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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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運命のエクスシア

 
前書き
ちょっと長くなりました。
しかしこの小説を書いてると、群像劇における各々の思考や認識などの違いを分けるのがどれだけ大変かがよくわかります。 

 
市街地で開始されたフレスベルグとの戦闘は、高機動魔導師である私ですらかなりやりにくいものだった。なにせこれまでの連戦でフレスベルグの羽の猛毒にやられて命を落とした局員の数は百を優に超えており、しかも一本刺さるだけで全員が即死していた。とはいえ……アウターヘブン社の人はなぜか一人残らず全員が持っていたダンボール箱が防弾着代わりになったおかげで、羽が肉体まで貫通せずに助かっていたりする。まさにダンボール箱様様だが、その時の局員達の何とも言えない表情は筆舌に尽くしがたかった。ちなみに、私も実は一つダンボール箱を携帯している。だって戦士の必需品だもんね。
話を戻して……とにかくこの怪鳥相手だと普通は回避優先で対処するのだが、フレスベルグもかなりの速度で飛び回るせいでこちらの攻撃がなかなか当たらないのだ。おまけに足は頑丈なのか、もし胴体に直撃しそうな攻撃が迫れば足で防御され、ダメージを軽減される。膠着状態、千日手、私とフレスベルグの戦いは、いわばそのような状況であった。

「……チッ、さっきの電撃のせいで痺れが残ってて、体が動きにくい。あ~もどかしい!」

しかし今回は誰がやったのか不明だが、どうも折れた街灯から漏電した電流を喰らったせいでフレスベルグの動きがいつもより鈍い。そのおかげで私の攻撃が度々胴体に直撃し、かなりのダメージを蓄積できていた。このまま順調にいけばもしかしたら、このイモータルはここで倒せるかもしれない……! そう思った直後、唐突にフレスベルグは急速に高度を上げていった。

「あ~あ、腹ごしらえは済んでないけど、もう時間か」

「待て! 逃げるつもり!?」

「こっちにも都合がある、お楽しみは後に取っておいてやるさ。ま、つかの間の猶予を存分に味わうんだな! キシャロロロッ!!」

おぞましい鳴き声を上げながら、成層圏に入ったフレスベルグはどこか飛翔、姿を消した。どんな高ランク魔導師でも人間である以上、宇宙や海底のようにどうしても活動不可能な場所はあるため、私はそれを見届けるしかできなかった。

CALL音。

仕留めきれなかったことを悔しく思う私をよそに、バルディッシュに通信が入った。

『そっちは何ともないか、フェイトちゃん?』

「私は問題ないよ。でもごめん、はやて。フレスベルグには逃げられた……」

『こっちも同じや。さっき、ニーズホッグが撤退した。端末兵器群も含めて、急にな』

「どういう事なんだろう?」

『何らかの意図があるんやろうけど、情報が無いから何とも言えへんわ』

「ひとまず……クラナガンでの戦闘は終わったのかな?」

『せやね。しかし今回の襲撃は今までのよりはるかに深刻や。なにせ都市部に直接攻め込まれてもうたんやからな』

はやての言葉に私は頷く。2ヵ月前から始まった今までの襲撃はミッドチルダ以外の管理世界や、クラナガンから離れた海上、小さな村に行われていた。管理局員がこう言うのはアレかもしれないけど、被害事態はまだ小規模ではあった。だが今回はミッドチルダ、クラナガンへの直接攻撃……管理世界の中心地が狙われたのだ。それに、フレスベルグとニーズホッグの名を聞くたびに、私達はあるイモータルを思い出している。

人形使いラタトスク……かつてお兄ちゃん―――サバタを陥れ、世紀末世界と次元世界の両方を滅亡させようとした最悪のイモータル。奴が利用した絶対存在ヴァナルガンドは虚数空間に封印され、奴自身も既に浄化されたけど……絶対存在ファーヴニルは今もなおミッドチルダに封印されている。フレスベルグとニーズホッグに仲間意識があるのか疑わしいけど、ラタトスクと同じイモータル四人衆だった奴らが、今度こそファーヴニルを手中に収めようとしている可能性は十分にあった。実際、私達やクロノ達管理局上層部も奴らの狙いはそれだと考えている。

“4年前”のファーヴニル事変の悲劇を繰り返させないためにも、私達は必死に奴らへ抵抗を続けた。だが、毎日毎日ほぼ休む間もなく常に気を張り詰め、あちこち駆け回って敵の拠点を探している内に別の場所が襲撃されて必死に駆け戻り、オーギュスト連邦との摩擦を起こさないように身と精神をジリジリ焦がし、疲れが溜まってきていい加減休みたいと思った時にまたしても襲撃され……そんな生活をしているせいか、私達の疲労はピークに達していた。最近では私達全員栄養ドリンクに頼ってどうにか意識を維持しているから、もうホントにギリギリで頭もあんまり働かず、誰もが目の下にクマが出来ていた。

「なのはの事を言えないね、今の私達は……」

『いい加減こっちも攻勢に出なきゃ、先に私らが倒れかねんわ。マジで何とかせな……って、あ! 大事なこと言い忘れとった!!』

「きゅ、急に大声出さないでよ、頭に響くから……。で、どうしたの?」

『見つけたんや』

「何を? ツチノコを見つけたんなら、UMA探求クラブにでも送ったら? きっと世界的な発見だとして、表彰されるかもしれないよ?」

『確かに表彰されるかもしれへんけど、全然ちゃうわ! 彼女や、彼女がおったんや!』

「彼女?」

『シャロン・クレケンスルーナ。月詠幻歌の歌い手で、なのはちゃんを治せるあの子や! 意識が戻らないと寿命を戻せるオメガソルを摂取できんから、もうなのはちゃんの命のタイムリミットが目前やって時に彼女が戻ってきたのは、ある種の運命すら感じるで!』

「だけど……なのははマキナを……彼女の大切な人を殺めた。この真実を知っても、彼女はなのはを治すのに協力してくれるの?」

『まぁ確かに、その真実はちゃんと伝えなあかん。でも残り時間的に、もうガチでなりふり構っていられへん。嘘も方便っちゅうことで少しだけ騙すような形になってでも、月詠幻歌を歌ってもらって、なのはちゃんを治してもらってからの方が、お互いに落ち着く時間を置けるようになるはずや。それにもし許してくれなかったとしても、治した後なら二度と関わらないようにするってことも出来るやろ?』

「打算高いのは結構だけど、果たしてそううまくいくのかな? 私、なんだか嫌な予感がするんだけど……」

『私だってこれはちょっと卑怯やと思っとる。でもな、失ってからじゃ遅すぎる、間に合わなかったら意味が無いんや。大事な人を救えるならいくらでも恨まれたる、泥なんていくらでも被ったる、もうこれ以上誰かに死んでほしくないんや……!』

「はやて……」

『……ま、今は当面の問題を何とかするのが先決やけどな。ファーヴニルに復活されたら、全てが水の泡なんやし』

「そうだね。……じゃあ私は今から地上部隊の救助活動の支援に移るよ」

『了解や』

通信を切った私は、戦闘の余波で崩れた建物や道路などを眼下に、避難が間に合わなかった人やけが人の捜索に向かうのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


