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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十八話 これが両雄の初対決になるでしょうか。(その2)

一方――。

第十三艦隊はワーレン艦隊、そしてミッターマイヤー艦隊を正面に相手取って戦っている。二個艦隊を相手取るのは至難の業と言っていいが、ファーレンハイト、シュタインメッツ両提督を両翼として第十三艦隊は鉄壁の陣形を敷いてこれにあたった。
「主砲斉射!」
「敵の先頭集団Bに砲火を叩きこめ!」
「ミサイル艦隊、α025地点に砲火を集中!」
「D集団、隊列が乱れている!後退して整理しなさい!F集団、代わって前面に進出せよ!!」
ウィトゲンシュティン中将が全身から声を発し、矢継ぎ早に指示を下す。その姿は戦乙女ワルキューレを彷彿とさせていた。
「閣下。」
艦長がウィトゲンシュティン中将を見た。
「敵の砲火が本艦周辺に集中しております。これ以上留まれば本艦に砲撃が及ぶ可能性もあり、後退を御許可くださいますよう。」
「・・・・・・・・。」
ウィトゲンシュティン中将はすぐには答えず、宙域ディスプレイを見た。光点が激しく明滅し、ビームやミサイルが飛び交う前方はまさに阿修羅の暴れる空間と化していた。
「前進よ。」
「は!?」
皆が一斉にウィトゲンシュティン中将を見た。今下した指示が彼女の口から出たかどうか誰しもが自分の耳に疑いを持っていたのである。
「各艦隊連携を取って前進を開始。敵の一隊が後退しているわ。あの後退に合わせて突き進めば、混戦状態になって敵がこちらを狙いにくくなる。戦力で劣る私たちが活路を見出すには敵を引っ掻き回すしかないわ。」
危険な賭けだった。艦隊を敵中のただなかに、しかも数倍の敵の真っただ中に前進させるという離れ業を行って成功したのは「チーズをナイフで切るように」という名言をもって表現された、かのブルース・アッシュビーくらいのものである。だが戦機は待ってくれなかった。ウィトゲンシュティン中将は自らを奮い立たせるようにはっきりした声で指示を下した。
「全艦隊、前進!!」
第十三艦隊は死兵と化した。死に物狂いの各分艦隊は敵の砲火をかいくぐりながら猛速度で突っ込んでいったのである。これにはワーレン、ミッターマイヤーの両艦隊の将兵は驚きを隠せなかった。奴ら狂ったか!?それとも追い詰められて自暴自棄になったか!?いや、単に何も考えていないだけでは?などという言葉の切れ端が艦隊のあらゆる部署で飛び交った。
「この砲火の中を突撃してくるとは!!」
ワーレンは唸ったが、すぐに艦隊に迎撃態勢を取らせた。
「慌てるなよ。敵は窮鼠と化したが、すぐに勢いは止まる。こちらは落ち着きをもって敵の先頭集団を先頭から潰していけばいいのだからな。」
ワーレン艦隊の左右両翼は後退する中央前衛を支援するように前進して敵を包囲殲滅しようとしていた。ウィトゲンシュティン艦隊は中央を追って吸い寄せられるようにしてワーレン艦隊の懐に飛び込んでいく。的確な砲撃がウィトゲンシュティン艦隊を削り取り、完全な包囲体形が成立した。
「下方より別働部隊!!」
という悲鳴のような声が旗艦サラマンドルの艦橋にこだましたのは、その直後だった。ワーレンが身動きするよりも早く、急速に上昇した別働部隊がワーレン艦隊の左翼を襲う。シュタインメッツ艦隊の別働部隊である。
