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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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追憶の惨劇と契り篇
  55.漆黒の乱入者

 
前書き
早く更新するといって
半年ほど更新にかかってしまいました。

申し訳ありません。
 

 


監獄結界の中で金属同士がこすれあう乾いた音と獣の叫びのような声が響く。

「ぐぁああ……ァ! あァ───!」

「彩斗君!」

鎖を引きちぎろうとする彩斗を止めようと近づこうとするが魔力によって生み出された衝撃波が行く手を遮ってその場にとどまることでさえ精一杯だ。

「仙都木優麻、逢崎友妃を連れて逃げろ! このままでは持たん!」

虚空から伸びる銀色の鎖が彩斗へと絡みついていく。しかしその多くは、衝撃波によって打ち消される。
このままではいけない。
彩斗の記憶は蘇ることができず、暴走によって立上に対抗することもできなくなり、那月の監獄結界が壊されれば、大きな痛手を負う。
それは最悪の状況になる。
それだけはなんとしてでも阻止しなければいけない。

「友妃! 僕の手を掴んで!」

優麻がこちらへと手を差し伸べる。前方には蒼の甲冑の騎士が衝撃波から優麻を守っている。
この手を掴めば友妃は安全な場所へと避難できるかもしれない。
だが、それは立上への対抗する手段がなくなることを意味する。
第四真祖である暁古城と剣巫の姫柊雪菜なら立上をもしかしたらなんとかできるかもしれない。しかし、彼を確実に倒すためには一度彼を倒して“神意の暁(オリスブラッド)”となっている緒河彩斗の力が必要不可欠だ。
未だ彩斗の記憶から立上をどのようにして倒したのかはわかっていない。
それどころか彩斗は祭典に無理やり参加してきたということさえわかっている。
このままここで引き下がるわけにはいかない。
無力で無知で無謀だったあの頃とは違う。
彼の力になり、彼から力をもらった。
だからここで諦めるわけにはいかない。
伸ばされた手を掴むことなく強く夢幻龍を握りしめて彩斗の元へと駆ける。

「友妃!」

「あのバカ」

彩斗から流れ出る魔力の衝撃波は那月の戒めの鎖(レイジング)によって先ほどよりは威力を弱めている。
この機に一気に距離を詰めて夢幻龍の無力化の能力で暴走の源たる過去へと強制的にアクセスさせている魔道書“No.014”を消しさえすれば止まるはずだ。
魔力の波動をかいくぐり、あとわずかで剣先が届くところまではきた。
しかし、彩斗に近づくにつれて魔力は嵐のように襲いかかってくる。
一瞬でも気を抜けば、吹き飛ばされてしまいそうだ。

「彩斗君、ごめんね!」

友妃は魔力を無へと還す刃が彩斗にへと振り下ろそうとしたその時だった。

『落ち着いて、彩斗』

誰かの声。それとともに夢幻龍の刃が乾いた音を立てて彩斗の前で何かに弾かれる。
その瞬間、バランスを崩した友妃の体は魔力の嵐に巻き込まれて吹き飛ばされる。

「“(ル・ブルー)”!」

吹き飛ばされた体を支えたのは、蒼い甲冑を身にまとった騎士だった。

「大丈夫だった、友妃?」

「う、うん。ありがとう」

「全く、彩斗のこととなると平気で無茶なことするよね、友妃は」

「ち、違うよ! ボ、ボクは彩斗君の監視役だからと、当然のことをしてるだけで」

「顔真っ赤にして言われてもね……まぁ、彩斗は譲らないけどね」

無邪気な笑みを浮かべる優麻。

「全く緊張感のない奴らだ」

ため息をつきながら額に手を当てる那月。
しかしすぐに真剣な表情へと変わり、彩斗の方を睨みつけた。

「それで貴様は何者だ?」

那月の言葉に二人同時に視線をそちらへと向ける。
いつの間にか魔力の激流は治り、彩斗は初めのように静かだ。その傍に白い靄のような何かがいる。それは徐々に大きくなり、人型へと変化する。

『そうだな……』

顎のあたりに指を置くような素振りを見せてからこちらを見て、

『しいていうなら亡霊かな』

まるで笑みでも浮かべてるように見えた。
その表情に友妃の胸は締め付けられる。
知らないはずなのに、亡霊と名乗った者を知っている気がする。
もしかして……

『大丈夫ですよ』

亡霊は彩斗の肩に手を置きながら彩斗の方を見やる。

『私はどうせ、ここにも長くはいられません。精々、彩斗が自分の過去の全てを知るまでのあとわずかです』

淡々と亡霊の口から言葉が語られていく。

『きっとこいつは全てを知ったとしてもあなたたちの前では強がっていると思います。それに現実(こっち)に戻ればまだやらなきゃいけないことがある。感傷に浸っている猶予もあまりないと思う』

紡がれていく言葉をただただ聞き入るしかなかった。

『だから、もしも……もしも彩斗が道を踏み外したり、迷ったり、弱音を吐いたりしたら、お願いがあるんです』

その言葉はどこか寂しげで、それでいて優しく、温かい言葉。
彼女の言葉。その一つ一つ。その全てが彩斗のための言葉。
友妃は確信した。
亡霊の正体が彼女(・・)のなのだと……

