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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第四話 災厄に魅入られし少女の着任

海原凪少将と出会ってから一ヶ月後、凰香達は海原少将が着任している横須賀第四鎮守府に来ていた。

「………おめでとう。今日から君も晴れて私達の仲間だ」
「そりゃどうも」

微笑みながらそう言ってくる海原少将に、凰香はニコリともせずに返した。
あの後凰香は海軍大学に編入され、見事提督になったのだ。地位は海軍少佐で、海原少将の直属の部下である。

「それにしても君には驚かされたよ。まさか編入されて『たった一ヶ月』で提督になってしまうとはな」

海原少将が書類を見ながら関心するように言った。
本来なら凰香は年齢的に海軍大学に編入されることなど不可能なのだが、今現在艦娘を指揮できる提督の人数が少ないため少しでも人が欲しいのと、凰香が『優秀すぎたため』可能となったのだ。
軍や艦娘の知識が無いにもかかわらず時雨、夕立、さらには榛名を建造し改二改装させたこと、海軍大学に編入されてから座学・実習において常に一位をキープするなど、他の訓練生とは一線を画していた。そして異例の若さと速さで海軍大学を卒業し、鎮守府に着任して艦娘を指揮することになった。
着任する鎮守府はもちろん『佐世保第十三鎮守府』である。

「はっきり言って、他の奴らがだらしないのよ。防空姉のものに比べたらあの程度なんて簡単すぎるわ」

凰香はため息を吐いて言った。海軍大学で習ったことはすでに防空棲姫に教えてもらっていた。また、実習も防空棲姫によるしごきに比べれば、圧倒的に簡単すぎた。そのため榛名と夕立はともかく、防空棲姫に叩き込まれた凰香と時雨には簡単すぎてむしろつまらなかったのだ。そのため、あくびを漏らしたりしないように気をつける方が大変だった。

「なるほど。凰香君と時雨君が優秀だったのは、防空棲姫さんが鍛え上げたからか」
「大したことなんてしてないわ」

海原少将の言葉に凰香の背後にいる幽体化している防空棲姫が言った。

「凰香と暮らし始めた頃の私は人間の子供の育て方なんてわからなくてね。そもそも私自身人間がどう暮らしているのかわからなかった。だからまずは人間の生活を知ることから始めたわ。小学校から大学、様々な会社や工場、さらには鎮守府にもお邪魔していろいろ覚えさせてもらったわ。そしてそれを凰香と時雨ちゃんに教えてあげたのよ」
「防空棲姫さんから教えてもらっていた時はすごく大変だったけど、覚えておいて本当に良かったよ」

防空棲姫の後に続いて時雨が笑いながら言った。
すると海原少将が咳払いし、真剣な表情になって凰香達に言った。

「……さて。わかっていると思うが、君達には佐世保第十三鎮守府に着任してもらう。今現在あそこは秘書艦が『提督代理』が指揮しているが、それでも限界がある。そこで君に正規の提督として着任し、鎮守府を立て直してもらうというわけだ。防空棲姫さんにも艦娘に気づかれないように凰香君の手助けをしてほしい。時雨君は護衛及び補佐だ」
「ええ、最初からそのつもりよ」
「いいわよ。それが私の役目だもの」
「わかってるさ」
「ならいい………比叡」
「はい」

凰香と防空棲姫、そして時雨の言葉を聞いた海原少将が秘書艦である比叡に声をかける。すると比叡が手に持っていたA4サイズの封筒を凰香に渡してきた。凰香はそれを受け取ると、封を開けて中身を確認する。
封筒の中に入っていたのは凰香の身分証明書だった。ただし、名前欄に記されているのは凰香の名前ではない。
凰香が書類を見ていると、海原少将が言った。

「世間では黒夢凰香は未だ行方不明になっている。だから今の君は私の姪『海原黒香』として海軍に登録させてもらった」
「その辺は理解している。あなたの姪っていうのが少々どうかと思うけど」
「そうか?なんなら『血の繋がっていない娘』でもいいんだぞ?」
「却下」

