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鋼殻のレギオス 勝手に24巻 +α

作者:
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第四話 INグレンダン(その2)

 
前書き
・覚える必要のない新キャラ(一応公式に設定が存在する、名前は出てなかった筈だから捏造)
 アンドレイ:ニーナ達の父親、現当主、武芸者
 セリーナ、イリア:ニーナの姉たち、一般人、セリーナ婿取り(相手武芸者)イリア嫁ぎ済み(相手一般人)結婚済みも捏造
 ルカ:ニーナの弟、武芸者
 リーザ:セリーナ、イリア、ニーナの母親、一般人、故人
 カリン:ルカの母親、武芸者

・全く覚える必要のない新オリキャラ(100パーセント再登場しません)
 グレイ、キャシー:ニーナの叔父叔母、武芸者
 テリオス、ドリー:ニーナのいとこ、武芸者 

 
「それではニーナ、話を聞きましょうか」
 ロンスマイア家に招待されたニーナ、夕食も済ませたところでクララの質問が始まった。案内された部屋はニーナの目から見てもかなり上等な調度で設えられており、中央に置かれている小さな丸テーブルを挟むようにソファーが二脚置かれている。その片方に座ったクララはワイングラスを傾けている。
「ほらニーナもどうですか、おいしいですよ」
 比較的強い部類に属する酒を気にすることなく流し込むクララにニーナが心配する。
「そんなに飲んで大丈夫なのか? というかお前は飲んでもいいのか?」
「大丈夫ですよ、私は強いですから。それに私も成人しているのを忘れているんですか」
 言われてみれば成人しているのに決まっているのだが、ツェルニで別れた時から外見的変化が殆どない為に勘違いをしていた、とニーナが思っているとそれをクララも表情の変化から読み取ったようだ。
「グレンダンでは強力な活剄の持ち主ほど見た目と実際の年齢が合わないのは常識ですからね、陛下だってあれで実際の所倍位は歳くってますよ。そもそもニーナだって殆んど変化がないように思いますけど?」
 最初は普通の説明だったのが最後には少し荒くなっていた。それもそのはずでニーナも十代後半から外見上の変化はないからだ。
「うっ、まあそうなんだが。……そういえばレイフォンはどうしている?」
「さあ、どこかに行きましたよ」
 言葉に詰まったニーナが話題を変えようとする。かなり露骨だったがクララとしても別に追求しようと思う話題ではないためあっさりと転換に乗る。
「もともとグレンダンには一度帰ってくるだけのつもりだったようで、一緒にいたフェリさんとすぐどこかに出ていきましたよ。それ以降私の所に情報は来ていないのでわかりませんね、リーリンさんに聞けば別かもしれませんけど」
「そうか、それでクララは女王代理の日々を過ごしてきたのか?」
 続いてクララ自身のことについて聞かれるがそれは昼間にも聞かれた事なため些か不思議に思うも愚痴も込める気分で答える。
「ええ、ツェルニから帰った途端にいきなりですよ」