そして少女の口から語られた願い……
それは………








「さァ、俺をもっと楽しませるよなァ」

不敵な笑みを浮かべ、緋色の瞳がこちらを睨みつける。恐怖が一気に襲いかかってくる。
しかし、その程度で柚木はもう止まらない。
一度決めた覚悟が鈍ることなどない。
それでも心臓は張り裂けそうなほどに早くなっている。
失敗は許されない。
この絶望的な状況に抗う最後の無謀な賭け。

「もう一度力を貸して、“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”!」

これまで幾度となく柚木のピンチを救ってくれた相棒の名を叫ぶ。
鮮血に染まった右腕から神々しい光を放つ黄金の梟へと姿を変化させていく。
再びこの世界に現出された“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”が柚木の意思をくみ取って金髪の吸血鬼へと向かって羽ばたく。

「結局ただの特攻かよ! そんなんじャ、俺に傷一つつけられねェっていい加減気づけェ!」

薙ぎ払われた右腕の鮮血から現れた剣先が大きく湾曲した全長が二メートルは超えるような剣。柄の部分も剣に比べれば長い。剣というよりは鎌に近い形状をしている。
あれも眷獣の一種。
───“意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)
使用者とは独立した知性を持っている武器。第三真祖、“混沌の皇女(ケイオスプライド)”が従えていることが多い眷獣。
この少年は一体何体の眷獣を所持しているのだろうか。
神意の暁(オリスブラッド)”が従えている眷獣以外にも眷獣を所有している。そのどれもが神の眷獣に劣らないほどの力を持っている。
その上、あれだけの眷獣を連続して召喚し、消滅までもさせられているのに一向に切れる気配のない異常なまでの魔力貯蔵量。何かしらの細工がなければこんなことできるはずがない。
これだけのことを人工的な力を使わずに天然の人そのものの力でやっているのだとするならば、そんな化け物をいくら束になってかかろうとも倒すのは不可能だろう。
金髪の吸血鬼は不敵な笑みを浮かべながら、剣を振るう。

「避けて、アテーネ!」

振るわれる刃を回避するように黄金の梟は上昇する。

「……避けれると思ってるのかよォ」

しかし、刃の形状が変化し、黄金の梟を追尾してくる。
これが“意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)”の厄介なところだ。所有者の意思とは別の自己判断によって攻撃も防御も行う。
このままでは、いつかは剣の眷獣に“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”は追いつかれてしまうだろう。
だが、これでいい。

「今です! 美鈴さん!」

柚木の叫び声が木霊する。

「ええ、あとは任せなさい!」

美鈴が鮮血を右腕に纏って駆け出した。
柚木の役割は、相手の眷獣の誘導。“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”での攻撃とこれば、相手は眷獣で迎撃せざる終えない。
それが、“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣であったならそれに越したことはない。しかし、それ以外の眷獣であったとしても敵の戦力は削れる。
この狙いに気づいた相手が次に取る行動は、

「それがお前らの作戦ってやつかァ? 詰めがあめェんだよ!」

金髪の吸血鬼の後方に、出現する大蛇の母体。
普通ならここで取るべきは、“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”を追尾している眷獣を解除してから新たな眷獣を召喚する。そうしなければ魔力切れが普通は起きる。
しかし、彼に関しては魔力切れという概念がないように複数の眷獣を召喚することができる。
それでも召喚できる数には限度があるはずだ。
そして、先程から感じていたこと。先程からの戦いやアレイストたちに致命傷を与えているのもその全てが“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣である蛇の眷獣が全てを行なっている。
つまり、金髪の吸血鬼は大蛇の母体を好き好んで決める時などに使っている。もしくは……あの眷獣以外の眷獣は完璧には使いこなせていないのではないか。
前者ならば、最悪のケースだが後者ならば、こちらにも勝機は見えてくる。

「───来なさい、“神光の狗(アポロ・ガン)”!」

太陽の如き輝きを放つ狗が大蛇の母体めがけて一直線に駆ける。

「そんな回復しか取り柄のねェ眷獣ぶつけても俺の眷獣には傷一つつけれねェよ!」

「……だといいわね」

美鈴が不敵な笑みを浮かべる。
それとともに“神光の狗(アポロ・ガン)”は自らの輝きを“大蛇の母体(ヘラ・バジリスク)”へと向けて浴びさせる。
神光の狗(アポロ・ガン)”が使役する能力。圧倒的な回復。それは回復というよりは時間の逆行という形に近い。
全ての傷を癒し、全てを無へと還す優しくも破壊的な“神光の狗(アポロ・ガン)”が与えられた権能。
その光が降り注げば、いくら圧倒的な悪意を持つ眷獣であったとしても、元の魔力の塊へと還すことができる。
そうすれば、彼は最も信頼する眷獣を使用できなくなる。予測しきれないところが多い金髪の吸血鬼であっても少なくとも消滅直後の召喚はできないはずだ。