海原少将の言葉をばっさり切り捨てる凰香。『血の繋がっていない』とはいえ海原少将の娘になるなど死んでもごめんだ。
すると時雨が言った。

「……それにしても、よくこんな書類を用意できたね。こんな存在しない人間の身分証明書をさ」
「この仕事を続けていると、望まずとも書類を捏造する技術が身についてしまうのさ。まあ、私はそれを悪用したことはないがな」
「そうか」

海原少将の言葉を聞いた時雨が興味無さそうに返事する。
海原少将はそんな時雨に苦笑いを浮かべた後真剣な表情になって、凰香の背後にいる榛名と夕立に言った。

「……本当にいいのか?あそこの艦娘にとって君達二人は裏切り者だ。君達二人はとりあえず『海原黒香によって建造された艦娘』と処理しているが、正体がバレれば酷い目に遭わされる可能性もある。それでも行くのか?」
「はい。榛名はかつて凰香ちゃん達にとりかえしのつかないことをしてしまいました。でも凰香ちゃんは榛名と夕立ちゃんの命を助けてくれました。だから榛名は誓ったのです。『凰香ちゃん達を絶対に護る』と」
「夕立も同じです」

海原少将の問いに榛名と夕立が真剣な表情で答える。二人の意志は変わらず、凰香についてくるようだ。
すると比叡が申し訳なさそうに言った。

「ごめんね。榛名と夕立ちゃんにこんな辛いことを任せてしまって………」
「気にしないでください比叡お姉様。榛名達が自分で決めたことですから。………それにどうしても確かめたいんです。なぜ金剛お姉様がそこまで酷いことをし続けるのかを」
「夕立も同じです。それにあっちにはまだ時雨ちゃんとか仲間がいるんです。皆が辛い目にあっているのに自分だけ良い思いをするなんてできません」

榛名と夕立が真剣な表情でそれぞれ答える。榛名は自分の姉の真意を確かめるために、夕立は苦しんでいる仲間を助けるために凰香達と共に佐世保第十三鎮守府に戻ると決意しているようだ。
それを聞いた海原少将が言った。

「……そこまで言うのなら、私は君達を止めはしない。ただ、これだけは耳に入れておいてほしい」
「一体何かしら?」
「君達を佐世保第十三鎮守府に着任させるわけだが、上層部が何か良からぬことを企んでいるようだ。十分に気をつけてくれ」
「上層部って、君も上層部じゃないのかい?」

海原少将の言葉に時雨が首を傾げる。すると海原少将が苦い顔をして言った。

「確かに私も上層部の一人だが、今回は私よりも上………つまり大将クラスが決めているようだ」
「なるほどね。まあ、気には留めておくわ」
「ああ。私も出来る限り手助けはするつもりだ」
「いや、今はまだやらない方がいいわ。多分今の状況だと変に反感を買うだけだから」

防空棲姫がそう言ってくる。確かに彼女の言う通り、佐世保第十三鎮守府にいる艦娘達は人間を敵視し、着任しようとした提督達を半殺しにして追い返すほど嫌っている。
凰香が追い返されずに済んだとしても海原少将からの手助けがあるとわかれば、余計に反感を買ってしまい、最悪艦娘達を助けることができなくなる可能性もある。
凰香は防空棲姫に続いて言った。

「とりあえずまずは私達だけで頑張ってみる。私達だけでも手の打ちようがなくなったときは頼らせてもらうから」
「……そうか。では当面は手助けはしないが、それでいいな?」
「ええ…………じゃあ、そろそろ時間だから行くわ」
「ああ。健闘を祈る」

海原少将がそう言って立ち上がり、敬礼してくる。凰香達も海原少将に向かって一斉に敬礼を返す。そして背後に振り向き、執務室を出ていく。自分達が着任する場所ーーーー佐世保第十三鎮守府に向かうために。


