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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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第18話『亡霊の悪鬼~テナルディエの謀略』【Aパート】

 
前書き
OP るろうに剣心の【1/2】です。

 

 
【数日前・ジスタート王宮・執務室】










「……謁見か」

それは、オステローデの現主、ヴァレンティナ=グリンカ=エステスからの書簡だった。
ただ、最初に思ったのは、『この時期』に書簡を届けたことだった。ブリューヌ内乱の『裏』の部分を、定期的に届けるよう『依頼』したことがある。だからこそ、定期外の書簡が手元に届けられたときは、内心穏やかではなかった。

――なるべく、人払いを願いたい。眠れる獅子は目覚めた故に――

その一文が添えられたときは、こうも思ったものだ。『来るべき時が来てしまった』ということを。
それより二日後、ヴィクトールは約束通り人払いを済ませた謁見の間で、ヴァレンティナと対面したのである。
ヴァレンティナは21歳。
青みが買った黒髪は腰に届くほど長く、身にまとった極薄の服には調色の薔薇があしらっている。膝をつき、頭をを垂れている彼女の足元には、闇竜の武具である深紅と漆黒に彩られた大鎌が横に添えられていた。
通常、王との謁見に武具の携帯など許されない。だが、例外がある。それがジスタートの戦姫たちだ。
竜具は戦姫の『化粧』の一つ。そして、戦姫を象徴するものだからだ。
そして、彼女の隣には男だろう何者かが、膝をつかず突っ立っている。男だろうと思ったのは、この人物がゆったりとしたローブを纏い、フードを目深にかぶっているため、顔がわからないからだ。そのローブは、常闇のように暗い色をしている。
ただ、その体格から長身痩躯の男だろうと思われた。

――実際には、『男でも女でもない』のだが――

「面をあげよ」

ヴィクトールは率直に問いただした。

「……眠れる獅子は目覚めたというのは、その男か。名は何という」
「名前を申し上げる前に、お顔を見せたく存じます」

ヴァレンティナはそう答え、ヴィクトールの許しを得て立ち上がる。『男』は面倒くさそうに、乱雑にフードを取り去った。現れたのは、男の顔だった。
一瞬、銀髪を覗き込んだ時は、エレオノーラと錯覚さえしたものだ。
窓から差し込める太陽の光を、まるで忌み嫌うかのように跳ね返す斬光。
竜の牙より鋭い目つきは、見るものを切り刻むかと思わせる眼光が宿っており、目測19チェート(190cm)という長身が、それらの印象に拍車をかけている。

「彼の名は、シーグフリード=ハウスマン。眠れる『もう一人』の獅子にございます」

一瞬、彼を暗殺者の類かと思ったほどだ。王を守る戦姫がそばにいるとはいえ、少しでも油断すれば殺されるような気さえしたのだ。
年老いた王は、かすかに息を飲む。
決して迫力だけに呑まれたのではない。確かに彼はハウスマンとヴァレンティナから語られた。
ハウスマン――国民国家の教祖として『王』を排斥させる思想の持ち主だった。彼こそは元凶。王を人柱とする『西』の大陸にとって、何よりも危険な人物であり、何よりも――脅威的であった。
独立交易都市の初代市長にして狂える天才。四民平等と民主主義を唱えた近代国家の第一人者。
馬を必要としない馬車――『機乗車(ヴィークル)
遠地の景色をその場で映し出す箱――『幻影受像機(テレヴィジョン)
出来事や変化の流れを可視化した器具――『懐中時計(クロック)
極めつけは、数多の奇跡を引き起こす『祈祷契約』を発見したことだろう。それらは全てハウスマンが生み出し、見つけ出したものだ。
そのハウスマンと同じ姓を名乗るからこそ生まれる不安が、王たるヴィクトールにはあったのだ。

「ヴァレンティナよ。紹介してもらえるか?」

動揺を抑えつつも、王は戦姫に問い合わせる。
ヴァレンティナはこれまでのいきさつを説明する。
紹介されたものの、シーグフリードは手持無沙汰に突っ立ったままだ。
青みかかった黒髪の戦姫は語った。代理契約戦争を。かつての英雄ヴィッサリオンを。
そして――――アリファールの行方を。











◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










シーグフリード=ハウスマン。
彼は第二次代理契約戦争(セカンドヴァルバニル)の戦犯にして、大陸最悪の人外にして黒竜(ヴァルバニル)を操り、世界を滅ぼそうとした。
得手勝手でシーグフリードを生み出した初代ハウスマン。
悪魔と人間の以上交配。
そして、生殖器官を持たぬ、ごくわずかな命数。
この体にして、10にも満たない。
故に、ハウスマンの興味と好奇心はあっさりシーグフリードから離れていった。