「……そういうことか。腐っても神々の眷獣なだけはある。だがな……」

金髪の少年の口角を吊り上げて微かに微笑む。

「俺にそんな小賢しい戦術が効くと思ってんのかァ!」

破滅の光に包まれ、悲鳴をあげながらも“大蛇の母体(ヘラ・バジリスク)”は両腕を巨大な蛇へと変異させる。それは一直線に“神光の狗(アポロ・ガン)”へと伸びる。
回避することはできない。“神光の狗(アポロ・ガン)”の体に二つの大蛇の顎が深々とえぐりこまれた。

「アポロ、もう少しだけ頑張ってちょうだい!」

美鈴の右腕は再び鮮血をまとう。
魔力の塊は徐々に無数の泡へと変化し、白兎の姿を形成していく。
現れては消え、また現れる。無限にして有限。夢幻にして幽幻な触れることさえできないような存在。
出現と同時に無数の泡は増殖をし、その質量を膨張させていく。
それと同時に頭の中へと一つのイメージが流れ込んでくる。“神光の狗(アポロ・ガン)”に噛み付いている大蛇の顎が浄化されて消失する。

「もうその手はくわねェよ!」

その瞬間、金髪の吸血鬼は右手に拳を固めて自らの左腕を殴りつけた。膨大な魔力を帯びた右手から放たれた拳は、まるで刃物にでも切られたように左腕を吹き飛ばす。
鮮血がほとばしる。吹き飛ばされた左腕が宙を舞い地面へと不快な音を立てながら落下する。
しかし、金髪の吸血鬼は顔色ひとつ変えずにこちらへと不気味な笑みを浮かべる。

「幻覚を現実にする。さすがは“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣だがなァ。そう何発も連続でやられりャ、バカでも気づくっつう話だ」

幻覚を現実に変える。先程、作戦の中で美鈴からわずかだけ聞いた“純愛なる白兎(アフロディテ・ダット)”が持つ権能。
原理は柚木にはわからない。
しかし彼はそれを理解した上で幻覚にかかる前に自傷行為を行うことによってそれを回避したというのか。
先程の美鈴が作り出した不可視の壁を破壊したのも同じ原理だとするならば、狂っているとしか言えない。

「喰いちぎれ、“大蛇の母体(ヘラ・バジリスク)”」

その言葉を待っていたとでも言わんばかりに大蛇の顎が“神光の狗(アポロ・ガン)”の身体を一瞬のうちに喰いちぎった。
眷獣の消滅。それが意味するのは……

「美鈴さん!」

「これでテメェも終わりだなァ!」

眷獣の消失で魔力を喰らわれ、倒れそうになる美鈴に無数の蛇の群れが襲いかかる。
作戦は失敗だ。本来ならあの場で“大蛇の母体(ヘラ・バジリスク)”を倒し、眷獣の消滅によってできた隙に“無式吸型刃(アブソー・メサ)”によって奪い取る。これが美鈴から聞かされた作戦だった。
相手が魔力減少の危機に陥らなければ“無式吸型刃(アブソー・メサ)”は相手の眷獣を奪い取ることはできない。
無数の蛇の毒牙が美鈴の身体を蝕む。

「じゃあなァ……そこそこは楽しませてもらったぞ」

「──美鈴さんッ!!」

地面へと崩れ落ちていく。
それをただ柚木は見てることしかできなかった。
これで全てが終わった。
こちらの作戦は、全てなくなった。
もう打つ手は……ない。

「ま……だ、よ」

毒牙に蝕まれた身体で美鈴は立ち上がろうともがく。
そんな美鈴を哀れむように見て、指の骨を鳴らした。その瞬間、無数の蛇が美鈴の身体へと押し寄せる。

「……もう終わりだ」

美鈴の身体が見えなくなるほどに蛇が覆い尽くしている。
柚木では、彼を倒すことはできない。
どれだけの手を打ったとしても柚木には圧倒的に決め手がない。

「次はテメェの番だァ」

不敵な笑みを浮かべて金髪の吸血鬼。
その表情は、先程までの余裕を含んだ笑みとは違う。まるで何かを隠しているような感じだ。
───魔力切れ。
そんな言葉が頭をよぎった。
これまで無尽蔵だと思われていた魔力に底がようやく見えて来た。
今までアレイストや海原たちがボロボロになって彼と戦ってくれたのは全て意味があった。
やはり彼は化け物ではあるがその前に吸血鬼。魔力は無限ではなく有限。
力の差は歴然。一人では倒せないかもしれない。
それでも、ここで諦めればここまでの皆の意思を無駄にすることになる。それだけはしてはいけない。
ここで柚木が取るべき、最善の行動は……

「……まだだ」

「あァ?」

「アテーネ!」

叫ぶ。その声に黄金の梟が応え、自らの翼をより一層輝かせる。“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”は光の粒子の軌跡を描く。
意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)”の眷獣は変わらず、“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”を追尾する。
光の軌跡に触れたその瞬間、刃の動きが静止する。
そしてそのまま魔力の粒子となって消失を始める。