「慌てるな。敵は少数だ。左翼は後退し敵を通してやれ。」
ちぎれ飛ぼうとした左翼艦隊はかろうじて後退し、戦線を縮小して傷口をふさぎにかかる。ディスプレイ上では左翼艦隊を突破した敵の別働部隊、シュタインメッツ艦隊が天頂方向に真っ直ぐ貫くように上りつつある。ワーレンの鋭い瞳はこの瞬間を見逃さなかった。
「撃てェッ!!」
ワーレンは戦線参加をしていない後方部隊にシュタインメッツ艦隊の後尾を襲うように指令した。それと同時にミッターマイヤー艦隊が前進して第十三艦隊の側面を痛打した。このあたりは通信がなくとも僚友どうし呼吸が合うと言ったところであろう。ミッターマイヤー艦隊は驚くべき速度と機動性をもってウィトゲンシュティン艦隊右翼を半包囲下におき、激烈な攻撃を加えてきたのである。
「戦艦カサンドラ撃沈!戦艦インディペンデンス大破!」
たちまちのうちにウィトゲンシュティン艦隊旗艦ダンケルクには各戦隊旗艦級の撃沈、大破の知らせが相次いだ。
「戦艦オクシアーナ撃沈!シュダイ准将、戦死!戦艦シュメルケ撃沈!エーマル准将、戦死!!」
悲しみに浸る暇もなく、立て続けに震動が来た。今や旗艦ですらも敵の砲火にさらされて中和磁場が悲鳴を上げている。絶え間なく虹のような光が走っているのはそれだけ中和磁場が働いている証拠だ。
「ミサイル艦隊の展開は・・・終わった!?」
ウィトゲンシュティン中将が震動する旗艦のデスクにしがみつきながら、切れ切れに叫んだ。
「展開・・・完了しましたッ!!」
アルフレートが味方の通信信号をかろうじて読み取って叫び返す。
「敵の包囲艦隊に向けて・・・・ミサイル斉射!!」
ウィトゲンシュティン艦隊の後方下方よりミサイル艦隊が素点を固定し、一斉にミサイルを打ち上げる。ミサイル艦隊の速度と機動性は巡航艦隊には及ばないが、使い方次第では敵に致命的な打撃を与えることができる。シャワーのように噴出されるミサイルはミッターマイヤー艦隊に集中した。迎撃ミサイルをもってしても撃ち落とせないほどの物量を食らい、ミッターマイヤー艦隊は後退せざるを得なかった。
「全艦隊、後退・・!!」
ウィトゲンシュティン中将が指令する。その声には隠そうとしても隠し切れないほどの悲痛さがにじみ出ていた。賭けは失敗に終わったのだ。混戦状態構築に唯一の望みをかけて突撃をした結果、麾下の支隊を失い、あるいは損害を受けた。これは取り返しのつかないことであり、悔やんでも悔やみきれないことであるが、今はこれ以上損害を出さない事を考えなくてはならない。ウィトゲンシュティン艦隊もまた要塞に後退をする動きを示した。ただ後退するのではなく、彼女は要塞に通信を送った。この機を逃さじとワーレン艦隊が追ってくる。追うものと追われるものの立場は一瞬にして逆転した。
「クレアーナ・ヴェルクレネード准将より、通信が入っております。」
「ヴェルクレネード准将から?」
戦闘たけなわとはいえ、最も第十三艦隊の中で疎遠な士官が通信を入れてくるとは?不審に思いながらウィトゲンシュティン中将が通信を開くと、金髪をポニーテールにし、20代後半の冷徹な青い瞳を持った女性士官が出た。
「閣下、小官が殿を・・・時間稼ぎを務めます。その隙に艦隊を再編成し、要塞と連携を取って反撃に移っていただきたい。」
言い出された言葉はウィトゲンシュティン中将が予期しないものだった。数秒間言葉を失った後、自分を取り戻した彼女は司令官らしい冷徹な表情を作り直して答えた。