管理局地上本部、会議室。

「―――以上が今回の襲撃の被害報告となります」

「ご苦労、下がってくれ」

レジアス・ゲイズ中将、及びミゼットら伝説の三提督、クロノ・ハラオウンが見守る中、オーリス・ゲイズが報告を読み終えて立ち去ると、会議室は重苦しい雰囲気に包まれた。

「……ついにここまで来てしまったか」

「しかしなぜ、奴らは途中で撤退したのだ? せっかく奇襲が成功したにも関わらず……いや、こっちには都合が良いが、何にしても不可解だ」

「そうだ。いわば我らの喉笛に噛みついた状態だったと言うのに、まるでわざと離れたかのようだ」

「もしかして、何か別の目的でもあったのかしら?」

「ファーヴニル以上に優先すべき目的が、奴らにあるのでしょうか……」

「クロノ提督、オーギュスト連邦の返答はどうなっている? 対イモータルに関しては手を取り合うべきだと、ホットラインを通じてそう伝えたはずだが返答はまだなのか?」

「そうだ、イモータルは次元世界全体の脅威だ。奴らを排除せねば、人類はいつか滅亡してしまうやもしれん。これでは次元世界の平和なぞ夢幻に過ぎない」

「それが……連邦加盟世界では連邦が、管理世界では管理局が対処するべきだと、彼らはそう返答してきました。どんな事情があろうと、お互いはもう関わるべきではないと……」

「なんてこと、協力体制の提案すら取り合おうとしないなんて……」

「そこまで管理外世界の者達に不満と不信感を抱かれていたのか、我々は……」

「エナジーが無ければグールすら倒せない、なのにエナジーの使える人間はあまりにも少ない。現在戦闘可能な局員で、かつエナジー使いはフェイト・テスタロッサと八神はやてしかいないぞ。大体いくら彼女達が強かろうと、ここ連日の戦闘で負担を背負わせ過ぎている。早急に何かしらの対策を講じるべきなのだが、一体全体どうしたものか……」

どれだけ議論を交わそうと何の解決策も見出せず、会議は停滞していた。そんな時、ずっと黙していたレジアスが満を持して、ある事実を口にした。

「皆や市民には不安を抱かせないよう、あえて公開しなかったのだが……ひと月前、ファーヴニルの封印が弱まりつつあるとの報告があった」

「!? ひと月前と言うと……フレスベルグとニーズホッグがミッドチルダ侵攻を開始した時期ですか!?」

「ああ。依頼していたアウターヘブン社の経過観察によると、どうやら対イモータルだろうと人間同士だろうと関係なく、ミッドで大規模な戦闘が起こる度に封印が弱まってしまうようだ。まだ辛うじて封印は残っているが、これ以上ミッドで戦闘を行えば封印が解除される危険がある。貴様ら本局連中のように悠長に構えている時間は無くなったのだ……」

強がりでもあったレジアスの嫌味も、クロノ達は反応できなかった。月詠幻歌の歌い手が次元世界にいないと思っている今、本当の本当に崖っぷちに追い込まれていることを理解したのだ。そして……、

「ほ、報告します!」

普段の冷静さが微塵も見られないぐらい慌てた様子のオーリスが会議室に駆け込み、何事かとレジアス達は気を引き締めて注視する。

「イモータル・公爵デュマが、皆様に会談を求めています!」

「なんだと!!?」

あまりにも信じ難い内容に、レジアス達は一瞬自分の耳を疑う。だが、敵の総大将とも言えるイモータルが会談を求めているとなれば、その内容次第ではこの状況を打破できる可能性もあった。とはいえ相手はイモータル、警戒はしておくに越したことは無かった。

「……戦闘直後に辛いだろうが、念のために彼女達を呼び戻しておこう……」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


救助活動もほぼ終えた頃に、いきなりクロノから私達エナジー使いに地上本部へ集合するよう通達が入った。はやてはもう少しシャロンを探したがっていたが、それは彼女の傍にいたヴィータが継続して行うことになった。ザフィーラはなのはの身を守ってもらってるし、シャマルはけが人の治療や診察で忙しいから無理で、アインスもニーズホッグの機械竜を半壊させたアウターヘブン社の少年がどこかに行ったのを傍目に、シャマルと同じようにけが人の治癒を続けていた。

とりあえず私達は地上本部に向かうため、許可をもらったことで飛行魔法で移動していた。その途中、はやては機械竜にほとんどダメージを与えられなかったことを悔し気に吐露した。

「考えてみれば……私らも頑張っとるけど、一番敵にダメージ与えとるのは彼……ケイオスなんやよなぁ……。魔導師じゃないのに撃墜数は頭抜けとるし、機械竜にもクリティカルヒット当てとるし……」

ちなみに今回の戦闘までのニーズホッグの兵器の撃墜数は、普通の局員で魔導師ランクBなら平均6機で、IRVINGは平均10機、私は64機、はやては54機、ゼストが68機、ケイオスは72機だったりする。別に競ってないけど、ちょっと落ち込んじゃいそう。

「私もケイオスとはちゃんと話したことは無いけど、実力なら私達どころかゼストさん並み……もしくはそれ以上かもしれない。アウターヘブン社があれだけ強い人を大勢抱えられてる辺り、ディアーチェ達の手腕や信頼、実績がそれだけ凄いのかな」

「2年前の騒動もあったのに一応今も協力してくれてますけど、その協力関係が無くなったら……もし敵対関係になってしまったら、管理世界は終わりかもしれませんです」

リインの言ったことは恐らく間違っていないだろう。例の髑髏事件と爆破テロ、オーギュスト連邦の独立声明をきっかけに管理局は他の世界への表立った介入が困難となった。それにアウターヘブン社はオーギュスト連邦とのパイプ役も担っている……もし彼らが管理世界から撤退してしまえば、その瞬間、管理世界は完全に孤立する。そうなったら、管理局と管理世界はさながら餓死するように消滅してしまうことだろう。しかも現状の世情も含めて考えると、管理世界の人間が他の管理外世界に無理やり行こうものなら、アウターヘブン社かラジエルが次元世界大戦の阻止のために介入してくる。言ってみれば今の管理世界とは……袋のネズミ、箱庭、閉鎖空間……そのような状態だった。

「(ん? 今、なにかが引っかかった……。もしや……政治的に逃げ場が封じられているからこそ、イモータルは管理世界を中心に攻めてきた? あるいは……銀河意思は管理世界に対して、ひと際強い恨みがあるのかもしれない)」

今の管理世界は、政治的にも経済的にも戦闘的にも真綿で首を締められてるような状況に陥っている。まるで、捕らえた獲物を痛めつけながらもすぐには殺さないと告げられてる気分だ……。

「私達は、アウターヘブン社に大きく依存してる。生活、戦闘、経済、他にも多くの点で。しかも次元世界全体で、各世界の政府や軍隊、反乱組織に至るまでがコスト高で融通の利かない正規軍や管理局員より、『安全で使いやすい』PMCを頼るようになっている」

「それも気になるけど、私は経済の方が気がかりや。皮肉なことに……私ら管理局とイモータルとの戦いで、管理世界の経済が若干回復傾向になってきとる。アウターヘブン社含む軍需産業などの需要がひっきりなしに高まったせいでな。そうや、次元世界は人類と銀河意思の戦争を、経済活動のひとつにしてしまったんよ」

「人間とアンデッドの生存競争……無限に続く戦いを基にした“戦争経済”です。そして戦争経済の市場が拡大するということは、即ち戦火の拡大でもあり、無数の孤児や難民を増加させます。おまけにその人たちに力があることが判明すれば、孤児からも徴兵を募り、少年兵が増加することにもなってしまうです」

「力があるなら子供でも使う、というのは管理局が昔からやってきたことなんやけどな……。こんな形で見せつけられると、管理局が今までやって来たことのしっぺ返しを食らってる気分になるで」

それは私も同じだった。管理世界を立て直す方法なんて本当にあるのかと思うぐらい、管理世界の経済は切羽詰まっている。それが戦争経済によって徐々に回復傾向になるなんて、まるで管理世界……いや、魔導師は戦うため“だけ”に存在していると思ってしまうほどだった。私達の、人類の生存をかけた戦いは、今の世間的にはただの経済活動。極論ではあるけど、間違ったことは言っていない。戦争経済のために戦う魔導師なんて、それこそただの兵器、経済を回す歯車に見えた……。