「無力化の能力を光の粒子に付与(エンチャント)しやがったかァ」

触れたもの全ての魔力を無へと還す黄金の翼。そこから生み出された光の粒子は同じ力がもたらされる。
いくら相手が眷獣と言えども魔力の塊ということに変わりはない。

「それで俺のヘラを消せるっつうなら厄介だがな……それが無理だからテメェは俺に勝てねェんだよォ!」

奇声をあげながら、無数の蛇を操る化け物が動き出した。
柚木があの眷獣に勝つことはできない。しかし、眷獣に勝てなくとも金髪の吸血鬼を倒して仕舞えば、この祭典(たたかい)は終わりを迎える。
それならばわずかでも勝機が見える。
相手も魔力減少が起きているのは確実。
それならば、ほんの少しでも隙が生まれれば……
その瞬間だった。頭に一つのイメージが流れ込んでくる。
突進してくる“大蛇の母体(ヘラ・バジリスク)”と金髪の吸血鬼の身体を光の縄が搦め捕り、身動きを封じている。
この現象は……

「クソがッ! まだ息がありやがったのかァ!」

欠損していたはずの左腕に膨大な魔力が集まっていく。それは鮮血に染まった腕を形成し、無数の蛇に包まれている美鈴の身体を殴りつけた。
地面が砕け散るほどの強烈な一撃。
覆っていた蛇もろとも美鈴の身体が跡形もなく消える。それと同時に“大蛇の母体(ヘラ・バジリスク)”と金髪の吸血鬼の身体を無数の光の縄で縛られていく。

「これって……」

「よく耐えてくれたわね、柚木ちゃん」

声のした方へと振り返る。今にも倒れそうなほどボロボロになった姿の美鈴がそこにいた。
生きていた、という安堵感から身体中の力が抜けそうになる。

「息があったんじャねェな……ハナから俺に突っ込んできたァ、テメェがフェイクだったってわけか」

憎々しげに体をジタバタさせながら光の縄を引き千切ろうとするがビクともしていない。

「さすがね。一瞬でそこまで気づくなんて」

「だが、テメェもわかってんだろォ? この縄があと数分もすれば跡形もなく消えるか俺の眷獣が引きちぎるれることくらい」

不敵な笑みを浮かべる。

「本当に全部見透かされてるみたいで気持ち悪いわね」

美鈴は、コートの内ポケットから銀の輝きを放つ物を取り出す。
無式吸型刃(アブソー・メサ)”───眷獣を吸収する銀の刃。

「そんなもんで俺を倒せると思ってんかァ? 随分舐められたもんだなァ!」

美鈴は銀の刃を金髪の吸血鬼目掛けて投げる。

「確かに一本なら厳しいかもしれないわね」

銀の刃に向けて右の拳を突き出す。
拳から腕へと徐々に鮮血が広がっていく。
それと同時に一つのイメージが頭へと流れ込んでくる。
投擲される銀の煌めきが一瞬にして数百を超える数へと増殖する。
眷獣を召喚することなく眷獣が持ち得る権能を操れる吸血鬼はそれほど多いわけではない。
現に柚木もそれを行うことはできない。

「クソ野郎がァ!」

光の縄を引きちぎろうともがくが切れることはない。
もはや彼に避ける術は残されていない。
夢幻は実体を持つ。数百というその全てが“無式吸型刃(アブソー・メサ)”の能力を持っている。
あの時の柚木の違和感が本当だとするなら彼の魔力もかなり消耗している。ならば、“無式吸型刃(アブソー・メサ)”が相手の眷獣を奪う条件を満たしていることになる。複数の眷獣を所持している相手に行ってどうなるかはわからない。しかし、無傷とまではいかないはずだ。

そして銀の刃が悪意を貫く………寸前だった。
当たる寸前で全ての“無式吸型刃(アブソー・メサ)”が何かに拒まれたかのように動きを止める。
そしてそれは一斉に方向をこちらへと向き直し、襲いかかってくる。
何が起きたかわからず反応することができない。
銀の刃は一瞬のうちに柚木の目の前まで到達していた。そこでようやく避けなければと脳が命令を送る。しかし、その時にはすでに避けられるような距離ではなかった。

「柚木ちゃん!」

美鈴の叫び声とともに柚木の身体に覆いかぶさる。

「美鈴さん!」

「……大丈夫だから、ね」

力無い笑みを浮かべる美鈴の背中には無数の刃が突き刺さっていく。
このままでは彼女は……
柚木が右の拳を握りしめたその時だった。美鈴がそれを制止させるように左手で覆う。その手はもう冷たくなりかけていた。

「後のことは……任せた、わよ、……ゆず、き……ちゃ、ん」

刃の雨が終わったとほぼ同時に美鈴の身体は地面へと崩れ落ちた。

「み、すず、さん………美鈴さん──ッ!」

倒れこむ美鈴に身体を揺するが動く気配がない。それどころか体温がもうほとんど感じられなくなっている。

「そんな……嫌、です。目を……目を開けてくださいよ」

無式吸型刃(アブソー・メサ)”による眷獣の吸収ならば死ぬことはない。しかし、南の時とは明らかに反応が違う。あの時は気絶はしていたものの息はあった。
しかし、美鈴は……