………
……



横須賀第四鎮守府を出た凰香達は海原少将が用意してくれたホテルで一泊した後、軍専用のバスに乗って佐世保第十三鎮守府に向かっていた。時雨達の艤装や着替えなどの手では持っていけない荷物はすでに海原少将が鎮守府に送ってくれているらしい。
横須賀第四鎮守府からかなりの時間を移動しているため、時雨は凰香の肩にもたれかかり、榛名と夕立はお互いにもたれかかって眠っている。

「………」

時雨の頭を肩に預けながら凰香が窓の外の景色を眺めていると、頭の中に防空棲姫の声が聞こえてきた。

『どうかしたのかしら?』
「(……いや、今後について考えていただけ)」

凰香は頭の中で防空棲姫にそう答える。
今佐世保第十三鎮守府についてわかっていることは、艦娘達は提督を敵視していること、追い払うためなら躊躇せずに武力を持ってくること、そして榛名から聞いた『枷』とも呼べる規則。まあこの規則を決めた二代目提督はすでに更迭されているため、規則は無くなっている可能性が高い。そのため、凰香のやるべきことは艦娘達の心を開くことである。
だが、凰香は一つだけ疑問に思っていることがあった。それは古株の艦娘達のことである。榛名を始めとする二代目提督しか知らない艦娘達の反応はともかく、榛名よりも以前にいる古株の艦娘達は凰香の父親である初代提督のことも知っているため、提督を敵視しにくいはずである。だが着任しようとした提督達を半殺しにしてまで追い払っている。なぜそこまでして提督を敵視しているのかが凰香にはわからなかった。

(何にせよ、私のやるべきことは艦娘達の心を開くことね)

凰香がそう思っていると、バスを運転していた憲兵が言った。

「そろそろ到着しますよ」
「あ、わかりました」

凰香はそう返事すると、凰香にもたれかかって眠っている時雨を起こす。

「時雨、もう着くよ」
「うん………」
「榛名と夕立も起きて」
「はい………」
「ぽい………」

凰香に起こされた三人が眠そうに眼を擦る。するとちょうどバスが停車した。
凰香達はバスを降りると、運転していた憲兵に言った。

「ここまでわざわざ送っていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、これが私の役目ですから。では、お気をつけて」

憲兵がそう言って敬礼してくる。凰香達が敬礼を返すと、バスは茶色い土煙を上げて走り去っていった。
凰香達はバスを見送ると、スマホを取り出して地図アプリを起動させ、現在位置を確認する。
凰香達が今いる場所は鎮守府から数km離れた小高い丘だ。ここから海沿いに山道を下りていくと、鎮守府に一番近い街に出て、さらにその先を進んでいくと佐世保第十三鎮守府にたどり着くようだ。
時間は午後2時。これなら鎮守府に着いて挨拶回りはできそうである。
凰香は榛名と夕立を見た。榛名と夕立は哀愁に満ちた表情となっていた。まあ彼女達からしたら、ここは嫌な場所であり出来ることなら二度と戻りたくなかったに違いない。
だが凰香についてきたからにはそれと向き合わなければならない。まあ彼女達もそれを覚悟の上で凰香についてきたわけだが。
凰香は榛名と夕立に言った。

「榛名、夕立。悪いけど鎮守府まで案内してもらってもいい?」
「わかりました。……ではついてきてください」

凰香がそう言うと、榛名が頷いて歩き出す。凰香達は榛名のあとに続いて山道を下りていった。


………
……



「やっとたどり着いたわね」

幽体化している防空棲姫がそう言う。凰香達は榛名の案内によって、鎮守府の前に立っていた。
鎮守府の建物はかなり年季が入っているらしく、古ぼけた門の隣には潮風によって錆びついた鉄のプレートがあり、かろうじて『佐世保第十三鎮守府』と読むことができる。その門の向こうには旧泊地のように雑木林が広がっている。軍事機密故に人工的に植えられたのかもしれない。だが鎮守府の看板とも呼べる門をここまで蔑ろにしている辺り、どれほど問題なのか想像するのも難しくなかった。
凰香はチラリと榛名と夕立を見る。二人とも脱走した場所に戻ってきたため、緊張した表情になっている。
凰香は時雨達に言った。

