| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第五八話 

夕暮れ、焼ける空が徐々に黒へと移り行く中で幾つもの戦術機や航空機が滑走路へと着地し移動していく光景を二人で見やる。

「忠亮さんが教練を申し出てくれたのには訳があったのですね。」
「ああ、仮にも摂家の一員となったからにはそう簡単に時間は作れん―――全く一時的だというのに面倒な事だ。惚れた女との時間を作るのにも理由付けがいる。」

そう嘯く忠亮、彼が五摂家へ養子入りしたのは仮にも五摂家の直系である唯依との婚姻のためであり、尚且つ斑鳩家が彼の後見として立つための段取りでもある。

「……忠亮さん、ひょっとして怒ってますか。」
「―――少しな、こんな場所にお前を置いておくしか出来ん事が苛立つ。」

徐に手にかけたフェンスの金網を握る。ギシャっと金網独特の音が鳴る。
唯依をこの場から退散させるだけならば容易い。しかし、そうなれば唯依の代わりの人間がここに配されるだけであり、その人物が犠牲となる可能性もある。

正直、そんなこと知ったことかとやる事は出来るし、XFJ計画そのものを潰すという選択肢もある。
だが、そうなれば唯依が選んで進んでいる道を他ならぬ己自身が潰すこととなってしまう。

其れは彼女への裏切りと成ろう。断じて許容できない。


「‥‥私には怒ってないのですか?」
「何故だ?」
「だって、私がこんなことを言い出さなければ……忠亮さんに要らぬ労を掛けることも・‥‥それに、自分じゃどうしようもないのが歯がゆくて、悔しくて。」

俯き下唇を噛みしめる。
口惜しさが溢れて言葉にならない―――だが、頭をなでる感触に顔を上げた。

「要らぬ苦労じゃないさ。確かに心配はしている、ここが戦場になるのは変えられないことだ。だが―――己はお前のための苦労を要らぬとは思わない決して。」
「忠亮さん……」

「それに、お前はこれが必要な事なのだと感じたのだろ?ならば必要になる時が来るさ、(おれ)は信じている。」

夕日を背にはにかむ笑顔に目を細める。全幅の信頼と親愛、それを向けてくれるこの人が大切だった。
頭を撫でていた手が下りてきて頬を撫でる。まるで硝子細工を扱うようにそっと、優しく。

「俺に守らせてくれ、もう己は無力じゃない。」
「忠亮さん……でも、私は。」

「己はお前の夫になると決めた―――もう、決めたんだ。だからその為に必要なことを成す、それだけだ。」

梃でも動かない、唯依はそう悟った。
この人の一念を曲げることは自分には出来ない―――いや、してはいけない。


「もう、頑固なんですから。―――仕方ない人ですね。」
「面倒か?」

問い返す、それに唯依は首を左右に振った。

「私もあなたの妻になると決めたのです。すべて織り込み済みですよ。」

はにかんだ笑みで見上げる彼女を目を細めて見下ろす―――たとえ、死んだとしてもこの笑顔だけは決して忘れないと、胸裏に刻み付ける。

強く、強く

俺の中にいる、多くの俺の残滓が思い浮かべるのは守れなかった悔恨。その末路は悲しいものが殆どだ―――それだけではなかった筈なのに。
それだけ強く愛していたのなら、それだけ多くの愛おしいと感じた姿もあっただろうに―――強すぎる憎悪に搔き消されてしまった。

反復される末期の光景、それは己に決して同じ結末は歩ませないという決意を齎すけれど―――それはとても、寂しい事だと感じたから。
この笑顔を絶対に忘れたくない、そう思った。

「どうかしましたか?」
「―――ん、いや。久々にお前の笑った顔を見たからな。なんというか、感極まっているようだ。」

「………私もです。」

穏やかな表情で答える唯依。くすぐったいような温かい感触が心を満たす。
それがひどく心地よかった。




「―――取り込み中のところ済まない。」

そんな二人だけの空間に割って入る(ゆうしゃ)。振り向けば白き斯衛軍服に身を包んだ青年、甲斐の姿があった

「どうした?」
「例のブリッジス少尉だが、ソ連軍側のエリアに入ったどころか機密エリアに向かっているらしい。」

それを聞いて、忠亮の表情が引き締まる。軍人としての顔になり……その横にいた唯依の表情が強張った。







数刻の後、格納庫には不貞腐れた面のユウヤが居た。
間一髪、ソ連軍の聴取という名の薬物使用や拷問が行われる前にタリサ達アルゴス小隊の面々を身元引受人として手配して事なきを得た。