「わずか数百隻では焼け石に水だわ。許可はしない。あなたの隊はこの(ウィトゲンシュティン中将はディスプレイ上にある地点を表示させた)地点に展開し、本隊と連携を取って敵を防ぎとめながら――。」
「それでは全滅しますよ。」
にべもない返答に艦橋要員全員が固まる。
「正面展開している敵の総数だけで3万隻です。今かろうじて第十六艦隊、第十七艦隊の奮闘があってこそ各戦線が独立して戦えているのです。ここで第十三艦隊が壊滅すれば、その余波は確実に他の二艦隊に向かいます。閣下、犠牲は少数の方がいいでしょう。それに・・・・。」
ヴェルクレネード准将の口元に皮肉な、それでいてどこか寂し気な笑みが現れた。
「あなたの第十三艦隊は『大切な家』なのでしょう?その家長が戦死してしまったら、誰が家を守るのですか?」
ヴェルクレネード准将は帝国からの亡命者ぞろいの第十三艦隊の中で珍しく生粋の自由惑星同盟軍人であった。しかもその先祖はあのアーレ・ハイネセンの長征に加わった16万人の中にいるという、いわば自由惑星同盟の建国の名門の家柄であった。だからこそなのか、普段の第十三艦隊の面々とあまり親しく交わろうとしなかったし、どこか距離を置いて一線を画している態度を取り続けていた。
その彼女が体を張って退路を守るという。そのことに帝国からの亡命者たちはどう言葉を返してよいかわからなかった。
「何故――?」
「何故も何も・・・・。」
彼女は一瞬怒りに似た表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻った。
「すぐに後退してください。敵は待ってはくれません。」
ウィトゲンシュティン中将は息を吐き出した。ぐっと背を伸ばし、司令官としての威厳を全身に表す。
「ヴェルクレネード准将。許可します。あなたは可能な限り艦隊乗員を生きて要塞に帰還させなさい。もちろんあなた自身もです。いいわね?」
「・・・・・・・。」
通信は一方的に切られた。ウィトゲンシュティン中将はほんの数秒だけ唇をぎゅっと引き結んでこぶしを握り締めていたが、すぐに指令を下した。
「全艦隊、ヴェルクレネード支隊を殿として、速やかに要塞に後退!!」
その指令はウィトゲンシュティン中将がどう内心葛藤していたかによらず、事実としてヴェルクレネード艦隊を捨てることを意味していた。
第十三艦隊の本隊及び生き残りの各支隊は一斉に後退を開始した。それを追うのはワーレン艦隊である。これ以上突出すると2個艦隊が展開するには宙域が狭すぎるため、やむなくミッターマイヤー艦隊は後方からの支援砲撃に徹することとしたのである。
ワーレン艦隊の前に立ちふさがったヴェルグレネード艦隊は自在に艦隊を馳駆させながらすさまじく戦った。ワーレン艦隊も敵の猛反撃に前衛がたじろいだが、すぐに艦列を立て直して重厚な布陣で迫った。ヴェルグレネード艦隊がその中に飲み込まれていく。その光景を艦橋にいた誰もが声を失ったまま見つめていた。アルフレートはカロリーネ皇女殿下を見た。彼女は血の気を失った硬い表情のまま前を見つめていた。
「意見具申申し上げます。」
緊急の場合だった。もはやためらっていることはできない。形式的にであるが、副官である彼の上司に向かってアルフレートは意見を発した。
 当初副官は何を言われているのかわからないという顔をしていたが、ウィトゲンシュティン中将がいち早くそれに気が付き、彼の意見を聞き始めた。