「うーん、やっぱりグレンダンの空気はいいですね。なんというか戦いの気配がします」
 そんなことを言いながら放浪バスから降り立ったクララ、本来六年のツェルニの学生期間を三年で切り上げての帰還である。
「さて、家の方はどうなっているでしょうか」
 放置していた家がどうなっているか、現在のグレンダンがあの戦いを経てどういう風になっているのか、興味津々にまずは家に向かおうとするクララに空中から声がかかる。
『クラリーベル様、お戻りになったのですね』
「えっと、あなたは……?」
 蝶型の念威端子から聞こえる声に誰だったかと思う。デルボネのイメージが強すぎるのが一つ、関わった期間が短すぎるのが一つ、という訳で顔も名前も思い出せないでいる。
『エルスマウ・キュアンティス・フォーアと申します。いきなりですが陛下が王宮に来るようにとおっしゃってます」
「えっと、悪い予感しかしないんですが行かなきゃダメですか?」
 『あの』陛下からの呼び出しで良い予感を持つ事など天剣や三王家などグレンダンの中枢に関わる者の中にはいない。その理由は何か面倒ごとに巻き込まれるのが必須だというこれまでの行動が全てである。
『必ず、とおっしゃってます。逃げた場合はリンテンス様に追わせるそうです』
 リンテンスを動かす事にかなりの本気を感じるし、またこれからの自分の行動を考えればどのみち避けては通れない場所と相手である。とはいえ楽しい気分で降り立ったのが最前の事であるのに、そんな気分ではとてもいられず重い足取りで王宮へ向かう。
 目指す相手はお気に入りの空中庭園で寝そべっているのかと思いきやまともに謁見の間にいた。が、それが一層悪い予感を掻き立てる。
「お帰りークララ。それでクララってさ、玉座狙ってるでしょ?」
 挨拶もそこそこに、どころか自分が口を開く前に相手の方から普通ならば際どいと感じられる質問が飛んでくる。
「ええ、そうですけどそれがどうかしましたか?」
 とはいえ互いに承知の事なので平然とクララも返す。そもそも誰かのように暗殺といった非合法手段ではなく正規の手段で狙っているのだから疚しいところなど無い。
 ただ相手の意図が読み取れないので不審に感じ、不安を覚えるだけだ。
「あんたを『女王代理』に任命するわ」
「はいぃっ?!」
 全く予想できないことに思わず頓狂な声をあげてしまう。
「さっすがクララ、じゃあお願いね。エルスマウ」
『はい、関係各所への通達ですね、承知しました』
 呆気にとられている間に事態が急展開で進んでいく様子に我に返ると大急ぎで止めに入る。
「ちょっと待ってください、何が何だかわからないのに勝手に話を進めないでください。そもそも何でこんな事言い出したんですか?」
 自身に都合のよい答え(実際にはそうではないが)を得て上機嫌なアルシェイラを全力で引き留める。このままでは何が何だか解らないうちに重大な事が決定されようとしている、という事だけが判っている。
「だから、あんたが実際になる前の予行演習だとでも思っておけばいいわ。いきなり全部とは言わないから……、文句ある?」
 形式は疑問形だがもはや決定事項のように語られる『それ』に基本的に不満など無い、……のだがアルシェイラの回答では触れられていない部分がありそれが不満というか不安なのだ。
「だから、なんでいきなりそんなことを、それも私が……何ですか?」
「だってカナリスが死んじゃったから私が全部政務をこなさなきゃいけなくて、ゆっくりする暇もないからよ。それでグレンダンの次の王は多分あんたでしょ」
 グレンダンの王位は三王家の持ち回りのような体制で行われている。即ちアルシェイラの次の王はアルモニス家以外のロンスマイア家・ユートノール家のいずれかから出ることが決まっている。
「ミンスの奴にも聞いてみたんだけどね、断ってきたのよ。昔は王位が欲しくて暗殺なんて企んだくせに成りたくないなんてぬかしやがったのよ。それに摂政じみたこともやりたくないっていうんだからユートノールの線は無くなったでしょ」
 ミンスが断った事に対しいくらか不満げなアルシェイラ、だがクララにしてみれば別段意外な事ではない。過去の教訓からか苦労性とでもいう性格になったあのミンスが今更そんな目標を持っているとは欠片も思っていなかったからだ。もしなったとして普段の政務ならばともかく戦場を仕切るのは天剣授受者になる。別にそれは過去の王達にもあったことであり問題となるようなことではない。のだがフリーダムな天剣授受者に対する割り切りができる性格でない事もクララにはわかっている。
「だからあとはロンスマイア家、あんたの所だけよ。それにあんたが成りたがっている事は前から知っていたし丁度いいじゃない」
 その理屈はクララにも納得のいくものだ。だがそれなら。
「いっそのこと私にさっさと王位を譲ってくれればいいじゃないですか。そうすればいちいち代理だなんだという必要もないし私も陛下に気兼ねすることなくっていいじゃないですか」
 カナリスはアルシェイラの影武者でしかなかった。それはカナリスが三王家出身者ではなかったため王位を継承する資格が無く、またカナリス自身影武者という立場に誇りを持っていた。それに加えアルシェイラ自身が女王であることにしっかりとした意義を持っていた。
 だが今は違う。アルシェイラが、というかグレンダン王家が備えてきた『その時』はもはや終わりを迎えアルシェイラが女王である意義も薄れている。それに加えてクララはれっきとした三王家の人間で王位を継ぐことに法的な支障もなく、天剣授受者として周囲の認識からいっても問題はない。ならばいっそのこと王位を継承させた方が『代理』などという二人の権力者が存在する事で生じるかもしれない問題を最初から無くすことができる。クララはそう考えたのだがアルシェイラの考えは実に『らしい』ものだった。
「いやよ、だってそうするとクララが私の上に立つってことになるでしょ」
「それはそうですね」
 その考えに異存はないので同意する、だがそんな誰が上だとか下だとかいう事にこだわる性格ではないと思っていたアルシェイラがそんなことを言い出す理由がわからない。
「私は政務とかをしたくないの! クララが上に立ったら私も命令されちゃうじゃない、あくまで私が一番で何もしなくていいって位置が大切なのよ」
 思いっきりぶっちゃけられた本音に唖然とすると同時に納得してしまう自分がいることにクララは気付いていた。とすると反論の言葉も出てこないのだ。
「はあ……、わかりましたよ。ただし私の権限内の事には口出ししたりはしないでくださいよ」
 一応の釘を刺すとあっけらかんとした答えが返ってきた。
「大丈夫よ、私に残るのはクララが私に基本的な政務を割り振れないって事と戦場ぐらいだから。自由にやってくれていいわ」
「それって全部じゃないですか、完全に丸投げですよね!」
 ある程度とかそんなレベルを遥かに通り越した範囲に突っ込むまいと思っていたがあまりの事に口を突いて出てくるのを止めることは出来なかった。
 だがそんなことを気にするような相手ではない。
「それはそうよ、最初から私が楽をするためだって言ってるじゃない」
 胸を張って宣言するアルシェイラには当然ながら後ろめたさなど一切なかった。



「そんなわけで女王代理になったんですよ。ロンスマイア家は私がいないのをいいことに親戚が勝手に扱って継いだ心算だったのでグレンダン流に解決しましたよ」
 あの程度の実力で当主になっても何の意味もないと思うんですけどね、そんなに当主って肩書が欲しいんでしょうか? などとクララがぼやくがニーナが気になったのは別の部分だ。
「なあクララ、グレンダン流というのはどういうことなんだ?」
 なんとなく想像はつくが一応は聞いてみる。
「そりゃ勿論、反対する相手を全員叩きのめしたんですよ。武芸者の家ならそれほど不思議ではないでしょう?」
 予想通りといえばあまりにも予想通り過ぎる答えにニーナも若干引き気味である。