「じゃあ、行くわよ」

凰香がそう言うと、四人が頷く。それを見た凰香は古ぼけた門を開け、敷地内に足を踏み入れる。それに続いて時雨、榛名、夕立も敷地内に足を踏み入れ、防空棲姫は古ぼけた門をすり抜けた。敷地内に入った凰香達は雑木林の中を歩いていく。しばらく歩いていくと、少し先に開けた場所が見えてきた。
それを目指して雑木林を抜けると、コンクリートでできた旧泊地の建物とは違う、古ぼけながらも重厚感溢れるレンガ造りの建物や木造の建物などが悠然と佇んでいる鎮守府が広がっていた。
海に近いこともあり、空気には嗅ぎ慣れた磯の香りが混じっている。田舎の鎮守府ということもあり、探索するにはちょうどいい広さの森があり、建物の近くには自然のものである小川が流れている。
横須賀第四鎮守府に比べるとこちらの鎮守府は小さいが、閉塞感のようなものは感じられない。まあ旧泊地に比べれば全然大きいのだが。

「ーーーー」

遠くの方から微かに人の声が聞こえてくる。一人の声と後に続く複数の声から、おそらくここに所属している艦娘達が訓練をしているのだろう。レンガ造りの建物からは絶え間なく金属音が聞こえてくるため、レンガ造りの建物は工廠なのだろう。
一見する限り『ここが本当にブラック鎮守府なのか?』と思わせるほど、粛々とした雰囲気が辺りを包んでいた。まあ凰香はそのことに関しては全く気にしていないのだが。
凰香達は工廠らしき建物の脇を通り、学校のグラウンドに似ている広場を横目に本部らしき木造の建物へと向かっていく。途中遠目に訓練中の小学生や中学生くらいの艦娘達の姿が見えるが、訓練の邪魔をするわけにもいかないので話しかけようとはしない。
すると凰香は榛名が難しい顔をして首を傾げていることに気がついた。
凰香は榛名に聞いた。

「榛名、難しい顔をしてるけどどうかしたの?」
「あ、いえ、大したことじゃないんですけど、少し気になることがあって………」
「気になること?」

時雨が首を傾げる。
時雨の言葉を聞いた榛名が頷いて答えようとしたとき、目的の建物からよくありそうなセーラー服に身を包み、薄紫色の長い髪を花の形をした髪留めでサイドテールにした少女が出てきた。おそらく彼女もまた艦娘なのだろう。

「あっ……」

艦娘と思われる少女は凰香達の姿を見た瞬間、信じられないものを見る目で固まってしまった。
凰香はそのことを少し疑問に思いながら、怖がらせないように話しかけた。

「こんにちは。執務室はこの建物にありますか?」
「ッ?!」

凰香が話しかけた瞬間、艦娘と思われる少女がビクッと身体を震わせて後退りする。怯えているのがまるわかりなのだが、それにしては怯え方が異常だった。
凰香はさらに疑問に思いながらも艦娘と思われる少女に話しかけた。

「……私達、今日からーーーー」
「こ、こっちに来んな!!」
「「「?!」」」

凰香がそう言いながら艦娘と思われる少女に近づこうとしたとき、艦娘と思われる少女の口からそのような言葉が飛び出してくる。
突然の叫びに時雨、榛名、夕立の三人が身体をビクリと震わせる。

「二度と近づくなぁぁぁぁぁぁっ!!」

艦娘と思われる少女が鬼のような形相でそう叫びながら、一目散に何処かへ走り去ってしまった。
凰香が走り去ってしまった艦娘と思われる少女を見ていると、榛名がポツリとつぶやいた。