* * * * *
追尾していたワーレン艦隊は前方に要塞主砲の例の発射リングが浮かび上がるのを見て動揺した。それが行動となって表れ、一時足が止まったが、さすがにワーレンは冷静だった。
「慌てるな。まだ射程外だ。前進して奴らと混戦状況を作り上げれば、さすがに主砲は撃てんよ。」
彼は麾下の艦隊に前進を継続させた。一時的に動揺が走ったことで艦隊は距離をあけられていたのである。ほどなくして艦隊は追尾を開始、第十三艦隊の最後尾に襲い掛かった。立ちふさがった殿は果敢に応戦を行うが、多勢に無勢、次々と撃破されていく。
「敵の殿を突破したぞ!第二陣にかかれ!」
帝国軍前衛艦隊は我先にと喊声を上げながらとびかかっていく。一足飛びに襲い掛かり、主砲を浴びせかけ、無残な塵にしてくれようというのだ。

 だが、次の瞬間――。

襲い掛かるはずの狩人が一転、次々と爆発する敵の群れの真っただ中に巻き込まれ大混乱に陥った。何が起こったのかわからないまま、後続の艦隊は慌てて足をとめようとするが、急には止まらない。回頭をしようとむなしく敵に突っ込む艦、あるいは回頭中に味方艦と激突する艦、主砲を斉射しようとしたところに突っ込んできた敵艦の自爆に巻き込まれて道連れにされる艦等、いたるところで惨事が起き、収拾がつかなくなった。
 ワーレンはサラマンドル艦橋で唸った。これこそが敵の狙いだったのか!彼は本隊を前進させて味方の救援に当たろうとした。
「しまった!」
不意にワーレンは総身に冷水を浴びた心地になった。いつの間にか敵は周囲にはおらず、そして前方には今度こそ自分に向けてアーレ・ハイネセンの主砲のリングがその炎の光を放ち始めていた。


「今よ!要塞主砲、敵に向けて、発射!!」
ウィトゲンシュティン中将が叫んだ。


無慈悲な光が要塞表面に現れた時、ワーレンはすべてを悟った。それもこれもどれも、自分の艦隊を要塞に引き付けるための策略だったのだと。その考えは第十三艦隊の実情に比して些か過大解釈だと言わざるを得なかったが、結果として今目の前に展開している主砲はワーレン艦隊を光の奔流に飲み込もうと大口を開けていた。
「全艦隊、回避運動!!回避しろォ!!」
ワーレンが叫んだ。彼の旗艦はかろうじて奔流を離脱したが、他の艦はそれに巻き込まれて被害を出した。数百隻が一瞬で蒸発し、数千隻が被害を受けた。ワーレン艦隊は約3000隻の被害を出し、アイゼナッハ艦隊と同じく戦線を維持できなくなったため、やむなく後退を余儀なくされたのである。


* * * * *
アイゼナッハ艦隊に続いて、ワーレン艦隊も第十三艦隊の予期せぬ奮戦によって、次々とその屍をさらしていく。

かろうじてビッテンフェルト艦隊が第十六艦隊を突き崩しているのみで、後は全戦線にわたって状況が刻一刻と悪くなっていく。ミッターマイヤー艦隊、ロイエンタール艦隊が率先して何とか全軍崩壊を阻止している状況だ。ロイエンタール艦隊はヤン艦隊と互角の戦いを続けているが決定打を与えるには至っていない。ミッターマイヤー艦隊は損害を出したワーレン艦隊に代わって第十三艦隊を相手取っている。
「くそっ、くそっ、くそっ!!!」
後方でティアナが地団駄踏んで歯噛みしていた。
「フィオ、私も出るわよ!あんな惨状を目の当たりにして、このまま『待機していろ。』なんて命令、できるわけがないじゃない!!」
『駄目よ!!』
スクリーン越しにフィオーナが叫んだ。冗談ではなかった。ただでさえ敵の正面には艦隊が押し合いへし合いひしめき合っている。当初は整然としていたが、ビッテンフェルト艦隊等の参戦があって団子のような状態になってしまっているのだ。そこにティアナ艦隊が参戦すればどうなるか。
『ティアナ、この回廊は大軍が展開するには狭すぎるわ!ただでさえ今5個艦隊が前面展開しているのよ!そこにあなたの艦隊が入り込んだとしても、身動きが取れない!それがわからないあなたじゃないでしょう!!』
「でも!!!」
ズシン!!という震動が聞こえてくるようだった。実際には無音の宇宙空間、音などはしないのであるが、敵の砲撃の苛烈さの余波が後方に位置しているティアナ艦隊にまで届いているのだ。目の前では圧倒的に少数な敵が圧倒的に優勢な位置のまま攻勢を加えてきている。ティアナは信じられない思いだった。


こんなはずではなかった。優秀な提督を擁し、さらに敵の数倍の大軍を擁するラインハルト・フォン・ローエングラム陣営が、なぜ、負けるのだ!?


