絡みであれば魔術師でなくば対処出来ないが、幽霊となれば逆に魔術師は専門外ということなのだ。ルーファスの言った通り、幽霊などは聖職者でなくば対処しようがないのである。
「それは承知しております!承知してはいるのですが…今、この街には神官も司祭も不在なんですよ。」
「は?聖堂や教会はあるのに、神官も司祭も居ないって…どういうことなんですか?」
 項垂れるミケルに、ヴィルベルトは不思議そうに言った。
 それもそのはず。二人がここまで来る途中にさえ、二つの教会があった。そこには司祭らしき人物もおり、信者も多数出入りしていたのである。
 それにもかかわらず不在だと言われたのだから、二人が不思議がるのは至極当然と言えた。
「お二方…先ずは座って下さい。一から順に説明致しますので…。」
 そう言われた二人は、渋々ながら座り直したのであった。
 座り直したルーファスは頬杖をつきつつ、ミケルへと問い掛けた。
「でもよぅ、確かこの街にゃ大神官老ファルケル殿がいらした筈だが?」
 ルーファスが言った老ファルケルだが、この大陸の中でも特に力の強い神官で、生きた聖人とさえ言われている。"大神官"とは老ファルケルに与えられた称号であり、甥に同じ名を持つ者がいるために老ファルケルと呼ばれる。
 彼は齢七十でこの街の古びた聖堂に移り住み、その聖堂の番人として余生を送っているはずなのであった。
「老ファルケル殿なんですが…半年程前に逝去されたのです。」
 それを聞き、二人は目を丸くした。
「えっ!?俺、そんなこと聞いてねぇぞ!?あれだけの人物が逝去されたんなら、葬儀も大々的に執り行われる筈だろう?」
「そうですよね…。私も全く知りませんでした。それどころか、公爵様のところですら話題になりませんでしたしね…。」
 二人がそう言うと、ミケルは深い溜め息を洩らして返した。
「実はですね…老ファルケル本人の意向で、葬儀は彼の弟と二人の妹の家族で内々に済ませたそうです。告知もしてはならないときつく言われていたようで、告知をするならば死後一年経ってから…と厳命されていたと聞いています。ですが…」
 そこまで言うと、ミケルは再び大きな溜め息を吐き、そうして後を続けた。
「老ファルケルの死を知った神官と司祭達は、皆この街から出ていってしまいまして…。」
「ちょっと待て。大神官一人が逝去したからって、なんでここから出ていく必要があんだよ。それこそ、やつらにとっちゃ師とも呼べる人物が守ってたもんを守る義務もあるんじゃねぇのか?」
 ルーファスは不機嫌な顔をしてそう言うと、隣に座るヴィルベルトが何か思い当たった様で、ミケルが再び話し始める前に割って入った。
「師匠。もしかして…老ファルケルが守っていた聖堂って、以前に司祭クラウスが守っていた聖堂なんじゃないですか…?」
「クラウス…って、あの魔術師から司祭になった異例の天才か?ありゃ五十年も前の話だろ?」
「ですが、クラウスがわざわざ聖堂を拡大してまで守った理由…それが関係してるとすれば?」
 ヴィルベルトがそう言うや、ルーファスの表情が強張った。
「まさか…。」
「そうですよ。この地方って、例の魔術実験で妖魔を呼び出し、そのせいで甚大な被害が出たんです。確かその妖魔を封じた石碑があったはず。あの聖堂って、その石碑を守るために拡大されたと考えた方が…。」
 ヴィルベルトがそこまで言ったかと思うと、スッとルーファスは立ち上がって呟くように言った。
「…帰るぞ…。」
 そう言ってクルリと背を向けて歩き出そうとしたが、ミケルは直ぐ様ルーファスの腕を掴んで止めて言った。
「待って下さいってば!」
「ふざけんな!もし妖魔なんぞ目覚めさせたら手に負えねぇっての!」
「だから貴方を呼んだんです!」
「もっと悪いわ!」
 振り切って部屋を出ようとするルーファスとヴィルベルトを、ミケルは必死になって留めようとした。
 だが、二人は尚も帰ろうとするため、ミケルは彼らにこう言ったのだった。
「これが解決したら、報酬として二万ゴルテ出します!」
 二万ゴルテ。要は金貨二万枚出すと言ったのである。
 一般民の一月の労働報酬は、平均四十八エルナ…銅貨四十八枚なのである。それを考えると、二万ゴルテはとんでもない金額であり、それを支払うと言うことは、それ相応の危険を伴うと言うことでもある。
 しかし、それを聞いたルーファスとヴィルベルトは、直ぐ様ミケルへと振り返って言ったのだった。
「喜んでお引き受けします!」