 王宮を出たクラリーベルが向かったのは己が家であるロンスマイア家、その門衛として立つリヴァネス武門の男の横を殺剄をしたまま通り過ぎる。祖父がいれば手紙の一つも出していただろうが、亡くなった今そんな気もないので帰ることを誰にも知らせていない。
 といってもエルスマウから知らせが行っているにも関わらず気付かない事に呆れる。もっとも華美な制服を着た彼らは三王家の一員とはいえ端の端なので期待していないが。
 端の端とは血筋ではなく実力的なものだ。三王家の当主といった者には血の濃さもある程度は考慮される。だがそこを一歩外れれば実力主義のグレンダンのこと、力があればのし上がれる世界なのだ。そこでこのような閑職に就いているだけで実力の程が分かろうというものだ。
 主だった親戚連中に集まるよう伝えておいて貰った筈だが、自身が帰ることを知らせるようには言っていないので伝わっているだろうかと考える。普通に考えれば伝わっているだろうが、あの陛下が『わざわざ』伝えないようにしたかもしれない、とも思う。なんとなく考えはしたが結局のところ『どうでもいい』というのが答えとなる。
 殺剄を保持したまま自分の部屋に荷物を放り込み目的の部屋へと向かう。邸内で慌ただしく動き回っている者もいるが、クララが突然帰宅するからといって動じない者はある程度区別できる。落ち着いているのはこの家に雇われている者達で、この程度で一々慌てるような使用人は三流でありこの屋敷に雇われたりしない。突き詰めればVIPが急に来た程度でその最たる女王がフリーダムなのだから。慌ただしいのは集められた親族たちだ。それも武芸者である程度の実力を持つ者ばかりだ。そこそこだが世間的には一流と称される者達である、がやはり天剣授受者との間には隔絶した差がある。
 そんな者達を横目に見流す間に目的の部屋の前にたどり着く。伝統的にロンスマイア家当主の部屋、祖父のティグリス亡き後クララ自身が使う筈だったがツェルニに出奔したため使用していない部屋だ。その部屋の扉を躊躇無く押し開く。
「なっ、クラリーベルか!」
「そうですよ、この部屋は今日から私が使うから出て行ってください」
 ドアを開けると同時に殺剄を解除する。突然の登場に驚くその部屋のデスクを使用していた男、確か叔父のうちの一人だったと記憶している、に向けて要求のみを突きつける。
「馬鹿なこと言うなっ?!」
「はいはい、寝言を聞く気はないのでさっさとどきましょうね」
 いきなりの事に理解が追い付かない男に一瞬で近づくと首の後ろを掴み、そのまま吊るし上げる。自分がこの部屋に近づいている事にも気づかなかったのだから大した武芸者ではないと判っていたが、全く反応できていない者がこの椅子に座っていたことに呆れるしかない。
 吊るし上げたまま窓に叩きつけガラスをぶち破り庭へ向け放り投げる。窓を破った音に様子を窺っていた者達が顔を見せる。クララは庭に降り立ちそういった者達を視線は下から精神的には上から睥睨する。
「今日から私が当主になります。貴方達みたいな能無しに任せておいたら家がどうなるか分かったものじゃありませんから」
 歯に衣着せぬ直截な物言いに周囲から怒気が噴出する。今の体制で主流となった者やまがりなりにも今の状況を支えていた者だけでなく勝手に出奔した事に反感を持つ者など理由はそれぞれあれど、いきなりのクララの行動に憤っていることは共通している。
「いきなり何を言っている、勝手に出て行ったお前が。それなのにお前が家の事を語るのか!」
「私だってそんな心算は無かったんですけど、あまりに情けないですから。別に先々どうなろうと知りませんけどね、私がいるのに没落したら私が無能だって事になるのは許せません。大体文句があるんならかかってくればいいんですよ」
「何を言っている?」
「所詮私たちは武芸者、ロンスマイア家は武芸者の家柄ですよ。弱い武芸者に価値はないしそんな者が当主だなんてお笑いですよ。だったら簡単に白黒つければいいんです、まとめて来てもいいんですよ」
 ある種の極論をぶちあげるクララ、だがそれはグレンダンの真理でもある。無論それで言われた側の反感が減ぜられるかというとそんな筈がない。一斉に錬金鋼を取り出し復元し、その復元光であたりが一瞬真白に輝く。
「これだけの人数に勝てると思っているの?」
 叔母のうちの誰かの科白を鼻で嗤う。
「そんな事をいうところが自分で二流の証明をしているようなものですよ」
 その一言に敵意が限界を超えて膨れ上がる。未だ殺意にまでは昇華していなかった『ソレ』が其処彼処で突破したのが感じ取れる。
「ぬかせっ!」
 誰かの怒声をきっかけとしてクララに向けて全員が襲いかかる。



「まあそんなわけで文句があるのを残らず叩き潰したんですよ」
 聞けば聞くほどあまりにも予想通りの展開過ぎて物も言えないニーナ。とはいえ以前から聞いていたグレンダンの一般的な思考から云えばむしろ普通に思えるのも確かだ。
「それでそれからは当主の仕事や女王の政務の合間に汚染獣との戦いや陛下の思いつきで行われた天剣での模擬戦といったことをこなさないといけなかったのでとても大変だったんです。官僚機構が発達しているとはいえ私が処理する量は膨大な物でしたし。事前演習だっていう事で委託は禁止されてましたから。三年も離れていると思った以上に変化が激しくって、現状を把握するのにも手間取りましたから。とまあ私の方はそんな感じだったんですが、ニーナの方はどうです? そっちはどんな感じだったんですか」
 激動の時間をそう締めくくるとニーナに話を促す。
「私の方も話す事はシュナイバルに帰ってからだな、それまでは何もないバスの旅だったから」