そんなブルーな気持ちを抱きながらも地上本部に到着した私達は、クロノから議事堂に同席するよう指示された。首を傾げながらも、とりあえず指示された通りに議事堂に行くと、レジアス中将と彼の護衛に来たらしいゼストのほか、伝説の三提督などの高官がそろっていた。私とはやて、リインは慌てて身だしなみや佇まいを直し、彼らに頭を下げて挨拶を行うと、これからある重要な会談が始まる旨を伝えられた。そして、私達も護衛として呼ばれたため、その会談に私達の口出しは許可されていないが、いざという時に備えて待機していてほしいとのことだった。

ひとまず席は一列に横並びになっているため、クロノの右手側の席に私、左手側にはやてとリインが並んで座った。ちなみにリインの左隣はミゼット提督だから親し気にしているけど、私の右隣はゼスト、次にレジアス中将なので体格や威圧感で気持ち的に圧迫されてる気がした。正直、誰か席変わってほしい……。

「(ところで重要な会談って言われたけど、もしかしてオーギュスト連邦の偉い人が内密に来るのかな?)」

「(あ~ホットライン通じて、今回の会談を開いた可能性はあり得るなぁ。あそこ、いくら鎖国に近いことしとるからと言って、接触を完全に断ったりはせえへんやろうし)」

「(もうこっちは一杯一杯でやってますからねぇ……特にイモータルと戦い続けた皆さんの疲労が。連邦がほんの少しでもこちらに力を貸してくれれば、反撃に転じるための準備も出来るんですけど……)」

「(うん……せめて今回の会談で、私達が少しでも休息をとれるようになれば良いね……)」

「皆さま、公爵デュマをお連れしました……!」

「「「公爵デュマ!?」」」

念話で会談の内容をはやてとリインに相談していた時、扉越しにオーリスが言った名前に私達は目を見開いた。そして同時に、クロノが私達をここに同席させた理由も察した。もしデュマがクロノ達に攻撃を仕掛けてこようとしたら、すぐに私達に阻止してもらう、ということだろう。

ともかく、オーリスが議事堂の入り口を開けると、二本角のヴァンパイアが不敵な笑みを浮かべながら悠々と歩いてきた。だが、

『ッ!』

殺気を受けたわけでもないのに、全身に悪寒が走った。これまで多くの強敵と渡り合った私が、気配だけで圧倒されたのだ。この場にいる誰もが緊張と警戒で表情が強張る中、デュマはこちらの警戒など全く気にしない様子で口を開いた。

「お初にお目にかかる、管理局諸君。そっちもオレの姿を見るのは、これが初めてだろう」

「御託はいい、それよりイモータルの総大将が何の用でここに来た?」

「フッ、長きにわたりミッドの平和を収めてきた偉大なるレジアス中将と、その他大勢に会えて光栄だ」

なんかその他大勢扱いされた……ちょっと不服だ。

「では改めてオレの自己紹介を……公爵デュマ、もう壊滅してるがヴァランシアのリーダーにして、イモータルの大将を務めている。どうぞ、お見知りおきを。……さて、余計な問答はよして早めに本題に入ろう。では……」

私達の方を見て、いつ飛び掛かっても構わないと言いたげに嗤ったデュマは、どこから取り出したのかわからないが扇子をバッと開き、『和平』の文字を見せびらかしてきた。

「今日という記念すべき日に、停戦をご提案する」

「停戦だと!? これまで散々襲ってきておいて、今更どういうつもりだ!?」

「凌ぎを削りながら続いてきたこの戦い……その上で今日の襲撃と、そして撤退。劣勢とは言えず、まだ攻撃を続けていられたはずの都市攻撃……それを唐突に止めて撤退させたのはいわば、オレの意思表示だ。この生存競争に終止符を打つ、そのための下準備なのだよ」

「その下準備のために、どれだけの人が犠牲になったと……!」

「大義のためには犠牲はつきもの。お前達も自らの正義の下に戦い、そして散っていった者達が大勢いただろう。どれだけ綺麗ごとを並べようと、いや、理想が綺麗であればあるほど、血は多く流れる。であるならば、出血を最小限に抑えることこそが、古来より統治者に求められる責務のはずだ」

「クッ……!」

「第一、お前達も我が同胞を自らの生存のために倒してきた。生存競争である以上、犠牲が出るのは仕方のないこととはいえ、彼らの無念を晴らしたいと思う気持ちはオレの中に未だ燻っている。お前達もそれは同じはずだ。そしてその気持ちに従って戦い続ければ、やがてこの戦いはオレ達銀河意思の勝利で終わる」

「勝利を断言するとは、イモータルの総大将は余程の自信家のようだな」

「あぁ、勘違いしないでもらおう。もしオレが倒れたとしても、銀河意思はまた新たなイモータルを送ってくる。それもオレより強い奴を次々と……無限にな。……わかるか? いくらオレ達に抗ったところで、無限かつ無制限に襲われてはあの太陽の戦士と暗黒の戦士ですら太刀打ちできない。そこの少女達のように、どれだけ抗おうといずれ限界を迎える。ならば戦いの規模がこれ以上大きくなる前に、どこかで妥協点を見つけることこそが今のお前達が優先すべきことだ」

デュマの言っていることはかつてスカルフェイスがマキナに言った、イモータルとの戦いを永遠に続ける運命を子孫にも背負わせるのか、という話と似ていた。確かに私達は諦めずに抗い続けることが生きることだと信じているが、それを次世代の子供達にも押し付ける、というのは少し抵抗があった。

終わらない戦いを運命付けられる、それは……確かに悲しいことだった。

「そう、永遠に続く戦いなぞ悲しいものだ。どこかで誰かが終わらせなければならない」

まるで私の考えを見抜いたように、デュマは扇子の先端を私に向けながらそう言ってきた。

「ならばその誰かとは誰だ? それはお前達だ。銀河意思との調停を担うオレとの会談に応じたお前達ならば、無限の戦いを止めた誰かになれる。もう無暗に犠牲を増やさずに済む、世界を平和にできる、子孫が血生臭い戦いを背負わずにいられる。その千載一遇の機会を、オレは今ここに用意してやったのだ」

「犠牲を……増やさずに済む……」

「世界を……平和に……」

「子供が……戦いを背負わない……」

高官達がデュマの言葉を反芻し、私も孤児院や保護施設で見た子供達が武器を持たずに済む世界をイメージして、その素晴らしい光景に心惹かれた。辛い戦いを、次の世代に受け継がせずにいられる……それは、目指すに足る夢だった。

「尤も、オレ達にも事情がある。故に……停戦協定を結ぶには条件を出させてもらう」

「条件? どうせろくでもない内容なんだろう?」

条件の内容にクロノが警戒すると、デュマは扇子を再び開き、『譲渡』の文字を見せつけてきた。

「難しいことではない。このミッドチルダを除く全ての管理世界を、我々銀河意思の統治下に置かせてもらう」

『!!!』

「そ、そんな横暴認められるか! 僕達に……ミッドチルダのために他の世界を見捨てろというのか!?」

「他の世界ではない、管理世界だ。それに、オレ達の統治下に置いたからといって好き放題に蹂躙するわけではない。渡すものさえ渡せばオレ達がお前達の代わりに治安を守るし、ロストロギアなどの危険から安全も保障する。連邦のように世界を鎖国させるつもりもない、尤も貿易するなら関税はかけさせてもらうがな。要はお前達が担ってきた役目をオレ達が受け継ぐ、市民から見れば統治者が変わるだけの話だ」