 …二人は貧乏なのだ。大陸中を旅しているため、常に資金は必要。そのために行く先々の街や村などで働き、旅費を捻出してから次の旅に出るの繰り返しなのである。
 二万ゴルテ…それだけあれば、数年間は働かずして旅を続けられるというものなのだ。
「良かったぁ!それじゃ、お座り下さい。」
 ミケルがホッとして二人を座らせた時、不意に扉がノックされた。
「お入り。」
 ミケルがそう言うと扉が開かれ、そこからルーファスらを案内してくれた召し使いがお茶を持って入って。
「失礼致します。旦那様、お茶をお持ち致しました。」
 彼女はそう言うや、先ずは主の前にお茶を置き、次いでルーファスとヴィルベルトの前に置いた。
 お茶を持ってくるにはかなり遅いと思うが、中の三人が珍妙な寸劇を繰り広げていたため、彼女が入りずらかったであろうことは窺える。
 彼女が淹れてくれたお茶は、その香りからかなり高価なものだと分かった。その上、お茶請けにブラウニーとバターケーキまで出され、目の前の依頼人よりも召し使いに二人は恐縮してしまった。
 この時代、チョコレートもバターも高級なもので、こんな下っ端に出すような代物ではないのだ。
 尤も、仕事が仕事なだけに、予めミケルが用意させていたとは思うが。
「今日は随分奮発したねぇ。」
「はい。お客様がお出でになると聞いておりましたので。それでは、私はこれで失礼致します。」
 彼女はそう言うや、そのまま部屋を出て行ったのだった。
「あの人…召し使いですよね?」
 ヴィルベルトは彼女が出て行ったのを見計らって、囁くようにミケルへと言った。
「はい。それがどうかされましたか?」
「いえ…服が随分と高価な布で出来ていたようなので…。」
 気になっていたのは、彼女よりも衣服であった。
 一般に、召し使いの衣服はそう良い布を使わない。それこそ始終動き回っているため、質より量なのだ。
 だが、先程の召し使いが着ていた衣服は、伯爵クラスの布で仕立てられていたのである。ヴィルベルトが驚くのも無理はない。
「あれですか?女性は常に美しくあって然るべきですよね?ですから、身形を整える分は給金に上乗せしてあるんですよ。」
「…。」
 ヴィルベルトどころか、ルーファスまで半眼になってミケルを見た。
 この時代にあって女性のために…などという考えはない。
 確かに、女性は美しいに限る。男なんぞボロを着ていても構わないが、女性がそれでは些か困りものだ。
 分からなくはない二人だが、あの召し使いの服は…。
「ミケル…いくらやってんだ?」
 ルーファスは迷った挙げ句、その問いを口に出した。
「三シヴルです。」
「…。」
 三度目の沈黙…。
 シヴルは銀貨…三シヴルを銅貨に換算すると150枚になる…。どうやら、この街は大層儲かっているようだ。
 まぁ、あの女公爵が治める街なのだし、その中でも最大の街なのだ。このくらいは当たり前…と、ルーファスは自身に言い聞かせ、もうこの話題から離れようと本題を切り出した。
「で、だ。俺らに何をしろと?」
 ルーファスから話を出すと、ミケルは直ぐに真顔になって返した。
「お二方には、幽霊を払って妖魔の封印を強化してほしいのです。」
 このミケルの依頼に、ヴィルベルトは困惑しながら言った。
「ちょっと待って下さい!その二つ、どうやったって神聖術でしか出来ないじゃないですか!」
 今ヴィルベルトが言った“神聖術"とは、魔術とは対照的な術法なのだ。
 元来、魔術は“魔"に由来し、その力を引き出して使用するもの。それに対し、神聖術は“神"の力を借り受けて行う術のことなのである。
 魔術師同士の争いならば魔術で良いが、魔術から発生した妖魔や悪霊なんてのは魔術自体が効かないのである。
 だが、ヴィルベルトとミケルがそれについて言い合いをしている中、そこにルーファスが割って入った。
「分かった。その仕事、引き受ける。」
「師匠っ!?」
 ヴィルベルトは頭を抱え、ルーファスに「どうするつもりなんですか!?」と噛みついたが、それを軽く流してルーファスは立ち上がった。
「さて、今晩さっそく見に行くかな。ま、今日は下調べってとこだが、出来たら聖堂の見取り図があると助かる。」
「ご用意出来ます。夕刻までには届けさせますので。」
 それで話がついたとばかりに、ルーファスは苦虫を噛み潰したような顔のヴィルベルトとを連れ、街長ミケルのところから引き上げたのであった。



 
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