――彼は捨てられた。

希望も興味も好奇心さえも、その身体になかったからだ。
人も魔物も、『イデンシ』と呼ばれる概念にテロメアと呼ばれるキャップが存在する。それは古い組織から新しい身体の組織に生まれ変わるたびに短くなっていき、やがて老化とともに、テロメアを摩耗したイデンシは再生能力を失う。
『成長』も『再生』も『老化』も異常に早いらしく、死期を悟ったシーグフリードはある摂理を悟った。
自身に流れる悪魔の血という、憎悪の律動。

――輪廻曲のままに殺し合う――

どのみちオレにはオレ自身がない。過去も現在も未来も――
だから憎む。目の前に映るすべてを救わんと、『殺し合う』という摂理に抗う獅子王凱とセシリー=キャンベル、ヴィッサリオンを。
特に、凱はシーグフリードにとって、最も憎悪すべき存在だった。
この世には光と影がある。
あの男はまさに光。そしてオレは影。
そのような彼はやがて獅子王凱を『宇宙』という決戦のソラへ導いた。
シーグフリードは……破滅の黒竜を駆り――
凱は……破壊の獅子と成りて――
獅子と黒竜の憎悪の輪廻曲は、奏でられた。
今でも鮮明によみがえる、語り合った存在否定の言葉。

――お前たちが……大嫌いなんだよ!!!――シーグフリードが。

――何が!!!――凱が。

――オレの前で希望を語るから!!!夢を語るから!!全部ぶっ壊してやりたくなる!!!――

――お前は!!!!お前だけは!!シーグフリードォォォォォ!!!――

――死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!シシオウガイィィィィ!!!―――

――破壊!破壊!破壊!破壊!破壊してやる!この悪魔がぁぁぁぁ!!!――

――殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!!!――

そこに余計な感情は一切含まれていなかった。
憎悪と嫌悪の輪廻の輪をくぐり――
互いに互いを破壊する。ただ憎しみの衝動に従って、原子一つ残さず消滅させたいがために――
思い返せばそんなこともあったなと、シーグフリードは回想し、今ジスタートにいるという現実へ回帰する。

「シーグフリード君……では君は『東』での大戦『第二次代理契約戦争(セカンドヴァルバニル)』の主犯……その当人だというのかね?」

もう一人の眠れる獅子であるシーグフリードに、期待と不安を同時に感じ取るヴィクトール王。その感情を読み取ったヴァレンティナは、王の耳に追弁する。

「魔物や竜を『力』で飼いならす軍団長……という過去の点においては心配ないでしょう」

むしろ、もう一つのほうが心配だと言いたげだった。『心』において、彼はヴァレンティナですら掴みがたいところがあるからだ。
獅子王凱と対極の位置に座る男。その点においても、ガヌロンと同質のものと推測する。
一言に表せば残忍。
故に行いは全て冷酷。
味方にさえも及ぶ憎悪を、何人たりとも飼いならすことなどできはしない。
だが、この『│獅子と黒竜の輪廻曲≪ウロボロス≫』を遂行するには、銀髪の人物の協力が欠かせない。
国家転覆の危機を乗り越えるために、なりふり構っていられないかと、思ってしまう。

(これ以上、この場で話すことではないな――)

黒竜の代理たる王は、目前の戦姫に視線を配る。それで察したのか、ヴァレンティナが優雅な仕草で立ち上がる。同時に、王は『来賓』に語る。

「……シーグフリード君。どうしても話しておきたいことがある。来てもらえぬか?」
「――ええ」

このシーグフリードにしては珍しく、律儀な返事をした。その行為にヴァレンティナは目を丸くした。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










玉座の後ろにある秘密の通路。そこは、王の命に危機が訪れた時の緊急脱出用として用意されたものだ。
かんたんなカラクリでできているらしく、複数の『歯車(ギア)』をかみ合わせることで、非力な者でも剛力を引き出せることができるのだ。
今まで通ることのなかった、王族にしか伝えられていない通路の抜けし先。複雑に入り組んだ先に光の差し込めたる出口がある。3人はそこから抜け出て、外套を頭から羽織り、『待ち合わせ』の屋敷へ駆け込んだ。

ジスタート王都にて屋敷を所有するヴァレンティナの活動拠点。今頃ならば、『もう一人の戦犯』と『黒炎の神剣』が待ちかねているはずだ。

元帝国騎士団団長――オーガスタス=アーサー。

竜を、神を殺せる黒炎の剣――エヴァドニ。

揺れる馬車の中で数々の謀略を、ヴァレンティナは皮肉げに巡らせたものだ。
ジスタートの王族にしかしらない通路。遠戚であるが、この虚影の幻姫も『エステス』の姓をもつ王族である。

(確か、ブリューヌにも王族にしか伝えられていない聖窟宮の『秘密』がありましたね)

さらに皮肉。これから起こるであろう動乱は、その『ブリューヌ』と『ジスタート』の両国を巻き込もうとしているのだから。
ガタゴトと揺れる馬車の旅路も、とうとうヴァレンティナの屋敷へたどり着くことで終わりを告げた。