「では、渡すものとは何だ?」

「血液だ。毎日40000CCの血液をもらえれば、オレ達は統治下のヒトを襲わないと誓おう」

「40000CC……一見すると多いが、管理世界の総人口を考えると十分供給可能な範囲か……」

血液を供給すれば襲撃しなくても済むのなら、早めにその提案をしてほしかった気もする。……いや、むしろここまで条件を緩和するために、デュマは色々手を尽くしてきたのかもしれない。

「おっと、大事なことを言い忘れていた。条件はもう一つある。新しきクイーン・オブ・イモータルの器たる……オリジナルの高町なのはの身柄を引き渡していただきたい。和平の象徴としてな……」

「何が和平の象徴や……! そんなん2年前と同じように彼女を味方に引き入れようとしとるだけやないか!」

口出しの許可が出ていないのに、はやてが思わず怒りの言葉を投げ返した。クロノ達も固唾を飲んで見守る中、デュマは淡々と説明する。

「オレ達が管理世界を統治下に置いたとしても、イモータルが直接統治すれば何をしようと反発されるだろう。だからエターナルエースを表向きの統治者という形にして、オレ達は影に潜んでおけば、連中も少しは言う事を聞かせられる」

「傀儡政権って奴か……!」

「傀儡とはなかなか面白い表現だ、確かにオレ達は彼女に具体的な何かをしてもらうつもりはない。ただ和平の象徴として、寝たきりでも存在してくれていれば問題ない。管理世界は置いといて、死人同然の少女一人と引き換えに未来永劫続く戦いを終わらせられる、これ以上の優良な取引は二度と無いぞ?」

「それでも……友達を売るような真似、認められる訳があらへんやろ!」

「はやて!?」

寝不足が祟ったのか、冷静な判断が出来ずに激昂したはやてがリインと瞬時にユニゾン、デュマにエナジー込みの魔力弾を放つ。彼女の魔法がデュマの眼前に迫ったその時、口の端を吊り上げたデュマは……

―――そのまま右手の人差し指から針状のブラッドランスを発射、一瞬で魔力弾を打ち消した。針ははやての顔のすぐ右側を通過し、彼女の席を貫いた。今の攻撃がかすめたらしく、右頬から一筋の血が垂れてくるはやてだが……圧倒的な力量差を前に彼女は全身が硬直して動けずにいた。

「(う、動けんかった……! 攻撃に全く反応できんかった……! 今のはわざと外してくれたけど、もしこれが私の頭や心臓に向いてたら……それだけで……!)」

「交渉人を攻撃するとは、血気盛んな局員もいるものだな。……そっちから仕掛けてきた以上、もはや和平なぞせず問答無用に全て奪い取っても構わないが―――」

余裕そうな態度を全く崩さずにはやてを一瞥したデュマは、

「せっかくだ、余興として受け取ってやる。ありがたく思うがいい」

子供の戯れという扱いにして、こちらに恩を着せてきた。何様のつもりだと怒りを荒げたいが、これ以上状況を悪化させないために私は唇を噛み締めて言葉を伏せた。そもそも交渉中に先に手を出してしまったのはこっちだし、いくら友好的でもデュマはイモータルで、2年前の髑髏事件にも大きく関わっている。人間相手に交渉するのとは勝手が違いすぎる……感覚が違うのも当然だった。

「さて……和平の条件は伝えたが、すぐには決められないだろう。期限は一ヶ月後、お前達がうだうだして決められなかったのならば、この話はご破算となる。そうなれば永遠に続く生存競争の再開だ、今度は容赦なくお前達を滅ぼしにかかる。……では、良い返答を期待している。さらばだ!」

そう言い残し、デュマは暗黒転移で姿を消した。こうして管理局とイモータルとの間で行われた前代未聞の会談は終了したのだが、議事堂には未だに重々しい空気が流れていた。

……当然だ、あのイモータルが手加減しててもはやてを一蹴できるぐらい途方もなく強いことを目の前で証明された上、停戦協定を受けなければ彼も総攻撃を仕掛けてくると宣言されたのだ。私達がデュマに挑んだところで、今の体調では間違いなくさっきのはやてと同じオチになる。恐らく……彼が総攻撃が行えば、ミッドは一夜で陥落するだろう。

つまり、『停戦協定を受けない=ミッドチルダ滅亡及びファーヴニル復活』という方程式がほぼ成り立っている以上、人類が生き残るためには停戦を受けるしか道が残されていなかった。管理世界と、高町なのはという生贄を出すような形で……。

「……さて、和平の締結にはミッド以外の管理世界を譲渡というのもそうだが、ファーヴニル事変の英雄エターナルエース、高町なのはを売り渡す必要がある。儂としては管理世界に蔓延る次元犯罪者がミッドに渡ってくるのは出来るだけ阻止したいし、このまま療養させたところでどうせ意識も戻らないまま死んでいくエターナルエースを渡してイモータルの襲撃が止まるのならば、いっそのこと渡すべきだと考えている」

「し、しかしレジアス中将。それはあんまりではないですか? 次元犯罪者と言っても少し前の経済難と生活難ゆえに法を犯さざるを得なかった者もいますし、なのははあの容態で意識も回復していない上に2年前の髑髏事件で散々な目に遭ったんですよ……? また有効活用の名目で、彼女が何をされるかわかったものでは……」

「クロノ提督の言う事も尤もだが、今の管理局や管理世界の情勢を含めると、イモータルとの戦いをこれ以上継続するのは困難だ。そもそも人類の生存権と、一人の死にかけの命、治安維持組織としてどちらを優先すべきかは、皆もわかっているはずだ。これはもう条件を飲むしかないのではないか?」

「ラルゴ提督、そう決めるのは早計というものです。まだ相手の真意がわからないのですから。この和平があのイモータルにとってどういう意味があるのか、それを考えてからでも遅くはないはずです」

「その通りだ、ミゼット提督。今回の和平を締結するということは、見方を変えれば我々管理局がイモータルに情けをかけられたともとられかねない。それにだ、これまでイモータルとの戦いで散っていった者達の意思を無下にするわけにもいかないだろう。いざとなれば我々にはこれまで確保してきたロストロギアの力もある、ここは和平の話を蹴って徹底抗戦を行うべきだろう?」

「我々の打てる手は限られている。ファーヴニルの再封印の件もある以上、全てを守るという選択はもはやできない状況に差し掛かってしまった。何を捨てて、何を守るのか……我々は選ばなければならないのだ」

和平に対して会議が行われる中、私はこんな状況になってしまったことを深く悲しんでいた。辛い目に遭った人を世界平和のためだからと言って人身御供にするなんて、私にはとうてい認められそうになかった。

それからしばらく話し合った後、一旦時間を置くということで会議が解散したが……私の胸中は穏やかではなかった。世界と未来を守るためになのはを売るか……それとも子々孫々まで続く戦いを継続するか……。こんなの、決められるはずがない。でも、ヒトが生き残るためには決めなければならない……。

教えて、サバタお兄ちゃん……私は、どうすればいいの……?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぺちぺち。

「ねー。ねー」

ぺちぺち。ぺちぺち。

「…………?」

なんか小さくてぷにぷにの暖かい何かに何度も叩かれ、意識を取り戻した私の視界には、あどけない表情のフーちゃんが私のおでこの辺りを「起きて」と言わんばかりに叩いていたのが見えた。フーちゃんが無事なことを嬉しく思った私は彼女の頭をよしよしと撫でながら、周りを見てみると、どうやら私は窓から朝日が射す小さい診療所のベッドに寝ていたようだ。とりあえず上体を起こそうとしたが腕に力が入らず、再び倒れこんでしまった。