「……曙ちゃん…どうして……?」
「榛名、あの艦娘を知っているの?」

防空棲姫が榛名に聞く。すると榛名が頷いて言った。

「はい。今走り去っていったのは綾波型駆逐艦の八番艦『曙』です。普段もあまり提督に対してはあまり友好的な態度ではありませんが、それでも提督のことを嫌っているわけではありません」
「それがおそらく前任者の影響で、完全に『人間』に恐怖心を抱いてしまったと」
「おそらく………あと、先ほど榛名が言おうとした『気になる』ことですが」
「ああ、一体何が気になるんだい?」

時雨が思い出したように榛名に聞く。
榛名は少し間を空けてから口を開いて言った。

「……艦娘達の雰囲気が変わっていないんです」
「雰囲気が変わっていない?」
「はい。艦娘達の雰囲気があの男がいた時と全く同じ雰囲気なんです。そうですよね、夕立ちゃん?」
「はい。夕立もさっきからずっとそう感じていました」

榛名の言葉に夕立が頷く。
二人とも前任者がいるときの鎮守府のことをよく知っている。二人がそう言っているのなら間違いないのだろう。
しかしここで一つの疑問が生まれる。それは『なぜ艦娘達の雰囲気が変わっていないのか?』ということだ。ここには前任者はもういない。人間達を敵視することはあっても、少なくとも雰囲気はいい方向へ変わるはずだ。しかし、榛名と夕立曰く「雰囲気が変わっていない」とのこと。つまり、この鎮守府は未だに前任者がいた時の状態が続いているということになる。

「……これはちょっとキナ臭いわね」

榛名と夕立の言葉を聞いた防空棲姫が真剣な表情でつぶやく。
それを聞いた凰香は頷いて言った。

「うん。………でもまずは秘書艦と会ってみないとどうしようもない」

今この鎮守府は前任者の秘書艦だった金剛型高速戦艦の一番艦『金剛』が提督代理として鎮守府を指揮及び運営している。その金剛が何を考えて指揮及び運営をしているのかがわからない限り、凰香達は手を打つことができない。

「とりあえずここにいても仕方がないから、そろそろ行こう」

凰香は時雨達にそう言うと、先ほど艦娘と思われる少女が出てきた建物の中へと入っていった。
建物の中は随分年季が入っているもの掃除が行き届いているようで、旧泊地よりも断然綺麗だった。まあ旧泊地はあの広さで住んでいるのは凰香、防空棲姫、時雨、榛名、夕立の五人のため、掃除が隅々まで行き届かないという理由があるのだが。
そんな凰香達は金剛がいると思われる執務室を探して建物の中を進む。本当なら榛名と夕立に案内してもらえばすぐにたどり着けるのだが、今の榛名と夕立はあくまで『海原黒香によって建造、改装された艦娘』である。そのためすぐに執務室にたどり着いてしまうと不審に思われてしまうため、建物内を軽くうろつきながらさりげなく案内してもらっているのだ。
その途中で艦娘と思われる少女達と出会うが、凰香と目が合った瞬間脱兎の如く逃げられてしまうため、その反応が面倒になった凰香は途中から見つけても一切興味を示さないことにした。
そんなことを繰り返しながら進んでいくと、ようやく『執務室』と書かれた部屋にたどり着いた。
凰香は扉を開けようとして、ドアノブがところどころ凹んでいることに気がついた。ただ握って開けただけならここまで凹むことはない。

(相当恨みがこもっているみたいね)

凰香はそう思いながらドアノブを握り、扉を開けた。

「………うわ」

執務室の中を見た凰香は思わずそうつぶやいてしまう。
凰香の目に飛び込んできたのは、執務室と呼ぶには程遠い荒れに荒れ果てた光景だった。
重要な書類が収まっていたであろう本棚は全て倒され、床一面には書物がぶちまけられていた。砲撃までもがあったのか、黒焦げているものまでもがあった。
提督が常に座っていたであろう机は乱暴に押し倒され、机の上に乗っていた羽ペンやこの付近の海図、コンパス等は本棚に押し潰されたり、誰かに踏まれたりなどで粉々に壊れていた。
窓も全て叩き割られており、カーテンも引き裂かれたものや焼け焦げたものが残されている。
おそらくこの鎮守府に所属する艦娘の仕業だろう。