『ティアナ落ち着いて!!あなたが行ったところで他の艦隊ともども敵の主砲の餌食になるだけなの!!』
「いやよ!!こんなところでただつっ立って目の前の惨状見ていろっていう方がよっぽどどうかしているわ!!」
『ティアナ――!!』
「私は出るわよ。」
ティアナは鋼鉄の声で言った。
『フロイレイン・ティアナ。』
落ち着いた声が割り込んできた。
『卿はそのままの位置で待機せよ。このままフロイレイン・フィオーナに一任してもよいのだが、それでは手間がかかるようだな。私が指揮を執るときが来たようだ。』
ついにラインハルト・フォン・ローエングラムが動き出したのである。彼は予備兵力を差し向け、全戦線を収拾させると、前衛艦隊に総引き揚げの指令を下した。これは自由惑星同盟側にとっても願ったりかなったりだった。各艦隊ともこれ以上の戦闘継続は不可能なまでに疲弊しきっていたのである。



 翌日、補給と補充を終えた同盟軍の前に再び帝国軍が艦列を並べて襲い掛かってきた。今回の相手は、ビッテンフェルト、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ティアナ、ミュラー、ジェニファー、そしてラインハルト本隊が続き、イルーナ艦隊は予備兵力として待機している。ロイエンタール、ミッターマイヤー、ビッテンフェルトを除けば昨日参戦しなかった無傷の新鋭艦隊であり、その鋭意と攻撃力、そして何よりもその士気は圧倒的に高かった。
対するに自由惑星同盟側は第十七艦隊、第十六艦隊、第十三艦隊の三個艦隊であるが、相次ぐ連戦にその戦闘力は疲弊しきっている。第十七艦隊は引き続いて宙域外縁部と要塞との間に布陣し、中央を第十六艦隊、右翼を第十三艦隊が守る。
「全艦、攻撃開始!」
迎え撃つヤンは迎撃を指令した。ヤン艦隊の眼前に立ちふさがったのはティアナだった。彼女は積極攻勢を、そして何よりもその高速を活かした機動戦術を是とする猛攻型の闘将である。
彼女の指揮する艦隊はヤン艦隊のピンポイント砲火による被害をものともせずに有効射程距離に接近した。秩序を保ちつつ数か所から高速で接近したため、ヤン艦隊の素点が定まりにくかったという事もある。もう一つ特筆すべき点があった。彼女が艦隊に「タメ」を強いていたという事である。抑えに押さえつけて今にも爆発しそうになるその無限の圧迫感を彼女は一気に解き放ったのである。
「・・・・撃てッ!!!」
前方に振り下ろされた腕の速度はまさしく彼女の艦隊の勢いそのものだった。たったの一言だったが、その一言がヤン艦隊に激烈な砲撃を叩き付けたのである。ビームの驟雨に沿って無数の光の数珠が生まれ、鎖がはちきれたかのように一気に拡散して散っていく。
「大尉。」
ヤンがフレデリカに指示する。
「要塞主砲をあの前面の敵艦隊の右翼に向けて発射するように要請してくれ。」
「右翼、ですか?」
フレデリカが指示に取り掛かっているその後ろでパトリチェフが尋ねた。圧倒的に兵力が劣勢なこの状況下では、各艦隊の連携を絶って各個撃破するのが得策だろうと思っていたのだ。その方針にのっとって艦隊を分断するのであれば、艦隊の左翼を狙うべきではないのか?
「あぁ。先日のお返しをしてやろうと思ってね。」
ヤンの言葉は実際に実行されることでその意味を幕僚たちに教えることとなった。インドラ・アローの発射を受けてティアナ艦隊は回避せざるを得ず、必然的に中央に近づくこととなった。
「今だ!」
ヤンとティファニーとの呼吸はこの時ばかりはぴたりと一致した。ティアナ艦隊が中央に接近し、中央のジェニファーの艦隊に近づいたことで両者が密集してしまったのである。そこを集中砲撃されたのだからたまらない。
「ティアナ!何をしているの!?全体の戦況をよく見なさいと前世からあれほど言っているでしょう!!」
ジェニファーの叱責がスクリーン越しにティアナに浴びせられる。自軍を巻き添えにされてはたまらない。ジェニファー・フォン・ティルレイルは前世から後輩の面倒見がいい先輩であるが、採点に厳しい事でもまた有名な人だった。
「わかっていますよ!それでなくても、こっちはヤン・ウェンリーに集中しなくちゃならないんですから!!少しはこっちの重荷をわかってくれてもいいでしょう!?」
「あぁ!!もうっ!!」という喚き声がジェニファーの艦橋に響いたので、ジェニファーは息を吐き出した。なりふり構わずがティアナの美点であるけれど、今のこの状況下においてジェニファーをイライラさせていた。
「今から私の艦隊は弾雨を犯しても前進するわ。それであなたのスペースが確保できるでしょう?その隙に体勢を立て直しなさい。」
「それでは先輩の艦隊がハチの巣にされてしまいます!!」
「相手がヤン・ウェンリーならね。でも私の前面はティファニーよ。あの子のことは多少は知っている。それほど後れは取らないつもりよ。」
そう言い捨てると、ジェニファーは艦隊に前進を命じた。整然と、そして堂々と。13000余隻の艦隊は艦列を乱さずに観艦式のように前進してきた。これによってティアナの宙域は余裕ができ、彼女は体勢を立て直すことができた。
 ティファニーは後退し、ジェニファーが前進する。その側面をヤン艦隊の一部が突き崩そうとしていた。
「前進!!」
ティアナが再び指令する。敢えて彼女はヤン艦隊と同等の兵力で挑んだ。狭い宙域にあってはこれが一番効率的な方法だと悟ったのである。むろん残る兵力は遊兵にはならず、後方から長距離砲によって前衛を支援し続けていた。
「相手は回廊を目一杯使用して艦隊を展開しているわ。という事は、ヤン艦隊得意の艦隊運動を展開する余地はないという事よ。そこが付け目よ。あの要塞にさえ気を付けていれば、ヤン艦隊をなんとか仕留められるかもしれない。」
ティアナは幕僚にそう言ったが、むろんそれを信じ切っているわけではない。だが、目の前の敵を前にして、しかもその敵が不敗の名将であるならば、尚更それに挑んでみたいという闘志が彼女の全身に溢れていた。
 前世から彼女はどんな敵にも負けなかった。たとえ骨が折れくだけ、部隊がちぎれ飛ぼうとも彼女の闘志だけはどんな敵にも屈することはなかったのである。