『ふぅ、やっと目を覚ましてくれましたか。これで二度目ですよ、意識を失うの』

「この短時間に二回も死にかけで力尽きるとか、どこかの幻想殺しみたく不幸だと叫びたくなってきた」

二度目ともなると流石に慣れたのか、精神世界のイクスが呆れ顔になっていた。……慣れるのもどうかと思うけど。とにかくあの状況を生き残れたことを内心で喜んでいると、

「おっと、目が覚めてもあまり動かない方が良いよ。解毒剤を注射したと言っても、体の中はまだ回復途中なんだから」

近くの机でノートパソコンをいじる薄紫の髪の少女が、さっき起き上がろうとした音を聞いたからか、私にそう言ってきた。首だけを傾けてそちらを見ると、彼女は私の身体のカルテを見て苦笑していた。

「フレスベルグの毒に侵されていながら、あんなに走ったのに生きていられるなんて、キミも結構凄い体質してるんだね。あぁ、私はシオン。アウターヘブン社の人間で、後方支援を主業務としている」

「あの……」

「キミが気を失ってからのことなら、まずティーダ・ランスターって管理局員が倒れてるキミを見つけて、アウターヘブン社が管轄しているここまで全力疾走で汗だくになりながら運んできたんだ。あそこで一番近くにあり、なおかつ治療の設備が整っているのはここぐらいしかないからね。ま、危ない所を助けてくれたんだし、今度彼に会えたらお礼を言っておくといいよ」

「そうします……。……でもなんで私、診療所にいるんですか?」

「簡単にいうと、ミッドにある大きな病院は全部怪我人で埋まってる。連日のイモータル襲撃のせいでね。おかげでアウターヘブン社の治療設備までもが毎日フル稼働状態、近くにあった診療所もこうして開放、協力してもらってるってわけ」

要するに無数の怪我人で病院の許容範囲がオーバーしているから、あぶれてしまった病人や怪我人はアウターヘブン社が治療しているってことらしい。窓の外からは診察待ちの人と、医者や看護師に看護婦の人達の忙しそうな声が至る所から聞こえていた。

「私は医療に携わってないけど、薬の在庫管理やデータ整理を任せられているんだ。あと患者の話し相手とかもだね、いわばメンタルカウンセラーって奴かな」

「そうなんですか……。ところでここの人達は他の世界に避難しないんですか? イモータルに襲撃されてるなら、別の世界に逃げた方が安全だと思うんですけど」

「確かにミッドから他の世界に逃げた人も少しいるけど、だからと言って安全とは限らないんだ。ミッドに集中している現在、他の世界ではイモータルは現れなくなったけど、クロロホルルンやグールはこれまで通りに現れる。管理局員のエナジー使いはミッドにいるし、うちの支社長達はオーギュスト連邦との関係維持もあって色々やることが多いから、用事が無い限りミッドに来ることはないし、連絡もする余裕がほとんどない。だからどこにいようと危険は同じ、むしろ対抗できる存在がいるミッドにいた方が安全なのさ」

「はぁ……」

私の、というより先代ひまわり娘の知らない間に、次元世界は相当追い詰められていたらしい。そもそもエレンさんがクレスさんに連絡したのはそこそこ前の話だろうから、その間に情勢が大きく変化していても確かにおかしくはなかった。これは私達の想定不足でもあるだろう。

「……あ、良いタイミングで解析結果が出たよ」

「解析結果?」

「その赤ちゃん……フーカ・レヴェントンの身元、および家族などのこと。母親はカザネ・レヴェントン、フロンティアジム所属の結構優秀なコンディショニングコーチで、ジムや選手の舵取りや参謀のような立ち位置だったようだ。父親は……残念ながら1ヶ月前のイモータル襲撃で亡くなってる」

「母親のカザネさんも亡くなったから、フーちゃんは……」

「孤児ってことになるね。このままいけば保護施設や孤児院行きなのは間違いないよ。まぁ、マウクランにも事情持ちの子供を含めて預かってる孤児院はあるし、担当の者が出来るだけ寂しくならないよう常に気を付けてるから、預けた所で心配はいらないよ。その上で訊きたいんだけど……キミはその赤ちゃんをどうしたい?」

「どうって……」

私のお腹に顔を埋めて抱き着いてるフーちゃんを見て、この子が天涯孤独になってしまったことと、この子の成長や将来を考えたらちゃんとした場所に預けるのが得策だと、そうは思った。思ったんだけど……、

「うー?」

「……私は……」

「一つ言っておくけど、子育てってのはキミが想像する以上に大変だよ? やんちゃしたら叱ってあげなきゃいけないし、頑張ったら褒めてあげないといけないし、疲れてても構ってあげなきゃいけない。確かに孤児になったことを哀れに思ってしまうのはわかる。でも子供の相手は気持ちだけで務まることじゃないんだ。ちゃんと愛情を持って接さないと、子供はすぐに気付いてしまう。キミは……行きがかりで助けただけの子供を愛せるのかい?」

「…………わからない。でも、私はもう少しだけ、フーちゃんと一緒にいたいと思ってる。育てるにしても預けるにしても、結論を出すのはもう少し先でも良い……はず」

「そうか。情が湧くと別れはより辛いものになるけど、キミがそれでいいならそうすればいい。私にキミの選択をどうこうする権利は無いのだからね」

そう言いながらもシオンは、どこか微笑ましいものを見るような目で私とフーちゃんの触れ合いを眺めていた。今のやり取りに、彼女も何かしら思う所があったのだろうか……?

「ところでシオンさん、私はディアーチェ達に会うために来たんですが、どうすれば会えますか?」

「第34企業世界マウクランのマザーベースに行けば、支社長はともかく技術部長なら会う機会なんてしょっちゅうあるよ。尤も、次元航行艦は連日の襲撃や管理世界のエネルギー資源不足のせいで中々出せずにいてね、民間のだと半月に一隻ぐらいのペースでしか出ていないんだ。おまけにそんな状態だから乗船券の価値はとんでもないことになってるし……ああ、落ち込まないで。マウクランに行きたいのなら、マザーベースから来る物資補給艦が帰る時に便乗させてもらえば良いよ」

「な、なるほど、その艦はいつ来るんですか?」

「前に来たのが二週間前だから、次は一週間ぐらい先じゃないかな。それまではまぁ、適当に待つしかないね。あ、でも補給艦に乗せてもらうには口聞きや乗艦賃がいるかもしれないから、日雇いバイトでもしてお金を稼いでおいた方がトラブルに対処できるかもよ?」

「バイト……ですか……」

まぁ、一週間分の食費と宿泊費なんて私の財布に無いし、バイトして稼ぐ必要があるのは確かだろう。ちなみに私の正体を話さなかったのは、管理局に身バレして騒動を起こすのを避けるためでもあった。アウターヘブン社のシオンになら話しても大丈夫かもしれないけど……というか、初対面のはずなのにシオンはどこかで既に会ったような違和感がある。とにかく、どこで誰が聞き耳を立ててるかわからない以上、話す内容は慎重に選ぶ必要があった。

「あー! ああー!!」

「なんか突然泣き出したね、その赤ちゃん」

「これはお腹空いちゃったんですよ。粉ミルクとか用意しないと……!」

「え、温めた牛乳じゃダメなのかい?」

「乳幼児に牛乳を与えたらお腹壊しちゃいます! ちゃんと幼児用の粉ミルクを作ってあげないといけないんです! あと哺乳瓶とか、おむつとか他にも色々必要なものが―――」

ガラッ。

「あ、元気になった?」

「良いタイミングだ、ケイオス! ちょっと手伝ってくれ!」

「もうメモに必要なもの書くから、それ急いで全部買ってきて! それと、シオンさんはお湯沸かして! 私はフーちゃんをあやすから! 二人とも、ハリー! ハリー!! ハリー!!!」

「「りょ、了解」」

赤子一人泣き出しただけで途端に慌ただしくなったが、まぁ子育てとは本来こんなものなのだろう。ちなみに私が子育ての知識を持っているのは、アクーナの村長さんから少し教わったからだ。多分、私の将来に備えてとか、血筋を絶やさないためとか、理由はそんなところだろう。私が将来結婚して、子供を産むまでその知識に出番は無いと今まで思ってたが……人生ってのは何が役に立つかわからないものだ。

