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俺たちで文豪ストレイドッグスやってみた。

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第7話「正面突破」

「止まれ。ここから先は関係者以外の立ち入りを禁じている」

 埼玉県の一角には、十数年前までならとてもではないが考えられなかったほどに発達している区域が存在する。見るからに高級そうな高層ビルが立ち並び、都心もかくや、といった発展ぶりを見せているその区画。とある資産家による大層な出資のお陰で急速な機械化に成功した、とされているそこ。

 ——その場所こそが、異能者マフィア『(アンバー)』の本拠地である。

 ひと際高く聳え立ち、この街の覇者が誰なのかを証明するように威圧する、高層建築。それこそが彼らの城。決して攻略すること能わぬ氷獄の砦(グラズヘイム)

 その入り口付近で、複数人の集団と、二人の衛兵が口論していた。

「えぇぇー、いいじゃんちょっとぐらい。田舎から出てきた若者に社会見学させてくれるぐらいしてもさぁ」
「黙れ黙れ! 駄目と言ったら駄目なのだ! 大体なんだお前らは。何者なのかと問うたら『新潟の片田舎から来ました』などと申しおって!」
「そうだそうだ!特にリーダーのお前! 俺、その顔川越で見たことあるぞ! 十分都会じゃねぇか!」

 どうやらビルに入りたい若者たちと、断固としてそれを拒否する衛兵、という構図の様だ。衛兵はこの建物がマフィアの本拠地だ、という事を公言することはできまい。しかし、なるほどこの状況では大義は間違いなく衛兵にある。明らかに重要な建造物なのにのこのこと入り込もうとする若者たちの方が、いわば『常識知らず』と言っていいだろう。
 さて、衛兵が、若者たちの一人の顔に見覚えがあることに気がついた。

「わーおオニーサン記憶力良い~」
「フン。当然だ。衛兵だからな」
「で、なんでその衛兵サンが川越で遊んでたの」
「なっ……!? い、いや、それは……」
「おい、お前……っ!」
「す、すいやせんセンパイ……」
「ふーん、遊んでたって所は否定しないんだぁ。なんかやましいことでもしてたのかな?」

 若者たちのリーダー格と思しき、黒髪の洒落た青年が、ニヤニヤ笑いながら衛兵の男に詰め寄る。年長の方の衛兵の額に浮かぶ青筋。

「黙れ! 兎に角ビルに入れることは許さん。さぁ、帰った帰った!」

 しっしっ、と、動物を払いのけるときのように手を振る衛兵。ちぇー、交渉決裂かぁ、と、青年はため息を吐いた。

 そしてくるりと踵を返すと——

「でもそれじゃぁ困るんだよねぇ」
「何っ?」
「やっちゃって、かずのこちゃん」

 パチン、と。高々と掲げた右手の指を鳴らして、振り向いた。その顔に浮かぶのは、謀略家の笑顔。どさり、と、若い方の衛兵が倒れ伏す。年配の衛兵が目を剥くと同時に、青年が左手の指を鳴らす。
 ぐらり、と、年長の衛兵の足が崩れる。

「貴様っ……思い出したぞ、三國……!」
「遅い」

 青年の喉から、先ほどまでと同じ人物のそれとは思えぬほど冷徹な声が発せられる。
 と同時に、衛兵の男もまた、糸の切れた操り人形の様に倒れた。

「やったぁ、命中です~!」

 反対側の小さなビルの屋上から、ふわり、と舞い降りる白い影。小さなアルビノの鷲につかまった、二人の少女——ツインテールの娘が減塩かずのこ。肩ほどまでの髪をなびかせた少女が綾部絵里。かずのこの手には、デフォルメされた小型の麻酔銃が握られている。どうやら先ほどの攻撃の下手人はこの少女の様だ。

「よーし、うまくいったぞう」
「……最初の茶番要りました?」
「どうせ必中なんだし、最初っから『空を切り裂く光』で撃っちまえばよかったと思うんだが」

 満足気に頷く青年。その背中に、背の高い青年とくせ毛の少年がため息交じりの声をかける。

 二人——江西達也と双樹兵児の声に、黒髪の青年——三國健はにやり、と笑いつつ振り向くと、

「馬鹿だなぁ。ノリだよノリ」

 と応えた。

 健の建てた作戦はこうだった。
 まず、かずのこと絵里がどこか別のビルに陣取る。健達が衛兵の気を引き付けている間に絵里が麻酔銃を描き上げ、実体化させる。あとは健の合図に合わせて、その麻酔銃を衛兵に向けて撃つだけ——
 スケッチブックのスペースの問題で、弾は二発しか作れなかった。つまり失敗は許されないのだが、見事に作戦は成功したのである。