 彼女の闘志が、あらゆる兵器に込められて無数の光となってヤン艦隊に襲い掛かった。むろん彼女の艦隊も整然と艦列を組みながら縦隊となって突撃してくる。
「前衛艦隊を後退させ、後置しておいた老朽艦隊を無人操縦モードにして前面に出してほしい。」
老朽艦隊とは、先日までの戦いで激しい損傷を食らってもはや戦闘に耐えられそうもない艦艇群をさす。かろうじて自力航行はできるが無論一歩間違えれば自爆してしまうような危険性をはらんでいる。それを敢えて前面に出すという。


「あの動き・・ヤン艦隊にしては鈍い。おそらく廃棄寸前の老朽艦隊か。その手は食わないわ!!」
ティアナは敢えて前進を継続させた。それどころか前衛の速力を増大させて一気にヤン艦隊に肉薄させたのである。
「撃ちまくれ!!!」
彼女の気迫が前衛にしみとおり、前衛艦隊群は餓狼のごとく哀れな老朽艦隊に襲い掛かった。次々と光球が明滅し、老朽艦隊が餌食になっていく。が、すぐにその爆発光が尋常ではないことに気づいた。大きさが、規模がまるで違うのだ。前衛艦隊はその爆発に巻き込まれ、次々とその屍をさらしていく。