「……これは酷い有り様だね」

時雨が執務室の光景を見てそうつぶやく。かなり長い間放置されているらしく埃っぽい臭いが充満し、書類やインクは変色している。榛名と夕立はこのことが信じられないのか、呆然としていた。
凰香は執務室の中へと入っていく。それに続いて防空棲姫、時雨、榛名、夕立もあとに続いて執務室の中へと入ってきた。
凰香達は執務室の中を見回す。すると床にぶちまけられた書類の中に写真が貼り付けられたものがあるのを見つけた。

「やれやれ。大事な書類を床に放置するなんて、無くしたりしたらどうする気なのかしら」

凰香はそうつぶやきながらしゃがみ込み、その書類を破らないように注意しながら引き抜いてその書類に目を通し始めた。

「………駆逐艦、電』

どうやらこの書類は艦娘の個人情報みたいなものらしい。
写真にはカチコチに固まった少女が写っており、かなり緊張しているようだ。

「戦果も書いてある……」

凰香がその戦果を見ようとしたときーーーー

「Fire!」

ーーーー突然背後から怒号が聞こえてきた。それと同時に埃の臭いに混じって、微かに火薬の臭いが漂ってくる。
今まさに何者かが凰香達に向かって砲撃しようとしていた。
すると時雨も火薬の臭いを感じ取ったらしく、太ももに付けていた鞘からコンバットナイフを抜き取り、背後に向かって投げつけた。

ーーーードガァァァァン!!ーーーー

時雨が背後に向かってコンバットナイフを投げつけた瞬間爆発が起こる。爆風によって床にぶちまけられた書類が吹き飛び、煙が凰香達に襲いかかってくる。榛名と夕立は爆風と煙から腕で顔を守るが、凰香と防空棲姫、時雨は顔を守らずに背後の方を向いた。

「そこにいるのはわかってマース。出てこなければ執務室ごとふき飛ばしマスヨ?」

扉の方からドスの効いた声が聞こえてくる。どうやら凰香達を侵入者と勘違いして砲撃してきた艦娘のようだ。
凰香は扉の方に向かって言った。

「建物内で砲撃してくるなんて危ないですね」
「Shut up!!駆逐艦の子から怪しい人物達がいるという報告があるネ!!機密保護の為に、これより侵入者を排除しマース!!」

声の主は聞く耳持たないといった感じでそう言ってくる。侵入者を即刻排除しようとする姿勢は褒められるものであるが、相手の言葉に一切聞く耳持たないというのは褒められたものではない。
凰香はため息を吐くと、右腕を思いきり振るった。執務室に充満していた煙は凰香が右腕を思いきり振るったことで巻き起こった風圧によって全て吹き飛ばされる。
執務室に充満していた煙が晴れたことによって、凰香達に向かって砲撃してきた艦娘の正体が判明していた。
凰香達の目の前にいたのは、黒と金の特徴的なカチューシャを付けたお団子ヘアの茶髪のロング、白い巫女服のような服に黒いスカート、背中に四つの砲門が付いた横に長い艤装が装着された艦娘が立っていた。服装から見て、榛名と同じ『金剛型高速戦艦』の艦娘と見ていいだろう。
艦娘は凰香が煙を吹き飛ばしたことに驚いていたが、凰香は気にすることなくその艦娘に向かって歩く。そして凰香は海原少将から渡された書類の入っている封筒を艦娘に渡した。
艦娘は訝しげな表情のまま封筒を受け取り、中に入っている書類に目を通し始めた。

「ッ!ソーでしたカ」

書類に目を通した艦娘が若干和らいだ声で納得したようにつぶやく。どうやら勘違いしていたということがわかってくれたようだ。
すると艦娘が凰香達に砲門を向けたまま、口角だけを上げて言ったのだった。

「Hey、テートク。ワタシ、ここ佐世保第十三鎮守府のテートク代理をしている『金剛』デース。よろしくお願いしマース」 
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