「買ってきた」

「まさか一分も経たずに全部買ってきてくれるとは……」

「早すぎるよ、ケイオス。こっちはヤカンに水入れたばかりだよ?」

向こうでシオンが呆れ顔になるが、とにかく私はケイオスから『医療少女メディカルシャマル』という妙に既視感というか違和感が湧き上がる絵柄のついた哺乳瓶を受け取っておく。そしてお湯が沸いた頃に哺乳瓶に一度お湯を入れて温め、一旦捨ててから粉ミルクを入れてお湯を注ぐ。うまく調整して人肌ぐらいの温度のミルクを作り、フーちゃんに飲ませると、よほどお腹が空いていたのか、すごい勢いで飲み始めた。そして飲み終えた哺乳瓶の洗浄はシオンに任せ、私はフーちゃんの背中をとんとんと叩き、ゲップさせる。

それからも身体を拭いたり、おむつを交換したりで色々忙しく、一通り終わった頃には私の身体の痺れは取れていたけど、シオンは机に寄りかかってぐったりしていた。ま、ケイオスはケロッとしているが……。

「いや~まいった。今まで子育てというものをなめてたよ……。キミに注意を促しておいてアレだけど、これが毎日続くと私にはキツそうだ……」

「デスクワークばかりでシオン、身体なまった?」

「な、なまってはいない……はず……。一応お腹の肉がつまめない程度に筋トレは続けてるから……」

「ふーん。で、あんたは結構タフだね」

「まぁ……イモータル二体に追い掛け回されて、生き残れるぐらいにはね……」

「そう。あんたなら一人で子育ても大丈夫そうだ」

ケイオスの評価が少し上がった。
シオンの評価がかなり上がった。

……なんてことはさておき、ケイオスは昨日私をニーズホッグから助けてくれた人だ。こうして会えた以上、ちゃんとお礼を言っておきたかった。

「今更だけど、昨日はありがとうね。あなたのおかげで助かったよ」

「別に。……約束があるから」

「昨日も言ってたけど、その約束って何なの? 差し支えなければ、訊いてもいいかな?」

「……。何もなかった俺に、恩人がくれたしるべだ。俺にとっては命同然の誓いだ。俺は……あの人に命をもらったようなものだ。だから俺の命は、あの人のために使わなきゃいけないんだ。……いけなかったんだけど、2年前にあの人はいなくなった。もう会えない所に行ってしまったんだ」

「会えない所……」

『どうやらその恩人と死別してしまったのですね、恩を返す前に。それはきっと、辛くてもどかしい気分でしょう……』

「だから俺は、この約束だけは絶対に守り抜くことにした。内容はまだ教えたくないから言わないけど……俺にとってこの約束とはそういうものなんだ」

首に下がっている銀の弾丸を右手で握りしめ、ケイオスは固い意志を示すようにそう言った。肝心の約束の内容とやらは結局わからず仕舞いだったが……思いの形を知ったおかげで彼の存在が少しだけ身近に感じられるようになった。

「……今気づいたんだけど、キミの名前を訊いてなかったよ。ずっとキミキミ呼ばわりも何だし、そろそろ教えてくれないかい?」

「あ、ごめんなさい、シオンさん」

「もう呼び捨てで良いよ。ケイオスとは普通に話してるのに、私だけ敬語ってのも何だし」

「わかった。じゃあシオン、ケイオス。改めて自己紹介するよ。私はシャロン・クレケンスルーナ、少しの間だけどよろしく」

「「よろしく」」

「たいよー!」

なぜかフーちゃんが締めを飾った。ちょっとだけ滑稽で、私もつい苦笑してしまった。

「あ、そうだシャロン。キミがマウクランのマザーベースに行くまでの間、泊まるアテはあるのかい? 良ければ私達の使ってるホテルに来るといい。最近じゃほとんど託児所扱いの孤児院が近くにあるからちょっと騒がしいけど、少し出かけたい時にはその子を預けられるよ。どうする?」

「ではご厚意に甘えて、しばらく厄介になります」

「じゃあ私はまだここで仕事が残ってるから、案内はケイオスに任せるね。ケイオス、彼女を頼むよ」

「了解」

というわけで、私とほぼ同じくらいの年齢の首輪付きの少年、ケイオスが同行してくれることになった。まだ会ったばかりで口数も少ない彼だけど、不思議と彼の傍にいれば大丈夫だと思えた。




ケイオスと共に診療所を出た私は、さしあたってこの一週間宿泊する予定のホテル―――メビウスホテルを見に行くことにした。とりあえずここはミッドチルダ北部で聖王教会の領地が割と近くにあり、ちょっと高い場所で目を凝らせば聖王教会の病院が辛うじて見えた。その時、金髪や茶髪の少女達が入っていくのが見えたけど、中に身内や知り合いがいるのかもしれない。まぁ、彼女達以外にもたくさんの人が出たり入ったりしているので、病院内がとんでもなく忙しいってことは察せられた。

「そういやシャロンの服、ボロボロだね」

「なんで今それを言うかなぁ……」

確かにニーズホッグに砂ぶっかけられたし、フーちゃんを助けた時に色々破れたし、フレスベルグの羽が刺さって穴が開いたしでかなりアレな状態になってるけど……。地味に男の人からちょっと視線を感じるけど……ホテルで裁縫道具を借りて直そうと思ってて、それまではわざと意識から外してたというのに……、言われて意識しだしたらかなり恥ずかしくなってきた……。

「言葉、下手でごめん。着替え、持って無いんでしょ。ホテルに行く前に買ったらどうかと思ったんだ」

「あ、ああ……そういう意味だったのね……。でも服買うほどお金が……」

「俺が出す。他にあんまし使い道無いし」

「いや、気持ちは嬉しいけど……でも悪いよ……」

「……。…………。……………綺麗な服を着たシャロンを見たい。それならお金は気にしない?」

「別の意味で気にするよ!? 君サラッと……いや、サラッとではないけど、かなり恥ずかしいことを言ってくるね!?」

『こ、これが噂の口説き文句、でしょうか……!』

なんか違うと思う。イクスも王のくせにドキドキしてるのはわかるけど……。それにしても、今の言葉を聞いてから頬が熱い……!

「ま、まあ……そこまで言ってくれるなら、お、お願いしてもいいかな……」

「ん、お願いされた」

私の頭の中がぐるぐるしている一方で、全く表情が変わらないケイオスがすたすた進んでいった。え~、なんか調子が狂う……。


ミッドチルダ北部には中央区画にあるスーパーやデパート、ショッピングモールみたいなものはあまりなく、飲食店の類も少ない方だった。しかし少し前から聖王教会がこれらの事業に協力しだし、最近になってそこそこ大きな商店街―――ラーン商店街が誕生した。この辺りに住んでいる者からすれば、わざわざ中央まで行かずとも買い物ができるようになったので喜ばしいことらしく、このご時世でありながら割と活気づいていた。尤も、

「ようこそいらっしゃいましたラーンへ! お買い物ですか? 観光ですか? デートですか? 入信ですか? 洗礼ですか? 仕事を探したいならぜひ聖王教会へ! 今なら短期のアルバイト募集もたくさんありますよ! 例えばミッド中央区画の大手スーパーの中で聖王教会のすばらしさを説くだけや、ショッピングモールの店を買おうか買おうかと見せかけて一切買わない冷やかしをするだけでお金がもらえる仕事があります! しかも、その仕事を受けるだけでもれなく聖王教会教徒を名乗れる特典が付いてきます! さあ、どうでしょう!?」

「いらっしゃい! いらっしゃい! 新鮮な肉がわんさか入荷しましたよ! おっとそこのお二人さん、今夜の食事にこのとれたてのお肉なんてどうだい? ウチの新鮮な肉を食べて、お互いの肉も貪るなんて、きっと忘れられない夜になりますよ! どうですか!?」

……これを活気と言って良いのか、という疑問はある。

なんというか……このラーン商店街、異常なまでに押しが強い。一歩足を踏み入れただけで、色んな人がやれ入信だ、やれ洗礼だ、かっぽれかっぽれやら、怒涛のマシンガントークを言ってきたのだ。世界が危機に瀕していながら、この前向きさや威勢の良さは見習う所があるかもしれないが……正直、あまり相手したくなかった。

「す、すみません……私達は買い物に来ただけですので。アルバイトはもしかしたら今度やりに来るかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。で、では……」

「「「「「そうでしたか! 今日があなた方にとって良き一日でありますように!!」」」」」

怖い! この人達、怖い!!