「今だ!!」
ヤンが指令した。側面に潜んでいたアッテンボロー、フィッシャーの二分艦隊が哀れな前衛群に一斉に砲火を浴びせかける。前衛艦隊はたちまちのうちに混乱状態に陥り、回頭をしようとして僚艦に体当たりして自爆するなど醜態をさらした。
「深追いはするな、敵はまだ余力を残しているぞ。」
ヤンは味方を戒めながら砲撃指揮を継続したが、不意に彼の手が止まった。
「しまった!」
突然に彼はある一点の宙域をにらんだ。


ティアナ艦隊が整然と有効射程位置についていたのである。いわば上方に布陣して下方のヤン艦隊を見下ろす形となっていた。
「艦隊戦術は、何もあなただけの十八番じゃないわよ!!前衛艦隊はすべて無人艦隊、すなわち囮役だったのだから!!」
彼女の右手が振り下ろされた。
「ファイエル!!!」
驟雨がヤン艦隊を襲った。効果的に砲撃を浴びせられたヤン艦隊は次々と四散し、あるいは離脱してその数を減らしていく。ティアナは攻撃を倍加させた。ここでヤン艦隊を仕留めてしまえば、後の戦いがぐっと有利になる。ここまで来て手を抜くなどという器用なことはティアナには出来なかった。ヤン・ウェンリーの人となりは尊敬しているし、彼の幕僚たちにも一目会ってみたい。そのような事が実現できると思うほど、ティアナは楽観していなかった。目の前に新たに起こった奇妙な事象に当惑していたという事もある。敵は攻勢を受けて乱れるどころか果敢に応戦してきたのだ。
「どういうこと・・・・?」
あれだけの砲撃を受けて乱れない方がおかしい。眉を上げたティアナは新たに戦艦群を投入して一気に撃滅を図ろうとして、はっとなった。敵の狙いが不意にわかった。隠しゴマは一つではなかったのだ。
「しまった!!さらに上!?」
キッと上を見上げるティアナの眼前に自由惑星同盟の艦隊が降り落ちてきた。高所をとったと油断していたところに宙域ギリギリいっぱいの更なる高所からの砲撃!!
「くそっ!艦隊、中和磁場シールド最大展開!!」
ティアナは叫んだ。彼女の旗艦及びその護衛艦隊は全力を挙げて集中応射し、敵の進撃を跳ね返した。だが、攻勢に強い彼女には致命的な欠点があった。長所と短所は合わせ鏡のように隣り合っている。つまりは守勢に弱いのである。
「回避が・・・・間に合わない!!!!」
ティアナは上空をにらみながら、叫んだ。叫ばざるを得なかった。ヤン艦隊の艦首はすべて彼女の艦隊の頭上から降り落ちてきている。まるでその姿は獲物に襲い掛かる鮫そのものだった。


「撃て!!」
振り下ろされた腕と共に勢いよく射出された何千何万もの槍が次々と敵陣に突き刺さる。ヤン・ウェンリーの躊躇いない采配と、各艦隊の迅速な運動、それに尽きぬ闘志がティアナ艦隊を襲う。彼らは次々と明滅する光球の中を疾走する豹のように駆け抜け、蹂躙しつくしていった。崩壊した磁場の穴からなおも撃ち込まれる砲弾が艦を引き裂き、兵士の残骸を無重力の漆黒の空間に追い落とし、哀れな塵と化すまで数秒を要しなかった。


「ヤン・ウェンリーィィィィィィィッッッッ!!!!!!!」


ティアナの全身からの叫びが艦橋要員の心臓を貫いた。それは渾身からの、彼女の本気の叫びだった。艦橋のあらゆるシステムが一時異常をきたし、あらゆる要員が思わず耳をふさぎ、ビリビリとした波動があたり一面を駆け巡る。たったの一声であったが、それは敵からの恐怖を拭い去って余りあった。この瞬間彼女の闘志が艦隊に乗り移ったかのように全軍が壊乱をとめたのである。
「やられっぱなしになるな!!!」
ティアナは右腕を振りぬいた。彼女の全身からはもはや隠しようもない赤いオーラがあふれ出ている。まるでそれは彼女の座乗している旗艦ごと包み込みそうな勢いだった。
「蹂躙してやりなさいッッッ!!!!」
これまで叩かれに叩かれっぱなしだった彼女の艦隊は身を震わせた。一瞬動きをとめたのは次の跳躍に備えての「タメ」に他ならなかった。次々に艦首を上向きにしたティアナ艦隊は驚くべき速度と勢いをもってヤン艦隊を噛み裂きにかかったのである。