すると美鈴の背中に刺さっていた内の二本と南の眷獣が保管されているはずの“無式吸型刃(アブソー・メサ)”が空中へと集まっていく。
それと同時に戦闘に巻き込まれないように美鈴が避難させたアレイストたちの方向からも四本の“無式吸型刃(アブソー・メサ)”も宙を舞う。
それは虚空の一点へと意志を持っているかのように集中する。
すると“無式吸型刃(アブソー・メサ)”が集まった空間に歪みが生じていく。
その歪みから漆黒のローブをまとった何かが姿をあらわす。かろうじて人の形は保ってはいるが、未だ足などは陽炎のごとく揺らめいており、何者なのか判断がつけられない。
するとその刹那。漆黒のローブめがけて大蛇が襲いかかった。
大蛇の顎がローブを噛み砕く。しかし、そこに実体でも存在しないように漆黒のローブを大蛇はすり抜ける。

「ここに何しに来やがったァ!」

金髪の吸血鬼が声を荒げる。
初めて彼の狂気以外の言葉を聞いた気がする。
どこかその声からは動揺。それに殺意と焦りが感じ取れた。

「死ニカケノ、分際ガ、騒グナ」

くぐもった声が聞こえる。まるで直接脳に語りかけて来ている様で気分が悪い。
それにその声を聞くたびに全身に悪寒が走る。
直感的に柚木は感じ取る。あの人物は危険だ。
今まで柚木が出会って来た中で最も危険な人物だ。

「黙れェ! とっとと失せろ!?」

金髪の吸血鬼の叫びに大蛇の母体が動き出す……はずだった。
動こうとした眷獣が巨大な何かによって真っ二つに裂かれた。
一瞬の出来事で理解が追いつかない。何が起きたのかも、何を行なったのかも、なぜそうなったのかも全てが柚木の理解できる領域をはるかに超えている。

「ぐはァッ──!」

金髪の吸血鬼が吐血する。
柚木たちがどれだけ足掻いてもほとんどダメージを与えれなかった彼にあそこまでの一瞬で追いやった。

「オ前ガ、他ノ吸血鬼ヨリモ、異質デハアルガ、神ニスラ届カヌ限リ、ワタシニ歯向カウノガ、間違イダ。……立上」

「だ、黙れ……もうテメェのいいなりなると思うなよ!」

するとフードからわずかに笑う口元が覗く。

「自我ガ戻ロウ、トシテイル……カ。流石、無駄ニ長イ時間ヲ、生キ続ケタ混血種トデモ、言ウベキカ」

漆黒のローブは大きく横に動かした。

「うぐぁ……!?」

金髪の吸血鬼は頭を押さえて苦しみ出す。

「早く、俺の前、から……消えろ! テメェじゃ、俺には……勝てねェ……とっとと失せろ!」

先ほどまでとは雰囲気が全く違う。
これではまるで柚木のことを逃がそうとしている様ではないか。
何が起きているのか柚木には理解ができない。
突如として現れたローブの人物。何か因縁がある様に対立する金髪の吸血鬼。そして柚木を逃がそうとするわけ。
するとローブは周りを浮遊している“無式吸型刃(アブソー・メサ)”のうちの三本を掴むとそのまま金髪の吸血鬼めがけて投げた。
ダメだ。そんなことをすれば、“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣が相手の手に回ってしまう。止めなければいけない。しかし、考えに反して体は言うことを全く効いてくれない。
それは一直線に彼の体へと突き刺さった。

「グァァァxaaaaaaaaa───ッ!?」

金髪の吸血鬼が苦痛の声を荒げる。
やはり彼はもう限界に近かったのだ。それを無理やり絞り出した魔力で戦い続けていた。そんな体に新たな眷獣を植え付けることがどれだけ無謀な事かなど考えるまでもなくわかる。
このままでは彼の身体は間違いなく壊れる。
神意の暁(オリスブラッド)”なった事でどれだけの不死性を会得したかはわからない。
だが、それでも“神意の暁(オリスブラッド)”は同種を殺すことでその力を蓄えていく吸血鬼。
ならば、その眷獣が宿主と認めなかったら場合は……

「ソレデ、死ヌホド、貴様ノ身体ハ、弱クハ作ラレテイナイ」

残りの四本を投げようとしたその時だった。
どこからともなく出現した灼熱の火柱がローブを呑み込む。

「今度は、なに?」

「随分、好き勝手に暴れてくれるじゃないか」

どこからともなく少女の声が聞こえた。すると柚木たちのすぐ目の前に虚空からそれは姿を現した。
宝石のような淡い緑色の髪。深い湖のような翡翠色に輝く瞳。その表情には見た目の若さには合わない野生的なものを感じた。

「何故、ココニ」

「この祭典は(わたし)としても少し特別なものでね……原初の生き残りよ」

ローブから初めて動揺が見えた。

「何故、貴様ホドノ吸血鬼ガ、コノ者タチニ、手ヲカス」

「お前のやり方が気にくわないからだ」

少女は口の端で軽く笑い翡翠の瞳で睨みつけた。
彼女から感じられる気配は普通の人から出せるようなものではない。
この少女は只者ではない。それもあの漆黒のローブと同等。もしくはそれ以上の存在だと柚木は直感で感じ取る。