一切乱れず同じセリフを言ってきた彼らから逃げるように、私達は走った。とりあえず落ち着けるであろう広場まで走ったのだが、さっきから妙に私の後ろ首辺りがなんかわさわさするなぁ。

「これのせいじゃない?」

ケイオスが私の後ろ首辺りから、何かの紙を取り出した。いつの間にそんなものが引っかかってたんだろう、と思いながらそれを受け取り……、

『聖王教会入信書』

「わあぁああああああ!!!!!」

一切の躊躇なく、私はその紙を真っ二つに引き裂いた。とはいえ、こんな所でゴミを捨てるわけにはいかないので、広場のゴミ箱にそれを捨てに行く。

「どうしてこうなったの……」

声が聞こえた方を見ると、近くのベンチで金髪のシスターが頭を抱えて落ち込んでいた。ふと、私は一瞬だけその姿が彼女と重なり、おずおずと尋ねた。

「まさかと思うけど……マキナ?」

「?」

私の問いに顔を上げたシスターだが、私を見て首を傾げていた。顔立ちはかなりマキナと似ていたけど、どうやら人違いだったらしい。

「すみません、知り合いと勘違いしてしまいました」

「ああ、そうでしたか……。勘違いなんてよくあることですし、気にしないでください」

よかった、この人は普通……というかまともな人そうだ。もしこの人がさっきの人達のようだったら、いくら臆病な私でも本気で聖王教会に怒鳴り込んでたかもしれない。

「えっと……すみませんが、この辺りでまともな服屋ってありますか? その……店員さんの意味で」

「それでしたら、あちらの方に老舗のブティックがありますよ」

「そうでしたか、教えてくれてありがとうございます」

「いえ、お役に立てて何よりです」

親切なシスターにお礼を言った私達は、早速その店に向かうことにした。老舗というから古めかしい雰囲気を想像していたけど、別にそんなことはなく、小ぢんまりしてて隠れ家といった雰囲気で、なんか懐かしい気分にしてくれる店だった。ただ、普段着に使えそうな普通の服が多い店の中で、ひと際異色を放つ衣服が入り口の前に飾られていた。

『ベルリネッタブランド新作! “エクスシア・ドレス”ブラックパール・バージョン 18000GMP』

ゴシック調の漆黒で綺麗な衣装の中心に白い十字、所々に青色の複雑なデザインが縫われていて、着る者に魔女のような妖艶さとお姫様のような可憐さを与えそうな服だった。私もこの服はいいセンスだと思うし、着てみたいと思う気持ちは湧いたけど……

「流石にこれを普段着にするわけにはいかないね。何より高級品だし」

それに生地と道具、製作時間さえあれば、ここまでとは言わないが私でもそれなりのものを作ることはできる。ジャンゴの服も私が作ったものなんだし、最初から普段着として使うつもりなら生地から作るということも考えておいて良いかも―――、

「これください」

「毎度!」

「って、あれ!?」

いつの間にかケイオスが今の服を勝手に購入していた。いきなりの展開に私も唖然とした声をあげるが、紙袋を受け取ったケイオスはこっちに顔を向けて、

「気に入ったんでしょ?」

「それは……まあ……うん……」

「ならいいじゃん」

あっけらかんとその紙袋を私に渡してくれた。そんなアッサリ高級品を渡されると、こっちも戸惑ってしまう。ひょっとしてケイオスは金銭感覚が少し変なのではないか、と思ってしまったけど……でも……、

「……ありがとう。大事に使うよ」

「ん」

感謝の気持ちを込めてお礼を言うと、いつも変わらないケイオスの表情が一瞬和らいだ気がした。尤も、すぐに元に戻ってしまったが。

『彼って不器用ですけど、不器用なりに接してくれてますね。正直、可愛げがあって好感が持てます』

「あー」

イクスとフーちゃんも、ケイオスのことは気に入ったみたい。私は……どうなんだろう? 彼には少なからず好印象を抱いてるけど、まだ具体的に関係を表現できる状態じゃないや。

さて、想定していたのとは違った……というか、むしろ上物過ぎる服を手に入れたけど、とりあえずフーちゃんの着替えとかも買っておいたことで当初の目的は果たせた。それから私達はブティックを出て、メビウスホテルへ向けて再び歩き出した。

その途中、ホテルの入り口の近くで何かを見つけたケイオスは少し早歩きでそれ―――『EYE HAVE YOU』の文字が浮かぶ黒地の迷彩が施されたストライカー装甲車の所へ向かい、後ろの扉の部分を叩いた。

「あんた、ここで何してる」

すると中から魚の腐ったような目で何故かカソックを着た大柄な男が出てきた。一見した所、どこかしらエクソシストっぽい感じがした。

「これはこれは、アウターヘブン社の首輪付き殿ではないか。何をと言われても、見ての通り商売をしているだけだが?」

「非公式の武器商人が、こんなところで商売できるの?」

「地球では非公式だが、ここでの正式な許可は既に得ている。銃火器といった武器の卸し売りは残念ながら出来ないが、他のブツならば問題ないだろう」

「相変わらず胡散臭いね、あんた」

どうもこの男とケイオスは顔見知りらしい。言動はちょっと刺々しいけど、別に仲が悪いといった様子ではなかった。

「ところでそちらのお嬢さんは、何か物入りかな? 必要なものがあれば、何であろうと取り寄せてやろう」

「え? いや、そこまで大層なものを頼むつもりはないですよ。というか、あなたは何者なんですか? ただの商売人でもPMCでもないようですけど」

「地球……ここでは第97管理外世界と呼ぶのだったな。私はそこで武器、兵器の卸売り販売、そして武器洗浄をしていた」

「武器洗浄?」

「PMCや管理局が使っているようなID銃やデバイスを、IDが一致しなくても使えるノンID銃やフリーデバイスにハックする。要するに武器洗浄屋と言っておこう。ドレビンとでも呼ぶがいい」

「ドレビン?」

「ドレビンというのは私達の総称だ。会ったことはないが、世界中に他のドレビンがいる。私はドレビンの1228番だ。そこの首輪付きからはもっぱら神父と呼ばれている、洗礼なぞ受けたことはないのだがね」

「そりゃカソック着てれば、周りからはそう見えてしまいますよ……」

そもそもどうして武器商人なのにカソック着てるんだろう? まあそれはいいとして、さっき興味深い言葉が出ていた。

「世界中にドレビンがいると言っていましたね。なら情報収集や言伝もお願いすればやってくれますか?」

「払うものさえ払ってくれればな。例えモノだろうと情報だろうと、必要なら用意しよう」

「じゃあ……」

私はザジ達の見た目や特徴を伝え、その人達を見かけたら第34企業世界マウクランのアウターヘブン社マザーベースか、第97管理外世界地球のアメリカにあるウェアウルフ社に行くよう伝えてほしい、という依頼をした。