 これを成し得た理由こそ、かずのこの持つ異能——『空を切り裂く光』である。
 この異能は使い手の使用する『投擲』や『射撃』と言った、いわゆる『飛び道具攻撃(アーチェリー)』に属する攻撃、そのあらゆる結果を『成功』に導く——すなわち、『必中の能力』である。
 正しくは宿主の体を、『必中を必ず導くように作り変える』力であり、そのためにかずのこの視力は現実的にはあり得ない領域まで任意で上げることが可能だ。彼女が遠く離れた健のサインをしっかりと見ることができたのも、彼女が兵児とのじゃんけんで必ず勝つのもそういう事である。

 一方絵里が描いた鷲がアルビノだったのは、少しでもビルからこちらの姿を捕捉されないように、という配慮である。

 以上のプラン概要を脳内で再生し終えたのか、達也がため息を吐いた。

「馬鹿はそっちですよ、全く……絵里さんとかずのこさんにかかる危険性の高さをまるで度外視してるじゃないですか……まぁ、その分タイムロスなく突入できるから、異変に気付かれにくくなった、とは言えるか……」
「でしょでしょ? やっぱり僕って天才だよね。じゃっ、行こうか!」

 ついてきて、と、健は仲間たちに手招きをする。「はーい!」と元気よく返事をしたかずのこが、軽快にそのあとをついていった。

 流れるような一連の展開についていけないのか。絵里は目を瞬かせると、

「あの……本当にこれでいいんでしょうか……」

 隣に立っていた達也に問うた。彼女としてはもっと厳しく、厄介な展開を予想していたのだろう。あまりにもあっけなくビルへの侵入が達成されそうなため、困惑しているのだ。
 達也もしかめっ面で眉間に指を当てるが、暫くすると諦めたような顔で答える。

「……もうここまでくると完全に健さんのテンションに左右されますから……仕方ないです……」
「そ、そんなぁ」
「二人とも置いて行かれるぞ。健さん、暴れる気満々みたいだからな」

 兵児がそう言い残し、先行した健とかずのこを追って突入したのを皮切りにして。

 ——いよいよ、決戦が始まろうとしている。


 ***


「なんだ貴様ら! どこから入ってき……」
「うっさいよ!」
「なっ……あんたは……ぐはぁっ!」

 右の頬に鋭い右フックがさく裂。スーツに身を包んだマフィアの雑兵が吹っ飛ばされる。三メートルほど飛翔した彼は、地面に二度、三度と打ち付けられ、やがてぴくぴくと痙攣して動かなくなった。息はしているので死んではいないらしい。大したケガもない……様に見える。が、どう見ても再起は不能である。

「わー、すごーい! 健さんは素手で人を吹っ飛ばせるフレンズなんだね! つよーい!」
「うわぁ……あれ本当に異能無しで殴ってんの?」
「哀れすぎる……セリフ全部言わせてもらえないうちに退場とか哀れすぎる……」
「え……えぇ……?」

 素手で大の男一人をダウンさせた健に、メンバーたちが各々の感想を漏らす。ちなみに上から順にかずのこ、達也、兵児、絵里であった。

「ふっ……その昔救世主(メシア)はおっしゃられた……『右の頬をぶたれたら、左の頬も差し出しなさい』、とね……とゆーわけで、さっ、次の人どうぞー。左の頬をぶつから」
「いやそれそういう意味じゃないでしょ」

 無表情でそう突っ込みを入れると、兵児もまた拳を構える。その両腕には青いガントレットが装着され。どこか変身ヒーローめいた雰囲気を感じさせた。彼の持つ異能から召喚されたカードの一種である。

 まるで兵隊アリの如し。次から次へとマフィアの構成員たちが湧いてくる。この一階で何としてでも食い止めるつもりなのだろう。向こうも異能者を多く抱えている、こちらが並の人間なら、なるほど、この階層で駆逐されていただろう。
 しかし今戦っているのは、ただの異能者ではない。現代に生きる、『一級の異能者』達だ。戦闘能力にも事欠かない。