「この祭典は、此奴(こやつ)らの聖戦(たたかい)だ。その邪魔をすると言うなら───(わたし)が貴様の相手になろう」

圧倒的な魔力が少女を中心に放出され大気を震わせる。それは怒りの感情のように感じた。
一時の沈黙の後にくぐもった声でローブが、

「ヤメテオコウ。ココデ“混沌の皇女(ケイオスブライド)”ト戦闘スルノハ、コチラトシテモ、本意デハナイ」

「ケイオス……ブライド……」

聞き間違いなどでなければ、ローブは間違いなくその名を口にした。
混沌の皇女(ケイオスブライド)───この世界でその名を知らぬものがいない。“夜の王国(ドミニオン)”という領土を持つ世界に三人しか存在しない最古の吸血鬼。
それならば、少女から感じられる気配や魔力に説明がつく。
しかし、ローブのいう通り何故、真祖が柚木に手を貸してくれるのか。
すると漆黒のローブの身体が闇夜へと溶け込み出した。

「最早立上ハ、三番目如キガ、止メラレル存在デハ無クナッタ。一番目デアッテモソレハ、同様ダ」

そう言い残して、闇夜の中へと完全に消えて行ったのだった。
確かにあいつの言う通りだった。今まででも厄介な状態だったがさらに三体の眷獣が加わったのを倒せるわけがない。
しかし、それでも諦めるわけにはいかない。
美鈴が命をかけて守ってくれたこの時間を無駄になどしてはいけない。
それに先ほどの金髪の吸血鬼、立上の様子は少しばかりおかしかった。まるで先ほどまで戦っていた人物とは別人のようにも見えた。
それが気がかりだ。

「いい顔つきになったではないか、柚木よ」

少女がわずかに笑みを浮かべている。

「なんで私の名前を?」

「そんなことは些細なことだ。今は、あの男を倒すことだけに集中しろ」

すると柚木が抱きかかえていた美鈴、それに美鈴が避難させたアレイストたちが少女の元へと集まっていく。

「あやつの侵入を阻止できなかったせめてもの詫びだ。此奴らの命は(わたし)が預ろう」

そうして次々と美鈴たちは虚空の中へと消えていく。

「あ、ありがとうございます」

それと、といって少女は柚木へと何かを渡してきた。

「これって!」

それは、銀に輝くメスのような形状をした刃物。“無式吸型刃(アブソー・メサ)”が二本。
それも感じられる気配から眷獣が中に閉じ込められている状態だ。

「二本は奪い取れたが、後の二本は寸前にあいつが抵抗したせいでどこかへ飛んでいってしまった」

無式吸型刃(アブソー・メサ)”を奪い取るタイミングなんてなかったはずだ。
いや、一度だけそのチャンスはあった。漆黒のローブが残りの四本を投げようとし、それを火山の噴火のごとき眷獣で食い止めたあの時だ。

「次は、貴様が神になった時に会おうではないか」

そう言い残して虚空へ消えていった。
どんな理由があって助けてくれたのかは、結局わからず終いだった。しかし、それでからといって柚木のやることは変わらない。
まだ、わずかではあるが希望は残っている。
握りしめた二本の銀の刃を自らの腕へと突き刺した。
電流が走ったような激痛が身体中を駆け巡る。
腕から止めどなく膨大な魔力が流れ続ける。わずかでも気を抜けば、逆に魔力を吸い取られてしまいそうだ。

───耐えろ……耐えるんだ

そんな最中だった。
前方から炎の塊がこちらめがけて接近してくる。このタイミングで攻撃された。
激痛のせいで回避することも、防御することも一切できない。
しかし、そんな危機的な状況を察知したように黄金の翼が柚木を包み込んだ。
無力化の翼が火球を無へと消し去った。

「ありがとう、アテーネ」

役目を終えたように黄金の梟は、元の魔力の塊へと戻っていった。

「なるほどなァ、テメェらは、こんなバカみたいな方法で眷獣を奪ってたっつうわけか。全く、おそろしいものだなァ」

先ほどまでの柚木を逃がそうとしていた立上と呼ばれた少年ではない。“神意の暁(オリスブラッド)”の全てを殺そうとしている立上と呼ばれた少年と戻っていた。
どちらが本当の彼なのかはわからない。
柚木は前者であると信じたい。
だからこそ柚木がやることは……

「あなたを助けてこの巫山戯た祭典(たたかい)を終わらせる!」

「ハッ! 眷獣もろくに使いこなせないテメェが俺を助けるだァ? 笑わせんじャねェよ!」

激昂する立上。恐怖心がないわけではない。
気を抜けば、今にも倒れてしまいそうだ。心が折れてしまいそうだ。
それでも柚木がこの戦いの中で、いろんな人に支えられた中で見つけ出した答えは変わらない。

───美鈴さんが、アレイストさんが、海原さんが、京子さんがみんなを守るために戦ってくれた。
───名も知らぬ少女や敵対していたはずの“神意の暁(オリスブラッド)”も戦ってくれた。
───理由はわからないが、第三真祖までもが助けてくれた。
───それに、こんな馬鹿げた戦いに関係なんてないはずのあいつもボロボロになりながら、死にそうになりながらも助けてくれた。

もう挫けない。
もう諦めない。
もう揺らがない。
もう弱音を吐くのは終わりだ!