 開いたバスの扉からニーナが降り立つのは仙鶯都市シュナイバル、電子精霊の生まれ故郷にしてニーナの故郷である都市。同じ都市出身のハーレイも当然同じバスから降りる。
「それじゃニーナ、僕も家に戻るから」
「ああ、親父さんによろしくと伝えておいてくれ」
 あっさりと踵を返し自宅へと向かうハーレイ、同じ都市内でありまた元々家同士の親交があるため別れといっても感傷等発生しようはずがない。
 ニーナも自宅へ戻るべく足を向ける。アントーク家はシュナイバルが誕生した時から居たと云われている一族であり、有能な武芸者を多数輩出してきたシュナイバルでも有数の名門である。そのため家も中心部に近く邸宅と呼んで差支えがないほど立派なものだ。
 そんな懐かしい我が家が見えてきた事にニーナの心も浮き立つものを感じていた。半ば……というか殆ど家出状態でツェルニへ向かったため誰にもきちんとした出立の挨拶をしていないことも理由のひとつかもしれなかった。

 ニーナのいきなりの帰宅に騒ぎになる邸内を通り父の書斎へと向かう。手紙は出していたが放浪バスのルート次第でどうなるのかわからないがこの様子では未だ届いていないのだろう。
「父上、ただいま戻りました。勝手をして申し訳……」
「よくぞ帰ったニーナ。そのことはいい、お前にとって良い糧となったようだからな」
 入室し勝手をしたことを謝ろうとするニーナ、だがそれを遮るアンドレイ。一目でニーナの成長を見て取った彼は結果として良かったとも思う。
「ありがとうございます。父上、お渡ししなければならないものがあります」
 そう言って取り出したのは二本の錬金鋼、大祖父ジルドレイドが使っていたものだ。レヴァンティンとの戦いで亡くなった大祖父の形見として、大切に保管していた天剣と同じ特別製の錬金鋼だ。
 都市外で亡くなった場合遺体そのものを持ち帰ることは極めて難しい為、大抵は遺髪となるが大祖父の場合電子精霊の加護が切れた途端肉体が消失してしまったため錬金鋼以外に遺品となるものが無かった。
「よく持ち帰ってくれた、大祖父様をシュナイバルに還してくれたことは礼を言わねばならんな」
 そう言って受け取った錬金鋼を大事に仕舞う。
「大体の所は聞いているが、お前はどうするつもりなのだ?」
 父親に問われニーナはあの時グレンダンでの決意を語る。自分が鍵となりこの世界の存続を目指す、と。それを聞いて考え込むアンドレイ、だが次に口を開く前に部屋の外からアクションがあった。
「入れ」
 ノックに対し父親が出した入室許可を得て入ってきたのは二人の女性だった。
「姉上、ただいま戻りました」
 前に立つ女性、長女のセリーナが穏やかに微笑みながらニーナの前に立つ。
「ニーナ」
 穏やかに微笑んだまま右手を振り上げ、平手打ちがニーナの頬に甲高い音を立てて炸裂する。
「勝手に家を飛び出したりして、どれだけ心配かけたと思ってるの」
「心配をお掛けしたことは申し訳なく思っています。ですが私自身で決めたことです。どうしても世界を見てみたかったのです」
 謝りはしても自身の行動は曲げないニーナに思わずセリーナも苦笑いを浮かべる。
「全くこんな頑固になって……、誰に似たのかしら?」
「誰の事を言っているのよ。大体姉さんだって十分にそうじゃない「何か言った?」……ううん、何でもナイデス」
 セリーナの後ろでもう一人の姉、イリアが小さな声で呟くが聞こえていたのか笑顔で振り向くセリーナに勢いよく首を横に振る。これにはニーナだけでなくアンドレイも思わず苦笑を浮かべる。
 仕切り直しとばかりにニーナに向き直ると抱き締める。
「お帰りなさいニーナ、もうどこにもいかないのでしょう?」
「申し訳ありません姉上、ですが私にはやらねばならぬことがあるのです」
申し訳なさそうに、しかしはっきりと自分の意思を伝えるニーナにセリーナの顔が曇るがニーナには見えていない。
「どうしても……なのね?」
「はい……」
 残念そうな姉にニーナの声も申し訳なさでさらに沈む。
「いいのよ……、ごめんね」
 姉の声の変化に顔を上げたニーナの目の端に何かが映り込む。
「なっ!!!」
 反射的に姉を突き飛ばしたニーナの眼前を鈍い鋼色が通り過ぎる。無論ニーナが全力で突飛ばせばセリーナも無事では済まないので十分に気を付けているが。
「姉上何を! 父上も止めてください」
 いきなりの凶行に父親の方を向いたニーナは目を疑った。そこにいたのは双鉄鞭を構えるアンドレイの姿だった。
「ニーナ、済まない」
 その声に見るとイリアもまたその手に凶器を握っている。
「いったいどうなっているんだ?!」
 混乱するニーナを置いて二人の姉が向かってくる。下手に手を出すと姉たちに怪我を負わせてしまう。二人だけなら一般人と武芸者の差は歴然のため無力化することは容易い。だがそこに自らの父親が加わるとなると格段に難しくなる。そもそも武芸者同士が衝突する余波だけでも十分に危険だ。