無論、ソ連側にも相応の皮算用があったことは必然だ。

「無事に帰れたようだな。」
「……礼は言いませんよ」

吹雪を見上げるユウヤに歩み寄った唯依にユウヤがぶっきらぼうに答えた。

「ずいぶんと器量の小さい男だ。」

唯依が不快に感じたのが手に取るように分かった忠亮が口をはさむ。

「―――っ!」

図星か、奥歯を噛み締めたのがわかった。だが、忠亮には手心を加えるということは無い。
たぶん逆さにして振っても一かけらも出てこないだろう。

「己惚れているようだから先に言っておく、このXFJ計画に於いて貴様を首席衛士へと推したのは唯依、いや日本帝国ではない。
 貴様が此処にいるのはアメリカ側の強い要請があったからだ。貴様を首席衛士に於くことは我々の本意ではない。」

「なん…だと……」


ズバズバと言いづらいことを相手の急所に突き刺していく忠亮。
直截簡明を絵にかいたような人間である忠亮の辞書に気遣いという言葉はあんまりない。まずは徹底的に相手をへし折るところから始める。

「当然だろ。拳銃で相手を殴りに行くようなアホに自分のところの拳銃の試し撃ちをさせる酔狂な軍隊などあるはずもあるまい。」
「―――それは俺のことを言ってんのかよ。」

「他に誰がいる阿呆。」

端的かつズバッと急所に暴言を突き刺す忠亮、ユウヤの蟀谷に青筋が浮きだっては踊り狂っている。

「――――こっちもイタリアの赤い悪魔みたいな奴の試運転させられちゃあ堪んないですがね?」

OTO M35型手榴弾―――通称イタリアの赤い悪魔。
端的に言えば欠陥品の手榴弾であり、安全ピンを抜いても爆発しないことが多く。そのような不発弾はいつ爆発するかわからないため、敵味方双方を震え上がらせたという。


「安心しろ、イタリアの赤い悪魔なのは貴様の脳みそのほうだ。」

しれっと嫌味を罵倒で返す忠亮。

「てめぇ……ッ!!」

視線だけで人を殺せそうなほどに忠亮を睨みつけるユウヤ。忠亮はその瞳に酷い既知感を覚えた。
自らの技量に絶対の自信を持ち、自らの努力と研鑽によって培ったことを矜持とする人間の瞳だ――――嫌いじゃない。

「くくっ、なるほど……筋金入りの馬鹿だな貴様。だが、負けず嫌いで熱心だ。嫌いじゃないぞ。」
「ふざけているんですかね?」

のどを鳴らし笑う忠亮、それに反発するユウヤだが―――唯依は気づく、そこに相手を小馬鹿にする意志が無いことに。


「至って真面目だ。―――良いだろう、相手をしてやる。」
「はぁ?それはどういう……」

忠亮の言葉、しかし戦術機はシミュレーター一つとっても軍の資財であり衛士個人の持ち物ではない。
当然、機体もそうだ。ゆえにたかが士官が戦うと言ったところでそれが実現するわけがないのだ。


「……これから暫しの間、斑鳩大尉がお前たちの教練を行ってくれることになった。後ほど正式通達がなされる事になっている。」
「俺たちが何を教わるってんだ、新兵じゃねぇんだぞ。」

開発衛士は衛士の最高峰の一つだ。優れた腕前を持つ人間だけが選ばれる特別な存在。
それは撃墜王とは似て非なる衛士の最高の栄誉の称号でもあった。


「―――今回の演習で、アルゴス小隊……特に貴様は日本の戦術機に関しては不慣れ、などというレベルではすまないことが露見した。
 よって、貴様らには日本の戦術機の戦術、運用思想に通じる人間による教練無くして今後の計画の進捗は望めないと判断した。」

唯依が告げる回答、それはユウヤたちは日本戦術機に関しては無知もいいところであり、極論を言えば、知識があるだけ新兵のほうがマシだと言われてることでもあった。

苦渋をのむユウヤに忠亮は渾然と言い放つ。

「三日後、演習を組んでやる―――ああ、機体は別に吹雪でなくても構わんぞ。」
「―――なんだと。」

どうせ、まともに扱えないだろう。そう言外に言われているように感じるユウヤ。
それはあながち間違いではない


「頭が悪いな、全力を出せる機体を使って掛かってこいと言っている。―――全力の貴様を叩きつぶしてやる。」

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