震える拳を強く握りなおし、悪意と視線を交わす。
最後の戦いが今幕を開ける。








彩斗は、我を忘れて走っていた。
この街で確実に最も危険な場所へと向かって。
最初は、行かなければ行けない理由などほとんどなかったはずだった。
なのに今となっては、行かなければ行けない理由が多すぎた。
もう彩斗は無関係だったあの時とは違う。

「彩斗君! 待って!」

後方から追いかけてくる友妃の声が届かないほどに焦っていた。
世界から切り取られた空間の消滅。それが術者の意図的なものではないとしたらそれは……

───考えるな!

まだ決まったわけではない。
それにその可能性があるとしても彩斗は、どこかで最悪のケースになっている状況を否定していた。
願望なのかもしれない。しかし、それだけではない気がした。
なんにせよ、この目で確かめなければいけない。
どういう状況なっていたとしても……

その時だった。前方の空間がわずかに揺らいだ。
直感的に彩斗は速度を緩めて側方へと飛び退いた。半ば倒れこむような形にもなった。
次の瞬間だった。先ほどまで彩斗が向かっていた空間が抉り取られる。

「彩斗君!」

「来るな、友妃!」

この空間そのものに何かが仕掛けられているのなら無闇に動くのはかえって危険だ。
考えられる可能性は二つ。彩斗たちの動きを狙って空間上に仕掛けた。もう一つは、“神意の暁(オリスブラッド)”同士の戦いの中で仕掛けたものがまだ残っていたかのどちらか。
もしくは……

「そこにいんだろ……こそこそしてねぇで出てこいよな」

すると再び、空間が揺らいだ。
陽炎のように揺らめきながら徐々にそれは人の形を形成していく。

「ワタシノ、存在ヲ感知デキルホドニ、ナッタカ」

くぐもった声がどこからともなく聞こえてくる。陽炎はいつのまにか闇夜に溶け込むほどに漆黒のローブへと姿を変えていった。

「オ前ハ、邪魔ダ……消エロ」

再び、彩斗の周囲の空間が揺らいだ。
それと同時に揺らめく空間めがけて銀の刀身を突き立てた。一気に銀の長剣へと向けて魔力を流し込む。
すると刀身は、黒く染まりながら鮮血が吹き出す。そして揺らいでいた空間を吹き出した鮮血が飲み込んでいった。

「ソコマデノ力ヲ、ダセナガラ、未ダ覚醒ニ至レナイトハ……ヤハリ、今回ノ器モ、期待外レダナ」

「器だと……?」

「ココデ消エル、オ前ガ知ルコトデハナイ」

ローブがわずかに右手を動かした。
それとほど同時だった。体に一気に悪寒が駆け巡る。気付いた時には、彩斗は後方へと飛び退いていた。
すると先ほどまでの彩斗がいた空間が弾け飛んだ。

「あぶねぇ……」

「流石……トイウトデモ、思ッタカ」

彩斗は鮮血を纏う刀身で何もない空間へと刃を立てる。それとほぼ同時くらいに空間が弾け飛んだ。
紙一重のところで彩斗がいた空間だけの被害はなくすことができた。相手の攻撃を防ぐので精一杯だ。
それに直前までどこから飛んでくるかわからない攻撃に対処できているだけでも奇跡的なこの状況。
いつあいつが力を貸してくれなくなるかもわからない。
隙を見つけて反撃しなければ間違いなくこのままではやられる。だが、その隙すらを作ることができない。

「しまっ……ッ!」

そんなことを考えていた彩斗の方に生まれた隙を奴は見逃さなかった。
目の前に飛来してくる炎の球。今からでは回避は間に合わない。一か八かで刃を突き立てようとしたその時だった。

「彩斗君!」

叫ぶような声とともに小さな少女の影が彩斗の前へと現れた。そして飛来する火球を真っ二つに切り裂いた。

「無茶しすぎだよ!」

「わ、悪い。助かった」

友妃がいなければ今頃、ただでは済まなかっただろう。先ほどから放たれている空間の歪みも火の球もどちらも異常なほどの魔力を帯びている。
あれらが直撃すれば、ただではすまない。

「ホウ……貴様ガ其方側ニ、ツイテイルトハ」

ローブの中で異様な笑みを浮かべているのが見えた。
今一度、武器を構え直してローブの方を向きなおる。
友妃が加われば先ほどよりは、隙を作り出すことができるかもしれない。だが、敵の実力は未知数な上、明らかに手を抜いているのがわかる。きっと本気を出せば、こちらは数秒ともたないであろう。彩斗の力だって未だ不確定要素が多すぎる。
つまり勝負をつけるなら一瞬しかないということだ。
彩斗が一歩踏み込もうとした───その時だった。前方に空間の歪みが出現する。いや、違う。出現するのが見えた。
前方への踏み込みまれた力を横へと飛び退く力へと強制的に変更する。骨が軋む音とともに体が悲鳴をあげている。
そんなことなど構うことなく再び、強く地面を踏み込んで飛び出す。
次いで前方に出現しかけている空間の揺らぎをサイドステップで回避した後に真横から長剣を突き刺した。それとともに空間が弾け飛ぶ。
爆発的な衝撃波を背に受けて前方へと超加速で進んでいく。
普通にこんな行動をすれば彩斗の体は壊れる。しかし、今ならこれだけの衝撃に耐え切れるとわかっていた。
多少のリスクなどローブの前では気にしていられない。
すると再び、前方に揺らぎが出現するのが直感でわかった。しかし、加速の勢いを得た彩斗の体は急停止できるような速度ではない。