先鋒と先鋒が激突した。一瞬でヤン艦隊の先陣が微塵に砕け散ったのが遠目にわかった。


「眠れる獅子を、怒らせてしまったか。」
艦橋でヤンがつぶやいた一言は平素ならば下手な冗談として受け入れられただろうが、今目の前の光景を目の当たりにしてそれを冗談ととらえる人間は一人もいなかった。
「敵は秩序を取り戻しつつある。信じられないが、これも司令官の薫陶と手腕という奴だろう。全艦隊は速やかに後退。敵が進路を変える前にできるだけ引き離し、要塞に帰投せよ。」
ティアナ艦隊はヤン艦隊を下方から上方に貫いて引き裂こうとしている。ヤン艦隊としてはその鋭鋒に巻き込まれてはたまらない。快速をもって後退し、さっさと撤退するに限るというわけだ。これを見て第十六艦隊も第十三艦隊も目の前の敵に対して砲撃を倍加させ、全力を挙げて敵をはねのけようとした。ミッターマイヤー艦隊、ジェニファー艦隊は総力を挙げて応戦をし、ここに大激戦が展開された。
 だが、これこそがラインハルトの待ち構えていた状況だった。各艦隊が目の前の敵に集中し、空隙が生じていたのである。
「今だ!!」
ラインハルトはブリュンヒルト艦橋で指令を下す。彼の本隊と予備隊として控えていた艦隊が動き出したのはその直後だった。
 ラインハルトの本隊は突如前進し、驚くべき速度をもって展開、時計回りに第十三艦隊を包囲下に置いたばかりか、イルーナ艦隊が下方から攻めかかり第十六艦隊を邀撃、さらに上方からはミュラー艦隊がその砲火を叩き付けてくる状況が具現化したのである。ロイエンタール艦隊、ミッターマイヤー艦隊はそれぞれラインハルトの本隊、イルーナ艦隊の支援に回っている。

 つまりは同盟艦隊はいつの間にか3方向からしかも効率的に狙い撃ちされる状況下に追い込まれていたのであった。
 
 同盟艦隊はこの包囲を死力を尽くしてはねのけたが、大きな犠牲を出した。一つにはラインハルトの意を受けたキルヒアイスが一隊を率いて前進し、同盟軍の艦列を散々にかき乱したことがあげられる。クレベール中将が決断し、アーレ・ハイネセンを前面に進出して一手に艦隊の攻撃を引き受け、さらに要塞を殿として回廊を脱出する戦術に転換しなかったら、いずれも全滅していただろう。

 第十六艦隊は艦艇損傷数8593隻、死傷者793,859人。第十三艦隊は艦艇損傷数7592隻、死傷者596,883人。第十七艦隊は艦艇損傷数3,958隻、死傷者230,588人。

 対するに帝国軍は全体で2万隻の損傷を出したが、撃沈された艦は案外少なく、修理の如何によっては存外早く戦列復帰できそうな体制であった。これは損傷した艦艇を素早く後方に下げ、あらたな艦隊を投入するというラインハルトの作戦が功を奏した格好であった。これはあくまでも帝国軍の数が同盟の5倍であったからできた戦法であり、仮に同盟も同数をそろえて攻めかかっていたら、損害はこの比ではなかっただろう。


 結果として自由惑星同盟は3個艦隊いずれにも致命傷を負い、150万人の死傷者を出しながら何ら得るところもなく引きさがっていったのだった。
 
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