「それそれそれそれぇッ‼」
「そら、追撃だ! 破滅のフォトン・ストリーム‼」

 健と兵児の拳が兵士たちを打ち砕き、そして兵児の呼んだ星の龍が、突破口を切り開いていく。
 不思議なことに、誰一人として死者はいない。大きなケガもしていない。しかし、誰もがこの決戦の間、再び起き上がることは不可能であろう、というレベルで痛めつけられていた。

「よくもまぁそんな芸当ができるもんだ……」
「すごい……」

 達也と絵里が感心する中、

「あっ、二階への道が開けましたよ!」

 かずのこが二人の手を引く。兵士たちの奥、確かに上の階へとつながる階段が見えた。意外にも古めかしい、というか。現代に相応しい、機械文明特有ののっぺりとした趣だったビル内部には似つかわしくない程の、洋館にでもありそうな装飾の施された階段だ。

「暇を持て余したマフィアの遊びってか」

 兵児がそうつぶやき、階段に足をかける。健が何か合図をする。恐らく、罠はない、ということだろう。探偵社のメンバーたちは、一斉にその階段を駆け上がり——

 ——そしてマシンガンによる一斉掃射を浴びた。


 ***


「——一階、突破されましたね」
「このビルの守衛形態をよく心得た作戦だ。人数が少ないのもあるが、いかんせん私の異能に頼りすぎだな。二階以降は徐々に人の手による警備は薄くなっていく」
「そしてダンジョン形式である上階は、『彼』にとっては通用しない……はぁ、厄介なものです」

 ビル最上階——マフィアの統領たる白き少女、カミサキと、副官である最古参メンバーの一人、岡崎瑠伯が、侵入者たち、そしてこのビルについて語っている。幹部は瑠伯を含めて四人なのだが、残りの三人は黙って話を聞いているだけ。理由はいたって単純で、カミサキと瑠伯の知能についていけないため、会話に参加しても意味がないからだ。
 『アンバー』という組織は——カミサキと瑠伯、そして一部の異能者という、非常に偏ったメンバーだけが力を持ち、他は烏合の衆と言っていい、そんなアンバランスな組織なのだ。

「祐介君と狼牙君はまだ帰ってきていませんか」
「ああ。転移手段のない祐介は仕方ないとして、狼牙はが戻ってきていないのは些かおかしい。任務失敗が響いているのだろうな。すぐさま帰還する、という考えに思い至っていないと見た。あれは非常によくできた異能の持ち主だが、反面、力に奢りすぎるところがある」
「そのように育てたのは貴方でしょう? ()()

 我が物顔で指摘する瑠伯に、カミサキはその白銀の瞳を細めて微笑む。瑠伯もまたうっすらと笑みを浮かべ、違いない、と返した。

「コントロールのしやすい人間は良いものだ。相手の手の内がわかっている、という事は、戦にとって有利に働く。だからこそ、コントロールのしにくい人間は非常に厄介だ」
「健にはこちらの盤面を逆にコントロールされてしまいます。そして江西達也——彼がいる限り、あらゆる作戦は無意味となる」

 よほどこの二人を警戒しているのか。カミサキの美しい顔が、忌々し気に歪む。それは瑠伯もそうだ。眉根を寄せて考え込んだ。

「そうだ。奴らのうつ手をも手繰ることができるのならば、戦局は大きく変わる」
「なら——相手の手をうまく操れる、そんな局面を引き込みましょう」

 カミサキは白い髪を揺らして立ち上がった。瑠伯が目を剥く。

「どこへ行くつもりだ?」
「私が自ら打って出ます」
「馬鹿な……! この戦いはチェスではないぞ! キング自ら出るなど……」

 圧倒的な戦闘能力を持つカミサキが出ることへの異論はない。しかし常に余裕を持ったしゃべり方をする瑠伯を見ているからだろうか。幹部たちからも若干の動揺の声が上がる。
 しかしカミサキはうっすらとほほ笑んで告げるだけ。



「チェスではないからこその(キング)です。それに——私を守るための兵士(ポーン)も、騎士(ルーク)も、あなたが用意してくれるのでしょう?」
「……ああ」

 渋々、といったように、瑠伯もまた、立ち上がる。彼が右手を上げると、幹部たちも一斉に立ち上がった。
 もしここに、他人の持つ異能を判別する力、あるいは、他人が異能を持っているか否かを判別する力をもった人間がいたならば、その人物は驚くことになるだろう。

 ——異能者マフィアの幹部四人のうち、三人が異能持ちではない、という事に。 
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