「やば───!」

その時だった。

「彩斗君!」

上空から聞こえた少女の声。そちらに向く前に前方に人影が現れ、揺らぎかけていた空間を乾いた音とともに消失させる。
友妃が自らの刀で空間に仕掛けられた歪みを消し去った。

「助かった、友妃!」

早口で礼を言い、すぐに正面のローブへと視線を戻す。
あとは十数メートル。地を蹴り上げて一気にローブとの間合いを詰めた。

「うぉぉぉ───ッ!」

両手で強く握りしめ、鮮血をまとった刃がを漆黒のローブめがけて突き立てた。完全に決まった、と思った瞬間だった。
───パキッ
微かに何かが壊れるような音がする響いた。
次の瞬間だった。突き立てたはずの長剣の刀身が後方へと飛んでいくのを視界の端でとらえた。

「……え?」

何が起きたのか瞬時に理解することができない。しっかりと彩斗の手には長剣の柄が握られている。だが、刀身は先ほど後方へと吹き飛ばされていった。
そこでようやく何が起きたかを理解する。彩斗が持っていた剣が不可視の何かに阻まれ、刀身が折れた。
武器の破壊。それが意味するのは《死》だった。
目の前にいるローブの中から不敵な笑みを浮かべるのが見える。

「彩斗君! 横に避けて!」

後方から少女の叫び。彩斗は振り向くことなく横へと飛び退いた。
すると銀の煌めきを放ちながら後方から飛来したそれはローブの手前で激しい光を放つ。
友妃が持っていた夢幻龍をローブめがけて放ったのだ。
魔力無力化の術式が組み込まれているこの刀ならいかに強力な魔術といえど全てが無意味だ。
彩斗はさらに追い討ちをかけるように不可視の壁に激突し、激しい光を放つ刀を両手で握りしめると渾身の力を込めて振り下ろした。
───バキッ!
何かが砕ける音とともに目の前の空間がまるでガラスのように砕ける。

「────ッ!」

ローブから声にならない音が漏れた。
さすがにここまでは予想していなかったようだ。

「これで、終わりだ───ッ!」

今度は膝をわずかに曲げてから溜め込んだ力を一気に放出して夢幻龍をローブめがけて振り上げた。
左脇腹から入った刃は右の肩へと抜けていく。
完璧にその体をとらえた。確実にその体をとらえた。……はずだった。

───斬った感触がない。

刀や剣などあまり使ったことがない彩斗でも斬った感触ぐらいはわかる。いくら夢幻龍の斬れ味がいいにしろ、全くないというのはありえない。
先ほどのはまるで空を斬ったのと変わらない。
ローブが魔術で自らを体を消した。いや、それも夢幻龍相手では通用しないはずだ。
全ての魔を無力に変える力のこの刀の前では。
するとローブは再び、不敵な笑みを浮かべた。その瞬間だった。

「んがぁ……はぁっ!」

彩斗の体は不可視の何かによって持ち上げられる。まるで巨大な手に握りつぶされているかのように体中の骨が軋む。

「彩斗君を離せ!!」

友妃が魔力を纏わせた拳でローブに追撃するがやはり実体がそこにないとでも言うように体をすり抜けていく。
その間にも彩斗を締め付ける力が徐々に増していく。その度に骨が軋み、臓器が潰されていく。
味わったこともない痛みが彩斗の痛覚へと襲う。

「………か……ぁ……」

声にならない音が口から漏れる。
このままでは確実に────死ぬ。
泣きそうな顔をしながらローブへの攻撃をやめない少女の姿が、視界が見えなくなっていく。

「……さい……く……!」

少女の叫びが、音が失われていく。
不思議と先ほどまで痛かったはず体が、感覚が消失していく。
意識が徐々に遠のいていく。
そして何もかもが消え去っていく前に彩斗は最後の力を振り絞って奴に語りかける。
それは音にもならず、形にもならずただ無情に消えていく。
そして────

『……後悔するぞ』

そんな声を最後に彩斗という存在は闇の中へと呑み込まれていった。 
 

 
後書き

仲間の思いを託され戦う───柚木
最も神に近づき自らの意思とは関係なく戦う───立上
未だ姿を表すことのない───一番目

そして神ならざる力を持ちながら抵抗し続ける彩斗と友妃
そんな最中、乱入者によって彩斗の意識は闇へと葬り去られた。

次回、ついに一番目が動き出す!


半年ほど更新に間があったので忘れてしまっているかもしれません。
次の更新もいつになるかはわからないので気長に待っていただければ幸いです。

誤字脱字、気になる点、おかしな点、意見などありましたら感想等でお願いします。
また読んでいただければ幸いです。 
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