「人探しか……確かに次元世界は広い。可能な限り多くの伝手を当たるのは実に合理的だ。では、せっかくなので挨拶がてらのプレゼントでもやろう」

「なにこれ、“きよひーベル”?」

神父から可愛い女の子の人形が上に乗ったベルを受け取ると、ケイオスが解説してくれた。

「それ、アウターヘブン社が作った嘘発見器。別名『嘘つき焼き殺すガール』。相手が嘘や隠し事をしてたらベルが鳴って、『嘘を、ついておいでですね』と言う。するとベルの部分が巨大化して相手を閉じ込め、火で燃やすんだ」

「なにそれ、怖い! なんでそんな物騒なもの作ってるの、アウターヘブン社!?」

「元々は2年前の髑髏事件を受けて開発中の、SOPに精神干渉された局員を識別するための道具だった。開発途中で相手の嘘を確実に見抜くことができる技術ができたから、数量限定ということでノリで売りに出したら……」

「出したら?」

「オーギュスト連邦と管理外世界の警察機関や治安維持組織がほとんど買い占めた。おかげで販売開始から約30分で完売したという、ある種の伝説を残した貴重な商品だ」

「そ、そうなんだ……」

やっぱり皆、隠し事は見抜きたいんだね……。でもこれを持っておけば相手が嘘や隠し事をしてるかがすぐにわかる。この次元世界、特に管理世界を安全に抜け出すには、これは必要だろう。嘘つきを焼き殺す機能は流石にストップしておくけど。

「またのお越しをお待ちしております、今後ともごひいきに」

取引が終了したことでお辞儀した神父は装甲車に乗り、どこかへ走り去っていった。あの神父、商売人としては胡散臭い感じが拭えないし、かなり変わった人ではあるけど、取引相手としては信頼できる方だと思う。下手に信じるものが無い、情には流されない、信じているのはお金だけ、故にお金の関わる仕事には真摯で取り組み、お得意様は大事に扱う……ドレビンとはそんな人達なのだろう。金の切れ目が縁の切れ目、とはよく言ったものだ。

さて……寄り道が多かったけど、やっとメビウスホテルに到着した。ここはそれなりの高級ホテルなのだが、アウターヘブン社の社員には特別割引が働くそうだ。恐らくケイオスを始めとしたアウターヘブン社の社員を泊まらせておけば、自然とイモータルやアンデッドに対する護衛をしてくれる。だったら出来るだけ彼らに居てもらった方が、自分達も宿泊客も安全だと判断したのだろう。つまり護衛料が入ってるから、安く泊まれるわけだ。

ケイオスとシオンが寝泊りしてる部屋は上の方で、ツインの個室らしい。同じ屋根の下、同じ部屋で男女が寝食を共にしていること自体は、私自身もウェアウルフ社でサバタさんと、世紀末世界でジャンゴさんとやってたので、とっくに慣れてるから気にしていない。

クリーム色の暖色系で落ち着くような高級感のある部屋、そこに足を踏み入れた私は、備え付けのベッドにフーちゃんを下ろし、近くの椅子に腰を下ろして一息入れた。

「ふぅ、少しだけ疲れたよ」

「病み上がりなのに歩かせ過ぎた?」

「ううん、それは大丈夫。単に気持ちの問題」

「ん、そっか」

「それにしても、ここからの景色も良い眺めだね。結構高いからシオンのいる診療所も見えるし……聖王教会の病院も目を凝らせば辛うじて見えるよ」

「ん。それと、シオンの言ってた孤児院はあそこ。もしフーカを少しの間預けたいなら、あそこに行けばいい」

『木造建築の孤児院ですか。心を穏やかにさせるという意味では、木造建築はうってつけでしょう』

木造建築が落ち着くのは、マイナスイオンが出てるからかな? ……なんてことは置いといて、アルバイトは流石にフーちゃんを預けないとできないだろう。当分の間は何度かお世話になるはずだ。

景色を堪能した後、ひとまず昨日の襲撃の件も含めて何かしらの情報を取得するためにテレビをつけた所、ニュース番組は昨日の襲撃の犠牲者や被害について報道していた。

「改めて都市部を不意打ちされたわけだから、かなり多くの犠牲者が出ちゃってるね……」

「……実は昨日、イモータルが地上本部に入っていったのを見た」

「はい? イモータルが管理局に?? 自首……はあり得ないし、奇襲してないことを考えると、もしかしたら交渉に来たのかもしれない」

「交渉?」

「うん。ミッドの戦況はイモータル側が優勢だもの、今なら交渉を有利に進められる。普通なら管理局が絶対通さないような要求でも、上手いこと話を運ばれたら、つい通しちゃうかもしれない」

「ふーん、どんな要求してきたんだろうね?」

「わからないよ。そもそもこれは予想だし、合ってるとは限らないから……」

というか政治関連のニュース見てると、一般人なりの意見交換はするけど、実際に何か影響を与えるようなことはしないからね……。

「あー! あー!」

なんか今のニュース映像を見て色々思う所があったのか、フーちゃんがいきなり泣き出した。慌ててテレビを消して彼女を腕に抱えてなだめるのだが、なかなか泣き止んでくれなかった。う~ん、赤子の心を落ち着かせるには……やっぱり子守歌か。

子守歌……即ち、月詠幻歌。元々月詠幻歌は子守歌として作られたのだから、本来の役割を果たすことになる。ま、気持ち的には悪くないね。

「La~♪」

「へぇ、これが月詠幻歌なんだ。聴いてて心地いいね」

『なるほど、シャロンの月下美人の力は本来このようにして発動するのですか。興味深いです』

「…………すー、すー」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


シャロンが子守歌を歌ったその時、彼女の力の余波が少しだけ周りに流れた。直接声が聞こえずとも、その旋律には聞いた者を多少癒す力があった。例えばメビウスホテルの従業員はここ最近の疲れが吹き飛び、孤児院の子供達や保育士は元気を取り戻し、診療所のシオンは一瞬何かが戻りかけ、聖王教会の病院では瀕死の患者の怪我が致命的なものだけ少し治って治療可能な範囲になったりした。

そして……、

「ユーノ、なのはの容態はどう?」

「ああ、フェイト達か。見ての通り、ずっと眠ったま……ま……!?」

「ちょ、ちょい待ちぃ、この展開は予想外や……!」

2年前から眠っていた“彼女”が目を覚ました……。

 
 

 
後書き
4年前:もう気付いてると思いますが、2年前から世紀末世界と次元世界の間で時間のズレが発生しています。
戦争経済:MGS4における、石油に代わる世界経済の根幹。
ドレビン「軍隊の民営化はPMCを肥大化させ、肥大化したPMCは兵士と民間人の境界を曖昧にしていくだろう」
ケイオス:昔、マキナと約束した。銀の弾丸はマキナからの餞別。
シオン:彼女に麻酔銃を撃つと、「私には効かない、薬物の訓練を積んれるんら」、「2足す2は5……2足す2は5……ぷはぁ!」と言ったりする。
メビウスホテル:ゼノサーガ3より。
ラーン商店街で会ったシスター:カリム・グラシアです。シャロンとは会ったことがないので、マキナと容姿が似ているという設定はこんな形で活かされました。
エクスシア:第6位の天使達の総称。悪魔と一番接する機会が多いため、一番堕天使になりやすい地位だとか。
EYE HAVE YOU:あなたをいつも見守っている、という意味だそうです。
ドレビンの1228番:MGS4に登場する893番とは違うドレビン。
きよひーベル:ネタアイテムですが、シャロンと会話するにはこれを鳴らさないことが重要でもあります。ある意味はやての天敵。


最初はほんの小さな行き違いだった。それが大きな亀裂を産んでしまう。by ビッグママ

 
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