【ジスタート・王都シレジア・ヴァレンティナ屋敷・円卓会議室】










彼女の屋敷にある待合室へたどり着くや否や、当事者は円台の議机に座った。
ただエヴァドニだけは、シーグフリードの後ろに立っているだけで、何しようとしなかった。

「この度はよくぞお集まりいただきました。お歴々」

大鎌を背負った美女がそう挨拶の一言を申すと皆は席についた。
それは、異様な顔ぶれだといえる。なぜなら――一国の王と、かつての戦争の主犯、そして、一国の戦姫が同時に居座っているからだ。

「やれやれ、司法取引に応じてみたからいいものの、正直ここへ来るのはしんどい」

最も高齢と思われるジスタート王への嫌味をこめて、オーガスタス=アーサーはそっけなく吐いた。
その男こそ、元帝国騎士団団長オーガスタス=アーサーだ。かつて初代ハウスマンの資料を土産に現れたシーグフリードの話に乗せられ、最悪の黒竜ヴァルバニルの復活に一役買っている。
シーグフリードと同じ戦犯なのだが、この場にいる限りでは、やはりヴァレンティナ達に何かの取引を持ち掛けられたとみて、間違いないだろう。

「まったく、この部屋は独立交易都市のガラクタで埋め尽くされておるな」

オーガスタスの嫌味はなおも止まらない。

「ジスタートの戦姫たるお方が、骨董品集めが趣味とは……いやはや、ずいぶんと所帯じみた趣味をおもちのようで?」
「無駄口はそこまでです。では始めますよ」

タンタンと静粛音を鳴らし、注意を促すヴァレンティナ。彼女は議会進行役に徹するつもりらしい。先ほどの嫌味など意に介さず。

「では始めます――『東』と『西』、『ヴァルバニル』と『ジルニトラ』、『アリファール』と『エクスカリバー』……数多の輪廻が織りなす『ウロボロス会議』を」

時刻は午前11時00分。
三つの針が独自の役割を果たす『壁掛時計』が、今の置かれた事象を告げている。
そして――残された時間はあと『わずか』だということも――










数時間後―――









渡された資料をシーグフリードは読みふけっていた。特に記事の内容に興味があるわけではない。ただ、突っ立っているのも、そこの御老体たちの話も、女狐の話も飽きていたからだ。
規律的な大きさにそろえられた真っ白な羊皮紙――『複製用紙』という、独立交易都市の商品から作られたものを、何枚もすり替えながら読んでいた。

「フェリックス=アーロン=テナルディエ」

シーグフリードが厳かにつぶやく。
皆は一斉に注目を向ける。なおも言葉が続く。

「ブリューヌ国ネメタクム出身……その祖先は後名『ライトメリッツ』の豪族……維新派『テナルディエ』一族」

ヴァレンティナもまた、シーグフリードに視線を向けている。彼の推測力を見ておきたいがために――

「『テナルディエ』の一族はかつて、ジスタート統一戦争に最後まで抗い続けた勢力。過去に黒竜の化身が手にかけた政策を唯一知るのは、最もテナルディエを台頭している『フェリックス』のみ」

黒竜の化身が手にかけた政策、その言葉が出た時、ヴィクトール王の顔がかすかに歪む。

「彼が生きたまま新時代を迎えれば、今のブリューヌとジスタートは根底から覆ることは必須」

それは、ある一文を読み解いたシーグフリードの解釈だった。
すなわち――――ブリューヌ・ジスタート転覆計画

「王政府達は弱みに付け込まれ、『西』は一匹の獅子に弄ばれるだろうな。」

そしてシーグフリードは末端の一文を目で追っていく。それは、初代テナルディエに下した黒竜の化身が行った処刑方法だった。

「……『炎の甲冑』……か」

炎の甲冑とは、炎熱を貪欲なまでにため込んだ鉄の鎧たちを、罪人にかぶせる処刑方法だ。たいていの者ならカブトを被る前に、激痛で精神と肉体組織を焼かれるので息絶えるのだが、テナルディエはカブトまでかぶりおおせて絶命したと聞いている。
さらに、戦姫の『竜技』たる最強の『爪』を喰らわせたというのに――

――大気ごと薙ぎ払え=レイ・アドモス―― 

自分の愛した妻の手によって殺される。体と心を『爪』によって引き裂かれ――

「それでも、ヤツは生きていたというのか?」

オーガスタスは戦慄を込めた声で言う。シーグフリードは続ける。

「……亡霊……でしょうな。自分が人間であることを忘れ、復讐と憎悪の輪廻に凝り固まって―――――」

――彼もまた、ブリューヌで『炎の甲冑』

そこで、シーグフリードは言葉を切った。

「どちらにせよ、対テナルディエのカギを握ることになるのは、『ヤツ』しかいないでしょう」
「……ヤツ?」

そこで同時に、ヴァレンティナとシーグフリードはつぶやいた。

「「眠れる獅子が動けが――時代も動く」」

その言葉を待っていたかのように、秒針が動き出した。

【Bパートへ続く】 
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