 であればこの部屋の中にいるのは取れる選択肢があまりに少ない。一度三人と距離を開け状況を把握しなければならない。とはいえ廊下に出ても狭い事に変わりはない。故に窓をぶち破り庭へ飛び出す。アントーク邸は敷地が広く、庭で武芸の修練を余裕でできる。そこから今自分が飛び出してきた窓を見上げると室内で爆発が起きたように壁が吹き飛び空いた穴から人影が突進してくる。咄嗟に錬金鋼を復元し迎え撃つ。
「お久しぶりです、姉様」
「ルカ、お前までなぜこんなことを」
 噛み合った錬金鋼の向こうには金髪の少年、六年の間に見違えるほどに成長した弟の姿があった。
「姉様、僕たちのために……死んでください」
「なっ?!」
 告げられた言葉に呆然とした一瞬の隙を突いて鉄鞭がニーナを襲う。咄嗟に金剛剄を張るが剄の奔りが十分でなく、自身へのダメージは防げたが衝撃を完全に防ぐことは出来ず吹き飛ばされる。追撃に備え空中で姿勢を立て直し着地する。
「何を言っているんだ、ルカ。冗談だろう?」
 あまりの事に咄嗟に理解できないニーナに弟・ルカは淡々と告げる。
「冗談などではありません」
「私達の為に死んでちょうだい」
 ニーナの左側面にある木の陰からセリーナが姿を現す。
「この世界を壊すために」
 右側面の小山の陰からイリアが。
「お前が生きていては我らが困るのだ」
 後ろからはアンドレイと義母カリンが。
「故にわれらはここへ集った」
「グレイ叔父上、キャシー叔母上!」
 池の畔に、屋敷のベランダや屋上などからニーナを包囲する様に現れる。
「わかったら抵抗するなよ、ニーナ」
「テリオス、ドリーまで」
 幼少の頃、同時に修行を受けていたいとこ達。皆がその手に錬金鋼を持ち、ニーナに対する攻撃の意思を隠そうとしない。
 まず動いたのは年齢の低い者達、かつて共に切磋琢磨していた者達が襲い掛かる。未だ研鑽半ばにして一撃は重厚には遠いが、それを各々が自覚し速度に重点を置き多数の連携でもって反撃を受けないようにしている。
 次に動くのは壮年の者達、ニーナ達の親の世代でかつて指導を受けた者も多くいる。その一撃は重く、若者と比べ未熟の域を疾うに脱し練達の動きで隙を作り出さない。
 そして老年の者達、速度、重さ共に他の世代の者たちに劣るがそれを補えるだけの経験と老練の技を持って襲い来る。
 これら大きく分けて三つに分類される者達が互いに連携してくる。もとよりアントーク家は武芸者の名門であり、一流に名を連ねる者も多い。ただ一人に対するにはあまりに過剰な戦力といっていい、通常であれば。
 それに対するニーナは防戦一方となっていた。剄の奔りは鈍く動きも悪い、本来のそれとはかけ離れたものだ。理由は明らかでニーナ自身に交戦の意思がないからだ。
「何故ですか父上、まさか狼面衆に……」
「言っておくがニーナ、我らは操られているのでも何者かに脅されているわけでもない。己自身の意思によってのみここでお前と戦っているのだ」
 もしかして、と思った理由も否定され途方に暮れるニーナ。そこに己の内より響く声がある。
『何をしている主よ、なぜ戦わぬ?』
 雄々しき雄山羊の姿をした廃貴族、メルニスクだ。
『出来るものか、なぜ父上たちと戦わねばならないんだ。なぜ世界の終わりを望むんだ?』
『知らぬ。だが主よ、主の死はこの世界の終わりと同義となろう。それでも尚戦いたくないというのであれば逃げればよい。今なら世界とならぬことも可能だ、そののち世界がどうなるか我にはわからぬが』
 メルニスクが現実を突きつける。だが決して『世界を守れ』と強制はしない。かつて自律都市の電子精霊として都市民を護る存在であったが、己の都市を失いニーナを主と定めて後ニーナに従っている。たとえニーナがここで道を違えようとも、あるいは世界を壊すとしても従うだろう。無論ニーナが世界を壊すなど考えるようならば最初から主に選んだりしないが。
『そんなことできる訳がないだろう、私には無理だ』
『ならば戦うしかない。如何なる道を歩むにせよ選択できるのは勝者のみ。真意を質すとしても今は退けねばならぬ』
 メルニスクの言にようやくニーナも決意する。いや、せざるをえない。答えを得る為に今は戦う、と。
「メルニスク!」
『承知した、主よ!』
 メルニスクの名を呼ぶと同時に剄量が跳ね上がり黄金の光が滲み出す。双鉄鞭をしっかり握りなおすと殺到する『敵』をしっかりと見据え、一回転しながら振り下ろす。
 沸き起こる風圧にニーナに届くことなく動きが止まる。そしてそれはニーナにとっては好機以外の何物でもない。
 活剄衝剄混合変化、雷迅。
 一筋の雷光となって戦場を駆け抜ける。進路上にいるものを跳ね飛ばし、撃ち倒す。防御一辺倒だったニーナの動きが突然変わったことに対応できなかった者に鉄鞭を叩き込み即座に別の者に牙をむく。雷迅を放った直後、体勢を立て直したものがニーナに己の錬金鋼で打ちかかるが金剛剄により弾かれる。先ほどまでとは剄の奔りが段違いであり打撃を加えた側が弾かれた勢いで体勢を崩しその隙に打ち倒される。



 メルニスクを解放したニーナの前に次々と打ち倒される。メルニスク、廃貴族による剄量の増加は戦局を一変させる。
 廃貴族の力は無限などではなく有限のものである。個人の戦闘力を生み出すのは技量としての『技』、その戦いへと臨む『心』、そして発揮できる剄量の『力』。その中心となる『心』がぶれれば『技』に鋭さは生まれず『力』を生み出す剄脈を満足に働かせることは出来ない。『力』がなければ剄技を使うことは出来ず、『技』がなければどれ程『力』があってもそんな制御されないものは意味をなさない。
 だが時として圧倒的な暴力は全てを圧する。普通の武芸者からすれば無限といっていいだけの『力』が廃貴族にはあるのだ。
 それ故に本来ならば一方的な展開となっても可笑しくはないにも関わらずそうなっていない、その理由は偏にニーナにあった。
 実力はニーナの方が確実に上であるが、心を定めていない状態では十全に発揮できるはずもない。
 それは戦いへの疑問。決意し、メルニスクを喚んだ時も疑問を先送りにしたに過ぎない。彼らが語った世界を破壊したいという理由には納得していなかった。そこにはそうであって欲しいという願望が含まれていないと言えば嘘になる。だがそれにしては殺意が無い、正確には殺意に鋭さが感じられないのだ。暗殺を生業とするならば殺意の欠片もなく殺せる者もいるがそんな者がそうそういるはずがない。
 それ故打ち倒しても打ち倒しても立ち上がり何度でも向かってくる理由が解らない。狼面衆は『死なない』集団であり、それ故の特攻はあれど理由のあるものだった。しかし今それを感じられない事がニーナの動きを鈍らせ、体より心を消耗させていた。
 それはニーナが支配していた場が流れを徐々に変えていく。最後に立っているのはニーナであることは間違いない。だがそこまでにどれだけ時間がかかるか、という事だ。
『主よ、心を定めよ。我は主の剣、なれど主に意志無くば我が力も霞と同じぞ』
 いや、終わらせることは簡単なのだ。心に芯を立てれば、力を発揮できれば一瞬のうちである。 
『分かっている。分かっている……んだ』
 対するニーナの声に力はない。その自覚はある。
 通常ならば起き上がってこないほどに鉄鞭を打ち付けている自覚はある。だがそれをモノともしていないかのように再び向かってくる者達。決してその身に受けたダメージが軽いものではない事は明らかで、誰が見ても一目瞭然だ。
 にも関わらず誰一人として倒れ伏したままでいることなく立ち上がり、錬金鋼を構え、ニーナへ向ける。その繰り返しはニーナの剄に翳りが増し、再び守勢を強いられることになる。
『ならば我が主よ、心に鋼を抱け! もはや意志は絶えたか?』
 自身を解放したにもかかわらず未だ揺れるニーナにメルニスクが吼える。
『そんなつもりはない。だが、なぜ戦わないといけないんだ?!』
 悲痛なニーナの思いに返るのは非情の論理。
『理由など無い!』
『なっ!!』
 メルニスクの断じる調子に思わず唖然としてしまう。
真実(まこと)世界の守護者たらんとするならば迷うことは出来ぬ、躊躇うことなど出来ぬ。誰であろうと、たとえ相手が親・兄弟・恋人であろうとも道を遮るならば倒さねばならぬ。それが主が選びし道故に』
 その言葉にニーナに衝撃が走る。それはメルニスクの言葉そのものだけでなく、今まで考え付かなかった可能性に思い至ったからだ。だがそれを誰に問うたところで答えは返らないことも理解している。
 故にいま行うべきはただ一つ、己の決意を示し、道を開くことだ。
『済まない、頼む』
『承知』
 揺らいでいた黄金の剄が確固たる流れを作り出す。先程までの緩んだ剄とは一線を画し、剄の波動が相手を威圧し空間を制圧せんとばかりに放たれる。



 途中から二人の姉を連れて離れた弟を除いた全員が地に伏せるまでそれ程の時間はかからなかった。皆が懸命にもがくが地面を掻くに留まり、立ち上がれる者はいない。
 それを見るニーナに先程のような苦悩の色は無い。手加減なく思い切り打ちのめしたという実感があるからだ。そして地面に倒れ伏した父、アンドレイの元に歩み寄る。
「父上、まだ続けねばなりませんか?」
「何の事だ?」
「私の覚悟、が知りたかったのではありませんか。如何なる者が敵に回ろうとも道を貫けるか、と」
 それがメルニスクに気付かされた事だ。もし彼らが本当に世界を壊そうと、自分を殺すつもりならもっと他にやりようがあった。戦意はあれど殺意は無い、という事はそれが理由だろう。
「そうだ、世界の守護者たる道を選ぶならば情に負けることは許されぬ。その業を背負う覚悟が無いのなら今果てるも同じ、もし偽りの覚悟しか持たぬのであればそれを摘むのは事も我らの責だろう」
 父から明かされたのは予想と殆ど変わらない事だった。
「改めて問うておくぞ。お前にそれだけの覚悟はあるか?」
 黙り込むニーナ、それを皆が注視している。それはアントーク家の、世界の先行きに対する重大な答えとなるからだ。
「私には……わかりません。ある、と言いたいのですが……」
 ニーナ自身誰が相手であれ貫けると思っていた。多大な恩のある先輩のディック相手を相手に貫いたという実績がある。
 だが今回は貫けなかった。
 それはディックの時は相手の理由もはっきりしており、それ以外に選択肢は無かった。しかし今回は理由も確定できずにいたため決断出来なかった。
 さらに言えば試しだと確信した為に力を発揮できた。だが本当に殺すつもりで戦ってきていたら、命のやり取りを自分は出来ただろうか。答えは出ない。
「なれば私達もこの戦いを続ける……と言いたいところだがこれ以上は無意味だ」
 ニーナが戦いを挑んだ理由を読み取ってしまった以上続けることに意味が無くなってしまった。
 ニーナが悟らなければ意思が固まるまで、どのような結果になろうとも続ける心算だったが。周囲に倒れている者も一様にホッとした表情を見せる。彼らもまた理解と納得はしていても気分よくやっていたのではない。
「しかしよく我らの真意を見抜いたな、かつてのお前はもっと硬かったが。ツェルニで良い影響を受けたのだろう」
 父親の勝算は嬉しいが素直には喜べない。決して自分で気付けたわけだはないのだから。
「いえ、私の力ではありません。共に歩む戦友(とも)が気付かせてくれました」
「そうか、よき仲間を持ったのだな」
「はい、私も誇りに思っています」
 満面の笑みで答えるニーナに周囲からも笑顔が零れる。
 その間にも倒れ伏した者達に治療が行われ、順次運ばれていく。
 本来なら当主であるアンドレイが最初に治療されるところだが、ニーナとの話を妨げないよう後になっている。
「それでニーナ、お前はこれからどうするつもりだ?」
「まずは修行の続きをしたいと思っています」
「修行?」
「はい、私はもともと途中でツェルニへ旅立った身です。基礎は続けていましたが、それ以上は我流に過ぎません。ですから我が家での修行を終えておきたいのです」
 その理由になるほどとアンドレイも思考する。武門の当主として自己の流派がどれ程珍しいかはよくわかっている。
 無論我流が悪いのではない。つまるところアントーク家の鉄鞭術を学ぶという事は『模倣』である。対して我流とは『独創』といえる。
 単なる非常識・無分別を独創的というのは問題外である、が模倣から独創を生み出すのはある程度以上のレベルにあれば当然である。例えるならルッケンスの『絶理』がこの『独創』に当たる。
 だがニーナはアントーク家の『模倣』を終えていない。そこで基礎をもう一度固めようというのは十分に理解できる話だ。
「わかった、ではそのようにしよう」
 そして、六年ぶりにシュナイバルでの鍛錬の日々が始まった。



 ニーナがシュナイバルに戻って幾らかの時が過ぎ、実家での修行も終わりが近づいていた。そんなある日父親のアンドレイに呼び出された。
「お呼びですか、父上」
 入ってきたニーナに向かいのソファーを示し、座ったところで用件を切り出す。
「アントーク家を継ぐ気はないか?」
「えっ!?何故ですか」」
 予想外の言葉に驚く。元々家は弟が継ぐと予想していたためだ。
 アントーク家は武芸者の家柄の為、基本的に武芸者である者が継ぐのが不文律となっている。
 姉二人は一般人であるが武芸者で年長のニーナが継ぐと単純には思うかもしれない。
 しかしニーナの母が一般人なのに対し弟の母は武芸者であるため武芸者の血は弟の方が濃く、弟が家を継ぐと周囲も考えていた。とはいえニーナ自身義母や弟を嫌っているなどという事はなく、弟が継ぐとしても異論を唱えたりする心算は欠片もなかった。しかしそのことで父や母が自分に対し一種の引け目を持っていることも解っていた。
「ルカが継ぐと思っているのは私も分かっている。だが今となればお前が継いでも誰も文句を言いはすまい。大祖父様同じくシュナイバルの守護神となるお前であれば、異議のありようもないだろう」
 一門の当主となる、それは『家』というものが大きな意味を持つ社会においてとても大きな意味を持つ。同じ能力の武芸者がいるとして片方が武門の当主であれば、もう一方との待遇の差は歴然となる、そういった恩恵は計り知れない。
「いえ、私には無理です」
 だがニーナはそれを固辞した。
「世界を見て回りたいと思っています。それに私は先代のように人の身から外れるかもしれません。更に言うならばルカが継ぐと、私のみならず皆が既定としている所へ割り込んでは悪しき前例となりましょう」
 断りの言葉を連ねるニーナにアンドレイはしばし逡巡すると意を決したように新たな言葉を紡ぐ。
「確かにお前の言うとおりだ。だがあえてアントーク家当主として言うならば是非にも継いで貰いたいのが本音だ」
「どういう事ですか? 父上」
 家のためにも継がない方がいいといった自分のいう事に理解を示したにも関わらず、家の為に継いで欲しいというアンドレイの言葉が理解できないニーナ。
「大祖父様はシュナイバルの守護神だった。お前は云わばこの世界の守護神となるのであろう。大祖父様が何時から居られたのか知る者はいない、全くと言っていいほど表には出て来られない方だったがそれでもあの方によってアントーク家はシュナイバルにおける立場をより強固にしていたことは間違いない」
 当然だが大祖父の威光におんぶにだっこだったわけではない。大祖父を抜いてもそれだけの待遇を受ける武門として、誰からも後ろ指を指されないだけの実績を誇ってきたという自負と誇りがアントーク家にはある。
 だが大祖父の存在がより強い影響力を持つ武門としていたこともまた、疑いようのない事実である。
 語られたのは個人の感情を置き去りにした『家』の為の論理。
 まして世界の守護者となるニーナの影響力はシュナイバル一都市に留まらず世界に及ぶ。その価値をアントーク家が故意に利用しようとしなくても利益は計り知れない。
 無論当主とならずともニーナと家との繋がりが断たれるわけではない。しかし当主となればその周囲から見た関係性は段違いとなる。例え世界を回るとしても価値が減ずることはないのだ、と。
 だがニーナはその裏にも気づいていた。ニーナとアントーク家を繋げる事によるメリットだけでないデメリット。世界に対し不満を持つ者、世界を壊そうとする者の害意がアントーク家に向かう事も容易に予想できる。
 もう一つはニーナに『家』を作ること。常にシュナイバルにいたジルドレイドはともかく、離れるかもしれないニーナ。時が経ち人は変わろうと、『家』という確固たる存在が変わることは無い。一種の帰属意識だ。
 当主としての言葉の裏に隠された親としての想い。そんな想いを感じ感謝の念を禁じ得ないがそれでも懸念することがあった。
「私はシュナイバルを離れるだけでなく敵となるかもしれません。何一つとして家に益をもたらさないかもしれない。それでもいいのですか?」
 それは思いがけず不利益をもたらしてしまう、のではなく意図して敵に回ることを想定した言葉。事実ツェルニのため世界の敵となることも辞さなかったニーナである。
「判らない未来の事を心配しても仕方ない。お前は気にせず思いのままにすればよい」
 それは自分の為に利用すればよいという言葉に他ならない。あくまでニーナのことを一番に考えての事なのだ。そうとなればニーナには頭を下げる選択肢しかない。
「父上、ありがとうございます。ですが旅立つ時には退きたいのですが」
「それは考える必要はない。あの方も何時も当主だったのだ。それと出るときにはこれも持っていくがいい」
 現当主はアンドレイだが、表に出ない大祖父もまた当主であった。ニーナも同じく当主であり続けるのだ、と。
 そう言って精緻な彫刻が施された小さな箱を大切に持ってくる。促されその蓋を開けると二個の錬金鋼があった。
「これは……大祖父様の錬金鋼ではありませんか」
「そうだ、これも持っていくといい」
 大祖父が使用し、ニーナが遺品として持ち帰った錬金鋼。天剣と同じく剄の許容量が半端ではなくあらゆる種類の錬金鋼の長所を兼ね備えるという逸品。
「ですがこれは大祖父様の形見では。それに私はもう持っています」
 だがニーナにとっては敬愛する大祖父の形見という思いが強い。更に言うなら既に同じような物を三個持っている。
 気持ちの上でも必要という意味でも持っていく理由がない。
「そうだ、あの方の錬金鋼だ。だが、このまま死蔵されるよりはお前が使う方があの方も喜ぶだろう。お前以外に使い手もいないからな」
 確かに必要とする者がそう簡単に現れる筈がない。それでもなお逡巡するニーナの後押しをする言葉が掛けられる。
「身の丈に合わぬものがあれば必ず争いとなる」
 普通の錬金鋼なら誰の形見であれ遺品とされて終わりだ。だがこれは特別な錬金鋼だ。
 今は絶対的存在である大祖父も故人となった以上薄れる時が来る。その時、争いの種となる可能性が高い。
「わかりました。それでは預からせてもらいます」
「ああ、お前の自由にすればよい。誰か必要とする者に渡すも使い潰すのも自由だ。それがその錬金鋼の運命(さだめ)だろう」



「それである程度当主をやって、それから旅に出たという訳だ。途中の都市は特に変わった事もなく渡ってきたから土産話も無いな。バスの都合でグレンダンに着いたのは昨日で一日休んでから来た」
 そうして話を締めくくったニーナ、それを見るクララの眼つきに剣呑なものはなかったのでニーナは若干の安堵を覚える。
「なるほど、よくわかりました。いつまでグレンダンに滞在する心算かは知りませんが、その間は家に居ればいいですよ。それと明日はグレンダンを案内します、楽しみにしてくださいよ」
「そうだな、私もリーリン達に会っておきたいしな」 
 

 
後書き
 ジルドレイドは『大祖父』と呼ばれていて文字的な意味だと『祖父母の父親』ですがそれだと若すぎるのであくまでも称号の様なものだとして扱います。記録も無いぐらい昔からいる設定です。
 ニーナとルカは13歳差あるそうですが無視します。それだとツェルニに来た時に僅か2歳。いくら母親も武芸者だからって天剣的才能を発揮しているのでなければ皆して次期当主扱いするのなんて可笑しい。よって本作では6歳違いに設定。ニーナの母親はニーナ7歳の時に死亡したようだがこれも3歳の時に変更します。ちなみに現時点での実力は6年前(ツェルニ一年生)のニーナと同等。
 戦闘シーンがヘボいです。自分で書いていてコレジャナイ感を覚えてなりません。が精一杯です。
 メルニスクは戦友のつもりなのに保護者感が強い。とはいえこれからは戦友の方が多くなるはず(たぶん)。

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